異界の魔術士(37/67)PDFで表示縦書き表示RDF


今回ちょっと重いです。
異界の魔術士
作:ヘロー天気



35話:決断




「なんだ、ここで寝ていたのか」

 バルディアが隠し部屋の一つを訪れると、朔耶がベッドの上でごろごろしていた。

「なによ、ここもあんたの寝室?」
「城の隠し部屋は殆ど余の寝室だな、まだ見つけていない部屋もあるだろうが」
「隠し部屋だらけなのね、この城って ……なんか嫌な感じのする部屋もあったけど」

 朔耶は意識の糸を使って普通に歩きながら壁の向こうや天井、床下などの状態を探る事が出来るので、隠し部屋らしき空間があれば直ぐに見つける事が出来る。偶に余り近付きたくない様な空気を漂わせた部屋もあり、そういう部屋は隠し部屋というよりも通常の部屋を塗りこめて閉鎖したような場所だった。

「余の状況を考えれば判るとは思うが、色々表に出せないモノも多いのだ、この城は」

 部屋ごと封印してしまうような陰惨な事件なども多くあったと説明され、朔耶は若干眉を潜める。
『まさか精霊が騒いでるのって、そういうのの自縛霊とかがいっぱい居るとかのせいじゃないでしょうね……』

「まあ、幽霊の類の噂も多いからな、精霊術を使うなら何か感じぬか?」
「うそ! マジで?」

 ぞぞぞっと肩を震わせる朔耶をみたバルティアは、ニヤリと笑みを浮かべると徐に歩み寄り、さりげなく朔耶の肩に手を回す。

「精霊と通じる者が霊を恐れるのか?」
「だって全然別物でしょーが、精霊と幽霊って」

 朔耶はバルティアの手をぺいっと払い落としてベッドから降りると、ジャケットを羽織って隠し部屋の出口に向った。

「何処へ行く」
「朝ご飯食べにいくの」
「ならば丁度良い、余の朝食に付き合うがよい」

 これから朝食だと言うバルティアの誘いに、朔耶は怪訝な表情を向けた。それなら一体何をしに隠し部屋までやって来たのかと。

「寝座の巡回だ」
「あ、そ」

 バルティアとの隠し部屋縄張り争いに突入しそうで、ますます皇帝のイメージが崩れていく朔耶だった。

 朔耶も与えられた寝室は使わず隠し部屋を寝床にしている。それというのも、部屋が広すぎて落ち着かないという事もあるが、部屋への隠し通路に常に監視する者の気配を感じていたからだ。壁の向こうや天井裏、床下など色んな場所に隠し通路があって、分かり易い場所と分かり難そうな場所に四人ほど潜んでいるのを見つけていた。
 
 朔耶を監視する者達は朔耶を精霊術の使い手であると認識した上で、交感による索敵対策として判り易い場所に一人配置する事で其方に気を向けさせ、本命の監視を意識の糸を向け難い場所に潜ませていた。
通常は高層の階から足元への索敵は階下に居る者を誤認し易い為、意識の糸を向けられる事が少ない。家具や机の床下などという場所も、そんな出入りの困難な場所に潜むとは普通は考えない。
しかし、交感に制約の無い朔耶の索敵は全方位索敵なのでそういった心理的な死角を突いても全く意味がないのだ。その事を知る人間は帝国には居ない。








 皇帝の部屋のある階は全て皇帝の為の施設になっていて、寝室を始め湯浴み場、遊戯室、修練の間などが揃っている。幾つか厳重に鍵の掛けられた部屋があったが、朔耶に尋ねられたバルティアは先代や先々代皇帝達による負の遺産の名残だと説明した。

「余は拷問や薬女遊びに享楽は感じぬのでな、いらん部屋は全て閉じている」
「あー……」

 朔耶はそれ以上深く尋ねるのを止めた。 やがて皇帝の食堂に到着すると、だだっ広いダイニングを予想していた朔耶は意外にこじんまりした部屋に拍子抜けした。それでも個人が食事を摂る為だけの部屋としては十分に広い。
 バルティアの後に付いて入って来た朔耶を見た給仕達は一様に目を丸くして驚いた様子だったが、バルティア帝から后候補としての指名を受けている話は皆既に聞き及んでいたので直ぐに納得した。 

