「出来たぞー」
「うむうむ、いい出来」
ご馳走をタッパーに詰めて帰ってきた朔耶はさっそく家族に振舞い、丁度夕飯時だったので大いに好評だった。家族が夕飯を食べている間にシャワーを浴び終えた朔耶は、食事の済んだ兄に写真の加工を依頼した。ロケットは向こうの物を使うつもりでいた。
小さい写真立てに飾れそうなモノからプリクラサイズまで数枚を用意して保護フィルターで密封する。
「ルティにあげた写真は普通のポラロイド写真だから、今度またしっかり加工したのをあげないとね」
「うおおおおルティ姫さいこおおおおおおお! ツンデレイイ!!」
ベッドでごろごろ転がっている兄に『ルティは好きな人いるよー?』と諭してみるも――
「身分違いの片想い萌え〜〜〜〜〜〜」
こんな調子であんまり効果は無かったが、朔耶はこれはこれでヤバイ方向から戻って来たのでいいかなと納得しておいた。
夜半過ぎ、朔耶が冷蔵庫から飲み物を取り出している所に弟がやって来た。
「朔姉、明日はあっち行くのか?」
「うーん、明日はゆっくり休もうかな〜って思ってるんだけど」
明日は祝日で学校は休みだったので今日も向こうの世界に泊まってくる事も出来たのだが、ここ最近の朔耶は休日になると常に向こうの世界を飛び回っていたので、偶には此方の世界でノンビリ過ごしたいと考えていた。
「そっか、じゃあ丁度いいから魔力石モーターのタンク付けるの手伝ってくれよ」
「いや、ノンビリしたいんだってば」
「父ちゃんの工場で直接加工するからさ、朝7:00玄関集合な」
「おーーい、タカく〜〜ん ……もう〜しょうがないなぁ」
弟に予定を捩じ込まれて休日に早起きする羽目になった朔耶は早めにベッドに潜り込んだ。
『あれ、久々に夢旅行?』
朔耶は夢の中でオルドリア大陸の空にいた。遠くに街明かりが見える。整然と並んだ街灯が見える事から、王都フレグンスである事がすぐに分かった。街以外の場所では地上は真っ暗だ。
『この時間だとレイスとフレイの所はダメとして……、そうだ!ティルファの下見に行こう』
ティルファの正確な位置は分からないので、以前、和平会談でティルファの代表団にいた人物を思い浮かべた。ティルファ中央研究塔所長、ブラハミルト・オードリン。
見た目も若い触媒型魔術士で気難しい印象があるものの、実はそうでもなく割りと気さくに話す。少し皮肉屋っぽい眼で対象を観察するが、それで思った事を口に出す事はあまりない。
『あ、やっぱ寝てたか…… 髪長いなぁ、バルと同じ銀髪なんだよねぇ』
寝室らしき部屋の中に跳んだ朔耶はそのまま上昇して天井をすり抜け、建物を見下ろせる位置まで高度を上げる。最初城かと思われたその建物は、七つの塔が集まって水上に建つ大きな塔群だった。
湖の真ん中に『でん』と建っている中央の大きい五階建ての塔の回りに、六つの三階建ての塔がくっついている感じだ。湖の畔からこの建物までの橋は無く、周りに何艘かの船が横付けされている。
『湖の周辺に街があるわけね〜…… 森の中にもちらほら見えてるなぁ』
暫らく辺りを飛び回っていると、森を抜けた開けた場所に少し大きな街並みが見えた。森に囲まれた湖の周囲にあった建物は実は研究所や工房群で、朔耶が最初に飛び込んだ建物は中央研究塔と呼ばれるティルファの中枢施設だ。
ティルファに在籍する多くの研究者が詰める宿舎も兼ねた塔で、政治的な会議や決定も行われる。小さな実験などは塔内に細かく分けられた個室の研究室で行われているが、個室に入りきらないような大きなモノを扱う場合、湖の畔に並び立つ研究所や工房を使う仕組みである。
『街灯っぽいモノもちらほら見えるね、流石は発明国』
近頃発展著しいフレグンスから有用性のある"街灯"も早速取り入れている。街の至る所に設置された水車や風車が回り、遠くから見ると森に囲まれた静かな街に見えるが、近付くとなんだか変人発明家のラボのようなむさ苦しさがあった。
『うわあ…… なんというか、イメージ違うような』
よく分からない仕掛けの機械がギッチョンギッチョンと動き、蒸気を噴出しているモノやこれでもかという程の量のロープが張り巡らされた滑車で複雑な動きをしている大型機械。
