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戦女神編
50話:紅獅子の姫君




「おお! 戻ったか我が妹よ!」
「ただいま〜 お母さーん、お風呂沸いてる?」

 真っ先に朔耶の帰還に気付いて飛び出して来た兄の抱擁を躱して家に上がった朔耶は、庭にダイブするという変わった遊びをしている兄を生温かく見なかった事にして荷物を廊下に置くと、そのままお風呂場に向かった。 
 脱衣所でぱっぱっと服を脱いで籠に放り込んでいく。

「あーやっぱり毎日お風呂に入る生活に慣れちゃうと、一日入らなかったダケでも気になるなぁ」 
「朔耶ーー! 姫様の写真は何処にぃーー!」
「ぎゃーーーー!」

 ブラジャーに手を掛けていた所にリュックを持った兄が中をごそごそ漁りながら飛び込んで来た。

「馬鹿っ! スケベ! 変態! 写真はポシェットの方よ!」
「なんだそうだったのか!」

 リュックを放り出して荷物を置いてある廊下へと飛び出していく暴走兄の背中を見送る朔耶は、レティレスティアだけでなくフレイやエルディネイアの写真まで撮って来た事で兄の暴走が更に加速しやしないかと心配になった。


「あれ? そう言えば…… なんか前より楽なんだけど」

 朔耶は精霊に意識を引っ張られる感覚がかなり軽減している事に気が付いて呟く。僅かな違和感が無ければその事自体を忘れていた程に馴染んでいる。

オソラク ヒトツニ ナルコトデ ツナガリガ ヨリナジンダノデ アロウ
『ふーん…… そっちが歩み寄ったからってのは?』
……ナイトモ イイキレヌ
『そっか』

 何と無く機嫌が良くなった朔耶は鼻歌など歌いながらシャワーを浴びるのだった。




 入浴から上がった朔耶が居間に行くと、弟がお土産の魔力石とサンプルの道具をテーブルに出して弄っていた。魔力石ライターと反発力ユニットの特性を調べながら何やらノートに書き込んでいる。

「何してんの?」
「んー、このユニットでモーターが作れないかと思ってさ」
「あー、それあたしも試した事あるけど、上手く回ってくれないんだよね」
「動力の元が出来れば色々応用が利くんだけどな」

 弟が熱心に石の特性を調べている傍、朔耶は魔力石の一つを手に取ってカリカリと爪を立ててみるが、やはり精霊と重なっていない状態では普通の石と手触りも硬さも同じで、石には傷一つ付かなかった。

『ねえ、削れるようにあんたを意識してれば石に影響するのかな?』
ワレガ ツネニ サクヤノイシヲ ハンエイシツヅケル ソノタメニハ ツネニ セイカクナイシヲ シラネバナラヌ 

 具体的にどう削ろうとしているのか、リアルタイムで行動とその為の力の行使に正確なイメージが必要となるので効率的な細かい作業はかなり厳しいだろうと精霊は説明した。少し形を整えるだけでも相当な精神力を消耗してしまう。

 精霊と重なっていれば朔耶の意思は精霊の意思となり、ダイレクトに力が発現される。神社の精霊のように強い意思を持った精霊の場合でも精霊が朔耶の意思に全面的に応じる事で同じ状態を生み出せるのだ。

『こっちじゃ無理ってことね』

 弟に後でノートを見せて貰う約束をして朔耶は自分の部屋に向かった。途中、兄の部屋の扉が半開きだったのでちらっと覗いてみるとそこには――

「な、何してるのお兄ちゃん!」
「うおっ 朔耶!」

 壁に等身大レティレスティアポスターを貼り付けている兄の姿。デジタルカメラからパソコンに取り込んだ画像をプリントアウトしたらしい。パソコンのモニターにはオリジナル抱き枕カバーの通販ショップサイトが開かれている。

「個人観賞用ポスターまでは許すけど抱き枕はNG! でなきゃ他の美人さんの写真も撮って来ないからね!」
「むう…… 仕方あるまい。 所でこの御嬢様方のプロフィールを是非」
「言っとくけど、三人とも結婚前提にした彼氏持ちだからね?」
「!!っ(ガーン)」

