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戦女神編
49話:和解と新たなる潮流




 無事カースティアの街に入る事が出来た傭兵団は其々宿を借りたり適当な広場にテントを張るなどして身体を休め、疲れを癒していた。中には早速娼館に遊びに行くような猛者も居る。

「じゃあ、ここでお別れだね」
「そうだな……」

 ほんの一日、僅かな付き合いだったが楽しかったと朔耶は笑って手を振り、『銀月の牙』傭兵団と別れた。黒髪を揺らして派遣騎士団本部の建物に消える朔耶を、ブラット達は静かに見送った。

「行ってしまいましたね」
「ああ……」
「それにしても、さっきのアレは驚きました……噂ではクルストスに現われた"サクヤ"は白と黒の翼を持っていたそうですが」
「……ツヅキは両翼とも黒だったな」

 今回の出来事でフレグンスにはあのような力を持った精鋭精霊術士が少なくとも二人以上居ると、傭兵達には認識された。それが抑止力となってか、以後フレグンスと対峙する立場になるような仕事にはめっきりと引き受け手が居なくなるのだった。






「ようサクヤ、相変わらず人間辞めてんなぁ」
「あんた何気に酷い事言うわね……て、アンバッスさんにも言われたような……」

 何故か入り口の受付カウンターに座っているガリウスが書類を片手に声を掛ける。朔耶の姿を認めた王国騎士団の騎士や本部職員達は顔を強張らせる者と憧憬の目で追う者とに分かれた。

 派遣騎士団本部は本来詰めている筈の騎士達が和平会談の日に受けた奇襲で壊滅してから騎士の人員不足が深刻化していたが、ここ数日は防衛の為に派遣されて来た王国騎士団が入っている為、割と雑然とした状態であった。ちなみにガリウス達が立て直した派遣騎士団の生き残りはエバンス攻略の為に出払っている。

「なにしてんの?」
「意見書つーか嘆願書の纏めだ、街の住人からの要望だとかそんなんだな」

 どれどれとカウンターの上に束で重ねられた書類を覗き込む朔耶。此方の文字も言葉同様疎通の加護で翻訳される為、書く事は出来ないが読む事は出来る。そこには色々な街の住人の声が綴られていた。

「ふんふん、カースティアにも王都のような街灯を設置して欲しい、か……」
「人も金もねーよ」

「ふーむ、東通りの○○団を取り締まれ?」
「ああ、そりゃ西通りの△△団だな、チンピラグループの縄張り争いだ」

「ううむ、孤児院の経営に援助をお願いします」
「予算がねぇ」

 その後も記されている住人達の要望やら嘆願を朔耶が読み上げては、ガリウスが『無ぇ』で切り捨てる。

「……何も出来ないんじゃん」
「しょうがねぇだろ、実際本部の維持だけでいっぱいいっぱいなんだから」

 カースティアは街の規模もそこそこなれば住人達の生活もそこそこ裕福で、良く言えば平凡で静かな街、その実これといって特筆すべき特徴の無い地味な街でもある。地理的にキトからは一番遠い場所にある為、商人達の足も遠退き、特産品も何も無いので観光客が訪れる事も殆ど無い。

「この街はほんとに何もねーからなぁ、昔は南部侵攻の入り口だったからデカくなっただけで、今はバーリッカムまでの中継街でしかねぇし」

 街の収益がバーリッカムを目指す観光客の宿泊施設利用くらいしか無いので、街に何か新しいモノを設けようとしても絶対的に資金が足りない。現状を維持するだけで精一杯なのだとガリウスはぼやいた。

「住人の要望に応えるどころか、娯楽施設の一つも建てられやしねぇぜ」
「王都から資金援助とか受けられないの?」
「投資する理由がねぇから無理だな、俺等を派遣して食わせてるだけでも結構維持費掛かってるしな」
「うーん……」

 唸る朔耶に『お前が悩む事じゃねぇよ』と言って宿舎で休むよう促したガリウスは、書類に何やら書き込みながら選り分ける作業に戻った。朔耶も疲れていたので素直に本部の宿舎に向かうのだった。




 宛がわれた部屋に入った朔耶はベッドに横になると、早速レティレスティアに交感を繋ぐ。

『レティー?』
――サクヤ、待っていました。其方はどうなりました?――
『うん、上手く片付いたよ。あの髭の人が煽りに来てたけど、エバンスが早く制圧されてたんで平穏に終わったよ』

