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戦女神編
55話:サクヤ式機械船




 夕方頃になって朔耶が一度造船所に戻ると、丁度ドマックが対戦に使う船を作業場前に付けている所だった。ティルファの水軍が訓練などに使う船で、これからオールを取り外して朔耶の持ってきた船外機を装着できるよう船尾を少し弄るのだそうだ。

「結構おっきい船だね」
「軍用の訓練艇だからのう、衛士共が八人でこいつを走らせると……そこい等の帆走船より速いぞぃ?」

 ニヤリと笑みを向けながら作業員達と船を台車に乗せて作業場に引っぱり上げるドマックに、朔耶は挑戦的な笑みを返して目を丸くさせた。改修作業が進められる間、朔耶は皆の晩御飯を作ると言って厨房を借りると、持ってきたカレーのルーでカレーを作り始める。

 明日の対戦後は発注する船を造って貰う事になるのだ、宿泊に部屋も借りる事になるので相応のお礼をという朔耶なりの気配りだったのだが、ドマックの挑発に随分ご立腹であったように見えた"サクヤ殿"に一体何を食わされるやらと、作業員達は内心恐々としていた。


「うめぇーー!」
「ヤバイ、何杯でもいける!」
「お前らまだ作業は残ってんだ、程々にしておけよ」
「親方も五杯目じゃないすか」

 どこぞの精鋭傭兵団と同じ様な反応が見られた。




 夜――改修作業と船外機装着用台座の取り付け作業、そして船外機の装着作業が終わり、朔耶は台車上の船に上がって最終チェックを行っていた。 低速で船外機のスクリューを回し、異常音が無いか確かめる。キュルルルル――という独特の音が作業場に響いた。

「ふむ……変わった形の風車じゃな、水中専用というやつか」
「風車じゃないんだけど、まあそんなトコ」

 チェックを終えてひょいっと船から飛び降りた朔耶を思わず受け止めるドマック。朔耶はキョトンとした表情を浮かべていたが、やおらにっこり笑うと礼を言った。ドマックはやれやれと溜め息を吐きながら朔耶を降ろすと『とんだ御転婆娘じゃ』とぶちぶちこぼす。

「しかし、お前さんの噂は聞いておるが、なんでまた機械船に拘るんじゃ?」
「ん~別に拘ってるというか、客引きが出来て運営効率が良くてって考えたらこうなったのよ」

 もうすっかり砕けた口調で話している朔耶。ドマックの人となりが分かったので昼間の立腹も夕食のカレーの食いっぷりを見ていて気が治まった。朔耶が考える釣り船の運用は帆船や漕ぎ手のいる船では難しく、効率が悪い事を説明する。

「船長と料理人と補佐、この三人だけでお客さんの相手をしながら船も動かすし調理もするってやり方だからね」
「ふーむ、サクヤ式の考案者は事業のやり方もサクヤ式という事か」

 朔耶の提唱する効率運用に懐疑的ながらも、それなりに斬新な発想であると感じ取れるドマックは髭を弄りながら唸るのだった。





 ティルファ中央研究塔の一階部分は半円形の大ホールで、少し地下に掘り下げた擂り鉢状の窪みに客席がならび、その中央に研究発表や式典に使われるステージがある。半円形大ホールの反対側には厨房や使用人達の寝泊りする施設がごっそり入っている。

 そのステージ裏の厨房につまみ食いをしに来たブラハミルトは、夕食を貰いに来た警備の衛士達が声を潜めて興奮気味に話している噂話に耳を傾けた。『サクヤ式の考案者がティルファに来ている』『新しい機械船推進器のお披露目がある』そんな内容だった。

「君達」
「っ! ハッ 何でありましょうかっ ブラハミルト所長!」

 こんな下っ端の集まる場所に現れたティルファの最高指導者に、驚いた衛士達は慌てて立ち上がると敬礼で硬直する。

「今話していた内容は本当か? サクヤ殿が来ていると」
「ハッ! 本当でありますっ」

「……何故、私の所に報告が来ない?」
「さ、サクヤ殿本人からっ 来訪は内密にしておいて欲しいとの要請がありました!」

 ブラハミルトは決して気難しいというタイプではないのだが、表情を変えず笑いながら怒れる人間なので内面が読み辛い。衛士達は何か不味かったかと内心冷や冷やしながら質問に答えていた。

