孤児院の一件以来、朔耶は度々アマレストの元を訪れては街の噂話に耳を傾けたり、相談事で話し合ったりしつつ親睦を深め、釣り船の備品を作る合間に孤児院で使うランプ等も作りながら、カースティアと王都の工房を行き来する日々が続いていた。
派遣騎士団本部に詰める騎士や職員達も、数日おきに現われる朔耶の出現パターンに慣れてきたらしく『ああ、今日はいらっしゃる日か』という具合に、朔耶のいる日は訓練や街の見回りに力が入る『特別強化日』となっていた。
怪我をしても強力な癒しの光で疲労ごと治してくれるので、少しばかり無理をしても大丈夫という訳である。朔耶が一般民のアマレストと親しく接している姿も、騎士達から過剰な畏怖を拭い去る一因になっていた。
そうして朔耶がカースティア観光事業の計画に着手してから約一ヶ月、三艘分の船外機や備品も整い、釣り船乗り場などの施設も完成し、従業員と料金設定、仕事内容の打ち合わせも終わったその日の昼頃、工房にやってきた朔耶にティルファから釣り船一号艇が完成したとの報が届いた。
「よしゃーー! ティルファに飛ぶわよーー!」
朔耶はすぐさま一艘分の船外機や備品を工房の倉庫から引っ張り出すと、特別に用意して貰った四頭立ての貨物用竜籠に積み込んだ。荷物が多かったので王都の王国騎士団にも手伝って貰いながら必要な分を揃える。
「よしっと、これで全部かな。 忘れ物もなし!」
「いよいよサクヤ様が提唱なされたカースティアの事業が始まるんですね」
「うん、上手く行くよう祈っててね」
「勿論ですよ、サクヤ様ならきっと上手く行きますよ」
王国騎士団の若い騎士から激励を受けつつ、朔耶は竜籠に乗ってティルファに飛んだ。
「ドマックさーん!」
「来たか、早かったな……っておいおい! ここに降りるのかっ」
夕方頃にはティルファ上空へ到着し、直接ドマックの造船所脇に竜籠を着陸させた朔耶は作業員達と一緒に荷物を降ろしながら船外機と備品の取り付けについて話し合った。
「全部取り付けて完成した状態で持っていこうと思ってるの」
「ふむ、それなら航行実験は今夜にでも行う事になるのう」
ドマックは船を竜籠に積み込む為のクレーンも手配するよう部下に言い付けると、早速船外機の取り付け作業に掛かり、朔耶も船に上がってランプや魔力石コンロなどの備品を設置していった。
釣り船に装着した船外機は推力実験の時のように手で直接動かすのではなく、船の中央部分で一段高くなった見張り台のような操舵室から操作する事になる。甲板下を通る操舵室と船外機を繋いだ機構の調整も必要だ。
「一応釣り道具も持ってきてるから、航行実験の時は使ってみてね」
「ふふん、新型機械船で夜釣りとは悪くない。 中々面白そうじゃ」
そんな話をしながら作業を進めていた所に、クレーンの手配に出かけていた作業員が声を掛けて来る。
「サクヤさーん、表の竜達がなんか鳴いてますよー?」
「あ! いっけないっ 忘れてた!」
ひらりと船から飛び降りた朔耶は造船所脇に着陸した後ほったらかしにされていた竜達の所に走った。
「ごめんごめん! 厩舎に移すの忘れてたよ」
ぐでっと地面に伏せていた竜達から抗議の四重奏が響く。
「キューキュー」
「キョー……」
「ピー……」
「キュルー……」
お腹空いたーと鳴いている竜達を連れてティルファの厩舎に移動した朔耶は、厩舎の係りの人に竜達の餌を頼んだ。
早い段階から街灯を導入していたティルファだが、湖の畔にまでは設置されていないので厩舎のある湖周辺は夜になるとかなり暗い。
その暗闇から四頭の竜を従えて現われた朔耶に厩舎の世話係りは飛び上がる勢いで驚いていたが、竜達がお腹を鳴らすのを聞いて直ぐに餌用の肉塊を用意してくれた。喉を鳴らして齧り付く竜達。
「明日はかなり長く飛んで貰う事になると思うから、今日はゆっくり休んでてね?」
朔耶の言葉に、四重奏で返事を返す竜達であった。
「戻ったか、お前さんに客が来とるぞ」
「え?」
朔耶が造船所に戻ると丁度、船を湖に降ろす所だった。作業員達と慎重にロープを引きながら来客を告げるドマックが顎鬚で指した場所に、見覚えのある魔術士姿の男が立っている。朔耶がその姿に気付くと、目を細めて微笑を向けてきた。
