「この部屋にてお待ち下さい」
「はいはーい」
騎士達に連れられて朔耶がやって来たのは城内にある一室。身分の高い者が査問を受ける際に通される控え室のような部屋だ。 普通の客間っぽく質素な調度品が飾られ、テーブルと椅子が置いてある。但し、閉じられたカーテンの向こう側には鉄格子入りの窓がある。
「……」
「どうしたの?」
他の騎士達が退出した中、イーリスが一人残って物言いたげな瞳を向けていたので、朔耶は声を掛けた。
「何故です? 貴女ほどの力があれば、我々の拘束など無きに等しかった筈」
「まあねぇ、でもそれじゃあ問題も解決しないっしょ」
その気になれば一人で王都を制圧しかねない程の力を持ちながら何故、今回のような理不尽な要請に応じたのかと訊ねるイーリスに、朔耶は力尽くで解決出来るならそうしていたと答えた。
「……彼等の狙いは王権への介入に貴女を利用する事です」
「イーリス? 近衛の人がそういう話題を口に出しちゃ不味いんじゃないの?」
椅子に腰掛けて自分でお茶を淹れながらテーブルに置いてあるお茶請けのお菓子に手を伸ばす朔耶は、珍しく規則を破ろうとしているイーリスを窘めた。
何処に目や耳があるか分からないのだ。盗み聞きしている人間が潜んでいる場合は意識の糸レーダーで見つけ出せるが、魔術を使って音を拾うというようなやり方で盗聴された場合、そう簡単には対処できない。イーリスも立場ある身、下手な事を口にすれば問題になる。
イーリスは騎士の礼をすると部屋から退出して行った。
『さてさて、とりあえずアルサレナさんにでも繋いでみましょうかね』
朔耶が地下の神殿にいるであろうアルサレナに向けて意識の糸を伸ばすと、程無く交感が繋がった。
『アルサレナさーん』
――サクヤ? 城にいるのですか?――
『はい、控え室みたいな部屋』
――……そうですか、では査問を受けるつもりなのですね?――
アルサレナもイーリス同様、朔耶が理不尽な要求に従うとは思っておらず、また強要する事も不可能だと考えていた。なので今、朔耶が城の控え室に居るのは、自らの判断によるモノなのかを確認する。
『ええ、どっちみちこういう問題って、放っておくと困るでしょ?』
――そうですね、では少しの間我慢していて下さいな。私とカイゼルで不問になるよう取り計らいましょう――
『王さまとアルサレナさんがあたしを庇う事は相手も折込済だと思うなぁ、だからパスしときます』
アルサレナの提案をあっさり蹴った朔耶は、自分でどうにかする事を告げた。この査問会は単なる糾弾や弾劾の類ではないと勘が告げている。朔耶は聖騎士団の騎士達が何か大きな選択を迫られていると感じ取っていた。そこがとても気に掛かるのだ。
――しかし……相手は貴女の事を快く思っていない者達です。 酷い事を言われるかもしれませんよ?――
『大丈夫です、イザとなったら黙らせるし』
――……非常に不安なのですが――
『無茶はしませんって、穏便に穏便に。 あ、それと芝居打ち捲るかもしれないんで、合わせて下さいね?』
何ら気負いの無い朔耶の言葉に、アルサレナはそこまで自信を持てる程の策があるのならばと了承した。
『さて、どうしましょうかねぇ』
ナニカサクガ アルノデハ ナイノカ?
