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戦女神編
43話:クルストスの夜明け【後】




 戦場では何が起こるか分からない。アンバッスは師匠からもよくそう聞かされていた。そして自身も戦場に身を置き、血と屍で肥やされる大地を駆け抜けた中で何度もそれを実感する事態に遭遇した経験があった。

 僅かな手勢で大部隊に壊滅的な打撃を与えた事や、思わぬ災害で両軍が被害を受け、その一時だけは敵味方入り乱れて災害に抗ったり。たった一本の流れ矢が戦況を変えた事もあった。

 『歩く要塞』と謳われたフレグンスの現王妃アルサレナが敗色濃厚な戦場に現れ、供の魔術士による大規模魔術の連発で勝敗を引っくり返してしまった時などは彼女の姿が戦姫に見えたものだった。

「確か、『フラグ ブレイカー』……だったな。 俺はお前の言う『死亡フラグ』というやつを圧し折れなかったのか?」

 裂傷と刺傷、打撲、骨折している箇所も幾つかあり、後一撃繰り出せるかどうかという満身創痍。折れた剣を両手に自らの血溜まりの上に立ち、鎧は既にその役目を果たしていない。残り十四人、如何に退けようかと重くなって来た瞼と身体を鼓舞するアンバッスの見上げた闇空に、光の天使が舞っていた。

「なあ? サクヤ……」

 グラリと傾いだアンバッスの身体がゆっくりと倒れて行く。 今がトドメの時とばかりに群がる騎士達の無数の剣が、アンバッスの身体を貫いた。


「やった……倒したぞ! 俺達はサムズの騎士としてフレグンスを打倒するんだ!」
「「「おおおーーー!!!」」」

 生き残った騎士達が剣を掲げて勝ち鬨を上げる。その内の一人が空から近付いて来る光に気が付き、警戒を呼びかけた。事前情報にあったサムズの竜籠かと空を見上げた騎士達は初め、怪訝な表情を浮かべていたが、次第に驚愕と動揺の表情に変わった。 
 彼等の見上げる先には、光の翼を広げた少女が空を飛んで来るという現実離れした光景があった。

「なんだ、あれは……」

「アンバッスさーーん!!」 

 街の一角で戦闘を行っている騎士達を見つけた朔耶は、彼等の鎧が見覚えのある辺境騎士団のモノだったので味方発見とばかりにそこを目指した。が、近付くにつれて様子がおかしい事に気付く。戦っている騎士も倒れている騎士も、同じ辺境騎士団の騎士だった。そして若い騎士達と一人剣を打ち合わせている血塗れの騎士がアンバッスだと分かった瞬間、彼は無数の剣に貫かれて倒れた。

 朔耶は周りを取り囲む騎士達には目もくれず、血溜まりの中に沈むアンバッスの傍に降り立つと、癒しの光を注ぎ込むようにアンバッスの身体に手を当てる。しかし光はアンバッスの身体を包み込む事無くすり抜けて行く。

「うそ…………なんで……やだ、こんなの……アンバッスさん、生きてるよね……?」

 生命活動を停止した状態の人間に精霊の癒しは余り効果が無い。癒しの力を取りこみ、それを循環させる事が出来ないからだ。
 朔耶の放つ癒しの光は通常の治癒魔術や精霊術の癒しの加護に比べれば強力で、アンバッスの傷ついた身体も徐々にではあるが傷口が塞がり始めていた。それでも、死者を蘇えらせるような力は無い。 アンバッスはもう死んでいるのだ。

『なんで……どうしたらいいの……どうしたら……』

 半分恐慌状態に陥った朔耶は混乱しそうな思考を必死で繋ぎ止めながら考える。アンバッスの身体はまだ温かい。ただ、生きている事を示す呼吸が無く、心臓の鼓動を感じられなかった。

『呼吸……心臓、そうだ!』

 朔耶はボロボロになったアンバッスの鎧を剥がすと、そこに見える無数の刺傷に癒しの光を送り込み続けて身体を修復しつつ、顎を持ち上げて気道を確保。アンバッスの鼻を押さえながら息を吹き込み、厚い胸板に手を添えて心臓マッサージを行う。電撃は程度が分からないので自分の習った知識の通りに人口呼吸を施した。


