「どうしました? レスティア」
「母様……」
サムズの傭兵部隊に制圧された竜籠の中で、各国の代表は其々寝室に軟禁されて居る状態にあった。寝室ブロックの入り口と食堂、貨物室への通路、そして貨物室にも二人ずつの見張りが立ち、捕虜には術士問わず全員に術封じの枷が填められている。
その寝室ブロックの一室でアルサレナと共に軟禁されていたレティレスティアは、術封じの枷を通り抜けて来た朔耶との交感を終え、複雑な表情でアルサレナと向き合う。
アルサレナはレティレスティアが交感状態に入っていた事に、術封じの枷に刻まれた呪文が発動している事を示す光で気が付いていた。
「実は……サクヤと交感を繋いでいました」
「やはりそうでしたか、あの子はこちらの世界に?」
「ハイ、精霊の視点を通して私達の危機を知り、世界を渡ったのだと……」
「そうですか……それで、サクヤは何と?」
『直ぐにこちらへ向かう』と言って交感を解いた事をレティレスティアが話すと、アルサレナは少し考え込む。
「サクヤもカースティアに向かっているという事でしょうか?」
「どうでしょうね、案外言葉通り私達の所へ向かっているのかもしれませんよ?」
朔耶が自らの意思で世界を渡ったと聞き、アルサレナは朔耶の気持ちに何か大きな変化があったのではと感じていた。
「あの……ヨールテス様にお薬を届けたいのですが……」
貨物室を見張る傭兵にキトの代表団綺麗所親衛隊の女性剣士の一人が声を掛ける。持病を患うヨールテスは毎日決まった時間、特別に処方された薬を飲まなくてはならないのだと言う。
傭兵達にとっても代表団は大事な人質、体調を崩されても困るという事で軟禁してある部屋へ行くことを許可した。
女性が通路の見張りに連れられて食堂に入ると、壁際に並べられた椅子に枷で括りつけられて座っているフレグンスとティルファ、それに帝国の代表団補佐官達の姿があった。
その食堂を通り抜けて寝室ブロックに入り、ヨールテスの軟禁されている部屋の前で扉越しに声を掛ける。
「ヨールテス様、お薬の時間です」
「おお、キルトか 入りたまえ」
『失礼します』と部屋に入る。ヨールテスはベッドに腰掛けて寛いでいた。扉を閉め、外で見張りが聞き耳を立てていない事を気配で確認すると、キルトは徐にヨールテスの膝の上に跨る。
「どんな様子だ?」
「今の所は皆さん大人しくしてますね」
「そうか、やれやれ……愚者を演じるのも疲れるな」
「そうですか? ヨールテス様、ノリノリだったじゃありませんか」
ガラリと口調の変わったヨールテスの首に腕を回し、耳元に唇を寄せたキルトは可笑しそうにクスクスと笑う。彼女はヨールテスの側近の一人で、綺麗所親衛隊八名の中に潜ませている本物の腕を持つ密偵剣士だ。
「まあ、他の代表団の護衛が軒並み正義感の強い紳士であってくれたお蔭で楽だったがな」
「うっふふ……皆さん、勇敢な騎士様達でしたね」
「長生きは出来なさそうだがな」
ヨールテスは彼女の腰を抱いて引き寄せると、首筋に舌を這わせた。キルトの喉からくぐもった嬌声が零れる。
「ふむ、また随分と溜め込んだモノだな」
「はい……魔術士の相手が多かったモノで……んぁあ……っ」
キルトの首筋に赤い血が一筋、鎖骨の窪みから胸元の谷間へと流れ落ちる。ヨールテスは鋭い牙で穿つようにキルトの首筋から魔力を吸い出し、自らの体内に吸収していった。
「サムズの指導者は小物だが、背後に付いた帝国の元側近だったか? 奴からは同類の気配を感じる」
「ん……はい……、エイディアス帝から……んぅ……精霊体化実験を……受けた形跡が……はぁ……」
溜め込んだ魔力を貪るように吸い出される快感に身を捩るキルトをしっかり抱き込みながら、ヨールテスは今回のサムズによるクリューゲル侵攻の黒幕とも言える帝国からの亡命者の事を思い出していた。