交感を終えた朔耶はポリポリとお菓子を齧りながら対応策を考える。舌戦や頭脳戦で老獪な門閥貴族達を言い包められるとは思っていない。相手が朔耶を邪魔に思っているなら尚更だ。
『なんか良い案ある?』
イキアタリ バッタリデ アッタカ……
以前コースティン家の晩餐会に出席した時のような、朔耶を獲り込む事ばかり考えていた相手とは違う。ただ、相手が何をテーマにしてどんな事を言ってくるのかは予想が付いているので、そこを掬ってやれば良い。
『査問……糾弾……。 ふむ、糾弾かぁ…… むむっ? 閃いた!』
朔耶は思いついたアイデアを練り纏める為、神社の精霊と相談を始める。控え室の様子を監視している衛兵達には、ただ静かに座って時を待つ少女としか見えず、その姿が同情を誘っていたりもするのだが。
デハ ソノヨウニ スルトシヨウ
『うっふっふっ 精霊、おぬしも悪よのぉ』
……アルジドノニハ カナワヌヨ
『ノリ悪〜い』
当の本人は殆ど悪巧みのノリで密談を交していたのだった。
王妃と王女による祈りの儀式が終わる頃、城に集まった重鎮達が査問会の行われる『審判の間』に顔を揃え始めた。『審判の間』は同じ階にある『謁見の間』と丁度対面に位置し、身分の高い咎人を裁く場合等に使われる。
部屋の中央に鎖の付いた石の台座が置かれていて、その回りを囲むように並ぶ二列の席に審問する貴族達が着席していき、正面の一段高くなっている壇上の席に王族が座る。
審問席に座る貴族達は約三分の一が建国当初から王家に仕える門閥家の重鎮達で、残りはその配下とも言える分家や血縁に固められた中流以上、上流未満という家柄の貴族である。何れも重要な国政に携わる者達だ。
彼等の中には今回の審問に懐疑的な者や、あからさまに気が進まなそうにしている顔も見えるが、宗家に来いと言われれば逆らえない立場にある。そんな彼等を家格と権威で支配する各家系の当主達は、事前に集まって今日の審問について打ち合わせを行っていた。
まず責めどころは独断で帝国皇帝に贈り物をした問題。次いで朔耶の帝国内での地位に対する嫌疑、これは王都に潜んでいた帝国密偵によって拉致され、帝都に到着した当日から朔耶に対する待遇が捕虜のソレでは無く、まるで帝国貴族に対する扱いであった事。
それらの事実を元に、先のサムズ動乱に際する活躍や戦功に対する疑い。サムズの傭兵団が元々帝国によるフレグンスの内乱を狙った策略であった事に加え、その動きの察知が不自然なほど正確であった事や、カースティアからの報告で傭兵団に組していた事等を挙げる。
以上の事柄から、朔耶は元々帝国の密偵であり、ティルファとの国境で起きたレティレスティア第一王女の拉致未遂事件からフレグンスに起きた一連の事件は全て、朔耶をフレグンス中枢に潜り込ませてその発言力を高める為の、帝国による自作自演なのでは無いかという疑いを掛ける。
王と王妃が弁護に回っても、これらの事実に対する明確な潔白を示す事は出来ない。証拠として在る事実に対する"証拠の無い疑い"が事実ではない事を証明する事など出来ないのだから。
「ふむ……、そろそろ始まる頃ですな」
「ま、手筈通りで問題無いでしょう」
今回の査問を招集した中心的な門閥家当主達が囁きあう。こういった弾劾を兼ねる査問において物事の真相など問題ではなく、示された厳然たる事実をどのように受け取り、どう扱うか、そしてどのような結論に落とすかである。
その判断には私情、家柄、様々な思惑と目論見が絡み合い、其々の目的を押し通しながら互いに妥協点を見出していく。最終的に誰がどれくらいの取り分で得をし、させるか。得をした家はさせた家へ借りとして影響力を受けたり与えたりして関係を深めていくのだ。
「嫌」
ぷいっとソッポを向く朔耶。
「それが規則ですから」
「例外って知ってる?」
朔耶を控え室から審判の間へと連行する為、迎えに来たイーリスは規則に遵って枷を付けるよう求めるも『適当でいーじゃん』とゴネられて困っていた。
「規則は守る為にあるのです」
「さっきは破ろうとしてた癖に〜」
「窘めたのは貴女でしょうに……」
見掛けは変化無いものの、その雰囲気からがっくり肩を落としている感じのするイーリスに、朔耶もあまり困らせるつもりは無かったので素直に枷を填められる事にした。
