ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
戦女神編
44話:精霊の事情




 辺境騎士団クルストス支部にある宿舎。 その一室で眠る朔耶は、夢の中で精霊と向かい合っていた。
 此方の世界に再召喚されてから此処まで一気に駆け抜けて来た朔耶は、近しい人達の身に起こる当面の危険をほんの僅かな間とはいえ脱した事と、懐かしい顔にも会えた事で緊張の糸が切れたのか、精神力を使い果たして倒れるように眠り込んだのだ。

「これ、夢よね?」
ニクタイカラ ヒトトキ カイホウサレタ ヒトの精神 それガ 今の サクヤ

 人の形にも見える光の集合体がユラユラ揺れながら答える。精霊の声は徐々に鮮明に、明瞭になって行く。朔耶は不思議と驚きなどは感じず、極当たり前の事をしているような既視感にも似た落ち着いた気持ちを感じていた。

「ふーん……態々こうして話すって事は、何か伝えたい事でもあるの?」
「コノママ、かさなり、を、続けるコトで、血の盟約が解かれてしまう可能性がある」

 この精霊は遠い昔、フレグンスの地を治める王族を加護するという『個人』では無く『一族の血』と盟約を交していた。フレグンスの王族が代々精霊術に長けているのは、新たに血統を継ぐ者が生まれる度に精霊が祝福を与える事で赤子のうちから交感能力に刺激を与え、成長する間も近くで見守るように傍に在り続けて来た事が影響している。王族に課せられた務めである地下神殿での祈りの儀式は、この精霊と交感を試みる儀式でもあったのだ。盟約を確かめ合い、繋がりを強める意味合いもある。

「レティ達の事だね……じゃあ、あたし向こうに戻ったらあんまりコッチに来ないほうがいいのかな?」
「サクヤがコノ世界に無くては、アノコが哀しむ」 

 『それはまた難儀ねぇ』と朔耶は精霊の言わんとする事を理解しつつも、それはもう仕方が無い事なのではないかと思っていた。精霊の話では朔耶と重なって行動を共にする内、朔耶の意識に引かれるように過去の盟約の効力が薄れて行くらしく、朔耶が精霊の力を使えば使うほどその傾向が強くなっているという。

 精霊自身が意識しなくとも、重なっている朔耶の意識に引っ張られるような形で明確な意識を強く持った状態になり、それは本来精霊が持ち得ない程の強い自我のように、盟約の繋がりでもある拘束力に反撥してソレを抑え込んでしまう。今のままでは、重なっている精霊は何れ朔耶の心に飲み込まれるように融合してしまうかも知れないとの事だった。

「レティが寂しがるってのは分かるけど、それでレティ達からアンタを取っちゃったら本末転倒でしょ?」
「方法はある。アノコ、とも、重なる事で盟約は保護される」
「どうやってよ? 言っとくけど百合は勘弁だからね」

 何と無く嫌な予感がした朔耶は予め釘を刺しておく。精霊は若干の沈黙後、朔耶の知識から読み取った百合なる情報を認識すると話を続ける。

「アノコとサクヤの肉体的精神的な深い交わりも有効な方法 提案するのは別の方法」
「なんか薮蛇だった気がするわ……例えば?」
「一度、サクヤと一緒に行く。そして、一緒に戻る」
「……え? それってレティをあたしの世界に連れて行くって事?」

 それは地下の精霊を此方の世界で使役している朔耶とフレグンスの王族であるレティレスティアならばこそ可能な方法だった。血の盟約による繋がりという効果に加え、朔耶と交感で深く繋がる事の出来るレティレスティアならば、世界を跨いで力の強い精霊と繋がっている状態にある朔耶を世界間を移動する乗り物と位置付け、地下の精霊とその遍在を双方の世界の駅とする事で移動が可能だ。

「う〜ん……それって本当に大丈夫なの? レティと混ざったりとかしない?」
「肉体は固体として保たれる。精神は一部融合し、溶け合う」
「駄目じゃん!」

 朔耶は速攻で却下した。そのツッコミの勢いで目が覚める。 薄暗い宿舎の部屋。外からは支部の修復を行う作業の音が聞こえて来る。朔耶が倒れるように眠ってから半日程が経過し、今はお昼過ぎ頃に差し掛かっていた。


