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戦女神編
59話:商売繁盛?




 ほぼ全ての準備が整ったカースティア観光事業の釣り船観光計画は、最終段階に入った。祝日を利用して今日も朝からオルドリア大陸に転移して来た朔耶は、騎士団本部の食堂で釣り船観光のビラを作っていた。

 朔耶は此方の文字を書けないので、考えてきた宣伝文を口頭で読み上げてフランがそれをビラの原版となる紙の上に綴っていく。料金や注意事項などは乗り場に掲げる大きな看板に記し、このビラは街中に撒く予定のモノだ。

「うん、いい感じ。後はこれを増やして街中で配ればいい宣伝になるね」
「これ、結構字数が多いから複製するの大変だよ?」
「ちょっと反則するから大丈夫、フラン君は釣り船乗り場に行って営業開始の準備をしておいて。看板も忘れずにね?」

 そう言って指示を出した朔耶は、出来上がったビラの原版を持って一旦元の世界へと帰還する。慣れたとはいえ、たった今までテーブル一つ挟んで会話を交していた相手が行き成り消え失せるのは心臓に悪い。

「せめて消える前に何か予兆があればなぁ」

 若干高めの心拍数を意識しながら、フランは利用料金やその他の注意事項が詳しく記された看板を抱えて釣り船乗り場へと向かった。途中、ふと会話を振り返って呟く。

「反則ってなんだろう……?」


 自宅庭に帰還した朔耶は待っていた兄の車で父親の工場に向かうと、事務所に置いてある印刷機を使ってビラを複製した。二百枚程度だがカースティアの街で撒くには十分な量だ。折り返し、自宅に戻って庭に出る。

「俺は今日はアッシー君か」
「うゎ…………古」

 妹のかいしんのいちげきに沈む兄を放置して朔耶はとっととオルドリア大陸へと転移した。




 壁の穴や扉の修繕が済んですっかり見違えた孤児院。その中庭に舞い降りた朔耶は子供達を纏わり付かせながら、院内で内職をしていたアマレストを訪ねてビラ配りの仕事を依頼した。

 騎士達に配らせるよりアマレストと子供達が配った方が威圧感もなくスムーズに浸透すると考えた。孤児院への収入にもなる。喜んで引き受けるアマレストにビラ百五十枚を渡して街中に配って貰うよう頼んだ朔耶は、残りを持って騎士団本部へと飛んだ。

 騎士団本部内にも受け付け前の壁に掲示物として貼り出し、三十枚ほど受け付けカウンター脇に置いて行く。そして事業提携している宿を訪れると、宿内にも目立つ所に貼って貰った。
 宿の従業員もある程度は事業内容を把握していたので、ビラについて客に訊ねられた場合に利用を勧めて貰えるよう頼んでおく。

 そしてこの日の昼、遂に釣り船観光の営業が開始された。

 釣り好きな人の興味と、機械船の珍しさで乗り場には十数人の見物客が集まっていたが、最初の客はこの日の為に態々ティルファから足を運んでいた研究者だった。彼等は釣りよりも機械船に乗る事を目的にしていたので、魚は一匹も釣れなかったようだ。

 夕方までに二回営業し、二回目の客は釣り好きの老人と集まっていた見物客等が同船した。そのまま特に問題も無く、釣りや簡単な調理を楽しんだ老人と見物客は満足気な表情で戻って来た。これから夜の部まで船長以下乗組員は休憩に入る。

「どう、夜もやれそう?」
「勿論ですよ、まったく問題ありませんな」

 朔耶に仕事の具合を訊ねられた船長達は、今までやってきた漁の仕事に比べればトンでもなく楽で、且つ誇りを持てる仕事だと言って、船外機の魔力石補給交換作業を行いながら笑って答えた。

 夜の部は宿でビラを見て話を聞いたバーリッカムを目指す観光客が、珍しいサクヤ式機械船を記念に体験していこうと申し込みを入れていた。彼等のような旅行客から口コミ効果が狙える。