とりあえず意識の糸は巻いておこうと、朔耶は以前大型竜籠の中でやった時のように意識の糸を枷に巻き付け――
「あっ」
バラバラバラ……
「……サクヤ殿」
「あはは、ごめんごめん。 もう一個ある?」
うっかり破壊のイメージを持ったせいで壊してしまった。
「サクヤ殿、余裕っすね」
「何かやらかしそうなんだよな」
「もう枷が不自然に壊れたくらいじゃ驚かないけどな」
朔耶とイーリスのやり取りを見ていた若い近衛騎士達がそんな事を言い合って苦笑するのを、イーリスが窘める。
「気を抜くな、査問会の席で何かあった場合は我々が彼女を取り押さえる事になっている」
「団長……、冗談ですよね?」
「冗談ではない、それが査問会の警備で我々に与えられた任務だ」
ようやく控え室を出て審判の間に向かう廊下を歩きながら、近衛騎士達は顔を見合わせてイーリス団長に訊ねる。
「我々でサクヤ殿を取り押さえられると思いますか?」
「出来る訳ないだろう」
身も蓋も無い答えが返ってきた事と、それがイーリス団長の口から出た事で二重に驚きつつも納得する近衛騎士団員達だった。
審判の間に朔耶の入室が告げられて扉が開き、近衛騎士に囲まれた黒髪の少女が両手に枷を填められた姿で現われた。朔耶が王の間で客人として迎えられた時に同席していた門閥家貴族や、後の晩餐会の席でその姿を目にした事のある者は、改めて子供のような印象を受ける朔耶に対し、とてもここ数十日の間に色々な活動を通じてフレグンスにあらゆる影響を与えてきた人物とは思えない微妙な気分にさせられる。
今まで噂でしか聞いた事が無く、今日初めて朔耶本人の姿を目の当たりした者達は、その見た目の幼さと噂の豪傑ぶりとのギャップで一様に驚いて目を瞠っていた。
扉の両脇に四人、王族の座る壇上の前に六人の近衛が立ち、審問席が並ぶ後ろの壁際に残りの近衛が配置に付いて審判の間の警備が固められる。そこへ、聖騎士団の一団が入室してきた。
「フューリ殿?」
「……」
怪訝な表情で戸惑いの声を掛けるイーリスに沈黙を返したフューリは、門閥家の重鎮達が座る審問席の周囲に部下の団員を配置させた。イーリスがアルサレナ王妃に視線をやると、王妃は静かに首を振る。
査問会に聖騎士団を動かすという話はアルサレナも聞いていない。恐らくは朔耶の力に対抗する意味で、精霊術を駆使して戦闘を行う彼女等を起用したのだろうと、アルサレナは分析した。無知の愚かさ、滑稽さを改めて認識するアルサレナだった。
朔耶が審判の間中央にある石の台座に繋がれると、進行役が口上を読み上げて貴族達による査問会が始まった。
幼げな少女が石の台座に枷と鎖で繋がれている様には、どうにも痛々しさを感じてやり難そうにしている進行役を仰せ付かったとある家系の中流貴族がいる一方で、加虐性を刺激されてか血走った目で鼻息を荒くする者もいる。それが門閥家の者だったりするだけに、周りからは見て見ぬふりをされているが。
そうして彼等の予定通り、朔耶に関する帝国との癒着や繋がりを疑う事象が挙げられて行く。事前の打ち合わせで誰が何を話題にしてどのように話を持っていくか、という役割がある程度決まっているので、ただ相槌を打つだけの者もいれば特定の話題が出たときに『そういえば……』と補足を入れる者もいる。
この間、王や王妃が口を挟む事は出来ない。王の役割は最終的な判断を下す裁決役なので、『公平な審判』の名の下に審問役の議論や弁論を妨げてはいけない、という決まりになっているのだ。
審問役の一方的な論議を聞いているカイゼル王は、普段見せている温厚そうな表情が鳴りを潜め、顰め面に近い険しい表情で査問会の進行を静観している。
傍に控えるアルサレナはこの場に娘が居なかった事を幸いとしながら、重鎮達の狙いを考察しつつ朔耶の様子を窺った。カイゼル王には事前にアルサレナから朔耶の伝言を伝えてあるので、朔耶が何か仕掛けるなら即興でそれに合わせるだろう。
朔耶は台座に繋がれたまま静かに眼を閉じて大人しくしている。審問役の論議が聞えているのか、いないのか、暴論ともいえる糾弾的な意見に対しても特に反応を見せないでいた。
予定されていた大凡の話題と意見を出し終えた審問役の貴族達は論議を結論へと持って行き、後は門閥家の重鎮達に任せる。
