「ツヅキ、お前は団長のテントに居ろ」
「は~い」
夕食の後片付けを済ませた朔耶に夜は出歩かないよう注意した団員は、返ってきた軽い返事に鼻を鳴らして歩哨に戻った。今日の明け方この団の陣地に『落ちて来た』朔耶は夕暮れ過ぎにはすっかり馴染んで団に溶け込んでいた。
団員達からすれば戦地で拾った雑用係の子供に和んでいるような所もあったりする。尤も、朔耶がそんな人畜無害な子供だと思っている団員は一人もいない。朔耶を見た余所の団から『噂にある特殊精鋭精霊術部隊サクヤ』の関係者では? という内容の問い合わせが引っ切り無しに入るのだ。
朔耶の育ちの良さを感じさせる艶肌に幼げだが整った顔立ち、光沢のある黒髪に黒い瞳という神秘的な容姿に眼福を覚え、あどけない奔放な行動に和みつつも警戒は怠らない。そんな関係だった。
「今日だけで余所の団から十三回も問い合わせが来た」
朔耶がテントに入るなりそう言って腕を引き寄せたブラットは、流れるようなダンスにも似た動作で抱えながら放り投げるとそのままベッドに押し倒す。ボフンッと意外に柔らかいベッドに抑え付けられた朔耶はそれでも動じた様子を見せずにブラットと対峙した。
「いきなり狼さんですか」
「お前の返答次第では牙を剥く事になるな」
ブラットは朔耶の頬に掛かった黒髪の束を軽く梳き上げるように掴み、黒い瞳を覗き込みながら腕甲から抜き出した隠しナイフを喉元に突き付ける。
「単刀直入に聞く、お前は"サクヤ"か?」
「うん」
一瞬ブラットの動きが止まる。まさか素直に答えるとは思っていなかったので、口を割らせる為に考えていた尋問の工程が全部無駄になった。
「……えらく素直だな、それとも噂に聞くような力を持ってすれば……この程度は身の危険に入らんか?」
「どんな噂か知らないけど、乱暴されない限りは抵抗しないよ?」
若干の緊張と羞恥らしき感情は見て取れるが至って落ち着いている様子の朔耶に、ブラットはこれが此方の隙を誘うための演技である場合と本当に噂通りの力を持っていて余裕がある場合を考えた。
「分からんな……」
「?」
「まあいい、幾つか質問がある。逸らかすのは無しだ」
「いいけど……ちょっと顔が近いから、もう少し離れて」
ブラットは眉を曲げると、ナイフは突き付けたまま僅かに顔を引く。
「まず、お前の目的だ。 何故俺の団に近付いた」
「だからそれは偶々だってば」
「それは他の団でもよかったという意味か?」
「じゃ無くて、傭兵団の陣地に出ちゃった事自体が想定外だったのよ」
意図せず陣地に『出た』という朔耶の言葉に、やはり転移術を使って入り込んだのかと判断したブラットは朔耶が団に取り入った理由、ココに留まる理由等を質問したが、全て朝の内に話した内容と変わらなかった。
「つまりナニか、お前は"サクヤ"という正体を隠していた以外は全て朝言った通りという事か?」
「そう言う事、サクヤの名前は知られるとちょっと拙いかなーって思って伏せてたの」
"サクヤ"の存在は今やフレグンスと対峙する勢力共通の脅威として傭兵団にも知れ渡っている。ブラットはその判断に一応の納得をみせた。
「確認するが、それはお前の個人の判断であってお前の他の仲間は感知していないんだな?」
「んー……、一応皆には知らせてあるんだけど……」
「……それは、お前の行動は容認されていると認識して良いんだろうな?」
「うん、別に反対はされてないし」
『そうか』と少し肩の力を抜くブラット。彼女の行動が容認されているなら、このまま作戦終了まで"サクヤ"の襲撃は無いと考えた。
ここまでの会話で、二人は互いの認識が微妙にズレている事に気付いていない。ブラットは"サクヤ"を『フレグンスの特殊部隊』だと思っている。よって朔耶が伏せていた名前は"サクヤ"という部隊名であり、朔耶の名前は"ツヅキ"と認識していた。
つまり、ブラットの認識では『ツヅキは"フレグンス特殊精鋭精霊術部隊サクヤ"の一員で学生の素人』となっている。
「エリート精霊術士という所か……ツヅキ、お前はカースティアの前哨戦には参加したのか?」
「前哨戦って、会談があった日の襲撃の事? それなら途中で飛び込んでちょっと暴れたかな」
