「あー……、今日は祝日だったっけ」
文化の日だったかなーと呟きながら、朔耶はベッドから起き出すと顔を洗ってジャケットを羽織る。
昨夜も辺境騎士団本部の宿舎に泊まった朔耶は、コンパクトの鏡で身嗜みを整えて部屋を出た。今日の孤児院施設での作業は殆ど椅子やテーブルを運び込むだけなので、雇う作業員の数を控えめにして子供達にも手伝って貰う計画だ。
「おはよ、アンバッスさん」
「おう」
朔耶が食堂に入ると、入れ替わりに朝食を終えたアンバッスが出て行く所だったので挨拶を交わす。今日はスラムの建物を撤去する作業の下見に行くらしい。
「旧市街ってどうなるの?」
「一応更地にしてから水道橋を通した上で新たに街を広げていく方向で動いてるな」
解体作業に瓦礫の撤去作業、それが終われば水道橋建設作業、さらには民家等の建築作業と雇用が続くので、暫らくサムズは好景気に恵まれそうだとアンバッスは話した。何れも神殿からの出資あってのモノだが。
「戦女神なんて呼ばれているが、俺からすればサクヤは豊穣の女神だな」
「そ、そうかな」
さらっとそんな事を言いながら仕事に向かうアンバッスの背中を見送りながら、朔耶は『やっぱフラグブレイカー体質反転してる?』と内心呟くのだった。その内『上さんが出来た』とか聞くかもしれない。
朝食を終えて朔耶が神殿にやって来ると、既に大勢の作業員希望者が集まっていたが、今日は少人数しか雇わないので二十人程を選んで後は解散して貰う。
選考から漏れた人々は残念そうに肩を落としていたが、旧市街の解体と撤去の仕事で近い内に募集が掛かるだろうという話を朔耶から聞くと、確かにあの区域を更地にするなら大勢の人手が要るだろうと皆、期待に胸を膨らませて街中へ散っていった。
作業員を引き連れて職人通りの工房群を訪ねた朔耶達一行は、工房前に並べられているテーブルや椅子を引き取って孤児院施設へと運ぶ作業を開始した。昨日の夜晩くまで仕事をしていたらしく、発注した分の数は殆ど揃っている。
孤児院施設の敷地内に運びこんだ椅子やテーブルは子供達が院内へと運び込む。子供達の指揮にはジャックが任されていた。荷物運びに参加させられない小さい子供達は敷地の隅の方で大人しく遊ばせている。
ただ、その遊びの内容に若干問題があって、ジャックは頭を悩ませていた。遊び組みの子供達は昨日、朔耶から教わった紙鉄砲をパンパン鳴らして遊んでいるので、気が散って仕方ないのだ。音が煩わしいのではなく、興味を惹かれて仕方がないという。
ちなみに紙鉄砲の折り方をマスターしているのは朔耶に直接教わったチューリーとその友達の二人だけなので、二人は皆の紙鉄砲を折るのに大忙しな様子だった。お蔭でコレまでの孤児院内にあった扱いの違いによる軋轢などは、今のところ見られない。
そうして、昼前には全ての運搬作業が終了した。後は孤児達の面倒を見てくれる院長や世話係を雇う事で本格的な孤児院の運営が始められる。
神殿前に戻った朔耶は作業員達に給金を支払って今日の作業の終了を告げると、神殿の神官達と孤児院の従業員を雇う相談を始めた。信仰と教義の問題を考えて、神殿からの人材派遣はやめておくよう指示をだす。
神官達もフレグンスの政策に従って民族や宗派による対立を避ける事に腐心して来た経緯があったので、その辺りについては理解を示し、皆が納得済であった。
「それじゃあ、後は任せるね」
朔耶は後の事を神官達に託すと、昼食を摂りに一度自宅へと帰還する事にした。
