ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
戦女神編
51話:戦女神と紅獅子




 城の廊下で朔耶と対峙する第二王女ルティレイフィアは愛剣であるシュベルコーの剣を抜いた。控えめな装飾ながら高級感溢れる剣の刀身が廊下の窓から差し込む日の光に輝く。

「抜け!」
「って言われてもねぇ……」

 剣の切っ先を向けるルティレイフィアに、朔耶は困った笑みを向けて頭を掻いた。隣ではフレイがあわあわしながら朔耶とルティレイフィアへ交互に視線を向けて慌てている。

『どうしようか?』
タダノ サグリ ツキアッテ モンダイナカロウ

 神社の精霊は少し相手をしてやれば良いのではと朔耶の相談に答えた。実の所、ルティレイフィアが朔耶に本気で敵意を持っていない事は、既に意識の糸で意思の表層に触れて確認済みだった。これはルティレイフィアの"試し"である。


 旅先の未開地でサムズ反乱の急報を聞きつけたルティレイフィアは、急いで祖国に戻ってみれば大規模な傭兵団が動員されたにも拘らず僅か七日余りでサムズの首都エバンスは鎮圧され、その功績の殆どが"サクヤ"と名乗る客人の手によるモノだと聞いて一体どんな知謀の策士か武の猛者かと、一番親しいという姉に一晩中問い質した。

 しかし、レティレスティアの説明では今一(いまひとつ)サクヤの人物像が見えてこず、侍女や騎士達に聞いてみてもやはり凄い人物だという事がルティレイフィアには伝わってこなかった。寧ろ聞けば聞く程、人の良いちょっと変わった異邦人で発明家という然して珍しくも無い姿しか浮かんでこない。

 唯一、姉の婚約者候補である近衛騎士団長イーリスが『あの方は途轍もない力を持つ方です』と語った事だけが印象に残った。傭兵達の間では神話の神か悪魔かという畏れられ方をしている辺り、それならば直々にその力を見定めてやろうとルティレイフィアは朔耶に剣を向けた。知謀の策士なれば巧みな言葉で収めるか、武の猛者であれば我が剣を圧倒してみせるか、と。


「どうした、臆したか? 腰の得物は飾りか?」

 ルティレイフィアが挑発する。朔耶の腰に装着してあるウエストバックの端からはエレメントブレードの柄がはみ出していて、確かに短刀のようなモノを差しているようにも見える。

『飾りですつったら怒るかな? 偉い人には分からんのですとか言って』
……サクヤ

 呆れるような念を向けてくる精霊に『冗談よ』と返して苦笑を浮かべながら、朔耶はエレメントブレードを手に取った。あわあわしていたフレイの表情が引き攣る。

 ルティレイフィアは朔耶が困ったような笑みを浮かべながらも此方の挑発に腰の得物を抜いた、と思ったら、短刀の柄のように見えたソレにはあるべき刃が無く、ポカンとしてしまう。何の道具かは分からないが、短刀類の武器では無い事は分かった。

 朔耶は最初、エレメントブレードを手に取って刃が無い事を見せ、『この通り武器ではないですよー』とやり過ごすつもりでいたのだが、ポカンとした後の『勘違いに気付いて気恥ずかしい』というような羞恥に染まるルティレイフィアの表情があまりにレティレスティアにそっくりなので可笑しくなってしまった。

 『この子の"()"をもっと見たい』そんな風に思った朔耶の、何時もの(からか)(くせ)が顔を出す。

「……いいけど、そんな剣であたしの剣を受けられるの? ……フレグンスのお姫様」

 急に口調と雰囲気を変えて動揺を誘うと、勿体付けながらスイッチオン。

「っ!?」
「さ、サクヤ様!」

 ヴォンッと音を立てて伸びるエレメントブレード。突然現われた光の剣にルティレイフィアは眼を瞠り、フレイが悲鳴のような声を上げる。朔耶は更に魔法障壁で身体を覆って宙に浮かぶと、漆黒の翼を廊下一杯に広げた。

 噴き上がる魔力の奔流にカーテンは激しく揺れはためき、壁を打つ風が廊下の窓枠をガタガタと鳴らす。その神懸かった光景に思わず息を呑むルティレイフィア。ちなみに室内なので翼の放電現象は無し。ついでに朔耶の瞳も光らせる神社の精霊。