「ふむ、個人的な所用ということか……」

 その後暫らく衛士達とのやりとりで明日のイベント内容の詳細を知ったブラハミルトは、ふんふんと何か考え込んだ後『諸君等も明日に備えておくように』と言って厨房を後にした。






 そして翌朝――


「……なんてこった」

 湖の周囲には大勢の人だかりが出来ていた。『見誤ったか』とドマックは朔耶の知名度を甘く見ていた事を悔やんだが、此処まで人が集まってしまっては後の祭り、今更中止するわけにもいかない。

 それならば『対ティルファの機械船』に内容を変更してしまおうと画策を考えるも、既に『サクヤ式機械船』対『ティルファ水軍高速艇』が知れ渡っていた。手の打ち様が無いとはこの事だ。


「うわー、何かいっぱい集まってるね~」

 そんな中、身嗜みを整え終えた朔耶が借り部屋からノンビリ起き出して来た。湖のスタート位置では既に水軍衛士を乗せた高速艇がオールを合わせて漕ぎ出し準備に入っている。ちなみに水軍高速艇には舵手を入れて九人が乗っている。

「スマン、まさかこれ程の騒ぎになるとは……」
「ん? 別にいいんじゃない?」

 申し訳無さそうにしているドマックに対し、朔耶はまるで気にしていない風に答えた。実際本人は何も問題に思っていない。
 ドマックがこの事態に憂慮しているのは、これがフレグンスの高官に恥を掻かせることに繋がり、その事でフレグンスとティルファの外交問題になったりはしないかという点にあった。また、朔耶の"サクヤ式ブランド"に傷を付ける事にもなるかもしれない。

 破竹の勢いで各国に浸透し、研究者達の心を鷲掴みにしているサクヤ式だが、その流れに反撥する勢力も少なからず存在する。
 希少性の高さと考案者の情報が極端に少ない事から、サクヤ式のオリジナルには魔術が使われるインチキだと主張し、糾弾を訴えるような集団もいるのだ。今回の無茶な対戦はそういう輩にサクヤ式を貶める材料を与えて活気付かせる切っ掛けになりかねない。

 そんなドマックの葛藤を余所に、朔耶は早速船に乗り込むと船外機のチェックをしながら湖に降ろすよう作業員達に指示を出した。

「こら、指示は儂に仰げ」

 もうこうなったら後で上手くフォローを入れ捲るしかないと腹を決めたドマックは、作業員達に指示を出して台車を滑らせ朔耶の乗る船をゆっくり湖に降ろしていった。少なくともティルファの(ちまた)に溢れる有象無象の機械船よりは高性能な筈なのだ。

 そこへ朔耶艇に同乗する水軍衛士七人もやって来る。ドマックが今まで見てきた機械船は大掛かりなモノでも四人乗せて動けば良い方だった。大体四人乗りの船でも仕掛けが場所をとって二人乗りになってしまうような場合が多い。

『八人乗った機械船が動けばそれだけでも快挙じゃろうて、"サクヤ式機械船研究の基礎"とでも言えばなんとかなるじゃろ』

 無事湖に降りた水軍高速艇改サクヤ式機械船に乗り込む水軍衛士達。彼等も普段ならば発明研究家の玩具である機械船に同乗するような事はなかったのだが、相手は噂に名高いサクヤ式の考案者であり、フレグンスの戦女神と謳われる"サクヤ"である。

 このイベントに参加出来て、朔耶の操る船に乗ったというだけでも周囲に自慢出来るというものだ。彼等から好意的な様子を見て取ったドマックはホッと一息付く。
 
 しかし、その屈強な水軍衛士が七人も乗ったサクヤ式機械船に装着されている小さな推進器は、余りにも頼りなげに見えた。




「おお、出て来たぞ!」
「一番後ろに乗っているのが噂のサクヤ嬢か……本当に子供みたいに見えるな」
「あれって元は水軍の高速艇だよな、衛士が七人も乗ってるけど動けるのかなぁ?」
「いや、よく見ろよっ 動いてるじゃないか! パドルも使ってないし、水中専用の風車を使っていると聞いたが凄い推力だな」

