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戦女神編
53話:アクレイア家の晩餐




 カースティア派遣騎士団本部の宿舎で目覚めた朔耶は遠くから響く騎士達の訓練の声を聞きながら食堂脇の井戸にやってきた。

「んー、ここにもポンプを取り付けたいね」

 井戸の水を桶とロープで汲み上げて顔を洗い、食堂に入る。何人かの職員や騎士達が食事を摂りながら雑談に興じていたが、朔耶が現われたのを確認すると途端にしんと静まり返った。

『う……なんだか重い空気』
ゲニ フガイナキ モノドモヨ ノ

 朔耶はトレーを持って配給のカウンターに向かいながら、彼等から畏怖を払拭するには相応の交流を持つ必要がある事を実感した。何か良い交流イベントはないものかと軽く悩みつつ、朝食の芋っぽいスープに口をつけるのだった。




「さーてと、それじゃあ王都までひとっ飛びしましょうかね」
「おう、サクヤ 王都に行くならこいつを城まで届けてくれ」

 屋上に上がって来た朔耶が翼を出そうとしている所に、何やら書類を抱えたガリウスが階段を駆け上がってきた。

「なにそれ?」
「各種申請書とか報告書だ、主に予算のな」

 朔耶の観光事業が動き出して効果を発揮するまでに、街の住人からの声に応えるべく特に重要な案件を纏めたモノだとガリウスは言った。普通に正規のルートで申請するよりも、朔耶からの手渡しの方が通る可能性が高いと睨んでの事らしい。

「あたしのこと利用する気満々だねぇ、でもそういう事ならいいよ」
「おう、頼むぜ」

 ガリウスから託された各種申請書を持って、朔耶はカースティアから王都フレグンスへと飛び立った。






「という訳で、やって来ましたフレグンス城」
「サクヤ……城のテラスから入るのは控えてくれませんか」

 偶々開いていたテラスの窓からサロンに飛び込むと、レイスが一人でお茶を飲んでいた。どうやら休憩中だったようだ。

「いいじゃん、一々門から入るの面倒なんだもん。それよりこういう書類って誰に渡せばいいの?」

 レイスの注意を軽く流した朔耶はガリウスから預かった申請書を見せる。事情を説明するとレイスは『ほぅ』と少し感心したような策士の顔になった。レイスの中でもガリウス達に対する評価が少し修正されたようだ。

「では僕の方から提出しておきますよ」
「ん、お願いねー」

 書類の束をレイスに渡した朔耶はテラスに出て翼を広げた。それを見て肩を竦めながら苦笑するレイス。もう注意するだけ無駄だと悟ったらしい。そしてふと、思い出したように声を掛ける。

「サクヤ、宜しければ今日の夕方にでも家に来ませんか?」
「レイスの家?」
「ええ、招待の約束が随分と遅れてしまってますからね」
「そっか、うん レイスのお父さんにも挨拶しなきゃね、行けるようなら行くよ」

 レイスと晩餐の約束をした朔耶は観光事業で必要な品物を発注する為、開放区の工房に向かって飛び出した。




「えーと、次は何処だっけな」

 船の推進器はサクヤ式コンロの五徳作りでお世話になった馴染みの工房に依頼して、後日近くの湖で推力テストを行う事になった。工房主はまた新しいサクヤ式の仕掛けを任されるとあって、とても気合が入っていた。

 エレメントブレードのホルスターを発注していた革裁縫の工房では、ホルスターを受け取ったついでにライフジャケットの発注をしておいた。上手く水に浮くかどうかの実験が必要だが、水に浮くための服という発想が斬新だったらしく、こちらの工房主も随分と張り切っていた。

 新しい技術や発想は大抵ティルファが発祥の地となるのがこれまでオルドリア大陸では常識だったのが、今やフレグンスが最新の技術や発想を周辺国に先駆けて会得しているのだ。職人達のやる気も高まり、名誉欲気質なフレグンスの貴族達も惜しみなく金を出す。