『知の都』と称されるティルファには知的で静かな街のイメージがあっただけに、この混沌とした光景にはギャップを感じざるを得ない朔耶だった。
『なんとなく、魔力石モーターの開発も切っ掛けさえあれば出来ちゃいそうな感じだなぁ』
蒸気機関に似た機械がガショガショ動いているのを見て、朔耶はティルファの街にそんな印象を持った。
翌日――
「それじゃ行こうか」
早起きして朝食を済ませた朔耶は、既に準備を済ませている弟の自転車の荷台に乗った。自転車がゆっくりと走り出す。
「モーター、今日中に出来そう?」
「うん、後はタンク取り付けて回す実験だけだからな」
「あんまり大型化すると困るよ?」
「大丈夫だって」
朝の澄んだ冷たい空気の中、朔耶は弟の背中をカイロ代わりに雑談しながら父の町工場に向かった。
「ズレないようにしっかり固定してね」
「そっち抑えといてくれ」
工場の隅っこで姉弟は作業を進めていた。向こうの世界で作る船外機に組み込む動力だが、故障などした場合は向こうでの修理は難しい為、なるべくしっかりした丈夫な造りにしておきたい。
「でもこれ、構造が分かれば向こうの人でも作れるかもしんない」
「回すだけならそう難しくないよ、でも制御は簡単にはいかないと思うぞ?」
確かにね、と朔耶は昨夜の夢旅行で見たティルファの機械群を思い出す。おそらく最初はかなり大型化しそうな感じだった。大きくなればそれだけ回転させる為に必要な力も増えるわけで、その分反発力ユニットの数を増やせば魔力石の消費も多くなる。
「ユニットの力と数と回転板の大きさを考えたら、これ以上大きくすると使えないからな」
「そっか〜……回るだけで力に変換出来なきゃ意味無いもんね」
現状では反発力ユニットのサイズや反発力に限界があるので、最適な大きさは自ずと決まって来ると弟は説明する。朔耶はその辺りの計算は難しそうなので弟に丸投げで任せていた。『使えりゃいいのよ』である。
「……これ、キックボードとかにも使えるかな?」
「電動キックボードみたいにか? もう少し小型化すれば出来なくもないと思うけど、車輪と一体化した方がてっとり早いだろうなぁ」
「ふ〜ん、今度作れたら作ってよ」
昨夜、朔耶はティルファの下見をした後、方角的に帝国領の山脈が見えたので何と無くバルティアの事を考えて近くに跳んだ。すると、人通りの少なくなった夜の下階層を黒塗りのキックボードで疾走する後姿が見えた。
その光景を見てなんだか切ない気持ちになった朔耶は、今度帝国にでも遊びに行こうかと思ったのだ。尤も、疾走するバルティアに書類を振り翳しながら『陛下ー!サインをー!』とキックボードで追いかけているアネットを見て吹き出し、切ない気持ちは一瞬で吹っ飛んだのだが。
ブーンという駆動音で僅かな振動を立てながら軸を回転させる魔力石モーター。
「一応、これで完成だ」
「お〜〜 パチパチパチ」
昼過ぎ、冷房など入っていない工場の中が暑くなって来た頃に魔力石モーターは一応の完成を見た。弟の孝文が作ったので『タカフミ式』と言って使おうか?と問う朔耶に、『混乱を招くからサクヤ式でいい』と返す弟。
「じゃあ、持って帰るか」
「うん、お昼どうする?」
「家で食う、昨日の余りがあるだろ?」
「そっか、お兄ちゃんが全部食べてなきゃいいけど……」
朔耶は完成したモーターをリュックに入れて背負うと、弟の自転車に乗って帰宅の途に付いた。
「う〜〜ん、タカ君暑苦しい」
「なんだそれ」
朝はカイロ代わりになった弟の背中だったが、昼間の気温はまだ暖かい季節である。作業で体温の上がった弟の背中は普通に暑苦しいと不満を垂れる朔耶。弟は『朔姉は時々意味分からん』と困惑しながら家路を急ぐのだった。
家に着いて昼食を済ませた朔耶は宿題を片付けながら、この日の午後は部屋でノンビリ過ごした。
それから五日後――
「そんじゃあ、行ってきまーす」
「気ぃつけてね」
何時ものように、まだ薄暗い早朝から家の庭に出た朔耶は両親に見送られながらオルドリア大陸へと転移した。
『――向こうの世界へ―― ……今度は変なトコに出さないでよ?』
マカセテオケ