「うん、これなら大丈夫だよね」

 順調に動き始めた釣り船観光事業。朔耶は乗り場の従業員達に声を掛けると、後を任せて帰還した。






「ただいまー」
「お帰り、朔姉ちょっとこっち来てくれ」

 帰宅するなり弟からお呼びが掛かったので朔耶が居間に行ってみると、新聞紙が敷き詰められた畳の上で後輪の辺りに色々と改造を施されたキックボードが鎮座していた。

「これって?」
「モーターの小型化が出来たんで車輪一体型の魔力石モーター搭載キックボード試作を作って失敗」
「すごーって、失敗?」
「乗ってみ」

 弟に促されて朔耶は居間から廊下に持ち出したキックボードに乗ってみる。起動スイッチはハンドルの所に付いた自転車の変速レバーを改造したモノだ。とりあえずスイッチオン。

コロ……コロ……コロ……

「遅っ!」
「パワー不足でそんな感じなんだよ、ちなみに俺とか重兄が乗るとピクリともしない」
「ダメじゃん」

 全面的に見直す必要があると言って、弟は居間に転がった。今日は一日コレの製作をやっていたらしく、朔耶が帰ってくる前に失敗は確定していたのだが、折角だから如何に失敗かを実体験させてあげようと処分せずに待っていたそうだ。

「なんでまた態々そんな力抜けるような事するかな……」

 燃え尽きて伸びている弟と、廊下を進んでいるのが気のせいに感じるほど遅い"車輪一体型魔力石モーター搭載キックボード試作"の『コロ……コロ……』という走行音で、朔耶も大いに脱力した。


 それから数日、夢内異世界観光でカースティアの釣り船観光事業の様子を確かめたりしつつ学生生活を送っていた朔耶は、テレビで工作キットを紹介しているのを見て閃き、弟に相談を持ち掛けた。

「いいんじゃないか? ユニット単品で売り出しても買う層が偏るだろうし、そういう所から色々発想が生まれるからな」

 朔耶が考えたのは魔力石モーターとサクヤ式送風機のファンを使って簡単に組み立てられる小型扇風機のようなモノの商品化。『サクヤ式送風機組み立てキット』の売り出しだ。

 予め簡単な仕組みの魔力石モーターで動く箱型送風機を作り、それを分解して部品単位で発注、一セット幾らで売る。弟は新しい魔力石モーターの開発を進める傍ら、朔耶のアイデアを半日で形にしてくれた。

 『サクヤ式送風機組み立てキット』
 反発力ユニットx4:朔耶手作り
 サクヤ式風車x1:発注
 軸x2:発注
 固定式歯車(魔力石モーター部分)x1:発注
 ベルトx1:発注
 ベルト式原動車(魔力石モーター部分)x1:発注
 ベルト式従動車(サクヤ式風車部分)x1:発注
 送風機ケースx1:発注
 格子裏蓋Xx1:発注
 可動式羽付き表蓋x1:発注

 銀貨八枚で販売。

「多分、儲けは朔姉の手作り分だけになると思うけど、ユニットの値段自体が大きいから十分じゃないかな」
「ありがと~、流石タカ君。 ところでコレ何?」

 朔耶は弟が弄っている色んな部品の中にあった筒を覗き込みながら訊ねた。筒の中にも何か細かい線やら溝やらが走っている。

「筒型魔力石モーターの試作品、まだちゃんと回るか分からないんだけどな」
「へぇ~新型モーターって筒型なのかぁ」
「ちなみにその筒、拓君がレールガン作ろうとしてたやつな」
「拓ちゃんの武器が元ネタか」

 拓朗が多重圧縮反発力を使ったレールガンの構想を持ち掛けたとき、既にユニット設置用の溝と金具の入った筒が出来上がっていたのだが、弟の反対と朔耶の駄目押しでお流れになった。

 弟が失敗に終わった魔力石モーター搭載型キックボード試作を解体しに工場へ足を運んだ時、放置してあったこの筒を見つけた事が切っ掛けになって筒型モーターを思いついた。

「要は回転軸に固定した歯車の径を縮めて縦に並べたようなもんなんだけど、面で回すからパワーが出易いんだ」
「ほうほう」
「これにギアボックスの組み合わせで市販の電動スクーター並のパワーは得られると思うね」
「へぇー」

 朔耶の分かってるのやら分かってないのやらな相槌は気にせず、弟は得意気に新型モーターの特徴について説明を続けていた。実際の所、弟が理論で説明した部分を、朔耶はイメージで理解していた。
 相槌が適当な感じになるのは頭の中にホワホワホワッとイメージを浮かべているからなのだ。

