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戦女神編
67話:外交使節?




「いしょっと……」

 週末、何時ものように薄暗い早朝から自宅の庭に出た朔耶は、大きめのリュックを背負い直した。今回は王都の自宅訪問で向こうに置いておきたい物やエルディネイアへのお土産があるので普段より少し荷物が多い。

「いってきまーす」
「おーう、気ぃ付けて行って来ーい」

 欠伸混じりの兄に見送られながら、朔耶は王都へと転移した。景色が変わり、この前降り立った城の庭園が眼前に広がる。王都への転移場所も固定され始めたようだ。


「さてさて、それじゃあ自分の家でも見に行きましょうかね」

 呟いた朔耶は城門に向かって歩き出した。正確な場所が分からないので何時もの如く一っ飛びという訳にはいかず、城詰めの衛兵に声を掛けて屋敷まで送って貰う。珍しく馬車を使う朔耶に、衛兵は張り切って案内を務めた。後で仲間に自慢する気満々だった。

 開放区の住宅街とも言える小ぢんまりとした沢山の屋敷が立ち並ぶ一角に、サクヤ邸は建っていた。周囲の建物より明らかに大きく、貴族街に建つ小規模な屋敷並はある。

「……結構でかいわね」
「サクヤ様の名声を考えれば、ささやか過ぎるくらいですよ」

 屋敷の入り口には門の前と扉の所に警備の衛兵が二人ずつ立っており、馬車から降りる朔耶の姿を認めると、衛兵の一人が扉脇の小窓のような所に何か声を掛ける仕草をした。

「それでは、自分はこれで失礼します」
「うん、ご苦労様。ありがとねー」

 敬礼して去っていく城の衛兵と馬車にひらひらと手を振って見送った朔耶は、屋敷を振り返って見上げる。二階建てで鉄柵の塀に囲まれた庭付きの屋敷。二階部分の外壁にはぐるりとテラスが付いていて、中々見晴らしが良さそうだった。
 屋敷の入り口まで歩くと、衛兵が扉を開けてくれたので礼を言って中に入る。

「お帰りなさいませ」

 初老の執事が深々とお辞儀で出迎える。左側にメイド長らしき年輩の女性一人に若い女性三人のメイドが並び、右側には料理人らしき風体の男性と若い下男二人が並ぶ。彼等も執事の挨拶に倣うようにお辞儀で出迎えた。
 表の衛兵四人を含めて十二人が、このサクヤ邸に常駐する管理スタッフという事になる。

 屋敷の中は入って直ぐ赤絨毯の広い空間が奥まで続いていて、両側の壁の真ん中辺りに二階へと続く階段が見える。二階の廊下は一階の柱に支えられており、真ん中の広間は天井まで吹き抜けになっている。その天井からは巨大なシャンデリア風の照明が下がっていた。

 一階奥の突き当たりが使用人達の部屋になっていて、奥の右側が厨房、左側は湯浴み場となっており、サクヤ邸の湯浴み場は朔耶の要望に合わせて日本風の入浴が出来るお風呂場になっている。
 手前の右側に応接間、反対側は開けたサロンになっていた。二階には客間にも寝室にも使える部屋が六部屋並んでいる。

「なんか、御免ね? 急にこんな朝早くから来ちゃって」

 朔耶はちょろっと屋敷の様子を見ておく為に立ち寄ったダケのつもりでいたので、朝早くから使用人達に出迎えの挨拶をさせてしまった事を詫びた。すると驚いたように目を丸くする使用人の面々。

 予め朔耶の人柄を聞かされていたとはいえ、実際に自分達のような仕える身の者に気を使って労う言葉を掛ける貴人は、そうは居ない。彼等は朔耶に対して衛兵や騎士達から聞いていた『恐縮させられて困る人』を実感するのだった。


 一通り屋敷の部屋を見て回り、使用人達の自己紹介等を聞いて屋敷の住み心地と雰囲気を掴んだ朔耶は、泳げそうな程広い風呂場に今回持ってきたシャンプーやリンス、ボディソープ等を置いていく。