「む…… 今なにか間違った納得をされた気がする」
「気にするな」

 くくっと笑いながら朔耶に席を進めたバルティアは、給仕に朔耶の分も用意するよう申し付けて席に着いた。
 『サクヤちゃんは食べ物で釣るのが一番効果的かと……』
 テーブル上の籠に盛られている果実に早速手を伸ばしている朔耶を楽しそうに眺めながら、バルティアは密偵部隊の女性隊員に内心で感謝した。

『サクヤは本当に、良いな…… 次はキトから美味い菓子でも取り寄せるか』

 朝から食事を待つ席で朔耶のハートゲット作戦を練っている暇人な皇帝は、計画の補強に余念が無かった。




 ガラガラと食事を乗せた台車を押して来た若い給仕の娘が手際よくお皿を並べ、熟練した動作でスープを注ぐ。壁際に並んでいる二人の給仕達はお皿を下げる役で、料理を運んできて卓上に盛り付けるのはこの給仕の役だった。

「これ、後から後から出てきたりしない?」
「朝食だからな、精々五皿程度だ」

 何処まで食うべきかと悩む朔耶に苦笑しながらバルティアはスープを一口含むと、同じようにスープを口に運ぼうとしていた朔耶にスプーンを投げて摂取を阻止した。かなり即効性らしく、その動きだけで視界がボヤけて身体のバランスが取れなくなり、椅子から崩れ落ちる。今までの様に身体が痺れる程度の毒では無い。

『毒で来るのは久しぶりだな、しかも完全に殺す気らしい、やはりサクヤ絡みか……?』

 朔耶を妻にすると言う宣言は、影の支配者共に随分都合が悪かったらしい。考えられるのはフレングンスの王女を后に迎える事を推していた一派だが、やはりあの国の王族の血に何かあるのかもしれないな等と、薄れ行く意識の中でバルティアは割と冷静に思考を巡らせていた。
 
「これで終わりかと思うと、意外に落ち着いていられるモノだな……」
「馬鹿言ってんじゃないわよ!」

 朔耶の怒鳴る声に、バルティアは遠退いていた意識が急速に引き戻されて鮮明になって行くのを感じた。朔耶の手がバルティアの胸に当てられ、仄かに発光している。バルティアは体内から毒が浄化される清流のような感覚に身を委ねていた。

「……まさかこれ程の毒を浄化出来るとはな、命拾いしたようだ」
「あたしもビックリだよ……」 

 バルティアが倒れたのを見て直ぐに毒が盛られた事に気付いた朔耶は、毒も物なら何とかならないかとバルティアの身体に意識の糸を送り込み、体内を蝕む毒に分解を呼びかけた。次いで精霊達に治癒を頼んで回復させたのだ。毒の中和ではなく分解、体内の解毒ではなく浄化という熟練した精霊術士でも二人掛りで行うような治癒をやって見せた。

 毒が抜けて回復しただけでなく身体の調子までよくなったバルティアは自然な動作で立ち上がり、朔耶の高度な治癒を見て呆けていた出入り口に立つ衛兵に合図を送る。それを受けた衛兵はさっと表情を引き締めると、サーベルを抜いて給仕の娘に歩み寄った。給仕は顔を青褪めて後退る。

「ちょっと……っ 何する気よ!」
「皇帝の暗殺を企てた者はその場で処刑される決まりだ」

 只事では無い雰囲気に声を上げる朔耶に、バルティアは簡素に説明した。皇帝に出す食事は専用の厨房で作られた予め毒見を済ませたモノが台車で運ばれる。厨房から食堂までは専用の廊下が使われ、この廊下には一切の隠し通路等の仕掛けは無い。つまり毒を入れるならこの廊下の移動中しかなく、そこを通るのは台車を押す給仕一人に限られる。  
 これは毒殺対策の一環として毒を盛った者が即刻明らかになるような構成で人員を配置する事で暗殺をやり難くしているのだ。死なば諸共の捨て身の覚悟がなければ毒を使う事は出来ない。