「一体、何をしているのだ……? あれは」

 ヴィンスを始めとする離反した騎士達は、突然空から舞い降りた黒と白の光の翼を持つ少女に畏怖と警戒の念を懐いていた。
 少女は最初、アンバッスの死体に縋るように光を放っていたが、やがて身を起すと死体の鎧を剥ぎ、その胸元に光を押し込むようにしながら接吻を繰り返す。何か儀式めいた事を始めた少女に訝しむ眼差しを向けながら遠巻きに見詰める騎士達。

「お願い、アンバッスさん……息をして」

 何度目かの息を吹き込み、心臓マッサージを行いながら癒しの光を送り込むと、光がアンバッスの身体を包み込んだ。途端、咳き込むように息を吹き返すアンバッス。周りの騎士達から一斉に動揺のざわめきが起こったが、朔耶の耳には入らなかった。

「アンバッスさん!」
「……サクヤ?  なんだ…… てっきりお迎えの天使が来たのかと思ったのだが……」
「よかった……アンバッスさん……死んじゃったかと……」
「ふん……俺はフラグブレイカーだからな、簡単にはくたばらんよ」

 涙ぐむ朔耶の頭を撫でながら見掛けによらずロマンチストな事を言うアンバッスに、朔耶はようやく安堵の気持ちを抱くことが出来た。 アンバッスは朔耶から放たれる光で身体に力が漲って来る事を感じながら、唇に残るやけにしっとりとした柔らかい感触に『はて?』と首を傾げていた。




「お、おいっ どういう事だこれは!」
「一体、何が起きたんだ……」
「死者が蘇えるなんて……、フレグンスには神が味方についているのか?」
「俺達の選択は本当に正しかったのか……?」 

 確かに死んでいた筈のアンバッスが立ち上がった事で騎士達は取り乱し、アンバッスに命を吹き込んで蘇えらせた光の翼を持つ朔耶を神の使いかと恐れ戦いた。そんな中、朔耶の容姿に気付いたヴィンスが動揺を振り払うかの様に叫ぶ。

「うろたえるな! よく見ろ、あれはサクヤ殿だ! 強力な魔術士だと聞いた、今のは彼女の使う異国の治癒魔術に違いない」
「し、しかし……死者を蘇えらせる魔術なんて聞いた事もないぞ、魔族にだってそんな術は……」
「きっとまだ息があったんだ……知っているだろう、彼女の作る発明品の数々を。我々の知らない様々な知識を持っているサクヤ殿の事だ、さっきの儀式も特殊な治癒魔術かもしれん。或いは何か特別な薬を飲ませていたのだろう、瀕死の人間すら癒せる薬を持っていてもおかしくない」

 ヴィンスにそう説明されると、動揺していた騎士達は『成る程』という表情になって幾分落ち着きを取り戻した。あの光の翼で空を飛んで来たのも、そういう類の発明魔術品なのかもしれないと考えて納得する。
 尤もそれは魔術に対する知識が少ない彼等だからこそ、納得出来た内容であった。 ともあれ、混乱から立ち直った騎士達は改めて剣を構えると、アンバッスと朔耶を取り囲む。

「ねえ、これどうなってんの……?」
「うむ……まあ平たく言えば身内の反乱だな」

 朔耶は周りを囲む騎士達と、地面に倒れて既に事切れている騎士達を見渡して顔を曇らせる。戦闘が行われた場所で死体を見るのは初めてでは無かったが、ここまで生々しい現場は帝都の城で先代皇帝を討った時以来だ。 カースティアの図書館では遺体を運ぶ手伝いも経験した朔耶だが、配慮されていたのか余り酷い状態の遺体を見る事は無かった。

『これ……アンバッスさんがやったんだよね……』

 ちらりと、朔耶はアンバッスを見上げてみる。新たに傷跡も増えた強面の武張った顔を厳しく引き締めて鋭い眼光で騎士達を睨みつけ、両の手に倒れた騎士から奪った二本の剣を持ち、闘気とも形容出来る空気を纏っている。

「……うん、やっぱりアンバッスさんは怖くない」
「ん?」
「ごめんね、アンバッスさん……あたしがもっと早く来てれば、何とか出来たかもしれなかったのに」

 朔耶をどうやって安全な場所に逃がそうかと考えていたアンバッスは不意にそんな言葉を掛けられ、意味を問い掛けようとしたその瞬間――

 カカカカァアアアン!