『ふう、今回はアンバッスさんにライター渡してちょっと街を見るつもりだったのに、色々あったね』
サクヤニトッテモ ヨイケイケンデ アッタナ
「ただいまー、昼ご飯あるー?」
自宅に帰って来た朔耶はとりあえずお風呂にも入りたいなとキッチンを通り抜けてお風呂場に向かうと、シャワーを浴びようと服を脱いだ。二階の部屋からいそいそと下りて来た兄が脱衣所の扉越しに声を掛ける。
「飯食うのか風呂入るのかどっちだ」
「シャワー上がったら食べるー」
自宅でノンビリ過ごしていた兄は、バタバタと騒がしい朔耶の返答を受けて昼食のチャーハンをレンジで温めた。こういう所で点数を稼いで異世界美女の写真ゲット率を上げるのだ。ちなみに弟は拓朗と今日も工場で作業をしている。
兄がコーヒーを飲んでいる所にシャワーを浴び終えてバスタオル一枚で出てきた朔耶は、チャーハンを口に運びながらエバンスでの出来事を掻い摘んで話した。
朔耶は大胆且つサバサバした性格で豪胆に思われ勝ちだが、実際は立ち直りが早いだけで、周りから思われているような物事に動じない性格という訳ではない。エバンスでの経験は、やはり家族の誰かに聞いて貰わないと気が滅入る部分があるのだ。
内容が内容だけに、その幼女の写真プリーズというネタは自重する兄。
「まあ、その国その時代の価値観があるからな。奴隷制度を禁止してる辺り、フレグンスの王様は中々進歩的なのかもな」
後ろに文化人と付くと途端に胡散臭くなりそうな呼称だが、王政帝政の文化圏で身分制度を形骸化に導く政策を行ったり、人身売買に対する厳罰をセットにした奴隷制の禁止など、文明開化の兆候が見られると兄は評した。
「帝国の方はどうなんだ?」
「どうなんだろう……? あんまりそれっぽい人は見なかったように思うけど」
キトの闇業者とやらが人身売買を商売として成り立たせるには、それなりの需要となる客が必要な訳だが、労働力として買うなら相応の土地を持つ者であると考えられるし、愛玩用としても奴隷を買える程の財力を持つ者となれば、一介の商人や中流以下の貴族とは考え難い。
フレグンスでは奴隷を持つ事を禁じられているし、ティルファも最高指導者であるブラハミルトの人柄から朔耶が感じた限りでは、人権を尊重していそうな国である。少なくとも、朔耶がティルファを訪れた時、奴隷らしい人は見掛けなかった。
帝国は歴代皇帝の遊戯室の一部を閉鎖したバルティアの性格上、奴隷の買い付けに良い顔をするとは思えない、が、しかし――
「うーん、帝都はお城の一部しか見てないからなぁ」
帝都の城は城下街を丸ごと城内に組み込んでしまったような巨大な城塞都市と化しているので、帝国貴族達の住む一角を含めて朔耶も全貌は把握していない。前皇帝ならば人体実験に使う等として購入していてもおかしくないのだ。
「その流れで今も普通に奴隷を買っている帝国貴族がいても、おかしくはないと」
「かなぁ……、まあフレグンスでも屋敷の中に居たら分からないし」
意識の糸レーダーを使えば隠されている人間を探知する事も出来るが、奴隷の人達が普段どんな意識を持って過ごしているのかが分からないので、目標となる思考が定まらない。
「ふむ……、奴隷の売買を無くしたいなら、まずは国のトップにそれを了承してもらう事だな。フレグンスは既に対応済みだからティルファと帝国で同じ様に禁止令を出して貰えばいい。キトのトップは、分からないんだったな?」
「うん、キトは何処に政府があるか分からないんだってさ。……でも、聞いて貰えるかな?」