 思惑と結果が上手く繋がり、長く停滞していたフレグンスは今、大きく発展する兆しを見せていた。




「ふう……後は船かぁ」

 お昼前、粗方工房を回った朔耶は貴族街の公園を散歩しながら物思いに耽っていた。王都の開放区にある造船工房では朔耶が指定する規模の船を作るのは無理らしく、発注するならティルファかキトの造船所を訪ねる必要があるそうだ。

――サクヤ……サクヤ……?――
『あれ? レティ?』
――わあ! 繋がったわっ――
『え? レティ今何処から交感してるの?』

 交感が繋がった事に喜ぶレティレスティアは城の地下神殿から意識の糸を伸ばしているのだと興奮気味の感情を乗せて伝えてきた。

『へえ~ あたしが今居る所って貴族街の公園だよ、こんな所まで届くようになったんだね~』
――はい! いっぱい練習しましたから。 あ、そうですわサクヤ お昼をご一緒しませんか?―― 
『うん、いいよー でも堅苦しいのは無しね?』
――ええ、ちゃんと個室を用意しますわ――

 交感を解いた朔耶は城に飛ぶ為に翼を出す。もうすっかり普通の移動手段として使っている。

『これって向こうでうっかり翼出す感覚でやったらどうなるんだろう?』
クロノセイレイトノ ツナガリシダイデハ ハツゲンスルカノウセイモ アルゾ

 それは余り慣れると不味いかもしれないと思いつつも便利かつ楽なのでついつい使ってしまう朔耶なのであった。尤も、例え翼が発現しても元の世界では飛ぶ事は叶わないのだが。


「とうちゃ~く」

 城壁を飛び越えて城の庭園に下りた朔耶はぎょっとしている衛兵に軽く挨拶して城内に入った。そのうち彼等にも見慣れた光景になるのだろう。

「サクヤではないか、カースティアに居たのではないのか?」
「あ、ルティ」

 三階まで上がって来た所でルティレイフィアとばったり出くわしたので、レティレスティアとの昼食に呼ばれている事を話し、一緒にどうかと誘う。

「ふむ……そうだな、それならわたしも同席しよう。それにしても、サクヤは日帰りでカースティアと往復出来るのか……」

 昼食の誘いを受けつつ、ルティレイフィアは朔耶の機動力の出鱈目っぷりに感心するやら呆れるやらな表情を見せた。




「ん~~美味い」
「それはそうだ」
「サクヤが好きな果物のデザートも用意させましたのよ」

 四階にある客間の一室を使って昼食を摂る朔耶と王女姉妹は、普段の食事の席では出来ないお喋りをしながらの和やかな雰囲気で料理に舌鼓を打っていた。
 ルティレイフィアがそろそろまた未開地に旅立つという事で、朔耶は餞別にエレメントブレードをプレゼントする。

「え! よ、良いのか? このような宝剣を……」
「そんな大層なモノじゃないよ。 でも割と中途半端に便利だと思うから、後で使い方教えるね」
「……なんだその微妙な言い回しは」

 エレメントブレードが納まるホルスターを受け取ったルティレイフィアは、しばしそれに魅入っていた。実際に武器としての威力は微妙な所なのだが、レア度で言えばルティレイフィアが愛用している最高級クラスの剣であるシュベルコーの剣でも比較にならない。

 使い方次第では非殺傷で相手を制する事も出来るし、普通の防具では受ける事も弾く事も不可能な攻撃を繰り出せる。威嚇効果も申し分ない。朔耶が簡単な説明をしている間、ルティレイフィアはなんだか目をキラキラさせていた。

 その内、カースティア観光事業の進み具合について話題が移ったので、朔耶は船の入手経路に手間取っている事を話した。

「ティルファかキトの造船所じゃないと造れないんだってさ、そうすると運ぶのにまた時間も費用も掛かっちゃうのよねぇ」
「それでしたら、竜籠を使って運ぶのはどうでしょう? 以前サクヤが鹵獲した竜籠がありますわ」