「厨房で盛られてたって事は?」
「毒見は厨房の全員で同時に行なわれるからそれは無いな、全員がグルなら別だが……」
「ん〜…… 確かにそれはー ってちょっと待って待って!!」

 衛兵がサーベルを構えて給仕の胸を貫こうとするのを、朔耶が慌てて止めた。そして壁際でぎゅっと目を閉じて震えている給仕に近寄ると『ちょいと失礼』と両手で頬を包み込んでオデコを合わせる。バルティアは途惑う衛兵に待てと合図して朔耶の行動を窺った。
 食堂内に居る他の給仕二人も、同僚が仕出かした暗殺騒ぎに信じられない想いを抱きながら成り行きを見守る。

 恐怖と不安に包まれている給仕の心に意識の糸を絡ませ、表層意識から情報を読み取っていく――

「……リーファ・クルネス、十七歳、給仕歴五年、肉親は妹が一人だけ……」

 ビクリと給仕の肩が跳ねた。青褪めていた表情が益々青白くなって行く。

「……シーファ・クルネス、十四歳、一般兵食堂の手伝い、行方不明、脅迫状、毒薬、血の付いたリボン、妹の衣服……」
「あ……ああ……」

 ガクガクと膝が震え、呻くような声を漏らす給仕の見開かれた眼から涙が零れ始める。バルティアを始め他の給仕二人や駆けつけた衛兵達が固唾を呑んで見守る中、朔耶から紡がれるリーファという給仕の身に起きたのであろう災厄に耳を傾ける。

「……ふう、ちょっと待ってね」

 朔耶は一旦リーファから意識の糸を解いて合わせていたオデコを離すと、食堂の隅にある戸棚に向って指をさしながら言った。

「そこ! どっちの味方? バルの味方なら出て来なさい」
「『バル』というのは余の事か?」
「そ、何時までも『あんた』じゃ具合悪いしね」

 そんな軽い掛け合いをしながらも戸棚からは目を離さない。皆が注目する戸棚には暫しの経過後も何ら変化は無く、朔耶はすーっと目を細めると――

「あっそ」

 そう言って伸ばした意識の糸の先に電撃を発現させた。カカアァンという乾いた音が響き、戸棚の床下から閃光が漏れる。顔を見合わせる衛兵達に、調べてみよと指示を出すバルティア。

「おお? こんな所に穴が」
「陛下! 曲者が潜んでおりました!」

 戸棚を動かすと床板が張られており、その下に隠されていた穴の中に電撃で気絶した男が蹲っていた。 バルティアは隠し穴から引き摺り出される男を見ながら、笑い出しそうになるのを堪えていた。強力な治癒で暗殺を食い止め、その裏に潜む陰謀を見抜き、こんなにもあっさり監視者を燻り出してしまう朔耶の力には畏怖や感嘆よりも痛快さを覚える。
 今すぐにでも抱き締めて自分のモノにしたくなるが、唇の一つも奪えず返り討ちが関の山だろう。 直ぐ目の前に居るのに決して手が届く事は無い、高嶺の花を見詰めるかの如く、モノ欲しそうな感情の籠もった瞳を向けるバルティアの視線の先では、朔耶が再び給仕の娘にオデコを合わせていた。

「気持ちを落ち着けて、妹さん…… シーファの事を強く想って」

 朔耶はこの広大な城全域にまで意識の糸を広げると、リーファの意識に浮かぶイメージを頼りにシーファの捜索を行った。流石にこれだけの規模で交感索敵を行うと精神的にもキツく、自然と呼吸も早くなる。そしてそれ程の交感に表層だけとはいえ触れているリーファの精神にも負荷が掛かり、身体が崩れ落ちそうになるのを朔耶にしがみ付いて堪えていた。
 傍から見ている分にはうら若き乙女の少女二人が呼吸も荒く上気した顔をくっ付けて抱き合っているようにも見えるので、同僚の給仕二人は頬を染めながらも興味深々な様子で、衛兵達も妖しげな雰囲気に赤くなりながら彼方此方(あちらこちら)に視線を散らしている。バルティアは『良いな……』などと呟きながらじっくり眺めていた。