 なんだか打ちひしがれている兄を放置して自室に戻ろうとする朔耶に、重要事項を思い出して復活した兄が呼び止める。

「待て! もう一人、この子の詳細プリズ!」

 そう言って一枚の写真に写った騎士達の一人を指す。オレンジ掛かった金髪に碧眼の可愛らしい顔立ちをした騎士がキョトンとした表情を向けていた。

「ああ、食堂で試し撮りした時の写真だね。その子はフラン・テイル・カルウット、王国派遣騎士団のガリウス小隊に所属」
「フランちゃんかぁ〜、この如何にも高貴な雰囲気の顔立ちに不意をつかれたような素朴な表情がイイ!」
「戦闘スタイルは大型の両手剣、小隊のマスコットって呼ぶには結構実力もあるみたいで子犬っぽい印象かな、一人称は僕」
「おおお! 僕っ子かぁーー! しかもこの小柄な身体に両手剣、これは萌える!」

 フランの写った写真の引き伸ばしを検討して盛り上がっている兄に、朔耶は無慈悲な一言を放った。

「フランは男の子だからね?」






 部屋に戻って来た朔耶はラフな服装に着替えると手付かずの宿題対策として、友人に支援を頼もうと携帯を取りに部屋を出た。兄の部屋から『今は衆道が流行ってるし……いやしかし!』と真剣に悩んでいる独り言が聞えたが無視した。

…………
『なによ?』
……イヤ ベツニ
『なんか気になる沈黙な念ね』

 何か言いたそうな精霊の念を感じながら、朔耶はリュックから携帯を取り出して電源を入れる。初めて向こうの世界に召喚されたあの日から電源は落としたままだったのでバッテリーも残っていたようだ。

 若干ボタンを操作する親指の動きに鈍りを感じながら画面を開き、朔耶はそこに表示されたメール件数に驚いた。メールサーバに保管されている期間分最大件数のメールが受信される。友人や家族からのモノが殆どで、一番古いメールには『今何処にいる?』とか『無事で居るか?』などのタイトル。

 最近のモノは『くらぁ返事YO・KO・SE』など軽い調子のタイトルだったりする辺り、失踪中のタイトルとのギャップで朔耶は胸に込み上げて来るモノを感じた。目頭が熱くなるのを自覚しながら最近のメールに返事を書く。

「やっぱ自力で頑張ってみよっと」

 メールを送信しながら、朔耶は宿題と雌雄を決する覚悟を決めて部屋に戻った。兄の部屋から聞える独り言はやっぱり無視した。

……アニドノハ ホウッテオイテモ ヨイノカ?
『大丈夫よ ……多分』








 六日後の早朝、朔耶は動き易い服装にウエストバッグを装着、軽めのリュックを背負って自宅の庭に居た。ウエストバッグにはカメラとフィルムと電池。リュックには弟が考案した魔力石を使う道具の、概要が記されたノートなどが入っている。
 魔力石モーターの開発はもう少し石のサンプルが欲しいとの事だったので明日の帰還時に持てるだけ持って帰るつもりでいた。

「さて、忘れ物も無いし それじゃあ行って来るね」
「気をつけてな」
「何かあったら直ぐに帰って来なさいね?」

 三度目の異世界からの帰還で朔耶の身に危険は無いと分かると慣れたモノで、兄と弟はまだ寝ているが、父と母はやはり娘を異世界に送り出す事への心配が抜けないらしい。朔耶はしっかり異界転移に立ち会う両親の見送りを受けた。

「行って来ます」




 自宅の庭から、テレビのチャンネルが変わる様に風景が遠い地の街角に変わった。その精霊の基点となる世界が違う事での弊害か、世界を渡る際、目標地点である遍在の位置が揺らいで安定しないので中々狙った場所に出るのは難しいらしい。その為、来る度に違う場所に出てしまう。

「っと…… 今度は何処に出たの?」
サクヤヲ ヨクシル セイレイノ ケハイヲオッタ
「てことは、王都の何処かかな?」

 朔耶が意識の糸を伸ばして周囲を探ると、良く知った精霊の気配が近くに現れるのを感じた。朔耶を最初にこの世界に召喚した張本人?の、フレグンスの王族を護る精霊だ。

『やほー、元気にしてた?』
ヤホー サクヤ マタアエテ ウレシイ シカシ サクヤトトモニアレズ スコシザンネン

 最後に夢の中で話した時よりも言葉の雰囲気が柔らかくなった印象を受ける。朔耶はフレグンスの精霊と神社の精霊が何か意思のやり取りをしている思念の流れを感じたが、精霊同士の挨拶でもしているのだろうと、その間に街並みを見渡して凡その現在地を特定する。どうやら一般区の何処からしい。