『……ノリノリじゃないの』
ワレハ アルジニ シタガッタマデ ナリ

 中々茶目っ気が出てきた神社の精霊に何と突っ込んでやろうかなどと考えていた朔耶は、フレイがルティレイフィアを庇うように立ち塞がり、『自重して下さい~!』と訴え掛ける涙目熱視線を送って来ているのを受けてちょっとやり過ぎたかと自省しながら翼を納めて廊下に下りた。そして一言。

「なんてね」

「……………………は?」
「……こういう方なんです」

 呆然としているルティレイフィアに、フレイはハの字眉で達観した困り笑顔を浮かべて言った。

 その後、城内に突如発生した巨大な魔力を感じ取って緊急出動してきた宮廷魔術士隊を率いるレイスが、朔耶と顔を合わせるなり何か納得したように脱力して部下達を持ち場へ戻らせたり、同じく魔力を感じて出向いて来たアルサレナ王妃にルティレイフィアがずるずる引っ張っていかれたりと、割とほのぼのした空気が続いた。

「今日も平和だねぇ」
「あはは……」


 宰相の執務室で許可書を受け取った朔耶は昼食を摂りに城を出て街へ繰りだした。一般区入り口までは馬車で送って貰う。朔耶が馬車を降りると、御者がおずおずと声を掛けてくる。

「本当に街でお食べになるので……?」
「うん、庶民の生活を知っておくのも大切な事なのよ~?」

 などと、朔耶は下々の者を知る為に敢えてそこに身を投じる高貴な身分の貴婦人を台詞で演出してみたりする。勿論冗談なのだが、真に受けた御者は『思慮深さと慧眼に感服致しました』と畏まった。朔耶としては『あんた庶民やがな』というノリの返しが欲しかった所だが、この世界では無理な相談だ。

 レイスに貰ったお金を確かめながら、朔耶は適当な飲食店はないかと一般区の市場通りを見て回った。そのうち二階建ての宿を改造したカフェテリアのような店があったので其処に入る事にした。二階部分の壁と屋根を三分の二程取っ払ってガーデンテラスのようにした中々おしゃれな店である。

 王都に住む貴族の間では割と顔も知られている朔耶だが、一般区には殆ど下りて来る事が無かったので住人達の反応は大人しいモノだった。噂に聞く王女の客人と外見的特長が似ていると思っても、何時かの大学院の学生達のように『まさかそんな御人がこんな所に居るはずも無い』という思い込みにより、誰も朔耶本人だとは思わないのだ。

「パル銅貨十枚で好きな料理を食べ放題かぁ、バイキングスタイルに近いのかな ……って」

 朔耶がレイスから貰ったお金はパル金貨十五枚、銅貨に換算すると四千五百枚だ。金貨一枚で支払うとお釣りの銅貨が二百九十枚―― まず間違いなく店内の客達に注目されるだろう。

「は、恥ずかし過ぎる……」

 昼食を食べに来た客達が行き交う店の前でどうしようかと悩んでいる朔耶の背後に、そっと近付く人影。神社の精霊が警告を発する。

サキホドノ ヒメドノダ マウシロニイル

「アルサレナさん何か言ってた? ルティちゃん」
「っ!」

 振り返らず背後に立つ自分を言い当てた朔耶にルティレイフィアは一瞬驚くも、その台詞に聞き捨てならない言葉を聞いて即座に持ち直す。

「"ちゃん"はよせ、わたしは子供ではない。母上には……まあ、色々だ」
「じゃあルティって呼んでも良いんだね~、ルディと被りそうだけど微妙に発音違うから大丈夫よね」

 振り返ってにっこり笑いながらそんな事をいう朔耶に、少し構えていたルティレイフィアは肩の力が抜けるのを自覚した。

「その……先程はすまなかった」
「いいよ、レティ達に聞いてもよく分からなかったから自分の眼で確かめようとしたんでしょ?」
「ああ、流石だな……全てお見通しだったわけか」

 軽く溜め息を吐いて苦笑するルティレイフィアは、城の廊下で会った時と比べて随分と纏う雰囲気を柔らげていた。服装も剣こそ立派なモノを下げているが、傭兵か旅人のような風体に男装しており、髪も若干色をくすませてある。

「所で、サクヤ殿はこんな場所で何を?」
「んー実はご飯食べに来たんだけど、お金がちょっとね」

 ルティレイフィアは朔耶が一般区の店に食事に来たと聞いて少し驚いた顔をしたが、お金の事で困っていると聞くと直ぐに納得して自分の財布袋から銅貨を分け与えた。朔耶が直面していた問題はルティレイフィア自身にも経験があったのだ。


