「それじゃあ、船が出来たらフレグンスに連絡お願いね」
「おう、気ぃつけて帰れよ」
船外機と台座の取り外し作業も昼過ぎには終わり、それらを竜籠に積み込んで貰った朔耶はドマックと作業員達に手を振ってティルファを後にした。
中央研究塔の近くを通る際、一番高い塔のテラスのような場所に立つブラハミルトと目が合ったので朔耶が会釈すると、ブラハミルトは目を細めて微笑みを返した。
『挨拶しに行っといた方がよかったかなぁ?』
ナカナカニ リカイノ フカソウナ ゴジンノヨウダ
朔耶は機会があればブラハミルトにもライターをあげようか等と考えながら、王都への帰路を急いだ。
「ふう~ありがとう、助かったよー」
「いえ、お役に立てて何よりでした!」
まだ明るいうちに開放区の工房前に到着した朔耶は、警備の衛兵にも手伝って貰いながら船外機と台座を工房の奥に保管すると、一旦竜籠を戻しに城の厩舎へと飛んだ。
「昨日今日とご苦労様、ゆっくり休んでね」
「キョー」
「キュー」
ひょこひょこと尻尾をふりながら厩舎の中に入って行く二頭を見送り、再び開放区の工房巡りに出ようとした朔耶は、世話係りのおじさんと話しているイーリスの姿を見つけた。
「イーリス~」
「ああ、サクヤ殿か」
近衛騎士団も今後に備えて竜籠の扱い方を覚えなくてはならない為、団長のイーリスは仕事の合間を見つけては竜について訊ねに来ているのだそうだ。朔耶の場合は竜に直接意思が伝わるのでそのまま乗り回しているが、本来ならば竜籠の操縦には竜笛などを使って進路の指示などを行う。
イーリスから戦後処理に加えて覚えなくてはならない事が増えたなどの話を聞き、朔耶は『大変だねぇ』と労いつつも、ふとレティレスティアの事が頭を過ぎる。
「それはそうとイーリス、最近レティとお話してる?」
「姫様と、ですか?」
先日、イーリス達が訓練している様子をテラスの影から寂しそうに眺めていた事を話し、もう少しレティレスティアに構ってあげないと可哀相だよと諭す。
「そうですか、姫がそのような……」
「あたしも二人の事は応援してるからね」
朔耶は何やら考え込んでしまったイーリスにそう声を掛けると厩舎前を後にした。漆黒の翼を広げて城壁の向こうへと飛び去る朔耶の姿を、イーリスは静かに見送るのだった。
開放区に戻って来た朔耶は、まず革裁縫職人の工房に立ち寄って発注しておいた革のホースを受け取り、次いで馴染みの工房に顔を出して同じく発注しておいたポンプを受け取る。
「ん~流石に日も暮れてきたし、やっぱり今日はもうカースティアに運ぶのは無理っぽいね」
来週まで自分の工房に保管しておこうかと考えていた朔耶だったが、ここの工房主も利用している荷物の配送業者がいると聞き、それは便利だと朔耶も便乗する事にした。持ってきたホースとポンプを梱包して貰うと、カースティア便の荷馬車に積み込む。
「私らの荷物と一緒に送っておきますよ」
「うん、ありがとう 宜しくねー」
空もすっかり薄暗くなり、各区画の門周辺から順に街灯の火が灯され始める。
『さて、これで今週のこっちでの活動も終了かな』
デハ モドルトスルカ
「ただいまー」
「おかえりー、お風呂沸いてるわよー」
庭先に帰還した朔耶を母のノンビリした声が迎える。母もすっかり朔耶の異世界往来には慣れたようだ。朔耶は喜んでお風呂場に直行すると、ガラッと脱衣所の扉を開ける。
「…………」
「…………」
兄がクマ柄トランクスに手を掛けている所だった。暫らく見つめあい、何となく漢の背中を見せながらポージングを決めた兄を無言で脱衣所から追い出す朔耶。
「うおっ 待て待て! 先に入ろうとしてたのは俺だぞー!」
もうパンツしか残って無いぞと抗議する兄に、朔耶は反則技を使って譲らせた。
「ごめん、あたし……もう、我慢できないの。お兄ちゃんは……あたしが入った後に、ね……?」
「萌え~」