「つーわけで、魔力石の追加分あと四袋くらい頼む」
「おっけー、明日にでも学校が終わったら送風機キットの部品発注に行くから、その時買ってくるよ」


 翌日、学校から帰って来た朔耶は早速オルドリア大陸へ転移すると、王都で馴染みの工房に出向いてパーツの発注を行う。最初は二十セット分程で様子を見て、沢山売れそうなら大量注文もありえる。
 反発力ユニット以外のパーツ生産は全て任せる旨を伝えて工房主を喜ばせた。

 その後、街の一般区に下りて石売りから袋詰めの魔力石を買い込んだ朔耶は人目に付かない裏路地に入って帰還した。

「たっだいまー。タカ君、買ってきたよー」
「ああ、そこ置いといて」
「上手く行きそう?」

 相変わらず新聞紙を敷いた居間で作業をしている弟に、膝立ちになった朔耶がずりずりと座布団で足場を作りながら這って行く。 

「ほい」
「ん」

 弟に筒の先を渡されたので受け取る朔耶。長さ四十センチ、直径二十センチ程の筒は中に三十個もの反発力ユニットと十枚の円盤が付いた軸が組み込まれているので、中々ずっしりとした重みがあった。弟が筒の外に突き出ている突起を操作すると、ブーンという音と共に振動が発生する。

「おおうっ これ、中で回ってる?」
「かなりの高速でな、明日工場でギアボックスと組み合わせて具合みる予定」

 構造上、この筒型魔力石モーター試作機は逆回転が出来ないそうだが、回転数をコントロールする反発力ユニットの可動式ソケットを改良するか、筒の直径を太くする事で解決できる問題らしい。

 朔耶と弟は何処までなら此方で作ったモノを向こうに持ち込んでも問題無いかを話し合い、一般的な馬車よりも早く走れるような乗り物は自重する方向で纏めた。後はティルファの研究家たちに頑張って貰う。






「そろそろ新しい写真たのむぞー」
「はいはい、行ってくるねー」

 週末、朔耶は何時ものように自宅庭から世界を渡ると、朝からアクレイア家を訪ねてレイス達を驚かせた。レイスを待つ間、身支度の素早さに定評のあるフレイが応接間に通された朔耶のお相手を務め、写真撮影等を交えて暫し談笑に興じる。


「お待たせしました、今日はどうしました?」
「ごめんねー、朝から急に来ちゃって」

 朔耶は以前コースティン家の晩餐会にて自身の売り込みに来た中流貴族の貴公子達数人から工房運営に援助の申し出を受け、それら全ての管理をレイスに任せている。

 彼等の中から一般区に店を構えている者を選び出し、朔耶の工房から売り出す予定の商品を店に置いて貰う交渉がしたいのだと、レイスに説明した。

「成る程、商品の売り込みですか。しかし、サクヤの作る道具は希少価値が高過ぎますからね……」
「今度のはコンロみたいな実用品じゃなくて、趣味とか娯楽品とかその辺りのモノだよ」

 値段も魔力石コンロの高い方と安い方の中間で、庶民が手軽に買えるような代物ではないが、少し金持ちの商人や貴族になら十分手が届く範囲に設定している。実用性も、あれば面白くて便利だが無くても別に困らない程度のモノである。

 ちょっと贅沢な玩具くらいの認識で丁度良いと、『サクヤ式送風機組み立てキット』の概要を説明されたレイスは、中々興味深い試みだと感心していた。

 レイスには宮廷魔術士長としての仕事があるので交渉に同行は出来ないが、代わりにフレイを一日付かせると言って一旦席を立ったレイスは、朔耶の工房支援を約束した中流貴族の中から一般区に店舗を持つ家をリストアップしてフレイにメモを持たせた。

「ありがとね、レイス」
「いえいえ、上手く行く事を祈ってますよ」
「フレイも今日は久し振りに一日よろしくね?」
「はいっ サクヤ様!」

 クゥー……

 腹の虫を鳴かせてしまったフレイが真っ赤になって俯き、それをみて和む朔耶。とりあえず朝食を済ませてから一日を始めましょうという事で、既に済ませてある朔耶も朝食に御呼ばれしてデザート等を楽しんだ。




