朔耶は念の為、状況に付いて行けず端っこで固まっている綺麗所親衛隊の残り七人にも意識の糸を通して表面上だが心を読み取ると、彼女達が危険な存在では無い事を確かめた。
「サクヤ!」
全ての危険を排除した事を確認して魔力のオーラを解いた朔耶に真っ先に駆け寄り、その身を抱き締めようとしたのはバルティアだった。
「――精霊よ風の戒めをあの者に――」
「っ!」
細い紐で合わせただけの肩口も露わに仄かな色気を漂わせる露出の高い異国の白い服を纏う心から焦がれる少女を胸に抱こうとした直前で、バルティアの身体に急制動が掛かる。ふわりと舞う金髪を靡かせてバルティアの脇を通り抜けたレティレスティアは朔耶に飛び付く様に抱きついた。苦笑しながら迎える朔耶。
「……そこで精霊術は無いのではないか? フレグンスの王女」
「貴方にサクヤは渡しませんから」
ぎゅっとサクヤを抱き締めながら森でも見せた王女の風格で言い放つレティレスティアに、複雑な表情を向けるバルティア。 アルサレナは溜め息を付き、レイスとフレイは然もありなんと、ブラハミルトは興味深そうな視線で眺め、アネットは通路に隠れて笑っていた。
「あははは……まあ、とりあえず あの人達を降ろしちゃってカンタクルに急ごうよ、竜籠が二台もあれば援軍も早く送れるでしょ?」
「サムズの大部隊がそんな近くに迫っていると……?」
「うん、あたしが見た感じたと三日位でカースティアに着くと思う」
貨物室の後部扉から気絶した傭兵とヨールテス、キルトも一緒にサムズの竜籠に積み込み、地上に降ろして来るよう竜達に言いつけた朔耶は、各国代表の皆に精霊の視点で見たサムズ方面から向かって来る傭兵団の大部隊の事を詳しく話した。
「やはり、我々の推測より早く動いていたという訳か」
「少し早すぎる気もしますね」
バルティアとアネットはサムズに入ったであろう傭兵団の規模から自分達が推測していたサムズの動きと、今回の会談にはそれらに対抗する意味合いも含ませていた事も打ち明けた。凡その事情を知っていたアルサレナは悪く無い判断であったと一定の評価を下し、ブラハミルトはこれでティルファの付くべき陣営も決まったとフレグンス、グラントゥルモスの味方に付く事を明言した。
彼はフレグンスとグラントゥルモスの戦いやフレグンスの内戦であれば関せず中立の立場をとるつもりだったが、『サムズの勝利が三国の滅亡に繋がる』というヨールテスの謎めいた言葉もこの判断を後押しした。
「キトの動きは如何見ます?」
「ふむ……ヨールテスが言っていた言葉だが、キトは群体国家とも言える多数が寄り集まった頭も尻尾もはっきりしない不定形な国だからな、奴が言っていた通り当面の支配者が代わるだけで今まで通り何も変わらんのだろう」
レイスの問いに答えたブラハミルトは、キトの政治体制は未だに表立って確立されておらず、統治機関が何処にあるのかさっぱり分からない事を上げてそう説明した。多くの商人と資産家が寄り集まり、何時誰によってそれら群体の方針が決められているのか、一説にはキトに多数存在する各種ギルドの総元締めが中心的役割を果たしているとも言われている。
「そうなると、ヨールテスはあのまま逃がして良かったのでしょうか?」
「奴がキトの代表として送り込まれたのは恐らく我々の確保が目的だったのだろう、つまりは奴も『手先』の一つだ」
「何時でも切れる『尻尾の手先』という事ですか。 しかし……尻尾だと思っていたら実は頭だった、なんて事は?」
「無いとは言い切れん。 だが、ここで身柄を確保して置いたとして、それでキトをどうにか出来ると思うか?」