「……そうか」
精霊術の実力の高さ故に素人の学生でありながら戦場に立つ、ブラットは朔耶にそんな境遇をイメージした。フレグンスが精霊の国と呼ばれる所以、王族は代々精霊術に優れた血筋を持っている。
"サクヤ"の一員に選ばれるほど精霊術に優れ、王室に顔が利くとなれば王族の血縁者であると考えられる。空を自由に舞うという話が竜籠の利用を指していたなら、竜の扱いを学びに帝国へ留学した折に皇帝と面識を持つ機会があったかもしれない。
そんな調子で、ブラットの中に『間違いだらけの朔耶像』がどんどん組上げられて行くのだった。
「団長!」
その時、団員の一人が慌てた様子で呼び掛けながらテント入り口の布を跳ね上げ――
「! お楽しみ中でしたか、失礼しました」
直ぐに入り口を閉めた。
「なっ 待て待て! 俺は子供に手ぇ出すほど落ちぶれちゃいないぞ!」
「ちょっ 誰が子供よ!」
未だ朔耶をベッドに押し倒したままの体勢でいたブラットは慌てて部下の誤解を解くべく立ち上がると、ベッドから飛び降りるようにテントの出入り口へ走る。ブラットの背中を睨み気味に見送る朔耶に、神社の精霊から警告が発せられた。
チュウイセヨ タタカイノ ケハイ ゲンキョウ ソレガ チカイ
『! 朝に感じてた予感の事ね?』
先程の駆け込んで来た団員が慌てていた様子にカースティアからの攻撃だろうかとも考えたが、それなら『お楽しみ中』とやらで引き下がる訳も無い。交感を通じて傭兵団の事情はレティレスティアに伝えてあるので、精霊神殿の水鏡でカースティアにも伝わっている筈だ。
「ちょっとレティに確認とっておこうかな」
そう呟いて、朔耶は交感を繋ぐべくレティレスティアに向けて意識の糸を伸ばした。
「何事だ」
部下から各傭兵団の団長に召集が掛かっている事を聞いて大手の団が用意している大型テントにやって来たブラットは、居並ぶ各団の団長達に問いかける。
「おお、来たか銀月の」
「これで全員揃ったか?」
ブラットは車座に座る各団長達と並び座りながら、彼等が視線を向ける先、テントの奥に立つ人物に目を向けた。
傭兵団の陣地には似つかわしく無い派手な衣装を纏った男。横に長い特徴的な髭はその賑やかな衣装とも相俟って道化役者かとも思える印象だったが――
『……こいつ魔族か? 後ろに居る女も普通じゃないな』
髭の男とその背後に控える女が纏う気配に、歴戦の傭兵としての勘が警鐘を鳴らす。『こいつらは危険だ』と。ブラットの他にもここに集う傭兵団長達は皆、この一見ユーモラスにも見える形をした男に警戒の念を向けている。
ヨールテスと名乗った男は自分がサムズからの使者であり、攻撃を躊躇している傭兵団に契約厳守を言い渡しに来たと語った。カースティアを攻め落とせと。そんな彼に傭兵団長の一人が口を開く。
「しかしな、色々と話が違い過ぎやしないか? なんで帝国に雇われてるのに帝国とやり合わなくちゃならねぇ?」
「これは異な事を! 傭兵の仕事は戦いが本分、相手が誰であれ何であれ契約に添って剣を振るうのが貴方方の在り方なのでは?」
そう言われてしまうと返す言葉が見つからないので黙ってしまう傭兵団長。彼等自身も分かってはいた事であり、時間切れを狙って待機しているのは契約違反ギリギリの行為に当る。しかし現状で戦うには余りにも割が合わない。
「しかしまぁ、貴方方の主張も分かります、事情が変わったのですからなぁ。ですので帝国との契約とは別に追加報酬を設けました」
「どういう事だ?」
ニヤリと口の端を上げたヨールテスは勿体付けた口調でサムズの指導者から取り付けた報酬を提示した。占領したカースティアからは好きなだけ略奪しても良い事、オールグレンの武具一式を二百セット用意する事。
その破格に過ぎる報酬内容に傭兵団長達は色めき立つ者と警戒の度合いを深める者とに分かれた。
「話がウマ過ぎる。カースティアの略奪権は兎も角、オールグレン一式二百なんて用意出来るのか?」
「第一、サムズはエバンスが制圧されるのも時間の問題だろう」
