街へ略奪に出ていた武装集団が戻ってくるなり電撃で昏倒させられ次々と拘束されて行く中、サムズの自警団を片付けたガリウス小隊が解放された図書館にやって来た。
「おいおい、どうなってんだこりゃ」
「まさか護衛の騎士団だけで制圧しちゃったの?」
「いや……ありえないだろ、それは」
「あれぇ? 隊長、あそこに居るのって……」
大勢の捕虜で埋め尽くされた図書館前広場を見渡しているガリウスに、部下のぽっちゃり騎士が指し示した先には近衛騎士団長と並んで見覚えのある小柄な少女が殺伐とした現場には場違いな格好で立っていた。
「おい、ありゃあ サクヤじゃねえか」
「そのようだな……」
「わぁー可愛いなぁ! 女の子らしい格好のサクヤちゃんは初めてみたよ」
「やっぱりフランの好みだったんだねぇ」
とにかく現状の把握を優先させようという事で騎士達が集まっている一角へと足を運ぶガリウス小隊。彼等に気付いた朔耶が指を差しながら声を上げた。
「あーーーー! 女の敵!」
「いきなりソレかよ」
苦笑するガリウスをあからさまに警戒するようにイーリスの背中に隠れる朔耶。その様子を見て何かを悟ったのか、他の近衛騎士達が睨みを利かせる。ガリウスはそんな彼等を気にした様子もなく、軽薄な笑みを浮かべながら言った。
「そんなに邪険になるなよぉ、ベッドじゃあんなに素直だったじゃないか」
「んなっ!」
「いやーあそこまで激しい相手は俺も初めてだったけどな、暫らく足腰立たなかったし」
はっはっはっと笑って見せるガリウスに朔耶は顔を真っ赤にすると、唐突に魔力のオーラを纏って光の翼を広げた。これにはガリウス達も驚いて後退る。朔耶はつかつかとガリウスの前に歩み寄り――
「沈め!」
パカァアアンン!
稲妻を纏った平手打ちの一撃でガリウスを叩き伏せると、ゲシゲシ踏み始める。
「あんたに! 襲われたせいで! あの後! どんだけ! 大変だったと!」
「あー……隊長踏まれてるよ」
「踏まれてるねぇ」
「踏まれてるな……」
そんな騒ぎの中、若い近衛の一人がショックを受けたような表情で朔耶に声を掛けた。
「さ、サクヤ様は 既にこの男に捧げられてしまったのですかー!」
「捧げて無いわよ! ふざけんじゃないってのよ! あたしはまだ処……」
叫び掛けてハッと我に返った朔耶は周り中から注目を浴びている事に気付いた。思わず両手で口を塞ぐ。
「い……」
「え?」
「イヤーーーーーーーーーーッ!!」
恥ずかしさのあまり耳まで紅くした朔耶は突風を巻き起こして色々巻き込みながら二階へ『翔け』て行った。 それから暫らく。
ガリウスに関する事情を聞かされていたイーリスが近衛達に説明し終えた頃に、やっと気持ちを落ち着かせた朔耶が下りて来た。
「え~……、お騒がせしました……」
「あ、いや……不躾な事を聞いてスイマセンでした」
朔耶の恥じらいに吹き飛ばされた椅子やら机やら本やら捕虜やらを片付けている所にモジモジとやって来て謝る朔耶に、若い近衛も慌てて頭を下げた。
「つーかよぉ、ここまで戦闘でも無傷で来たのに負傷理由がサクヤの恥じらいってどうなんだ?」
「アンタは自業自得!」
一番至近距離から突風に吹き飛ばされたガリウスは彼方此方擦り傷だらけで、腕を何処かにぶつけたらしく しきりに具合を気にしていた。患部が青くなって腫れている。流石に痛そうなので放っておけないと思った朔耶は適当に精霊の治癒を使った。
「このモノにてきとーな治癒を――」
「すげーヤル気のねぇ詠唱だな……」
ぞんざいな治癒にも拘らず癒しの光に包まれたガリウスは擦り傷も腕の腫れも癒え、此処へ来るまでの戦闘で蓄積した疲労まで回復していた。
「おぉっスゲェ! 疲れまで癒せるのか、これなら朝までタップリ遊んでも任務に支障はでねぇな!」
「…………精霊の力で不能の呪いとか掛けられるかしら……」
「いやまて、俺が悪かったから早まるな マジで」