ここまで査問の対象である朔耶に反論や意見を試みる様子が見られなかったが、そもそも反論させるつもりも無かったので、此処からが本番とする重鎮達にとっては何ら問題もなく都合の良い展開だった。
結局、朔耶に対する査問の名を借りた一方的な論議によって導かれた結論とは。
サクヤは帝国と繋がりを持つ異界人で、異界人故に帝国とフレグンスの関係に深く考えが至らず。
皇帝の甘言に惑わされて第一王女拉致未遂事件でフレグンス中枢に入り込み。
異界の道具で貢献を果たしたり、帝国の策略によるサムズ動乱などで戦功を上げてフレグンス国内での影響力を強め。
やがてはフレグンス内部から帝国に都合の良い人物を官職に就かせるよう『信頼の証』で人事の画策を計っていた。
という様な内容になっていた。勿論この結論を信じる者は誰もいない。異を唱える者もいない。例え王が異を唱えようと、この結論を否定する根拠として証拠が示されない限り、覆される事はない。
この結論が正しいという根拠は、此処に揃う由緒在る家系の貴族達が審問役として『公平な論議を交した』という事実であり、またその論議の中で交された証言の中に見る『朔耶が傭兵団と共にいた』『帝都の城での待遇』という状況証拠である。
カイゼル王による政策の弊害と問題は、王が無効だと言えば直ちに無効になる従来の体制を変えたまでは良かったが、国家運営の柱として在る旧家の貴族達が、体制改革によって減退を余儀なくされた権威、権力にしがみ付く為、誇りよりも富を選んだ事にある。
そこに誇りを選んだ者も加わり、今回の査問会は身分と伝統に拘る旧来の貴族勢力がフレグンス貴族の在り方を固持する為の陰謀に近い形で行われたのだ。無論、誇りを選んだ貴族達は王の権威を失墜させるような事はしない。
誇りを選んだ者と富を選んだ者、双方が納得出来る形に収める案が具体的な処置として練られており、それを示して朔耶に飲ませる事でこの査問会の終結となる。朔耶は謂わば彼等の誇りと名誉を維持する為の生贄なのだ。
「さて……、結論が出ているようではあるが、王の裁定を頂く前にフレグンスに対する貢献も斟酌すべきだと思う」
「そこで我々から御主に条件を出そう、今のまま帝国に組するよりずっと良い条件だぞ?」
重鎮達が示した条件とは。
まず財産没収の上、王室特別査察官という職務を罷免し、王国に忠誠を誓った上でフレグンス貴族として迎える。
それにより宮廷発明家の地位が与えられ、王国に属する事でサクヤ式を扱う権利をフレグンスに限定させる。
「その後は王国の為に発明家としての腕を振るえばよい」
「罪人を貴族に取り立てるは異例の処置となるが、身分を与える事で己が立場に自覚を促す意味もある」
「さあ、後は御主がこの条件を飲めば、王に裁定を頂いて全ては丸く収まるぞ?」
此処まで大人しく聞いていたのだから、当然この条件を飲むだろう。重鎮達はそう確信していた。現在は異世界とオルドリア大陸とを行き来しているらしいが、異世界でも平民の娘だと聞いている。
正式に王国貴族の身分を得られるとなれば、多少の不名誉にくらい目を瞑る賢しさは持っていよう、と。
スッと眼を開いた朔耶が顔を上げた。そして居並ぶ審問役の貴族達を見渡し――
「ばっかみたい」
ぷっと吹き出すように呟いた。
一瞬何を言われたのか分からず、ポカンとなる審問役の面々。
「それはどういう――」
我に返った審問役の一人が言いかけたその時、乾いた音が響いて審判の間に閃光が走る。次の瞬間、朔耶を拘束する枷と鎖が砕けて弾けとんだ。
「なっ!」
「か、枷が砕けたぞ!」
途端、審問役の貴族達は混乱に陥って騒ぎ始めた。朔耶の反抗を想定していた重鎮の一人が聖騎士団に叫ぶ。
「狼藉である! 取り押さえよ!」
しかし、フューリ団長は部下達に命令を出さず、聖騎士団は動かない。
「貴様達何をしておるか! 早くあの者を……ぬおっ」
叫んでいた門閥家の重鎮が奇声を上げて床にひっくり返った。彼だけではなく、他の審問席に座っていた貴族達は全員尻から落ちると床に転がる。朔耶の意識の糸を神社の精霊が微調整する事で、審問席だけを狙って破壊してしまったからだ。
壇上のカイゼル王とアルサレナ王妃の椅子は無事だが、朔耶の起こした派手な行動に『どう合わせよと?』といった具合に審判の間の惨状を呆然と眺めている。朔耶は意識の糸を石の台座に絡めると、魔力石の加工と同じ要領で力を振るった。
