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本編
37話:闇の皇帝




「素晴らしい……」

 深い深い地下の闇の中で、彼は感嘆の声を漏らした。

「よもや……このような状態を持つ者が……存在していたとは……」

 狂喜にも似た歓喜の笑みを浮かべた彼は、発掘品の鏡に映る黒髪に黒い瞳を持つ異国の少女に手を伸ばす。

「この存在こそ、余が求め焦がれた存在よ……もはやアルサレナもその娘も要らぬ」

 鏡に少女の姿が大写しになる。

「この異国の娘さえ在ればよい……この娘を、早く余の下へ……」
「畏まりまして御座います」

 彼の忠実な部下達が一斉に頭を垂れると、その気配が消えて行く。地上より彼の所望する存在を連れ帰る為、部下達は若き傀儡の皇帝の下へ向かった。






 シャーーカラカラカラ……シャーーーーーーカラカラカラカラ……

「……」

 シャシャーーーーガガガガガリッ ガシャーーーン

「あーー! やかましい!」

 深夜、適当な隠し部屋で横になっていた朔耶は、廊下を疾走して曲がり損ねて転倒したであろう馬鹿皇帝を叱りに隠し部屋を飛び出し、音が響いていた廊下を見渡した。
 すると案の定、廊下の角の所で壁に突っ込んでいる黒塗りのキックボードと、廊下で大の字になっているバルティアの姿。 

「な に を やってんのよ、アンタは」
「おお、サクヤか スマンが肘と膝を擦り剥いたようだ、治癒してくれ」

 ぺしっと傷口を引っ叩く朔耶。

「~~~~~~っっ!!」
「こんな夜中に何遊んでるわけ!? 五月蝿くて寝られないでしょうがっ」
「いや、昼間は人が多いのでな 深夜の下階層は空いていて走り易いのだ」
「何走り屋みたいな事いってんの!」

 人気の無い深夜の廊下で一頻り説教した後、朔耶はぶつぶつ言いながらもバルティアの傷に精霊の治癒を使った。バルティアのキックボードは軽量化のし過ぎで後輪がコーナーの負荷に耐え切れず割れてしまったらしい。

「まったく、子供みたい」
「うむ、面目ない」

 その時、廊下の奥から何かが聞こえて来た気がした朔耶は、思わず其方に顔を向ける。しかし特に変わった様子は見られない。

「ねえ、今何か聞こえなかった?」
「ん? 特に何も聞こえんが?」

 耳を澄ませてみるも、深夜の廊下はしんと静まり返っていた。首を傾げながら部屋に戻ろうとする朔耶に、バルティアはやけに低い声色でボソっと囁く。

「城を彷徨う霊の声かもしれんな……」
「っ!」
「さて、では余も部屋に戻るとするか」

 壊れたキックボードを回収して自分の寝座に戻ろうとするバルティアは、ふいに服を引っ張られて足を止めた。朔耶がバルティアの服の裾を摘んでいる。

「どうした?」
「あ、あんたね……ワザとでしょ」
「んん? 何の事かな?」
「く……こんにゃろ~」

 バルティアは面白そうに振り返ると、壊れたキックボードを置いて徐に朔耶の身体を抱き寄せた。

「あっ ちょっと……!」
「くく……前にも言ったが、精霊と通じるのに何故霊を恐れるのだ?」
「ううう~ だってしょうがないのよ、そういう環境で育ったんだから……」

 朔耶は子供の頃から幽霊関連は苦手だった。毎年夏になると、夏休みで夜更かししては、深夜の心霊番組を見る兄弟達に付き合っている内に『幽霊は怖いもの』という概念が刷り込まれてしまったのだ。
 家でテレビの前に居る時は、その兄弟達に両脇を固められているので安心して怖がっていられたが、ここには両脇を護る近しい者は居ない。

「不本意だけど、こうされてると落ち着く……」
「……そうか」
「だけど勘違いしないでよねっ あくまでもこれはお兄ちゃんの代わり!」
 
 照れと羞恥で頬を染めた朔耶は目を逸らしながら大人しくバルティアの腕の中に納まっている。
 現在勇気回復中のツンデレな朔耶なのだが、バルティアはこの柔らかさと体温を手放したくない気持ちに駆られていた。無意識に朔耶の温もりを求めて抱き締める腕に力を込める。じろりっと見上げる朔耶の怒った顔も、どうしようも無く愛しい。