魔族と称される自分達と同じ異端な存在としての気配を持つグラントゥルモス先代皇帝の側近。体内に呪文を施すヨールテス達と違って、体内に発掘品を埋め込む手法がエイディアス帝の実験による『魔族化』だった。
一般にこの世界の『魔族』とは邪業とされる異形化の研究や不死の研究を率先して行う者達の総称である。
不老不死の研究過程で実験に使われた動物の野生化したモノが魔物の祖であると謂われている。そうした実験により、特異な状態に身を措く様になった者を『魔族化』した者と呼ぶ。
ヨールテスも元はティルファで不老不死の研究をしていた学者術士で、体内に呪文を刻む事で身体の老化を抑えて寿命を伸ばそうとした一派の生き残りであった。彼の場合は外部から定期的に魔力の補給をする事で体内の呪文を維持しているのだ。
キルトは嘗てキトで暗躍していた闇ギルドから彼に差し向けられた暗殺者であったが、色々あって今は彼の魔力補給の為の触媒となっている。ちなみにこの『吸血鬼スタイル』による魔力吸収は彼の趣味であり、別に噛む必要は無い。
恍惚とした表情を浮かべて撓垂れるキルトをベッドに横たえたヨールテスは、体内の呪文の状態を検査して自らの力を確かめた。
『さて、カースティアの陥落は必至という所だが……さっきの精霊術らしき意識の糸が気になるな』
食堂で拘束されているレイス達は、見張りの傭兵を観察しながら彼等の力量の推察などを行い、来るべき一戦に備える気概を内に秘めていた。ここに囚われている者は帝国とキトの代表団以外は全員が術者である。
誰か一人だけでも術封じの枷を外す事が出来れば、傭兵達にはかなりの脅威になるだろう。
「大丈夫か? フレイ」
「はい、私は平気です」
気遣う言葉に微笑み返すフレイは、レイスの眼の奥に『やれるな?』という確認の意図を読み取り、頷いた。
先程、キトの代表団の女性が食堂を通る際、見張りの視線が逸れた隙を付いて帝国の皇帝補佐官アネットが合図を送って来たのだ。彼女は既に外してある自分の枷を見せると、指の間に先の曲がった針のようなモノをちらつかせていた。
通路の見張りと食堂の見張りは交代する間隔を短くする事で常に警戒し、不測の事態に備えている。その為、交代した通路の見張りが食堂を出た直後の隙を狙うしかない。アネットの開錠の腕と仕掛けるタイミングに賭ける。
食堂の見張りの一人が寝室ブロックの方へ行き、交代した二人の見張りが其々左右の通路へ別れて食堂を出て行く。この時も同時にではなくタイミングをずらしながら移動する為、殆ど見張りの視線に空白というモノが生じない。
一人目が右の通路へ出て行き、二人目が左の通路に出て行き、寝室ブロックから一人が戻って来て、食堂に居た見張りが寝室ブロックへ移動する。足を投げ出してだらしなく体勢を崩した格好で座っていたアネットがそれらをぼ~と眺めていたいたが、ふいに寝室ブロックに向かう見張りの後姿をギョッと引き攣った顔で凝視する。
その気配を敏感に感じ取った見張りの傭兵はアネットの様子を窺い、ついで彼女の視線の先を見る。そこには寝室ブロックに向かって歩く仲間の後姿。特に不審な点は見られない。訝しんでアネットに視線を戻そうとした瞬間、彼の意識は暗転した。
見張りの傭兵が視線を部屋の奥に向けたほんの一瞬の隙に、音も無く近付いたアネットは彼の首筋に指を押し込んで意識を奪ったのだ。寝室ブロックに向かった見張りはそのまま突き当たりで左右に伸びる通路を左、右と確認して食堂の見張りと交代すべく振り返ろうとした瞬間、意識を失って昏倒した。物音一つ立てず素早く食堂に戻って来たアネットは、まずレイスの枷を外しに掛かる。
通路から見張りの足音が迫り、枷が外れるのと見張りが食堂に入って来たのは殆ど同時だった。
