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戦女神編
65話:エバンスの翼【後】




 大きな荷物を背負った商人風の男を中心に前後を軽く武装した四人が固め、丈の長い草を掻き分けながら暗い湿地帯の草原を進む。彼等はキトの闇業者と取り引きをする奴隷商人の一行であった。
 扱うモノがモノだけに、迂闊に地元の傭兵を雇う訳にもいかない為、自分達で防衛手段の武装をして闇に紛れるように行動する。

「にしても、やり難くなったもんだ」
「まったくだな、ちょっと前までは川さえ越えちまえば馬車でさっさと運べたのによ」
「何でもフレグンスの王都みてぇに街灯まで設置する計画があるらしいぞ」
「げぇー、余計な事してくれるぜ……」

 動乱以後、混乱が一段落したかと思えば神殿出資の発展開発事業で突然活気付き始めたエバンスの街。
 特に川沿いには水道事業で作業小屋などが建ち並び、日中は朝から夕方まで人々が往来して、夕方以降も工事現場の見物に訪れる者がうろつく為、川越えは夜まで待たねばならなくなった。
 街が発展して民の生活水準が向上すれば、素材の入手も難しくなる。サムズには適度に貧困で居てくれないと困るのだ。

「未開地から運ぶのは手間だしなぁ」
「ああ、向こうは向こうでフレグンスの紅獅子が目ぇ光らせてやがるしよ」

 人身売買の素材を集める場合、サムズでは人買い、未開地では主に人狩りで集められる。人買いで手に入れる素材は状態がよく、品質も一定基準のモノが安定して供給されていた。今後はサムズでの人買いは厳しくなりそうなので、未開地からの入手に切り替える事を検討しなくてはならない。

 未開地での人狩りは、向こうの人狩り組織に金を払って近隣の村や集落から適当に狩って来て貰う為、素材の品質が安定しない上に、身体が欠損していたり死に掛けていたりと、博打的な要素が高い。キトとの距離も遠く、行路には危険も多い。
 それでも、当りを引けば一度で多額の報酬を得る事が出来る。危険と手間に見合うだけの価値はあった。

 彼等が今回の取り引き相手の金払いの良さと、購入頻度、求められる品質について雑談を始めた時、荷物を運ぶ男の背中で大きな袋がもぞもぞと動いた。

「あれー鳥さん何処にいったのかな」

 袋の中でスカートのポケットに入れておいた折鶴を探す女の子は、袋の口からひょこっと顔を出した。男が背負っているのは人を乗せて運べるように改造した籠で、ここに購入した子供を乗せて上から布袋を被せる事でカモフラージュしているのだ。商人の男は大人しくしているようにと、女の子に注意する。

「はーい、ねえねえお菓子いっぱいもらえるかなー?」

 適当に相槌を打つ男。慣れている者ならさっさと黙らせる所だが、彼自身はこの商売に手を出してまだ日が浅い為、こういう場合にどう対処して良いのか分からないのだ。護衛役の男達は新入りのそんな様子に、鼻白むとヒソヒソと囁きあう。

「まあ器量も悪くないし、あれだけ元気なら三日くらいは持つだろうさ」
「あそこの伯爵様は特に消費が激しいからなぁ、こっちは儲かっていいが、素材見つけるにも一苦労だ」

 そうして街道に停めてある仲間の馬車まで後少し、という地点で、彼等の頭上から漆黒の翼が舞い降りた。予想だにしていなかった場所で思いもよらない空からの突然の襲撃に浮き足立つ商人達。

「う、うわっ なんだ!」
「こんな所で魔物か!?」

 慌てて武器を構えようとした四人は、漆黒の翼から放たれた雷撃に弾き飛ばされ、白煙を上げながら草原に転がった。荷物を背負っている男は、その存在から放たれる圧倒的な威圧感に恐怖して硬直する。

 その存在は紫色に帯電する翼を威嚇するように広げながらゆっくり近付いて来ると、男に荷物を降ろして離れるよう言い放つ。男はガクガクと頷きながら背負っていた籠を下ろし、籠から離れた瞬間、雷撃で弾き飛ばされて草叢に倒れこんだ。




 静まり返った周囲に意識の糸を伸ばして伏兵が居ないかをザッと確認した朔耶は、翼を収めて大きな荷物に近付いた。もぞもぞ動く袋口を開けると、礼拝堂で会った女の子がキョトンとした瞳を向けてくる。