「さて、まずはあの家からかな?」
「モラントン家ですね、工房と店を経営する事業家貴族ですが、日和見主義的であまり信用のおけない相手です」

 金払いは良いのでちょくちょく資金を出させているという。

「な、なんか言葉に棘がない?」
「元はアクレイア家の派閥に居た家なんですよ。コースティン家の甘言に惑わされてあっさり寝返った挙句――」

 当時アクレイア家の使用人だったフレイに目をつけ、フレイの身分が低いのをいい事に度々ちょっかいを掛けて来たらしい。

「あー……まあ、穏便にね」
「勿論です、サクヤ様の邪魔になるような事は致しません」

 帝国による朔耶の拉致とフエルト卿亡命事件で混乱があった後、レイスが宮廷魔術士長に就いた事もあり、以前アクレイア家の派閥からコースティン家に組した貴族家は軒並みルィバンス伯に詫びを入れに来ており、モラントン家も例に漏れず頭を下げに来た経緯があった。




「旦那様、商談をしたいと仰られるお客様が見えておりますが」

 予定に無い来客を告げる執事に、サーバンス・モラントンは眉を上げて考える。近頃は店の主力商品であった魔術式の触媒も売れ行きが安定せず、全体的に業績が落ちている。

 工房の視察以外特に予定も無かったので、良い儲け話でもあればと会う事にしたサーバンスは応接間に通すよう言い付けると、自身も適当に身嗜みを整えて部屋に向かった。そして客人の姿を見た瞬間硬直する。

「さ、さ、サクヤ様にフィレイヤ殿」
「アポ無しで急にゴメンナサイね?」
「ご無沙汰しておりました」
「いえいえいえっ ようこそ御出でくださいました!」

 サーバンスは慌てながら執事に最高級のお茶をと指示を出して朔耶達の対面に座る。執事は朔耶とフレイの来訪から既に最高級のお茶の準備をしていたので滞りなく客人と主人にお茶を用意した。

「そ、それで、今日はまたどのような?」
「えーとね……」

 店の棚を貸して貰う交渉を始める朔耶は、最初から売り上げに対する店側の取り分を決定値で出した。示した金額は銅貨換算で二百四十枚の商品が一つ売れるごとに取り分銅貨四十枚。棚を貸して販売するだけなので店側に元手の費用は一切掛からない。

 サーバンスは考える。サクヤ式の商品なら売り上げは期待出来る上に店の宣伝にもなるだろう、だが『二百枚と四十枚では些か儲けに差が有りすぎるのではないか?』と。何時もの商売人感覚で考えてしまった。

「そうですなぁ……私どもといたしましては、せめて七十枚は頂きたいかと……」
「あら、ザンネン。 フレイ、次行きましょう」

 朔耶に儲けようという意識は少なく、しかし赤字は困るというわけでかなり良心的な値段に設定している。よって、面倒な値段交渉など持ち掛けられれば『じゃあいいです』で帰るつもりだったのだ。

「はい、サクヤ様。次は――」
「え? えええー! ちょ、ちょっとお待ちを!」

 さっさと席を立とうとする朔耶達を慌てて引きとめるサーバンス。よくよく考えてみればサクヤ式が商品として店に並ぶのはサクヤ式が世に知れ渡ってからコレが初めての事になる。

 折角自分の所へ売り込みに来たサクヤ式考案者の機嫌を損ねて余所に持って行かれるような事になれば、モラントン家は貴族の間でも商人の間でもいい物笑いの種だ。儲けがどうの等と考えている場合ではなかった。

「その条件で結構です! その条件でいいですから是非うちの店をご利用下さい!」




 モラントン家が一般区に持つ店舗の数は四軒、それほど多くの店を必要としないのでそれで十分とした朔耶は『サクヤ式送風機組み立てキット』の肝となる反発力ユニットを大量生産する為に工房へと向かった。

 途中、パーツを発注してある馴染みの工房から出来上がっている分を受け取り、フレイには組み立てキットを纏める作業を手伝って貰う。朔耶が作った反発力ユニットと其々のパーツを箱詰めしていくのだ。
 
 全て手作業なので、将来生産数が増えるようであればこの作業専用の人員も雇う方向で考えていた。結局この日は夜まで工房に籠もって反発力ユニットの作製に勤しんだ。

「ふぅ~~コレだけ作れば暫らくは持つね」
「お疲れさまでした、サクヤ様」
「フレイもお疲れー」

 朔耶がフレイの淹れてくれたお茶を飲みながら一息ついていた所に、レイスが工房を訪ねて来た。何時かのような絡み合いは無かったので入り口で固まる事もなく、朔耶もにこやかに迎える。