 帝国から正式に譲渡された竜籠とは別に、朔耶が分捕ったサムズの竜籠はそのままフレグンスの厩舎に入っている。本来なら叛徒によって持ち出された竜籠なので帝国に返却されるべきなのだが、朔耶に寛大で太っ腹な所を印象付けようとしたバルティアの一声でそのままフレグンスの所有になったとかならなかったとか。

 今の今まで忘れ去られていた辺り、若き皇帝陛下の思惑は上手く行っていないようだ。

「そっか、あの竜達王都にいるんだね 後で様子見にいこっと」

 そんな調子で朔耶と王女姉妹は楽しく昼食の時間を過ごした後、またカメラで少し撮影会を行い、長い旅に出るならばとルティレイフィアの為にカイゼル王やアルサレナ王妃まで巻き込んで家族の写真を撮り、それをプレゼントした。

 王の一族が写った写真を見て一番喜んでいたのはカイゼル王だった。写真の事は先日レティレスティアから実物を見せられていたので興味があったらしく、ロケットに入れて持ち歩けるように今度焼き増しして加工してくる事を朔耶が提案すると、頬擦りして頬チューをくれるほど喜び、朔耶を慌てさせた。




「いやー、あんなに喜んでもらえるとは……」
「すまぬな、父上は昔からああいう所がある」

 ルティレイフィアと話し歩きながら、朔耶は竜の様子を見に厩舎の近くにやって来た。ちなみにレティレスティアは晩餐会の招待にお断りの返事を書く作業という昼からのお務め中である。

 馬のそれより二倍近い大きな建物が長屋のように延びている竜の厩舎、帝国から譲渡された二頭の他に朔耶が分捕った四頭も並んで厩舎の中に納まっていた。隣の竜とのスペースは壁板で仕切られていて大量の藁が敷き詰められている中で丸くなっている。

 世話係のおじさんが第二王女と連れ立ってやって来た朔耶の姿に椅子から飛び上がるように立ち上がると、脱いだ帽子を胸にあてて挨拶する。律儀に挨拶を返す朔耶。ルティレイフィアは片手で抑えるように合図して『楽にしてよい』と伝える。

「餌とかやっぱりお肉?」
「へ、へい 流石によく喰いまさぁ」

 六頭の飛竜達は奥の二頭は丸くなったまま鼾を掻いて寝ているが、手前の四頭はのっそり首を持ち上げて朔耶達の方を窺っている。朔耶にキューキュー鳴かされた竜達だ。

「やほー 元気ー?」
「キョー」

 とててっと厩舎の中に入って朔耶が手を振ると、首を伸ばして鼻を摺り寄せて来た。その鼻頭を撫でてやる朔耶。頭部だけで朔耶の上半身程もありそうな竜が小柄な少女の腕にじゃれているような光景は、幻想的なのか悪い夢のようなのかよく分からなかった。
 その内、寝ていた二頭も目を覚ましたのか大きな欠伸をして首をきょろきょろさせている。

「奥の二頭はバルから正式に贈られたんだね」
「バル? とは?」

 起きた二頭がじっと見つめているのでそちらに近付いていく朔耶の言葉に、ルティレイフィアが訊ねる。

「ああ、バルティアの略ね 愛称」
「え、さ、サクヤは帝国の皇帝を愛称で呼べる関係なのか?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 関係って言われると何か誤解を招きそうだけど……」

 バルティアとの関係を説明しようと朔耶がルティレイフィアに向き直った時、世話係のおじさんが叫んだ。

「あ、危ねぇです嬢様方!」
「ほえ?」
「っ!?」

 振り返ると、デカイ口。赤黒い波模様の奥から大蛇のような分厚い舌が伸び、三重に連なった大小の牙が淵に沿って生えている。その巨大な口ががぶりと朔耶に噛み付いた。

「サクヤ!」

 ルティレイフィアは咄嗟に愛剣を抜き放つと竜の口目掛けて突きを放った。流石に竜と戦った経験は無くとも、危険な未開地では異形の獣と命を賭した戦いを何度も潜り抜けている身である。通常ならば騎士達でさえ竦んでしまうような光景を目の当たりにしても、彼女は鍛えられた胆力でそれを乗り越えて行動できる。