「あ、お姉ちゃんだー」
「……よかった、無事で」

 怪我も無く、元気そうな様子の女の子に、朔耶はホッと胸を撫で下ろした。カモフラージュの布を取り払い、女の子を籠に縛り付けているロープから開放する。

「さあ、街へ帰ろうね」

 そう言って女の子と手を繋ぐ朔耶。しかし、女の子は小首を傾げて自分はキトに行くのだと告げた。

「院長先生がね、キトに行けば美味しいモノいっぱい食べられるって、キレイな服も買ってもらえるんだって」

 養子に貰われたと言われているらしく、女の子は自身が売られた事など何も分かっていなかった。女の子はお菓子や服を買って貰ったら孤児院の皆にも分けてあげるのだと屈託の無い笑顔で話す。 朔耶は居た堪れなくなって女の子を抱き締めた。

「お姉ちゃん、どうしたの?」
「……ううん、何でもない。 キトに行かなくても美味しいモノ一杯食べられるように話してあげるから、帰ろうね」
「え〜、キレイな服は?」
「キレイな服もね」

 朔耶は女の子を抱き上げると、そのまま魔力のオーラで身体を包み、漆黒の翼を広げる。

『いけそう?』
コノクライデアレバ モンダイナイ

 余り重い物体を一緒に運ぼうとすると魔力の放出量がトンデモ無い事になり、離着陸の時に地面を吹き飛ばしてしまったり、朔耶の精神力にも影響を及ぼす。が、小さな女の子一人分くらいであれば大きなリュックを背負っている時とそう変わりは無い。

「うわぁっ すごい!」
「あんまり動いちゃダメよ?」

 女の子を抱えたまま、朔耶はエバンスの街へ向かって星の瞬く夜空へと舞い上がった。この時、二体の強力な精霊の力に間近で触れた事で、女の子の交感能力も刺激されていたのだが、それはまた別のお話である。




「……行ったか」

 草原に転がっている護衛役だった商人の一人が空を見上げ、光の軌跡を残しながら飛び去る朔耶の姿を確認すると、すぐさま身体を起して自分の荷物を拾い集めた。『まさかフレグンスの戦女神に攻撃を受けるとはな』と独り言を呟く。
 
 他の仲間はまだ気絶しているようだ。雷撃を受けた部分は革鎧が焦げ付き、火傷でヒリヒリするが今は気にしていられない。治療も後回しにした男は、街道に馬車を停めて待っているであろう仲間の元を目指して走り出した。

 彼は正当な取り引きを妨害されたとキトに報告して朔耶に報復が行くよう画策を考えていた。奴隷市はキトでも闇業者と称される裏家業の者が取り仕切ってはいるが、それは扱う商品に配慮した便宜上の定めた呼び名であって、キトでは奴隷の売買も普通に商売の一つとして罷り通っている。

 キトの最高指導者が誰であるかなど商人達にとっては興味の無い話だが、キトの運営方針には賛同する者が多く、信用一筋の堅実な商売が出来る事から皆、キトに公布される指導者の指示には従うのだ。

 隠れて取り引きをしているとはいえ、キトの領内で成立した取り引きは正当な物、それを邪魔されたと告発すればキトの何処にあるのか分からない政府からフレグンスへ正式な抗議が行く。

 フレグンスから正式な謝罪が無ければ、公布一つでキトの商人はフレグンスとの交易を停止するだろう。
 オルドリア大陸でキトの商人からソッポを向かれる事がどれ程の損失に繋がるかは、各国がキトから輸入している素材や衣料品の量を考えれば一目瞭然である。

 しかし、王宮高官による正当な取り引きへの妨害があった事をフレグンスが認めた場合、国策で禁じている人身売買を認める事にも繋がる。サムズとの関係も考えればそれは出来ない筈。

 そうなると取れる手段は一つ、高官個人の独断による行いだったとして罷免ないし更迭にて処断し、それを持ってキトからの抗議に応える事になるだろう。

「よし、これで完璧だ。 ひへへ……キトの商人を甘く見るなよ……」

 草叢を掻き分け、他の仲間はまだ追ってこないのかと少し気にしながら湿地帯を抜ける小川の近くに出た瞬間、彼の世界は盛大に回った。ぬかるんだ地面が迫り、顔面から落ちていく。

『くそぉっ 余所見してたせいで転んだのか、くそっ顔を打ったじゃないか』

 転んだ事に内心で悪態を付きながら、彼は身体を起そうとしたが、どうしても上手く動けなかった。

『早く立って走らないと、早く、ええいそんなに派手に転んだのか、まだ視界が回ってるぞ』

 ごろりごろりと、彼はぬかるんだ軽い斜面で顔に泥と草を巻きつけながら小川に向かって転がっていく。

『いかん目の前が暗くなってきた、やけに冷え込むな、変だなぁ、早く立たなくては……』

 ようやく動きが止まったものの、彼は身体を動かす事が出来なかった。彼の視界の先では穏かな流れの小川が水面に反射する僅かな星明りを揺らしている。彼が転がってきた斜面の上には、彼の身体がうつ伏せに倒れ、赤い小川を作っていた。