ヨールテスはその疑問の声に対して待っていたとばかりに頷くと、サムズと帝国の内情について少し触れながら説明する。サムズは帝国からの経済支援を秘密裏に受けとる条件として、帝国が契約して送り込んで来る傭兵団を受け入れ、帝国のフレグンス侵攻に合わせてクリューゲルに侵攻させる手筈だった。
ところが帝国内部で政変が起きて帝国内の実権を握る者が代わってしまった。
帝国を脱出した嘗ての支配者派の中核に居た者がサムズの指導者の元に逃れ、新しい支配者の政治体制が安定する前にフレグンスを叩き、次いで帝国に攻め入ればサムズが大陸の覇者になれると煽ってサムズを動かし今の状況に至っている。
「まあ、つまりはサムズは帝国の前支配者の残党に利用された訳ですな」
「おいおい、それじゃあ益々サムズには後がねぇじゃねえか」
「ソコです! サムズには後が無い、しかし帝国から受けた経済支援により金はある」
「……最後の足掻きに乗る、という訳か」
御名答! と称えるように両手を広げて見せるヨールテス。カースティアが落とされたとなればフレグンスも此方に戦力を向けざるを得なくなり、少しでもサムズを延命させる事になる。
何れは制圧されるにしても、報酬を用意する時間くらいは得られるだろう。
その間カースティアからは略奪し放題、サムズが落ちればカースティアから引き上げてエバンスに向かい、用意されたオールグレン一式を正式な報酬として受け取る。
カースティアでの略奪行為もサムズからの正式な報酬として示されたモノなので責任は全て滅びたサムズに向かい、傭兵団は文句を言われる筋合いも無く仕事を終える。元々の雇い主が帝国である事も有利な条件だ。
「いかがです?」
「うーむ……」
ヨールテスに示された条件と現状、契約と報酬に唸る傭兵団長達。やはり肯定的に見る者と否定的な見方をする者とに分かれて議論を交している。
「結論は早ければ早いほど良いですぞ? こうしている間にもサムズの首都エバンスに迫るフレグンス軍が――」
「エバンスならもう制圧されたわよ?」
傭兵団長達を煽るヨールテスの言葉を遮るように響く少女の声。全員の視線が大型テントの入り口に立つ声の主に向けられる。黒髪に黒い瞳の小柄な少女が、不思議な威圧感を漂わせながらそこに居た。
「ツヅキ……? お前、何を……」
「ほほぅ! サクヤ殿ではありませんか! このような場所で会うとは奇遇ですなぁ」
途惑った表情で呟いたブラットは、ヨールテスが芝居掛かった大袈裟な動作で"サクヤ"の名を口にした事に舌打ちする。テントの中がざわめいた。
「サクヤだと?! どういう事だ!」
「やはりあの娘は"サクヤ"だったのか?! 銀月の牙は敵を匿っていたのではあるまいな!」
「いや、昨日までは確かに姿を見なかったぞ。今朝の騒動の時からだ」
「まてっ! それよりもエバンスが落ちたという話だ!」
臨戦態勢を取りながら口々にブラットに対して説明を求めていた傭兵団長達は、その一言で得るべき情報の優先順位を定めた。エバンスが制圧されたという報が本当ならば、ヨールテスの持ってきた話は全て意味をなさない。
「ツヅキ、エバンスが制圧されたという話は本当か? どうやって知った」
「本当だよ? 夕方過ぎにエバンスの宮殿が制圧されて、神殿の水鏡で知らせて来たんだって。あたしへの連絡方法は内緒」
「と言う事は……カースティアにも連絡は行ってる筈だな?」
「確認の使者を出すか?」
朔耶とブラットの会話を聞いた傭兵団長達が話し合う。エバンスの制圧が確認されればその時点で作戦終了、速やかに戦闘終了を告げて最寄の街に引き上げる事が出来る。
ここからならば少々の気まずさはあるが、目と鼻の先にあるカースティアに入って身体を休める事になるだろう。
彼等がそんな相談をしている間、ヨールテスはキルトから受け取った伝送具でエバンスの元側近に連絡を取ろうと試みたが、連絡先の伝送具が応える事は無かった。
最後に連絡を取り合ったのは夕方前、朔耶の話では夕方過ぎに制圧されたとの事なので、あの連絡の直後か連絡の最中に襲撃された事になる。
「やれやれ、無駄足を踏んでしまいましたか……」