 
 城の防壁地下にある牢のさらに地下、土牢と呼ばれる特別な牢獄で、通常の牢が石造りの小部屋に鉄格子を填めたまともな造りの部屋なのに対して土牢は剥き出しになった段状の地面に横穴を掘り、そこに手足を縛った囚人を放り込んで入り口を土で塗り固めた半分生き埋めのような拷問牢である。特に大罪を犯して死刑すら生温いとされる大罪人や疫病に掛かった囚人を隔離するような意味合いで使われるが、政治的な闘争の果てに閉じ込められる権力者も多く居た。

「三段目の奥から二つ目、ちょっと灯り出すから掘り出すモノ持ってきて」

 シーファが閉じ込められている場所を見つけ出した朔耶はバルティアから場所の詳しい位置を聞き出すと、衛兵を向わせると言うバルティアに自分も行くと言って食堂を後にした。『ならば余も付き合おう』と皇帝まで付いてくる事になって緊張する衛兵達を余所に、朔耶は途中二人の給仕を厨房や医者の所に向わせてお湯と清潔なシーツなどを準備させると、リーファをそこで待機させた。妹さんを見つけたら直ぐに合わせてやりたかったが、場所が場所だけに酷い状態にあるかも知れない事を考慮した。

 一寸先も見えない程の闇に包まれた土牢の間が、朔耶の要請に応えた精霊の放つ光に照らし出される。何度か掘り返された跡の残る段状になった剥き出しの地面が陰鬱とした空間の奥まで続いていた。バルティアもここに降りるのは初めてで、牢の番をしている者もこれ程はっきり照らし出された土牢の間を見るのは初めてだったらしく、間に漂う寒々しい空気に鼻白んでいる様子だった。
 牢番によると、もう随分長い間ここの扉が開かれた事は無いとの話だったが、コレだけ隠し部屋や隠し通路の多い城のこと、秘密の入り口の一つや二つあってもおかしくは無いと、長く務める牢番自身が牢の密閉性に疑問を持っていた。実際、何時の間にか囚人が増えていたり減っていたりはよくある事らしい。

 朔耶自ら先頭に立ち、スコップを振るって僅かな空気穴の開く塗り固められた土を掘り崩して行く。やがて異臭と共に狭い横穴が現れ、中から手足を縛られ目隠しに猿轡を噛まされた少女を発見した。身体中の彼方此方に痣と膿んだ傷があり、ほぼ全裸の姿でぐったりしていた彼女は脱水症状と極度の疲労で衰弱していた。

「水を!」

 朔耶は灯りを少し落として薄暗くしてから拘束を解いて持参したシーツに包むと、水筒から少量づつ水を口に落とす。朦朧としていた少女の意識が少し回復したらしく、水を求め始めたので咳き込まないよう飲ませながら名前を尋ねて本人の確認した。

「あなたは、シーファ?」
「ん……こふっ ゆるして ください…… ゆるしてください……」

「シーファ? もう大丈夫だから、大丈夫だからね?」
「ゆるして…… おねえちゃん……たすけて ひぐ……」

 『大丈夫、大丈夫よ』と宥めながら、朔耶はリーファの待つ部屋のカーテンを閉じて薄暗くしておくよう衛兵に指示を出すと、すかさず許可を出したバルティアによって直ちに実行される。朔耶には衛兵を動かす権利までは与えられていないので、バルティアが付いて来ていたのは正解だった。 








「外傷は大体治せたと思うけど、体力の消耗とか後は内面はね……」

 シーファを運びながら朔耶は精霊の治癒を使って彼女の傷を癒していた。だが、精霊の治癒も心に負った傷にまでは及ばない。終始震えていたシーファは姉リーファの姿を確認すると、安心したのか気を失うように眠った。リーファは朔耶に妹を助けてくれた事を涙ながらに感謝しつつ、皇帝に毒を盛った事を詫びた。