仲間の傭兵が倒れていて捕虜の一人が魔術士の枷を外しに掛かっている光景に眼を瞠った傭兵は、声を上げて他の仲間に知らせようとしたが喉を突かれて声にならずに咽る。すかさずトドメの一撃で昏倒させるアネット。
間を措かず反対側の通路からも見張りが入って来たが、既に詠唱を行っていたレイスの魔術で一瞬の内に顔を氷付けにされ、次いで手足も氷で固められてもがく内に気を失ったらしく静かになった。アネットはそれを見て『えげつなー』などと呟きながら、すぐさまフレイの枷も外しに掛かった。
フレイはアネットに対する猜疑はまだ拭えないものの、流石は密偵部隊の精鋭と認めざるを得ない事を感じていた。
「陛下!」
「アネットか、早かったな」
バルティアはこうなる事が当然であるかのようにアネットを向かえた。信頼されているのか、不遜なのか判断に困るなぁと苦笑しながらバルティアの枷を外しに掛かるアネットだった。
「アルサレナ様、レティレスティア様、御二人とも御無事ですか」
レイスとフレイが其々二人の枷を外しに掛かる。枷の鍵は三人目に倒された見張りの傭兵が持っていたのでそれを使った。ティルファの代表補佐官たちも自分達の主を解放すると、皆で寝室ブロックの廊下に出て来て顔を合わせた。
外した枷で見張りの傭兵達を拘束し、後は貨物室にいる二人を何とかすればこの竜籠は取り戻せる。問題は先導しているサムズの竜籠にこちらの竜の頭を抑えられている事だった。
ティルファの代表ブラハミルトが廊下にいる面々を見渡し、顔が足りない事に気付いて口にする。
「キトの髭オヤジはどうした?」
「いや~あの人面倒だから事が済むまで放置しちゃおうかな~なんて」
アネットが愛想笑いしながらそんな事を答えていると、件の代表が居る部屋の扉が開いて先程アネット達も食堂で見掛けたキトの代表団、綺麗所親衛隊の女性が現れた。
「あら? みなさん何故ここに……?」
「ん? どうしたキルト 何かあったのかね?」
バレてしまっては仕方が無いとばかりに、アネットはレイス達から鍵を受け取ってヨールテスの枷も外しに部屋へと踏み込んだ。
「いや~流石は皆さん列強国の側近の方々ですなぁ これなら無事に帰国出来そうですな!」
拘束された傭兵達を前に踏ん反り返ってはしゃいでいるヨールテスを捨て置き、アネット達は貨物室に居る二人の傭兵とキトの綺麗所親衛隊の婦人方をどうするか話し合っていた。
彼女等を人質にされれば元の木阿弥、サムズの傭兵はこちらの竜籠を先導する竜籠に乗っている八人と、乗り移ってきた竜籠に残る二人も含め依然として戦力で勝っている。
「まずはこちらの竜籠を完全に制圧し、敵竜籠は魔術で追い払うしかないでしょうね」
「問題は貨物室の二人だな、侵入口の上部扉付近にいる。 二人同時に抑えねば直ぐに連中の仲間が乗り込んで来るぞ」
「人質さえ取られないようにすれば、片方を仕留めて後はどうにかなると思うんだけど」
レイスとブラハミルトが行動方針とそれを進める為に障害となる問題を挙げて行く。
そしてアネットがそれらの打開策を提案する。こういった特殊な事態に的確な対応ができる者は、密偵叩上げのアネットを始め、騎士団任務の経験を持つレイス、戦略面に知識を持つブラハミルトの三人だけだ。
アルサレナは戦場での戦闘経験があるので制圧後の戦力の一端を担って貰うとして、バルティアは戦闘訓練も基礎しか受けておらず、レティレスティアにも実戦経験が無いので戦力にはならない。
ブラハミルトは触媒型の魔術士なので触媒が無ければ戦えない。現状で戦えるのはアネット、レイス、フレイ、ティルファ代表の補佐官二人。
「おお! それなら儂に良い案がありますぞ!」
話の輪の中に入ってくるヨールテスに胡散臭げな視線を向けるアネットを余所に、ヨールテスは隅っこに立っていたキルトを呼んで説明する。
