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本編
05話:魔力石と石寄せ




 翌日、朔耶はコトコトというクィスが廊下を歩く足音で目が覚めた。桶を鳴らす水の音も聞こえたので、水を汲みに出掛けていたのかもしれない。

「ん~~~~~~……っっっ はふぅ……」

 朔耶はベッドの上で仰向けに転がったまま伸びをして徐に起き上がると、思いのほか身体が軽く感じられた。左肩の包帯はまだ外せないものの、少し歩き回れる程には回復したようだ。

 素足にスニーカーを履いて部屋を出ると、そこは広いリビングになっていた。中央に長方形の大きな木のテーブルが置かれ、周りには背凭れの無い丸い木の椅子が三脚程並んでいる。
 左側の壁には二階に昇る階段があって、反対側の右の壁には色々補強した跡のある丈夫そうな扉があった。恐らく玄関だろう。

 そして正面には少し奥まった空間があって、そこにクィスの背中を見つけた。
 近付いてみると、小部屋のような空間に調理用具らしい器具が並べられているパンや肉の切れ端が乗った台があり、嵩のある大きなお鍋に(かまど)のような石の台があった。どうやらキッチンのようだ。

「おはようクィス」
「やあ、おはようサクヤ。身体の方は大丈夫かい?」

 クィスは何やら作業をしていて、鍋の下をごそごそしながら挨拶を返した。

「うん、大分回復したみたい。それ、何してるの?」
「石寄せだよ、毎度の事だけど新しい石を混ぜると調節が大変だよね」
「石寄せ? ……って何?」
「え? 石寄せは石寄せだけど……ああ、そうか、サクヤはこんな石竈とか分からないよね」

 首を傾げる朔耶に、クィスは石竈の中から手の平サイズの石を一つ取り出して見せると朔耶の掌に乗せた。

「あ、ちょっと温かい」

 魔力石というこの石には自然の魔力が含まれていて、一度火で炙ったり、水に浸けたりする事で特定の性質を属性という形で付与する事が出来る。
 これを釜の入る部分に沢山敷き詰める事で湯を沸かしたり、或いは水属性の石で冷たい水を作ったりという使い方をするのだ。庶民の間ではかなり一般的なモノらしい。

 ただ、暫らく使っていると魔力が無くなって普通の石に戻ってしまうので、定期的に入れ替えを行う必要がある。石の並べ方次第で効果にムラが出てしまう為、火属性の石の場合、最も効率的に熱を得られる位置に調整しなくてならない。
 それが『石寄せ』と言われる庶民の家では何処でも当たり前に行われる生活作業だった。

「やっぱり貴族の家ともなると魔術式の(かまど)を使ってるんだろうなぁ……あ、サクヤは厨房とかには入らないかな?」
「あたしだって偶には料理とかするわよ? 流石に(かまど)とかは家に無いから使った事ないけど」
「へぇ、それは意外だなぁ。でも(かまど)が無いなんて、最近の貴族の家の厨房は一体どんな風になってるんだろう?」

 朔耶は『ん?』と首を傾げる。何か会話が噛み合っていない部分があるような違和感。

「ねえ、その貴族って……」

 そうしてよくよく問い質してみると、クィスは朔耶の事を何処かの貴族の令嬢だと思っていたらしい。クィスだけではなく、この村の住人は皆そういう認識だと聞かされた朔耶はリアクションに困りながら理由を尋ねると――

「だって、サクヤの手とか肌とか全然荒れてなくて綺麗だし……髪もさらさらだし」

 クィスの言葉に不覚にも赤くなる朔耶。

「それにその指輪、精霊石の付いた指輪なんて余程身分の高い人じゃなきゃ身に付けられないからね」

 そう言われて自分の指に填まるレティレスティアの指輪を見た。『水の精霊の加護を永続させる指輪』と彼女が言っていたのを思い出す。

「ああ~そっかぁ……レティって王女さまだもんなぁ」

 そしてふと、思い至る事があって、恐る恐る尋ねてみる。

「ねぇ、あたしに親切にしてくれるのって……もしかしてそのせい?」
「それは、その……」

 言い淀んだクィスを見て、朔耶は何故だか少しだけ哀しい気分になった。彼の親切の裏には、何かしら打算的なモノがあったのかもしれないと。

 とはいえ、川岸に倒れていたらしい何処の誰とも知らない自分を助けて怪我の手当てや寝床や食事の世話までしてくれているのは紛れも無い事実。そこに感謝こそすれ不満を言える道理は無い。