「こんばんは、フレグンスの精霊女神殿」
「ブラハミルトさん……。 こんばんは、どうしたんですか?」
また通り名が更新されたかと密かに嘆きつつも挨拶を返した朔耶は、態々訪ねてきた用向きをたずねる。
「いやなに、私も貴女の船に興味があったのでね」
「そうなんですか? じゃあこれから航行実験なので一緒に乗ります?」
「勿論ですよ」
朔耶はブラハミルトにもライフジャケットを身に着けるように言って渡すと、造船所内の湖面に下ろされた釣り船一号艇に乗り込んだ。メンバーは朔耶とドマック、ブラハミルトの他、作業員二人とブラハミルトの警護で付いてきた衛士二人である。
船のランプを灯して明かりを確保すると、朔耶は操舵室に上がって船外機を起動する。造船所の建物の陰から湖に出ると、何処で聞きつけたのか数十人の見物人が集まっていた。
衝撃のサクヤ式機械船推進器がお披露目された日以後、ドマックが朔耶発注の船を建造し始めた時から機械船前提のフォルムを持つこの船には皆が注目していたのだ。全長七メートル、幅三.五メートル程の船体がゆっくりと桟橋付近に近付いていく。
十二個もの魔力石ランプを使ったカンテラやランタンが煌々と船の周辺まで照らし出し、近くで見ようと集まって来た見物人達の姿を浮かび上がらせる。その彼等に向かって、朔耶は折畳んだライフジャケットの一着を投げ込んだ。
「うわっ!」
「な、なんだっ」
イキナリ何かモコモコした四角い塊を投げ付けられて思わず飛び退く見物人達、逃げ遅れた一人に直撃した。
ぶつけられた若い発明研究家らしき彼は思わずそれを受け止めた。そして、なんじゃこりゃとその物体を広げて観察する。
「そこのあなた! それを身に着けて。 こんな風に羽織って前を結ぶだけだから、簡単でしょ?」
朔耶は自分達が着用しているライフジャケットを指して使い方を教えた。若い発明研究家はなんだかよく分からないが、サクヤ式の衣服らしいという事でとりあえず身に着けてみる。その間に朔耶は船を桟橋に寄せた。
「身に着けた? じゃあ、船に乗って」
「えっ!」
驚愕した表情で固まる若い発明研究家。朔耶は八人乗りの船なので一人分枠が余っていたから、抽選で彼方が当たったのだと説明して乗船許可を出した。かなりの不意打ちで強引な抽選だが、お蔭で混乱が起きなかったとも言える。
言葉の意味を理解した彼は狂喜乱舞しながら喜んで釣り船一号艇に乗り込んだ。彼の近くにいて素早い身のこなしを見せた研究家達は、何故あの時ライフジャケットを避けてしまったのだぁ! と頭を抱えて悔しがっていた。
「それじゃあ適当に真ん中辺りまで進めたらゆっくり流すから、釣りの具合も確かめてみてね」
独特の駆動音を響かせ、釣り船一号艇は湖の中央付近へと走り出す。適当な位置で船を止めると、想定している客の人数である五人でとりあえず釣り糸を垂れてみた。
作業員と衛士に混じってブラハミルトも釣りを楽しみ、ドマックは調理の準備を始めた。幸運な発明研究家は船に設置されている魔力石ランプや、フレグンスでも一部の者しか所持していない魔力石コンロの観察に夢中のようだ。
朔耶は舵の具合や操舵室からの視界を確かめ、安全性に問題は無いかとチェックしていた。
そうして一時間程の夜釣りを楽しむと、航行に問題無しという事で朔耶は船を岸へ向けた。ちなみに釣れた魚は小さいのが一匹、普段から非番の時によく釣りを嗜んでいる衛士が釣り上げた。他は軒並みボウズであった。
船に設置してある魔力石コンロの性能と使い勝手の良さに惚れ込んだドマックが是非売ってくれと頼み込んできたので、朔耶もこれから色々お世話になるドマックさんにならばと了承し、後日厨房用のコンロを届けるようレイスに話を通しておくと約束した。
岸に到着すると手配しておいた大型クレーンが運ばれて来ており、ドマック造船所の作業員とクレーンを動かすティルファの陸軍に当たる都軍兵が集まって船を竜籠に載せる作業に移った。都軍兵が協力してくれたのはブラハミルトの計らいである。
