「俺はブラット、"ブラット・パーシバル"だ。この銀月の牙という団を率いている」
そう言ってブラットは剣先を目の前の少女に向けると、軽い口調で尋ねた。
「で、お前の名は?」
「……都築」
神社の精霊と話して一通りの力は使える事を確認した朔耶は、取り合えず敵状視察の意味も兼ねて暫らく彼等の様子を探る事にした。危なくなれば直ぐに逃げられる事が分かっているので、剣を向けられていても先程よりは落ち着いて対応出来る。ついでに"朔耶"の名前は伏せて姓を名乗った。
「ほぅ、ツヅキか……随分と落ち着いているな、お前は何者で何の目的で此処へ来た?」
「あたしは学生でフレグンスの友達に会いに来たの、此処へは偶々というか不可抗力で着いちゃっただけよ」
スラスラと答える朔耶。一応、嘘では無い。ブラットは片眉をあげると朔耶の瞳を覗き込みながらその答えの内容を吟味した。嘘を言っている眼では無いと判断出来るが――
「学生が、夜に一人で、街道でも無い場所を進んで、偶々傭兵団の陣地のど真ん中に出てしまったと?」
「無理がある?」
てへっと笑う少女に、どうしたモノかと考えているブラットの周りでは部下の団員達がアレやコレやと朔耶の正体について議論を交している。
「団長、やっぱり間諜じゃねえんですか?」
「取り合えず縛っときますか」
辺りを警戒しながらそう進言した彼等は、朔耶の余裕の態度を『少女の仲間』が動く為の時間稼ぎなのではと睨んだ。歩哨に他の団の陣地で何か変化が無かったかを尋ねに行く者も居る。
『銀月の牙』は総勢二十人程で構成された小規模な傭兵団だが、その実力は高く、大手の傭兵団とも張り合える程の力を持つ少数精鋭志向の団だった。上からの指示無しでも其々が個々の判断である程度の行動を起こし、それで足並みが揃う所がこの団の強みでもある。
団員の一人が朔耶を拘束する為に細い縄を持って近付くと、朔耶はひょいっと後ろに下がって避けた。
「こら、避けるな」
「やーよ、縛られるなんて御免だわ」
クルリと身を翻した朔耶はテントの後ろに周り込むように走り出す。
「あっ 逃げた!」
縄を持った団員が慌てて追い掛けて行く。ブラットは周囲の様子を探りに出ていた部下に結果を尋ねた。
「どうだった?」
「特に異常はありませんでしたね、侵入された形跡すらありません」
「……転移術か?」
「その可能性もありますが、トンデモない博打になりますよ?」
転移術は精霊術の中でも高位の精霊との契約が必須で、転移先をしっかりイメージ出来なければ悲惨な事故に繋がる高等且つ危険な術だ。離れた場所から目視出来るこの陣地内のテントの屋根を目標に転移したとして、それがどれ程危険で意味の無い事かを考えると、益々『ツヅキ』と名乗ったあの少女の正体も目的も分からなくなってしまう。
「ええい待てと言うに! 大人しく縛られろ!」
「やだってば! 変態!」
「なにおう!」
テントの間を逃げ回っている黒髪の少女と縄を持った団員の追いかけっこを眺めながら、ブラットは敵方の陽動や攪乱を視野に入れつつ、もし諜報として忍び込んだのならば逆利用する手立てを思い描く。
手っ取り早く処分しようと考えないのは、少女が素人で堅気の世界の人間である事を見抜いたからだ。演技であの雰囲気を纏えるなら相当な腕利きとも考えられるが、少女からは血の臭いがしなかった。
「素人の腕利き諜報員か?」
「なんですかそれは……?」
団長の矛盾に満ちた変な呟きに呆れた口調で突っ込みを入れる部下。『銀月の牙』はそんな雰囲気の傭兵団であった。
縄男から逃げ回っていた朔耶は、一際大きなテントの中に大勢の怪我人が横たわっている姿を見つけて足を止めた。追い掛けて来た男は少女が急に立ち止まった事を訝しんだが、少女の視線の先を見て納得する。団長の見立て通りこの少女が素人なら、この光景を見て足を竦ませるのも道理だと考えた。