 大型動物でも一撃で致命傷を負うかという程の鋭い突きはしかし、硬い鱗を数枚砕いただけだった。本体には殆どダメージは無く、竜は噛み位置が悪かったのか噛み直しにもう一度がぶりとやる。 世話係のおじさんは只あわわあわわと慌てていた。

「おのれっ!」

 ルティレイフィアはホルスターから朔耶に貰ったエレメントブレードを抜いた。教わった通りに安全装置を解除しスイッチを入れると、ヴォンッと音がして光の刃が伸びる。そしてそれを先程鱗を砕いた傷跡に向かって刺し込んだ。バリバリと閃光を放ちながら光が揺れて鱗の内側を焼き焦がす。

「ピギャーーーー」

 流石に熱かったらしく、口の一部を火傷した竜は首を振って光の剣先から逃れた。

「サクヤ! 大丈夫かサクヤ!」

 エレメントブレードで竜を威嚇しながら朔耶の元に駆けつけたルティレイフィアはどんな酷い傷を負ったかと青褪めながら朔耶の状態を確かめると――

「……無傷?」
「あー びっくりした、いきなりガブッと来るんだもんなぁ」

「あわわわ すみません!コイツはよく寝惚けて噛む癖があるんでさぁ!」
「ピ? ピ?」
 
 見ると朔耶に噛み付いた竜は顔の一部から白煙を漂わせながら一体何事? という具合にキョロキョロしている。昼食後すぐに来た為、料理の匂いでも残っていたのかもしれない。
 
 元々甘噛みであった事と朔耶自身には神社の精霊が咄嗟に魔法障壁を張って守っていたので掠り傷一つなかった。世話係りのおじさんも実はしょっちゅう噛まれるらしい。

「ルティ ルティ、それ下ろしてあげて」
「む? ああ……、そうか」

 威嚇するように竜へ向けられていたエレメントブレードの光が消える。朔耶においでおいでと手招きされた竜がおずおずと顔を近づけると、顔の火傷が精霊の治癒で癒された。

「よしよし、熱かったね~ もう大丈夫だからね~」
「……なんだかわたしが悪いことをしたような気分になるのだが……」
「あははっ そんな事ないよ、ルティ助けてくれてありがとね?」
「う、うむ……」

 暫らく厩舎で竜達と戯れて城内に戻ると、朔耶はレイスの家に呼ばれる為レイスのいる宮廷魔術士長の執務室へ向かい、ルティレイフィアは旅支度を調えに自室へ上がっていった。




「こんちゃー――失礼しましたー――」

 宮廷魔術士長の執務室の扉を開き、レイスに声を掛けた朔耶はそのまま後ろ歩きで部屋を出て扉を閉めた。執務用の大きな机の上に着衣を乱した赤毛の魔術士が"乗って"いるのが見えたので緊急退室したのだ。
 そのまま廊下で待つことしばらく、静かに開かれた扉からこそっと顔を出したフレイが入室を促したので部屋に入る。

「いや~公私混同って中々本気だったんだねぇ」
「は、はうっ!」
「せめてノックはして欲しかったのですが……」

 気まずそうな表情で書類の整理をしているレイスは気まずいながらも照れ隠しに抗議をするが、朔耶もこの二人のこういう場面には流石に慣れたのか、ささやかなれど筋違いの抗議にはきっちり反撃を返した。
 
「普通にしたよ? "お仕事"に夢中で気が付かなかったんじゃないのぉ~?」
「ぐ……」

 本当はノックもしていないのだが、こう言われると反論しきれない理由があるだけにレイスも沈黙せざるを得ない。フレイは既に退室(とうぼう)している。

「少し、性格が悪くなりましたか」
「しっけいな」

 書類の残りを仕上ているレイスの仕事が終わるのを待ちながら雑談に興じていた朔耶は、今日のアクレイア邸訪問の事はフレイに話しているのかを質問すると、その為に早めに帰宅させたという答えが返ってきた。フレイも朔耶御招待の準備に参加するのだそうだ。