「大丈夫なんじゃないか? 帝国の皇帝は朔耶にゾッコン、ティルファの指導者は常識人なんだろ?」
「ゾッコンて……バルは、まぁそんな感じだけどねー。 ブラハミルトさんは話の通じそうな人だし」
兄と話して少し気持ちが軽くなった朔耶は、その方法で行ってみようかと頷いた。
「ところでマイシスターよ」
「ん?」
「そのバスタオルは何故に落ちないのだ」
「精霊術使ってるもん」
朔耶の身体に軽く巻いてあるダケのバスタオルは、朔耶が両手でチャーハンを食べて麦茶を飲んでと結構動いているにも拘らず、服のようにぴったり張り付いてハラリとも崩れない。
ぴったり過ぎて身体のラインがクッキリ出ているのだが、ソコには気付いていないようだ。
「オゥ! シット!」
「なんで横文字……?」
『精霊の風』を神社の精霊に微調整して貰う事で、身体を薄い空気の膜で包むような使い方が出来る。これで物を宙に浮かせたりするのは難しいが、タオルを身体にくっ付けるぐらいなら割と簡単に出来るのだ。逆に多少の雨などを弾く事にも使える。
朔耶は食べ終えた昼食の皿を流しに浸けると、『残念でした~ホレホレー』等と言いながら何処かの腰蓑を着けた変態親父のような踊りを披露しつつ、キッチンを出ていった。
「……いや~堪能した」
身体にぴったり張り付いて胸や腰のラインがクッキリ出ている姿での"ふしぎな踊り"は、兄に中々の眼福を味合わせたのであった。兄のMPが100回復した。
部屋でラフな服に着替えた朔耶は、夕方まだ時間があるので工房の様子を見に行こうと庭に出る。
「なんだ、今日はまた行くのか?」
「うん。もう直ぐ忙しくなりそうだから、今の内に部品の量産とかしておきたいからね」
「写真もよろー」
「はいはい」
兄と適当な会話を交しつつ、朔耶は王都に向けて転移した。景色が切り替わり、沢山の綺麗な花が咲く花壇が視界に入る。どうやら城の庭園に出たようだ。
「庭園か~」
テイレモヨク ユキトドイテ イルナ
暫し花々を観賞して庭園を後にした朔耶は、漆黒の翼を広げると、工房に向かって空へと舞い上がった。
王宮区画から上流区を飛び越え、開放区へと移動する途中、王都大学院の校庭で模擬戦の大規模戦をやっているのが見えたので、そっちに興味を惹かれた朔耶は大学院の門の前に降り立った。門番が思わず仰け反る。
「模擬戦の見学にきました~」
「よ、ようこそ御出で下さいました!」
「丁度、今さっき始まった所ですよ」
顔パスで通して貰った朔耶は早速、大規模戦の見学に校庭へと向かう。ワーワーという声援と気勢の籠もった掛け声が響いてくる雰囲気は、何処かスポーツの試合中に訪れる競技場の通路を感じさせた。このワクワク感が心地良い。
応援席のような設備は無いので、見学者は模擬戦エリアの外側で立ち見か、木に登ったり校舎の上階の窓から観戦している。
今日の大規模戦は団体戦での上位六チームの内、さらに上位ニチームが敵味方に別れ、残りの四チームを其々指揮下に入れた形で行われる。約二十人対二十人、総勢四十人からなる対抗戦である。
団体戦や個人戦に比べると怪我人の出る率も高く、人数も多いので治癒の使える教師や生徒が控え、緊急時に備えていた。
「おー凄い凄い」
陣形を組んで向かい合う両陣営、突撃と迎撃、風や水の攻撃魔術が飛び交う校庭の訓練場は、模擬戦とはいえ合戦場さながらの迫力があった。双方、大将となる指揮官の傍にはシンボルの旗が掲げられており、これが倒されると負けになる。
「あ、ルディだ」