「なっ!」

 閃光と共に乾いた音が鳴り響き、二人を取り囲んでいた騎士達が一斉に崩れ落ちた。思わず目を瞠ったアンバッスが傍らの朔耶を振り返る。

「死んで無いよ、気絶させただけ」
「サクヤ、お前……」

 小隊長時代にはよくレイスと組んで任務の遂行に赴いていたアンバッスだけに、魔術の事にあまり詳しく無くとも今の現象がどれだけ出鱈目なモノかは理解出来た。

「……お前は本当に、つくづく変わった奴だな」
「むぅ、その言い方は何か酷いっ」

 膨れてジト目を向けて来る朔耶を宥めながら、アンバッスはこのままヴィンス達を放置して行くか拘束だけでもしておくか迷った。トドメを刺して行く事は何と無く選択肢から外す。彼等を倒した朔耶がそれを望んでない気がしたからだ。 
 ちぇいちぇいとパンチを繰り出してくる朔耶を適当にあやしつつ『どうしたものか』と考え込むのも束の間。遠くで火の手が上がるのが見えた。街影の向こうにボンヤリと広がる灯りが、夜明け前の闇空に立ち昇る黒煙を照らし出す。

「あれって……」
「不味い! アレは支部の方角だ」

 アンバッスが手短に支部の現状を伝えると、朔耶は顔色を変えて光の翼を広げた。そのまま空中に浮かび上がり、倒れている騎士達に一瞥を向けてからアンバッスに声を掛ける。

「あたし、先に行くね」
「分かった、気を付けろよ? 恐らく向こうでも離反が起きている筈だ」

 頷いて空へ舞い上がった朔耶は光の軌跡を残しながら辺境騎士団支部に向かって飛んだ。






「非戦闘員の怪我人は宿舎に避難させろ! 動ける者は消火作業に回せ!」
「第二通路のバリケード、突破されました!」
「西地下通路から敵侵入!」
「第二通路は中程まで後退! 新たなバリケード構築まで死守! 西地下通路は土嚢で埋めて石でも積んでおけ!」

 支部の中では次々ともたらされる報告に辺境騎士団長のクレイギンスが必死に対応をこなしている。まさか迎撃に出した斥候部隊と攻撃部隊の半数近くが離反してサムズに寝返るなど予想外にも甚だしい事態に困惑する暇も無く、生き残る為に死力を尽くしていた。
 敵側に付いた元辺境騎士にはこの支部に勤めていた者が多く、抜け道や隠し通路を使っての襲撃に対応するだけで精一杯の状態が続いている。
 
「支部に残った騎士に寝返りが出なかったのが、せめてもの救いか……」

 攻撃部隊が壊滅し、寝返った騎士と共にサムズ自警団と傭兵達が襲撃して来た時は敵の勢いに押し込まれそうになったが、斥候部隊から三十人の騎士が駆けつけて敵の背後を急襲してくれたお蔭でどうにか持ち堪える事が出来ていた。

「スンマセン! 魔力石お願いします!」

 第一通路の防衛を任されていた若い騎士が駆け込んで来る。彼の持つキャリゴルの盾は魔法障壁と同等の効果を生み出すサクヤ式と呼ばれる改造が施されており、敵の攻撃の殆どを彼一人が防ぐ事で仲間の援護を得て敵の侵入を妨げていた。防衛の要である彼が抜けると侵入を食い止めるのは厳しくなる。

 給仕の少女が予め用意しておいた手頃な大きさの魔力石を持って来る間、若い騎士は盾の裏蓋を開いて中の木箱を取り出し、魔力が空になった魔力石を捨てる。そして新たに受け取った魔力石を木箱に詰めて盾に組み込むと、表面に魔力の膜が張られた事を確かめながら直ぐに防衛へと戻って行った。