「一般区かぁ〜、取り合えずレティに挨拶してから工房にでも行こうかかな」


『レティ〜 おはよー』
――ふにゃ…… おはようございます、サクヤ……――
『ふにゃて……、寝不足?」
――はい、実は少し……――

 前回と同じく、朝のティータイム中だったレティレスティアに交感を繋いで挨拶を交わした朔耶は、今日は工房と街に居る予定を伝えて交感を解いた。カースティアの観光施設についてはカイゼル王にも話が通されたが、今はサムズ動乱の後始末に手一杯なので朔耶に何か案があるなら活動を許可するとの事だった。
 その為の予算は出ないが、カースティアの派遣騎士団をニ個小隊程なら自由に使っても良いという許可書を発行するそうだ。

「後で受け取りに行かなきゃね」

 背中のリュックを背負い直し、朝の喧騒が聞え始めた王都一般区の通りを一つ上の区画に通じる門に向かって歩きだす。一般民の住居が中心に建ち並ぶこの辺りは、各種店舗の犇めき合う市場周辺よりも静かで、建物も貴族街と比べて控えめな外装の家々が庶民である朔耶に親近感を持たせて気持ちを落ち着かせる。

「そういえば…… あたしの家、開放区に建てられてるんだっけ」

 どうせ週二日くらいしか来られないのならこの辺りでよかったのにとも思う朔耶だったが、仮にも王室の側近的な官職に就いている者が一般区に住むのは問題がある。近所の住人達にとっても落ち着かないかもしれない。

「……将来こっちで就職して働くって選択も有り?」

 此方で儲けたお金を元の世界で換金すると どのくらいになるのか、今度調べておこうかなどと考えながら歩いている内に門の前に到着した。衛兵に挨拶して門を潜る。

「こ、こ、これはサクヤ様! 本日はこのような早朝からご機嫌麗しく――」
「あー堅苦しいのはいいから」

 随分と若い衛兵が緊張しまくって声を裏返している姿に、朔耶は噴出しそうなのを堪えながら手をヒラヒラさせて通り抜けた。彼等下っ端の衛兵にしてみれば、朔耶は王室直属に在って王都繁栄の象徴とも言える存在であり、挨拶を交すだけでも途轍もないプレッシャーが掛かる。

 それ以前に、普通は声を掛けられる事も無い。ましてや気軽な挨拶など、フレグンスの身分に厳しい常識では考えられないのだが、朔耶本人にそういった自分の立場に対する自覚が薄い事で、下っ端の衛兵達は何時うっかり失礼な対応を仕出かしやしないかと冷や冷やモノである。 偉い人はある程度、偉そうにしていてくれた方がやり易いのだ。




 開放区に響く朝の喧騒はもっぱら馬車の走る音だったりする。朔耶は王都の街を一人で出歩いた事は今まであまり無かった。何時もフレイが一緒に居るか、他の護衛が付くかして馬車での移動が殆どだったので、王都の一人歩きは中々に新鮮だった。

「偶にはお昼も下街で食べてみようかな?」

 両親や弟からは異世界にある未知の病原菌に触れて感染したり、その逆が起きる恐れもあるので不衛生な場所に近付いたり下街のような所での食事行為は控えた方がいいと心配はされていたが、朔耶は二ヶ月以上も此方で生活していたのだ。

 特に病気を患った事も無く、朔耶の周囲の人間にも体調に異常を起こした者も居ないので問題は無い。例えそれが精霊の加護あってこその結果だったとして、それならば尚の事、精霊の力を使える今の朔耶には全く問題は無いのだ。

「そういえば、あたしもう護衛の必要も無いよね」
ワレガ ツネニ マモッテイル カラナ ……モトイ ワレラガ ツネニ

 黒の精霊(地下の精霊)からの抗議があったらしく、言い直す神社の精霊に思わず笑みをこぼす朔耶だった。




「ご苦労様〜」

 前回は空から降りて来て、今回は供も護衛も付けずに通りを歩いてやって来る朔耶に、工房を警備する衛兵は驚かされっぱなしだった。 

 工房に入って早速、朔耶は作業台の上に弟の考案が綴られたノートを開くと、魔力石の詰まった袋や型に使う角材などを棚から取り出して台の上に揃えた。

「さーて、まずはどれから行ってみようかな?」

 ガランとした工房の作業台でコツコツと石を加工する朔耶は、偶にはこうして一人で作業をするのも悪くないなぁと、朝の陽射しが差し込む静寂の中で物作りに没頭した。

 


「ふーむ、流石タカ君…… こういう改造系に関してはあたしより発想力があるなぁ」

 朔耶は弟のノートに綴られた内容を参考に反発力ユニットと魔力の集中機構の組み合わせを試しながら、以前失敗した魔力石ライト○イバーモドキの改良を行っていた。破棄しようと思っていたモノだが、フレイが熱心に取っておこうと勧めるので保管しておいたのだ。