「こっちで入るのが楽しみだな~」 

 何時訪れても快適に過ごせるよう屋敷を管理する使用人達に宜しくお願いすると、朔耶は屋敷を後にした。

 陽が昇り始めて明るくなってきた王都の空を舞って自分の工房に降り立った朔耶は、暫らく魔力石ランプの部品作りで時間を潰し、頃合を見計らって城に飛んだ。

 城の地下にある湯浴み場にやって来た朔耶は、レティレスティアとアルサレナのお清めを手伝った城の侍女達と挨拶を交して外して貰うと、じゃぶじゃぶと一人で清めを行って儀式用の衣を纏い、地下神殿に下りる。

「やっぱエロイな、この服……」

 透けて見える胸元等を気にしつつ儀式の間に下りて来た朔耶は、祈りの儀式に集中している母娘を見つけて歩み寄った。六体もの精霊を使役しているアルサレナが精霊からの警告で顔を上げる。

「あら、珍しい」
「おはよーございまーす」

 アルサレナは朔耶が祈りの儀式に訪れた事に驚いたような表情を見せて迎えた。レティレスティアは深い交感状態に入っているので朔耶の訪問に気付いていない。

 朔耶が態々この時間にこの場所へやって来たのは、アルサレナに相談したい事があったからだ。
 基本的に王族以外立ち入り禁止の此処ならば、他の誰かに聞かれる心配も無い。優秀な帝国密偵が近くまで下りて来た例はあったようだが、今はアルサレナがソレに対処する意味で使役する精霊を見張りに付かせている。


「奴隷制禁止令の発令要請、ですか」

 朔耶の相談とは、各国にフレグンスの大使として出向く事でフレグンスの進める奴隷制の禁止政策を採って貰い、国として公式に奴隷制禁止令の発令をして貰う事だった。案は兎も角、それがこの世界で何処まで現実的なのかを訪ねる。

「そうですね、戦乱の時代以前だったならば絵空事と一笑に付されるモノだったでしょうけど、フレグンスと同盟を組む今ならば」
「行っちゃってもいいですかね?」

 アルサレナは朔耶の提案に肯定的だった。先に王妃様からOKを出して貰えば王様も気兼ねなく許可を出せるというモノ、という打算的心情もあったのか無かったのか、地下神殿を出た朔耶は着替えを済ませると早速カイゼル王に許可申請を直訴しに行った。

 所定の手続きを経ず、行き成り国王に許可を貰いに伺うという行為は朔耶だからこそ許される。
 こういう所でも仕来たりを重んじるフレグンス旧家の門閥家衆からはあまり良い顔をされないのだが、先の査問会の一件以来、これも時代の流れかと諦観を感じさせつつ理解を示す者も出始めていた。

 カイゼル王の親書を受け取って王の間を退出した朔耶は、今日明日中にもティルファと帝国を巡ろうかと予定を練りながら各官僚の執務室が並ぶ階に下りてくる。そこでフレイを伴ったレイスに出会った。

「おはよー、今から仕事?」
「おはようございますサクヤ、王の間で何かありましたか?」

 さり気無く朔耶の行動に探りを入れて来るレイスに苦笑しつつ、朔耶はこれからティルファと帝国に向かう事を話す。

「そういえば、先日ティルファから報が届いていましたよ」
「釣り船の二号艇と三号艇が完成したそうです」
「え"っ マジで?」

 そりゃ大変だと、朔耶は予定の練り直しを図る。ティルファにはまた四頭立ての貨物竜籠を持って行かなくてならない。その後カースティアに船を運んで進水させるのだが、二艇も往復で運ぶとなれば二日丸々使っても間に合いそうに無い。

「うーん、どうしよう……バルに竜籠借りようか。勝手に持ち出したら不味いよね」

 バルティアなら『問題無い』とか言いそうだったが、朔耶が如何したものかと悩んでいると、地下神殿から戻って来たアルサレナが廊下で話し込む三人に声を掛けた。そして事情を聞いたアルサレナは、城の者を一人連れて行くと良いと助言する。

「何でも一人で進める事はありません、手順が確立されているのなら他の者に任せれば良いのです」

 ティルファでの積み込みやカースティアでの積み降ろしと釣り船事業の人員確保が出来ているのなら、運搬その他の細々した部分は人を使う事で後々そういった作業の補佐も出来る人間を増やせば良いという。朔耶自身が以前、イーリスに進言し、査問会でも示した内容を挙げて指摘した。