「東館外壁崩壊! 侵入者多数!」
「東館は破棄! 出入り口を封鎖しろ!」

 引っ切り無しに報告の伝令と怪我人が出入りする中、クレイギンスは現状に有効な打開策を見出せず焦りを募らせる。

『このままではジリ貧だな……』

 援軍はまず期待出来ない処かエバンスとクルストスの状況がフレグンス本国に伝わっているかも怪しい上に脱出の目処も立たない以上、現在の戦力で今の事態に対処する外無い。しかし大勢の寝返りによってかなりの損害が出た事で士気も大幅に下がり、ほぼ無傷のサムズ自警団と傭兵に加えて離反した騎士とも対峙を重ねて行く内に騎士団の戦力は相手よりも早いペースで確実に削られて行く。八方塞がりの窮状だった。

『なんとか非戦闘員だけでも脱出させる手立てを考えるか……?』

 まだ統率の取れた騎士団として機能している内に、と決断を下そうとしたその時、伝令からの奇妙な報告が飛び込んで来た。

「正門、敵味方共に戦闘不能! いや……戦闘は続行可能、但し効果を得られず!」
「第二通路、状況同じく戦闘の効果無し!」
「? なんだその報告は! 意味が分からん、ちゃんと説明しろ!」
「それが、その……」

 報告をもたらした伝令達も困惑した様子で今、戦闘現場に起きている不可思議な現象を説明した。




 少し前―― アンバッスと別れてクルストス支部の上空までやって来た朔耶は、地上の乱戦ぶりに手を出しあぐねていた。意識の糸を絡めての電撃攻撃は敵味方がハッキリと分かれていれば効果的に狙って使えるが、対象がここまで入り乱れてオマケに寝返った騎士まで居るとなると、それを選別しながらというのはかなり難しい。

「ん〜〜……自警団と傭兵っぽい人だけ片っ端からってやっても……」

 この状況で個別に気絶させてもその直後、敵対する相手に斬られるか、敵味方に踏み潰されるかして死んでしまう可能性が高く感じられて、朔耶は中々踏み切れないでいた。そうして迷っている間にも、双方の戦士達は戦闘で傷つき倒れていく。

「……どっちかを助ければ、どっちかが死ぬ……でも、出来るならどちらにも死んで欲しくない」

 呟きに出して自分の気持ちを確かめ、その我侭を通す為にはどうすれば良いかを考える。 そして思いついた。

「思い立ったら即行動!」

 朔耶は思いついたアイデアを実行すべく、魔力の蛇口を捻って大量の『力』を放出した。




 見張り台から外の様子を探っていたクィスは、その光景から目を離すことが出来ないでいた。空に現れた不思議な光を纏う白と黒の翼。ゆっくりと降りて来るその翼の中心に見覚えのある少女の姿を見つける。

「サクヤ……?」

 少女が祈りを捧げるように両手を組むと、光の翼が瞬く間に広がって行く。そして空を覆う程の巨大な翼の中心から放たれた光がこの辺り一帯を包み込み、塔部屋に収容されていた怪我人が次々と癒されていく。 
 クィスは呆然と、光の翼を広げて祈りを捧げている(ように見える)神の使いを思わせる朔耶の姿を見上げていた。




「お、おい! 何だあれは!」

 光の翼を広げながら地上へと降りて来る朔耶に気付いて騒ぎ始める傭兵や騎士達。 朔耶は彼等に向かって癒しの光を放った。大量に放出される魔力の影響で光の翼は支部上空を覆わんばかりに巨大化して行き、放たれる癒しの光はこの一帯を包み込むように支部の全域にまで及んだ。

「な、なんだコレは!」
「どうなってんだ! なんで死なねぇ!」

 傭兵に首を斬られた筈の騎士は、斬られた端から傷が癒されて無傷のままそこに立ち、心臓を一突きにされた傭兵もまた、刺されている間も剣が引き抜かれてからも傷が癒され、無傷のまま。双方共に、相手に傷を負わせられないという『誰も死なない空間』が出来上がった。