景色が切り替わり、何処かの街角に降り立つ。 よく見知った街灯が視界に入った。今回は王都の開放区に出たようだ。
『おー 今回はバッチリじゃん』
ウム マチヲネラッテ イドウスル コツヲオボエタ
王都は特にフレグンスの精霊の気配が強いので狙い易いとの事だった。
「さてと、まずはあたしの工房に寄って、それから船外機の出来でも見に行こうかな」
カースティアの騎士団本部用にポンプも発注するか購入する予定で、朔耶は朝靄の漂う開放区に踏み出した。
「おっはよー」
工房警備の衛兵に挨拶しながら工房に入る。衛兵も朔耶の唐突な現われ方に慣れたらしく、普通に敬礼を返した。暫らく工房で手土産の魔力石ライターや船の備品用ランプの基礎を作り、街が目覚め始める頃合を見計らって工房を出た。
その後、テストの済んだライフジャケットの着心地を試したり、ポンプ用の管を新たに発注したりしながら順番に工房を回って船外機を発注していた工房にやって来た。工房主は朔耶が訪ねて来るのを心待ちにしていたらしく、朔耶が入り口に現われるとすっ飛んで来た。
「お待ちしておりましたよ! さあさあ、見てくださいこの出来!」
作業台に案内された朔耶はそこに鎮座する船外機のフォルムに感嘆の声を漏らす。もっと角ばった形になるだろうと予想していたそれは見事な曲線の連続を描いており、参考図の隅に描いてあった流線型の船外機そのものを再現していた。
「わあ、凄いね…… ここまで再現出来るとは思わなかったよ」
「いやいやぁ、サクヤ様の持ってこられた参考図のデザインに魅了されましてね。この魚のような滑らかな形が中々」
船に装着する為の台座部分も出来ているので、後は動力を組み込んでテストするだけだ。朔耶はリュックから魔力石モーターを取り出すと、工房主と一緒に組み込み作業を行った。そうして試しに少し回してみる。
「ん、もう少し油を注しといたほうがいいかなぁ」
「そうですな、思ったより回転が速いようだ」
工房主は一度バラして各歯車の軸や噛み合わせ部分に油を注し直すという。朔耶はその間に城へ立ち寄る事にして一旦工房を後にした。写真を渡しに行く用事があるのだ。
城に到着するとレティレスティアはアルサレナと共に地下神殿でお祈りの最中だったので、朔耶はカイゼル王の所に出向いた。通常、王に会う為には謁見を申し込むにも手続きに時間が掛かるのだが、朔耶はこの辺り特別扱いになっている。
「写真持ってきましたよ〜」
「おおう! 出来たか!」
「ロケットは安っぽくなったらアレだったんで、其方で用意したのを使ってくださいね」
「ほほうー、こんなに小さい絵なのにこれほど鮮明に!」
この王様にカメラを渡したら一日中首から提げて激写し捲るのではないだろうかと、汗をたらりとさせる朔耶だった。その後、竜籠の使用許可を貰って竜の厩舎にやって来た朔耶は、貨物用の籠と竜を借りて開放区の工房を目指した。朔耶は籠に乗って移動する。
「自力で飛ぶのもいいけど、これも中々いいなぁ」
工房に着くと空から降りてきた二頭の竜に工房主と作業員達が驚いていたが、これで湖まで飛ぶと説明されると仕上がった船外機を持って籠に乗り込んだ。テスト用の船は湖に行けば王都所有の船が桟橋に沢山繋いであるので、適当な船を選んで使う事になっている。
朔耶と工房の職人、その弟子の作業員二人に船外機を乗せた竜籠は王都から少し離れた場所にある湖へと向かった。
王都の北東の外れにある湖。カースティアの湖に比べると五分の一程の広さだが、それでも馬で一周するのに一日は掛かりそうな程の大きさを持つ。対岸には小さな森も広がっており、此処から流れ出る川は帝国領と国境を分ける海の入り江に繋がっている。
馬車での移動なら王都から片道三時間という距離を三十分程で到着した一行は、適当な船を見つけて船外機装着用の台座を船尾に取りつけ、次いで船外機を装着した。
「想定する規模の船より随分小さいけど、最初はこんなもんかしらね」
「サクヤ様、儂等も同乗して構わんでしょうか?」
「勿論、みんな乗っていいよ。でもライフジャケットは持ってきてないから、落ちないように気をつけてね」