ヨールテスは伝送具をキルトに渡すと溜め息を吐きながら首を振った。そして徐に朔耶に目を向ける。
朔耶はその視線に身構えたが、ヨールテスは肩を竦めて降参ポーズをとった。ヨールテスには朔耶が意識の糸を伸ばして来ているのが見えている。
しかも、ここにいるほぼ全員に糸を絡めているので例え一斉に襲い掛かっても例の雷と閃光によって一瞬で返り討ちになる事が分かっていた。
「今ここで貴女と事を構える気はありませんよ、意味が無いですからなぁ」
『儲け損ねてしまいましたよ』とキルトを伴って大型テントを退出するヨールテス。朔耶は油断なくその背を見送っていたが、二人の姿が夜の闇に消えるとブラットに向き直った。
「仕事、終わって良かったね?」
「あ、ああ……」
狐につままれたような様子で答えたブラットは、先程の二人の事を知っているのかを問う。朔耶からの不思議な威圧感は消えていた。
「キトの代表で会談に来た人だったんだけど、サムズに協力してたみたい」
「キトか……成る程、そういう事か」
「何が?」
「いや……奴が去り際に言った"儲け損ねた"の意味が分かったのさ」
オールグレン一式を二百も揃えるともなれば莫大な金が掛かる。またそれだけのモノを短期間に集めるにはサムズ国内に余り流通していない為、キトにでも注文しない限り不可能だ。
「サムズが帝国から得た経済支援分でごっそり儲けようとしたって所だろう」
ついでにカースティアを攻めた傭兵団が壊滅してくれれば報酬に支払う予定だった武具も丸々手元に残る。代金だけ貰って納品前に注文した国が滅びれば商品は殆ど残るのだから、それはそれは大儲けだろう。
キトの商人は此れまで通り、ただ注文に応えただけなのでフレグンスも帝国も文句は言えない。
「……まさか、今回の騒動って、裏でキトが煽ってたなんて事はないよね?」
「さて、どうだかな……結構何でも有りの国だからな、あそこは」
肩の荷が下りたように首を回したブラットは自分の団の陣地に向かって歩き出した。朔耶もその後に続く。
"サクヤ"の事が気になっていた他の傭兵団長達も陣地を引き払う作業がある為、今は敵対している訳ではない"サクヤ"の事は一先ず置いておく事にしたようだ。
「……で、お前は何時まで俺達の団に居る気なんだ?」
「んー、みんな今日中にカースティアに入るんでしょ? だったら一緒に行こうかなって」
『自分が居れば街入りで揉めた時便利だよー』とアピールする朔耶に、ブラットも『確かにな』と納得する。戦闘終了の意思を伝える仲介役をやってくれれば、これ以上の適任者は居ない。
既に話が伝わっているらしく周囲の陣地と同様に銀月の牙の陣地もテントから運び出された荷物が一箇所に集められ、テントを畳む作業に入っている。
「ようツヅキ、団長とヤってたって本当か?」
包帯を巻いた男、怪我人のテントにいた団員が荷物の上に座ってニヤニヤしながら声を掛けてきた。
腕を負傷している為、片付け作業に参加出来ないので荷物番をしているらしい。朔耶は彼の傍まで歩いて行くと、包帯を巻いている腕にデコピンを放った。
断末魔のような男の悲鳴が傭兵団の陣地に響き渡った。
カースティアの正門に立つ衛兵が街道から近付いて来る大集団を見つけたのは日も完全に沈みきり、夜空に瞬く星の光が月明かりと競い始める頃だった。
少し前に傭兵団からの使者がエバンス制圧の報を確認に来ていたので、門番は慌てる事無く傭兵団一向が到着した事を街の防衛に就いている騎士に告げた。
街の防衛を任されている王国騎士団の中隊長が街を囲む防壁の上から傭兵団の大集団を見下ろす。門の内側に帝国から派遣された傭兵部隊が待機しているのを確認すると、門の外側にいる傭兵団に告げる。
「その場で武装を解除し、降服の意を示されよ!」
それを聞いた傭兵団の間にザワザワとざわめきが起きる。総指揮を取っていた大手傭兵団の団長が代表で訴え掛けた。
「我々は契約の終了に基いて作戦行動を解除した! 戦闘は終了した筈だ!」
「降服の意思を示さぬ限り、我が国に敵対する勢力を街にいれる訳にはいかん!」
「戦闘は終了した! 我々傭兵団は現在いずれの国にも属していない!」