「この娘を使って連中の気を逸らせばいいんだ! 食堂からの差し入れだとか言って茶菓子でも持って近付き、そっちに気を取られている隙に魔術でドカンと! あ、なんだったら茶に眠り薬を入れるというのはどうだ?」
これは妙案だと自画自賛しているヨールテスを一先ず放っておき、キルトを囮に使った場合を想定して意見を交すアネットとブラハミルト。
「うーん……連中の錬度からしてまず手を付けないと思うし、もしかしたらその子が近付く事にさえ警戒するかもね」
「しかし、気を引く事は出来るな……幸い通路は二つある」
そろそろ通路の見張りが居ない事を貨物室の二人に気付かれるかもしれない。アネット達はその作戦で行く事にした。
左の通路からキルトとアネットが貨物室に進み、アネットは通路の死角で待機。キルトがお茶持って見張りに近付き声を掛け、右の通路からはレイスとティルファの代表補佐官二人がタイミングを図って魔術を打ち込む。
制圧後は上部扉からフレイの魔術でサムズの竜籠を追い散らす。上部扉は一人分の幅しか無い為、最も火力の高いフレイがその役に充てられた。その際、フレイとこちらの竜籠にはアルサレナの使役精霊による結界を張り、弓等による攻撃を防ぐ。
「――精霊よ風の加護をこの者に――」
「わおっ いいわねコレ」
レティレスティアによる風の加護を受けてアネットの身体が軽くなる。
「よし、では行こう キルトといったね、宜しく頼むよ」
「はい」
お茶を載せたトレイを持ち、左の通路を行くキルトの背後から気配を消して続くアネット。それを見送って右の通路を進むレイスとティルファの代表補佐官二人。少し間を開けながらレイス達の後ろに付くフレイとアルサレナ。
居残り組みはレティレスティアとバルティア、ブラハミルト、それにヨールテスの四人だ。ヨールテスは少し休むと言って寝室ブロックの方へ引っ込んでしまい、食堂にはレティレスティアとブラハミルト、バルティアが残された。
「式典以来ですな、レティレスティア様。 貴女も何かとトラブルに見舞われるようで」
「ブラハミルト様も、此度は災難でしたわね」
ブラハミルトとレティレスティアは以前ティルファの式典に参加した時にも顔を合わせている。レティレスティアはその式典の帰りに帝国の特殊部隊に追われ、森で朔耶と出会った。
「こんな時に無節操かと思いますが、サクヤ殿の事についてもう少し詳しいお話を御聞かせ頂きたい」
「サクヤの事ですか……」
レティレスティアは少し迷ったが、既に朔耶が異世界人である事は母アルサレナから知らされている。サクヤの発想や性格程度なら構わないかと話に応じる事にした。一応、サクヤが精霊と重なっていた事や、こちらの世界に戻って来ている事は伏せておく。
「サクヤは、不思議な方です」
壁際で腕組みをして立っているバルティアもしっかり聞き耳を立てていた。
貨物室の一角に身を寄せ合っているキトの綺麗所親衛隊の女性達は、離れた所に立つ見張りの傭兵に近付いていく仲間の一人、キルトの姿をハラハラしながら見守っていた。
ヨールテス伯のお気に入りである彼女は何かとそそっかしい所があり、よく色んな男に誑かされては朝帰りをしている危なっかしい娘なのだ。
「あの……お茶の差し入れに」
「ん? なんだお前は」
「通路の見張りはどうしたんだ、こんな予定は聞いていないぞ」
訝しむ傭兵達を前にオドオドした様子を見せていたキルトは、ピクリと何かに気付くように顔を上げると、突然お茶の盆を放り出して胸元から何かを取り出し足元に叩き付けた。其処から煙が噴出して一気に貨物室の視界を奪う。
『な、何やってんのあの子! こんなの聞いてないわよ!?』