 初めの内は死な無い事に『好きなだけ戦闘を楽しめる!』などと言いながら嬉々として剣を振るう戦いに飲まれた者も居たが、次第に冷静さを取り戻し始めると殺す事も殺される事も無いこの空間の異常さに畏怖を感じ始めた。そうして皆が剣を振るう事を止めると、戦闘は自然に収まった。




「報告します! 『光』の影響で負傷者は全員完治、復帰可能です!」
「第一通路! 戦闘の効果が無い為、睨み合いになっています。陣地の確保に人数を寄越して欲しいとの要請です」
「第二通路! 敵を押し戻す為の援軍要請!」

 戦闘が収まったとは言え、侵入した敵を建物の外へ追い出す為の人手が必要という事で各所から援軍要請が上がっていた。武器による攻撃に意味が無い為、得物を振るうよりも素手で相手を押し出す方が小回りが効く分効率が良い。その為、各所で押し合い圧し合いの殴り合いが起きていた。

「うむ……と、とにかく今は『光』の事は後回しだ。まずは敵を全て建物から叩き出すぞ! 動ける者は全員出せ!」
「ハッ!」

 朔耶に『死』を奪われた一帯はまるで喧嘩祭りのような怒声と喧騒に包まれながら、侵入する者とそれを追い出しに掛かる者との激しいぶつかり合いの攻防が展開された。傷を付け合う事が出来ずとも拘束する事は可能なので、こうなると数で押し切る人海戦術が有利でもある。しかしここに錬度の高い騎士団と寄せ集めの傭兵集団との差が出た。

 騎士達は非常に統制の取れた動きで連携して確実に相手を後退させて行き、孤立した者はすかさず拘束して無力化して行く。特に離反した騎士達は傭兵達との連携が取れず真っ先に拘束されて行った。
 そうしてサムズの自警団と傭兵が全て支部の外に叩き出された時、辺りを包み込んでいた光が消えたかと思うと、眼も眩むような閃光と乾いた音が鳴り響く。

「なんだ! 何が起きた!」
「ほ、報告します! 敵勢力、完全に沈黙!」

 支部の外では、気絶したサムズ自警団と傭兵達が折り重なるように倒れていた。 騎士達が一斉に空を見上げる。朝焼けの空に浮かぶ光の翼を広げた少女。その身に纏う白い衣を染めた赤い血は炎を象るように鮮烈で、黒髪を風に靡かせながら日の出の太陽に眼を細める姿は、無垢なるあどけなさと深遠なる神秘を感じさせた。






「こりゃあ、また……」
「あ、アンバッスさーーん!」

 アンバッスが処置を終えて支部に戻って来た時、既に戦闘は終わっていた。ずらりと並んだ大勢の捕虜達。通常ならば支部の外に大勢の敵の屍が晒されているか、焼け落ちた支部の中に大勢の味方の屍が焼かれているかという決着が予想される規模の戦闘だった筈なのだが、サムズの自警団も傭兵も、離反した騎士達も、これ程の生存者を残して戦闘が終結した事に皆呆然としている。しかも生きている者は全員が無傷の状態だった。

「お前は、一体何をしたんだ?」
「んー? ちょっと見分けが付かなかったから、取り合えず見分けつくまで時間稼ぎしたの」

「時間稼ぎ?」
「うん、癒しの光で癒し捲って誰も死なないようにしてみました」

「『してみました』て、んな無茶苦茶な事を軽く……お前いつ人間辞めたんだ」
「ひどっ!」 

 『そこは良くやったなとか頑張ったなとか言って頭撫でるなり抱き締めるなりする所でしょー!』とやけに具体的な例を挙げながらポカポカパンチを繰り出している朔耶を、支部の騎士達や捕虜達は何か悪い夢でも見ているかのような気分で眺めていた。とてもあんな『奇跡』を起した少女には見えない。