 朔耶は今日の一連の出来事を掻い摘んで伝えていった。カースティアの防衛に来ている王国騎士団の行動については、やはり功を得ようと焦る中流貴族出の指揮官を就かせたのが裏目に出たのかもしれないと話し合う。

――やはり、サクヤの事はもっと宣伝しておいた方が問題も少なくて済むのかもしれません――
『うーん、それもどうかなぁ 結局偉い人の前でだけ立派に振舞うようじゃ困るっしょ?』

 重要な任に就く騎士の誠実さ、というモノを少々過信しているきらいがあるレティレスティアに、朔耶は『騎士も人の子』と諭して厳しい目を向ける必要性を説いた。こういう所にレティレスティアの温室育ちな面が窺える。

『あ、そうだ それとカースティアの事なんだけどね』

 話のついでとばかりにカースティアの街について思う事を話した朔耶は、この街に何か観光の目玉になるようなモノを造る提案をした。街のすぐ北東に広がっている大きな湖を利用して遊覧船を経営する等の娯楽事業を取り入れるアイデアを話してみる。

――街の活性化、ですか……それは良い考えもしれません、父様にも話してみます――
『ん、宜しくねー 明日の朝か昼頃には一端そっちに飛ぶから、ちょっとレティに協力して欲しい事があるんだけど……いい?』
――勿論です! 私に出来る事であれば何なりと――

 レティレスティアの写真撮影を予定に組み込んだ朔耶は明日、王都の城で会う約束をして交感を解いた。

「よし、寝よう  寝てる間の事は宜しくね~」
ココロエタ ユックリ ヤスムガヨイ

 あのガリウスがいる本部内の宿舎である、大分打ち解けたとはいえ油断は出来ない。朔耶は就寝中の警護を神社の精霊に任せると、数日ぶりの此方の世界のベッドで眠りに就いた。






「…………」

 深夜、朔耶の眠る部屋にこっそり侵入しようとする影があった。扉の所からベッドの様子を窺う人影は、朔耶が眠っている事を確認すると素早い身のこなしで部屋の中に滑り込む。足音を立てずそっとベッドに近付く人物。

「ああ……やっぱり可愛いなぁ サクヤちゃん……」

 オレンジ掛かった金髪に割と小柄な体躯で女の子のような童顔を持つガリウス小隊の子犬騎士、フラン・テイル・カルウットだった。朔耶の力を目の当たりにして尚、夜這いを仕掛けようとする辺りにガリウス小隊の一員である事をうかがわせる。

「僕は隊長みたいに強引じゃないからね~」

 シーツに零れるはなり広がった黒髪をそっと撫でながら唇で感触を確かめると、此方の世界には無いシャンプーの香りがふわりと鼻腔を擽る。そのソフトな花の香りは、貴婦人達の使う高級な香水や香油とはまるで違う不思議な優しさがあった。

「うう……隊長みたいに強引じゃないつもりだったんだけど……」

 その香りにやられてしまったのか、フランは熱っぽい視線で朔耶の寝顔を眺めると、逡巡しながらも徐々に顔を寄せて行く。近付けば近付く程、今度はシャンプーの香りよりさらに甘く懐かしい気持ちにさせる石鹸の香りに囚われ、益々離れられなくなってしまう。

 これはもう我慢出来そうにないと朔耶の胸元に手を伸ばした途端、何かに阻まれるように身体を押し戻された。起してしまったかと焦るフランだったが、朔耶は熟睡中らしく規則正しい寝息が聞えている。

 が、眠っている筈の朔耶の眼が開いてフランを睨みつけた。その瞳が蒼く輝く。

「!っ」
武士(もののふ)にありながら此の様な下劣なる振る舞い恥と心得よ。この身に指一本触れること、叶わぬと知れ」

 普段とはまるで違う別人のような雰囲気と口調で厳しく叱責する朔耶に、フランは一瞬相手が誰だか分からなくなる錯覚を覚えた。だが直ぐに気を取り直すと朔耶の様子を(つぶさ)に観察する。

 ベッドに横たわっている朔耶の身体は薄っすらと光を纏い、シーツが僅かにはためている。瞳の蒼い光は眼の奥に宿る灯火のように揺らめいていた。

「……君は、何者だい? もしかしてサクヤちゃんに憑いてるの?」
「我は朔耶に使役されし精霊ぞ、我が主に粗相を働く者は何人なれど排除してくれよう」

 使役した精霊が契約者の身体を使って話すなど聞いた事が無い。唖然としているフランを余所に、朔耶の瞳に宿る蒼い光が強まったかと思うと部屋の扉が開かれ、巻き起こった突風がフランを吹き飛ばして廊下に叩き出す。フランが部屋から強制排除されると扉はパタリと閉じられた。 