青い旗の傍に立つ青軍陣営の指揮官はエルディネイアが担当していた。旗を掲げているのはドーソンで、エルディネイアの周囲は彼女のチームメンバーで固められている。
一方の緑の旗を掲げる緑軍陣営では、以前、朔耶が模擬戦の見学に来てドーソンに抜刀術を教えた時の団体戦で、エルディネイアのチームと戦っていた騎士スタイルの生徒が指揮を執っていた。
「あーあの人か~、ルディ押されてるなぁ」
ヘイノ ウンヨウニ カタヨリガ ミラレルナ
『分かるの?』
タショウハ ナ
神社の精霊が指摘した通り、エルディネイアの指揮には部隊の使い方に偏りが見られた。
例によって魔術士嫌いと突貫体質な性格が災いしているらしく、剣士の突撃による波状攻撃を繰り返して味方魔術士の援護を効果的に使えず、相手に与えるダメージを上回る損害を出している。
「あーあー、らしいと言えばらしいんだけど……」
派手な突撃戦法は観客を沸かせる。がしかし、目に見えてエルディネイア軍はその数を減らしていった。結局そのままの勢いで模擬戦は進み、前半戦を終了してインターバルに入った時には、エルディネイア軍は前衛の半数を失っていた。
緑の騎士軍の方は突撃の勢いを魔術士の一斉射で削ぎつつ、盾持ちと槍使いで満遍なく合わせていく戦法で僅かな損害しか受けていないようだ。
「前衛が足りませんわ、このままじゃ攻撃力が足りなくて旗を落とすのは難しいですわね」
「やっぱり突撃で貫通ってのは無理だと思うよ?」
一気呵成に攻めて相手の守りを打ち抜き、旗を狙い撃ちにする作戦を上げていたエルディネイアは戦力不足を訴え、ドーソンが作戦の遂行に異議を唱える。チームメンバー達もやはり無理があったのではと否定的な意見を口にした。
「相手は守りに定評のあるアイツだからな」
「そうですわねぇ~、彼の守りはぁ固いですしぃー」
作戦の修正変更を考えねばと膝を付き合わせて意見を出し合っている所に、どう見ても学院の生徒ではない黒髪の少女がてくてく陣地内を歩いてくる。エルディネイアチームの指揮下に入っている他のチームの青軍生徒達は、首を傾げてその姿を目で追った。
「苦労してるみたいだね、一応激励に来たよ」
「やあ! サクヤじゃないか、久し振りだねぇ」
指揮官チームであるエルディネイアのチームメンバーが集まっている所にやって来た朔耶が声を掛けると、ドーソンが真っ先に反応した。ここに居るチームメンバーは一応、朔耶とは面識がある。あるが故に、緊張して固まってしまっているのだが。
エルディネイアは朔耶の姿を見て一瞬目を丸くしたが、直ぐにすまし顔に戻ると『越権行為じゃありませんの?』と、朔耶が試合中の陣地内をうろつく事に非難を向ける。
「いいのよ、権力は使う為にあるんだから」
「……はぁ」
つい最近、その権力を使った者を叩き潰しておいてそれかと、エルディネイアは溜め息を吐いた。
尤も、それを突っ込んでみたら『エライ人は責任取る為に居るのよ』と返されてエルディネイアは何も言えなくなった。どうやら異世界の賢者の言葉は此方のモノより遥かに進んでおり、用法もやたら洗練されているようだ、と。
そんなやり取りをしつつ、朔耶はエルディネイアの指揮する青軍の状況を見回して魔術士が多く残っている事に言及した。
「折角飛び道具の使える魔術士が居るんだから、もっと上手く使えば良いのに」
「戦士の戦いに魔術で血路を開くなんて、そんな野暮な事は出来ませんわ」
やはり魔術嫌いに拘っての偏った部隊運用だったのかと、朔耶は内心苦笑しつつも、指揮官が自分の好き嫌いに拘って戦い方を限定してしまっては勝てるモノも勝てないのではと思い、忠告する。実戦であれば兵士は犬死にだ。