「わたしも最初はお小遣いの金貨を持って街に出てな、随分とゴロツキのような連中にタカられたモノだ」

 朔耶とルティレイフィアはテラスの端のテーブルに座り、二人で食事を摂っていた。此方の世界の飲食店に出される庶民料理の食べ方がよく分からず四苦八苦する朔耶に対してルティレイフィアは慣れたモノで、何をどうやって食すのか丁寧に教えながら食事を進めていった。

「これは先に小皿のソースで味付けをしてから、この炙った薄肉に巻いて食べるのだ」
「ほうほう、ハム巻きみたいな感じなんだね」


 粗方平らげた朔耶達はスープのようなお茶を飲みながらノンビリ会話を楽しんだ。主にルティレイフィアの旅話やレティレスティアの天然エピソードが話題の中心になっている。アルサレナから朔耶の事情を詳しく聞かされたルティレイフィアは、朔耶個人に関する話題は場所を選んだ方が良いと判断していた。

「聞く所によると、カースティアを活性化させる事業を行うそうだが?」
「そんな大層な話じゃないよ、何か観光名所でも作れたら少しは街の人達の要望も叶えられるようになるかな~って」

 カースティアは現状、街にも派遣騎士団にも余分な資金が無く、派遣騎士団は街の住人の要望に殆ど応えられない状態にある。

「ふむ、住人の不満が高まりそうだな」
「そこが一番の問題だって言ってたよ、幾ら意見書で街の改善案とか要望を出されても何も出来ないし」

 殆ど名ばかりとはいえ、カースティアはクリューゲル国の首都なのだ、住人との溝が深まればサムズ独立派のような反乱分子を生み出しかねない。

「嘆願書も殆ど読むだけで何も手が打て無い事が多いから、せめて街の収益が増えればってガリウスも言ってたんだよね」
「そ、そうか……あの男は今カースティアに詰めているのだな、てっきりバーリッカムに居ると思っていたが」

 ガリウスの名前が出た途端、急に眼が泳ぎ出したルティレイフィアに、朔耶はキョトンとして彼女の顔を覗き込む。

「な、なんだ?」
「……この前の反乱の時だけど、ガリウスが……左腕を……肘から」
「!っ う、腕をどうしたのだ? まさか、失うような怪我を……!?」
「ぶつけて怪我したから治したよ」

 ちなみに負傷理由は"サクヤの恥じらい"である。

「…………」
「…………ニヤリ」

 悪魔が玩具を見つけたかのようなニヤリ笑いを朔耶から向けられ、ルティレイフィアは思わず仰け反る。危機感を覚えて席を立とうとするが、肩を掴まれて座らされた。

「ルティ~ちゃ~ん」
「な、な、なんだ?」
「ガリウスとはどんな関係~~?」
「べ、別にどんな関係という事もないっ あの男とはただの知り合いだ」

 ガリウスとの関係を追及して来る朔耶に、ルティレイフィアは剣の稽古を務めさせた事があっただけだと言って口を噤んだ。しかし、顔を赤らめて俯き加減にモジモジしているその姿は実に説得力に欠ける。

 取り合えず、皿に残っていた炙り薄肉が第二王女様の手で細切れにされた辺りで、朔耶はもう一押しネタを振ってみようと椅子ごとガタガタ移動してヒソヒソ話が出来る距離まで身を寄せる。ルティレイフィアは今度はなんだとばかりに身構えた。

「実はあたし、ガリウスに押し倒された事があります」(ひそひそ)
「なにっ」(ひそっ!)
「それで一時、男性恐怖症に陥りました」
「な……! い、いったい何を……」

 王都までの旅路でカースティアの大宿に泊まった夜、朔耶が湯浴みに行っている隙にガリウスは朔耶の部屋に忍び込んでいた。

「何も知らずに帰って来たあたしがベッドに入ろうとすると……」
「……(ごくり)」
「突然背後から襲われてベッドに組み敷かれたあたしは、抵抗も空しく、寝着の胸元を護る紐を一本一本解かれていき……」
「…………ぅぅ」

 "一本一本"という部分でルティレイフィアの胸元に指をちょんちょんと降ろしながら臨場感タップリに囁く朔耶。そうしてルティレイフィアが身を乗り出して来た所で、朔耶はひょいと身体を離して元の位置まで椅子ごとガタガタと移動する。