「…………精霊の価値観じゃ問題ないんだろうけどねー……」

 ベッドに横たわったままの姿勢で天井を見上げながら呟いた朔耶は、ふっと息を吐いた。




「取り合えず東館の外壁と通路の修繕を優先しておけ、食料の買い付けはどうなってる?」
「ハッ 現在三小隊が市場に出向いていますが、恐らく買い占めても二日分確保出来るかどうか……」
「ふむ……街の住人にも負担になるからな、何かトラブルがあったら直ぐに知らせるようにしろ」

 支部の修復作業が行われている中、アンバッスを始め各隊長は其々役割を分担して騎士団の活動を再開していた。建物の修復作業、資材の搬入、怪我人の搬送、遺体の処理、捕虜の監視、街の巡回による治安維持、そして最も問題になっているのが食料の確保だった。エバンスからの脱出組や捕虜達から集めた貨財で資金は十分にあるが、クルストスの街自体に食料が足りないという現状。

「こりゃ早いことエバンスに引き取って貰わにゃならんな……」

 アンバッスは地下に収容しきれず厩舎の裏で鈴生りに繋がれている捕虜のサムズ自警団を眺めて呟いた。 




『てなわけなのよ』
――そう、なのですか……――

 朔耶はベッドに寝そべったままレティレスティアに交感を繋ぐと、夢の中で精霊と話した内容を伝えていた。

『多分、こうやって話してる間もその盟約ってのに響いてると思うんだわ、だからあたしこのまま還ろうかなって思うの』
――そんな……でも……――
『どっちみち今回はあんまり長くコッチに居られないからね、途中退場で悪いけど』
――そんな事はありませんっ サクヤは十分力を尽くしてくれました――

 レティレスティアも代々王家を守護して来た精霊との盟約が切れてしまうとなれば、自分の我侭で朔耶に此方の世界に留まって貰う事を願う訳にも行かず、また、朔耶の世界に行って戻って来る事に異存は無かったものの、朔耶自身がその方法を却下しているので無理強いは出来ない。

――……そうですね、サクヤの事情もありますもの――
『ごめんねー、あたしももっとコッチには居たかったんだけど……』
 
 レティレスティアと話し合った朔耶は、夕方までは此方に滞在してクルストスの情報を送る等の手伝いをした後、自分の世界に帰還する事になった。レティレスティアの残念がる思念を感じながら交感を解いた朔耶はベッドから起き上がる。

「さて……もう暫らくヨロシクね」

 胸に手をあて、自分の中の精霊に声を掛けると宿舎の部屋を後にした。




「おう、起きたか」
「アンバッスさん、忙しそうだねー」

 事後処理に追われるクルストス支部内。朔耶が建物に入ると、周りの空気で気付いたアンバッスが声を掛けた。朔耶はアンバッスが大きな身体を丸めるようにして机に向かいながら事務作業をしている姿を見て思わず笑ってしまう。

「な、なんか似合わないような似合うような」
「言うな、俺も外回りの方が性に合ってる事ぐらいわかっとる」

 机の傍で書類と格闘しているアンバッスと談笑する朔耶を見た支部内の騎士達は多少なりとも緊張を緩める事が出来た。朔耶の事をよく知る者達でも光の翼を広げて魔力のオーラを纏った朔耶の姿には一瞬畏れを感じて立ち竦む程の神懸かった雰囲気がある。

 朔耶の事を噂でしか知らない人々にとっては、空を覆うような巨大な翼を広げて舞い降り、『死』を奪うと謳われる程の強力な癒しの光で照らし、一瞬で敵全軍を沈める雷の閃光を放つ存在は神かソレに並ぶ者と映る。

 朔耶が支部内に入る事を拒んだ門番も、ある種決死の覚悟で御引取り願ったのだ。まだ混乱の収まらない雑然とした支部の中で、誰かが粗相をやらかしてこの存在に怒りでも買おうモノならどうなる事か、という懸念による判断なのであった。

「あたしね、夕方には向こうに戻るから 何か王都に伝えたい事とかあったら今の内に言ってね?」
「向こう、というのは……お前の世界の事か? 随分急だな」
「うん、ちょっと色々事情があってね、国のそんぼーに関わるような」
「ふん……大層な事情だな。 そうだな、取り合えず大至急食料を送って貰いたいと伝われば助かるが……」