黒いオーラを纏いつつ不穏な言葉を口にする朔耶からスザザッと距離を取って部下の背後に隠れるガリウス。弱点を見つけてニヤリと笑う朔耶の姿は、その小柄で華奢な肢体に艶やかな黒髪、あどけなさを残す顔立ちに黒い瞳という神秘的な容姿に露出の高い異邦の装い、何処か神懸かった雰囲気を醸し出す人間離れした魔力による気配とが相俟って、とても小悪魔的に見えたとか。
図書館の屋上からカースティアの街を見下ろす。街灯を設置している王都に比べると、夜の街並みは深夜の田舎町並に暗い。当然、元の世界のソレとは比べるべくも無い。細く欠けた月の微かな明かりに照らされながら南西の空を見上げた朔耶は、精霊の光に包まれ、次いで白と黒の翼を広げてふわりと宙に浮きあがった。
「もう行かれるのですか?」
「うん、アンバッスさん達も心配だしね」
見送りにイーリスと何故かガリウス隊も屋上に来ていた。ガリウスは真面目な騎士の顔で朔耶にアドバイスを与える。
「サムズに行くんならエバンスは素通りしてクルストスから回った方がいいぞ」
「なんで?」
「公式には発表されてないがな、エバンスの辺境騎士団がクルストスの方に脱出してるらしい」
「今エバンスに行っても多分、味方は殆ど居ないんじゃないかなぁ」
ガリウスの情報を部下の童顔騎士が補足する。ガリウス隊はここ数日で集めた情報を元に、集結しようとしていた武装集団を遊撃しながら彼等からも情報を聞き出してサムズ国内の動きを或る程度は掴んでいた。
エバンスにある神殿の水鏡による王都への定期報告を誤魔化す為、サムズは早い段階で神殿と辺境騎士団本部の制圧に乗り出しており、その際の戦闘で辺境騎士団はエバンスから撤退してクルストスに脱出したという。クリューゲル方面には侵攻する傭兵団が展開していたので、街道を第二中継地前まで進んで川を渡り、対岸を通ってエバンスを迂回しながらクルストスに向かったらしい。
イーリスはエバンスからの定期報告に感じていた違和感の理由が分かって得心したように呟いた。
「そうか……前回の定期報告の時にエバンスからの報告で妙に違和感があったのは、そういう事か」
「まあ、本来ならこっちの戦力を分断されたって所だがな、俺達にもサムズにも予想外の事態になっちまった今なら返って好都合だ」
ガリウスは朔耶という規格外の要素が加わった事でサムズの目論みはクリューゲル侵攻までで頓挫したと言い切る。
「お前ぇはクルストスからあの強面のおっさん騎士連中とエバンスを突付いてやれよ、傭兵団はフレグンスの本隊がカースティアで迎撃するだろうしな」
「僕達は別働隊でエバンスを直接叩く事になると思うよ」
情報ではエバンスを防衛する傭兵団は一個連隊と後は自警団だけなので、上手く挟撃出来れば落とすのは容易いと話す。
「ガリウスってさ……」
「あん?」
「実はエリートなの?」
不良騎士のイメージが強かった分、情報収集力や分析力、他の隊を出し抜く行動力と実力、理路整然とした戦略を伝える堂々とした様、朔耶は彼等に意外な一面を見た思いだ。
「惚れたか?」
「ばーか」
「僕は? 僕は?」
『ふふん』と相変わらずの軽薄な笑みを浮かべて軽口を叩くガリウスと、積極的にアピールしようとする童顔の騎士ことフランに朔耶は軽く笑みを返した。光の翼が振るえて風が巻き起こる。
「それじゃね」
白と黒の軌跡を描いて南西の空へと飛び去る朔耶。それを見送ったイーリス達は表情を引き締めて建物内に戻った。まだ街中に潜む武装集団の残党を駆逐し、サムズからの大部隊に備えなくてはならない。壊滅した派遣騎士団の建て直しも急務だ。
「さーて、俺等は一度本部の様子を見て来るぜ」
「分かった。 人が必要ならば何人かつけるが?」
「いや、抜け道から行くからな 俺等だけの方が動き易い」
街の巡回と敵勢力の残党駆逐はガリウス達が派遣騎士団の建て直しを図りながら行い、治安の維持をイーリス達近衛が引き受ける。本来ならば来賓扱いである精鋭騎士団やティルファ魔術団も暫定的に協力を申し出てくれている。僅かな間とはいえ、共闘によって死線を掻い潜った事による仲間意識と結束が生まれていた。
「今何時頃かな……お兄ちゃん、ちゃんと説明しててくれると良いんだけど」