ティルファの大型クレーンは木製の門型で大人数が両側からロープを引いて対象物を吊り上げる造りになっていて、一方向のみだが吊り上げたまま移動する事も出来る。湖から台車に載せて引き上げた船をクレーンで吊り上げると、竜籠に載せてしっかり固定した。
「カースティアにも建築作業用のクレーンがある筈ですから、それを使うといいでしょう」
「うん、ありがとねブラハミルトさん」
作業を終えて一息ついた朔耶は、ブラハミルトから一緒に夕飯でもどうかと誘われて中央研究塔に招かれた。ドマック造船所の皆も招待され、一階中央のステージを会場にちょっとした立食パーティのような食事会になっていた。
皆でワイワイと食事を摂りながら、朔耶はブラハミルトと色々な話をした。帝国の事や王国の事、ヨールテスとキトの事。時折、朔耶の世界の話を聞こうと話題に混ぜてきたりもするが、朔耶が話さない以上は訊ねようとしないブラハミルトの紳士に徹している態度は、朔耶から『信用しても良い相手』という好感を得ていた。
「なるほど、帝国ではそんな動きがありましたか」
朔耶はエイディアス帝を討った事については暈かしながら、帝国内での政変について『裏で帝国を牛耳っていた者が討たれたから』と明かし、裏の支配者が"発掘品"による不老不死の研究をしていた事なども話す。
"発掘品"の調査、研究についてはティルファでも盛んに行われていた為、帝国に出向いてまで未だ取り憑かれる者の絶えない不老不死に関する研究に手を出していたティルファの研究者も少なからずいたのだろうと、ブラハミルトは表情を落として語った。
キトの動きについては帝国政変からサムズ動乱前も後も相変わらずだが、朔耶から傭兵団陣地での出来事を聞いたブラハミルトは、ヨールテスが暗躍している事について警戒は怠らない方が良いと自身へも含めて警告を口にした。
夕食が終わるとドマック造船所の面々は其々自分達の寝座へと帰り、朔耶は塔に部屋を用意されたので一晩お世話になる事にした。皆と造船所に戻るつもりでいた朔耶だったが、前回来訪時に我侭を聞いてもらった経緯があるので素直に泊まっていく事を選んだのだ。
案内された部屋で薄着になってベッドに転がった朔耶は、夕食の席で聞いたブラハミルトの警告について考える。
『ヨールテスかぁ……、今頃何処で何してるんだろうね』
タシカニ アヤツカラハ ヒトニアラザル ケハイヲカンジタ
また何処かで色々『儲け話』でも企んでいるのかもしれないねーなどと、割と呑気な事を思いつつも『重なる者』としての勘が、何時か雌雄を決するような事になる時が来るかもしれないと告げている事に、朔耶は漠然とした不安を感じる。
ワレト クロガ イツデモソバニ ツイテオル シンパイハ イラヌ
『うん……ありがとね。 でも"クロ"って略し方はどうかと思うわ』
犬じゃないんだからとツッコミを入れる朔耶だったが、当の本精霊は割と気に入ったらしい念を返していた。
翌早朝、まだ明け方とも言えない暗いうちから起き出した朔耶は、身嗜みを整えると竜の厩舎に向かう。
船を湖に降ろす作業を行える時間までにはカースティアに到着したいと考えた朔耶は、ドマックやブラハミルト達になるべく早く出発する事を昨日の内に伝えておいた。
朔耶が竜達を伴ってやって来ると、竜籠の周囲では篝火が焚かれてドマック造船所の皆が見送りに集まっていた。
「もう行くのか?」
「うん、今日中には向こうの湖に降ろしておきたいからね」
「そうか……まあ、あまり焦らないよう着実にな。 気をつけて行けよ?」
「は~い」
子供っぽい返事を笑顔で返され、ドマックは孫を見るかのように目尻に皺を作った。
竜籠が竜と繋がれて出発の準備が整うと朔耶も籠上の船に乗り込んだ。ティルファからカースティアまでの距離は王都フレグンスと帝都クラティシカ並に離れているので、今からぶっ通しで飛び続けても到着するのは夕方頃かと予測する。
「それじゃあドマックさん、残り二艘と例の船の事もよろしくね」
「おう、任せておけ」
手を振る作業員に朔耶も船上から手を振り返す。釣り船一号艇を積んだ四頭立ての竜籠は、未だ朝陽も見えない夜空に舞い上がると、一路カースティアを目指してティルファを飛び立った。