 湖の畔に集まった人々は水軍高速艇の待つスタート位置に移動するサクヤ式機械船に注目し、口々に船尾に付けられているサクヤ式推進器の性能について議論を交わす。彼等は皆サクヤ式の研究者であったり、機械船の将来性を謳っている人達である。

 実のところ、ドマックの憂慮は杞憂であった。彼等自身、機械船の可能性を信じてやまない人々ではあるが、それはもっと研究と技術の進んだずっと先の事であると認識しており、"対戦"の結果などには興味がなかった。
 
 現時点で機械船が帆走船や手漕ぎ船、ましてや水軍衛士が漕ぐ高速艇と競えるなどとは誰も思っていなかったのだ。態々対戦のような形をとって水軍を出したのは、高名なサクヤ式の考案者でありフレグンスの高官でもある客人を迎える敬意、礼儀的演出と捉えていた。




「これよりー! "ティルファ水軍高速艇"と"サクヤ式機械船" のー! 対戦を行いまーす!」

 スタート地点の小船に乗った旗を持つ審判が声を張り上げ、集まった見物人達が沸く。ルールはこの場所からスタートして湖の中心に建つ中央研究塔を回って折り返し、この場所まで戻って来ること。

「両艇、問題ありませんねーー? それではーー! スターートーー!」

 審判の合図と共に旗が振られ、二艘の船が走り出す。水軍高速艇に乗る衛士達は息のあった見事なオール捌きで船を加速させて飛び出していく。一方朔耶はじっくりスロットルレバーを押し込んで徐々に速度を上げていった。

 流石にこの大きさの船に朔耶を含めて八人を乗せた状態では重くて、工房の人達と試運転をした時のようには行かない。水軍高速艇はスタートダッシュの力漕から速度に乗り、綺麗に動きの揃ったオールが絶え間なく湖面を漕いでぐんぐん進んでいく。

 この時点で三艇から四艇身分程の差が出来ていた。しかし見物人やサクヤ艇に乗る衛士達は、サクヤ式機械船の性能に感心していた。既に通常の手漕ぎ船並の速度で走っているのだ。この人数を乗せてこれだけの速度が出せるなら十分『使える船』である。

 大きく先行する水軍高速艇の衛士達も、水押しで波を切りながら進むサクヤ式機械船に関心を示していた。小型艇で狭い水路を行く場合などは中々有効なのではないかとオールを漕ぐ手は休めず意見を出し合う。

 この時はまだ、水軍高速艇の衛士達にも、サクヤ艇に乗る衛士達にも、湖畔に集まった見物人達にも余裕があった。


「オッケー、スピードに乗ってきた……そろそろ勝負を掛けるわよ」

 朔耶のその言葉に、サクヤ艇に乗る衛士達は一様にキョトンとした表情を見せた。水軍高速艇は既に八艇身分近く先を巡航速度で進んでいて、そろそろ折り返し地点の中央研究塔に差しかかろうとしている。

 もしやフレグンスの流のジョークかと思い、何かリアクションを返さねばと慌てる者もいる中、朔耶は船外機の出力を40%から60%まで上げた。船外機の駆動音が高まり、サクヤ艇が加速していく。更に70%まで上げて水軍高速艇を追い上げる。


「お、おい……何か追いついて来てないか?」
「んん? ちょっと手を抜きすぎたか、おーい皆ちゃんと巡航速度を維持しろ」
「いや、何時ものペースの筈だぞ?」
「おいちょっと待て、変だぞ! 向こうの船の接近が速過ぎるっ」

 船外機独特の駆動音と共にどんどん近付いてくるサクヤ艇に、水軍高速艇の衛士達は慌ててオールを漕ぐピッチを早めた。しかし、サクヤ艇は追い上げて来た勢いのまま水軍高速船と並び、そのまま追い抜いていった。

 水軍高速艇に乗る衛士達は唖然とした表情で、同じ表情を向けているサクヤ艇に乗る衛士達と向かい合い、やがて離れていく。

 湖畔の見物人達はどんどん加速しながら水軍高速艇に迫り、遂には抜き去ってしまったサクヤ艇を見て興奮気味に声援を送った。機械船が巡航速度で走っているとはいえ水軍衛士が操る高速艇を追い抜くなど、正に奇跡と言えるような光景を目にしたのだ。