「そんなの戦場じゃあ通用しないよ?」
その言葉にカチンと来たらしいエルディネイアは、キッと睨むような視線を朔耶に向けて言い放つ。
「まるで戦場に立った事があるような言い方ですわね」
「あるけどね、ちょっとだけ」
ハッとなるエルディネイア。目の前で困ったように笑いながら頬を掻いてる少女は『フレグンスの戦女神』だったという事を、今更ながら思い出す。サクヤが戦場に現われたという話は、先のサムズ動乱の際に様々な方面から散々聞かされていた。
「し、失言でしたわ……」
バツが悪そうに眼を逸らすエルディネイア。何となく気まずい空気が漂い、先程から緊張して固まっているメンバー達は更なる緊張で胃が痛くなる想いに肩を強張らせている。そんな雰囲気を軽く無視して朔耶に話しかける空気を読まない半熟貴族なドーソン。
「サクヤは如何すればいいと思うんだい?」
「えーとねー」
ガリガリと地面に小枝で図形を描き始めた朔耶に、エルディネイアは興味を惹かれて覗き込む。他のチームメンバー達も『なんだなんだ』と集まって来た。 朔耶は扇形の陣形を描き、其々の配置と役割について説明する。
「それじゃあ、頑張ってね~ルディ。 ドーソンもね~」
後半戦が始まる合図のベルが鳴り、朔耶は観客の群れへと戻っていった。エルディネイア達は朔耶が提案した作戦以上の策を思いつく事が出来なかったので、他に良い手が無いのならばと朔耶の策に乗ってみる事にした。
即座に部隊編成を行って扇陣形を取ると、前面に盾を持った前衛、直ぐ後ろに支援魔術を使う魔術士が付き、さらに小回りの利く剣士が傍に付く。三人一組のユニットがズラリと並び、その後ろに攻撃魔術の魔術士がやはり三人一組で控えている。
後半戦開始の合図と共に、エルディネイア軍はジリジリと固まって前進を始めた。緑軍の攻撃魔術が一斉射を行うと、盾持ちの前衛が盾を構えて踏ん張り、支援魔術で攻撃魔術を中和、ダメージを最小限に抑えながら再び前進。
前半戦の時とはまるで動きの違う守りに徹しながら距離を詰めて来る地味な戦法に、緑軍の指揮官は若干戸惑いを見せるも、守りを中心にした総力戦ならば一日の長がある。次の一斉射が行えるまで前衛が魔術士を守り、突撃に備えて槍と盾を構えた。
そうして二回目の緑軍攻撃魔術による一斉射を防いだエルディネイア軍は、十分に距離を詰められた事を頃合として『三段撃ち』の態勢に入った。
前衛の壁役と壁役の隙間から攻撃魔術を撃ち出すと、直ぐ隣の壁役の背後に隠れる。入れ替わり、控えていた二人目の魔術士による攻撃魔術の斉射。一発目が着弾する前に二発目を撃ち出し、更に控えていた三人目が二発目が着弾する前に三発目を撃ち出す。
その三発目が着弾する前に、魔力を整え終えた一人目が斉射。これを魔術士の精神力が尽きるまで延々と繰り返すのだ。
一発二発なら耐えられても三発四発と続けば流石に耐え切れず、攻撃魔術を中和しようとした支援魔術士諸共に前衛が倒され始めた緑軍は、堪らず部隊を二つに分けて左右から取り囲むように前進する。
「敵が動きましてよ! 皆さん作戦通りに!」
エルディネイアの号令の元、扇陣形が真ん中から二つに割れて左右から迫る緑軍部隊へと其々攻撃魔術の連続発射が行われる。緑軍は青軍の前衛が少ない事を念頭に、多少の被害は省みず一気に押し潰そうと突撃を敢行した。
前半戦で魔術士の力が温存されていたからこその、怒涛の攻撃魔術連射戦法ならば、その前半戦で抑えに抑えて保った前衛の、数の有利を持って押し込んでいく。