確かに、とレイスは納得した。先程話した通り、当面の支配者が代わるだけだ。代わった支配者が方針をぐるりと変えて自分達に付く政策を行う可能性も無くは無いが、それは楽観的過ぎる。
そこまで話した所で、地上に傭兵達を捨てに行っていたサムズの竜籠が戻って来た。
「それじゃあ、竜達にはこっちの竜籠に付いて行くように言っておいたから」
「本当にカースティアに行かれるのですか?」
「うん、やれる事はやっとかないと 後悔はしたくないしね」
カースティアに残ったイーリス達を始めとする各国代表団の護衛の人達を助けに行くという朔耶に、レティレスティアは心配そうな表情を向けていた。 徐に歩み寄ったバルティアが朔耶に話しかける。
「あまり無理はするなよ、余はお前ともっと話したい」
「バル……ちゃんと頑張ってる所見てたよ、急に消えちゃってごめんね?」
「いや、余の不甲斐無さが招いた事だ……」
何やら親密な会話を交す朔耶と帝国皇帝。二人を交互に見たレティレスティアの表情に別の不安の色が浮かぶ。そこにレイスが割り込むように声を掛けた。
「サクヤ、少し待って貰えますか ほら、フレイ」
「……は、はい あの……」
おずおずと歩み出たフレイは、俯き加減でに申し訳なさそうな顔を朔耶に向けている。フレイとは再会の挨拶から言葉を交していない。朔耶はフレイの性格とアネットに対する態度から考えて、自分が攫われた事を未だ気に病んでいるのかもしれないと思い至った。
フレイは朔耶が光の翼を纏って現れた時こそ、感極まってレティレスティア王女と同様に駆け出そうとしたものの、圧倒的な力を振るって敵勢を排除し、各国の代表や王女、王妃達と対等に話し合う実力に裏打ちされた姿を見ているうち、そのあまりに大きな存在となってしまった朔耶を前に萎縮してしまったのだ。
なにか話すでもなくもじもじしているフレイに、朔耶は『これはこっちから動いてあげないと駄目かもしれんね』と歩み寄ると、何時かの馬車の中でのようにヌイグルミ抱っこを敢行した。
「さ、サクヤ様……!」
「うーん、相変わらずイイ抱き心地」
「フレイ? あんま深く考えちゃ駄目だよ?」
「でも……私は……」
「フレイが余所他所しいと、あたしは寂しいなぁ」
「サクヤ様……分かりました。サクヤ様とは、今まで通りのお付き合いをさせて頂きます」
若干気になる表現もあったが、朔耶はうむうむと満足して身を離した。
朔耶を見、レティレスティアを見、フレイを見、アネットを見、そしてまた朔耶に視線を戻したバルティアが呟く。
「そうか、サクヤが余に靡かぬは同性嗜好であったが為か……しかし困った、性別ばかりはどうにも……」
イナズマ デコピーン
「……何をする」
「やかましっ この妄想おばか皇帝!」
ちょっと涙目でオデコを擦っているバルティアに『あたしはノーマルだ!』と力強く宣言しながら開かれた後部扉の前に立つ朔耶。
「あーーもう! バルのせいでシリアスな出撃シーンがドタバタコメディになっちゃったじゃないの!」
「ふむ、何だかよく分からんが リラックス出来てよかったな?」
「むぅ……」
バシュッと朔耶の身体から白と黒のオーラが吹き出て光の翼が広がる。
「んじゃ、行って来ます」
開かれた後部扉から見えるオルドリアの空には既に星が瞬き始めている。ふわりと身体を浮かせた朔耶は黒い翼が起こす突風を纏って一気に飛び出していった。
カースティアの大図書館では通路と階段の一部を魔術で崩壊させて塞ぎ、残った通路をフレグンス近衛騎士団、帝国精鋭騎士団、ティルファ魔術団が交代で組みながら襲撃者達と相対していた。