野戦病院のような惨状、消毒用のアルコールと薬草の臭いに血の臭いも入り混じり、呻き声の絶えない陰鬱としたテント内の空気に、朔耶は帝都の城で見たやたらと空気の悪い病室を思い出した。
「なんで、こんなに怪我人がいるの?」
「んん? そりゃあお前、この間の一戦でやられたに決まってるだろう」
彼等傭兵団の大部隊は先日、カースティアのフレグンス軍と既に一戦を交えていた。未明に行われた戦闘ではカースティアの街を防衛するフレグンスの王国騎士団とは別に、帝国に集められていた傭兵部隊が迎撃部隊として打って出て来た為、大混戦となって双方にかなりの被害を出した。
フレグンス軍は帝国から派遣された傭兵部隊こそ三分の一程の戦力を失ったが、防衛に回っている騎士団は無傷で健在。
サムズ側の傭兵団は元々の契約が帝国と交されたモノで、『サムズの軍としてクリューゲルの首都を攻める』契約内容だった為に、カースティアの街を前に行われた戦闘は何れも帝国に雇われた傭兵同士がフレグンス軍とサムズ軍に分かれて戦うという、あるいみ不毛な戦いであった。
個人で雇われるフリーの傭兵達と違って名誉も求める傭兵団の彼等にしてみれば、同じ帝国に雇われている立場ながら相手はフレグンス王国とグラントゥルモス帝国という二大列強国の代表のような立場で戦い、此方は反乱国のサムズ代表。しかも敗戦濃厚。
カースティアで戦果を上げても追加報酬が支払われる訳でもなく、傭兵団として名は覚えられようものの、それで得られる名誉では得る為の代償としての働きに見合わ無さ過ぎる。
「ま、一言でいうなら『やってられっか!』ってトコだな」
戦いの意味など関係なく料金分の戦いをするだけだと嘯いていた彼等も流石にこの状況には戦闘意欲を無くし、カースティアから少し下がった所に陣地を築いて時間切れまで睨み合いを演じる、つまりエバンスが制圧されるまで待つ事を選んだ。
「それって、つまり もう戦うつもりは無いって事だよね……?」
グルグルと縄で縛られながら朔耶は考える。ここに集まっている傭兵団は既に戦う気が無く、エバンスが制圧されればそこで契約終了『お疲れ様~』と解散する事になる。それならば、自分がエバンスに飛んで制圧を手伝う事で手っ取り早くこの騒動を終わらせられるのではないかと。
「……?」
陣地内を連行されながら、朔耶は勘に何か引っ掛かるモノを感じた。何と無く『ここを動かない方が良い』という予感めいた感覚。
『ねぇ、何か変な予感がするんだけど……』
ウム タタカイ ノ ケハイ ゲンキョウ ソレガ チカヅイテオル
精霊のお墨付きで朔耶の予感は確信に変わった。本当は直ぐにでもエバンスに飛んで行きたかったが、一番戦力の集中しているココに居た方がイザという時に介入して戦闘を止め易いと考える。犠牲も少なく抑えられるかもしれない。
そうして『銀月の牙』の陣地まで連れ戻された朔耶はブラット団長に交渉を持ち掛けた。『自分はフレグンスに顔が利くので、時間切れまでココに置いて貰えればイザという時に停戦交渉を行える』と。
「……本気か?」
「悪い話じゃ無いと思うけど」
ブラット団長を始め団員達はこの"ツヅキ"と名乗る少女の提案に途惑った。このまま戦闘を続ければ無駄に消耗するダケの彼等にとって、提示された提案そのモノは確かに悪くない条件である。しかし、フレグンスに組する彼女が敵である傭兵団に利するような提案をする意図を測りかねているのだ。
「別に、あたしは早くこの騒動が終わって欲しいだけだよ」
「信用出来るのか?」
「あたし、こう見えても王室に顔が利くよ?」
朔耶の言葉を聞いて色めき立つ団員達。身分に厳しいフレグンスにおいて王室に顔が利くという事は、少なくとも中流以上の大貴族であり、門閥家や公爵家に所縁のある者と考えられる。