ほぼ絶え間なく撃ち出される攻撃魔術を掻い潜り、緑軍の突撃前衛が青軍の壁役に到達しようとしたその時、二つに割れた扇陣形の真ん中から飛び出した青軍の剣士部隊が緑軍後方の魔術士部隊に襲い掛かった。
魔術士が近接戦闘職に接近された場合、魔法障壁や精霊術の防御結界のような防御手段を持たない者は成す術も無く打ち倒されてしまう。学生にそのような高等な術を扱える者はいない。
接近戦用の攻撃魔術を使う者もいるが、それはあくまでも補助的なモノなので、懐に飛び込まれた時点で負けである。
殆ど奇襲のような青軍剣士部隊の攻撃に次々と倒されていく緑軍の魔術士達。青軍の壁役は支援魔術士と守り守られる形で只管背後の魔術士部隊に緑軍の前衛突撃が届かないよう盾で防ぎ、緑軍前衛は何とか突破しようと数で押す。阿鼻叫喚の乱戦となった。
「旗はっ?」
「右側だ!」
乱戦の中、敵軍の掲げる旗を見つけたエルディネイアはソレを打ち倒すべく突進していく。ドーソンも旗持ちとして指揮官の傍にいなくてはならないので後に続いた。観客の生徒からどよめきが上がる。
対抗戦で両軍の旗がこれ程接近し合うような事は先ず起きない。大抵は片方の軍が相手の戦術に敗れて先鋒に討ち取られる場合が殆どで、団体戦に見るチームリーダー同士の一騎打ちというような指揮官の一騎打ちなど、かなり珍しいケースだ。
「中々刺激的な事をやってくれるじゃないかネイア!」
「残念ですけど、私のアイデアじゃありませんわっ!」
青軍の指揮官エルディネイアと緑軍の指揮官が模擬剣を打ち合わせる。しかし、やはり突きを主体にしたエルディネイアの細剣では、オーソドックスな剣と盾を操る騎士スタイル相手に攻撃面でも防御面でも競り負けてしまう。
主に突き攻撃を警戒していれば良い緑軍指揮官に対して、エルディネイアは相手のほぼ全ての攻撃が致命的となる為、細剣で受け止める事が出来ない以上、避けるか軌道を逸らせて捌くかしなくてはならない。その分、運動量も増えて体力の消費も激くなる。
『く……っ 仕方ありませんわ』
エルディネイアは不本意に思いながらも、勝つためには仕方なしとして朔耶に教わった秘策を使う決意をした。乱戦と一騎打ちでのエルディネイアの激しい動きで誰も気付いていないが、彼女の細剣の鞘には柄が生えている。
長剣の振り下ろしを躱して右に飛び、相手に左手の盾を翳させる。そこへ一歩踏み出して突き込むと、相手は盾で逸らしながら右手の長剣による一撃を狙って身体を半身ほど引き、力を溜める動作を見せた。
『ここですわ!』
通常ならばここで反撃を避ける為に左右か背後にステップで身を躱す所だが、エルディネイアは細剣を左手に持ち替えると、右手も添えて両手で相手の一撃を受けに行った。完全に力が乗り切る前に受け止めてしまえば細剣の刀身でもなんとか止められる。
ガコッという硬質な木製武器である模擬剣独特の鈍い音を立てて細剣と長剣が交差した。意外そうに眼を瞠る緑軍の指揮官。
この体勢では一撃を入れる為に剣を引けば即座に刺し込まれてしまう為、どちらも引く事が出来ない状態。所謂、鍔迫り合いが始まる。両手で細剣を支えるエルディネイアに対し、緑軍指揮官は右手一本で長剣を押し込んでいる。
ギリギリと力の圧力によって刀身が震え、長剣を押し退けようと踏ん張るエルディネイアに、緑軍指揮官も下手に盾を使った牽制を行えないほど右腕に体重を乗せて踏ん張っている。『片腕で拮抗するなら、このまま押し潰してしまえる』彼はそう判断した。