「やほーレイス、仕事終わったの?」
「ええ、最近は戦後処理も終わって仕事にも余裕が出てきましたよ」
「そかー」

 そりゃ良い事だーと椅子の背凭れに首を預けてダラダラしている朔耶に、レイスはちょっとした朗報を持ってきたという。

「サクヤの屋敷がもう直ぐ完成しそうですよ」
「……そういやそんなのもあったっけなぁ」
「は、反応薄いですね」
「だーって、今あたし向こうに住んでるんだもん」

 確かに、とレイスは苦笑した。此方の世界に朔耶の家が建っても、朔耶が此方に来るのは数日起きに二日や三日程度、その間何時でも元の世界の自宅に戻る事が出来るのだ。

「んー、でも折角建てて貰ったのに悪いよねー……。 いっそ家族旅行とかで別荘にしちゃおうか、すっごい贅沢だけど」

 屋敷の維持に最低限の使用人は住まわせておく必要があるので、殆ど主人の居ない屋敷に使用人と衛兵だけが住人として常駐する事になる。そしてある日突然、何処からともなく現われ、何時の間にか居なくなる女主人と家族達。

「どんな幽霊屋敷だ」

 朔耶は自分でツッコミをいれた。


「じゃあ、あたし今日は帰るから。またねーフレイ」
「はい、また何かあった時はお手伝いしますね」

 今日は帰還する事にした朔耶は、お土産に『サクヤ式送風機組み立てキット』を一つ持って自宅庭へと帰還した。レイスが家に部屋を用意すると言ってくれたが、お約束に遭遇しそうな気配をぎゅんぎゅん感じたので遠慮しておいた。

「たっだいまー」


 ちなみに、お土産の『サクヤ式送風機組み立てキット』は拓朗にあげたのだった。






 翌日――

 朔耶は弟と共に父親の工場に向かい、"筒型魔力石モーター搭載スクーター"の試運転に参加した。

「うっわ、これ凄い!」
「中々のモンだろ? 無人でなら時速23キロまでは確認したぞ」

 予想以上の加速力とパワーで工場内を走り回る筒型搭載スクーター。自転車でも結構な速度で漕がなければ追い付けないかもしれない程の速度に、朔耶は暫しドライブを楽しんだ。

 タイヤを木製の車輪に革と布を巻いて鉄輪で補強したモノに交換し、椅子も木製のフレームに布と革を巻きつけ、車体カバーも革と木製の複合型のモノを装着して色々と調節を行うと、重くなった部分で若干速度は落ちたものの十分な走りを保っていた。

「よし、こんなもんだろ……完成だ」
「やたー! タカ君凄い! 偉い!」
「まーなー」

 朔耶のヨイショに満更でもなく喜んでみせた弟は、ふと疑問顔になると今更思い出したように訊ねた。

「そういや、これ何に使うんだ? 朔姉は向こうで乗り物とか必要ないんだろ?」
「うん、ちょっと頑張ってる寂しがり屋さんにプレゼントしようかなって」
「?」


 流石に路上で乗って帰る訳にも行かなかったので、朔耶は弟の自転車を、弟は自転車カバーを掛けた筒型搭載スクーターを其々押しながら歩いて帰宅の途につき、家に着いた頃にはすっかり日も暮れていた。

「お兄ちゃん喚んだほうが早かったかなぁ」
「微妙に字が違ってる気がするんだが……」

 朔耶は言葉のイントネーションから真意を読み取る弟に感心しつつ、スクーターを庭へと運ばせて自分はお風呂に入るのだった。


「んじゃ、ちょっくら行ってきます」
「今からか?」
「うん、昼間だと人が多いし忙しそうだからね」

 転移の準備に入った朔耶は精霊に呼びかける。

『帝都のお城に狙って跳べる?』
ワカラヌガ クロノケハイガ ツヨクノコルバショナラバ スデニカクニンシテイル

 とりあえず帝国を狙って転移してみようという事で、朔耶はスクーターに跨った状態でオルドリア大陸に転移した。

「だわっ! 真っ暗?」
イマ アカリヲダソウ

 精霊の光が宙に現われて周囲を照らし出すと、朔耶は思わず息を呑んだ。ガランとした広い空間にひんやりと湿った空気。円形の広間の奥に崩れた壇が見える。嘗て巨大な発掘品と一体化したエイディアス帝が潜んでいた皇帝の間だった。