「なあ、それならこの娘を人質にすりゃあ カースティアの門も開けられるんじゃねえのか?」
「いやまて、そもそもそんな身分の娘が何でこんな所に居るんだ?」
「でまかせ言ってるんじゃないのか? 俺にはとてもあのお堅い王国貴族の娘のようには見えんぞ?」
「いやいや、確かに貴族っ気は無いがよく見てみろよ、この髪とか肌とか、普通の街娘や娼婦じゃあこうはいかねぇぜ」
口々に意見を出し合う団員達の言葉に耳を傾けていたブラット団長は、縄で縛られて拘束されていても尚、飄々とした様子でいる少女を注意深く観察した。僅かな緊張は見て取れるものの、怯えの欠片も感じられない。
「ふむ…… お前の言う事が本当だとして、俺達の団だけで決められる問題じゃ無いからな」
「なんで? あたしを置く位はこの団の中だけで良いんじゃないの?」
ブラットは"ツヅキ"を試す意味で提案に乗り気で無い様な回答を向けてみたが、"ツヅキ"の表情に迷いや焦りの色は浮かばない。相手にとって何がどうすれば都合が良く、また悪いのか、それが分からなければ交渉はやり難い。
この少女にとって困る条件は何だろうかとブラットは思い付くまま並べてみるが、どれもこれも流されたり躱されたり逸らかされる。
「うちの団に置くからには、団長命令には絶対服従になるが……」
「あ、別に団に入るわけじゃないからパス 一緒に居るってだけだよ」
「団員達の世話をして貰う事になるが……」
「食事の手伝いと洗濯位は面倒みてあげるわよ? それ以上はパス」
「……お前、自分の立場分かってるのか?」
「勿論、イザという時の安全保障人ね。 手荒に扱うと後々フレングスと帝国にも睨まれるよ~?」
仕舞いには二大列強国を笠にした脅しまで掛けて来た。 帝国皇帝にも顔が利くと言う。
「お前は…… 一体何者なんだ?」
「学生のツヅキです」
こんな小娘がフレグンス王国の王室やグラントゥルモス帝国の皇帝にまで顔が利くなど俄かには信じられない話だが、"ツヅキ"の瞳は嘘偽り無い事を示すかのように真っ直ぐブラットの瞳に向けられている。
「……いいだろう」
ツヅキの話が本当であろうと無かろうと、少女一人が屈強な猛者の集まる傭兵団陣地の中で出来る事など知れている。そう判断したブラット団長は、ツヅキを作戦終了まで陣地内に置く提案を受け入れた。
『? ……サクヤ?』
――おはよーレティ――
寝室で朝のお茶を嗜んでいたレティレスティアは、朔耶からの交感にボンヤリしていた意識を覚醒させる。今日は朔耶が此方の世界にやって来る日だと楽しみにしていたレティレスティアだったが、朝一番で挨拶が来るとは予想していなかった。
『まぁ! おはよう御座いますサクヤ、もう此方に来ていらしたのですね』
――うん、大分早く来てたんだけどね ちょっと事情が出来たんで暫らく王都に行けないかも――
『え? 何か問題が……?』
朔耶は元の世界で力の強い精霊と契約出来たのでフレグンスを守護する精霊との問題が片付いた事と、その精霊のポカで此方に来て早々サムズに属する傭兵団の陣地に出てしまった事を伝えた。それを聞いたレティレスティアは青褪める。
『そんな! 無事なのですか!? 直ぐに近衛と聖騎士団の派遣を……っ』
――だーっ 落ち着きなさいって、無事じゃなかったらこんなノンビリ交感繋いでられないっしょ?――
『そ、そうですね……ごめんなさい』
――あたしの方は心配しなくても大丈夫だから、悪いけど皆によろしく言っといて?――
カースティア近郊に展開する傭兵団内部の情報を伝え、先日の一戦以後 彼等に戦闘を続ける意思が無い事、このまま刃を交えずに終わらせるつもりである事、その為にはエバンス制圧を急ぐ必要がある事などを説明した。
王女を伝言に使うという通常ならば不敬な行為と断じられる非常識なお願いをしている朔耶だったが、お願いされている当の本人がその辺りの事を気にしていないばかりか、朔耶と交感を繋げられる事に特権的な意識を持っているので何も問題にならなかったりする。