勝負に出た緑軍指揮官が盾を捨てた。観客から『おおっ!』と、どよめきが上がる。両手で長剣を掴んだ緑軍指揮官は、そのまま一気にエルディネイアを押し潰しに掛かった。
これは決まったなと、観客の誰もが思ったその時、エルディネイアは左手一本で剣を支えると、自ら膝を付く事で一瞬、鍔迫り合いによる力の拮抗から逃れる。その僅かな瞬間に、腰の鞘から細剣を抜いた。驚愕に眼を瞠る緑軍指揮官。
なんの事はない、エルディネイアは抜き身の細剣を持ったまま腰の鞘にも細剣を装備していただけだ。一瞬の動揺で硬直した緑軍指揮官は、エルディネイアの左手の細剣による長剣と両手封じから逃れるのが遅れた。
しまった! と思った時にはもう、がら空きの腹部に強烈な一撃を突き込まれていた。
「ぐ…… やられたな……」
「や、やりましたわっ!」
緑軍の指揮官が討ち取られた事で模擬戦終了の合図が響く。歓声に湧き立つ訓練場の生徒達。模擬戦終了時点で全体の状況を見れば、やはりエルディネイア率いる青軍の方が被害が大きかった。課題を残しつつも勝ったので良しと喜び合うチームのメンバー達。
「驚きましたわ~~、凄いですわ~~」
「細剣の二刀流なんて初めてみたよ……」
口々に褒め称えるメンバー達に応えながら、エルディネイアは朔耶の姿を探して観客達の人混みに視線を彷徨わせる。
「あ」
朔耶の黒髪は目立つ。エルディネイアが観客達の塊りの端っこの方に一人でポツンと立っている朔耶を見つけると、朔耶はニコニコ顔でひらひら手を振って門の方へと去っていった。
何となく寂しい気持ちになったエルディネイアは、今度はキチンとお礼を言おうと心に決めた。
「うーん、いいもん見れたぁ」
白熱した模擬戦を間近で見られて満足気分の朔耶は、もう夕方になってしまっていたが予定通り工房に寄って行く事にした。
工房に着くと、門番をしている衛兵が珍しく近況の報告を行った。それによると、四日ほど前から度々サーバンスの従者が訪ねて来ては『次の出荷分はまだか』と問い合わせをしているという。
「あー、送風機売れてるんだぁ」
これまでで四十個出荷しているので、あと六十個程出荷して百個限定生産品とかで止めておいたほうが面白いか等と考えている朔耶に、衛兵からもう一つお知らせがあった。
「サクヤ様の邸宅が完成したとの報をお伝えするよう、レイス殿から言い付かっております」
「あ、出来たんだ? そう言えば下見もしてなかったなぁ……」
朔耶は頭を掻きつつ、今度見に行こうと来週の予定に『こっちの自宅訪問』を入れておく。その後は一旦馴染みの工房に出向いてパーツを受け取り、暗くなるまで自分の工房で送風機キットの箱詰めを行ってキッチリ六十個積み上げた。
「サクヤ様はいらっしゃいますかな?」
「いらっしゃい、百個限定生産の残り六十個出来てるよー」
タイミングよく現われたサーバンスの従者に限定生産品にする事を伝えると、一気に三倍の出荷量と限定品指定発言で二重に驚きながらも、従者は送風機キットを馬車に積み込んで一般区の店舗に運んで行った。
『勝手に値段つり上げたりするかもしれないけど、ちょっとくらいなら大目にみましょうかね』
アマイゾ サクヤ
『甘いかな?』
ソコハ オオメニミルノデハナク ツギノコウショウヲ ユウリニハコブ ザイリョウトスルノダ
「…………」
やけに手馴れを感じさせる神社の精霊でなのであった。
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