「へ? え? さ、サクヤ?」
「続きが聞きたかったらルティとガリウスの事を教えてね?」

 ルティレイフィアは羞恥と怒りと期待と懇願と不安と安堵が入り混じったような、実に複雑な表情を浮かべた。そして逡巡しながらも聞きたい気持ちに勝てなかったらしく、おずおずと切り出す。

「さ、先に聞いておくが……その話はサクヤにとって話し辛い事では無いのだな?」
「うん、もう本人とも和解済みだしね」
「そうか……」
 
 頷いて納得を見せたルティレイフィアは周囲を気にしながら声を潜めて語り出す。それは彼女が十三歳の頃、お忍びで初めて供を付けずに一人で街へ出た日の事。一般区の露店通りを歩いていたルティレイフィアは飲み物を買おうと茶屋に寄ったのだが、支払いに出した金貨にお釣りが払えないと、茶屋の店主が困っていた。

 すると客の一人がルティレイフィアの分を支払ってその場を収め、ルティレイフィアに金貨を換金して貰える所に案内すると言って店を出た。ルティレイフィアは『それは助かる』と、その親切な男の後に着いて行き、貧民窟(スラム)に引き摺りこまれたのだ。

「え……その話、ルティにとって話し辛い事じゃないでしょうね?」
「いや、大丈夫だ 大事には至らなかった」
「そっか」

 もしや聞いてはイケない事だったかと一瞬焦った朔耶は、その返答を聞いてホッと胸を撫で下ろす。朔耶自身も、あの時の事を話のネタに出来るのは当事者との和解が有り、遺恨を残していないからだ。

「わたしをスラムに引き込んだ男はその一帯を支配している組織の頭目だった。中流から下層の貴族とも繋がりのあった奴でな、そういう筋から来る裏の仕事を取り仕切っているやり手の盗賊と言った所か」

 その組織は営利誘拐から人身売買も行っていて、貴族の子供なら身代金目的に、一般民の子供なら奴隷市に売る為に誘拐する。キトの裏組織を本体として繋がっているとも言われていた。

 特に貴族の子供は身代金が払えない下級貴族出であっても、奴隷として売れば一般民よりも遥かに良い値が付くので、当時のルティレイフィアの様に世間知らずで身分のある子供が街をふらふらしていれば直ぐに狙われる。

「後で分かった事だが、一部の貴族間で奴等の存在は黙認されていたのだ。派閥闘争と裏工作の実行員として暗黙の了解でな」

 高額な身代金を要求された中流から下層の貴族に金を融通する事で恩を売る、その仕込みとして組織に狙った家の者を誘拐させるのだ。忠実な裏の仕事人として働かせる為に、組織の商売にも目を瞑る。

「だが、ガリウスはジャバール家当主からも手を出すなと言われていたそんなスラムの組織を、自分達だけで調査して潰したんだ」
「へぇ~それは初耳、じゃあルティはその時ガリウスに助けられたの?」
「ん……どちらかと言うと利用されたのだが……」

 ルティレイフィアが供も付けずにお忍びで城を抜け出せたのは、実はガリウスの手引きだった。ガリウスはルティレイフィアをこっそり尾行して囮に使ったのだ。

「なんという外道」
「ああ、まったくもって酷い男だ。だが、当時は貴族間での暗黙の了解は騎士団にも強く影響していたからな」

 誰しも薮蛇は避けたい所。互いに牽制しあった状態でスラムの組織をどうにかしようと行動する者は居なかった。

「王様とか王妃様は何もしなかったの?」
「報告は全て途中で握りつぶされていたのだ、父上も母上も知れば放って置くような方達では無いからな」

 自達の膝元で闇の組織が暗躍していると知れば、カイゼル王やアルサレナ王妃は自ら出向いて潰しに行くようなタイプだ。朔耶は話の時期的に考えて報告の握り潰しも貴族間の暗黙もフエルト卿が絡んでいたのではないかと睨んだ。

「まあ、それでわたしが捕らわれた場所を急襲したガリウスはわたしから父王に話を通せと進言してな」
「なるほど、それで正式に命令が下ったら一気にアジト殲滅って計画(シナリオ)だったわけね」

 『結構いい奴じゃん』と朔耶はガリウスの印象を上方に微増させた。微増なのは十三歳の女の子を危険な組織を追う囮に使うなど、やっぱり乱暴な所を差し引いてだ。

「父上の命令が発せられてスラムに騎士団が出動した時も、貴族間での暗黙が騎士達の動きを鈍らせて組織の幹部が逃げ出す時間を作っていたようだが、ガリウスと部下達は躊躇無く真っ先に突撃を仕掛けて脱出寸前だった頭目を捕らえたんだ」
「へ~やるじゃん」

