「サクヤ様!」
「やほーフレイ」
審判の間を出た朔耶は部屋の外で待っていたフレイと連れ立ってレイスの執務室に移動すると、そこで一息ついた。
「ふぅ〜、上手くいって良かった」
「お疲れ様でした。 災難でしたね」
まったくだよ〜と然して疲れた様子も見せずに、朔耶はフレイの淹れてくれたお茶を啜りながらレイスの労いに答える。
レイスの話によれば、重鎮達は今回の事で朔耶の関係者に知られないよう、王に対して普段通りに朔耶の待遇への遠回しな進言で牽制して見せつつ、裏では貴族達への根回しが迅速に行われ、上申書が提出された時には既に査問会の準備が整えられていた。
その為、レイス達やランバルト公が上申書の情報を掴んだ時にはもう、横槍を入れる間も無かったという。
レイスは、例の重鎮四家が短い期間で同輩の重鎮や旧家の門閥貴族を掌握して動かせるだけの力を有している事に言及すると、朔耶に注意を促した。
気の進まない者が大半だったとして、その彼等の動員をやってのけるだけの腕と影響力があるのだから油断は出来ない、と。
「今後は王都でも味方を増やす努力を怠らない方が良いと思いますね」
「ん〜別に、こっちになるべく来ないようにするって手もあるんだけど」
面倒くさそうに椅子の背凭れに身体を預けてアヒル口を見せる朔耶に、レイスは普段の微笑を少し抑えながら諌めるように言った。
「望むと望むまいと、サクヤは既にフレグンスに対して強い影響力を持っていますからね」
「う〜ん」
朔耶は腕を組んで考えた。確かに此処まで関わってしまった以上、途中で放り出すのは無責任かなと思いなおす。
「でも、卒業後にこっちで就職するのは考え直さないとね。レティやアルサレナさんの事は好きだけど、王国に忠誠は誓えないと思うし、王にも王国にも忠誠を誓ってない人が国の上層で幅を利かせるのは、いい気分しない人も多いだろうしね」
「その辺りのコトは、人それぞれあると思います。 私も決して王国に忠誠を誓っているとは言えませんし……」
「レイスが好きなだけだもんねー」
フレイが茶請けのお菓子を用意しながら答えると、早速お菓子に食いつきながらフレイにも食いつく朔耶だった。
宮廷魔術士長の執務室前で、レティレスティアは扉に手を伸ばしたままノックを躊躇っていた。審判の間を後にした朔耶が宮廷魔術士長の補佐官と共に歩き去ったと聞いてここまでやって来たのだが、中から響く楽しそうな話し声を聞くうち、居た堪れない気持ちになってくる。
『私は……』
結局、レティレスティアは扉をノックする事無く執務室の前から立ち去った。
「ん?」
「どうしました?」
ふと扉の方を振り返って沈黙する朔耶に、フレイが小首を傾げる。朔耶は口の中のクッキーをお茶で流し込むと、急用が出来たと言って席を立った。
「またね〜、あたしが帰ったからってレイスと"オシゴト"に励んじゃダメよ〜〜?」
「も、もぅ! サクヤ様ったら……」
顔を赤くしながらチラリとレイスを振り返るフレイに、朔耶は『やっぱ"お私事"するつもりだったんかい!』等と内心ツッコミを入れつつ、宮廷魔術士長の執務室を後にした。
『どっち?』
シタノカイニ オリタヨウダ
神社の精霊はレティレスティアが執務室の扉の前に立った時点で存在に気付いていたが、彼女から迷いの気配を感じたので朔耶に知らせる事無く、その動きを観察していた。
朔耶がレティレスティアの立ち去る気配を敏感に感じ取ったのは、観察していた神社の精霊と重なっている事が原因なのか、朔耶自身の能力なのかは分からない。
一つ下の階に下りてきた朔耶は、無数に並ぶ客間のドアを見渡した。この階には朔耶もお世話になった事のある宿泊用の客間が、迷路のような通路を挟んで立ち並ぶ、少し他の階とは雰囲気の違った造りになっている。
神社の精霊からレティレスティアの様子を聞いていた朔耶は、交感を繋ぐ前に一度直接会って話をしようとレティレスティアの痕跡を追う。普段からあまり使われる事の無いフロアは空気に人の気配が無く、それ故にレティレスティアの香水の香りがハッキリと残っていた。