「ここかぁ~」

 確かに、この場所にならば黒の精霊の気配が強く残っていても不思議は無いと、朔耶は少し冷えた気がする肩を擦りながら出口を探した。元の世界へ戻される直前にバルティアの呼ぶ声が聞えた方向を思い出し、其方へと向かう。

 奥まった場所から広い廊下が伸びており、突き当たりの天井に巨大な穴が縦穴となって口を開いている。真下の床は一段高く、明らかに他の部分とは材質の違う造りになっていた。


「まさかエレベーターがあったとは……」

 エレベーターと繋がる部屋もやはり隠し部屋で、半分地下に埋まっていた。朔耶がこの城に居た頃は二階や三階付近の隠し部屋を転々としていたので、意識の糸レーダーにも引っ掛からなかったようだ。

 地下の広間から、恐らくは古代魔法文明とやらの遺産であろうエレベーターを使って帝都の城一階まで上がってきた朔耶は、意識の糸を伸ばして周囲を探る。

「ん、居た居た」

 二階の廊下にソレらしき反応があったので、朔耶はスクーターを押しながら階段に向かった。階段にはキックボード用なのか、段差を埋めたスロープが設けられていたのでそこを使って上階へ移動する。

 今は城内の伝令も移動にキックボードを使っている筈なので、階段もその仕様に対応したのだろうなぁ等と分析しながら朔耶が廊下に出ようとすると。

 シャーーーシャシャシャシャーーーーカラカラカラカラカラカラ

 キックボードに乗った集団が走り抜けて行った。見ると、赤い光沢のあるジャケットを羽織って銀髪を靡かせながら黒塗りの特別仕様なキックボードを走らせる皇帝を先頭に、伝令らしき軽装の兵が数人ノーマルなキックボードで後に続いていた。






 風を切って疾風のように廊下を駆ける。就寝前の一走りが日課となっているバルティアは、今日も走りの心を理解した伝令達を引き連れて下階層の廊下を疾走していた。

「ふ、まだまだ余の走りには追いつけんようだ」

 最近はコーナーワークにも光るモノが見え始めた伝令達だったが、まだまだバルティアのドリフトには及ばない。直線でも軽量化と特殊な油で車輪の回転をよくしてあるバルティアのキックボードにはついて行くのがやっとなのだ。

 キュルルルルルルルルルル――

「ん? 何の音だ?」

 背後から聞える奇妙な音を訝しむバルティアは、次いで伝令達から上がった驚愕の声に何事かと振り返った。

「何で着てんのよ!」

 そんなツッコミをいれて抜き去っていく黒髪の少女。バルティアは一瞬、自分は夢でも見ているのかと呆けたように眼を瞠ったが、風に舞う甘い香りが鼻腔を擽った。覚えのあるシャンプーの香りに、コレは夢ではないと"覚醒"する。

「さ、サクヤ!」

 待ち焦がれた少女が目の前に! とばかりに廊下を蹴ってキックボードを加速させるバルティアだったが、独特の駆動音を響かせながら走る朔耶の二輪車は、廊下を蹴るでもなく、魔術を使うでもなく、朔耶を座らせたままどんどんバルティアから遠ざかっていく。

「うおおおおサクヤーー!」

 バルティアが叫ぶ。恥ずかしくなってきた朔耶は急ブレーキを掛けた。

「お、おおおおおおー!」

 全力全開で床を蹴り、限界速度で走っていたバルティアは急停車を試みたがブレーキが甘く、朔耶の横を風のように駆け抜けた後、無理にターンしようとして後輪を滑らせながら車体の向きを変えたが前輪も滑って見事に転んだ。

「バル!」
「さ、サクヤ……」
「もう! ジャケット破れたらどうしてくれんのよっ」
「……それは、あんまりだ」

 一部始終を見ていた伝令達は切ない二人に涙した。






「サクヤちゃーん、久し振りー!」
「ヴィヴィアンさんも元気そうだね」

 悲劇の事故現場で明るい挨拶を交わす朔耶とアネット。皇帝補佐官として日々バルティアに振り回されたり振り回したりしているアネットは城内に持つ情報網も広く、朔耶が城の一階に現われた時点で報告を受けて執務室から下りて来ていたのだ。