 人攫いの組織を潰して功績を上げたガリウスだったが、それまでに行ってきた組織の調査は命令違反や命令無視によって得たモノだけに、正当な評価が与えられる事は無かった。

 さらにジャバール家当主の言い付けを破った形であった事が、ジャバール家が他の門閥家から孤立するのを辛うじて防ぐ理由となり、ガリウスは家の体裁を取り繕う意味で王国騎士団から派遣騎士団へと所属を移されたのだ。王都から地方への移動は降格といって良い。

「それでもあの男は鬱ぐ事も無く、あの軽薄な笑みを浮かべて任務を果たしていた。奴は強い男だ」
「ほほーう、そこに惹かれたわけですか」

 朔耶の問いにルティレイフィアは一瞬言い淀んだが、頬を染めながら小さく俯いて否定はしなかった。

「そっか、片想いなのか~」
「ぅぅ……そ、それで、その、先程の話の続きだが」

 照れ隠しで誤魔化すように話の続きを要求するルティレイフィアに、朔耶は苦笑しながらガタガタと椅子ごと移動してルティレイフィアと身を寄せ合った。ごにょごにょごにょ……

 『腕を引かれてあたしの上に覆い被さったガリウスは――』の(くだり)では肩を強張らせてぎゅっと唇を噛む様に身体を縮込めたルティレイフィアだったが、その後の顛末というオチを聞いて椅子からズリ落ちそうなほど脱力していた。

「阿呆か、あの男は!」
「あっはっはっ」






「長居してしまったな」
「だねー」

 店を出た二人は腹熟(はらごな)しに当て所も無く一般区の街を歩いている。朔耶は午後からカースティアに飛んで湖の様子などを調べるつもりだと話し、ルティレイフィアは暫らく王都で過ごした後、また未開地に旅へ出かける予定だと語った。

「未開地って危ない所だって聞いたけど」
「ああ、確かに危険な地域ではあるな」
「何か旅する理由でもあるの?」
「うむ……」


 ルティレイフィアの話によると、未開地では魔物の被害が深刻化しているが、貧しい土地柄故に良い報酬も出せないので討伐に来る傭兵も少なく、戦える者が足りなくなってさらに被害が増えるという悪循環に陥っているらしい。

 旅先で出会った未開地の街の友人に数十日ぶりに会いに行ってみれば、魔物との戦いで命を落としていたり、街そのものが無くなっていたりという事がここ最近で頻繁に起きるようになって来ている。

「わたしは彼等の街を転々としながら情報を伝えて回ったり、魔物の討伐を行ったりという事が未開地へ赴く旅の目的になっているな」
「騎士団とか動かせないの?」
「残念ながら、それだけの気概のある者が居ないのだ」

 以前は未開地へ赴くルティレイフィアに同行を申し出る者も少なからず居たが、何れもルティレイフィアが剣を振るう地域の危険さを甘く見ており、『第二王女様の勇者ごっこに付き合って覚えを良くしよう』程度の認識で同行した者は尽く大怪我をして帰国するか、怖気づいて帰国するか、或いは殉職した。

「自国領でも無く、何がある訳でもない危険な地域に赴き、その地に住む人々を守る、そんな気概を持った者は中々居ないものだ」
「ふーむ……その辺りまでフレグンスが領地にしちゃえば騎士団も派遣出来るのかな?」
「理屈ではな、だがあの地域を領地に組み込む理由が無い。組み込まない理由なら色々あるが……」
「んー 結局資金、お金オカネかぁ~」

 朔耶は手を頭の後ろに組んで空を見上げながら、何処の世界でもその辺りの事情はあまり変わらないのかと溜め息を吐いた。そんな朔耶の隣を、ルティレイフィアはただ静かに歩いていた。


 この日の昼下がり、漆黒の翼を広げた朔耶はルティレイフィアに何時かまたお話をしようと約束してカースティアの空へ飛び立ち、ルティレイフィアはそれを見送って城に戻った。


「もぉ、酷いわルティ! 私も誘って下されば良かったのに」

 朔耶と食事をした事をレティレスティアに話すと頬っぺたを膨らませるほど羨ましがったので、精霊術の才に優れる姉にコンプレックスを感じていたルティレイフィアは少なからず優越感に浸ったりするのだった。


「サクヤか……確かに、姉上や騎士達の言う通りの人物だったな。カースティアの観光事業、上手く行けば良いが」







+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。