『では、サクヤは幾らでも此方に居られるのですね?』
――ん~ あたしも向こうで学校とかあるから、休みの日とかならこれからもコッチに来られるよ――
フレグンスを守護する精霊とフレグンス王族との契約状態によっては、朔耶はもう此方に来られなくなる可能性があっただけに、レティレスティアの喜びと安堵も一入だった。
――戦争とか面倒な事は早く終わらせてさ、また平和にマッタリお茶しようね?――
『はいっ マッタリお茶しましょう』
第一王女に俗な言葉を吹き込んだりしながら、朔耶は『またねー』と交感を解くのだった。
「そうだわ、早く母様にお伝えしないと」
交感を終えた朔耶は大鍋の前で次々とお代わりを要求する団員達の容器に、鍋の中を掬っては移す作業に没頭していた。鍋の中身は肉と芋のような作物が入ったカレーである。
朔耶が持ってきた小物の中に何故かカレーのルーがあったのでそれを使って作ったのだ。
「すげーうめぇ!」
「ツヅキの国のシチューは最高だな!」
「カレーだってば」
すっかり団員達の餌付けをしている朔耶だった。
「おい、あの娘はなんだ? お前等の所にあんな娘いたっけか?」
「ちょっと訳ありでな、うちの団で暫らく預かる事になったのさ」
傭兵の着る厚手の重い洗濯物を抱えてヨタヨタ歩いている黒髪の少女を見た隣の陣地の傭兵団員が尋ね、銀月の牙の団員がそれに答える。ブラット団長からはあまり公にするなと言われているので詳しい経緯などは伏せておく。
「へぇ……いいなぁ、うちは人数多い割りに女っ気ねぇからなぁ」
「まあ、女にゃ変わりねぇけど…… まだガキだぞ?」
「なーに言ってやがる、バーリッカムの街角じゃあの位の歳の春売りなんざザラに立ってるだろうが」
帝国との集団契約を経てサムズまでの長旅、計画前倒しでクリューゲル侵攻作戦、しかも輸送手段である竜籠が不測の事態で使えなくなって徒歩での移動、挙句名誉もへったくれも無い傭兵同士の代理戦闘で痛み分けという、ここ数十日間ほど続く殺伐とした環境。
大手の傭兵団と違って小規模から中規模の団では磨耗する団員達の心を慰める人材を雇い込むような資金的余裕は無く、この遠征の過酷な環境下で潤いと享楽に飢える気持ちは分からなくも無いと思いつつも、銀月の牙団員は話し相手の傭兵団員に釘を刺しておく。
「団長のお気に入りなんだから、手ぇ出してくれるなよ?」
「ハハッ "銀月の牙"に喧嘩売るほど命知らずじゃねえよ」
自分の貞操に関わる会話がなされているとも知らず、朔耶は勝手の違いすぎるタライと洗濯板に四苦八苦しながら極厚の服と格闘していた。
「こういう時こそ精霊の力がモノを言うのよ」
地味に『精霊と重なる者』の力を発揮して汚れに落ちて貰う朔耶なのであった。
昼過ぎ――
団員の強い要望により、昼食も残ったルーを使ってのカレーを作った朔耶は怪我人のテントにも団員が居る事を聞き、大した怪我では無いとの事だったので それならばと、容器にカレーを入れて怪我人を収容しているテントにやって来た。
血の臭気に呻き声は相変わらずだったが、臭いの方はカレーの香りが勝ったらしく、地の底から響くような『うううー……』という呻き声が『うううー?』と疑問系に語尾を上げる。
「銀月の牙の団員さんいますかー?」
端の方でキョトンとした表情を向けながら『俺だ』と声を上げた包帯の男にカレーを運ぶ。彼は見知らぬ朔耶の事を訝しんでいたが、朔耶がブラット団長と交渉して団に置いて貰っている事を話すと一応の納得を見せた。
そしてやたら食欲をそそる香りを漂わせる見た事の無いシチュー系の食べ物を勧められて一口啜ると『うめぇ!』と一言、ガツガツ食べ始めた。朔耶はそれを楽しそうに眺めてから周囲の怪我人の様子に目をやる。
イヤスノカ?