「お、親方っ 抜いちまいましたよ! 水軍の高速艇をっ 追い抜いちまいましたよ!」
「スゲェ!」

「ああ……たまげたな」

 興奮する作業員達を余所に、サクヤ艇の様子を見守るドマックは静かに呟いた。そうして十数年前、戦乱の中で見た時代が変わる瞬間を思い出していた。それまでの常識が覆され、新しい概念や存在が古い概念を駆逐していく。

 剣と槍、弓と盾、騎馬による突撃が戦場の勝敗を左右していた前時代、攻撃魔術は強力だが術士の都合上あくまでも補助的な飛び道具という位置付けにあった。広範囲に影響を及ぼす大魔術も、使い勝手の悪さから攻城戦や工兵の補佐に使われるのが常識だった。
 "フレグンスの歩く要塞"アルサレナが、新戦術を持って戦場に登場するまでは。

「また……時代が変わる瞬間を、見る事になるとはのぅ」


 先に折り返し地点に入った朔耶は出力を若干落としながらゆっくり船を回頭させた。かなりの大回りになってしまうが、そもそも朔耶の操船技術など無いに等しい。『動かし方が分かるから何とかなる』のレベルなのだ。

「んー、もうちょっと切り込んでも大丈夫なのかなー」

 我に返った水軍高速艇の衛士達はスタートダッシュの時のような勢いで漕ぎ始め、中央研究塔周りを大きく回頭するサクヤ艇を尻目に、訓練で培った操舵技術で最短距離を旋回していく。

 ようやくサクヤ艇が中央研究塔周りを半周して折り返した時、水軍高速艇と再び横並びになっていた。


「漕げ! ここからゴールまで全力漕行だ!」 
「相手は普通の機械船じゃないぞ! オールを合わせろ! 呼吸を揃えろ! 水軍衛士の力を見せてやれ!」

 幾ら名高いサクヤ式が相手とはいえ、機械船に負けたとあってはティルファ水軍衛士の名が廃るとばかりに本気の全力漕行を見せる水軍高速艇。左右に四本ずつ伸びるオールが一分の無駄な動きもなく弧を描いて翻り、滑らかな推進力を得て高速艇を走らせる。

 だがサクヤ艇の滑らかさはそれ以上だった。船外機が装着された船尾から泡立つような白い波を押し出し、湖面を滑るように疾走する。乗っている衛士達は只々大人しく座ったまま、必死でオールを漕ぐ同僚達を複雑な想いで見つめる。

 そうして、徐々にではあるが水軍高速艇がじりじり前に出始めた。湖畔の見物人達は水軍衛士を本気にさせたサクヤ艇にやんやの喝采を送っている。中央研究塔から対戦の様子を眺めていた衛士や研究者の魔術士達は、やはり本気になった水軍は強いと頷いていた。

 サクヤ艇に乗る衛士達は同僚達が走らせる高速艇がじりじり先行していく様子に、内心安堵しながら朔耶の様子を覗き見た。水軍高速艇相手にここまでやれたのだ、満足気に誇っているだろうか、やはり追い付けない事を悔しく想っているだろうか、と。

 朔耶は満足気に誇るようでもなく、追い付けない事に悔しがるようでもなく、少し機嫌の良さを感じさせる落ち着いた雰囲気の表情でゴール地点を眺めていた。そして、注目する衛士達に悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「ぎりぎり勝てると思ってる所で突き放されたら力抜けるよね」
「え?」

 困惑する衛士達を前に、朔耶は出力80%で回している船外機のスロットルレバーを握り直すと――

「出力全開!」

 高らかに宣言して残り20%を開放した。 


「よーしいいぞ! この調子でゴールまでに引き離し…………」

 仲間を励まし、鼓舞しようと声を張り上げていた衛士は、ありえない速度で自分達の高速艇を抜き去っていくサクヤ式機械船に言葉を失う。見物人で賑わう湖畔では、それまで興奮した人々から上がっていた歓声が次第にざわめきに変わり、やがて静まり返っていく。