 懐中電灯を作ろうとしたらライト○イバーモドキが出来た話を家でした所、弟がかなり細かく構造と現象を訊いて来たので図解で説明すると、それで凡その状態が分かったらしく図解に色々描き足していった。

 結局これはライト○イバーモドキなのだが、元の失敗作のように最大出力で伸びるだけ伸びて床まで焦がして五秒で魔力切れという欠陥品ではなく、或る程度の長さを保って剣の形を数分は維持出来る筈、なのだそうだ。弟命名は"エレメントブレード"

「どれどれ?」

 朔耶は念の為、魔法障壁を張ってから"試作エレメントブレード"のスイッチを入れてみる。ヴゥンという音と共に圧縮反発力と反発力の多重構造になった魔力の膜が青白い電光を纏って八十センチ程伸びた状態で安定した。

 軽く振り回してみてもぶれる事無く雷光の刃を維持している。試しに角材を作業台の上に置いてはみ出した部分に当ててみると、バチバチと放電現象を起こしながら焼き斬れた。

「おお〜凄い」

 今度は床に角材を立てた状態で斬り付けてみる。そうすると、素早く斬り付けた場合は角材が焼き斬れる前に光刃の部分が通過してしまう為、光刃が当った部分が少し焦げる程度に留まった。長く光刃を当てていれば眩しい放電を起こしながら対象を焼き斬る事が出来る。威力控えめな光の剣だ。

「危ないけど、一瞬斬るだけなら軽く電撃当てるのと同じ感じかな?」

 九センチ角の角材を五回ほど焼き斬った所で魔力が尽きた。魔力石を交換してスイッチの安全装置を掛けてから作業台の端に置く。持ち歩くなら専用のホルスターを作らなくちゃなぁと、朔耶は幼馴染が持っていた特殊警棒のベルト付きホルスターを思い浮かべた。ちなみに安全装置の取り付けは弟の提案によるモノである。

「革の裁縫になるし、職人さんに注文しよっと」

 そろそろレイスやフレイも宮廷魔術士の仕事で城に出向いている頃合かと、朔耶は作業台を片付けて工房を出た。エレメントブレードも途中の革裁縫職人の工房でホルスターを作って貰う為に持って行く。


「ん〜 これは自転車か何か、手軽な乗り物が欲しいかな」

 革裁縫の職人に形状や仕様を伝えてホルスターを注文した朔耶は、カースティアの派遣騎士団を動かせる許可書を受け取りに城へ向かっていた。王都での移動は大抵馬車を使っていたので、工房から城までの距離は歩くと結構掛かる。

 ようやく貴族街入り口の門に辿り着いた所でブラフニール家の紋章が付いた馬車と擦れ違った。公爵家令嬢エルディネイアが乗った馬車、朔耶はちらっと見えた車室の中にドーソンの姿も見つけた。

 御者台の使用人らしき人が朔耶に気付いて軽くお辞儀をする。車内のエルディネイアとドーソンはお喋りに夢中で馬車が門を過ぎても速度を上げない事に気付かない様子だった。朔耶は気を利かせている御者に苦笑しながら手をヒラヒラさせて合図を送ると、御者は申し訳無さそうに頭を下げながら馬車を走らせて行った。

「ルディ達は今から学校かな、また模擬戦の観戦にも行きたいなぁ」

 公爵家の馬車を見送り、門を潜った朔耶はノンビリと貴族街の街並みを眺めながら防壁沿いに半周して上流区へ入る門に向かう。開放区より上は朝の喧騒というモノに縁が無いようで、この時間でも静かなモノである。

 等間隔に設置された街灯は、もうすっかり通りにも馴染んでいるようで、貴族街の風景に溶け込んでいた。朔耶は自分が企画して作った街灯の並ぶ通りを見て、未だ街の一部しか知らないこの王都に愛着を持ち始めている事を実感した。

『卒業したら本気でこっちに就職しようかな? あたし……』
スデニ シゴトニ ツイテイルノデハ ナイカ?
『……そう言えばそうだったね』

 "王室特別査察官"、朔耶が王都で自由に動ける為に与えられた官職であり閑職ではあるが。

「"信頼の証"作りにも精を出さなきゃねー」






 城の入り口で馬から降ろされた朔耶は運んでくれた騎士に礼を言った。朔耶がてくてく歩いている所を見つけた騎士団の騎馬隊が、国の救世主とも囁かれている王女の客人を護衛も付けずに歩かせるなど言語道断とばかりに城まで運んでくれた。割と強引に。