『そうしたいんだけど、出来る? あんまり派手にじゃなくチョット治るくらいで』
ゾウサモナイ
ほんの一瞬、テントの中の空気が変わった。カレーの香りで気付く者は居なかったが、テント内に居る怪我人の傷が二割程癒された。 容器を回収して陣地に戻る最中、神社の精霊が朔耶に語り掛ける。
『なに?』
チカラノ コウシヲ ヒカエルハ ヨイ ハンダンデアッタ
『そう? ほんとはパーっと治しちゃいたいんだけどね』
ヒトハ チカラヲ オソレル コレカラモ コウシヲ ヒカエルコトヲ ノゾム
未だ力の行使を控えさせようとする嘗て主を失った神社の精霊に、朔耶は一度じっくり話し合う必要があると感じた。
『カースティアの攻略はどうなっている』
「さて…… 傭兵共も小癪な策に出ているといった所でしょうか」
『ふんっ 忌々しい傀儡の小僧め! 要らぬ事をしてくれる』
「まぁこのまま戦が終わるのは聊か……」
エバンスの地下にいる帝国の元側近と発掘品の伝送具を使って含みだらけの会話を交す特徴的な髭の男。
『分かっている、取り合えずお前はカースティアに赴き、傭兵共を嗾けて来い』
「飾り言葉で動きますかねぇ?」
『街を丸ごとくれてやるとでも言ってやれ、クリューゲルの首都なら連中の気を引く物の一つや二つあるだろう』
「そうですなぁ オールグレンの武具辺りでもちらつかせれば乗って来るかもしれませんなぁ」
伝送具の向こうで元側近は何やらブツブツと呟き、やがて返答を返す。
『いいだろう、オールグレンの武具一式を二百程用意させる事を伝えて動かせ』
「分かりました、ではまた後日」
薄い板状の伝送具を部下に渡すと、部下は受け取った伝送具を丈夫そうな革の鞄に仕舞い込んだ。そうして男の身体に纏わり付くように腕を絡める。
「まったく、気配は似ていても所詮は俄か魔族、エイディアス帝の実験動物には変わりなかったな」
「やはり、お見捨てに?」
「使えん者を飼って置いても仕方なかろう?」
「っ……ん」
纏わり付く部下、キルトを抱き寄せたヨールテスはその首筋に牙を立てると、体内に蓄積された魔力を吸い始める。七日程前、突如現われた光の翼を持つ朔耶によって傭兵達共々荒野に放り出されたヨールテスとキルトだったが、幸いにもキルトの体内には許容量限界まで魔力が詰め込まれた状態だった為、体内呪文の維持に必要な魔力は確保出来ていた。
サムズ独立派がカースティア郊外に残して行ったアジトを隠れ家に、彼等は数日前から潜んでいたのだ。
「ふぅ……それにしても上質な魔力だな、一度直接本人のモノを味わってみたいモノだ」
「ん……はぁ……下手をすれば……ヨールテス様でも……あの魔力の奔流には……んふぅ」
「対抗策はあるのだよ、知っているか? あのサクヤという娘、三流魔術士による眠りの香で意識を奪われ、帝国に運ばれたのだそうだぞ?」
「まあ……眠っている隙に頂く御つもりですか?」
摂取が済み、乱れた服を整えるキルト。そろそろ朔耶に詰め込まれた体内の魔力も残り少なくなって来た。
「しかし、先日のカースティア戦にも姿を見せませんでしたが」
「うむ、クルストスに現われて以降行方が知れないのは気になる所だな」
ヨールテスとキルトは出掛ける準備を整えると、傭兵団が陣を張るカースティア近郊に向けて隠れ家を後にした。
夕暮れに建物の影が伸び始めるエバンスの宮殿。その地下にある一室で帝国の元側近がサムズの統治者代表に指令を与える。
「二百だ、オールグレンの武具一式を二百揃えよ」
「し、しかしそれでは戦後の事業に差し支えが……」
「馬鹿者! そんなモノ勝ってしまえば敗戦国から幾らでもモぎ取れるわ!」