 まるで嵐の暴風を受けて暴走する帆走船の如く速度で、舳先を軽く持ち上げながら湖面を駆けるサクヤ艇。後方には鍛え上げられた腕や顔を真っ赤にしながら必死の力漕をするも、どんどん引き離されていく水軍高速艇。動揺した為かオールの動きに乱れが生じ、それがまた両艇の差を広げていく。

 元々色々な設備を備えた八人乗りクルーザーのような船を動かす為に造った推進器である。同じ八人乗りでも元が高速艇ともなれば出せる速度もかなりのモノになる。

 サクヤ艇に乗る水軍衛士達は今まで体験した事の無い速度で駆ける機械船の舷に必死に捉まりながら、どんどんおいて行かれる水軍高速艇を呆然と見つめていた。 そしてゴール。水軍高速艇とは八艇身程の差が付いていた。 

「さ、サクヤ艇の勝利ーー! サクヤ式機械船が勝利しましたーー! うひゃあっ」

 ゴール地点にいた審判の小船はサクヤ艇が通過した余波で転覆しそうになった。



 静まり返っていた湖畔の見物人達は、朔耶が全開航行を見せた時、『アレは自分達の考えている機械船とは違うモノだ』と認識した。その為、興奮が一気に冷めてその『違うモノ』の観察モードに入ったのだ。

 サクヤ艇は桟橋に近付いた所で推進器を逆回転させて急制動、衛士達が一斉に前のめりになる。『だから言ったのに~』と苦笑している朔耶は船をその場で小さく旋回させると、後ろ向きに微速前進で桟橋に付けた。

 あまりに突き抜けた性能に絶句していた見物人達は、『観察モード』から『知りたいモード』に入った。知的好奇心と発明家魂が毛穴から噴出しかねない程に感情が高まり、我先に朔耶の元へと駆け出した。

「うわあ押すな!」
「いてててて、引っぱるなっ 引っぱるなって!」
「ぎゃーー落ちる落ちる」

 しかし湖畔に立っていた大勢の人間が一箇所を目指して同時に動き出せば色々と混乱も起きる訳で、押し合い圧し合いになりながら湖に落ちる者や服の紐や帯が絡まってぐちゃぐちゃになりながら互いを引き摺るように絡まりつつ前進するなど、大騒ぎになった。

 まるで群集がスライムのように蠢きながら押し寄せて来る(さま)に、思わず『ひぇっ』と後退る朔耶。しかし直ぐに出動してきた警備の衛士達が群集を組み分けて騒ぎの収拾に動き、朔耶の安全を図った。ブラハミルトが予め配置しておいた衛士達である。




「どうだった?」
「ぶったまげたわい」

 船外機と台座の取り外しに作業場へと運び込む為、作業員を連れて船を引き上げに来たドマックは、朔耶の問いにそう答えた。むふふーと笑った朔耶は船の引き上げ作業を見守りながら、ドマックに造って貰う釣り船について話そうとしたが――

「その前に、連中になんぞ答えてやれ」
「え?」

 ドマックが指した方向には、衛士達に抑えられて切なそうな表情で此方の様子を窺っている大勢の発明研究家の人々。

「な、なんか餌を前にしたワンコ達みたいな……」

 少し引き気味になりながらも、朔耶は彼等に向かって手を振ってみた。

「うおおおーーサクヤ殿ーーーー是非あの推進器の仕組みをーー!」
「やはり魔力石の加工が鍵なのですか! そこだけでもっ 出来れば加工法のヒントを!」
「推進力の秘密を欠片だけでも! お願いしますーー!」
「宜しければ是非私を弟子に!」

 物凄い反応に驚く朔耶。此方の世界では信望的な扱いを受けた事は何度かあったものの、大抵の場合は畏怖される事が多く、特にここ最近はそういう傾向が強かった為、ここまで熱狂的なのは初めての事だけに朔耶はどう接すればいいのかと途惑った。

『な、なんかお兄ちゃんみたいな人が居るけど……』
マア ナントカハ カミヒトエト イウシナ

 そういえば―― と、朔耶はカースティアで精霊の力を使った時の事を思い出す。イーリス達でさえ最初は怯えの態度を見せていたにも拘らず、ティルファ魔術団の面々は早い段階から朔耶の力に興味津々だった。

