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戦女神編
45話:学生生活




「それ、どうしたの?」
「親父の拳骨」

 顔に痣をつけた兄は何でも無い事のように笑って答えた。朔耶は内心で謝りつつ、両親をどうやって説得しようかと頭を悩ませる。帰りの道中、兄と車の中で話し合い、取り合えず包み隠さず話しておいた方が良いだろうという結論に至った。


「朔耶! ……って、どうしたのそれ!」

 帰宅した朔耶は、娘を叱ってやらねばと待ち構えていた母が朔耶の服にべったりと付着した血を見て慌てるのを落ち着かせ、落ち着いているように見えて救急車を呼ぼうとする父から110番がプッシュされている携帯を悪戯電話になる前に取り上げた。
 思わぬ所からペースを掴んだ朔耶は此れ幸いと両親の説得に入るのだった。




「それじゃあ、本当に危険はないんだな?」
「うん、今回みたいな無茶はもうしないし、多分出来ないから」

 俄かには信じ難い朔耶の異世界での話を最後まで聞き終え、朔耶の気持ちと覚悟を確かめた両親は絶対に無茶をしない事と学校をきちんと卒業する事を条件に今後の異世界行きに理解を示してくれた。

「今日はもう休みなさい」
「週明けには学校も始まるんでしょ? ちゃんと準備しておかないと駄目よ?」
「はーい」

 時刻は既に夜の十時を回っていた。朔耶は一度お風呂に入ってから部屋に戻ると、制服と鞄を用意してベッドに入る。血の付いたワンピースは何と無く捨てる事が躊躇われたので、他の洗濯物とは別に洗って干してある。
 此方の世界での地下の精霊との繋がりはこの前よりもさらに強く感じられた。

「こっちで何か精霊術使えたりとか……」

 朔耶は布団に入りながら初心者用の簡単な術は無かったかと記憶を検索すると、レティレスティアが使っていた『風の加護』の簡易版、『精霊の風』を思い出したので試してみた。
 これは精霊の力で指定対象を包んで行動を補佐する『風の加護』と違い、ただ風を起すだけの精霊術で 風系の魔術の基礎と要領は変わらない。魔術の場合は風をイメージして補助の詠唱を行い、精霊術の場合は精霊に風を起すイメージを伝える。

「――風を――」

 ブワッと布団が舞い上がって天井の照明に引っかかった。朔耶は慌てて勉強机の椅子を梯子代わりに布団を引っ張り下ろすと、夜中に窓を開けて布団に付いた埃を掃いながら『室内で無闇に術を使ってはイケない』という教訓を胸に刻み込むのだった。






 週明けの月曜日、朔耶は約三ヶ月ぶりの学校へと登校していた。オルドリア大陸ではサムズの大部隊がクリューゲルの首都、カースティアに迫る頃だったので其方の事も気になっていたのだが、此方の生活も疎かには出来ないと学生の本分を全うする事に決めた。

「こっちに居る間は、只の女子学生の朔耶だもんね」

 ぞろぞろと登校する周りの学生達は日焼けしている者も居れば染めたてのような色をした髪を櫛で撫で付けている者、夏休み前から変化無さそうな者まで色々だ。二ヶ月近い失踪が噂になっていたりしないかと少し心配していた朔耶だったが、特にジロジロと視線を向けられるような事も無く休み明けに登校する学生の一人として集団の中に溶け込めていた。

 学校の校舎や廊下に懐かしい想いを感じながら教室に入った朔耶は、自分の席だった筈の場所に既に別のクラスメイトが座っていたので『席替えでもあったかな?』と首を捻りつつ友人の姿を探して教室内を見渡す。流石にクラスの教室内になるとチラホラ好奇の視線を向けて来る者もいたが、向こうでの貴族達からの視線に比べれば全く気にならない程度のモノだった。

「朔ちゃん!」

 愛称の名前で呼ばれて声のした方に振り返ると、教室の後ろの席から手を振る友人の姿。『ここ、ここ』と隣の席の机をぺしぺし叩いている。

「おはよー、また(あい)と隣になってたのね……」
「ふっふっふ、ちゃんと確保しておいたのよ」
「朔耶ちゃんの隣はずっと藍香ちゃんの席に決めてるもんね〜」
「あ、実穂もおはよー」