大人しくパンツ一丁で部屋に戻る兄。 ゆっくり入浴を済ませた朔耶はしっかり湯を張り直してから風呂場を後にした。 風呂場から『詐欺だ!』とか叫ぶ兄の声が聞えたが、朔耶は軽く無視した。
「という訳で、船外機のお披露目は大成功でした!」
「おお~」
「やったなっ」
居間で弟とアイデアノートを弄りつつ兄が風呂から上がるのを待ち、兄妹弟三人揃った所で朔耶はティルファでの顛末を話した。オレンジジュースとコーヒーとビールで乾杯して喜び合う。
「結果的に知名度は抜群、観光事業でかなり客寄せに使えるな」
「うん、タカ君のモーター、これからも期待してるからね」
残り二艘分の同規模モーターと後は小型化などで色々な用途に使えるよう考える。朔耶が見たティルファの研究者達の様子から、意外と早い段階でモーターも作り出せそうに感じた事を話すと、それならばモーターの仕組みの基礎までなら明かしても良いかと話し合った。
「多分、扇風機みたいな簡単なモノまでなら作れると思う。反発力ユニットが鍵だから、これをまず部品として売り出す事からだな」
高性能な専用の機械でもなければ魔力石の細かい加工は難しいので、ティルファの研究者が自前の反発力ユニットを製造するには相当な時間が掛かるだろうと弟は予測した。なので部品として反発力ユニットを単品で売りに出す。
「乗り物に使えるレベルのモノは暫らくは朔姉の工房でしか作れないってとこで」
そのうち天才が現われるなり加工技術が進むなりして、そこそこの物が作られるようになるだろうという結論に至った。
一頻りティルファの技術力談義で語りあった後、朔耶は観光事業が軌道に乗った後の計画、『屋形船作戦』の事も話してみる。
「お姫様と護衛の騎士か~王道だな、そういう場合は切っ掛けさえあればダーーっと行きそうなんだけどな。例えば……」
『イーリス? 何故ここに……』
『レスティア様が、逢引をしているという噂を耳にしまして……』
『まあ! 酷いっ 私の事をそんな風に見ていましたのね!』
『いえ、私はレスティア様を信じております。ですが、逢引は事実のようです』
『どういう、意味ですの?』
『……それは、こういう事です!』
『ああっ イーリス……いけません、こんな所で』
「ってな感じで――ん? どうした朔耶」
何故か、がっつり落ち込んでいる朔耶に、首を傾げる兄殿であった。
「まあ、重兄の妄想シミュレートはともかく、仕事が忙しくて時間が取れないってのは仕事を任せられる部下が居ないせいだと思うぞ?」
若い騎士団長のようだから、自分に回って来る仕事を殆ど自分でこなしているのだろうと、弟は分析した。仕事を任せられるような信頼できる優秀な部下を養成する所から始めるよう進言するべきだとアドバイスする。
「なるほどー、流石タカ君」
復活した朔耶はついでにカースティアの騎士達との交流について良いアイデアが無いか訊ねてみる。
「ふつーに接してたらいいんじゃないかな」
「え~~、だって怖がって近付いて来ないんだよ~~?」
「だからって無理に近付こうとすれば逆効果だよ、自然に振舞ってればそのうち慣れるって」
「そうなのかなぁ」
実質、カースティアの派遣騎士団本部に詰めている王国騎士団の騎士達や本部職員達とはほんの数日のうちの僅かな時間しか顔を合わせていない。朔耶は観光事業を進めていく内に慣れるという弟の言に従ってみる事にした。
翌日――学校の昼休み。
合わせた机の上で三人分の弁当をつつき合いながら、朔耶は実穂と藍香にも『友達の話なんだけど~』のパターンでレティレスティアとイーリスの事を『お互い好きあってるのに中々進展しない二人を後押しするには?』という話題で振ってみた。
「ええ! 朔ちゃんに想い人がっ!」
「ハイハイ、お約束お約束」
「う~ん、立場の違いとかの理由があると色々難しいと思うよー?」
と、おっとり系の皮を被ったパパラッチ実穂は中々鋭い所を突いてくる。
「でもさでもさ、そーいうのって切っ掛けさえあれば一気に行っちゃいそうじゃない? 例えばさ――『え? どうしてここに……』」