 アンバッスは言い掛けて呟きながら考え込む。王都からでは輸送に相当な時間が掛かる上にサムズと開戦するなら街道は使えない。キトに迂回するにしても、サムズの妨害を考えるならティルファ経由でかなりの遠回りをして早くとも三十日以上は掛かってしまう。

「あ、竜籠があるから荷物運ぶなら割と早く届くと思うよ?」
「竜籠? 帝国が協力でもしてくれるのか?」
「んー、元々サムズの傭兵の人達を運んでたやつを分捕ったの」
「……誰がどうやって分捕ったのかは聞かないでおこう」

 今直ぐにでも王都に伝えられると聞いたアンバッスは書類に王都からの食料援助を申請する内容を記した。そして交感でレティレスティアに伝えた朔耶から『直ぐ送るってさ』と聞くと、申請書に受理を記す。

「一つ片付いた。 楽でいいな」
「一応、此処での事はあたしが見た限りの内容で王都には伝えてあるからね」
「そうか、助かる」

 何となく会話が途切れて周囲の雑踏に耳を傾ける朔耶。忙しく行き来する騎士達に混じって給仕の格好をした少女やおばさん達の姿もちらほら見える。人の行き交う様子をぼーっと眺めていた朔耶に声を掛ける者がいた。

「あ、あのーサクヤ様?」
「はい? あ、サム君!」
「名前覚えていてくれたんですか!」

 サクヤ式の改造が成されたキャリゴルの盾を持つ若い騎士、サム・クリッツ(十八歳、彼女募集中)が感激した様子で立っていた。以前、王都までの道中を共に旅した護衛隊メンバーの一人である。

 彼はエバンス辺境騎士団本部に所属している騎士だが、エバンスから脱出する際もこの支部での攻防でも朔耶に改造して貰った盾が非常に役立った事で、一言お礼が言いたいと勇気を振り絞って声を掛けたのだ。

 旅の最中でも既に雲の上の人だった朔耶が王都で『王室特別査察官』なる官職に就いたと知らされた時は、『もう話し掛ける所か視界に入る事すら出来ないのだろうなぁ』という諦めを胸中に持ちながらも、久方ぶりに見た朔耶は相変わらず度肝を抜く事をサラッとやって見せつつ自然体で人と接する変わらない在り方に、彼は以前にも増して朔耶に惹かれている事を自覚するのだった。

「他の人達は皆元気だった?」
「あ……護衛隊メンバーで脱出組みに居たのは自分だけでして、他は自分等を逃がす為に……」
「…………そっか、みんな 無事だといいね」

 暗くなり掛けた空気を、朔耶は皆の無事を願うように微笑んで見せる事で押し止めた。戦死が確認された訳ではないのなら、捕虜として生きている可能性も十分にあるのだからと。そんな朔耶になんと返して良いのやら分からず、オタオタしているサムにアンバッスが書き損じて丸めた紙クズをぶつける。顔面直撃。

「アイタッ!」
「少しは気を回せ、未熟者」
「くすっ」

 昼下がりの喧騒の中、暫しの談笑に興じる熟年の騎士と若い騎士と、異国の少女の姿が垣間見られた。




「なるほど……そういう事でしたか」

 フレグンス城の地下神殿でレティレスティアから話を聞いたアルサレナは、朔耶と重なる精霊が古くからこの地を護る精霊であった事に関心を示していた。あれ程の強い力を持つ精霊が、才能はあるとはいえアルサレナからすれば未だ未熟であるレティレスティアの助けを求める声に応えて、異世界から朔耶を喚び寄せるような働きをした事の謎が解けたと納得している。

「サクヤは、もう此方には来ないのでしょうか?」
「あの子にも自分の世界での生活があるでしょうからね。 それに、この地を護る精霊との契約が切れるというのは問題です」
「はい……」
「精霊が示したという方法も、少し性格が変わる程度という訳ではなさそうですし」

 一部とはいえ精神が混ざって溶け合うという事は記憶の共有や混乱を招く恐れもある。個の意識が希薄で強い自我を持たない永遠の存在である精霊の感覚からすれば、多少混じった所で特に問題は無いのかもしれないが、自我の塊とも言える人間には深刻だ。

「しかし、それさえ解決する事が出来れば、貴方はこの地を護る精霊と重なる事が出来、フレグンスはサクヤという強大な存在を得る事が出来る」
「母さま! 私はそんな……っ」