 朔耶と一年生の時からの親しい友人である藍香(あいか)実穂(みほ)。朔耶をキャンプに誘ったのもこの二人だったりする。活発な性格の藍香はよく旅行の計画を立てる等しては割と活動的な朔耶を引っ張り回し、おっとり系の実穂はそれに引き摺られる形で付き合というパターンが出来ており、三人で一緒に行動する事が多い。

「ねぇねぇ朔耶ちゃん、あの噂って本当ー?」
「どの噂よ」
「え? なになに? 朔ちゃんの噂ってなに?」

 微妙に語尾が延びるおっとり系の実穂は、その見掛けや雰囲気とは裏腹にかなりの噂好きで、何処からか仕入れて来た噂をよく話のネタに持って来る。それも何故かトンデモ系が多かったりする。
 直ぐに飛びついて来た藍香を宥めながら三人顔を寄せ合ってヒソヒソモードに入ると、『実は……』と話し始める実穂。

「朔耶ちゃんは歳の離れた男の人と不倫で駆け落ちしてて、追い掛けて来た奥さんが隠れ住んでた家に押しかけて男の人を滅多刺しに……」
「またんかいっ」

 ぺシンッと実穂のオデコに突っ込みを入れた朔耶は周囲に聞き耳を立てていた者が居なかったか確認すると、徐に実穂の首を絞めた。

「どっから、そんな、訳の分からん、噂を……つーか、ソレ誰にも話して無いでしょうねぇ〜」
「話してない〜 話してないよぉ〜」

 オデコを抑えて涙目になっていた実穂は朔耶にぶんぶん揺さぶられながら答えた。その傍らでは藍香がショックを隠しきれない様子で頭を抱えている。

「そ、そんな…… あたしの朔ちゃんがぁ……!」
「こらそこっ 信じるな! って『あたしの』って何だ『あたしの』って」

 他愛無い話をして三人で騒ぐ、朔耶は今までと同じ様に接してくれる友人に心の中で感謝していた。二人と以前のままの関係で居られる事に、微かに抱いていた不安から解放されて安堵を覚えるのだった。

「でもさ、みっちゃんが拾って来たって事は誰かが何処かで噂として流してるわけだよね?」
「そうよね…… ちょっと関係者じゃないと知らないような内容が混ざってたし」

 『血塗れで夜の病院に現れた』、という部分がソレである。 噂の出所を調べるべく、実穂に『吐けー』と迫る朔耶。

「むぎゅー…… えーとねぇ、家がお医者さんやってるっていうクラブの子」
「みっちゃんトコのクラブだと折り紙クラブ?」
「織物クラブだよー」
「医者って事は病院関係者か…… やっぱりあの病院の人なのかなー」 

 一つ下の学年で何処のクラスかまでは分からないという。取り合えず変な噂を流さないよう一言注意しておこうと、放課後三人で実穂のクラブに顔を出す事にした。






「やっぱ授業についていけなかったぜ……」

 何となくワイルドに決めながら机に突っ伏している朔耶の頭をイイ子イイ子しながら苦笑する藍香。そんな二人の席に椅子とお弁当を持った実穂がやって来て机をくっ付け始めた。今はお昼休みの時間である。

「はぁ〜…… 予想はしてたんだけどね〜……」
「まぁまぁ、今度一緒に勉強会でもして取り替えそうよ」
「おおう、いいねぇ〜 誰の家でする? 今度の休みにでも集まろっか?」
「あ、あたし今週の土日は予定があるから駄目だわ」

 『ええ〜〜』と口を尖らせる藍香に『ごめんね〜』と優しい笑みを向ける朔耶を見ていた実穂がポツリと呟く。

「……なんだか朔耶ちゃん、大人っぽくなった感じするなぁ」
「え、そう?」
「あー、それあたしも感じてた。 なんか妙に丸くなったというか、落ち着いた感じがするというか……」
「うーむ……」

 異世界でレティレスティア達と出会い、様々な出来事を通して経験を積んだ朔耶は心身共に成長を遂げていた。尤も本人には余り自覚は無かったのだが、それが返って自然体から滲み出るような不思議な魅力を醸し出していた。