「ガード固すぎるよ、サクヤちゃん……」

 廊下でひっくり返った体勢のまま、フランは人知れず呟くのだった。








 翌朝、朔耶は宿舎の食堂の広いテーブルで朝食を摂りながらカメラを弄っていた。還る前にレティレスティアの写真を撮らせて貰うのでフィルムと動作チェックを一通り済ませておく。 そこへガリウス小隊の面々が朝食を持ってやって来た。

「よう、なんだそれ?」
「おはよー あたしの世界の道具よ」

 そう言ってパシャリと一枚、ポラロイドカメラで試し撮りをする。フラッシュに驚いて後退りするガリウス達、特にフランは『わぁ!ごめんなさい』と頭を抱えてしゃがみ込んでいる。 朔耶は起床時に精霊から昨晩の報告を受けていたので苦笑で返した。

「ん、出てきた出てきた」
「なんだ? 電撃かと思ったじゃねえか、脅かしやがる」

 朔耶がカメラから出てきた写真をひらひらさせていると、一体なんの紙切れかと覗き込んで今度は硬直するガリウス達。

「お、おいっ なんだそりゃ! 呪術の類じゃねえだろうな!」
「朝から騒がしい人ねぇ ただの絵だから大丈夫よ」
「随分と精巧な絵だな……」
「まるで鏡だねぇ」

 食堂にいる他の騎士や職員達が遠巻きに朔耶から距離をとって座っている中、ガリウス小隊の四人だけは同じテーブルに着いてわいわいと騒ぎながら一緒に朝食を摂った。




 朝食を済ませた朔耶が王都へ飛ぶ為に派遣騎士団本部の屋上にやって来ると、何故かガリウスが見送りに来ている。

「仕事しなくてイイの?」
「見送りの間くらい席を外したってどってコトねーよ……」

 朔耶は肩を竦めてカメラのストラップを腕に通した。王都へ飛ぶついでに上空からカースティアの街を撮影して航空写真を撮っておこうと考えたのだ。 街に観光施設を作るなら正確な全景があった方がやり易い。

「……なあ、サクヤ お前は今後もコッチの世界に通うのか?」
「うーん、どうなんだろう? 縁は大切にしたいけど、無理に来る必要もないんだよね~」

 此方の世界で親しい人達の身に何かあれば、自身の精霊の力を振るうべく駆け付けるつもりでは居る朔耶だが、自分の生きる世界は家族の居る向こうであると考えていた。

「でも、どうして?」
「ん? ん~……まあ、早いほうがいいか。正直スマンかったな、サクヤ」
「ほぇ?」

 いきなり謝罪に出たガリウスに面食らった朔耶はどこぞの魔法少女のような声を漏らす。ばつが悪そうに頭を掻くガリウスは色々と誤解をしていた事を白状した。
 王女に異例の待遇をさせる異国の少女という点で集めた情報から、森で近衛と逸れていた間にその少女と何があったのか? 王女が少女を優遇せざるを得ない理由が作られたか、でなければ王女側の理由で少女に執着しているか、という詮索をしていたという。

「昨日の指揮官を見て分かったと思うが、フレグンス貴族の名誉欲気質はこんな事態になってもまだ変わらねぇほど根深くて腐ってるからな、王女をやり込めた雌狐なら取り合えず首に縄でも付けて、王女に飼われる雌猫なら手懐けておこうって考えてたんだ」
「何気に言葉の柄悪いわね……、あたしが何処かの家の手先か何かみたいに考えてたって事?」
「まあ半分な、なんせどいつもこいつもテメェの出世しか頭にねぇ奴ばっか見て来たから、……俺も眼が曇ってたらしい」
「へぇ……」

 朔耶は感心したように呟くとガリウスに向き直った。彼等は彼等なりにフレグンスを想って行動していた事が分かって少し楽しい気持ちになる。やり方は随分とイリーガルだが単に何も考えず好き放題していた訳ではなかったのだ。

「前よりもうちょっと見直したよ。うん、赦してあげる」
「そうか」


 ガリウスと和解の握手を交わして空へ舞い上がった朔耶は暫らく旋回しながらカースティアの街を撮影し、やがてフレグンス王都の方角へと飛び去った。派遣騎士団本部の屋上から黒い翼の少女が見えなくなるまで眺めていたガリウスは、扉の影で気配を消している部下に声を掛ける。