「どうやら、余は本気らしいぞ」
「? なにが?」

 すっと髪を撫でた手で抱き込むようにして朔耶の顎を持ち上げるバルティア。その真剣な表情に気圧されて朔耶は一瞬硬直する。湿った吐息が唇に掛かり、何事かを呟こうと開き掛けた朔耶の唇がバルティアの唇に塞がれようとした瞬間。

 カカアアァン!

 閃光と放電によってバルティアの身体が弾き飛ばされた。

「あ、危なかった……」
「…………惜しいな、絶対に離すまいと思ったのだが」

 再び廊下で大の字になるバルティアは、身体の痺れや倒れた時の痛みよりも寸前で味わい損なった朔耶の甘そうな唇への未練で一杯だった。怒りからか羞恥からか、顔を赤くしたままの朔耶はバルティアに追い討ちで文句の一つも言ってやろうとして――

――余の下へ……――
「!っ」

 意識の糸に触れられ、ビクリと肩を震わせた朔耶は思わずバルティアを凝視した。 突然色を失くした表情で凝視する朔耶に、異変を感じ取ったバルティアは怪訝な表情を向けながら起き上がる。

「……違う、バルじゃない……今の誰?」
「どうした? また何か聞こえたのか?」
「誰かがあたしに交感を……あっ! くぅ……っ」

 頭と胸を押さえて苦しそうに傾いだ朔耶の身体を咄嗟に支えたバルティアは、精霊術の交感による攻撃かと焦りを覚える。
 精霊術士同士の戦いでは、しばしば交感による相手の意識への直接干渉という攻撃法が使われる。その状態に入ると、外部の者には手出しが出来ない。

「!っ 何か来る……バル離れてっ!」

 意識に絡みついてくる黒いイメージの糸から何か力を発現させようとする気配を感じ取った朔耶は、咄嗟にバルティア突き飛ばす。その瞬間、何処からとも無く発生した黒い霧が包み込むように球体を形作り、朔耶を中に閉じ込めた。

「サクヤ! く、何だこれは……」

 バルティアは朔耶に手を伸ばそうとするが、霧の球体は表面に弾力を持っていて押し返されてしまう。捕縛か、或いは保護の加護だろうかと当りをつけ、バルティアは何処かに近くに術者が居るはずだと周囲の気配を探った。

『これ程の術を使うには かなり近くに居なければ難しい筈だ……』

「おや、一緒におられましたか」
「随分とサクヤ殿に執心ですなぁ」

 ふいに響いた声にバルティアが振り返ると、廊下の奥から歩いて来る側近達の姿。しかし普段の見慣れた彼らとは纏っている雰囲気が違っていた。まるでよく似た他人を見るような違和感。

「?……お前達、何者だ」

「これは異な事を」
「我等は皇帝陛下の忠実なる家臣ですぞ」
「ああ、勿論貴殿のような傀儡の事ではありませんぞ?」

 蔑むような眼を向ける側近達に、バルティアは『よもやほぼ全員か』と朔耶の言っていた気になる違和感を思い出し、彼らの中にダンクルの姿が見えない事で朔耶の勘の異常さを思い知る。

「余以外の何処にグラントゥルモスの皇帝が居ると?」

 懐のナイフを抜いたバルティアは側近達を牽制しながら時間稼ぎを試みた。態々こうして姿を晒したのは自分を始末して次の皇帝に祭り上げる贄の準備でも出来たのだろうと推測する。

「傀儡が知る必要は無いですな」
「ふん、次の皇帝も傀儡には違いあるまい?」

 側近の嘲笑に嘲りで返すバルティア。しかし側近はバルティアの言葉に怪訝な表情をして返す。

「次……? はっ 何か勘違いしておるようだ」
「我等の皇帝陛下は今も昔も只一人、エイディアス陛下しかおらん」
「……エイディアス……だと?」

 その名前にバルティアが気を取られた一瞬の隙を突いて、朔耶を捕らえている黒い霧の球体が側近の一人の手によって彼らの方へ引き寄せられる。風の魔術を使ったらしいその側近は宙に浮かぶ黒い球体を引いて廊下の奥へと消えていく。