「ふわわ……もうちょっと寝ておこうかな」
朔耶は積み込んであった毛布に包まると、船室の椅子に凭れて目を閉じた。
カースティアに到着したのは朔耶の予測通り、街が夕日に染まる頃だった。派遣騎士団本部上空を一度旋回してから真新しい観光施設の建物近くに竜籠を着陸させる。
予めティルファからフレグンス、フレグンスからカースティアへと水鏡で連絡がなされており、王室特別査察官殿御到着で駆けつけた騎士達に向かって朔耶は開口一番――
「お腹空いた~~」
「キュー」
「キョー」
「ピ」
「キュル」
竜達と共に空腹コール五重奏を奏でたのだった。
厩舎に竜達を移して餌を与え、騎士達に街の人を雇っても構わないので船を湖に降ろす作業に備えておくようにと準備を指示した朔耶は『ちょっとご飯食べてくる』と言って唐突に消えた。
目の前で忽然と姿が消えた事に驚いた騎士達だったが、『サクヤ様だからなぁ』で納得して課せられた任務の準備作業を開始する。建設作業用のクレーンを用意すると、集まった野次馬から労働者を募った。
「ただいまーっ ご飯ご飯ー!」
「お帰りを言う間もなくソレかよ」
庭に帰還するなりバタバタとキッチンに駆け込む朔耶に、今日も都築家に入り浸って魔力石の加工アイデアを朔耶の弟"孝文"と練りあっていた近所の幼馴染こと拓朗は呆れたように声を掛けた。
「ほあ? はふひゃんひへはお?」
「まあな、石の特性も分かったからそろそろ俺も何か作るぜ」
「はひほほふひはん?」
「……とりあえず先にソレ食え」
冷蔵庫にあったソーセージを咥えながらもごもご喋る朔耶と普通に会話を試みた拓朗だったが、流石に翻訳不可能だったのでとっとと食えとばかりに指で押し込む。
「んぐっ! けほっ……拓ちゃん酷い」
「あ、すまん」
涙目になって抗議するも、もぐもぐ食べながらなのでちっとも罪悪感が湧かない拓朗は苦笑を返した。
「銃みたいな飛び道具にしようかと思ったんだけど、タカ君が反対するんだよな」
「そりゃあね、そんな物持ち込む意味が無いし、争いの元になるだけだと思うよ?」
用意されていた夕飯を食べながら拓朗の作ろうとしている物を聞いた朔耶は、弟の意見に賛成した。銃のように強力で手軽な武器は今の所あの世界に必要ないと意見する。
「そうかなぁ、なんか怪物退治とかそういうのは無いのか?」
「いる所にはいるみたいだけど、魔術と剣でなんとかなってるみたいだし」
向こうの世界では朔耶に銃など必要ないし、誰しもが使えるように量産した場合、必ず悪人の手にも渡る。狩猟に使う弓だって人を射る事が出来るのだ、銃のような便利な武器をゴロツキが手にしたら何が起きるか……という話である。
「サクヤ式で治安悪化! とか、あたし嫌だよ?」
「ああ、そうか……お前の名前が付くんだったよな」
「それもあるけど、街に住んでる一般の人達は荒事なんて望んでないの、平和に暮らしたい人達ばっかりなんだから」
「う……」
拓朗は自分の考えが浅はかだったと謝った。やはり異世界や精霊、剣と魔術などといった話を聞くと強力な現代兵器の持つ力で活躍する場面を思い描いてしまい、その世界で生活する人々の日常という本来なら最も尊く意識しなくてはならない部分への配慮を欠いてしまっていたと。
「まあ、夢見がちな男の子だもんね」
「ははは……」
朔耶のフォローなのか追い討ちなのかよく分からない慰めに曖昧な笑いを返すと、また何か別の物を考えると言って拓朗は自宅へと帰っていった。
夕食で腹ごしらえを終えた朔耶は、明日の祝日も向こうで一日過ごす事を予定しており、釣り船観光の総仕上げをする為に今日は夜中まで向こうで作業をすると言って庭に出た。そうして少し考え込むと、徐に兄を呼ぶ。
「ん? どうした」
「うん……、ちょっと手伝ってくれる?」
カースティアの湖近くに立てられた観光施設、釣り船乗り場には騎士団に雇われた労働者が集まり、竜籠に積まれて固定されている変わった形をした船を湖に降ろす準備作業が進められていた。
既に日は沈み辺りも暗くなっており、篝火を焚いて明かりの確保をしているが真っ暗な湖面に沿っての作業は困難を予想させた。篝火船も用意しようかと騎士達が話し合っている所に、空から黒い翼を広げて舞い降りてくる黒髪の少女。