「夜這い掛けたんだって? フラン」
「!!っ」

 ガタタンッと物音を立てて逃げ去ろうするフランを捕まえたガリウスはフランの首に腕を回してニヤニヤと尋問する。結果は知っているのでこれは只の冷やかしだ。

「でぇ? どうだったんだ? 良かったか? キツかったか? 柔らかかったか? いい匂いしたかぁ?」
「もぉ、酷いよ隊長っ 知ってて言ってるでしょ!」

 不良小隊の隊長と部下はじゃれ合うようにしながら騎士団本部の建物の中に戻って行った。



 




「あ、カンタクルが見えてきた。此処までは結構飛んだけど、やっぱり王都に近い街なんだね」

 昼間だと国境の街カンタクル上空からは遠くに王都の影を見る事が出来る。王都が丘の上にあるのも遠くから見通せる理由のようだった。時速二十キロ程度の馬車で八時間程の距離だが、今の朔耶なら普通に飛んで一時間程で到着する。ちなみにカースティアから此処までは二時間弱で飛んで来た。

「お昼前くらいに着きそうだから、丁度レティの自由時間と合うかな」

 ついでにカンタクルの街の航空写真も撮った朔耶は写真をポシェットに仕舞いながらそのまま飛び去る。地上で朔耶に気付いた何人かの騎士や住人が空を仰ぎ見ていた。


 それから約一時間後、王都上空に辿り着いた朔耶はレティレスティアに到着を知らせて真っ直ぐ城を目指した。

「とぉーちゃぁーく! 今っ なんつって」

 ちょっと拙いかなと思いつつも朔耶は直接フレグンスの城の上層テラスに舞い降りた。一々城の外に降りて門から入るのが面倒だったのだ。テラスから城内に入った朔耶は廊下をひょいひょいと進んでレティレスティアの待つ広間がある階に下りて行った。

「勝手知ったる城の中~と。 やほーレティ、待った?」
「サクヤ!」

 スカートの裾を両手で抓み、満面の笑顔を向けて駆けて来るレティレスティア。朔耶は内心で配役が違っているのではないか? と腑に落ちない気持ちになりながらも、健気に腕の中へ飛び込んで来る姫君を抱きとめた。――やっぱり何か間違ってる気がした。




 撮影に良さそうなサロンでカメラの事を説明し、珍しそうにレンズを覗き込んでいるレティレスティアを一枚撮ってみる。こちらはデジタルカメラの方だ。フラッシュとシャッター音にビクリと肩を震わせて目をぱちくりさせている姿は小動物のような可愛らしさがあった。
 取り合えず、レティレスティアのドアップ画像でひとしきり笑って和んだ後、ポラロイドカメラを構える。

 カシャッ ジーー カシャッ ジーー カシャッ ジーー

「サクヤ様! レティレスティア様も 何を、なさっているのですか?」
「あ、フレイも良い所に来た 並んで並んで」
「え? え?」

 宮廷魔術士の仕事で城に来ていたフレイは朔耶が城に居るという噂を聞きつけてサロンにやって来たのだが、有無を言わさずレティレスティアの隣に並べられると何やら黒塗りのランプのような道具に青白い閃光を浴びせられるという不可思議な儀式に参加させられた。テーブルの上には表面を黒く塗り潰された四角い光沢のある紙が散ばっている。

「おっと、最初の分が出てきたかな」
「まぁ! 私にも見せて下さいサクヤ」
「あの……これは一体何事なのでしょう?」

 久し振りに会えたと思ったら謎の儀式に強制参加、しかも王女様と並んで色々と構えを取らされるという恐縮スパイラルに入る暇も無い勢いに押されつつも、フレイはテーブルに散ばっていた光沢のある紙を集めている朔耶とレティレスティアに伺ってみる。

「ふふふ~、これ」

 そう言って朔耶が見せた紙にはまるで生き写しのようなレティレスティアの小さな姿があった。魔術の類かと驚いたフレイだったが、人の手では描けない精巧な絵だと説明され、精霊が描く絵なのかと感嘆するのだった。

「フレイのもあるよ~、ほら」
「わっ 凄い……私です」

 フレイとレティレスティアが信じられない程精密に描かれた"写真"に眼を奪われている所に、また知った声が掛かる。

「あら、何をしてらっしゃるの?」

 ギクリッと肩を震わせるフレイ。ランバルト公に用事があって城を訪ねていたエルディネイア嬢だった。エルディネイアがレティレスティアに優雅な礼で挨拶をすると、レティレスティアもそれに応える。フレイはジリジリと朔耶の後ろに隠れようとしていたが――