ゴリッと音がして、朔耶が繋がれていた石の台座の上半分程が削り取られる。素手で払い除けるようにして石の台座を削り取る朔耶の姿を見た貴族達は、床に転がったまま思わず身を引く。聖騎士団の団員達も、初めて目にする朔耶の非常識な力に目を瞠った。
石の台座を即興の椅子に仕上げた朔耶は、そこに腰掛けると足を組みつつ、不敵な笑みを浮かべながら高らかに宣言した。
「さあ、査問会を始めましょうか」
ようやく床から立ち上がった貴族達はまだ混乱から立ち直れない状態にあった。寧ろ朔耶の"査問会開始宣言"を受けて混乱に拍車が掛かったと言える。
「これは一体、どういう事だ!」
「王よ、このような行いを許してよいのですか!」
門閥家の一人が壇上のカイゼル王に事態の収拾を求めるが、王は首を傾げながら飄々と答える。
「ん? まだ査問の途中であるからな、私は口を挟む事が出来んぞ?」
そういう決まりであるからなと言って椅子に座り直すカイゼル王。つまり、王公認でまだ"サクヤの査問会"は続いているという事だ。朔耶を査問に掛けていたつもりが、何時の間にか朔耶の査問に掛けられていた。
何が起こっているのか分からず、頭が変になりそうな審問役だった貴族達は『これは罠か!』と慌てふためいた。
「さーて? 何処の誰がこの茶番の黒幕なのかな〜?」
そう言って立ち尽くしている貴族達を見渡す朔耶。実は査問の間、意識の糸でもって一人一人の心の表面に触れながら、彼等の感情の動きや表面的な気持ち、イメージを読み取って分析していたのだ。
一人を指差し、『あなたはあの人から誘われた』と別の一人を指す。そして、『この人はこっちの人に言われて仕方なく』と順に各家系の繋がりを指し示していく。
「その人はあなたが参加するかどうかを確認しに来た時、あなたは別の人から査問の話を聞いていて、乗り気じゃなかったんだけどその人が参加の確認に来た事を参加を促していると思って頷いたのよね、だからその人も参加する事に決めた」
「な! ……では、貴殿はこの査問会に参加するつもりは無かったのか?」
「私はてっきり、卿が言外に参加を勧めているのかと……」
朔耶の指摘により、思わぬ誤解が生じていた事や、思い違いが明らかになって行くと、参加した貴族達の半数以上が乗り気でなかった事や、家柄上仕方なく付き従う事にしてみたらそれ自体が誤解で相手に参加を決意させていた事などが分かった。
そうして"言いだしっぺ"が絞られていく。王家を支え、権威と伝統を護るフレグンス門閥貴族の旧家。国家運営の要を担い、王国の柱とも謳われる重鎮のうちの四人が今回の査問会を画策した首謀者だった。彼等は誇りと権威よりも富と権力を選んだ者達である。
「んで、この人達ってフレグンスに居ないと困るんですか?」
陰謀の黒幕として暴き出された四人を前に、朔耶はカイゼル王に訊ねた。彼等の影響力は広い。国家運営のノウハウを熟知しており、彼等の一角が欠けると色々と困った事態が起きる可能性もある。
国の行政を担う彼等の指揮が無ければ、上で決まった命令が下部組織にきちんと伝わらなかったり、必要な人材が集まらなかったり、逆に集まり過ぎて収拾が付かなくなったり、何処かで問題が起きても報告が届かなかったりと、あらゆる業務に支障を生む。
そういった意味ではフレグンスに必要不可欠な人物だと、カイゼル王は説明した。王の説明に安堵の色を浮かべて自負を示すような態度を表す四人であったが、朔耶はそんな彼等が思いも寄らない事を口にした。
「つまり、それって仕事が出来れば誰でもいいって事ですよね? 今まではそういう重要な仕事に就くのには家柄が大事だったけど、カイゼルさんはそういうのを無くそうとしてるんでしょう? だったら思い切って変えちゃいませんか?」
ざわり、と貴族達の間にザワメキが走った。朔耶の指摘通り、カイゼル王は身分制度の廃止とまでは行かずとも、その壁をかなり低くしていこうとする政策を進めている。王の決定に物申す事が出来る現状も成果の一つといえよう。
その政策による貴族の権威減退にしか目が向いていなかった彼等は、朔耶の言によって一つの考え方に至る。
今まではどんなに優れた才能を持っていようと身分相応の役職に就くしかなく、例えば騎士として統率力に才があっても、下級貴族出の者が団を指揮する立場まで昇進する事は出来なかった。