「にしても、あんなに楽しそうな陛下も久し振りだわ」
「つーか、何時まであたしのジャケット着てるんだか」

 バルティアは朔耶に貰った筒型魔力石モーター搭載スクーターを早速乗り回している。キックボードより五月蝿いのでやはり近所迷惑かもしれない。

「まあ、何処にいるのか直ぐに分かって便利だわね」

 そんな事を話している二人の所へバルティアが戻って来た。

「これは良いな。最高だ」
「そりゃ良うござんした。あたしのジャケット返してよ」
「うーむ、気に入っていたのだがな」

 朔耶に返却を迫られてし致し方あるまいとジャケットを脱ぐバルティア。今回スクーターのプレゼントが大きかったのでゴネる事も出来ず、如何にもしぶしぶ感を漂わせていた。

「まったく、これ女物だよ?」
「サクヤの物なら何でもかまわぬ、常にお前を感じて居たいのだ」
「むぅ……」

 相も変わらずな好意のストレートっぷりに、朔耶も久し振りだったせいか少しやり難そうに俯き加減で唸った。毎日コレを浴びていた頃は只の挨拶のように流せていたのだが、バルティアには何処か幼馴染みにも通ずる妙な親しみ易さがあった。

 皇帝というグラントゥルモス帝国で最高位に在り、物腰も立ち振る舞いも確かに支配者のソレでありながら、何処か庶民的な空気を感じさせる。同じ目線で話せる相手だからこそ、その言葉は胸の奥までスルリと入り込む事があるのだ。

「今度男物の上着でも見繕ってきてあげるわよ」

 誤魔化すように言いながら返してもらったジャケットを羽織る朔耶。二ヶ月ぶりに袖を通したジャケットには先程まで着ていたバルティアの体温と、香油か何か香水のような匂いが染み付いていた。

『あ、バルの匂いだ……』

 何となく落ち着かないような気恥ずかしい気分になってソワソワする朔耶に気付いたバルティアは、ニヤリと笑みを浮かべると意識する朔耶を煽るようにその隙を突付く。まるでベッドの中で囁くが如く、低く落ち着いた甘い声色を浴びせた。

「どうした? 余に包まれているような気分になったか?」
「っ……」

 途端に赤面する朔耶。この反応は珍しいとアネットも目を丸くした。何処か追い詰められたようにオドオドと落ち着かない様子の朔耶を見て、これは遂に陛下も報われる時が来たかなと成り行きを見守るアネット。

 赤くなって俯いていた朔耶は、何か決意を感じさせるように小さく気合を入れると、顔を上げて正面に立つバルティアに潤んだ瞳を向けた。そして震えるように見つめながら吐息と共に紡がれる短い要求。

「バル……ぎゅって、して」

 一瞬硬直するバルティア。深呼吸並に呼吸が荒くなったかと思うと、要求に応えるべく両手を広げて一歩踏み出す。その眼は朔耶の唇と瞳と髪を行ったり来たりしている。そうしてこの小さな愛しい少女を腕に抱こうとした瞬間――

「百年後くらいにでも」

 そう言い残して消えた。空気を抱くが如く空振りするバルティア。静まり返る廊下。張り詰めた空気に身動き出来ない伝令達。空振りした体勢のまま動かないバルティアに、アネットが気まずそうに声を掛ける。

「へ、陛下……?」

 ぷるぷると肩を震わせて内心悶絶しているバルティアは、搾り出すような声で言った。

「アネットよ……この形容し難い猛った感情、どうしてくれようか」
「あー……お慰めしましょうか?」

 気の毒そうに伺うアネットに、周囲の伝令達がギョッとした表情を向けた。

「いや、やめておこう」

 ようやく空振りの型を解いたバルティアは、スクーターの椅子を撫でながら濃厚な気配を纏いつつ己が掴むべく未来を見据える。

「今は耐え忍び、いつかサクヤを手に入れた暁には……くくく」

『あ~あ~、これはもう……サクヤちゃん、きっと最初の日は大変ね』

 必ずしもバルティアが朔耶をモノに出来るとは限らないのだが、アネットは一応皇帝の補佐官として贔屓目に見ておく事にした。








「今日はこのくらいにしといてあげるわっ!」
「えっ! 俺?」

 偶々縁側を歩いていた所に赤面した朔耶からびしっと指差しで言い放たれ、萌えるがリアクションに困ってうろたえる兄であった。







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