「運んでくれてありがとね」
「いえ! 自分は当然の事をしたまでであります!」

 朔耶の本音としては城までノンビリ街の風景を楽しみながら歩いて来たかったのだが、この真面目な若い騎士様は騎乗を断ると馬を降りて後ろに続きそうな勢いだったので、朔耶は仕方なく運んで貰う事にしたのだ。表面意識を読んだ限り、下心も無かった。

「では! 自分は任務に戻ります故!」

 ぴっちり敬礼をして去っていく真面目な騎士を溜め息交じりで見送った朔耶は、とりあえず城内に入ると許可書を受け取りに宰相の執務室を目指すのだった。 城の中は何やら少し忙しない空気に包まれていた。




「やほーフレイ、元気?」
「あ、サクヤ様! 何時此方へ?」

 各執務室のある階まで上がって来た朔耶は、廊下を歩いているフレイを見つけて声を掛けた。世界を渡るようになってから数日置きに一泊二日しか此方の世界に現われない為、以前のように一日中フレイと一緒に過ごすという事も無くなり、フレイも魔術士隊に配属されてからはそれまでのようなアクレイア家使用人兼朔耶の専属警護という立場には居られなくなった。
 もとより此方の世界での朔耶は警護を殆ど必要としない存在となっている。

「今日の朝だよ、ちょっと工房で作業してたんだけど…… なんだか城内やけに忙しくない? 何かあったの?」
「はい、実はルティレイフィア様が昨夜お帰りになられまして、皆さん浮き足立ってるんですよ……」
「……って、誰?」
「あ、スミマセン! ルティレイフィア様はレティレスティア様の妹御、第二王女様に有らせられる方ですわ」

 レティレスティアの妹である第二王女ルティレイフィア・フィリス・フォルティシス・フレグンスは、度々お供を連れてはお忍びで諸国放浪の旅に出て暫らく帰ってこないという放浪癖のある少々困ったお姫様で、レティレスティアと違って精霊術の才は交感能力が辛うじてある程度。

 その代わりに近衛を指南役に就けて剣術を修め、魔術の修得にも積極的に取り組んで実力を伸ばし、剣・魔・精のバランスが取れた非常に優秀な戦士としての力を身につけていた。

「あー、もしかしてレティが寝不足なのって」
「ああ…… 昨夜は晩くまでお部屋で話してらしたようですから……」
「なるほどね ……しっかし放浪癖のあるお姫様かぁ」
「何でも今回は南東の未開地を旅していらしたそうですよ?」

 オルドリア大陸南東には何処の国にも属していない街が点在し、その地域に住む人々は国同士の争いとは殆ど無縁な環境で細々と暮らしている。
 
 大陸の中央部分が北から南までフレグンスの支配圏にある事で他の国々もその地域への介入が出来ず、フレグンスも南東の端まで支配圏を伸ばした所で得る物が無く、逆に未開地に多い魔物への対処や土地の開拓で無駄に金が掛かってしまう為、その地域には手を伸ばしていない。

「そんな危なそうな所をお忍びで?」
「はい、でもルティレイフィア様はとても御強い方ですから、アルサレナ様も国王様も余り心配なさらないみたいですよ?」
「へー」

 朔耶とフレイが城の上層階廊下で第二王女様の噂話に花を咲かせている所に、凛とした覇気を感じさせる鋭い声が響いた。

「フィレイヤ! そんな所で何の無駄話をしている! 仕事はどうした!」
「ひゃっ す、スミマセン!」

 飛び上がって驚きながら謝るフレイ。廊下の奥からカツカツとブーツの音を響かせて早足に歩いて来る人物、首の後ろに纏めた赤毛に近い色のストレートな金髪を靡かせ、少しツリ気味で強い意志を感じさせる薄い翠色の瞳が、フレイと並び立つ小柄な黒髪の少女を捉える。

「……お前は……」
「あ、初めまして朔耶と言いマス」

 キリッとして厳しそうな印象のルティレイフィアに訝しむ視線を向けられ、朔耶は『お世話になってます〜』と挨拶をした。

「そうか…… 貴女が純真な姉上を誑かし、母上、父上に取り入ったという"黒髪の戦女神"か」

 ルティレイフィアは口惜しそうに朔耶を睨みつけると、苦々しく呟き、スッと腰を落として剣の柄に手を掛けた。


「…………あれ?」

 またしても通り名が更新(どちらかといえば追加)された朔耶は、たらリと汗を浮かべた。







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