 アルサレナの言い様に朔耶を利用しようとするようなニュアンスを感じたレティレスティアは思わず反撥の声を上げるが、アルサレナにじっと見据えられて口を噤む。

「レスティア、貴方の純心は人として美徳に満ちた素晴らしいモノです。ですが、貴方は王族の娘、意味は分かりますね?」
「…………はい」
「サクヤは確かに貴方を救い、この国に色々な技術をもたらして発展に貢献してくれています。ですがそれは、相応の厚遇に報いるモノとして私達王族は受け取らなければなりません。善意だけであの子を王室に近しい存在として扱う事は出来ないのです」
「……分かって、います」

 不承不承なレティレスティアの様子に、アルサレナはこっそり苦笑する。元々レティレスティアにそんな考え方が出来るとは思っておらず、これも自身の立場に自覚を促す為の、王族としての教育の一環である。

「さて、それでは精神の融合を防ぐ手立てを考えるとしましょう。サクヤから交感があれば、もう一度此方に来て貰えるよう交渉なさい」
「……分かりました」

 不貞腐れたような返事を返すレティレスティアに、珍しいモノを見る表情で目を丸くしたアルサレナはもう少しつついて反応を窺う。

「不満そうですね」
「不満です」

 ムスッとした表情で拗ねるレティレスティアをアルサレナは堪らず抱き締める。いつもぽやーっとしていた娘がこんな反応を返す事が面白いやら嬉しいやらで思わず笑みが零れてしまうのだった。
 儀式の間では何時も厳しいアルサレナの突然のスキンシップに、レティレスティアは只管わたわたしていた。




『そうねぇ〜 日曜日前の土曜日なら来られると思うから、六日後くらいかな?』
――分かりました、ではまた六日後に此方の世界へ来られた時、連絡を下さい――
『うん! アルサレナさん、いい方法を見つけてくれるといいね』
――はい……、そうですね――

 レティレスティアから後ろめたさの感情ががひしひし伝わって来る事に何かあったらしき事は感じ取ったが、朔耶は自分からそれを尋ねる事はしなかった。

『レティ』
――は、はい?――
『また会おうね?』
――あ……はいっ!――

 
 支部の敷地内でレティレスティアとの交感を終えた朔耶は、見送りに来てくれたクィスとデイジーを振り返ると少し照れながらハグをする。帝国の城の地下から還った時は行き成りの召還だったので感傷も何もあったモノではなかったが、今回は『これから還るんだなぁ』と思うとたった一日の強行軍で経験した出来事が走馬灯のように浮んでは消えて行く。中々に濃い体験をしたものだと、朔耶は感慨深く思った。

「それじゃあ、またね」

 朔耶は『また明日』というくらいの軽い雰囲気で手を振ると、祈るように手を組んで精霊に呼びかける。クィスとデイジーが見守る中、朔耶の姿は唐突にそこから消えた。

「サクヤさん、消えちゃった……」
「うん……ホントに、他の世界の住人なんだね」

 建物の影からこっそり見守っていた人々は朔耶が異世界から来た事に関して詳しく知る者が居なかったので、突然姿が消えた事に『やはり神の使いか!』とか『精霊の化身では!?』などの憶測が飛んでいた。






「うわっと!」

 薄暗いハイキングコースに現れた朔耶は、一瞬バランスを崩して転びそうになった。 召喚された時は車の助手席に座っていたので、座標が地面より高い位置にあったようだ。辺りを見渡して一息つくと、虫の声を聞きながら山を下り始める。

 白いワンピースは裾から腰、胸元まで血で染まっている。向こうに居た時は皆も似たり寄ったりの状態だったので余り気にならなかったが、流石に此方の世界で流血沙汰の痕跡は目立つ。夕刻に還って来たのは正解だったと自分の判断を褒めながら、朔耶はポケットから小銭とテレフォンカードの入った財布を取り出して人気の無い駐車場近くの電話ボックスに向かった。


「あ、お母さん? お兄ちゃん居……ああ、ごめん! うん、大丈夫だから……うん、お兄ちゃん迎えに寄越して?」

 朔耶は親に心配を掛けてしまった事に若干の罪悪感を抱きつつも、次に向こうへ行く時はキチンと話をして親公認で行く事にしようと決心するのだった。

「レティを喚ぶかも知れない事も、話しておこうかな……」







+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。