「わ~……あんまり大袈裟にされるのもなぁ」
「ふふ、そういえばサクヤは式典のような雰囲気は苦手でしたね」

 何か意趣返しを狙っているかのような気配をレイスの瞳に感じた朔耶は先手を打っておく。

「あたしさ、向こうにいる間は精霊の視点でよくこっちの様子を"視"てたんだよね」
「ほう」
「だから夜はなるべくレイス達に近付かないように注意してたんだけどね、実家のお屋敷じゃあんま意味無かったなぁ」
「…………」

 レイスは再び沈黙した。

「レイスって見かけ細いのに元気よねぇ……」
「サクヤ……」
「アンバッスさんの言葉じゃないけど、程々にしとかないとフレイが倒れちゃうよ?」
「……参りました」

 トドメも刺しておく朔耶だった。






「お~、初めて見た時とは比べ物にならないくらい立派になってるね」
「ええ、お蔭様で。修繕も出来ましたし、資金にも余裕が出て来たので最近増築しましてね」

 夕暮れの中、朔耶はアクレイア家の馬車に乗ってレイスの家に向かっていた。鮮やかな青に染められた屋根が特徴的な大きな屋敷が見えてくる。城に近い場所に建っているとはいえ敷地そのものが結構広いので、やはり移動に馬車は必須だ。

「さ、着きましたよ」

 レイスにエスコートされて朔耶はアクレイア邸の玄関を潜る。玄関の前と扉を抜けて直ぐの所にはメイドさんが並んでレイスと朔耶を出迎えた。

「お帰りなさいませ、レイス坊ちゃま。 ようこそいらっしゃいました、サクヤ様」
「こんにちはー」

 玄関ホールはここだけでも十数人規模のパーティーが出来そうな広い空間だった。王族や他の貴族を招くような晩餐会を開く時は一つ奥にある大ホールを使うらしい。今日は朔耶を招いた身内だけの晩餐なので二階の食堂を使う。

「僕は着替えてきますので、先に二階へ向かっていて下さい」

 レイスはメイドの一人に朔耶の案内を任せると着替えをしに席を外し、朔耶は案内を仰せ付かったメイドさんに連れられて二階の食堂に向かった。メイドさんが随分緊張している様子だったので朔耶は気楽に話しかけてみる。

「ここに務めて長いの?」
「は、はい! 私はまだ日は浅く、至らない事も多々ありますがっ よ、良くしていただいてマふ!」

 余計に緊張させてしまったようなので朔耶は口を閉じた。朔耶にはあまりというか殆ど自覚は無いが、"サクヤ"はフレグンス国内において王族や公爵家と並ぶ身分の人物と認識されているので、互いによく知り合った近しい間柄の人間でもない限り緊張するなという方が"無茶"なのである。カースティアにいた王国騎士団の騎士達とはまた違ったベクトルでの畏怖が働いていた。

 正式にフレグンスの貴族としての身分を賜っている訳ではないがその権限は門閥級という、この世界では存在からして異例の塊である朔耶らしい立場にあった。

「こ、こちらです」
「ありがとー」

 廊下沿いの大きな扉が開かれる。長方形の長い部屋に長いテーブルを予想していた朔耶は割とこじんまりとした食堂を意外に思いながらも、バルティアと食事をした時の部屋と同じく四~五人で食事を摂るには十分過ぎる広さだなぁと思いなおす。

『どうもあたしのイメージの感覚もおかしくなってきてるなぁ』
ヒトハ ナレテ ユクモノダ

 貴族イコール無駄に豪華という単純なイメージはソレほど当て嵌まらない。朔耶は先に食堂にいたフレイに席まで案内されながら、他にもある自分の中の思い込みによるイメージを自省して追い出した。神社の精霊がウムウム頷いているような気配がした。




「いやあ、今宵、この晩餐の席にてようやくお会いすることが出来ましたな、サクヤ殿。貴女の事は息子や娘からもよく聞かされていたよ」
「初めましてー随分長い間、挨拶にも来られませんで」