「こ〜こ〜か〜」
「きゃあああ!」
人目を忍んで客間の一室に籠もり、一人ションボリしていたレティレスティアは、イキナリ低い声を響かせて部屋に飛び込んで来た影に飛び上がって驚いた。思わずベッドの端まで後退ると枕を構えて迎撃態勢を取る。
「あはははははっ レティ驚きすぎ」
「さ、サクヤ…… 脅かさないで下さい」
朔耶は部屋に備え付けの机から椅子を引いて腰掛けると、ベッドにペタン座りしているレティレスティアと向かい合う。
「それで、どうしたの?」
「……」
レティレスティアは暫らく俯いていたが、やがてポツポツとその胸のうちを語り始めた。朔耶と初めて出会った時からずっと、自分は助けて貰ってばかりで、朔耶が困っている時や国の大事にも役に立てた事が無い自分に疑問を感じていると、自身の無力さを嘆く。
「うーん、別にそんな事ないと思うけどなぁ」
「でも、私は今まで何も……」
「レティは初めて会った時からあたしの事もよく助けてくれてるし、国の為にも働いてるじゃん」
「え? 私が、サクヤを……?」
朔耶はレティレスティアが本気で分かっていないようだったので、出会った時からの事を一つ一つあげて説明していく。
まず初めて会った時、レティレスティアによる『疎通の加護』と『精霊石の指輪』のお蔭で、朔耶は此方の世界の人々と意思疎通が出来る。これがなければ後のアマガ村での生活や、王都への旅路でもかなりの困難を強いられていただろう。
帝国の特殊部隊(精鋭騎士団だった)から逃れる際には、『風の加護』が大いに役立った。イーリスの誤解による一撃は『風の戒め』が行使されていなければ、心臓を貫かれて即死していた可能性が高い。
その時の事を思い出してゾッとしたのか、レティレスティアは少し青褪めて首を竦めた。
勅令を出した後、毎日神殿に通って水鏡の間での報告を確かめていたお蔭で、アンバッスによる勅令内容の確認に居合わせ、直接話を通した事で朔耶の待遇が改善された。
朔耶が王都に着いた日、仕来りに添った挨拶の段取りをすっ飛ばしたレティレスティアの行動が、朔耶に対する各貴族の安易な干渉を大幅に思い止まらせる効果を生んだ。
コースティン家の晩餐会では交感によって朔耶の緊張を緩和し、ジャバール家に対する予備知識などでアウサレスの誘惑に対する予防線を張れた。
エルディネイア誘拐事件の時は、朔耶との交感で逸早く情報の伝達を行い、近衛の派遣やレイス達の城内活動を支援するなど、事件の概要に関する情報共有を極めて迅速に行い、事件の解決に大きく貢献している。
朔耶が帝国に拉致された時も、交感によって朔耶の状態に関する情報(精霊術の目覚め)を伝えたり、ショッキングな事件で気持ちが参っている時に精神的な心の支えとなっていた。
サムズ動乱の際には、やはり交感による情報伝達でクルストスへの早急な支援物資を手配したり、傭兵団の内情に即したエバンス攻略電撃作戦の実行によってカースティア攻略戦を終結に導くなど。
「ほらね、いっぱい助けて貰ってるでしょ?」
「……そうでしょうか? サクヤの働きに比べれば、私のした事なんて……」
「あたしのは『ちょっと』派手だから目立ってるだけだよ。実際、レティが居なかったらかなり困ってた事とか多いよ?」
「サクヤ……」
朔耶はここで交感を繋ぐと、その言葉に嘘偽り無く決して同情心によるモノではない事を伝えた。レティレスティアからも不安の気持ちが晴れていき、安堵が広がっていく感情が伝わって来る。
「ありがとうサクヤ、私……これからも自分の出来る事を考えてみます」
「うんうん、前向き前向き。その調子でイーリスとの関係も進展させようねー」
「ま、前向きに善処します……」
少し元気を取り戻したレティレスティアをからかったりしつつ、朔耶は工房に向かうため客間を後にした。