「処刑するなんて言わないでしょうね?」
「余は不問でも構わんが、側近共は何というかな」
「黙らせなさいよ、あんた皇帝でしょうが」
「お飾りのな」

 リーファからある程度まで事情を聞き終え、後日シーファが回復してから彼女からも話を聞く事にした朔耶達は、姉妹に護衛を残して一旦引き上げる事にした。

「あんたを狙う連中の事を探れるいい機会だからって言えば無下に出来ないっしょ」
「ふむ、その線で通すか」

 それでも彼女を罰せよと処刑を訴える者が居るなら、それはその者が怪しいと言う事になる。もし側近の中にバルティアの命を握っておこうとする勢力に組する者が居たとして、それを疑われるような言動を行う愚か者が居るとも思えない。不問に反対出来る者は居ないだろうという朔耶の考えに、バルティアも同意した。
 
「所で食堂で捕らえた者だが、給仕に使った術で奴から情報は引き出せんのか?」
「う〜ん、相手が心を開いてくれないと難しいっぽい」

 確かに、諜報をやっているような人間がそう簡単に自分の雇い主を晒すようなヘマはしないだろうなと肩を竦めるバルティア。

「では薬で催眠状態にして探るというのはどうだ?」
「そんな非人道的なやり方には協力できませ〜ん」

 ぷいっと顔を背ける朔耶に、バルティアは何処か違和感を感じて訝しんだ。そして徐に朔耶の手を取る。

「……震えているのか?」
「……」

 小刻みに震える自分の手を見た朔耶は、一瞬バツの悪そうな顔をして俯いたが直ぐにバルティアから手を振り解くと、普段よりも若干低い調子の声で言った。

「当然でしょ! あんな酷い事……」
「! サクヤッ」
 
 突然、朔耶の身体がぐらりと傾く。咄嗟に支えたバルティアは何処か具合でも悪くしたかと朔耶の顔を覗き込んだ。顔色が悪いのは疲労のせいか、精神的なモノのせいか、よもや土牢で何か悪い病気でも拾ったかと考えを巡らせる。

「ごめん…… 流石にちょっと疲れたみたい」
「……少し休め、この近くにも良い隠し部屋がある」

 人気の少ない狭い廊下を曲がり、少し進んだ先にある部屋に入ると、執務用の机を傾けて背後の壁の隠し扉を開く。

「あんたの寝座?」
「バルだ」
「?」
「余の愛称なのであろう?」 

 ニヤリと笑みを浮かべるバルティア。きょとんと眼を丸くした朔耶はついで吹き出すように軽く笑った。『あんたなんかアンタで十分よ』などと意地悪を言いながら隠し部屋に入った朔耶は、閉じ際に声を掛けた。

「ありがとね、バル」
「……ふっ」




 一人ニヤニヤ笑いをしながら食堂まで戻って来たバルティアは、何処か騒然としている様子を訝しみながら近くの衛兵に声を掛ける。

「どうした、何があったのだ」
「ハッ! 捕らえておいた曲者が自害したようであります!」

 衛兵達の尋問中、朔耶の力を使えば直ぐにでも背後の人間を洗い出せると諭された男は歯に仕込んでいたらしい毒を飲んで自害した。事実、男は朔耶が給仕の娘から情報を引き出している様を見ていたのだから、可能だと判断したのだろう。

「……この事、他言無用である。特に、サクヤの耳には入れるな」
「ハッ!」

 自害した男の遺体は直ぐに処分される事になった。




 バルティアに案内された隠し部屋で横になった朔耶は、寝る直前の気合再び!とばかりにレティレスティアに向けて交感を繋いだ。今の時間帯なら晩餐会の招待にお断りの返事を書く作業をしている頃だ。