サムズの統治者代表エイブムは十数日前に帝国からやって来て国の中枢に居座った帝国皇帝の側近だという魔術士に恐々としながら反論を試みたが、素気無く一蹴された。
そもそも帝国から借り受けた傭兵団で隣国クリューゲルを攻めるという裏で行われた経済支援の取り引きは、帝国の動きに合わせて侵攻を開始する手筈だったモノで、その帝国からも敵と見做されている現状にエイブムは『訳が分からない』と頭を悩ませていた。
「はぁ……水道事業も割と上手く行っていたのに……」
とぼとぼと宮殿の廊下を歩いていたエイブムは外の様子が騒がしい事に気付き、近くの窓から顔を覗かせた。その瞬間、『シュン』という風を切る音がして眉間に冷たいモノが突き刺さり、彼の悩みを終わらせた。
帝国の竜籠隊全面支援による奇襲作戦により、エバンス上空から降下した特殊部隊の攻撃でエバンス宮殿は蜂の巣を突付いたような大騒ぎになっていた。特殊部隊を率いるガルブレック側近代理は頭の中に叩き込んでおいた宮殿内部の図面を下に、地下最深部の指令中枢を目指す。
「表の掃討はフレグンスの辺境騎士団に任せろ、入り口に三人立て、二人俺と来い」
「ハッ」
「ハッ」
部下二人を連れて地下への階段を駆け下りるガルブレックは、途中で分岐する隠し通路から二人の部下を脱出路に先回りさせると、単身で最深部に乗り込んだ。気配も足音も立てず入り口に忍び寄り、見張りの兵士を一瞬で仕留めて司令室に飛び込む。
「! 貴様……っ ガルブレック密偵隊長!」
「生憎、今は側近代理の任を賜ってまして」
元側近は慌てて立ち上がると、椅子の後ろに身を隠しながら素早い詠唱で風の刃を作り出す。
「――風は集い一刃の斬撃となりて――」
飛び込んで来るガルブレックに向けて風の刃が放たれる。ガルブレックは背中に抱えていたキャリゴルの盾を構えると、短剣を背にしてそのまま突っ込んだ。
「馬鹿め! 我が風刃の術をそんなモノで防げるものか」
元側近はガルブレックの身体が盾ごと真っ二つになる瞬間を幻想し、ほくそ笑んだ。しかし、彼の放った風の刃は盾に弾かれるように四散する。驚愕に眼を見開いた瞬間、盾で顔面を打たれて仰け反った所にガルブレックの短剣が突き刺さる。
心臓を狙った短剣は元側近の左足太腿に刺さっていた。元側近は発掘品の増幅器も装備していたので、自力で放った風の刃が四散した後、増幅器から放たれた刃がガルブレックの構える盾を直撃してバランスを崩させたのだ。
ガルブレックも流石に肝を冷やした瞬間だった。元よりこの盾が無ければ正面から短剣で挑めるような甘い相手では無い。サクヤ式の改造がなされたこのキャリゴルの盾は作戦前にフレグンスの若い騎士から借り受けたモノだ。
「ひっ ひいぃぃぃぃ!」
奇声を上げながら足を引き摺って脱出路の隠し通路へと逃げ込む元側近は、ガルブレックが追って来るのを警戒してもう一度詠唱を始める。
「――か、風は集い、一刃の、斬撃とな――……げふっ」
詠唱は最後まで紡がれる事無く、大量の吐血と共に防がれた。脱出路を先回りしていたガルブレックの二人の部下が、元側近を背後から細剣で一突きにしたのだ。
「目標殲滅」
「任務完了」
「了解、撤収する」
元側近の死亡を確認し、ガルブレックは二人の心強い部下と連れ立って地下司令室を後にした。階段を駆け上がりながら次の予定を口にする。
「次は神殿の水鏡からフレグンスに報告を入れんとな」
忙しい忙しいと呟きながらも、ここ最近慣れない事務作業に追われていたガルブレックは鬱憤を晴らすかの如く躍動的に飛び回って任務を果たして行った。
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