詰めれば六人は乗れそうな手漕ぎボートの船に四人が乗り込み、朔耶は早速船外機の推進力実験に動力のスイッチを入れた。スムーズな駆動音がしてスクリューが回転し、船が進みはじめる。
「おお…… 動いた」
「オールも帆も無いのに動く機械船はティルファで何度か見た事はありますが……」
「うむ、これほどの速度で走る機械船は初めてだな」
試運転で出力の三分の一程しか回していない状態なのだが、意外に良い速度で船は走った。オールを使ってそこそこのピッチで漕いだ時くらいの速度だろうか、旋回もバランスを崩す事無くスムーズに行える。
湖の真ん中辺りまで来た所で、朔耶はモーターの回転を上げる事にした。ワイワイとはしゃぎ気味の同乗者達に警告を発する。
「ちょっと限界速度の実験するから、しっかり捉まっててね」
「え?」
十分な速度で船が走った事に実験の成功を喜んでいた同乗者達は最初、朔耶の言葉の意味が分からなかった。ぐぐっとスロットルレバーを押し込んでモーターのピッチを上げると、俄かに高まっていく駆動音と共に、船体の前端部分が持ち上がって加速を始める。
「おわああーー速い速い!」
「ひえええ、船がっ船が引っ繰り返るー!」
悲鳴だか驚嘆だか分からないような声を上げて船にしがみ付く同乗者達。朔耶はバランスが崩れない程度に蛇行しながら岸を目指して船外機をフル回転させた。そうして岸まで十分な距離を残して一度回転を止め、逆回転で急制動を掛ける。
思わず前のめりになる同乗者を尻目に、朔耶は船外機の性能に問題が無い事を確認してにっこり微笑んだ。
船外機の出来に満足した朔耶は、王都に戻る途中、同じものを後二機発注する予定である事を告げ、その前にカースティアで使う汲み上げポンプも発注しておいた。魔力石モーターの構造について質問されたが、これはまだ内緒にしておく。
工房に帰って来た一向は、朔耶がティルファに持っていく前に一度船外機のメンテナンスを済ませておこうと再び作業台に運んで分解し、中の機構に異常が出ていないか調べ始める。その間、朔耶は竜達に餌を与える為に一旦厩舎まで連れて帰る事にした。
「お昼までにはティルファへ飛ぶつもりだから、よろしくね」
「任せてくだせえ、ポンプもきっちり作っておきますよ」
二頭の竜と一緒に空を飛んで来た朔耶を見てまた椅子から跳び上がっている世話係りのおじさんに竜達を任せると、朔耶は城の裏手から聞える訓練らしき声を聞きつけて見物しに向かった。
「あ、近衛の訓練か〜 ……って、あそこに居るのレティ?」
テラスの影から訓練の様子を窺っているレティレスティアの姿。その視線の先にはイーリスが槍を振るって部下達を扱いている。朔耶はイーリスを見つめるレティレスティアの横顔が、なんだか寂しげに見えた。
『そういえば、あの二人ってあんまりイチャイチャしてる所見たことないなぁ』
ソウホウ マジメデアルカラナ
『レティは割と積極的だと思うけどなぁ、やっぱり身分とかでイーリスが遠慮しちゃってるのかな』
イツノジダイモ イズコノセカイモ オトコノアリカタハ カワラヌナ
何やら意味深な事をいう精霊の言葉に巫女の心を感じながら、朔耶は暫らくイーリスの様子を隠れて見ているレティレスティアの様子を隠れて見ていた。
「……屋形船 ……二人っきりのロマンス」
朔耶の頭にピコーンと閃くモノがあった。あの二人をレイス達ほどまでとはいかなくとも、もっと積極的に触れ合える状況に持っていく『誰も見てないからイチャイチャしちゃえ計画』。
しかし、この計画は直ぐに実行という訳にはいかない。まずは舞台を整える下地から作らなくてはと、朔耶はカースティア観光事業の成功にふつふつとした闘志を燃やし始めるのだった。
厩舎に戻り、餌を食べ終えた竜達と連れ立って竜籠の置いてある工房へと戻って来た朔耶は、既に積み込まれていた船外機と装着用台座などをチェックして頷く。燃料用の魔力石も念の為一袋程積みこんで朔耶も籠に乗り込むと、竜達に出発の合図を出した。
見送りに手を振る工房主と作業員達に手を振り返しながら、朔耶は"知の都ティルファ"を目指して王都を飛び立った。
国境を隣り合わせるフレグンスとティルファは距離的には近い位置にあるのだが、山と森と川などの地形的な問題で馬車を使った移動ならば早くても三日は掛かってしまう道程だ。しかし地形に影響されない竜籠で空を行けば約三時間程で到着する。