――サクヤ?――
『やほー…… レティー……』
――ど、どうしました? なんだかとても元気が無いように感じますが……――
『んー、ちょっとねー』

 朔耶は今朝の一連の出来事を掻い摘んで話す。帝国の内部事情がダダ漏れだが朔耶には諜報などというつもりは無く、レティレスティアに至っては朔耶の近況の方が重要なので帝国の中枢に関する情報は辛うじて護られていた。尤も朔耶の話がレティレスティアからアルサレナの耳に入った時点でアウトだが。

――それは……大変でしたね…… でも、サクヤが無事で良かったです――
『うん、あたしも毒飲んでたらどうなってたか分かんないしね……』
――サクヤ、その治癒の力の事も含めてこの前の頼まれ事の話ですが――
『なにか分かった?』

 レティレスティアがアルサレナに相談してみた所、直ぐに凡その見当は付いたという。

――恐らく、サクヤが精霊術に目覚めた事が原因ではないかという事です――
『精霊術に目覚めた……?』

 アルサレナの推測では、それまでに朔耶が使っていた力は朔耶に重なる精霊の影響で引き出した魔力を使ってはいたものの『稲妻ビンタ』などは魔術でもなければ精霊術でもなく、朔耶自身が言った通り気合による技であり、朔耶の世界の武術に此方の世界の力が上乗せされた結果発現した力であった事。交感は朔耶の状態が特殊である為、交感の深度や熟練という制約を無視している時点で使い慣れていてもそれは交感を深めた事にはなっていない事。
 それらを考慮すると、朔耶は能力や力こそ桁外れな状態にありながら魔術は勿論、精霊術に関しても全くの素人であったが、術封じの枷に意識の糸を絡めて破壊するという行為によって初めて『交感を深めた』状態になった。

――私にも経験があるのですが、交感を深めてより多くの精霊の力を借りられるようになると、その瞬間から新たに力を借りられる精霊を感じられるようになるのです。―― 
『つまりRPG風に言えば能力MAXでLv0の精霊術士というキャラクターが枷を破壊した経験値でLv30位にレベルアップして、Lvと能力に合わせてあらゆる精霊術を覚え捲った、って所ね』
――え? あーるぴーじー?――
『ああ、こっちの言葉だから気にしないで』

 枷の破壊が切っ掛けで精霊術を使う者としての交感力を身に付けた朔耶に、『交感する者』として認識した精霊達が朔耶の交感力に合わせて寄って来たというのが、アルサレナの推測によって出された結論だった。そして事実、朔耶はその時から精霊を感知し、色々と力を借りられるようになっている。

『じゃあ、あたしの中の精霊が騒いだのもそのせい?』
――いえ、残念ながら其方に関してはまだ詳しい事は分からないそうです。母様が直接視れば何か分かるかもしれませんが……――
『ふーむ、そかそか。 ありがとね、色々分かってホッとしたよ』
――いいえ、サクヤの助けになるのでしたら何でも言ってください――

 それからレティレスティアの近況やレイス、フレイ達の話を聞いた朔耶は、『それじゃあまたね』と交感を解いた。選定の儀も無事終了し、レイスは宮廷魔術士の座に就任したとの事だ。未だ王都に潜んでいるであろう帝国間諜の洗い出しも、妨害が無くなったのでかなりの効果が見込めるらしい。

「順調だねぇ〜、後はこれで帝国が戦争とか吹っ掛けなきゃいいのよねー」

 朔耶はコレまで見た限り、バルティアからはフレグンスで噂されていたような覇権主義などは感じられず、寧ろ平和主義者の色さえ感じていた。自身をお飾りと自嘲し、常に暗殺の危険に晒されているヤル気の無さを装った皇帝バルティア。