 少し考えた朔耶は、とりあえず簡単な質問には幾つか答えて場を収める事に努めた。推進器の構造は教えられない事、弟子は取らない事、魔力石の加工は自分のランプを参考にして貰う事などを話す。軽く売り込みが入っている。

 ティルファで見た機械船の中では風車を推力に使っている船が一番正解に近いと言われて、その研究で進めていた者がぱぁああっと顔を綻ばせたり、回転速度と回転力、力を得るには歯車を沢山噛み合わせる方法がある事などを説明されて熱心にメモをとる者。

 水の抵抗を考えた造りになっているスクリューを地面に描いて見せると、その形状を覚えて早速スクリュー製作に自分の工房へ駆け込む発明家達。サクヤ式推進器を売りに出す予定は無いと聞くと、皆一様に残念だと肩を落としていた。

 そうこうしている内に船の引上げ作業も終わったので、朔耶はドマックの造船所に向かった。集まっていた研究者達も、いい話が聞けたと満足して自分の研究室や工房へと引き上げて行くのだった。




「はぁ~~ヤレヤレ」
「戻ったか、ご苦労じゃったな」

 わっはっはっと笑いながら朔耶を休憩室に誘ったドマックは、労いにお茶を出してくれた。

「さて、それじゃあ約束じゃ。 納期は何時までがいい?」
「う~ん、普通どのくらい掛かるモノなの?」
「ふむ……一度造った船なら早いが、コイツは特別製じゃからなぁ。最初は少し掛かるととして――」

 約一ヶ月近くは掛かるという。朔耶は造りがしっかりしていれば中古船をベースにしても構わないので出来るだけ早く仕上げて欲しいという要望で発注した。

「しかし、本当に新造でなくていいのか? お前さんにとって記念すべき船じゃろうに」
「カースティアの為の事業活動だもん、見栄より実よ。 船大工の腕が確かなら問題ないっしょ?」
「わっはっは、中々言いよるのう」

 ティルファで手頃な機械船が製造されれば、それも観光事業に導入するつもりだと話す朔耶に、ドマックは『確かにこりゃあ新しい概念だな』と納得したように呟いた。小首を傾げる朔耶に、『こっちの話だ』と言ってドマックは静かに笑った。

「あ、そうだ これ、遅れたけどお土産」

 お茶を飲んで寛いでいた朔耶は、思い出したように取り出したライターをドマックに渡す。フレグンスでは信頼の証の仮証として知られるサクヤ印の魔力石ライターである。ティルファの船大工で且つルィバンス伯の友人なら、あげても問題ないだろうと判断した。

「ほう! これが噂のライターか、こりゃええもん貰うたわい」

 割と気に入った様子で、点けたり消したりしながらホウホウ唸るドマックだった。



 船外機装着用台座と船外機はフレグンスで朔耶の工房に保管しておく為、取り外し作業が終わり次第、竜籠まで運んで貰う事になっている。朔耶はそれまでする事が無いので竜達の様子でも見に行こうと厩舎に向かって歩き出した。


「カースティアにポンプを持って行くのは今日は無理かな~、来週ポンプを設置して、後は船の備品造りかな」

 今後の予定を思い浮かべながら、朔耶はレティレスティアとイーリスの『愛の屋形船作戦(今命名)』の計画も同時に練り始める。


「やっぱ普段から地道にそういう雰囲気に持って行かなきゃだよね……」

 協力者の必要性を感じ、使えそうなシチュエーションをシミュレートする。


 『イーリス、何故ここに?』
 『姫が、逢引をしているという噂を耳にしまして……』
 『まあ! 酷いわっ 私の事をそんな風に思っていましたのね!』
 『いえ、私は姫を信じております。ですが、どうやら逢引は事実のようです』
 『それは? どういう、ことですの?』
 『……こういう、ことです』
 『あっ イーリス……こんな所で、そんな』


「ん~~こんな感じか……」

サクヤヨ
『ん? どうしたの?』
ヒジョウニ イイニクイコトダガ……
『え……? な、なに?』

アニドノニ ニタクウキヲ ハランデオルゾ




 この日の午後、ティルファの厩舎前で竜達と戯れながら黄昏ている朔耶の姿が見られたとか。







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