「マテ」
朔耶は藍香の裏声妄想シミュレートに全力で待ったを掛けるのだった。
「恋愛話と言えば、朔耶ちゃんさー西崎君、最近何か言ってきた?」
「ほぇ? 別にあれから何もないけど、何かあるの?」
朔耶が学校の屋上で西崎に告白されたのは三週間ほど前の事である。少々のトラブルはあったものの、朔耶がコンマ何秒でゴメンナサイして終わった話だ。
「う~ん……最近どうもFCの子達に不穏な動きがねー」
「え、なにソレ?なにソレ? 陰謀? ファンクラブの陰謀ってやつ? 朔ちゃん狙われるヒロイン役ってこ……もぐもぐ」
タコさんウィンナーを突っ込んで藍香を黙らせた実穂は、西崎君ファンクラブの中でも幹部クラスの子達が集まって何か相談している中で、朔耶の名前が度々出てくるのを聞いたと話した。
「只の陰口なんじゃないの?」
「んー、にしてはちょっと雰囲気がおかしかったらしいんよー」
気にする事は無いんじゃないかという藍香に、実穂はあまり良い予感はしないので気を付けるに越したことは無いと忠告する。
「ま~たそんな面倒事が……」
「朔耶ちゃんも大変だねー」
元はといえば大勢の前で西崎の呼び出しに応じさせる協力をした実穂にも責任があるだろうと、こめかみにグリグリ攻撃で報復した朔耶は、神社の精霊に何かあった場合の対処を相談する。
『こっちで出来そうな事は?』
シバラクノアイダ アイテノウゴキヲ フウジルクライハ ゾウサモナイ
やろうと思えば風の塊や炎の塊を飛ばす事も出来るが、流石にそれは危なくて派手すぎる為、地味な方法で身を守ろうと取り決めておく。此方にいる間の朔耶に扱える精霊術士としての能力はまだ初心者の域を出ないのだが、護身に風を纏う程度ならば問題ない。
『風の加護はまだ無理なんだよね?』
ウム ダガアンズルナ ワレガチョウセイスルユエ セイレイノカゼダケデモ ジュウブンナチカラトナル
頼もしい限りだと、朔耶は神社の精霊に宜しくお願いしておいた。
「あ、所で朔ちゃん明日どうするの?」
お弁当を食べ終わる頃、パック緑茶を啜っていた藍香が思い出したように訊ねた。
「明日は休みだっけ、特にすることもないかなぁ」
「じゃあさ、じゃあさ、久々に三人で遊びに行こうーよ」
「最近の朔耶ちゃん、週末はいつも家にいないもんねー」
「うーん、そうだね……どっか行こっか」
偶には三人で一日遊ぶのも良いと、朔耶は明日の休日を友人と遊んで過ごす約束をした。街で待ち合わせをして適当にお店を見て回ろうと簡単な計画を立てる。
その後は特に何事もなく放課後を迎え、それじゃあ明日街で会おうねと通学路で実穂&藍香と別れた朔耶は、明日何を着ていこうか等と考えながらノンビリ帰り道を歩いた。
「朔耶」
自宅近くまで来た時、近所の家の前に立つよく見知った男の子に声を掛けられ、振り返る。
「あ、拓ちゃん」
幼馴染の男の子、鳥越拓朗。昔はよく兄と弟と朔耶と彼とでつるんで遊んでいた。小さい頃から家族ぐるみの付き合いがあるので殆ど兄弟と変わらない家族のような存在であった。
最近は少し疎遠になっているが、例えば一年以上顔を合わせていなくとも、会って話せば毎日普通に話していたかの如く自然に会話を行える。そんな関係である。
「どうしたの?」
「……お前、俺に何か言う事があるんじゃないのか?」
真剣な表情でじっと目を覗き込んで来る拓朗に、んん? と小首を傾げて惚ける朔耶。
「ちょっと来い」
「え、あ、ちょっとっ」
むんずと朔耶の腕を掴んだ拓朗はそのままグイグイ自分の家へと引っ張り込む。玄関に入った所で居間にいた拓朗の母親が朔耶を見つけて声を掛けてきた。
「あらー 朔耶ちゃんー 久し振りねーー!」
「みよさん、ご無沙汰してますー って、ちょっと拓ちゃん待ってよ」
拓朗の母と落ち着いて挨拶を交わす間もなく、それを煩わしそうにしながら朔耶を二階の自室へと引っ張っていく拓朗。この家の階段は急なので腕を取られたままではバランスが取れない朔耶は拓朗に抗議した。兄直伝のやり方で。