 尤も、これには朔耶が殆ど主導で行っている事業に城の人間を参加させる事で、それらの事業にフレグンス王国も関わっている事を示す意味合いもある。

「ああそっか、その手があったんだった」

 ポンと手を打って納得する朔耶。自分で言っといてその発想に至らなかったよーと笑って頭を掻く朔耶に、フレイは和んで微笑み返した。レイスはアルサレナの意図も読んでいたので控えめに微笑む。

「お金は出せないし口も出さないけど人は出してくれるんだね、助かるよ」

 レイスの微笑が凍り付き、アルサレナは満足そうに頷いた。フレイは突然降って湧いた奇妙な空気に戸惑い、キョトンとしている。ふっふっふという低い笑い声が聞えてきそうな雰囲気で視線を交わす朔耶とアルサレナ。

「娘に比べると頼もしい限りですね、サクヤ」
「ちょっとばかし(したた)かなだけですよー」


 ともあれ、朔耶に"事業成功の手柄は独り占めしたい!"というような名誉欲はないので、カースティア観光事業の監督は城の人間に引継ぎで任せる事に決まった。人材の選出をアルサレナに任せた朔耶は、工房に飛んで船外機他必要な備品を用意した。

 今回、朔耶に同行する者には竜籠を扱えて相応の地位に就いている若い官僚、宰相の補佐をしていた者の中から一番体力のありそうな若者が選ばれた。既に辞令は受け取っており、準備が整い次第ティルファに飛び立つ。

 朔耶は同行する若い官僚とティルファまでは一緒に行って作業の引継ぎ等を現場のドマック達にも告げておく。その後はブラハミルトに会って親書を渡し、奴隷制禁止令の公式発令を持ちかける予定だ。

「お昼からティルファに飛ぶから、宜しくね」
「はい! こちらこそ宜しくお願いします。 サクヤ様の事業を手伝える事、光栄に思います」

 恐縮しきりな若い官僚に初々しさを感じつつ気さくに接してリラックスさせると、朔耶はちょっと私用があると言って準備を整えている竜籠の厩舎から王都の空へと飛び立つ。厩舎から顔を出して此方を伺っていた竜達が魔力の奔流を感じて顔を引っ込めた。




「みんな揃ってるかな~」

 朔耶は王宮区から開放区の王都大学院の門前まで飛んで来ると、やはり顔パスで学院内に入っていく。城の敷地内には平気で着地している割りに、何となく学校の敷地には学生意識的に無断で入り辛かったりするのだった。

 大学院校舎の各塔が繋がる中央塔の一階は広々としたサロンになっており、授業が始まるまでの時間、多くの学院生達で賑わっている。朔耶は学院生に混じって一階のサロンに入ると、エルディネイアかドーソンの姿を探した。

 ちらちらと朔耶に視線を向けている者がいる中、朔耶の事を知っている生徒は憧憬の眼差しや畏怖の眼差しを向け、朔耶の事を知らない者は好奇の視線を向けている。

 そうして暫らくサロンを見渡していた朔耶は丸いテーブルが並んでいる一角で、集まっているグループの中にエルディネイアとドーソンの姿を見つけた。二人の周囲にはエルディネイアのチームメンバーの姿が見える。

「やほールディ&ドーソン」
「へ、変な呼び方は止めて下さらない?」
「やあ、サクヤじゃないか。学院で会うなんて珍しいね」

 彼等の近くまで歩み寄った朔耶が声を掛けると、例によってメンバー達は緊張した様子で静かになり、エルディネイアとドーソンは何時も通りの様子で迎える。朔耶は空いていた席に勝手に座ると、リュックを膝に置いて中をごそごそやり始める。

「今日は皆にお土産持ってきたよ」
「お土産?」

 "みんなに"という部分で『気を使って席を外そうか』と腰を浮かし掛けていたメンバー達の動きを封じると、朔耶はリュックから取り出したパネルをテーブルの上に並べた。プリントアウトしたデジタルカメラの画像を厚紙で補強したモノだ。

「え、これって……」
「すごい……こんなに精巧な絵は見た事が無い……」
「まあ~、私の姿が描かれてますわ~」

 それは先週の大規模戦の様子を撮影したモノで、主にエルディネイアとドーソンを中心に固定メンバーが写っているシーンを切り集めて纏めた写真だった。朝、兄が欠伸をしていたのは今週の間、仕事が終わった後晩くまでこの作業をしていた為だったりする。