「他はどうだ?」
「始末して来ました、馬車にいた二人を含めて全部で七人だったようです」

 小川の近くで死体を片付けている武装した傭兵らしき男の下に、同じく武装した五人の部下らしき者が報告に来る。彼等が装備している武具は無名の鍛冶職人が作った安物だが、全員が同じスタイルに纏められている。

 彼等は奴隷商人達の仲間から聞き出した情報でサムズの民が密売されている事を知り、商人達の合流する地点にいた馬車を襲って待ち伏せしていたのだが、空から舞い下りる朔耶の姿を見てこの付近を調べに来ていたのだ。
 奴隷商人達が蹴散らされた後の、朔耶と女の子のやり取りも目撃していた。

 その時点で彼等の存在を神社の精霊は感知していたが、特に害意は認められず、寧ろ友好的でありながらも朔耶には知られたく無さそうな感情を感じたので、精霊は朔耶に報告しなかったのだ。

「そうか」

 部下の報告に頷くと、小川の向こう岸に集まっている別働隊に視線を向けた。奪った馬車は長旅にも耐えられるよう補強され、商人の馬車から重厚な傭兵団の馬車へと変貌を遂げている。

「ヴィンス団長、出発の準備は整いました!」

 馬車を確保した別働隊からの報告を受け、ヴィンスは部下と連れ立って小川を渡る。クルストスで放置された後、彼等は傭兵団となってサムズとフレグンスを外から観察して来た。そして自分達の選択ミスを認めざるを得ない現実を目の当たりにしたのだ。

 これからサムズは発展して豊かになり、人々の暮らしも良くなるだろう。しかし、裏切りを働いたヴィンス達はその事業に堂々と参加する事は出来ない。

「(ならば) 我々は我々に出来る事をするまでだ」

 サムズの発展でキトの奴隷商人達は未開地に狙いをシフトさせた。
 未開地には未だ多く出没する魔物の被害が絶えず、サムズよりも貧しい小国や村々、集落が点在している。魔物退治は傭兵家業の儲け仕事でもあるが、貧しい土地故に報酬も期待できず、稼ぎにならないのでフリーの傭兵が売り込みに遠征する事は殆どない。

 そんな未開地で兵を募り、奴隷狩りや魔物の脅威から住人達を守る為に剣を振るう『フレグンスの紅獅子』ことフレグンス第二王女ルティレイフィア。彼女を援護する為にヴィンス達は未開地へ赴く。

「自ら汚してしまった騎士の誇りだが、せめて騎士であった事の本懐を遂げ、死んでいった者達への詫びとしよう」

 弱き民達を守り、人々を救う為に剣を振るう。危険な未開地でフレグンスの姫君がそれを行っているのならば、我等が馳せ参じて微力ながらその偉業の御手伝いに尽力しよう。それが、動乱後の混乱を彷徨ったヴィンス達の出した答えだった。

 サムズを迂回し、クリューゲルの西端バーリッカムを経由して未開地を目指す。
 ヴィンス傭兵騎士団の一行はキトの領地から夜の街道に馬車を走らせ、静かにこの地を出発するのだった。






 エバンスの神殿前では炊き出しが行われており、孤児院の子供達や街の浮浪者までが集まって、振舞われる暖かいシチュー鍋に多くの人々が群がっていた。其処へ現れた黒い翼の天使にどよめきが起きる。

 夜空に溶け込みそうな程の漆黒の翼を広げて光のオーラを纏い、小さな女の子を抱いて舞い降りて来る朔耶に人々は騒然となりながら目を瞠り、精霊神官は『精霊の使者よ……』と呟きながら恍惚の表情でその姿に見惚れていた。

 この時の様子を繊細に描き出して有名になり、後にサムズ出身の画伯としてオルドリア大陸中にその名を知らしめるに至る画家の浮浪者がいたりするのだが、これもまた別の話である。


 朔耶は神殿前に降りてから『しまった』と内心バツが悪そうに反省した。この姿で民衆の前に降り立てば、騒ぎになるのは分かっていた事だ。一刻も早く女の子を皆の所へ帰したい気持ちに焦り、うっかり考え無しに神殿前まで直行してしまったのだ。