 白髪で長身の初老の男性、アクレイア家当主 ルィバンス・チル・アクレイア伯爵は、レイスに似た鋭い眼光の目尻に皺を作って朔耶を歓迎した。細身だが背筋をシャンと伸ばした立ち振る舞いが線の細さを感じさせない。
 老獪と表現するにはまだ若く、熟年魔術士といった雰囲気を醸し出している。

「コースティン家との確執の事、貴女の尽力で大いに助けられたというのに、帝国暗躍の際には何も出来ずに申し訳なかった」
「いえいえ、滅相もないですよ」

 暫らく頭の下げ合いを続けたあと、それでは食事にしようかと晩餐が始まった。




「ほうほう、カースティアの観光事業ですか」
「はい、割といい感じで進んでるんですけどね、計画の中心になる船の確保に手間取ってまして」

 食事を進めながらやはり最近の話題としてカースティア観光事業の話に及んだので進めている計画の概要を話して説明する。もしかしたらルィバンス伯爵もお得意さんになるかもしれないのだ。

「船は何処でお造りに?」
「ん~まだ決まってないんですよ~、ティルファかキトじゃないと無理って言われて」
「ふむ、それなら私の知り合いに腕の良い船大工が経営する造船所がありますぞ、紹介状を書きましょう」
「ホントですか! 助かりますーっ」

 魔術士は何らかの形で一度はティルファを訪れるという。ルィバンス伯も魔術の師であった故エイディルト・バーン氏と出会う前はティルファで魔術の研究をしていた時期がある。

 国土の大半を森と水に覆われているティルファでは水の上に建築物を造る為に造船も盛んで、飲み仲間として船乗りや船大工達と交流を深める事もあったそうだ。

「腕は確かなのだが少々偏屈な所があってね、そこが気になるといえば気になるが」
「大丈夫ですよ父上、サクヤは相手がどんな人間であっても懐柔して虜にしてしまう力を持っていますから」
「ほほう!」
「ちょっと! 人を魔女みたいに言わないでくれる!?」

 お気に入りのフルーツデザートを頬張りながら突っ込む朔耶だったが。

「レティレスティア王女を始めとしてアンバッス隊長に道中の商隊の人達、護衛隊の騎士達、同行した侍女達、近衛騎士団の騎士達、王都務めの若い騎士達、城務めの騎士達、フレイや僕、帝国第14代皇帝バルティア陛下、後は傭兵団の……」
「わーーかった、わーかったからっ 大体バルはともかくレティのアレは天然だし、他は虜なんて言うほどじゃないでしょうに」
「おや? 帝国皇帝については否定しないんですね」
「バルは半分依存してただけだよ、多分。別に孤独好きとかでもないのにずっと独りだったから」

 レイスと朔耶の会話を聞きながら、ルィバンスは息子から散々聞かされ噂にも聞いていた朔耶の在り方に感じ入るモノがあった。列強四国の中でも二大国家の支配者に近しく有りながらこの自然体はなんだろう。
 異世界からの来訪者であるとも聞いていたが、朔耶の世界の人間は皆支配者という存在に対してこうなのだろうか、と。或いは、畏怖されるべき存在であり、畏怖する事のない存在。存在自体が支配者で在る人間。

『サクヤ殿は……』

 望むと望まざるとに関わらず否応無く時代の覇者として闘争に巻き込まれる星の元に生まれる存在がある。朔耶がこの世界に現われてから関わった事件は何れも国の沽券に関わるような事件ばかりだ。聞く所によれば朔耶の働きで帝国内部でも政治的な革命に近い大異変があったとか。

『貴女はフレグンスの豊穣の女神なのか、オルドリアの乱世の戦女神なのか』

 ルィバンスはこの一見無邪気であどけない異世界の少女が、世界に齎す大きな時代のうねりを見極めようと眼を細めた。


「あ、残った料理タッパーに入れて持って帰りたいんですけど」

 何処までも庶民な朔耶なのであった。


『…………考え過ぎかなぁ』







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