狼狽するアネットは飛び出すべきか否かを測りかねていた。その時、突然背中に走る悪寒を感じて咄嗟に後ろに飛ぶ。
数瞬前まで立っていた場所を何かが一閃した。一瞬煙が裂かれ、其処にナイフを持ったキルトの姿を認める。顔付きがまるで別人のようになったキルトはさらに突っ込んで来ると続け様にナイフを繰り出す。
アネットはそれを捌きながら風の加護で軽くなった身体を利用して壁に飛び、その壁を蹴ってさらに反対側の壁に飛ぶと、背後に周りこむように見せかけて天井を蹴った。
背後から急襲されると読んだキルトが身体を反転させながら薙ぎ払ったナイフは何も無い空間を切り、そこへ真上から降って来たアネットが一撃を入れてナイフを弾いた。
「ちっ」
キルトは直ぐさま打たれた手を引っ込めると、着地した体勢のアネットに蹴りを放つ。着地の体勢に余裕を持たせてあったアネットは其処からさらに身を伏せて蹴りを躱す。僅かに掠った服の背中が裂けた。キルトの靴に仕込まれていた暗器が爪先から突き出ている。
ギリギリまで伏せていたアネットは全身のバネを使って飛び出すと、空振りした蹴りの軌道を反して逆蹴りを合わせてくるキルトに突進。
返って来た蹴りの腿裏を肘で突き返しながらキルトの腕を取り、手首を掴んで背中に捻り上げようと密着するアネットにキルトは身体を浴びせて壁に打ち付けた。
キルトの腕を極め損ねて壁に押し付けられたアネットの足を目掛け、キルトの爪先の刃が狙うがアネットは足を絡めてこれを阻止した。アネットに半分腕を極められて動けないキルトと、キルトの暗器攻撃を防ぐ為に足を絡めて動きの取れないアネットの接近戦は完全に膠着した。
「中々上手く化けるじゃない」
「流石は帝国の精鋭密偵部隊ね」
互いに一瞬の気の緩みも見せないまま軽口を叩き合う。そんな中でアネットは内心舌打ちしていた。キルトが敵方だったという事は、ヨールテスもサムズ側の人間かもしれない。あの或る意味分かり易い愚者ぶりは、まさか演技ではなかろうかと懸念するが――
「うっふふ……ヨールテス様の事を疑っているのね? ア・タ・リ 」
「……」
肯定を返されてアネットは心の中で項垂れる。『一杯食わされた』と。そして何と無く朔耶の事を思い出していた。
「よもや貴方がサムズに組していたとは」
「意外だったかね? まあ、儂的にはサムズなぞどうでも良いのだがね」
貨物室の煙が上部扉から吸い出されて視界が戻る。そこにはヨールテスによって解放された傭兵が、レティレスティアとブラハミルト、それにバルティアを人質にレイス達を捕らえようとしている光景があった。外では竜籠から噴出した煙に何事かと寄せて来たサムズの竜籠に乗る傭兵達が、上部扉に弓を構えて威嚇している。
「キルト、こちらは片付いたぞ」
ヨールテスが声を掛けると、左側の通路から連れ立って出て来るキルトとアネット。二人とも衣服の彼方此方が擦り切れ、所々肌が露出している。アネットは降参ポーズで肩を竦めながらバルティアの隣に立った。ヨールテスは二人の様子を見て面白そうに問う。
「随分と梃子摺ったようなだな?」
「ええ、思いのほか手強かったです」
「キトの代表である貴方がこの様な行いに出るという事は、キトはサムズと共謀してフレグンス、ティルファ、グラントゥルモスと刃を交えるという事ですか?」
アルサレナの問いにヨールテスは不遜気に笑うと、さて何処まで話しておこうかと考え込む。そして謎掛けをするように言った。
「此度の戦、サムズが勝てば帝国も王国も都も滅びる。商人はただ武器と糧と媚を売り、大陸全土を買うだろう」
「すると、サムズが負ければキトも滅亡か?」
「キトは群体の国だからな、表の支配者が暫らく裏に回るだけさ。誰も責任は取らんよ」
ブラハミルトの言葉に、ヨールテスは首を振って笑う。