「丁度良いからルディも入って入って」
「それは良い考えですわね」
「な、何ですの一体」
「(はぅあぅ~)」

 そんな調子で朔耶も被写体に入ったり、一人ずつ交互に撮ったりしながらフィルムを使い切るまで撮影が続けられた。その内の何枚かは其々レティレスティアとエルディネイアとフレイにプレゼントされる。

「それにしても、サクヤの世界には凄い道具があるのですね」
「別の世界と聞いてもピンと来ませんでしたけど、これは確かに驚きましたわ」
「ふふ、あんまり向こうの道具はこっちに持って来ない方がいいって弟に忠告されたんだけどね」
「そういえばサクヤ様にはお兄様と弟御がいらしゃるんでしたね」

 撮影を終えた四人はサロンでお茶を飲みながらお喋りに興じていた。揃っているメンバーが第一王女に公爵家令嬢に朔耶とあって只管縮こまっていたフレイも少しは打ち解けたようだ。
 
 朔耶がエルディネイアにフレイを同等に扱うよう無言の圧力を掛けていたのが功を奏したらしい。エルディネイアもフレイの事情や本来の立場を少なからず知っているので、貴族の嗜みで身分云々を持ち出すつもりも無く、それ以前にもエルディネイア自身があまり身分についての拘りを意識しなくなっていた。 誰のせいかは言わずもがなである。


「すると今度はカースティアを活性化させるつもりですの?」
「んー別にそこまで突っ込んで考えてる訳じゃないけどね」

 お菓子を齧りながらカースティアの観光施設について話す朔耶。一応北東にある湖に遊覧船を走らせる等の案を出しているだけで、具体的な構想には至っていない。

「資金が無いらしいからね~……そういえば、あたしの工房から出た道具の売り上げってどうなってるの?」
「サクヤ様の工房資金で直ぐに動かせるのはパル金貨で約五千枚程ですね」

 オルドリア大陸の通貨はフレグンスとキトの通貨が混ざってキトを基準にほぼ"パル"で統一されている。銅貨三百枚が銀貨十枚、金貨一枚分に相等し、旧帝国金貨が一枚でパル銀貨十五枚分程の価値になる。

 朔耶の工房資金はサクヤ式コンロとサクヤ式ランプの売り上げから税を払った分に中流貴族家からの支援金を足した金額がフレイの提示した金額だった。工房の維持費や人件費等も引いてあり、街灯設置事業で儲けた分が大半を占めている。

「それってどの程度なの?」
「えーとですねぇ、サクヤ様の工房と同規模のお屋敷を必要な家具や人材を含めて一軒建てられるくらいですね」
「んー、そんなもんか~……」

 ちなみに星四つクラスの武具オールグレンで一番安いモノを一式集めるとパル金貨五十三枚程になる。 王都の一般民で一日に必要な生活費はパル銅貨十二枚もあれば腹一杯食べられるくらいとなっている。

「手出すならアイデア勝負かな、これは」
「サクヤならきっと良い案が浮かびますわ」
「私もそう思います」
「事業ねぇ~、私もドーソンに何かやらせてみようかしら……」

 それは止めといた方がいいと朔耶はエルディネイアの肩に手を置いて無言で首を振った。

「まあ、来週またこっちに来るまでに何か考えておくよ」
「ライシュウ?」
「ああ、えーっと六日後くらいね」

 そろそろ還る準備をするという朔耶を名残惜しそうに見送るレティレスティア達と別れ、工房に一っ飛びした朔耶は行き成り空から降りて来た工房主に驚く衛兵に『ご苦労様~』と工房の警備を労って恐縮させながら扉を開けて貰った。

 工房内の少しカビっぽいような匂いに懐かしさを覚えながら、朔耶は魔力石と測定器、サクヤ式ランプ、サクヤ式ライター、反発力ユニット等を手早くリュックに詰めて持って還る準備を整えた。これで弟への土産もバッチリだ。

「よし、リュックと携帯も回収したし、ジャケットはまた今度バルの所に行った時にでも持って帰ろうかな」

 ランプの火を落として工房を出た朔耶は、何時かのキャンプに出掛けた日のように大きなリュックを背負うと、衛兵に挨拶してまた恐縮させながら精霊に帰還の要請をした。

『元の世界へ――』
ココロエタ


 そろそろ夕方に入ろうかという時間、朔耶は自宅の庭へと帰還した。明日は学校である。

「あ” 宿題どうしよう」







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