 地面に下ろされた女の子は神殿前に集まっている人々の中に孤児院の友達を見つけると、その輪に混じって空を飛んだ事を興奮気味に話している。

「少々派手だったな」
「えへへ、うっかり失念してました」
 
 アンバッスは『やっちまったぜ』と苦笑しながら頭を掻いている朔耶の目が赤い事に気付いたが、特に言及する事はしなかった。
 朔耶は未だ恍惚としている神官にデコピンを食らわせて正気に戻すと、神殿出資で孤児院の大改装を行い、その後の経営も神殿主導で行う構想を持ち掛けた。信仰や教義とは別としながら、人道的見地によって行う孤児の保護と育成。

 精霊神官達はそれは良い考えですと全面的に支持を表明し、早速明日からでも取り掛かる事を告げた。
 以前ならば、何を行うにしても資金的な問題がまず大きな壁となり、工夫だけではどうにもならない事が多過ぎる停滞感に改革提唱者の求心力が失われて潰れてしまう事が多かった。しかし、今ならば豊富な活動資金が問題の半分以上を解決してくれる。

 水道事業の工事により、作業員の雇用が増えてエバンスの街は活気付き始めている。それでも職にあぶれている人は多く、人員の確保には困らない。大量の作業員を雇って孤児院を改装し、快適な施設にして子供達を健全に育てて行く事は、今後の街の発展にも大きく貢献する事になるだろう。

「とりあえず、全ては明日からね」

 朔耶はそう言って神官達との協議を一旦打ち切ると、ふとシチュー鍋の回りに群がっている民衆の中にジャック達の姿を見つけて徐に歩み寄る。朔耶が精霊神官達と話し込むのを見て、その存在に恐々としながらもシチューにあり付こうと再び鍋に群がっていた民衆達は、朔耶が近付いて来た事で慌てて脇に下がっていく。
 ジャックはリーダーとしての気概で威風堂々と踏み止まっていたが、仲間の子供達は及び腰で今にも逃げ出しそうだ。

「こらっ なに踏ん反りかえってんのよ」
「あいてっ!」

 とりあえずペチッっとオデコに一発入れておくと、朔耶はジャック達も孤児院に戻る事を勧めた。改装時に施設の不備や必要なモノを指示して欲しいと依頼する。ジャックは少し怪訝な表情になると、探るような雰囲気で問い質す。

「……俺ら、罰しなくていいのかよ」
「ああ、そう言えばそうだったわね」

 思い出したようにポンと手を打つ朔耶に、ジャック達はあからさまにうろたえた。思わず『薮蛇だったか』と引き攣るジャックに、朔耶は笑って答える。

「じゃあ、罰として他のジャック達みたいな子達を助けてあげてね」
「え?」

 ジャック達のようなストリートギャングは他にも幾つか存在し、騎士団がスラムの壊滅に動いた今日、街に逃げ込んで来ているグループがいるとの報告が入っている。彼等に投降を呼びかけ、孤児院に復帰させる役をジャック達にやらせるのだ。

 朔耶の提案により、ジャックは孤児院内に設立する組織『エバンス子供会』で会長を任せられる事になった。

「マジかよ……」






 翌日――

 早朝から神殿前では作業員募集の報に大勢の職を求める人々が集まっていた。辺境騎士団本部の宿舎に泊まった朔耶は、まず神殿に顔を出して作業員の集まり具合を窺い、次いで孤児院施設の状態を調べに訪れる。

 少数の見張りを残して無人となった院内を歩き、部屋の数や規模を調べて回ると、その足で職人通りに向かった。通りに並ぶ工房群に椅子や机、ベッド、窓枠、といった日用品を大量に発注すると、作業を指揮する為に神殿へ取って返す。

 騎士団から派遣された者が指揮する水道橋工事の方はある程度の土木作業経験がある者が優遇されるので、そちらの募集枠から漏れた人達がこちらの作業員募集に乗り、総勢八十人近い作業員が集まっていた。

「え〜、おはよう御座います。あたしは今回の作業を指揮する王室特別査察官の朔耶です。予定では今日と明日に亘って孤児院の大改装を行う予定です。あ、予定って二回言っちゃった……。 それじゃあ皆さん、今日一日宜しくお願いしまーす」

 朔耶に作業開始前の挨拶を向けられ、戸惑いながらも応える作業員達。こんな風に現場を指揮する者が作業員に『宜しくお願いする』等という行為は、この世界の仕事場では余り例が無い。笑いも取りつつの朔耶の挨拶は、概ね好意的に受け止められた。