「まあ、お喋りはこの辺にして 皆さん部屋に戻って頂こうか」
傭兵達を促して全員を食堂へ移動させるヨールテス。キトの裏切りによるまさかの結末に皆口惜しそうな様子で歩き出そうとして、突然竜籠が大きく傾いだ。
「あああ 行き過ぎた!」
茜色に染まり始めたオルドリアの空を突風の勢いで飛んできた朔耶は、前方に見つけた八体の竜と三台の竜籠に向かって直進、そのまま竜達の間を通り過ぎて前に出てしまった。慌てて反転する朔耶。
一方、竜達は突然現れた尋常ではない魔力を発散しながら飛来する物体に驚き、急制動を掛けた。その為、籠がブランコのように傾く。四頭立ての超大型竜籠は一度揺れて直ぐに収まったが、サムズの二頭立て竜籠は主に兵士や物資を迅速に運搬する為に造られた屋根の無い大きな箱をぶら下げただけのシンプルな造りになっているので、乗っている傭兵達は揺れる籠の中で振り落とされないよう縁にしがみ付いていた。
朔耶は彼等に意識の糸を伸ばして絡めておくと、竜達の正面に浮く。帝国の城に居た頃、時々厩舎に立ち寄っては見物していたのでゴツイ蜥蜴顔にも慣れたものだ。
『うーん……とりあえず、やって見ようか』
兄のアドバイスに従い、朔耶は自分の中の精霊を通じて湧き出す力の流れに意識を向けると、蛇口を捻るように魔力の放出を行った。朔耶を包む白と黒の噴出するオーラが巨大な羽を思わせる形に伸びて行き、まるで『ここから先は通さない』と示しているかのように竜達の前に立ち塞がる。
竜達は飛行の際、自然に魔力を使って風を発生させ揚力を得ているので、魔力の流れを風のように感じ取る事が出来る。それ故に、朔耶が発する魔力の異常さを正確に認識出来るのだ。本能で悟る『逆らってはイケナイ』。
じろり。 びくり。
そんな感じで睨みを効かせた朔耶に首を引いて後退る飛竜。ようやく揺れの収まったサムズの竜籠に乗る傭兵達が、朔耶の姿を見て騒ぎ始めた。巨大な白と黒の光の羽を広げて行く手を塞ぐ人らしき存在にどう対処すれば良いか分からず、狭い籠の上で右往左往している。勇敢にも矢を射掛けようとした者も居たが、仲間に慌てて止められていた。
朔耶は竜達に意識の糸を伸ばし、意思疎通を試みる。意識の糸を絡めただけも竜達は首を捩ってキューキュー鳴いていたので、糸の存在も感知出来るようだ。
『この場で待て、いいわね?』
こくこくと頷く八頭の竜。『竜って頷くんだぁ』と妙な所に感心しながら、朔耶は竜達から意識の糸を解くと傭兵達を眠らせる事にした。カメラのフラッシュが一斉に焚かれたかの如く、青白い閃光が連続して朔耶の身を照らし出す。
サムズの竜籠に乗っていた傭兵達は狭い籠の中で折り重なるようにして昏倒していた。
取り合えず、サムズの竜籠の竜達には一度地上に下りて傭兵達を降ろして来るように『捨てて来て』と朔耶が指示を出すと、気絶した傭兵で満員の竜籠が地上へ下りて行く。
もう一台の二頭立てはこの場で待機させ、レティレスティア達の乗る竜籠を制圧しているであろう傭兵を追い出しに、朔耶は一度乗った事のある四頭立て超大型竜籠に乗り込んだ。
レティレスティア達の乗る竜籠の中では状況が把握しきれず少し混乱していた。
突然大きく揺れたかと思うと何か濃密な気配を唐突に感じ、外で傭兵達が騒いでいる声が聞こえた後、連続する乾いた音と青白い閃光、そして静寂。貨物室に居た面々はこの異常事態に其々感ずるモノがあった。
レティレスティアとアルサレナ、レイスとフレイは濃密な『気配』に覚えがあった。バルティアとアネットは連続する『乾いた音と閃光』に覚えがあった。ブラハミルトはこの濃密な気配が『巨大な魔力』である事を感じ取った。
そしてヨールテスとキルトはその『巨大な魔力』がそんな表現で済まされるレベルでは無い事に戦慄していた。