真っ暗な地上を見下ろしながら精霊の突風に運ばれて飛ぶ朔耶は家族の事を考えていた。三ヶ月近くもの行方不明から帰った矢先にまた居なくなったとなれば家族の心配も一入だろう。
「あんまり心配を掛けないようにしなきゃね」
その辺りの事情も朔耶が急ぐ理由に含まれていた。出来るだけ早く近しい人達の無事を確かめ、問題を解決し、危険を排除する。 今回は何日も此方にいる訳には行かないので二日か三日、学校が始まるまでには安心して還れる状況を作りたいと考えていた。
「何時でも直ぐにこっちに来られるんならいいけど……その辺りどうなのよ」
朔耶は飛びながら自分の中の精霊に訊いて見る。返事は期待してなかったのだが、精霊の声が心に感じるように頭に響いた。
チノメイヤク カノチノイチゾク マモル イツモイッショ
「……それって、レティ達とフレグンスの事よね……前にアルサレナさんが言ってた」
初めてレティレスティアと交感を繋いだ時、アルサレナが朔耶に伝えた口上にもあった『この地の精霊と契約せし血の一族の者』。 朔耶は自分と重なる精霊はフレグンスの地とその王族を護る精霊なのだろうかと考える。精霊自ら動いてレティレスティアを助けたがったのも、精霊術に精通する王族の血と才を強く受け継いだレティレスティアを常に見守っていたのかもしれない。
何れレティレスティアの交感の力が深まり、アルサレナを超えるに至った暁には、この精霊とも交感で触れ合えるようになるのだろう。精霊にしてみれば、朔耶と重なる事は朔耶を通してレティレスティアと触れ合える上に、朔耶自身が精霊の力を使ってフレグンスやその王族を護ろうと動いてくれるので、朔耶の中は非常に居心地が良いようだ。
「う~ん、でも何かそれって……レティがあたしに懐いたのは、あたしじゃなくあたしの中の精霊に惹かれたせいっぽくて、ちょっと複雑」
アノコ サクヤ スキ
朔耶の心に精霊の気遣うような心が伝わって来る。感情の起伏が薄くとも、それ故に正確に対象の気持ちを観察して見通す事の出来る精霊のお墨付きを貰い、朔耶は少し罪悪感にも似た羞恥を覚えつつも安心する。
「ふふっ ありがと。どの『スキ』なのかがちょっと気に掛かるけど」
トモダチノ スキ
「うん、それなら問題ないよね」
コイビトノ スキ ヒトツニ ナリタイノ スキ シマイノ スキ タクサンノ スキ
思わずぐらリと飛行姿勢が崩れる朔耶。今夜の精霊はやけに饒舌だが、色々と問題のある発言をしてくれた。
「最後の好きはまだ良いんだけど、その間のはちょっと問題あるんじゃないの?」
ヒトハ ミンナ ソウ シンライノ キモチ スベテヲ アズケル トリヒキノ キモチ クレルカラ アゲル
「……」
スキノ キモチ スベテヲ ササゲル
「……そっか、なるほどね。 精霊の視点だと凄く大まかに深い観方をするんだね」
取り合えず、三角関係になる危険は避けられたと安堵する朔耶だった。
「外の様子はどうだ?」
「今の所、特に変わりありませんね」
バリケードで固められた辺境騎士団クルストス支部の見張り台から周囲の様子を窺うクィスと彼に声を掛ける騎士ヴィンス。列強四国による和平会談が行われた日にサムズ自警団の分隊とこの辺りの傭兵を集めた武装集団に急襲を受けたクルストス支部は、事前に不穏な空気を感じ取っていたアンバッス中隊長の進言によって篭城と迎撃準備がなされていた為、迅速な対応で巡回中の騎士達を収容すると支部にバリケードを築き、要塞化して立て篭もった。
同日、会談の数日前に急襲を受けてエバンスから脱出して来た辺境騎士団本隊がクルストスに現れた事もサムズ側の作戦に予想外の障害となった。
クルストス支部は通常三個小隊に二個中隊、一個大隊で構成された連隊クラスだが常時人手不足で八十人前後の騎士が詰めて居た。今はエバンス本部からの騎士も含めて400人余り一個師団程の人数に膨れ上がっていた。が、実際に戦闘を行えるのはその半数程度である。