「そっかぁ。ん~でもどうしよう、あたし別に貴族とかじゃなくて普通の庶民だし、大したお礼も出来そうに無いしなぁ」
「!っ い、いいんだよそんな事気にしなくてもっ 第一サクヤの身分の事を色々言ってるのって村長の馬鹿息子だけだし、俺やデイジー達はサクヤが何者かとか考えてないし、ただ……なんか訳ありなのかと思って……でも、あんまり聞いちゃ悪いし……」
「……ううん、ありがとねクィス。確かに訳ありといえば訳ありなんだけど、これは話しても仕方が無いからね」

 自分はこの世界の人間ではなく、別の世界から精霊に喚ばれて来ました。
 なんて『事実の訳』を話した所で、突拍子も無い話で誤魔化さなくてはならない程の事情があるとか誤解されそうだし、実際その話を事実として信じて貰えたとしても、どちらにしても気を使わせてしまうだけになりそうな問題だ。

 その後は、少し気まずい雰囲気が漂いながらも朝食を済ませ、クィスは猟に出掛ける為に夜まで家を空ける事を伝えた。

「こっちの戸棚に干し肉と果物があるから、お腹が空いたら適当に齧っててよ。水はこっちの瓶に溜めてあるからね。夕飯はデイジーが持って来てくれる手筈になってるから……デイジーもサクヤの事、何処かの令嬢だと思ってるからさ、アイツ遠慮して遊びに来ないんだ……だからサクヤさえ良ければ、話し相手になってくれないかな?」
「うん、その子も傷の手当てしてくれたんでしょ? お礼も言わなくちゃね」

 気まずげだった空気も普通に接する事で自然に流れ去り、弓を背負って出掛けるクィスを見送る。彼が戻るまでお留守番の間、朔耶はこの世界に来て初めて一人でゆっくり考える時間を得た。


「ふぅ……」

 静かな空間、閑散とした広いリビングで丸椅子にぽつんと座る朔耶は、此方に来てからの事、これからの事等を考えながら、手の中で先程の魔力石を玩ぶ。あの時聞こえた精霊の声は、今は聞こえない。

 勝手に喚ぶだけ喚んでおいて、その後はほったらかしとかどうよ? ってな事を思いつつ、本当に自分はこれからどうすれば良いのだろうかと考える。怪我が治って、元気になっても行く宛てが無い。

 何時までもクィスの温情に甘えるわけにも行かないだろう。レティレスティアの事を思い浮かべるが、相手は王女様だ。流石に面倒見てくれとか言って押し掛ける勇気は無かった。

「あ、でも事情を話せば住む所とか仕事とか工面してくれるかも……」

 そのくらいはいいよね? と誰にとも無く同意を求める。

 この村を出た後はフレグンスの王都に向かい、そこでレティレスティアにちょこっと生活支援を頼む。と、当面の目標を定めた所で一つ重要な事に気づいた。

「先立つモノが無い……」

 王都に行くにしても旅費が無い。何せ荷物の大半は大型リュックの中に仕舞ったままで、着の身着のまま流されて来た身だ。この世界の通貨の事も分からないし、旅の仕方にもあまり自信が無かった。

「野盗とか出そうだしなぁ……魔法とか精霊とかが居るんだから、魔物とかも居たりして……」

 考えれば考えるほど自分の無事な姿が想像できない。思った以上にこの世界で非力な自分に愕然とした。旅をするにも生活をするにも、まずはこの世界の知識が必要だ。そしてお金。

 自分の持ち物で売れそうなモノといえば、ポケットに入っていたハンカチくらいしかない。レティレスティアに貰った指輪は高価そうだが、これを外せば恐らく言葉が通じなくなる。それは恐怖だ。

「何か稼ぐ手立てを考えないとね、後はとにかく色々知る事からかな」

 よし! と椅子から立ち上がり、まずは厨房に入って石竈を覗き込んだ。朝方クィスと話した時に話題にした『石寄せ』の事を調べようと思いついたのだ。
 何処かで働くにしても、女の身の自分に出来る真っ当な仕事といえば、飲食店のアルバイトとかその辺りになる。どの道、厨房に立つくらいは出来なければ、食事すら満足に作れない状態では話にならない。

 石竈の中に敷き詰められた火属性の魔力石を観察すると、釜の入る隙間を空けて重なっている沢山の石の表面がぼんやりと赤く発光しているのが分かる。火でも焚いてるような熱を感じ、ストーブを眺めてる気分になった。

 手に持っている石を見詰める。これ一つでは自分の体温が移ったかと思うくらいの、ちょっと温かい程度だが、沢山集めて並べる事で、それなりの熱を持つ仕組みになっているようだ。

 厨房の隅の方に予備のモノらしき石が板で仕切られて積んである。属性の付いた石を直接重ねると属性の効果が高まるので、火属性の魔力石を保管する時は石同士が触れ合わないように仕切って保管しなくてはならない。