城の出入り口を出た所で、朔耶は何か話し込んでいるイーリスとフューリを見つけた。イーリスは難しそうな顔をしており、フューリの表情も冴えない様子だ。朔耶が通り掛かった事に気付いたフューリが顔を上げる。
「あ……サクヤ様」
「二人とも難しい顔してるね、何か困り事?」
「ええまあ、先程の事で彼女達に確認しておきたい事がありまして」
「ふーん…… あ、四階の客間にレティがいるよ? イーリス行ってあげたら?」
朔耶がレティレスティアの事を話して迎えに行くよう促すと、イーリスは朔耶の狙いを察して頷き、城内へと消えていった。
何処か思い詰めた様子のフューリに、朔耶は『こっちもか』等と思いながら冴えない表情の理由を訊ねる。
「……そうですね、サクヤ様にならお話しても」
フューリは神殿の事情について詳しい内容を語った。王宮区画に建つ王宮神殿には聖騎士団が常駐している。聖騎士団の中でもフューリ達のように精霊術を使う者で編成されたエリート集団でもある『精霊騎士団』。
神殿に所属する者で精霊術は使えないが戦闘を行える者や、準騎士以下の戦士達で編成される『神官戦士隊』、さらに戦闘力は無くとも神殿の兵として所属する『神官兵』。
そして主に神殿の業務を取り仕切る『精霊神官』が詰めているのだが、その精霊神官達に今回の査問会を起こした黒幕である重鎮四家の息が掛かっており、寄付金集めの貢献度等から神殿内では強い発言力を持っている。
賄賂と甘言で誑かされた者が上層を占める神殿の内情は、重鎮四家含む門閥貴族の意向が濃く反映されるようになり、神官兵や神官戦士隊は門閥家の私兵のように扱われている現状だという。彼等の中にも素性の問題や金銭面から重鎮派に付く者もいた。
聖騎士団に所属するには才能と実力を兼ね備えてなくてはならない為、特にその傾向が強いフューリ達『精霊騎士団』はそういった工作に惑わされる事も無かったが、重鎮達は神殿が自分達の勢力下にある事をより強く印象付ける意味で、王宮神殿の幹部に指令を出した。
今回の査問の席で重鎮達を警護し、サクヤと相対する事で聖騎士団、つまりは神殿側が王室よりも重鎮寄りである事を示す。王権も強く介入出来ない精霊神殿において、その神殿側が重鎮達の支持を示したとなれば、フレグンス領内での重鎮派の影響力は一気に広がる。
フューリ達はその選択を迫られていた。神殿上層が重鎮派に占められているので、逆らえば色々と行動に制限が課せられる。場合によっては団員の総入れ替え等という強硬手段も取られかねない状況にあったという。
現状は思わぬ展開により重鎮四家が遣り込められた事で神殿内の重鎮派も困惑しているらしく、フューリ達の命令無視に関しては今の所何も言ってくる気配がないそうだ。
「しかし、彼等もこの先、必ず何か行動を起こすでしょう。それを思うと……」
身内の恥を晒すようで、イーリス団長には話し辛かったらしい。近衛騎士団が王室直属の騎士団である事も関係している。
「ふーむ、成る程ねぇ。 勘に引っ掛かってたのってコレだったか……」
ふんふんふんと何やら呟きながら考え事に没頭する朔耶。ブツブツモードに入った朔耶はぶつぶつ言いながら問題と現状を整理すると、以前兄に教わったやり方で考えてみる。『どうすれば良いか』ではなく、『どうなれば良いか』。
「発言力……影響力……寄付金……重鎮派…………ん? 寄付金で発言力アップ?」
重鎮派が如何にして神殿に自らの影響力を浸透させていったのか、それを考えれば答えは単純に出た。精霊神殿は元々王権とも距離を置いている独立した信仰組織である。
フレグンスの王族が精霊術に長けた一族である事と、王室からの寄付金で領内各地に神殿を建てた事から、精霊神殿はフレグンス王家と親密な関係にあった。然すれば、王の権威あってこその王国貴族の権力など、あまり重要ではない。
「結局お金かぁ」
なんだかなぁと思いつつも、それも一つの真理なのだろうと納得した朔耶は、神殿から重鎮派の影響力を掃う策を一つ思いついた。それが実行可能かどうかを確かめる為、朔耶はアルサレナに交感を試みる。