「サクヤ……っ  貴様、待て!」

 追い掛けようと踏み出すバルティアの行く手を阻むように残った側近が廊下を塞ぐと、一人が短剣で牽制し、もう一人が詠唱に入った。構わず短剣の側近に斬りかかるバルティア。

「どけっ!」
「貴殿の役目は今日で終わりだ、まったく……大人しく我等に従っておれば良かったモノを」

 嵩張った衣装を身に付けているにも拘らず、短剣の側近は卓越した動きでバルティアのナイフを往なして翻弄すると、仲間の詠唱が終わるタイミングに合わせてバルティアの身体を弾き飛ばす。

「っ……!」

 体勢を崩された所に無数の氷塊が飛来し、バルティアは吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。短剣の側近がトドメを刺しに突進する。バルティアの心臓目掛けて突き出された短剣は、それを握る手を貫いたボルトによって叩き落された。

「ぐあっ! な、何者!」
「陛下!」

 続け様に放たれたボルトが二人の側近の身体に撃ち込まれて行く。そしてバルティアと倒れた側近達との間に降り立つ人影。四連装の携帯式小型ボウガンを両手に天井の隠し通路から降りて来たのは密偵部隊の女性隊員、アネットだった。

 アネットは昼間見つけたこの隠し通路の調査をしていて偶然この現場に出くわした。キックボードで疾走する皇帝を追跡しようとした監視者が昼の喧騒に音を潜めて移動する事を怠り、偶々下を歩いていたアネットがこの通路の存在に気付いたのだ。

「御無事ですか!」
「お前は……確かアネットといったな、助かったぞ。ゆっくり礼を言いたい所だが、奴等にサクヤを攫われた」
「サクヤが!?」
「この城には先代の亡霊が棲んでいるようだ」

 先程バルティアが側近達から聞いた彼等の主たる者の名。『エイディアス陛下』とは『第十三代皇帝エイディアス・スルート・グラン』の事に他ならない。戦乱の時代を過ぎ、復興で戦の爪痕も癒えようかという頃に忽然と民の前から姿を消した先代皇帝。
 その崩御は謎とされたまま、第十四代皇帝の即位が発表されて今に至っている。

「先代皇帝……まさか、あの噂……」
「噂?」
「はい……、あたし達みたいな特殊部隊の中でも潜入専門の部隊で噂されている事で――」

 この城の地下には強力な結界が張ってあり、誰もその奥がどうなっているのか知らない謎の空間があると言われている。
 数十日に一度、僅かな間だけ結界が解かれる時があり、その時を狙って地下の奥深くまで侵入を試みた潜入員がいたらしく、彼はそこで先代の皇帝を見たのだそうだ。
 その話をした潜入員はその後すぐ訓練中の事故で死亡しており、彼のもたらした話の内容や不自然な事故死から先代皇帝の呪いかと噂されるようになった。

「その地下へはどうすれば下りられる?」
「行かれるのですか?」
「当然だ、亡霊如きにサクヤを拐かされてなるものか」

 バルティアは服に付いた氷の粒を払い落とすと、アネットに向き合い、皇帝として指令を出す。

「直ちに手勢を集めて準備を整えるよう皆に伝えよ、サクヤの奪還と亡霊退治だ」
「ハッ」






「うう……気持ち悪い……」

 黒い意識の糸に絡み取られたまま地下の奥深くにある祭壇の間に運ばれて来た朔耶は、自身を包んでいた黒い霧の膜から解放されてようやく人心地ついていた。膜に包まれている間、身体中を貪られるような貪欲な気配に嫌悪感で精神を疲弊していた。
 朔耶を運んで来た側近の魔術士は、自らの主に一礼をすると速やかに祭壇の間から下がる。