「一階は完全に占拠されたか」
「連中、ここを拠点に街中から集まって来ているようだ」
「最初に仕掛けて来たのは傭兵団のようだな、サムズの自警団とは別の奴等だろう」
「サムズの独立派って連中は只の頭数を揃えるのに集められただけだな」
襲撃者による何度目かの突入を退け、団の代表達が敵戦力の分析を行い話し合う。傭兵団の攻撃は脅威だが相手には魔術士が居ない為、ティルファ魔術団の援護と近衛騎士団、精鋭騎士団が交互に護りを固める事で危なげ無く撃退に成功していた。
しかし、昼の会談から続く連戦には数で劣る味方の体力的にも精神的にも消耗が続き、徐々にだが押され始めている。 塞いだ通路も瓦礫の撤去作業を行う音が聞こえている為、そちらにも気を張らなくてはならない。
「派遣騎士団の生き残りが態勢を立て直してくれれば、援軍が来るまでは持たせられると思うのだが……」
「さて……、聊か厳しい状況ですな」
「敵襲!」
「く……またか! だが向こうも消耗しているようだな、間隔が長くなって来ている」
一本の通路上で行われる攻防。イーリス達が何度撃退しても直ぐに部隊を編成し突入を仕掛けてくる襲撃者達。殆どは大した腕も無い雑兵程度の相手だが、時折傭兵のような手錬が雪崩れ込んで来るので一時も気を抜く事が出来ない。
「とにかく、ここは耐え抜くしかあるまい」
イーリスは刃の欠け始めた槍を握り直すと、回収され損なった敵兵の遺体が転がる防衛ラインの廊下に踏み出した。
「竜籠はまだ戻らんのか」
「未だ連絡はありません」
「まさか落とされたのではあるまいな……」
大図書館の一階を占拠する武装集団の中で司令塔の役割をこなしている傭兵団の団長は、脱出した各国代表を追わせた部下の分隊が戻らない事に苛立ちを募らせていた。現状では集まる予定だった戦力の半分も集まっておらず、未だ図書館の制圧に至っていない。
クリューゲルに進撃中である仲間の傭兵団を竜籠で輸送する予定も、肝心の竜籠が戻って来ないので大幅に遅れている。このままでは彼等の到着に三日は要してしまう事になる。
「サムズ独立派の連中は何故予定通り集まらん。 奴等でも数さえ揃えれば其れなりの戦力になるというのに」
「斥候からの報告にここへ向かう途中で襲撃を受けたらしき独立派集団の死体を見たとありますが……」
「……ふむ。派遣騎士団の別働隊でもいたか……? しかし、フレグンスの騎士団にそんな戦い方が出来るとも思えんが……」
フレグンスの騎士団は良く言えば正々堂々真っ向勝負を挑む正統派騎士。戦いの専門家からすれば実に扱い易いカモなのだが、姿を現さず、集結中の司令塔を持たない集団を各個撃破して回るような遊撃隊スタイルの部隊が居るとなれば、ここでノンビリ構えている訳にも行かなくなる。
図書館制圧にサムズから派遣されてきた自警団を時折混ぜてはいるが、近衛騎士団、精鋭騎士団の名は伊達ではなく手強いうえに、ティルファ魔術団の援護がかなり厄介だった。
「仕方あるまい、サムズの自警団には街周辺を巡回させて独立派集団の集結を急がせろ。通路制圧には我々が出る、斥候が戻り次第臨時の指揮を取らせろ」
「ハッ」
傭兵団の団長はこの建物の制圧が遅れる事で作戦全体に影響が出る事を懸念し、若干の焦りもあって自分達で制圧に乗り出す事を決断した。
「次の攻撃で独立派の連中を一端突撃させて直ぐに下がらせろ、入れ替わり我々が突入する。退路を間違わせるなよ? 団子になったら魔術の餌食だからな」