二人は体内の呪文維持に魔力を繋ぎ、吸い、溜め込み、吸収消化する身体を持っているが故に、魔力そのものを従来の人が感知するよりも正確に感じ取る事が出来る。
一体何が現れたのかと警戒している所に、貨物室の開いていた上部扉から小さな影が巨大な気配と共に下りてきた。
噴出するオーラに白い衣を靡かせ、黒髪に黒い瞳を持つ白と黒の光る翼を広げた少女。
そのあまりに非現実的な気配と姿に、彼女をよく知る近しい者達も声を発する事が出来ないでいた。貨物室の中を見渡した光の翼を持つ少女は、レティレスティアの姿を見つけると片手を上げて微笑みながら言った。
「やほ、レティ 久しぶり」
何処までも軽い、朔耶の挨拶。レティレスティアの中に歓喜が広がる。
「!……っ サクヤ!」
「サクヤ様!」
「フレイも久しぶり~ 二人とも心配掛けてごめんね?」
感極まったレティレスティアとフレイが朔耶の元に駆け寄ろうとするが、咄嗟に腕を掴んだ傭兵達に引き戻された。こんな尋常ではない気配を持つ存在に易々と人質を持っていかれては、任務の遂行所か自分達の命さえ危ないと判断したのだ。
彼女達の様子からあの存在と親しい間柄である事は考えるまでもなく、この二人を抑えている内はまだ有利に事を運べる、と。乱暴に引き戻されて小さく悲鳴を上げたレティレスティアを見た朔耶は、ムッと不機嫌な顔になるとスタスタと無造作に歩み寄る。
「う、動くな! この娘がどう……」
「邪魔」
カカァアン
薄暗い貨物室が一瞬青白い閃光に包まれ、誰もが目を眩ませた。視力が戻ると、そこには床に倒れ付した傭兵達の姿。
『相変わらず反則よねぇ』というアネットの感嘆する呟きが響く。今度こそレティレスティア達と再会の抱擁を、と思っていた朔耶に横から声を掛ける者がいた。
「いやぁ素晴らしいですな! その魔力、その術! 意識の糸をそこまで自在に操るとは驚きです」
横に長い変な髭を持つ初老の男性と所々破れているが豪華な衣装を纏った女性に、朔耶は精霊の視点で見たキトの代表と警護の女性剣士である事を思い出した。『この髭は特徴的だなぁ』などと思っている朔耶に、アネットが慌てて警告を発する。
アネットはこの二人が倒れていない事に、朔耶が彼等の裏切りを知らないのだと気付いたのだ。
「サクヤちゃん! その二人も敵――」
「え?」
アネットが言い終わる前に、キルトが素早く抜き放った短剣で朔耶の喉を突いていた。
「ぐ………こふ……」
微かな呻きを上げて床に倒れ付したのはキルトだった。彼女は相手の魔力を吸い取り、体内に溜めて置く体質を持っている。
その為、魔力を噴出し続けている朔耶を短剣で突くと同時に魔力を吸い取る器官から意図せず大量の魔力が流れ込み、そのあまりに膨大な量に一瞬で許容量を超えてしまった。所謂『溺れた』のだ。
これにはヨールテスも一瞬呆けて動きが止まり、我に返って『しまった』と振り向いた先では朔耶がキョトンとした表情で突っ立っていた。
てっきり反撃が来ると思っていたヨールテスは、ぽけっとしている朔耶の姿にキルトの一撃が傷を負わせたのかとも思ったが、朔耶の喉には傷一つ付いていない。
朔耶は全身に強力な魔法障壁を張っているので衝撃も届かず、たとえ魔術を打ち込まれも平然としていられる状態にある。
プロの暗殺者に比べれば素人である朔耶には、キルトの動きは全く見えなかった。朔耶にしてみれば、いきなり目の前に居たと思ったら突然倒れたようにしか見えなかったのだ。
その力も反応も現象も、何もかも理解し難い朔耶という存在に、ヨールテスは完全な手詰まりに陥った。朔耶から伸びる意識の糸が自分の首に絡まるのを、ヨールテスは呆然と見詰めていた。
カカァアン
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