「やだ、痛いよ拓ちゃん……お願い、放して」
「ぶっ! お、お前な!」
「んまー ダメよ拓朗ちゃんー 朔耶ちゃんには優しくしなきゃあ!」
弱々しく懇願するような媚びた声色でしゃがみ込む朔耶の姿を見て『んまー!』と声を上げて立ち上がると、パタパタとスリッパを鳴らしながら駆けて来る母親に、拓朗は『うわちゃーっ』と天を仰いだ。
「みよさぁーん、拓ちゃんたら無理矢理あたしを部屋に連れ込もうとするんですぅー」
「んまーダメよねーイケナイわよねー無理矢理なのはよくないわぁー、でも男の子ならちょっと強引なくらいがいいわよねー?」
「あーーもうっ 悪かったから! 俺が悪かったから母さんはすっこんでてくれ!」
「んまっ 酷いわ拓朗ちゃん……」
概ねこんな家族であった。
「で? あたしに聞きたいことって?」
「シゲ君とタカ君に聞いた」
「ありゃま」
夕焼けの差し込む窓を背にベッドに腰掛け、『前より片付いてスッキリしてるねー』と部屋を見渡しながら話を促した朔耶に、拓朗は朔耶の異世界旅行について聞いた事を告げると、何故自分には一言も話さなかったのかと問い質す。
「ん~、だって軽々しく言いふらせる内容じゃないっしょ?」
「だからって、俺にまで黙ってる事はないじゃないか。俺だって話を聞いてれば色々協力出来たのに……」
最後の方はごにょごにょと聞き取りにくい小声になりながらも、家族のような仲なのに内緒にされた事が気に入らないということを態度に感じさせる拓朗だった。
「ごめんね、拓ちゃん……拓ちゃんに迷惑掛けたくなかったの」
朔耶はベッドのシーツを指で弄びながら目を逸らしつつ、俯き加減でそっと引き寄せた枕を胸に抱え込む。
「迷惑だなんて……」
「っていうのは建前で、あんま知ってる人増やしたら面倒だったからってのが本音です」
「……お前は……」
胸に抱えていた枕を頭に乗せながらそんな事をのたまう朔耶に、こういう奴だったと脱力する拓朗。
異世界の事を掻い摘んで話した朔耶は、石の事などは弟に詳しく聞いて貰うとして、拓朗の家族にまでは話さないように念を押した。荒唐無稽な話だとしても、約二ヶ月に亘る失踪は事実なので、話が広まれば色々と変な探りを入れてくる輩も出て来るかもしれない。
枕で巨大リーゼントとかやりながら真剣に話す朔耶に、拓朗も分かったと頷いて理解を示した。今後は幼馴染の拓朗にも魔力石を使った道具の開発や異世界への干渉相談メンバーに加わって貰う。
「それにしても、拓ちゃんの部屋に来るのも久し振りだねー、随分大人しい雰囲気になったじゃない」
改めて"幼馴染の男の子の部屋"の中を見渡す。以前はモデルガンやらコンバットナイフやらが壁に沢山飾ってあったのだが、今は服とかカレンダーが吊ってある程度で、とてもシンプルな雰囲気になっていた。
「まあな、俺も何時までもミリオタやってるわけじゃないさ」
「ふぅ~ん、拓ちゃんも成長してるんだ?」
朔耶は悪戯っぽい笑みを向けながら、ゴロンと拓朗のベッドに横たわった。ちらりと制服のスカートの裾が上がり、健康的な太腿が露出する。拓朗は朔耶の影越しに窓から差し込むオレンジ色に染まった夕焼けの逆光に眼を細め、眩しそうに見つめながら言った。
「朔耶も可愛くなったな」
「うお、反撃来た」
ひょいっと起き上がった朔耶はスカートを直すと肩を竦めた。少しばかり疎遠になっていようと、一緒にお風呂に入っていた頃からの付き合いである。この程度の挑発でうろたえる拓朗ではなかった。さらに追撃も仕掛けてくる。
「朔耶が綺麗なのは本当だしな」
「て、照れるぜ」
ストレートに褒められれば相手が兄弟でも幼馴染でも少なからず胸に響くモノだ。朔耶は少し赤くなった顔を誤魔化すように頬を掻くと、やおら立ち上がって拓朗の前に立った。