クリューゲルの中心地でもある繁華街には夜の盛り場に普段の賑わいも無く、街中がひっそりと静まり返っていた。街の治安を担っていた派遣騎士団が昼間の襲撃騒ぎで壊滅状態にある為、危険を恐れて外を出歩く住人も居ない。それ以前に、大図書館周辺に集まる武装集団が時折徒党を組んでは街中の武具屋や飲食店などを襲撃しているので、皆家に閉じ篭って息を潜めている。
「静かだな、同志達は上手くやってるようだ」
「既に街の制圧も終わっているようです、我々も武器を調達して早く本体に合流しましょう!」
「お、あの店なんてどうだ? 看板にキャリゴルの紋章がある。 良い武器が手に入るかもしれんぞ」
彼等はサムズ決起の報を受けて集まったサムズ独立派集団であった。普段は個別にクリューゲルの郊外に潜み、時折情報収集と生活費稼ぎを兼ねた『石売り』をしに街へ出向くという生活を送っていた者達だ。十日程前に、近く『サムズによるフレグンス侵攻の前哨戦にクリューゲルの首都カースティアを攻略する』という大規模な軍事作戦が起こされると聞き、密かに仲間と連絡を取り合い、郊外に構えたアジトに潜んで居たのだ。
仲間の一人が早速その店に押し入ろうと武器代わりに持ってきた丸太で扉を叩き始めると、他の仲間も付近に落ちている石や木材を拾って来てはソレに加勢する。リーダー格の男は部下の働きを眺めるかのように腕を組んで扉が蹴破られるのを待っていた。
やがて扉が砕かれ、集団数人が店に押し入ると中から店の住人等の怒号や悲鳴が上がり始める。モノが倒れる音や陶器が割れる音が続き、命乞いの叫び等も聞こえてくる。そんな中、集団のメンバー二人が寝着姿の少女を店から引き摺り出して来た。店の奥からは主人らしき男の懇願する声が響く。
「いやぁ! お父さんっ お父さん助けてぇ!」
「頼む! 武器は持っていって構わない、娘は返してくれ!」
殴られたのか額から血を流しながら足に縋りつく店の主を邪魔そうに蹴り飛ばした男達は、泣き叫ぶ少女の髪を乱暴に掴み上げると頬を張って黙らせる。
「リーダー、コイツを本体への土産にしましょう」
「土産だぁ? お前等が食いたいダケだろうが」
「相変わらず子供趣味な奴なんだなぁ」
店の主人の懇願を無視し、商品の剣や槍、斧などを両手一杯に担いだメンバーとリーダー格の男が笑い合う。他のメンバーは持ち出された武器を物色しては気に入ったモノを装備して武装を整えていく。
「あ、おいっ ソレは俺が使おうと思った剣なのに」
「お前にキャリゴルは勿体ねぇよ、こういう武器は人を選ぶんだ」
「まぁな、てめぇみてぇな小悪党が扱える代物じゃねえわな」
そんな言葉を吐き付けられ、キャリゴルの銘入り剣を得意気に構えていた男は『なにを!』と振り返った瞬間、視点が回って地面に落ちた。何時の間に転んだのかと身体を起そうとしながら、男の意識は薄れていった。
「あ……あわぁ! ガフッ……」
狙っていた剣を持っていかれて愚痴を垂れていた男は、仲間の身に起きた悲惨な出来事に恐怖の声を上げると同時に声ごと裂かれてその仲間の後を追った。
「隊長~エグイよぉ」
「文句言ってねぇでさっさと済ませるぞ」
「そろそろ図書館から手錬が来そうだしねぇ」
「な、何だお前等!」
いきなり仲間二人を葬られた集団のリーダー格の男が叫ぶ。屑った男は飄々とした様子で剣を払って血糊を飛ばすと、鼻で笑いながら答えた。
「何って、見りゃ分かるだろう? おーこく派遣騎士団だよ。 俺は隊長のガリウス、短い間だがヨロシクな」
それを合図に派遣騎士団の鎧で身を固めたガリウスの部下二人が武装集団に飛び掛る。小柄な見掛けの割りに身長程もある大剣を全身で操る童顔の騎士が、慌てて剣を構えようとした男を文字通り薙倒し、槍の先に斧頭が付いた斧槍を振るう細目のぽっちゃりした温厚そうな騎士は、薙倒された男の隣に立つ男の頭を兜ごと叩き砕く。