「良くぞ来た……異国の娘よ……」
「連れて来られたんだっつーの……ここ、何処よ」
「ふ ふ ふ……まこと気概のある娘よの……」

 ガランとした薄暗い円形の広間の奥に高い壇になった部分があり、その壇上の玉座に鎮座する人影。
 その姿を見た朔耶は目を瞠った。玉座に座っているのは頬が痩けた骸骨のような顔に、窪んだ眼は真っ黒、手足は骨と皮だけのような老人だったが、驚いたのはその老人の身体から何本もの柱が突き出ている事だ。
 細かい溝や管の走る円柱形のソレは、扇状に七本突き出ていた。
 
「ふ ふ ふ……これか……? これこそは……余の願いを叶える……究極の発掘品よ……」
「永遠に生きられる生命維持装置とか言うんじゃ無いでしょうね?」

 絡みつく黒い意識の糸に抵抗しながら気丈に振舞う朔耶の言葉に、老人は口を弓形に歪めて笑う。

「ふ ふ ふ 賢しい……賢しいのぉ……流石は重なる者……」
「えっ?」

 『重なる者』という自身の秘密に纏わるキーワードが出た事に、朔耶は驚いて声を漏らした。その隙を突くように、黒い意識の糸が朔耶の意識を侵蝕しようと締め付ける。
 まるで心を引き抜かれそうな感覚に恐怖を覚えながらも、朔耶は初めてレティレスティアと交感を繋いだ時の事を思い出した。

「う……くぅ……こ、こうやれば良い訳ね!」
「……む」

 初めてレティレスティアと交感を繋いだ時は、彼女の意識を強く掴み過ぎて精神的な負荷を与えてしまった。その後のアルサレナの講義で力の加減を覚えてからは殆ど無意識に力をセーブして使っていたのだ。
 朔耶は意識してその力を強く使う事で黒い意識の糸の侵蝕に対抗し、なんとか押し返す事が出来た。

「ふ ふ この力……まさに重なる者よ……」
「……あんた、誰? 一体何者なわけ?」

 自分の意識の領域を取り戻し、精神的な余裕を得た朔耶はそのまま油断無く老人を観察した。何か老人の持つ気配とは別の、大きな気配を老人から感じとる。

「余は……栄光なるグラントゥルモス……第十三代皇帝……エイディアス・スルート・グラン成り……そして……」

 エイディアスの窪んだ眼が朔耶を捉えると、ずしりっと空間の重みが増したように空気が淀む。

「お前と同じ……精霊と重なる者である……」
「!っ な……」

 朔耶は自分の中の精霊のうねりがさらに大きくなっている事を感じた。自分と同じ『精霊と重なる者』だというエイディアス皇帝はカクカクと首を震わせて笑う。

『じゃあ、まさかこの人も別の世界から……?』

 そう思った朔耶の考えは、エイディアスの言葉によって否定された。

「この……究極の発掘品により……余は無限の魔力を……欲しいままに出来た……だが……完全なる融合には……至らなかった……」
『? 融合? ……発掘品で無限の魔力?』
「お前のような……精霊との……自然な融合体を……目指していたのだ……」


 エイディアスは不老不死と無限の魔力を求め、城の地下に眠る古代魔法文明の遺跡から発掘した装置、精霊を引き寄せ封じ込めておく事の出来る柱状の装置の実験を繰り返していた。
 そして自らの身体を装置と一体化する事で装置に封じられた精霊と融合し、精霊の行使出来る力を際限なく引き出せる段階にまで漕ぎ着けたのだ。この装置と融合している限り、精霊の力を使って生命を維持し続ける事が出来る。
 但し、装置が大掛かりな為ここから一歩も動く事が出来ない。

「精霊との……完全なる融合……それを果たすには……交感力の強い……血が必要だった……」

 地下に籠もり、傀儡の皇帝を立てて帝国を裏から動かすようになったエイディアスは、フレグンスの王族の血に活路を求めた。六体もの精霊を使役する王妃アルサレナと若くしてその才能の片鱗を見せる第一王女レティレスティア。
 この二人の血と身体を徹底的に分析し、血が交感力を高めるならばその血を自身に取り込み、身体に秘密があるなら身体を取り込んで我が物とする。

「まさか……、それが理由で戦争の準備してたって言うの?」
「ふ ふ ふ  だが……もう、それも……必要無い……ここに……最高の素材が……在るのだからな」
「言っとくけど、あたし協力なんかしないわよ?」
「ふ ふ  協力など……求めぬ……ただ……」