「直ちに武装を解除せよ! 降服の意思なくば敵対行動と見做し、排除する!」
代表で訴えかけていた大手傭兵団の団長は肩を竦めると、振り返って他の傭兵団長達に首を振った。
「話にならんな……」
「今回の戦い、騎士達は剣を交えておらんからな、何か功が欲しいんじゃろ」
困ったモノだと皆で話し合い、街から離れた場所にまた陣地を張り直して野営にするかと方針が纏まりかけていた所に、先程の騎士の声が響く。
「武装解除を行わず、降服の意も示さない諸君等を敵と見做し、これより迎撃する!」
「なにぃ! ちょっと待てよ、そりゃあ横暴ってモンだろうが!」
「ふざけんじゃねーぞ! この貴族野郎!」
口々に防壁上の騎士に向かって罵りを浴びせながら騒ぎ出す傭兵団員達を余所に、騎士の合図で街の門が開いていく。門の内側には臨戦態勢を整えた傭兵部隊が隊列を組んで待ち構えていた。いくら高い錬度を誇る傭兵団でも今の状態に仕掛けられれば奇襲を受けるのと同じだ。
こりゃヤバイと荷物を運ぶ団員達を下がらせ、比較的手の空いていた団員が前に出て迎え撃とうと武器に手を掛けたその時――
「待ちなさい!」
良く通る少女特有の高い声が一帯に響く。門の前に集まった傭兵団から歩み出る小さな影。門の両脇に焚かれる篝火がその姿を照らし出した時、隊列を組む傭兵部隊から驚きと戸惑いの声が上がった。
「お、おい"皇帝の黒后"じゃねえか!?」
「なんで傭兵団の連中と……」
一方、傭兵団側からも朔耶の姿を見て期待の眼差しと呟きが囁かれる。エバンス制圧の報を知らせてくれたのは彼女だったと。
「そういえば、こっちには"サクヤ"が居たんだったな」
「ああ、銀月の牙に潜り込んでたって話だったが……」
傭兵団と傭兵部隊が門を挟んで向かい合う間に立った朔耶は、防壁の上で指揮を執る騎士に向かって声を張り上げた。実は精霊に少し音量を増やして貰っている。
「私は王室特別査察官のサクヤです、エバンスが制圧されてサムズとの戦闘は終わっている筈よ? 速やかに皆を街に入れてあげて」
「娘! 何者かは知らんが身分を偽り、賊に属する者なれば子供といえど咎を受け粛清されるモノと知れ!」
「あれ? あたしの事分からない? ガリウスーー! ガリウスそこに居ないのーー?」
朔耶は気は進まなかったが話の分かるであろうガリウスを通してこの場を収めようと考えた。しかし、ガリウス小隊は日頃から好き勝手やっているので騎士団の中でも発言力は低く、この防衛任務にも参加部隊からは外されて本部の留守番をしていた。もっとも、本人達はそれで楽が出来るのだから文句も無いようだが……。
あの軽薄な声が応える様子は無く、当てが外れた朔耶は仕方なく神社の精霊に力の解放を呼びかけた。『羽を見せて飛ぶだけで十分だと思うから』と説得する。
シカシ チカラノイフデ オサメルハ ヒトトキノ アンテイニスギヌガ……
『言っとくけど、ちゃんと始めからカースティアか王都に着いてたらこんな苦労は無かったんだよ?』
痛いところを突かれたような気まずげな意思が精霊から伝わる。朔耶も傭兵団陣地に出てしまったからこそ、傭兵団の意図を知ってエバンス制圧を急がせる事が出来たので、これはこれで怪我の功名だったとも考えられるが、ここで力を使わず戦闘を止められないのであれば意味が無い。
『銀月の牙の人達とも親しくなっちゃったのに、ここで死なせたりしたら、あたし立ち直れないかも……そうしたいの?』
ソンナコトハ ナイ! シカシ チカラヘノイフハ サクヤヘノイフニ ヤガテ サクヤノ シタシキモノサエモ……
精霊から伝わって来る意思には、嘗ての主が救った村人や親しくあった友人達からさえも恐れられ、毒を盛られた事への哀しみと、哀しみ故にその毒を呷った事への悲しみ、主を救えなかった事の無念さ等が感じ取れた。
朔耶は神社の精霊が此処まで強い自我にも似た意思を持つに至った理由を理解した。精霊と契約する事は精霊と心を繋ぐ行為、使役者の心はそのまま繋がっている精霊にも伝わる。
この精霊は何とか主を助けたくて、身体から抜け行く主の魂を引き戻そうとして、契約の糸が切れる寸前まで抗った結果その心の一部を取り込んでいる。神社の精霊の言葉は、嘗ての主である巫女の言葉でもあったのだ。