「ひっ……おい! その娘を人質に……」
リーダー格の男は顔を引き攣らせながら振り返り、店の少女を捕らえていた仲間に声を掛けるが――
「ん? 人質をとらせるつもりだったのか……それはすまなかったな」
面長で冷たい目をした長身の騎士が、息絶えた二人の男から血塗れの長剣を引き抜きながら言った。ほんの僅かな間に仲間全てを失って壊滅したこの集団のリーダーは錯乱したように雄叫びを上げると、集合場所に向かって走り出す。
が、そんな逃亡を彼等が許す筈も無く、斧槍で足首を払って転がした所を大剣で地面に縫い付けるように貫いてトドメを刺した。
「おいっ なんだ今の声は! こっちから聞こえたぞ!」
少し離れた街角に傭兵部隊の姿を確認したガリウスは舌打ちする。
「ちっ 傭兵共が出てきやがったか……おい、あんた等は早く家ん中入って戸締りしてな」
荒らされた店の前でへたり込んでいる少女と店の主人に声を掛けると、ガリウス小隊は傭兵達を巧みに挑発して誘導しながら路地裏に消えていった。
「よし、手筈通りに行くぞ」
部下達と作戦を確認し合った傭兵団の団長は、突入開始の合図を出した。騎士団の気を引き付ける為だけに組まれた武装集団の部隊が突撃を敢行し、魔術団と騎士団の迎撃を受けて即座に撤退を始める。
それに引き摺られるように反撃で前に出始める騎士達を止めるイーリスの指揮が飛ぶ。
「深追いするな! 固まって防衛に徹しろ!」
「!っ 団長、新手です!」
「あれは……傭兵団か!」
隊列を乱した隙を喰い破るように急襲して来た傭兵団に、イーリスは後方に控える騎士達にも参戦の援護を呼びかけた。
恐らくは相手の最大戦力が出て来たのだ。此方も相応の戦力で応戦せねば押し潰されると判断した。事実、彼等傭兵団の錬度は高く、戦闘力も武装集団や時折混じっていた傭兵などと比べて相当に手強かった。
連戦による疲労は身体だけに留まらず、彼の振るう槍にも蓄積されており、何度目かの剣戟を裁いて鋭い突きで傭兵の一人を吹き飛ばすと同時に、圧し折れてしまう。
「くっ 武器が限界か」
「団長! 自分のを使ってください!」
若い近衛騎士が自身の槍をイーリスに渡すと、予備の剣を抜いて応戦に戻る。受け取ったイーリスは槍が折れた事で突っ込んで来ていた傭兵二人の頭を素早く打ちつけ、反した石突きで吹き飛ばし、さらに翻して穂先の刃で切り裂く。雷鳴の如く凄まじい槍捌きに、然しもの傭兵達も怯みを見せる。
「流石は噂に名高いフレグンス近衛騎士団長の槍捌き、是非とも差しで手合わせ願いたい!」
傭兵団の団長は部下を三歩分下がらせると、オールグレンの長剣を構えてイーリスの前に立った。一騎打ちを申し込まれたならば受け無い訳には行かないのがフレグンスの騎士である。 イーリスの部下達も三歩下がって決闘の舞台を整える。
「イザ」
「参る」
先手のイーリスが鋭い突きから叩き下ろしに変化する薙ぎ払いを放つと、傭兵団長は合わせるように剣を振り下ろして軌道を逸らし、柄の上を剣の腹で滑らせて腕を狙う。イーリスはそれを一動作で槍の柄から弾き上げ、巻き込むように剣を絡め取ろうとするが、傭兵団長は身体ごと反転させて往なすと打ち込んで来た。
こういった戦闘中に背中を見せるような攻撃法は傭兵ならではのトリッキーな動きで、正統派の騎士にはやり辛い反面、正面から打ち合うように隙を潰していけば癖のある傭兵は手数が限られて来る。