「帝国の黒幕かー……」

 シーファの無惨な姿を思い出し、眉を潜める朔耶。

「正義無き力は暴力なり。力無き正義は戯言なり、か……。 今のあたしには、力がある……じゃあ正義は……?」

 ぼんやりした意識の中でそんな自問をしながら、朔耶は疲れた精神を癒す為の眠りについた。








 昼の内に届いた食料品や衣類を搬入し、訓練で疲れた兵士達の腹を満たすために料理人達が厨房で腕を振るう。城内の下層エリアは夕刻前からが最も賑やかになる。今のグラントゥルモスには大勢の傭兵達が雇われているので、城内に入りきれない彼らは外にテントを張って寝泊りしていた。
 彼らの中には兵力を集めるだけ集めて未だに具体的な行動を起こさない帝国にやきもきしている者もいて、フレグンスとの戦を待ち望む声も上がっている。

「こら」
「ぐむ」

 目を覚ました朔耶は隣で寝ている皇帝に肘鉄を入れた。

「あんたはっ! 何をっ! 当たり前なっ! 顔してっ! 横にっ! 寝てんのよっ!」

 ゲシゲシとベッドから蹴落とした朔耶はトドメに踵を落としてやろうかと足を振り上げたが、すかさず距離を取られたのでそのまま下ろす。

「……寝起き早々皇帝を足蹴にするとは」
「やかまし ったく、油断も隙もない……」

 朔耶はベッドから降りると何時ものジャケットを羽織ろうとしたが、土などが付いて随分汚れてしまっている事に気付いた。下着などはお風呂に入る際に洗っていたが、服は替えが無いのでそのままだった。

「お前の服だ」
「え……?」

 どうしようかと悩んでいる朔耶に、バルティアが包みを渡す。中には布質の良さそうな黒い服が入っていた。

「お前の事だ、どうせドレスになど袖を通すまいと思ってな」
「あ〜、街服かぁ…… あんたとお揃いなのは気に入らないけど、一応ありがと」

 バルティアを隠し部屋から追い出して早速その服に着替えた朔耶は、姿見が無い事に今更ながら気付く。鏡が無ければ身嗜みも出来ないじゃないかと、鏡を探して隠し部屋を出た。外で待っていたバルティアが『ほう』と感嘆の声をあげる。

「なによ」
「いや、中々良いな」

 黒髪に黒い瞳の朔耶が黒いヒラヒラの付いたゆったりした服を着流すと、一層独特の雰囲気が強まる。長袖膝丈のワンピースに黒いタイツのようなズボン、ついでに靴も数足用意されていたので足に合うものを履いている。

「全身黒尽くめ……」
「神秘的で良いではないか、気に入ったぞ」
「そればっかり……つか、あんたが気に入ってどうすんのよ!」

 少し早まったかとも思う朔耶だったが、着心地は悪くないのでまあ良いかと適当に鏡のありそうな部屋を探すのだった。


「ねえ、バル……」
「どうした?」

「今までにも今朝みたいな事ってあったんだよね?」
「うむ」

「……その人達は?」
「何れもその場で処刑だったな」

 侍女や若い衛兵、ベテランのメイド長が暗殺を仕掛けて来た事もあったという。何れも詳しい動機を聴取される事もなくその場で処分されたと、バルティアは淡々と語った。

「そう……」

 適当な空き部屋を見つけて中に入る。この階には客間が多いので姿見の大きな鏡も置いてあった。
 鏡の前に立った黒い少女は、背後に立つ黒い男に語りかける。

「バルの環境は理解するし、今までのそういう処置もあたしがどうこう責められる立場じゃないから何も言わない。でも……バルのこと、同情も出来ない」
「……分かっている」

 バルティアは朔耶の言葉を受け入れた。バルティアは自身が常に何もしなかった事を理解していた。あるいみ何もしない事で生き延びて来たのだ。

『だが、これからは今までのようにはいかんだろうな……』

 朔耶の事を気に入り 求めた結果、皇帝として生かされないのであれば、朔耶を諦めるか、人生を諦めるか、平穏を諦めるか、バルティアにはそんな選択肢が突きつけられていた。生かさず殺さず、弱者の命が消費されていた今までの暗殺ごっこは裏の支配者からの警告だった。今朝、それは遂に本物の暗殺となってバルティアの役目を終らせようとした。覚悟を決めなくてはならない。

「サクヤ」
「なに?」

「余に、力を貸してくれ」


















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