 徐に、エイディアスは玉座から立ち上がる。思わず身構えた朔耶は何時でも電撃で攻撃出来るようにしようとして、違和感を覚えた。精霊術に目覚めて以来、常に近くに感じていた無数の精霊の存在が感じられない。

「ただ……その血も……肉も……余のモノとなれば良い!」

 その瞬間、エイディアスの纏う帝衣が千切れ飛び、無数の細長い紐状のモノがその体躯から溢れ出ると、朔耶に向かって殺到するように伸びて来た。それは肥大化した神経繊維や血管だった。
 歪な形に捻じ曲がりながら朔耶の身体に絡みつくそれは、確かに脈動し、体温らしき熱を持った生き物である事を窺わせた。

「余は……! 精霊と一つとなり……! 人を超えるのだ……!」
「ぎゃーーーーっ! アンタもう人辞めてるじゃないの!!」

 全身に悪寒を走らせた朔耶は『触手プレイか!!』などと叫びながら電撃で振り払おうとしたが、意識の糸を広げて精霊に頼んでも電撃は発現しなかった。
 焦って身を捩りながら藻掻くも、手足に絡み付くように巻き付いた神経と血管の触手は、朔耶の身体を持ち上げ、次々とその数を増やしながらエイディアスの方へと引き寄せる。

「さあ……余と一つになるが良い……」
「いーーーーやーーーー!」

 擬似的に精霊と融合しているエイディアスは局地的ながらも『精霊という存在そのもの』としての力を使える為、この空間をその力で閉鎖する事で朔耶の『精霊という存在そのもの』の力と相殺させていた。
 今この空間は一種の結界状態にあり、精霊術に限らず詠唱魔術もその力を発現する事は出来ない。力の源となる魔力の元栓をエイディアスが握っているようなモノだからだ。

「ふ ふ  お前の精霊は……余の精霊で……中和されておる……この空間で……術は使えぬぞ……」

 ザワザワと朔耶の身体に巻き付いた神経と血管が弄る様に服の中にまで侵入を始める。 かぁっと赤くなった朔耶は沸騰する意識を爆発させた。

「こんな変態怪物じじぃに穢されてたまるかぁーーー!!」

 カカカカカカアアアァァァアン!!

 瞬間、閃光が瞬き、巻き付いていた神経や血管が纏めて焼き切れた。 エイディアスの絶叫が響く。

「ぎゅおおあぁあぁああぁあぁ!!!!」

 ボトッと床に落とされた朔耶はすぐさま立ち上がると、おぞましい絶叫を上げているエイディアスに恐怖を怒りで抑え込みながら肉薄する。朔耶の中にいる精霊のうねりが大きく揺れる。
 朔耶と重なる『この世界の精霊』の力は、確かにエイディアスの精霊と相殺された状態にあった。しかし、朔耶の精霊との重なり方は朔耶の世界に『遍在する精霊』が朔耶の中に入った状態で此方の世界の精霊と重なっている。謂わば二重に重なっているのだ。
 従って、精霊術に目覚めてからの意識の糸を使った電撃と、朔耶自身が纏う電撃は力の出所が違っていた。

「い な ず ま ――」
「な、なぜだぁ……! 精霊は……! 沈黙している筈……!」

 エイディアスの体躯から新たな神経線維と血管が噴出して来る。その現実離れした恐ろしい光景に身を震わせながら朔耶は決断した。
 
『こんな不自然な存在がいちゃいけない』

「びんたぁあーーーー!!」

 ぶちぶちと血管と神経を焼き切りながら、雷を纏った朔耶の右掌がエイディアスの顔面を捉えた。
 届いた時にはもう纏っていた雷は消え去っていたが、もはや肉も殆ど削げ落ちているエイディアスは、一切緩和される事の無く打ち込まれたその衝撃に意識を飛ばす。エイディアスの融合する精霊の結界が解かれ、空間に無数の精霊の気配が満ちた。

『そしてあたしも』

 朔耶は気絶しているエイディアスの玉座に上ると、柱状の装置とエイディアスの身体の接合部を調べた。装置を埋め込むように穴の空いた皮膚と装置の間に無数の神経と血管が通っているのが見える。