そうして『えくぼー』などと言いながら意味も無く拓朗の両頬を指でつんっとやってから部屋を出る。意味が分からんと苦笑しながら玄関まで一緒に下りて来た拓朗は、明日にでもタカ君を訪ねると言って朔耶を見送った。
帰宅した朔耶は、とりあえず兄と弟にデコピンスペシャルを御見舞しておいた。
「俺等なんでデコピン喰らったんだ……?」
「うーむ……謎だ」
翌日――
「いってきまーす。 あ、拓ちゃんいらっしゃい タカ君なら居間にいるよ」
「おう、出かけるのか。 こんちゃーー!」
昨日の宣言通りやって来た拓朗と入れ違いに、朔耶は友人との待ち合わせ場所に急ぐべく家を出た。
「あー来た来た、朔ちゃーん!」
「二人とも、もう来てたの? 早くない?」
「わたしは今さっき来たばっかりだよー」
藍香は白地に青い花柄キャミソールワンピースにストレッチデニムのクロップドパンツ、ショートソックスとスニーカーな出で立ち。 実穂は薄いピンクのお嬢様系でバルーンハーフスリーブのエンパイヤワンピースにサンダル。レースの付いたリボンなど乗っけている。
朔耶は何となくバルティアに貰った帝都の街服、黒のフリルギャザーワンピースにニーソという組み合わせの上からダークレッドのロングカーディガンを羽織っていた。三人でワイワイとお喋りしながら街へ繰り出した朔耶達はウィンドウショッピング等を楽しんだ。
何故か工具屋で道具に魅入る朔耶に実穂と藍香が二人して苦笑したり、朔耶の服のブランドが分からないという実穂の追求を誤魔化したり。クレープを頬張りながら『これも使えるなぁ』と観光事業に美味しい手軽な食べ物の導入を閃くなど、楽しくて充実した時間が過ぎていく。
スーパーの電気売り場を歩いている時、実穂が二人の裾をちょいちょいと引っぱって店の外に出るよう促した。
「どうしたの、実穂?」
「ん~、何かつけられてるみたい」
「え」
人通りの多い出口から公園に向かって歩く最中、朔耶は神社の精霊に確認を取ってみる。
『分かる?』
ショウショウ ヒトガオオスギルナ シカシ サキホドカラツネニ コチラヲウカガウケハイヲ イクツカカンジラレタ
精霊が感知した限り、どうやら常に朔耶達の様子を窺っている気配が複数人居るらしいと分かった。三人で少し緊張した面持ちになりながら公園に入った所で、バタバタと近付いて来る複数の足音。
『迎撃準備だけしておいて』
ココロエタ
三人が寄り添うように立ち止まると、八人ほどの集団に囲まれた。といっても周囲をグルリと囲んでいるのではなく、八人が一塊になって朔耶達の前に集まっている状態だ。
「ちょ……、何よこの子達」
「あ~、西崎君のFCの子達だねー」
見た感じでは何れも一学年から二学年下の後輩達のようで、全員女の子だった。代表らしき女の子が口を開く。
「都築先輩、ちょっと顔貸してくれませんか」
「あたしに何か用?」
自然と二人を守るように半歩前に出ていた朔耶は静かにそう返す。朔耶から何か得体の知れない威圧感を感じ取った代表の女の子は一瞬言いよどむ。
「……ここじゃ話せないんで、ちょっと向こうまで来てください」
ふむ、と少し考えて見せた朔耶は『いいよ』と言って応じる事にした。
「朔ちゃん……」
「ちょっと行ってくるね」
朔耶は心配げに服の袖を抓んでくる藍香に大丈夫だよーと微笑み掛けると、ぞろぞろ公園の奥に向かって移動を始めた集団の後に付いていく。その間、実穂はボイスレコーダーとデジタルカメラで一部始終を記録し捲っていた。
その瞳には朔耶の身に何かあれば只では済まさないぞという光が宿っている。
公園の奥にある林に囲まれた開けた場所で、朔耶は彼女達と向かい合う。
「それで?」
「都築先輩、西崎君のことどう思ってますか」
朔耶の問いに、先程の代表の子が質問した。やはり西崎の事かと、朔耶は内心溜め息を吐きつつも思っているままを答える。
「別にどうだとも? ちょっとおませな後輩の子、かな?」
その返答に女の子達はヒソヒソと何事かを相談しあい、やがて結論が出たのか全員が顔を上げて誰が中心ともなく自分達の想いと決断を朔耶に告げた。