『アルサレナさーん』
――……サクヤ? 私に繋ぐなんて珍しい、どうしました?――
朔耶は神殿の窮状を掻い摘んで話すと、思いついた解決策を示して必要な情報について訊ねてみた。朔耶が求めた情報は、例の重鎮一家辺りの総財産。彼等の財力如何で、この策が使えるか否かが決まる。
結果、重鎮一家の財産はサクヤの工房資金の約三十.五倍。パル金貨に換算して凡そ"十五万三千七十九枚"という金額が弾き出された。其処から三割を引き抜き、四家を合わせれば約十八万三千枚前後になる。
この金額は一年で支払おうとした場合、毎日五百枚前後収める事になり、幾ら門閥家でも無理があった。
『幾らくらいなら大丈夫なんですか?』
――そうですね、無駄な浪費を抑えるならば一日に百五十枚が限度、といった所でしょうか――
『えーと……』
朔耶はポケットから電卓を取り出してポチポチと叩き始める。フューリが朔耶の出した『謎の物体』をなんだろうという様子で覗き込んでいる。
『ふーむ、多少の不満も抑えられる程度は余裕を残して一日百三十枚前後、四年払いかな〜』
――計算が速いですね、流石です――
『ズルしました、褒めないで下さい』
宮廷魔術士長を選ぶ『選定の儀』も大体四年周期くらいだと思い出した朔耶は、良い機会なので重鎮に課した人材育成の期限を四年に設定しておけば、最長でも彼等は四年後には引退する事になると提案した。罰金も四年で支払うよう求める事にする。
――中々面白い案ですね――
『それでですね〜、アルサレナさんにお願いが』
朔耶が考えた策とは、重鎮四家から巻き上げた罰金を一旦神殿に預けて、そこから必要な分を随時引き出すようにする。神殿を銀行に見立てるのだ。預けたお金は神殿も必要があれば使う事が出来る。
神殿に幾ら入り、何時誰が何の目的で幾ら使ったかを後でキチンと領収書として朔耶に提出する。その辺りの管理をしっかり果たせて、信頼出来る公正な人間を神殿経理に就かせる為の人材固めに、アルサレナに協力を請う。
――資金の共有、という所ですか……新しい試みですね。 分かりました、早速手配しましょう――
重鎮派の影響力を削ぐための資金に、その重鎮達からの罰金を当てる辺り、やり方がえげつないとアルサレナは高く評価した。朔耶は微妙に喜んで良いのか迷った。
フューリ団長と共に王宮神殿を訪れた朔耶は、神殿食堂で昼食をご馳走になりながら自らの方針を語り、昼過ぎから訪れたアルサレナ選考の経理担当者と神殿の神官幹部も交えて概要を話し合い、詳細を詰めていった。
「そ、それでは門閥家の方々からサクヤ様への送金は全て神殿預かりになると? それも比較的自由に使える」
「神殿運営の必要経費として、ならね。あたしの方からも少し頼みごとするかもしれないけど」
「えぇえぇ、それは勿論、構いませんとも。サクヤ様直々の指示でしたらば」
精霊神官の幹部は早々に朔耶の流れに付いた。その表情からは何処か晴々している雰囲気を感じなくもない。
『見限りが早いというか、もしかしたら結構嫌々従ってたのかもしれないね』
タイキョクヲミスエテ ヤムオエズ トイウジジョウモ ヨクアルコトダ
この策により、神殿には朔耶宛てに毎日百枚以上の金貨が四年間入り続ける事になり、そのお金は朔耶の許可の下、神殿が運営資金として利用出来る。朔耶は最高の寄付者になると同時に、名実共に精霊神殿の力の象徴として称えられる事になった。
この日の一連の出来事によって王宮神殿の重鎮派は発言力、影響力を失い、重鎮派だった神官達も貴族達から距離を取る態度を見せるようになった。ここに精霊神殿サクヤ派勢力が生まれる事になる。
「すっかり夜になっちゃったよ、今日はもう工房で作業するのやーめた」
朔耶は欠伸をしながら伸びをすると、客間を借りに城内へと戻っていった。
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