「サムズ自警団の分隊と傭兵はそこそこ手強いが、他は騒ぎに乗じたチンピラ程度で統率もあまり取れてない。 こっちもこの狭い支部に篭城するには人数が多過ぎるからな、夜明け前にでも打って出るか。良い案はあるか?」
辺境騎士団の団長クレイギンスは、この場で最も信頼のおける騎士と判断したアンバッス中隊長に意見を求めた。アンバッスは先の王女の客人護衛の功で中隊長に昇格したが、実力と経歴から言えば団長を任されていてもおかしくない戦乱時代を生き抜いた古参の騎士である。
実力はあるのに出世しない者は大抵、立ち回り下手で上への受けが悪いか、出世欲が無くコネも作ろうとしないか、実力を嫉妬されて故意に昇進に繋がる任務を与えられないか等の理由があるが、それら何れにも該当するアンバッスは信頼できる部下としては一番の存在だ。
平時にはその寡黙さが堅苦しさとなって適当に息を抜きたい昼行灯な御貴族騎士達に疎まれ易いが、非常時には途轍もなく頼りになるのである。
「そうですな……全軍を三隊に分け、一隊を支部の防衛に。二隊の内片方を斥候として敵の位置を確認し、適当に交戦しつつ燻り出して残りの一隊で背後か無理なら側面からでも挟撃に持ち込めれば行けるでしょう」
「ふむ、敵が分散していた場合は?」
「敵の兵力で問題なのはサムズ自警団の分隊とソレに加わった傭兵だけです。他は雑兵以下なので攻撃部隊が出ている隙に支部を襲撃してくれれば、防衛の隊で片付くでしょう。途中で遭遇したならその都度掃除していけば索敵と駆逐の手間も省けます。サムズ自警団の分隊と傭兵は元々クルストス支部の戦力を目安に集められた大隊規模に現地の傭兵が加わって精々百前後ですから、一隊の数が多少劣勢でも士気と錬度では此方が勝っているので問題ないでしょう」
万が一敵本隊が全軍で支部を襲った時の為に、一隊がまず斥候として出るのだと説明してアンバッスは自分の作戦を語り終えた。
「良いだろう、その作戦で行こう 斥候部隊の指揮は君が取りたまえ」
「ハッ」
直ちに隊が編成されると、アンバッスの率いる斥候部隊約六十人が静まり返った夜明け前のクルストスの街に出撃する。攻撃部隊の第二隊七十人はアンバッスの前上司であったクルストス支部の中隊長が務め、支部の防衛は辺境騎士団長が取り仕切る。迅速な行動が求められる為、攻撃部隊にはクルストスの地理に詳しい者が選ばれたのだ。
「さて……素直に討たれてくりゃあ楽なんだがな」
武張った強面の顔を顰めながら出撃の合図を出したアンバッスは、敵勢力の集まっていそうな宿場通りを目指した。
「クィス、お茶が入ったわよ」
「ああ、こんな時にまで済まないな」
ヴィンスはアンバッスと共に斥候部隊として出撃した為、見張り台のあるこの塔部屋にはクィス青年と他、非戦闘員の給仕や運び込まれた怪我人の一部が床に敷かれた毛布の上で休んでいた。
「みんな大丈夫かな……」
「大丈夫だよ、朝か昼頃にはきっと全部終わってるさ」
実際、支部に詰め込まれた人数が多過ぎて後一日もすれば食料などが尽きてしまう為、今日明日中には決着を付ける必要があった。篭城は支部に詰める人数が少ない事を逆手に取った手段だったので、状況が変わった今はあまり良い策とは言えない。
「あれ……? 攻撃部隊が出撃していったぞ?」
「アンバッスさん達の部隊が出たばかりなのに?」
攻撃部隊は斥候部隊が向かった宿場通りではなく、露店通りの方角へ進み、やがて路地の影に消えていった。何処かで敵を挟み撃ちにするのかもと、デイジーに淹れて貰ったお茶を啜りながら街の様子を監視していたクィスは攻撃部隊の消えた路地から飛び出してくる人影に気付き、目を凝らす。
「!っ」
「どうしたの? クィス」
見張り台の椅子から身を乗り出すようして立ち上がったクィスに、不安気な表情を向けるデイジー。クィスは暫らく外の様子を食い入るように見詰めると、慌てて台から飛び降りる。
「きゃっ!」
「デイジー、ここから動くんじゃないぞ」