「西崎君と付き合ってあげてください!」
「お願いします!」
「彼、本気なんです!」
「…………はぃ?」
彼女達曰く、朔耶に告白した日から西崎は授業中もずっと上の空でボンヤリしていて、偶に切なげな瞳で一点を見つめていると思えば、視線の先には朔耶の姿。学校に居る間は朔耶の姿を目で追っているか、教室でボンヤリしているかという状態らしい。
「恋煩いってやつ?」
ファンクラブとしては何とか元の爽やか青年に戻って欲しくて色々と動いてはみたものの、西崎は彼女等の催しや誘いに殆ど興味を示さず、このまま今の姿を見ているのは忍びない。いっそ好きな人と付き合う事ができれば元の爽やか青年に戻るのではないか。そんな結論に至ったという。
「だから……これは、あたし達の最後の手段なんです」
「付き合う振りダケでいいんです」
「いや、あのねぇ……」
朔耶は困ったように頭を掻きながらそんな無慈悲な要求には応えられないと拒否すると、彼女達にもっと積極的に自分の為に動きなさいと助言する。
「そんなに彼の事を振り向かせたいならもっと女を磨いて自分の心でアタックしなさい。只のミーハーなら新しいアイドルでも見つけなさい。他人の人生に夢見るより自分の人生を優先なさい!」
がーっと捲くし立てて立ち去ろうとする朔耶に女の子達は回り込んで通せんぼすると、先程までの切実さや悲壮感を消し去って不穏な事を口にし始めた。
「卒業するまででいいんですよ、先輩も無事に卒業したいでしょう?」
「来年までそんなに長く無いんだし、ちょっとの間恋人のふりするだけじゃないですか」
「あたし等、知り合いにちょっとヤバイ男の子達もいるんですよ」
その瞬間、朔耶の手が不用意な事を口走った女の子の首に伸びた。
「もういっぺん言ってごらん?」
「!っ」
それは死の記憶とでもいおうか、朔耶が身に纏っている黒い服は帝国の城の地下で第十三代皇帝エイディアスを葬った時に着ていた服であり、その時に浴びた血は洗い流したとはいえ、力と生に執着した命の残り香は魔力の原液レベルで深く染み付いているのだ。
こちらの世界で精霊を使役する朔耶は主を守ろうとする精霊の力によって、こちらでは馴染みの薄い魔力に包まれている。
朔耶の怒りによる行為に、迎撃準備をしていた精霊が集中する魔力を咄嗟に開放した結果、服に染み付いたソレが魔力に乗って周囲に溢れ出す。朔耶によって滅ぼされた命の断末魔が、死の気配となって彼女達を包み込んだ。
精霊によって一時的に動きを封じられていた為、本能で逃げ出す事も出来ず顔色を失ってただ硬直する。朔耶に首を掴まれている子は恐怖で失神寸前だった。
「あれ? ちょっとあんた達、大丈夫?」
様子がおかしい事に気付いた朔耶はとりあえず怒りを治めて彼女達を案ずる。
「ひぅ……ご、ごめ……ごめんなさい」
「脅したのは ほんきじゃなかったんです……」
「ゆ、ゆるしてくださいー……ほんとは……男の知り合いなんていませんー」
とうとう全員泣き出してしまった。朔耶は別の意味で頭を抱えたくなるのだった。
「あーあーあー……」
「朔耶ちゃん、何したの?」
「あたしは無実よ……」
結局、この後は公園のベンチで後輩の女の子達を宥めながら、西崎の事でも自分の気持ちとしっかり向き合うよう、藍香や実穂も交えて懇々と説教半分に話をして帰らせた。 朔耶達が三人で公園を出る頃にはすっかり夕方になってしまっていた。
「今日はこれで解散かな~」
「そうだねー、ちょっとトラブルもあったけど面白かったねー」
「ちょっと所じゃないんだけどなぁ」
駅までの道程、最後にトラブルもあったが久し振りに三人で遊べた事を喜びあった朔耶達は――
「また三人で遊ぼうね」
手を振り合いながら約束をすると、其々帰宅の途に付くのだった。
+注意+
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