「ほら、これなんてイイ感じ」

 そう言って指したパネル写真には、細剣を構えて走るエルディネイアと青軍旗を持って追走するドーソンの姿が躍動感一杯に映っている。最新型デジタルカメラの様々な機能のお陰でプロ並の一枚である。

「おおーなんだか格好いいねぇ」

 ドーソンも気に入ったようだ、エルディネイアは写真を見るのは初めてではないが、自分の戦っている姿をこれほど客観的に見たのは初めての事だった。
 少し上気した表情でメンバー達や自分の写真パネルに魅入っていたが、ふと顔を上げて朔耶を見ると、おずおずと切り出す。

「あの……サクヤ」
「うん?」
「……あ、ありがとう」
「うん!」

 恥ずかしそうに礼を口にするエルディネイアに、にこーっと笑みを返す朔耶。公爵家令嬢としての振る舞いに相応しい礼儀上の謝意ならば完璧にこなして見せるエルディネイアだったが、素直な気持ちで感謝の意を述べる事には慣れていないのだ。
 珍しいエルディネイアの赤面顔にメンバー達が驚きともいえる興味深そうな表情を浮かべていた。

 そこへ、突然サロンに響く野太い声。下品では無いが、高貴さを感じるかと問えば『只のおっさんだろう』という答えが返ってきそう風体の男性が、サロンの出入り口付近で生徒を指差して注意を与えていた。

「あの人って?」
「あー、礼節指導の教員だよ」
「へ~、生活指導の先生みたいな人もいるんだぁ?」
(うち)のお稽古の師匠よりも口喧しい教員ですわ。私も何度スカートが短い等と注意された事か……」

 礼節指導をしている教員にうんざりした顔で視線を向けるエルディネイア。確かに彼女の格好は朔耶の世界の"今時の女子高生"並にスカートが短い。細剣を使うエルディネイアは、スカートが長いと動き辛いから短くしているのだと言う。
 ルティレイフィアのようにパンツかズボン姿にしないのかと朔耶が問うと、『それだと優雅さが足りない』のだそうだ。

「ルディらしいね~。 さて、そろそろあたし行くね」
「これからティルファに?」
「うん、その後直ぐ帝国行きだよ」
「凄いね、まるで外交使節だ」

 エルディネイアチームのメンバー達ともようやく笑顔を伴った挨拶が交わせるまで打ち解け合った朔耶は、今度皆を此方の自宅に誘って遊ぶのも良いかな等と思いながらテーブルの席を立つと、サロンの出入り口に向かおうとした。

「こら貴様! 噂の戦女神に憧れるのは良いが、髪を染めてまで姿を真似るのは違うだろう!」
「あ、すんません本人です」

 どもどもと頭を下げる朔耶。

「のふぉっ!?」

 英雄の真似事をする困った生徒に注意しようと思ったら本人だった事に思わず変な声を漏らして固まる礼節指導員。他にも朔耶に好奇の視線を向けていた生徒が同じ様に目を瞠って固まっていた。所謂"コスプレ"の類だと思っていた者もいたようだ。

「こ、こ、これはこれは戦女神殿。お噂は兼ね兼ね……今日はまた学院にいらしたとは知らず、宜しければ生徒達にお話を――」
「あー、ごめん急いでるんでっ それじゃ!」

 シドロモドロになりながらも、学院の生徒達に戦女神の有難いお言葉を賜ろうと演説のお願いをしようとした教員をスパッと振り切ってサロンを出て行く朔耶。
 例え特に用事が無くても演説なんてトンでもないとばかりにさっさと逃げ出す戦女神なのであった。

「わ、私は何か粗相をしてしまったのだろうか……」

 オロオロと周囲を見渡す礼節指導教員。そのうろたえっぷりを堪能したエルディネイアは、内心の大笑いをおくびにも出さずに『彼女はこれから大切な任務があるのですわ』と言って窘めるのだった。




「さあ、出発しよう!」

 厩舎に戻って来た朔耶は途中で買って来た庶民のパン料理を手に、荷物を積み終えた竜籠に乗り込む。
 二艇分の船外機と備品を積んだ四頭立ての貨物竜籠がティルファに向けて飛び立った。







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