疲労と使い慣れた本来の槍では無い事で実力を発揮しきれないイーリスと、生き残る剣を極めて来た傭兵団長の一騎打ちは拮抗していた。しかし、この拮抗こそが傭兵団長の狙いでもある。一騎打ちなど花形の騎士達同士でやっていれば良いという認識の傭兵団長には時間稼ぎと相手の注目を引き付けて置く別の狙いがあった。
そろそろ正面から打ち合うのもキツくなって来たかと傭兵団長が少しずつ後退を始めた時、それは起こった。
「今だ! 突撃しろ!」
「先に魔術士を狙え!」
崩して塞いでいた通路の瓦礫が撤去され、其方側の通路から武装集団の部隊が雪崩れ込んで来たのだ。それに合わせて一気に攻勢に出る傭兵団。イーリス達は背後からの急襲に浮き足立ち、魔術団の援護にも回れず突撃を仕掛けて来た傭兵団を抑えるのに精一杯だった。どうにか反応した精鋭騎士団が魔術団の盾となって防いでいるが、如何せん数が違い過ぎる。
「このままでは……っ!」
「頃合だ! アレを使え!」
傭兵団長とその部下の攻撃をギリギリで捌いていたイーリスが焦りを募らせる中、傭兵団長が新たな指示を出すと彼等の背後から新型ボウガンを構えた部隊が現れた。人の腕力ではボルトを番える事さえ出来ない程の強力な弦を張ったボウガン。一度発射するともう一度発射するまでに弦を引き絞るだけでかなりの時間を要してしまう代物だが、それだけに一発の破壊力は凄まじい。
ガスンッという機械音と共に発射された鋼鉄のボルトは、騎士達の鎧と中に着込んでいる帷子を易々と貫通して身体に突き刺さった。致命傷は避けられても鎧を通して突き刺さったボルトは、身体を動かすだけで鎧と身体のズレで肉を抉り、激痛をもたらす。
撃たれた騎士達は何れも動けなくなり、剣を構えて立っているだけで精一杯な状況に追い込まれた。
「騎士共の動きは封じたぞ! 全員で討ち取れ!」
「おおおおおぉぉぉ」
「く……ここまでか……レスティア……」
肩と脇腹に二発のボルトを撃ち込まれたイーリスは、もはや槍を振るう事が出来ず、討ち取られるのを待つばかりの身となってしまいながら、仕事の忙しさを理由に婚約者候補として在りながらレティレスティアにあまり構ってやれなかった事を悔やむ。
通路の中央、会議室の前まで押し込まれた近衛騎士団、精鋭騎士団、ティルファ魔術団が傭兵団と武装集団に飲み込まれようとしたその時、会議室の窓から何かが飛び込んで来た。
「わきゃああああああぁーーーーーーー!」
ソレは凄まじい勢いで窓をぶち破ると同時に会議室の椅子や机を巻き込んで盛大に床を転がり、通路まで飛び出して壁に激突した所で止まった。通路の壁には大きく皹が入ってへこんでいる。
あまりに突然の出来事にその場の全員の動きが止まった。煙を噴出しているソレは積もった瓦礫をパラパラ落としながらムックリと起き上がる。黒髪に黒い瞳、薄い白色の衣を纏った小柄な少女がそこにいた。
「さ、サクヤ……殿?」
朔耶は周囲をキョロキョロと見渡してイーリスを認めるとパッを顔を綻ばせた。
「あ、イーリス無事だった?」
「いや、それは此方の台詞なような気がするのだが……」
面食らったイーリスは傷の痛みも忘れて呆然と突っ込みを入れる。しかし、あれ程の勢いで窓を突き破り床を転がって壁に激突したにも拘らず、朔耶には傷一つ付いていないばかりか衣服にも破れ跡一つ無い。
時速約150キロ近い速度で突っ込んで来た朔耶だったが、飛ぶ為に纏った強力な魔法障壁はあらゆる物理的衝撃から身を守る。壁に激突した衝撃は『あいたっ』で済む程度まで軽減されていた。
「うわっ なんか刺さってるし! 大丈夫?」