 石はどれもそこら辺りに普通に落ちている石ころと見た目も形も変わりなく、川原によく落ちているような表面の滑らかな丸っこい石から、岩が砕けたようなゴツゴツしたモノまで色々だ。

「これは全部火属性の石かぁ……」

 積んである石を幾つか手にとって、くっつけたり離したりしてみると確かに、なんとなく温度が変化したような気がする程度の感覚はあった。

「あっ」

 と、うっかり手を滑らせて一つ床に落としてしまった。平べったい感じのガサガサした石が、真ん中辺りから砕けて割れた。

「あちゃ~」

 やってしまった……と砕けた石を拾い上げようとして、脳裏に閃くモノがあった。

 三つに割れたその石は、細長い二等辺三角形のような鋭利な形になっており、それを見て何と無くダイヤ等の宝石のカッティングを思い出したのだ。宝石の性質に合わせてその石が最も美しく映えるように削り出す技術。

 『石寄せ』は並べ方次第で魔力石の効果にムラが出るからこその調整技術。何故並べ方で効果にムラが出るのか、その部分がボンヤリと引っかかる。

 この世界の人間ならば特に疑問にも思わない、思ってもそれを追求する理由が無いので深く調べようとも思わない。『人は何故二本足で歩くのか?』と同じくらい、それは当たり前の事なので、精々『良い並べ方』を経験で覚える程度だ。
 だが、朔耶はこの世界の人々とは文字通り次元の違う情報が氾濫する世界の現代人である。

 ついでに幼馴染や兄弟の影響で機械弄りや物造りは好きな方で、どちらかと言えば理系タイプだ。
 運動が得意で学業の成績は並み以下だが兄の趣味に付き合って廃品のテレビやラジオを分解したり、弟と一緒に自転車や電動スクーターを改造したり、幼馴染が趣味で集めてるエアガンを弄ったりと、およそ同年代の女の子達とは少々毛色の違った遊びをしていた。

 その為か『魔力石の組み合わせ』という未知なるシステムへの知的好奇心と改造魂と創作意欲が刺激される。
 朔耶は砕けた石の破片と予備の石を幾つか手に抱えると、テーブルに運んで割ったり削ったりしながら、何をどんな風にどうすればどうなるのかと、細かく分類しながら効果の検証を始めた。




 夢中になって調べている内に、気が付くと外はすっかり夕焼け色に染まり、明かりの無い部屋の中は作業をしていたテーブル付近以外は薄暗くなっていた。

「おっとと、すっかり夢中になってたよ」

 朔耶は天井から吊るされたランプに火を灯す為、作ったばかりの試作魔力石ライターを使ってみた。尖った石の先端に小さな火が生まれ、それを種火にランプを灯す。予想通りの結果を得られて満足気な表情を浮かべながら、朔耶は研究成果を振り返った。

 予備の石とは別に薪も積まれていたので、そこから木材を適当に拝借。
 戸棚の中を漁って見つけた鑿の類の工具を使い、削り出した石を固定する型を作ったりと夢中になると行動がかなり大胆になってしまう悪癖? を発露した朔耶だったが。その成果は中々のモノだった。

 特定の形に削り出し、整然とした配列で組み合わせてやる事で、石に含まれる魔力の動きを比較的自由にコントロール出来る所まで解明出来ていた。そうしてまず作ってみたのがこの試作ライターだ。

 薪を材料に型を作り、そこに削り出した石を嵌め込んで合わせただけのシンプルな構造だが、火打ち石を使うよりもずっと簡単で楽に火を灯せる道具である。と、そこまで考えてふと思い浮かんだ。

「う~ん、作ってから気が付いたけど……もしかしてこのくらいの事はみんな知ってる当たり前の事だったりして……」

 自分の世界には無い『魔力石』という素材だが、この世界では特に珍しくも無い何処にでも転がってる石ころなわけで、夢中になって色々実験をしてみたものの、此方の世界にも研究者くらいは当然居る事だろう。

 もしや自分の世界でいう所の小学生レベルとか、下手したら幼稚園レベルで常識になっているような事の解明に半日も費やして必死になっていたのでは? と不安と恥ずかしさが込み上げて来た。

「……まあ、いいじゃん。あたしこっちの常識とか知らないし~」

 等と自身の猜疑心に言い訳しつつ、とりあえず散らかったテーブルを片付けようとした所でコンコンッと、この家のごつい扉が控えめにノックされる。

『あ、クィスの言ってたデイジーって子かな?』


「はいは~い」

 丁度お腹も空いていた朔耶は、軽く返事をしながら扉に向かった。







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