 失踪中の事は藍香が控えめに探りを入れて来る事はあるものの、基本的に問われて困るような事を聞かれる事も無く、噂好きの実穂も朔耶が言い難そうにすればそれ以上聞こうとはしなかった。

 二人の配慮に改めて感謝の念を抱きながらお弁当をつつき合っていた朔耶に、クラスメイトの女子から声が掛かる。

「都築さーん」
「ふぁい?」

 実穂のお弁当からトレードしたエビフライを咥えたまま朔耶が振り返ると、教室のドアの所に集まっている数人の女子の内の一人が手招きをしていた。

「なんだろ?」
「さぁー?」
「ちょっと行って来る」

 もぐもぐと咀嚼しながらドアの所にやって来た朔耶は、集まっている女子達の何故か険呑な視線を背中に感じながら手招きした女子に促されて廊下に出る。すると其処には一人の男子生徒が立っていた。

「えーと?」
「あ、ごめんね都築さん、食事中に呼び出して。僕、二年の西崎葵(にしざきあおい)って言います」

 誰だっけ?と首を傾げる朔耶に、男子生徒は呼び出した事を謝罪して自己紹介をした。『何処かで聞いた様な……』と記憶の引き出しを漁っていた朔耶に、西崎が言葉を続ける。

「ちょっと都築さんに話したいことがあって…… 放課後空いてますか?」
「あー今日の放課後はちょっと――」
「空いてる空いてるー、大丈夫だよー」
「え、ちょっ 実穂?」

 用事があるので、と続けようとした朔耶の横から実穂が割り込んでOKを出す。放課後の用事は自分と藍香でキチンと言い聞かせておくからと、普段おっとりしている彼女にしては珍しい押しの強さで朔耶に西崎との約束を取り付けてしまった。

「もー、しょうがないあなぁ実穂は」
「よかった! じゃあ都築さん、放課後に屋上で。 川岸さんもありがとう!」
「いえいえー」

 朔耶は何か事情を知っているような雰囲気の実穂に詳しい話を聞く事にして、呼び出された時と同じく女子達からの剣呑な視線を浴びながら席に戻ると、藍香が物凄い勢いで質問を浴びせ掛けて来た。

「ちょっとちょっとちょっと!何今の西崎君じゃないの何で何で何時の間に朔ちゃんそんなマジでうわーあたしどうしようー!」
「いいから落ち着け。 で? どういう事?」
「西崎君の事ぉ? 彼はねぇ前から朔耶ちゃんの事気にしてたんだよー?」

 学内ナンバー2のモテ男君と謳われる二年B組西崎葵。その女の子っぽい顔立ちに柔らかい物腰、其の癖クラブのサッカーではレギュラーでフォワードを担当する実力派という見た目とのギャップが男らしさも引き立てており、丁度学年の真ん中にあって同級生は勿論、下級生からも上級生からもアプローチが絶えない学校の有名人である。

「知らんかったぁ〜……」
「いや、そういう所は如何にも朔ちゃんらしいわ」
「そんな有名人があたしに何の話だろう?」
「いやいやいや、朔ちゃんそれは無いわ」

 幾らなんでもこの展開で惚けるのは無しよとばかりに脇腹を擽って来る藍香に反撃しながら、朔耶もこれだけ条件が揃えば『告白』のキーワードが浮んで来ない訳ではなかった。

「いやまぁ、あたしもそれは何となく分かるけど…… 解せんわ」

 何時から気に掛けて居たにせよ、西崎とは特に接点も無かった上に二ヶ月以上此方に居なかった朔耶は余計に不可解と感じていた。

「うーん、そこはホラ ずっと前から朔ちゃんの事が気になってたケドその気持ちが何なのかよく分かっていなかったのが朔ちゃんが居なくなって初めてそれが恋だと気付いた西崎君は夏休み明け元気に登校してくる朔ちゃんの姿を見て想いを伝えるべくむぐぐ――もぐもぐ」

 玉子焼きを突っ込んで藍香を黙らせた実穂は、少し声を潜めて朔耶に注意を促す。

「一応頼まれてたから朔耶ちゃんと約束を取り付ける協力はしたけどぉ、西崎君ってファンの子多いから気を付けてね?」
「え、なにそれ?」

 今まで西崎に告白しようとした女生徒は皆、例外無くファンの子達からの嫌がらせに合っているのだと実穂は説明する。ただ今回は西崎の方からの告白になる為、彼女等がどう動くか分からないとの事だった。