 深呼吸して気合を入れた朔耶は、エイディアスの身体を装置から引き剥がしに掛かった。ぶちぶちと装置と繋がる神経や血管が千切れて行く。背中の一番太い神経で繋がっていた装置から切り離すと、装置は稼動を停止したように色を失った。
 次は前に回って両手を引っ張り、残りの装置から引き剥がす。

「!……な、何を……何をしている……余の……余の精霊が……」

 意識を取り戻したエイディアスが狼狽したように呻くが、もはや自力で動ける身体ではない為、朔耶に引っ張られるがまま装置から引き剥がされていく。

「やへろ……よの……ひから……よ……よの……へいれい……」

 見る見る色を失い、呂律も回らなくなって行くエイディアスの姿に朔耶は相手が化け物だと分かっていても心が軋んだ。
 朔耶は自分の意志と手で、この哀れな老人に引導を渡そうとしている。その事をとても恐ろしいと思いながらも、何故か人に任せてはいけない気がしていた。
 そして、最後の装置から色が消えた。

「……」

 エイディアスはもう言葉も発さず、その骨と皮だけの腕からも体温が抜けていく。朔耶は指が痛くなるほど握り締めていたその腕から自分の手を引き剥がすと、自らの肩を抱きながら後退り、その場にへたり込んだ。身体が震えている。

「……殺し、ちゃった」

 口にした途端、その事実が重く圧し掛かる。相手は怪物、既に人間を辞めていた。そう思っても気持ちの重さは少しも軽減されなかった。


「陛下……エイディアス陛下ーー!」

 様子を見に来たのか、朔耶をココまで運んで来た魔術士の側近が床でうつ伏せに倒れているエイディアスだったモノを見つけて叫びながら駆け寄って来た。
 手を触れようとして触れられず、しかし確かめるまでも無くそれはエイディアスの遺体である事に嘆く魔術士の側近。そしてふと、座り込んでいる朔耶の姿を見つける。

「あ……」
「っ! ひぃぃぃぃぃぃ!」

 朔耶が何か声を掛けようとかと口を開き掛けた瞬間、魔術士の側近は悲鳴を上げて怖ろしいモノから逃れるように尻餅を付きながら後退りすると、バタバタと逃げていった。

『そんなに怖がらなくてもいいじゃん……』

 傷ついたように拗ねる朔耶は、自分の手を見てあの側近があれ程怯えた理由を悟った。

「そりゃ、あれだけ血管が千切れりゃこうなるか……」

 両手のみならず、朔耶は全身を血で真っ赤に染めていた。今更ながら、辺り一面千切れた神経線維と血管の散らばる血の海である事に気付く。こんな惨状に気付かない程気持ちが切迫していたのかと、朔耶は一人溜め息を吐いた。
 ここでこうしていても仕方が無いので、とりあえずお風呂に入れる所まで行こうと立ち上がった朔耶は、エイディアスから感じていたエイディアスでは無い大きな気配を感じ取った。交感で調べると、それはエイディアスが融合していた精霊だった。

「……どうしたの? もう、好きな所に行っていいんだよ?」

 精霊は朔耶の周りをぐるぐる回る。長い年月装置によって繋がれていたらしく、またエイディアスによる力の行使を行う内に大きな力を持つ精霊に育っていた。朔耶はアルサレナに教わった精霊との契約を思い出した。
 力の強い精霊と契約し、精霊術を学んでその精霊の力を借りる事で元の世界に還る事が出来る可能性。

「あたしと、契約してくれるの?」

 精霊との契約は自分の意識の糸を精霊の意識の糸と結ぶ事で成される。そうして使役した精霊とは常に繋がった状態になるのだが、未熟な精霊術士が契約をした場合、交感力の殆どをその精霊との繋がりに費やす事になるので、無闇な契約は推奨されない。
 肯定の意思を返す精霊。朔耶は少し逡巡したが、これで元の世界に還れる可能性を掴めるのだ。そう思えば迷う理由は無かった。


「これから宜しくね?」

 朔耶は地下の精霊と契約を果たした。







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