どよめきと混乱。騎士達は本部の屋上で何度も目撃するうちに慣れたモノで、うろたえる労働者達を落ち着かせると作業の指示を仰ぐべく朔耶の元に集まってくる。
「はーいっ 下がって下がってー、みんな下がってー」
朔耶は騎士達も含めて周囲の人間を下がらせると、地面に小枝で線を引き始める。なんだろうと覗き込む人々を余所に、長方形を描いた朔耶はその四隅に庭から持ってきた石を置いた。そして魔力のオーラを石に籠め始める。
「みんな絶対この中に入っちゃダメよ? 命に関わるからね」
発光し始めた石を見て頷いた朔耶は、絶対にこの四角に近付かないよう注意を呼びかけると、また忽然と姿を消した。そのまま暫らく、ボンヤリと発光する石の光が薄れていく様子を眺めていた人々は、突如四角の中に現われた物体に仰天した。
四つの車輪をつけたソレは傭兵団が使う装甲馬車のようにも見えたが、御者台が無く、全面が艶のある金属で覆われていて大きな窓があり、前に突き出た顔の様な部分はまるで、甲冑を着けて兜を被った魔獣のようだった。
その金属車の扉が開いて朔耶が降りて来た事で、二度目の混乱は直ぐに収束した。騎士達は金属車の中にもう一人見える人影を気にしながら朔耶の回りに集まる。
「サクヤ様、これは一体……?」
「ああ、危なくないから大丈夫だよ。ちょっと作業の手伝いに呼んだの」
朔耶が振り返って兄に合図を送ると、ランドクルーザーのエンジンが掛かった。
聞いた事もないような嘶きと共に一吠えしたソレは、生き物とは思えないが生き物としか思えないような低い唸り声を上げている。やはり魔獣の類かと、その唸り声と脈動する車体に思わず後退ってしまう騎士達。
さらにその魔獣の眼が強烈な光を放つと、労働者達は一斉に逃げ出しそうになった。至近距離にいた騎士達がその場から動かず、尚且つ光を浴びても無事だった様子を見てどうにか踏み止まったのだ。
「はいはい、噛み付きゃしないから大丈夫よ。 じゃあみんな、船を降ろす作業を始めるわよー!」
浮き足立っている騎士や労働者達に声を張り上げて、朔耶は作業開始を告げた。
此方に転移する前、朔耶はティルファでの作業が夜の暗さで結構苦労した事を考慮し、何か強力な照明はない物かと考えた。広範囲を明るく照らし出せる工事現場で使うような照明は流石に家の倉庫には置いてなかったので、代わりに兄の車のヘッドライトを使おうと考えた。問題はあまりカースティアから離れた場所に転移してしまうと作業に間に合わなくなってしまう事。
神社の精霊とも相談した結果、正確な座標に転移する方法として特定の物質に強力な魔力を籠め、そこを目印に跳べば行けそうだという結論に至って実行したのだ。
湖に向かって少し地面が傾斜している為、ヘッドライトの光はいい感じに作業現場を照らし出している。まるで昼間のような明かりの下で行われた作業は、労働者達がこの珍しい環境で興奮状態にあった事も関係してか順調に進んでいた。
「おー? なんだこりゃ、魔獣の類かあ?」
「凄い光だなぁ、これもサクヤちゃんの力なのかな?」
そこへ見回りに出ていたガリウスとフランが、街の人からの通報を受けて様子を見にやって来た。珍しそうにランドクルーザーを観察している。朔耶が関係しているという時点で何も心配はしていなかったようだ。
「あ、いい所に!」
「俺見回り中、用事ならフランが引き受けるぜ」
「えっ?」
朔耶の台詞を聞いてすかさずフランに押し付け、サボろうとするガリウス。朔耶はどのみち観光事業に関する詳しい人事内容を知っている者にしか出来ない用事なので、そのままフランに頼んだ。
「フラン君、観光事業で契約してる船長さん達と宿の主人さん呼んで来てくれる?」
朔耶は今日中に調整を済ませて明日からでも営業を開始したいと思っていた。その為の構想も十四時間に及ぶティルファからの移動中に考えてある。"思い立ったら即、行動"の家訓に従い、練り上げた構想を消化していく。