そういう身分の壁が取り払われた場合、実力主義として能力のある者が重要な職務に就く事が出来るようになる。最近のフレグンスにおいて、朔耶の存在が最もそれを体現していたという事に気付く。
慌てたのは重鎮の四人だ。彼等は自分達が就いている仕事が如何に重要で、容易に交代できる職務では無い事をアピールする。
「補佐の人くらい居るんでしょ? 人材は育成すればいいじゃん、才能のある人見つけてさ」
イーリスが顔には出さずとも、胸を打たれたような反応をした。
「トップの一人が倒れると業務が滞るようなやり方じゃあダメでしょ。信頼の証持ってる人の中にも結構政治に詳しい人いるみたいだし、いっそこの四人から家格とか財産とか没収して中流貴族の優秀な人に継がせてみたら?」
「な、なんと言う暴論を!」
「由緒正しき血統をなんと心得ておるのか!」
トンデモ無い事を言い出す朔耶に目を剥いて抗議する重鎮四人、貴族の血筋全体に対する冒涜だと王に訴える。しかし他の門閥家を含む貴族達は朔耶の『信頼の証』を意識していた。
アレは朔耶の判断でまず仮証が与えられる。それこそ家柄も血筋も関係なく、信頼に足ると認められさえすれば一介の騎士から侍女にまで与えられた例があるのだ。そして正式な証を与えられる事は、王に認められるも同義。
例え身分が低くとも、信頼を受け、能力さえあれば、本来なら門閥家しか担う事が出来ないような役職にも就く事が出来る。その事に気付いてしまった彼等はもう、朔耶を敵に回し、間接的に王の権威を傷つけようとした重鎮達に味方する事は無かった。
「それじゃあ意見も出尽くした事だし、カイゼルさんに裁定を頂く?」
「ふむ、そうだなぁ」
カイゼル王が立ち上がり、裁決に入った事で顔を引き攣らせる四人の重鎮。朔耶の意見に殆ど有効な反論が出来ていない上に、他の門閥家や同輩の重鎮、各家系の貴族達は皆沈黙している。
『ま、まさか 我等を生贄にするつもりか!』
このまま王の裁定を頂けば、財産没収の上、没落。しかも只の没落ではなく、その家の血筋にはもう門閥家としての価値は無いという烙印付き。焦れば焦る程この状況から逃れる術が無い事を実感して、選び得た筈の富と権力を全て失う事に絶望する。
削り取られた石の台座に座る異世界の少女に視線を向けると、黒髪のあどけない顔をした少女は黒い瞳を細めてにっこり笑った。
四人の重鎮達には悪魔の笑みに映った。
「サクヤは如何すれば良いと思う? 確かに補佐役もいるであろうが、人材の育成には時間が掛かるぞ?」
「そうですね〜」
朔耶は少し考える振りをすると、魂が抜けかかっている重鎮達を見回して心の中で呟く。
『ま、このくらいでいいかな』
ジュウブン キモヲ ヒヤシタデアロウ
結局、朔耶が提案し、王が採用して下された裁定は重鎮達を絶望の淵から救う内容だった。
後任の育成に心血を注ぎ、複数人を候補として鍛える事。
子息や分家から候補を選ぶ事を禁ずる。
後任が決まり次第、引退する事。
朔耶に対する不当な弾劾を画策した事は、朔耶本人の意思により不問とする。
「それで良いのか?」
「罪を憎んで人を憎まずよ」
王の問いに迷い無く答える朔耶。ほぉ……と、またしても奥の深さを感じさせる朔耶の国の"賢者の言葉"に感嘆が上がった。
「あ、でも一応罰として四人とも全財産の一部貰うからね? 三割くらい」
「なっ」
「ふ、不問にすると言ったではないか」
「三割は幾らなんでも暴利だ」
富を選んだ彼等にとって全財産から三割ともなれば膨大な金額に上る。財産の殆どが美術品や高価な嗜好品なので、通貨として財産の三割分を揃えるならばコレクションを幾つか処分しなくてはならない。金額が大きすぎて金貨の数が足りないのだ。
「いっぺんには無理だろうから、少しずつでいいよ?」
「し、しかし三割は……」
尚も"不問"と"罰金"についてゴネる重鎮達を、朔耶はニッコリ笑ってとっておきの賢者の言葉で黙らせた。
「ソレはそれ! コレはこれ!」
その余りにも真っ直ぐで開き直りのような潔さと勢いを持ちながら、狡猾な駆引きにも使える原理的な賢者の言葉は、この場に居合わせた者達から伝わって暫らく貴族達の間で流行るのだった。
「儲かっちゃった〜」
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