「あ……所で、ヴィンスさん達は……?」

 少し影を落としたような表情になって問う朔耶に、アンバッスは『名前覚えていたのか……』と感心しながらも処置の事を話す。 アンバッスは離反した彼等から辺境騎士団の鎧と剣を没収すると、僅かばかりの路銀を懐に忍ばせて放置した。騎士団に戻るなり、傭兵としてやって行くなり好きにしろと言う処置だ。

「そう……」

 朔耶はホッとした表情を見せると、アンバッスに微笑み掛けた。

「ふん……そう言えば、クィス達にはもう会ったのか? 宿舎に居たと思うが」
「これから会いに行こうかな〜って思って。 さっきまで凄く忙しかったし、ちょっと中に入れなくて」

 てへへっと笑う朔耶の表情と雰囲気から事情を察したアンバッスは、徐に朔耶の手を引くと支部に向かって歩き出す。 いきなり手を握られて驚く朔耶をぐいぐい引っ張っていくアンバッス。

「え? ちょっ 何? あ、アンバッスさん?」
「どうせ『入れなかった』んじゃなくて、『入れて貰えなかった』んだろう?」
「あー……顔、出てた?」
「お前は意外に分かり易いからな」

 『そうかなー』と首を傾げる朔耶は、アンバッスに手を引かれて支部の入り口までやって来た。門番の騎士が途惑った表情で朔耶とアンバッスに視線を向ける。つい先程、朔耶が尋ねて来た時は彼等によって『避難民が怖がるので』と追い返されたのだが、アンバッスに手を引かれながら門を潜る朔耶に制止の声を掛ける者はいなかった。位置的に朔耶は気付かなかったのだが、アンバッスが門番の騎士達にそれはもう『も の す ご い コ ワ イ 顔』で睨みを効かせていたのだ。

 支部の建物の中を注目の視線を浴びながら通り抜け、宿舎が見える通路に出た所で、朔耶は前方から並んで歩いて来る懐かしい顔を見つけた。

「クィスー! デイジー!」
「え?」
「あっ サクヤさん!」

 思わず駆け出して行く朔耶を微笑ましく見送るアンバッスは、そのまま団長の所に顔を出そうと踵を返し掛けてふと、クィス青年の様子に違和感を覚えて足を止めた。

「サクヤさん、お久しぶりですー!」
「わぁーデイジーだぁー! ホント久しぶりだねー」

 きゃいきゃいと手を取り合って騒ぐ朔耶とデイジーの様子をボーっと見詰めているクィス。アンバッスは暫らくそれを観察していたが、『ああ』と納得すると支部の建物の方に歩いて行った。

「クィス! また会えたねっ」

 朔耶がそう言ってクィスの手を取ろうと近付くと、クィスはビクリと身を震わせて後ろに一歩下がった。 手を取り損ねてキョトンとした朔耶は、じっとクィスの目を見詰める。そして一瞬何かに気付いたように微笑むと、俯き加減に寂しげな笑みを湛えながら自らの肩を抱いて背を向ける。

「そう……そうだよね、クィスもあたしの事、怖いと思ったんだね……」
「!っ ち、ちが……」
「え? え?」

 光の翼を広げた朔耶の姿を直接見ていないデイジーは何の事だか分からず、オロオロしながら様子のおかしい二人の間に視線を彷徨わせた。

「ち、違うんだサクヤ! 怖いなんて思ってない、俺はただ……」
「ホント? あたしの事、嫌いになったりしてない?」

 クィスが慌てて近付いて来た所を待ち構えていた朔耶は振り返り様に手を取って一気に距離を詰め、瞳キラキラ攻撃を放った。 カアァとクィスの頬が火照って行くのを確認すると、朔耶はスッと手を離して適度な距離を保ち、喜びの笑みを向ける。

「良かった! あたし嫌われちゃったのかと思った」
「そ、そんな事……ある訳ないよ……」

 あまりからかい過ぎるのも悪いのでこの辺りで辞めておこうと自重する朔耶。クィスの様子を見たデイジーは『そういえばそういう人だった』と朔耶のからかい癖を思い出してクィスに同情の念を向けつつ、苦笑を抑えきれないのだった。







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