強力なヘッドライトに照らされた湖の畔で歓声があがった。船が無事、湖に降ろされたのだ。ふわりと宙を舞って船に乗り込んだ朔耶は、船のランプを全て灯すと、操舵室に登って船外機を起動させた。
独特の駆動音を響かせながら帆もオールも無しに動き出す船に、またもどよめきと歓声があがった。朔耶の兄"重雄"も愛車のサンルーフから顔を出して釣り船乗り場の桟橋に向かうサクヤ式機械船、釣り船一号艇の雄姿を感慨深く眺めていた。
フランに連れられてやって来た釣り船観光事業で契約している船長と料理人と補佐、事業提携をする一般宿と貴族用宿の主が釣り船に乗り込み、朔耶の説明を受けながらライフジャケットを身に着ける。
船長には船外機の機能と操作の仕方をレクチャーしつつ、補佐役にも接岸時や航行中、客が釣りを楽しんでいる時の役割を伝える。料理人には魔力石コンロの使い方と、足りない調味料などがあれば申請するよう説明していった。
「あと二人乗れるんだけど、フラン君とガリウスも乗ってみる? あ、ガリウスは見回り中だっけ」
「乗る乗る!」
「見回りはさっき終わったぜ」
フランは興味津々で乗り込み、ガリウスは予想通りのしれっとした態度でフランの後に続いた。ライフジャケットは騎士の甲冑の上からでも何とか身に着ける事は出来たが、見た目が非常に斬新で奇抜な姿となった。ぶっちゃけ、凄く格好悪い。
「これはひどい」
朔耶は鎧の上から着てもそこそこ見られるデザインを考えようと計画するのだった。実際、フル装備の騎士を今の仕様で浮かせられるのかという部分に不安もあった。
車のサンルーフから上半身を出している兄に手を振り、ハイビームの返答を確認してから船長に船を出すよう指示を出す。
一帯を照らしている光が一段と増した時、集まっている人々からまたどよめきが上がったが、騎士達が問題ないと見做している姿を見て危険は無いようだと落ち着き、ちらちらと気にしながらもその光に照らし出されているサクヤ式機械船の見物を続けていた。
「素晴らしい船だ!」
船長は直ぐに船外機の動かし方を覚えてその性能を絶賛。このサクヤ式機械船で仕事が出来る事を喜び、釣り船観光事業の成功に向けて尽力する事を誓った。
宿の主人二人は明日にでも王都から届く事になっている魔力石コンロを料理人と一緒になって弄っており、火加減を摘みで調節しては唸るというのを繰り返していた。
補佐役は釣り客の世話をする予行演習として、ガリウスとフランの釣り具を用意し、餌をつけ、網を持って待機する。船周辺の状況や船内の様子に気を配る事も忘れない。
その内ガリウスが大物を釣り上げ、早速調理してみようと料理人がコンロで焼いている所にフランもそこそこの獲物を釣り上げた。
ティルファでは小魚一匹だけだったので煙も少なかったが、二台のコンロを使って焼いた魚の煙は船室に充満するような事も無く排出され、改めて問題なしと判断できた。
「これなら、いけそうだね」
船を乗り場に戻してしっかり係留した後、空になった竜籠が放置されている作業開始地点に戻って来た朔耶は見物人達を解散させて労働者に報酬を支払うよう騎士達に指示を出した。竜籠は明日回収する。
騎士達に促されて報酬の受け取りに派遣騎士団本部へとぞろぞろ移動を始める労働者達と街に戻り始める見物人達。彼等の視線の先では未だ強力な光で湖面を照らしている魔獣のような金属車に、召喚主である黒髪の少女が乗り込んでいる所だった。
「上手く行ったようだな」
「うん! あ……お兄ちゃんも船、乗りたかった?」
船外機を使おうという最初の発案者は兄である。その船関連で態々また此方の世界に連れて来ておいて、照明係りをさせたダケという事を気に掛ける朔耶に、兄はまた次の機会で良いと答えて笑った。
回収した庭の石を足元に置いてシートに凭れた朔耶は、一息付きながら神社の精霊に帰還を呼びかける。
『帰ろ』
ウム
騎士や労働者達の視線の先で、朔耶と謎の人物を乗せた魔獣の金属車が忽然と消え失せたが、今度は混乱やザワメキが起きる事はなかった。
「サクヤ様だからなぁ」
一人の騎士の呟きが、全員の心を代弁した。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。