「そんなんで嫌がらせされたら理不尽過ぎる……」
「まあねぇ…… でもさーでもさー、あの可愛い系のイケ面君に告白されるとかぁドキドキモノじゃない?」
「可愛い系ねぇ……」

 異世界で散々何処のモデルかと思うような端整な顔立ちの貴公子達から裏表含めて親愛の言葉やら求愛の囁きを送られ捲っていた朔耶には、今ひとつピンと来なかった。

 向こうでは『お付き合いを求める告白』という類の話ではなく、『結婚してくれ』というレベルでの求愛が日常茶飯事だったので、恋愛事には割と疎い朔耶もそれなりに慣れっこになっている。

『バルとかストレートだったもんなぁ……』

 縁談を持ち掛けるとか誘う等の段取りをすっ飛ばして『余の妻になれ』には流石に驚いた朔耶だったが、その後の淀みないバルティアの求愛行動ですっかりそういった事柄を受け流せるようになっていた。

「で? で? 何て返事するの?」
「まだ告白って決まった訳でも無いでしょうに…… でもまあ、『ごめんなさい』だろうね」
「えー? なんでー? 誰か他に好きな人が居るとか?」
「別に、特に誰かと付き合おうとか考えてないからねー」

 『それどころじゃ無いし』と心の中で付け加える朔耶だった。






 放課後、噂の元栓をしっかり締めて貰って来るよう二人を送り出した朔耶は学校の屋上に向かっていた。廊下を歩いていると彼方此方から視線を感じる。それも余り性質の良くないモノだった。

『嫉妬なのかなぁ』

 内心溜め息を付きつつ屋上に通じる階段の所まで来ると、数人の屯する女生徒が段差に座り込むなどして階段を塞いでいた。

「ちょっと通して貰える?」

 朔耶が声を掛けると、女生徒達は顔を見合わせ、次いでクスクスと笑ってその場を動こうとしなかった。以前の朔耶ならばココで手とか足とか出ていた所だが、人の生き死にを見てきた今の朔耶にとって彼女等の行為は子供の駄々と変わらない。

『ふむ…… ここは意表を付いて固まってる隙に突破かな』

 ちらちらと朔耶の様子を窺いながらヒソヒソ話をしている女性徒達を前に、朔耶は大きく息を吸い込むと――

「に し ざ き く ー ん ちょっ と 下 り て 来 て ーー !」

 大声で叫んだ。 面食らって朔耶を凝視する者と、慌てて屋上の扉を振り返る者とに行動が分かれる。半分腰を浮かして逃走体勢に入っている者も居る。キラーンと眼を光らせるようにニヤリ笑いをした朔耶は、陣形の崩れた女生徒の集団に突撃、慌てて身を引いた者を押し退けるように隙間を縫って階段を駆け上がった。

「ふっふっふ 甘い甘い」

 騒いでいる女生徒達に振り返って指をふりふりウィンク一つ、朔耶は悠々と屋上の扉を開いて出て行った。




「おまたせ」
「あ、都築さん…… 来てくれたんだね」

 階段前の攻防を知る由も無いような雰囲気で嬉しそうに迎える西崎は爽やかに微笑んで見せた。彼の笑顔はファンの子達の間では『天使の微笑み』などと呼ばれ、盗撮写真の中でも人気の一品だったりする。

 しかし、この手の可愛い系の男の子の微笑みならばガリウス小隊の子犬騎士、フラン・テイル・カルウットのアピール笑顔で慣れてしまっている朔耶には普通の人懐っこい笑顔程度くらいの印象しか与えなかった。

「それで、話って何?」

 西崎は彼なりに自分の微笑みには女性を惹き付けるだけの魅力がある事を自覚していたので、素っ気無い朔耶の反応に一瞬戸惑いながらも真っ直ぐ朔耶の瞳を見つめて気持ちを伝える。

「二年に上がった時にグランドで見掛けた時から、ずっと都築さんの事が気になっていたんだ」
「ふむふむ」
「都築朔耶さん、僕と付き合ってくれませんか?」
「ごめんね」