 孤児院へ向かう途中、朔耶は大勢の作業員達に混じって歩いているジャックの姿を見つけた。

「おはよ、ジャック。 今日は内装の指示とかお願いね」
「ああ……」

 少し戸惑った様子で朔耶の挨拶に応えるジャック。どうも朔耶という人物の在り方を、まだ掴みきれていないようだ。

 現場に到着すると、先ずは資材を運び込む者と足場を作る者、中を掃除する者とに分かれて其々グループを形成し、一斉に動き出した。院内から運び出された汚れたシーツや壊れた日用品は全て敷地内の端に集め、後で選り分けて要らない物は処分する。

 院内の壁や床を掃除しつつ、嵌め殺しの窓は全て取り外して空気の入れ替えも同時に行う。孤児院としては石造りの立派な建物なので、外観や内装をしっかり整えれば非常に住み心地の良い環境が期待できる。
 嘗ては子供達を逃がさない為に設けられた高い塀も、綺麗に汚れを落とされて子供達を外敵から守る防壁に生まれ変わるのだ。

 運びこまれた資材で足場が組まれると、外壁の掃除と鉄格子の除去に取り掛かった。その間、院内の傷んでいる箇所や問題のある箇所をジャックが指摘して回り、修繕ないし改善処置が施されていく。


 昼食時、朔耶が休憩がてら職人通りの様子を見に行くと、各工房ともフル稼働で働いていた。何れの工房も余り大きい建物では無い為、出来上がった椅子やテーブルが通りにはみ出して工房の前に並べられている。

 雨でも降ったら大変だと、朔耶は昼からの作業が始まり次第、手勢を連れて出来上がった分を引き取りに来た。孤児院の大部屋は既に清掃が済んでいるので、先ずは其処に設置するベッドから運び込む。

 次いで、直ぐに設置可能な食堂等に置くテーブルや椅子を運んでいく。昨日作り方を教えた手押しポンプも、しっかりした物が完成したなら買い取って敷地内の井戸に設置する趣を伝えておいた。

 窓や扉は現場に出張してきた工房の職人達が枠を合わせて製作する。作業は順調に進み、灰色だった外壁と塀は染料で白に塗り替えられていった。そして入り口の門の部分に面した塀の壁には――

「え、ちょっとこれって……」

 巨大な漆黒の翼が門を挟んで両側に伸びるように描かれていた。

「なかなか良い趣向でしょう。ほら、あそこで外壁に動物を描いてる男が描いたのですよ」

 現場の補佐として付いて来ていた神官がニコニコと指し示した先では、施設の外壁に馬やら犬やら竜やらを描いている浮浪者の様な装いの男。立ち振る舞いや筆使いが何だか画家っぽい。

「まあ、いいけど……」

 今後ここを訪れる子供達がコレを見たら怖がるのではないか等と、朔耶は何処か釈然としない気持ちで入り口の塀の壁に描かれた巨大な黒い翼を眺めた。ちなみに門を閉じると翼の中心になる門の扉には子供を抱いた朔耶の姿が描かれる事になっているのだが、この時の朔耶は知る由も無かったので止める事も出来なかったのであった。(ずっと後になって発見し、悶絶する破目になった)




 夕方になる頃には施設内の清掃に窓や扉の設置も終わり、ベッドや椅子、テーブルも孤児院全体で三分の一部屋分程は整っていた。残りは家具工房職人さん達の頑張り次第である。

「皆さんお疲れ様ー、お給金を支払いますので並んで下さーい」

 篝火の焚かれる神殿前に集合した作業員達は、朔耶の案内に従って列を作り、順番に給金を受け取っていく。
 報酬を受け取った人々は皆、満足そうに帰っていった。朔耶は明日の作業は少人数で十分なので、次は別の人材募集について考えていた。『孤児達の世話をしてくれる人大募集』である。

「お姉ーちゃん!」
「ん?」

 不意に聞き覚えのある元気な声に呼ばれて朔耶が振り返ると、そこには友達を連れた例の女の子が紙の束を持って立っていた。もじもじしている友達との会話で、女の子の名前は『チューリー』だと分かった。

「どうしたの?」
「あのね? 鳥さんの作りかた教えてほしいの」

 そう言って紙の束を差し出すチューリー、よく見るとその紙束は騎士団本部に置いてある書類用の紙だった。書き損じの紙ではなく新品である。朔耶がこの紙束はどうしたのかと訊ねると――

「あのねー、お顔に一杯傷があるおじちゃんがくれたの」
「アンバッスさんか」

 あまりの分かり易さに思わず笑みが零れる。

 朔耶は夜までの僅かな時間、彼女達と礼拝堂の机で折り紙を折って過ごしたのだった。 







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