高い山脈の奥に帝都を設ける帝国が列強四国の一国として君臨出来た理由に、竜籠の存在が大きな要素であった事は否めない事実である。和平会談後、その利便性がティルファにも齎されたお蔭で滞りがちだった流通も改善され、ティルファの発明研究の活性化にも貢献していた。
「えーと、街の方じゃなくて塔のある湖の近くだったよね、確か……」
朔耶はティルファの下見で見つけておいた竜の厩舎を探してその近くに着陸する。直ぐにティルファ衛士団の衛士達が集まって来たので身分証明書を見せてフレグンスの王室特別査察官である事を示す。
「か、確認しました! ようこそティルファへ、サクヤ殿」
この世界では見た目15〜6歳の子供にしか見えない朔耶。竜籠に乗ってやって来た異国風の少女を、最初は何処のお偉いさんの令嬢かという雰囲気で対応していた衛士達は、相手が"噂のサクヤ"本人である事が分かると皆一斉に緊張した顔つきになった。
「ドマック・ボルトンさんって人の造船所に行きたいんだけど」
「ハ! 我々が案内致します!」
「この荷物も一緒に運べるかな?」
「ハ! 直ぐに馬車を用意させます!」
「あー…… あたしが来た事、あんまり他の人に話さないでね?」
「ハ! そのように手配致します!」
打てば響き過ぎるような衛士達の対応に、朔耶はこの街での自分に対するイメージがカースティアで感じた畏怖とは180度違うモノだと感じた。別の意味で目立たないように行動しようと決心する。
ごとごとと馬車に揺られてやって来た湖の畔に建つ沢山の工房や造船所の一つ、少しくすんだ色の佇まいに貫禄を感じさせる大きな建物。朔耶はルィバンス伯の紹介状に書かれたドマック・ボルトンの造船所にやって来た。
「すいませーーん、ドマックさんいますかーー」
湖に向かって大きく開かれた建物の裏手から声を掛ける朔耶に、若い作業員達がキョトンとした表情を向けている。『なんでこんな所に子供が』な顔である。
「んん? 儂に何か用かね、嬢ちゃん」
修理中の船の中からノッソリと顔を出す髭もじゃの熟年男性。もさっとした茶髪の間からギラリと覗くブラウンの瞳。何となくアンバッスを彷彿とさせる容姿に、朔耶は親しみを感じた。
「初めまして、朔耶といいます。ルィバンスさんの紹介状を持って来ました、船造ってください」
紹介状を出して単刀直入に言った朔耶に、ドマックはしばしポカンとした後、豪快に笑って紹介状を受け取った。
「ルィバンスか、久しい名じゃな。フレグンスで貴族なんぞやっとると聞いたが、以前落ちぶれたという噂じゃったがなぁ」
「最近は持ち直してますよ?」
ドマックの歯に衣着せない言いっぷりに苦笑しながらフォローを入れる朔耶。扉の無い休憩室のような部屋で紹介状をふんふん読んで懐に仕舞ったドマックはどっしり椅子に構えて目尻に皺を作る。
「それで? どんな船が欲しいんじゃ? 小型艇から大型船まで何でも造ってやるぞ」
朔耶は予め描いておいた船のデザインの写しをリュックから取り出して見せた。テーブルの上に広げてそれを眺めるドマック。設計図というほど細かいモノではないが、大きさの対比として人の絵が描き込んであり、船の外観、規模、内部の大まかな構造は把握出来る。
屋根付きで色々な設備の整った八人乗りの船、朔耶の世界で言うところのクルーザーのような形をしている。ドマックが絵を指しながら質問し、朔耶がそれに答えるというやり取りが暫らく続いた。
「それで、最終的には三艘くらいで運営しようと思って」
「…………」
暫らく観光事業の説明を聞いていたドマックは顎に手を当てて髭を弄ると、難しい顔をして徐に尋ねる。
「カースティアの湖で使うと言ったな?」
「うん、釣り船にしてお客さん乗せて観光に使うの」
朔耶が答えると、ドマックはフムと顔を起こして腕組みをしながら言った。
「すまんがこの話は無かった事にしてくれ」
「ええ! なんで!?」
いきなりの交渉決裂に朔耶は思わず声を上げた。作業場にいる若い衆が何事かと覗き込んでいる。