 打てば響くような素早い返答だった。考える素振も見せなかった朔耶に思わず固まる西崎。

「え…… そ、そう…… 僕じゃ駄目だった……?」
「ううん、今はあたし誰かと付き合うとか考えられないから、多分誰が相手でも断ってたよ」

 端っから誰とも付き合う気が無かったと聞いた西崎は残念そうに肩を落とした。そしてトンデモ無い事を口にする。

「あの…… それじゃあ、やっぱりあの噂ってホントに……?」
「噂って、不倫の男云々ってヤツ? あれ悪質なデマだから信じないようにね」

 噂の出所に友人二人が注意しに行っている事を伝える。そして失踪中の事は聞いてくれるなと西崎の肩をぽんぽん叩いた。そんな何気無いスキンシップが、朔耶に対する西崎の恋心を刺激する。

 好きな相手に触れられるという行為には、時に人を暴走させる程の効果がある。良くも悪くも女性慣れしていた西崎は、自然体で包み込むように穏かな雰囲気を纏った朔耶から香るシャンプーの匂いと両肩に乗せられた手の平の体温を感じた時、湧き上がる情念に任せて朔耶の身体を抱き寄せた。驚いて目を瞠る朔耶。

 一つ年下とはいえ西崎の身長は小柄な朔耶よりも高く体格も良いので、朔耶は彼の胸の中にすっぽり納まった。意中の人を腕の中に捕まえた西崎は朔耶の髪を唇で掻き分けるように顔を寄せて行きながら耳元で『好きだ』と囁く。如何にも手馴れた感があった。ここで朔耶が顔を上げていれば、唇を奪われていただろう。

「都築さん…… 僕、本当に都築さんが好きなんだ」

 行き成り抱き締められて身を堅くしていた朔耶は耳元への囁きに肩の力を抜くと、西崎の背中に手を回す。そしてゆっくりと腰の辺りまで滑らせて手を組み合わせた。

「都築さん……」

 ぎりぎりぎり…………

「つ、都築さん……?」

 所謂ベアハッグという技である。 朔耶の腕力は細腕とはいえ同年代の女子と比べると鍛えられている分、結構強い。それでも小柄な朔耶が身長も体格も上回る西崎に仕掛けた所で然程の効果は得られない。
 
 締め上げる力ではダメージを与えられなくとも、全身を使えば僅かでも持ち上げてバランスを崩す事は出来る。身体が少し持ち上がり、慌てて踏ん張ろうとした西崎の足の間に膝を捩じ込んだ朔耶は持ち上げる力を緩めると、西崎の胸に頭を付けたまま低い声で言った。

「このまま膝を搗ち上げてあげようか?」

 明らかに怒気を孕んだ朔耶の声と、それを実行された場合の地獄に思い至った西崎は震え上がって朔耶を解放した。

「ご、ごめん! 僕……」
「今度やったら稲妻ビンタだからね」
「い、稲妻……?」

 『めっ』とオデコをつんっと突付いた朔耶は、それで赦すと言って屋上を後にした。残された西崎は全身に残る朔耶の感触と残り香に暫らくぼーっと突っ立っていたが、ふいにオデコを擦りながらふらふら歩き出す。

「都築さん……」

 悪戯した子を叱るような最後の怒り笑顔が、西崎の脳裏に焼きついていた。




 階段の周りでウロウロしていた女生徒達をしれっと無視してやり過ごした朔耶は、校舎の玄関で待っていた藍香と実穂を見つけて合流する。

「どうだった? どうだった?」
「告白だったよ、断ったけどね」
「フンフンフン…… 西崎君のコロンの匂いがする……」
「犬かアンタは……」

 屋上へ上がる階段前からの一連の出来事を報告すると、藍香は満足げに笑い、実穂はナルホド〜と納得していた。どうやら例の噂を流した女生徒は西崎ファンの同級生だったらしく、朔耶から興味を失わせる事が目的だったそうだ。

「なんだかなぁ」
「ああ〜でもこれで あたしの朔ちゃんの純潔は守られたわ!」
「だから『あたしの』ってのは何よ」
「実は朔耶ちゃんに告白したいって女の子、結構いるよー?」

 思わず引き攣る朔耶だった。







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