クィスは切羽詰った様子で言うと、横たわっている怪我人を飛び越えながら塔部屋から駆け出して行った。 クィスは見張り台から騎士が騎士に倒される所を目撃した。最初に飛び出してきた人影の他にも十数人近い騎士が、同じ鎧を纏った騎士とサムズの自警団、それに傭兵達の攻撃に次々と討ち取られて行く様を見て、攻撃部隊の半数近くが寝返った事を悟った。
クルストスの辺境騎士にはサムズ出身者が多い。サムズの侵攻に同調した者が居たとしてもおかしくは無いのだ。
クィスから一部騎士達の裏切りによる攻撃部隊壊滅と敵襲の報を受けた辺境騎士団長が防衛と迎撃準備に慌しく動く中、斥候部隊のアンバッスも同じ問題に直面して部下と剣を向け合っていた。
「ヴィンス……やめておけ、サムズの反乱は成功しない」
「隊長! アンタだってサムズの人間なら分かる筈だ! 今のフレグンスなら傭兵団の大部隊で叩き潰せる」
「潰してどうする? サムズにフレグンス程の国力は無い、フレグンスの援助がある今ですら辺境じゃ無法地帯が多い有り様だぞ? 誰が治安を護り、住人の生活を守るんだ? あの村の若者とも折角良い関係になれたのに、自らそれを踏み躙るのか?」
「そういう問題じゃない! サムズがフレグンスに代わって列強国になるんだ、そうすれば住人の生活だって今よりずっと良くなる!」
諭すように語るアンバッスに、ヴィンスは耳を貸す事無く意見を対立させた。彼と同じくサムズ出身者の騎士が何人かヴィンスと肩を並べ、アンバッスと並ぶ同僚の騎士達と剣を向け合っている。主義主張を違えて対峙する双方の騎士には其々迷いの瞳を持つ者が見受けられた。
「理想を語るのは良いし追うのも構わん、だがまず現実を見てからにしろ」
「見てるさ! このサムズの貧しい現実を変える為にもフレグンスの支配から脱しなきゃならないんじゃないか!」
アンバッスは首を振る。
「分かってないな、ヴィンス。 サムズが貧しいのはフレグンスが支配してるからじゃあ無い、寧ろ逆だ。 今までサムズの人間はサムズの発展の為に働いた事が無かっただろう」
サムズは多数の民族が入り乱れる地域で、戦と略奪、民族による民族支配で辛うじて国という体裁を成り立たせていた国だった。支配する民族でも裕福なのはさらにその支配者階級の一部の者だけであり、多くの民衆は常に貧しく飢えていた。フレグンスに抑えらている政治形態だからこそ支配者絶対主義だった環境が改善され、全ての住人が人並みの生活を送れるようになっている。
「水道橋建設はサムズが初めて国と住人の為に始めた事業と言ってもいい、これの為にキトやティルファからも人が入って来ている。このまま順調に街を発展させれば、サムズは間違いなく豊かになる。フレグンスの衛星国家だろうとサムズはサムズとして成り立つ事が出来るんだ、それをムザムザ棒に振る事は無い」
「…………もういい、アンタは王都でフレグンスに魂を売っちまったんだ」
「ヴィンス……」
もう話す事は無いと体勢を低く構え、剣を正眼に構えるヴィンス。戦乱の時代を生き抜いて来たアンバッスが戦場で身に付けた独自の構えで、アンバッスの指導を受けたクルストス支部の騎士は皆この構えを身につけている。そして――
「お前達もか……」
アンバッスと並んでいた騎士達が身を離すと一斉に剣を向ける。前後左右から鈍く光る剣がアンバッスの首元に当てられていた。斥候部隊六十人のうち二十八人が辺境騎士団に反旗を翻し、部隊長であるアンバッスに剣を向けた。残りの騎士達はこの事態に戸惑い、動揺し、隊長を人質に取られた事で身動きが取れなくなってしまった。
「俺を殺すか?」
「……いいや、このまま暫らく待てば支部は制圧される。アンタにはフレグンスを滅ぼした後でサムズの繁栄と栄光を見て貰う」
「どっちも無理だと思うがな」
ふん……と鼻をならすアンバッス。 ヴィンスは苛立つように一瞥すると他の騎士達の武装解除を指示した。
「まぁ、自分の理想に命を懸けるのも悪くはない、か……」
アンバッスはそう呟いて肩の力を抜くと、一瞬の間を置いてストンッと身体を落とす。首に当てられていた剣の刃で顎や耳が多少削られるが、戦闘を行う分には問題無い。中腰の状態から腕を開くようにして左右の騎士の腹部を強打し、斜め前後の騎士の腕を掴んで引き寄せながら身体を反転させて其々対面に立つ相手にぶつけ合う。