「こいつは欠陥船だ、儂は乗り手を危険に晒すような船は造らん事にしとる」
ドマックはテーブルに広げた船の絵を見下ろしながら諭すように説明した。
「小さな池に浮かべる程度なら良いがね、カースティアの湖ともなると竿なぞ湖底に届きはせんだろう、だのにこの船には帆を張るマストもなければオールもパドルも無い。こんなんじゃあ、あのだだっ広い湖の真ん中で漂流しちまう」
「推進器なら作ってきてるんだけど……」
ドマックは首を振る。
「機械船はこの街にも昔からあるんで色々見てきたが、嬢ちゃんの求める規模の船を動かせるよう代物じゃねえ。嬢ちゃんがどんな発明家でどんな機械船用の推進器を作ったしらねぇが、そういうのは所詮好事家の道楽に過ぎん」
悪い事は言わないから帆走船か手漕ぎ船にしておいた方が良いと宥め賺すように言うドマックに、朔耶はムッとなって言葉を返した。
「確かめもしないでそういう事いうかな」
「はっはっは、嬢ちゃんとは年季が違うからな。儂はこの街に造船所を構えてから色んな船を見てきたが、機械船に玩具以上のモノなぞ一度もありゃあせんかったわい」
「ずっとそれが続くとは限らないじゃん」
「ふむ…… 引かんのう、それならこうしよう」
ドマックは朔耶が持ってきたという推進器を取り付けた船と同規模の手漕ぎ船と競争し、勝つ事が出来れば注文の船を造ろうと提案した。注文の船が八人乗りという事で、勝負に使う船も八人乗りのモノを使う。
「やってやろうじゃないの」
「わっはっはっ、気概ある嬢ちゃんじゃな。よし、それでは明日の朝にでもそこの湖でやるとしよう。今日は此処に泊まるといい」
船と対戦相手は話を付けておくと言ってドマックは作業に戻った。朔耶はむぅ〜と唸りながらその背を見送ると、馬車から荷物を降ろし始める。すかさず衛士が手伝ってくれたので礼を言って作業場の隅に運んで貰った。
対戦用の船の準備が出来るまではする事も無いので、朔耶はティルファの街を散歩する事にした。湖の周りをぶらぶら歩く。衛士が警護に付こうとしたが、必要ないからと断った。最初、『もしもの事があれば』と簡単には引き下がらない衛士だったが――
『もしもの事があって巻き込んじゃったら寝覚め悪いから…… 消し炭になりたくないでしょう?』
と、ニヤリ哂いで見つめると震え上がって『失礼しましたー!』と引き下がった。この時、精霊がノリで眼を光らせたりしている。少々罪悪感を感じた朔耶だったが、一人で静かに過ごしたい時もあるのだ。
ドマックの『いい子だから言う事聞こうな?』的な態度にムカッ腹が立っていたというのが実際の理由だったりするのだが。
湖の真ん中に建つ中央研究塔の回りには小さな船が行ったり来たりしていた。造船所が並ぶこの辺りから少し離れた場所には工房らしき建物が建ち並び、湖の畔にも沢山の桟橋が浮かんでいて、その周辺には色んな形の船が繋いであった。
近付いてよく見ると、普通の船が二割に変な船が八割といった割合で、水車を付けた比較的まともな形の機械船から何本もの管が船の脇を通っているよく分からないモノまで様々だ。
『なんだかルッテンを思い出すわ……』
ヨキハツメイノ カゲニハ シッパイモ ツキモノヨ
魚の鰭を参考にしたような形のオールを付けた船がゆっくり進んでいく。乗っている人は船の真ん中辺りに付けられたハンドルを必死にグルグル回しているが、運動量の割りに速度は出ていないようだ。
サクヤ式送風機の風車をそのまま水につけて推進力に使っている船もあり、スクリューの概念が出来ているのかと観察してみるが風車そのままでは水の抵抗もあり、回転力が足りないので大した推進力は得られていないようだ。
『うーん、これじゃあ玩具って思われても仕方ないかも』
コダワリノアル ゴジンノヨウデアッタシナ
ここに居並ぶ奇妙な船の数々はティルファで研究する発明家達のアイデアの結晶、明日の成功への布石である事には違い無いであろうモノの、船の職人さんに言わせてみれば、珍しいだけで役に立たない船など好事家の道楽でしかないのだろう。
「明日の勝負、絶対勝つ!」
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。