『そっか……うん、あんたの気持ちは分かったよ』
サクヤ……
『でもね、あたしは あんたとは違う』
サクヤヨ ソウデハナイ チカラト チカラヲオソレルモノハ サクヤノアリカタトハ ムカンケイニ――
『あたしは、自分から死んだりしない』
精霊は人が如何に恐怖や不安といった感情に左右され易いかを説こうとしたが、朔耶の強い意志の下に紡がれた一言に沈黙する。
『もしこっちで毒入りのお茶を出されたら、それは飲めないよって、笑って返して二度とこっちに来なければ済む話だしね』
……デハ モシ モトノ セカイデ ソウナレバ
『時代が違うってば。 それにあたしの家族はあたしを恐れたりしないし、友達も曲者揃いだからね』
第一、元の世界にある兵器類の方が精霊術よりもよっぽど怖ろしいモノだと、時代による人々の脅威に対する価値観の違いを諭した。
『だから大丈夫、あんたも話し相手になってくれるんだから相談も出来るし、あたしは自分から死んだりしない』
…………ワガ アルジヨ
アナタニ シタガオウ
最初の呼び掛けから沈黙している朔耶の様子を窺っていた騎士団の中隊長は、門を挟んで黒髪の少女を中心に睨み合う傭兵団と傭兵部隊を見下ろし、このまま睨み合わせていても埒が明かないと判断して攻撃命令を下そうとした。
とその時、ざわりっと双方の集団からどよめきの声が上がる。朔耶の身体が仄かに発光を始めたのだ。一体何事が起こるのかと警戒していた防壁上の騎士団、門の内側の傭兵部隊、外側の傭兵団は、次の瞬間その光景に目を瞠り、驚愕の声を上げた。
青白い光に包まれた朔耶の身体が宙に浮かび、仄暗い光を纏った漆黒の翼が左右に広がって行く。
『あれ? 羽二枚とも黒?』
クロノセイレイノ キオクニミル イゼンノヤリカタデハ コウリツガワルイ
朔耶の思い付きで行った以前の飛び方では無駄に魔力を消費していて効率が悪いらしく、神社の精霊は宙に浮く為の魔法障壁と移動する為の風を起す地下の精霊に流す部分とを完全に分けて最適化してくれていた。
細かい魔力の運用技術を身に付けていなかった朔耶は、バケツに水を入れるのに消火栓を開放して放水する程の魔力を放出していたのだ。ちなみに朔耶に近付いたキルトが魔力の過剰摂取で溺れたのはそのせいだったりする。
神社の精霊は更に威嚇効果も狙って翼の周りに放電現象を起し、閃光を放って見せた。
「眉唾じゃ……なかったのか?」
「……し、死の閃光か……?」
「お、おい銀月の、アレはお前等の所に居たんだろ? こっち攻撃してこねぇよな?」
「さあな……ツヅキの判断次第だろう」
傭兵団の中に広まっていた『誇張はされているであろうが無視出来ない存在』の噂、その噂の主が誇張では無く噂通りの姿で現われた事に動揺を隠せない団員達。傭兵部隊の面々も帝都の城の訓練場で朔耶の力の一端は見た事があるので、改めて噂通りの姿を目の当たりにすると、矛先が自分達の方に向いている分生きた心地がしない。
「く、黒后はフレグンスの人間なんだから、こっちが攻撃されるって事はないよな?」
「でも、開門を迫ってたぜ?」
「すげぇ……本物だ……」
「電撃か? またあの、カァアンと来るやつか?」
防壁上の騎士団では逸早く我に返った騎士が中隊長の騎士に傭兵部隊を下げて傭兵団を街に入れるよう進言していた。
「し、しかしだな……あのような得体の知れない存在に……」
「何を言ってるんですか! 我々も聞いたじゃないですか、サクヤ殿の特徴を!」
「あれは、ガリウス小隊が悪ふざけのデマを……」
「自分は近衛騎士団長のイーリス殿からも聞きました!」
門の前に浮かぶ黒い翼を広げた存在を前に、傭兵団、傭兵部隊、王国騎士団が右往左往する中、朔耶は『まだかなー?』と傭兵部隊が引いて傭兵団が街に入るのを待っていた。
結局、騒ぎを聞いて駆けつけたガリウスが勝手に指示を出して傭兵部隊を引かせるまで門前のお見合いが続いていたのだった。
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