殆ど密着状態な程接近していた為、剣を当てていた騎士達は仲間が壁になって咄嗟に剣を振るう事が出来なかった。包囲を突破したアンバッスはそのまま一人の騎士を斬り付けて剣をもぎ取り、二本の剣を振るって瞬く間に四人の騎士を斬り倒した。
「!っ」
「お前達にはまだ見せていなかったがな……良い機会だ、俺がどうやって戦乱の時代を生き抜いたのか見せてやろう」
アンバッス独自の低い構えに二本の長剣。それは一見すると傭兵スタイルの奇抜な構えにも見えるが、正統派スタイルをみっちり叩き込まれた上で乱戦の中を生き抜く為に編み出された戦場の剣だった。
「心して掛かる事だ……」
「くっ 隊長相手に一人で勝てるとは思わないさ! 同時に掛かれ!」
正面から二人が対峙し、左右に別の二人が周り込もうとした所を反復横跳びのように移動したアンバッスは片方の剣で相手の足首を突いて止め、もう片方の剣で喉を狙う。慌ててそれを払おうと剣を合わせた所に、足首を突いた剣が跳ね上がって鎧の胸当てを掠め、反撃も回避も許さずに一突きにする。
そこに横合いから斬り掛かって来た剣を後ろに跳んで躱しながら相手の膝の裏を突き、体勢を崩して無防備になった首に一閃。崩れ落ちる身体を正面から来る相手に向かって蹴り飛ばす。思わず避けようとした相手に蹴り飛ばした身体を踏み台にして突撃し、片方の剣で初撃を誘うように合わせてすかさずもう片方の剣で押し込むように一突き。傾いだ身体が倒れる前に鎧を掴むと、彼と並んで斬り掛かろうとしていた相手に向かって浴びせ倒し、怯んだ所をまた一突きにした。剣を剣として槍のように使う、余程腕力が無ければ効果を発揮し得ない剣術だ。
「ニーケス」
「は、はいっ」
「部下を連れて支部の防衛に向かえ」
「え……、た、隊長は?」
普段のノッソリとしたイメージのあるアンバッスが振るうあまりに凄まじい剣技に双方の騎士が言葉を失い、硬直している隙に指示を出す。アンバッスはサムズ側に寝返らなかったこの場の騎士達を今向かわせれば、支部に襲撃を仕掛けているであろうサムズ自警団の背後を突けると計算する。ヴィンスの様子から攻撃部隊にも寝返りが出ている事は予想出来るが、壊滅にまでは至っていないだろうと考えていた。
「俺はこいつ等に最後の指導をしなきゃならん、急げ」
部隊を任されたニーケスは何とも形容し難い気持ちを籠めた敬礼をすると、三十人の騎士達を連れて支部へと引き返して行った。寝返った残りの騎士達二十人はアンバッスの威嚇に彼等の後を追う事が出来ず、袂を分かった元同僚の背中を見送った。
「……アンタ一人でコレだけの人数を相手にするつもりか」
「高々二十人だろう、しかもヒヨッコ共ばかりと来たもんだ」
軽い調子で挑発するアンバッスに、ヴィンスを始めサムズ側に付いた騎士達は眼の色を変えた。既に八人倒されているのだ、目の前にいる歴戦の騎士は敵だ、倒さねば自分達に勝利は無い。彼等は今此処に至って辺境騎士団、延いてはフレグンスと完全に敵対する決意を固めた。
「あくまでも立ちはだかると言うなら、此処で果てて貰う」
「御託は良いから、さっさと来い 何時まで経っても口ばかり達者な奴だな」
欠伸をする仕草で手をヒラヒラさせるアンバッスの挑発に、遂に堪えきれなくなったヴィンスの顔が見る見る赤く染まっていく行く。
「アンバーーーッス!」
「"隊長"を付けろよ、ヒヨッコ野郎」
忽ちの内にアンバッスを包囲した二十人の騎士が一斉に斬り掛かった。
クルストスの街より東に約八十キロ地点の上空を飛行する朔耶は、突如背中に走った不吉な予感に身を震わせた。急に動悸が激しくなり、焦燥感に駆られる。
「今のなんだろう……」
遠くの地上に見つけた微かな街明かりを目指し、朔耶は嫌な予感を振り切るように突風を全開にして速度を上げていった。
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