騎士達は近衛騎士、精鋭騎士の何れもボウガンのボルトに射抜かれて身動き出来ず、満身創痍になっていた。ようやく硬直から立ち直った傭兵団が動き出して油断無く剣を構えると、武装集団も我に返って攻撃を再開しようとした。
半身を起してぺタリと座り込んでいた朔耶はそれを察して勢い良く立ち上がり、身体から立ち昇る煙のようにふんわりしていた魔力のオーラを派手に噴出させる。
「とりあえず、あたし 参 上 !」
白と黒の光の翼が現れ、騎士団にも魔術団にも傭兵団にも武装集団にも動揺とどよめきが広がった。突然乱入して来た得体の知れない少女を警戒して武装集団は動くに動けない状態に陥ったが、傭兵団はどんな状況下でも攻め時を逃さない。
この少女の姿をした存在は確かに得体が知れず、人間離れした気配には畏怖にも似た脅威すら感じるが、今は当面の障害である騎士団を葬り去る事がこの建物を制圧する条件だと優先事項を遂行する。傭兵団長が攻撃命令を口にしようとしたその時――
「そして傭兵団と武装集団の皆さん」
朔耶が彼等に話し掛けた。武装集団も傭兵達も少女が何を語るのか気に掛かり、傭兵団長も思わず声を発し損ねて朔耶に注目してしまう。その一瞬の迷いや発令の遅れが致命的な結果に繋がる。
「オヤスミ」
カカァアアアン! カカカカカカカカアアァァアアアアン!
眼も眩むような閃光と鳴り響く乾いた炸裂音は、通路に居た皆の目を眩ませて視界を奪った。やがて視界の戻った騎士団達が見たモノは、通路に倒れ伏す傭兵団と武装集団の一群。一体何が起きたのかと状況に混乱する彼等を優しい光が包み込む。
「ここに居る怪我をしてる人全員に治癒を――」
朔耶が放つ精霊の治癒の光は騎士団のみならず傭兵団や武装集団の傷まで無差別に癒し始める。
騎士達は鎧を通して突き刺さったボルトを抜き取る最中も抉られた傷が片端から癒され、痛みも退いて行く強烈な治癒力に眼を瞠り、魔術団はこの異常な治癒の力に膨大な量の魔力が使われている事を感じ取っていた。
「これでよしっ 下の階も片付けて来るから、ちょっと待っててね?」
そう言って光の翼を広げたまま階段をひょいひょい降りていく朔耶の姿を、騎士団の面々は呆けた表情のまま見送った。畏怖と驚愕を早々に通過して好奇心を刺激され捲った魔術団の面々は、一階の様子の見物に階段付近まで我先にと詰め掛ける。
どよめき、閃光、静寂。 それで終わった。 本当に『ちょっと』待たせるだけで戻って来た朔耶に、騎士達はどう接すれば良いのか分からず動揺を隠せない様子で迎えた。
「あ、あの……本当に、朔耶殿……なのか?」
「うん、あー……やっぱり怖い?」
「あ、イヤそのっ 我々は決してそんな!」
「あ~いいよいいよ、レティ達も最初は何か恐いモノ見る眼で見てたもの」
然もありなん然もありなんと手をヒラヒラさせて笑う朔耶に、イーリスは急に恥ずかしくなって頭を下げた。
「申し訳ない。 騎士の身に在りながら命の恩人を恐れるなど……」
「だ~からいいってばぁ、しょうがないよコレばっかりは。あたし自身これは異常だと思うもん」
『みんな助かったんだから良かった良かったで良いじゃん』と軽く流す朔耶に、朔耶の事を知る他の近衛騎士も『ああ、やはりサクヤ様だ』と自分達の知っている朔耶がそこに居る事を実感した。
「ああ、それより大変な事。サムズから大部隊がこっちに向かってるの」
朔耶は大勢の気絶した捕虜を拘束する作業を手伝いながら、サムズの大部隊に付いて語るのだった。
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