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本編
33話:急転




『なんとか測定器を入手出来ないものか……』

 選定の儀を目前に控え、彼は焦りを隠し切れない様子で自室の中をウロウロと歩き回っていた。
 自身の魔力を魔力石五十八個分だと測定されて以来、抜き打ちの測定に現れる朔耶を警戒して『発掘品』の使用は控えてはいるが、このまま選定の儀に挑めば間違いなく他の魔術士達に敗北する。どうにか修練にて六十二石までは伸ばしたものの、アクレイアの子息は七十一石から七十六石まで力を伸ばしている。

 彼、フエルト・バルト・コースティン伯爵は、最近連絡が取り辛くなった帝国の密偵に測定器の奪取を依頼しようと考えていた。あの道具の有用性は帝国も興味を示す筈で、上手く測定を誤魔化せる方法が見つかれば今度の選定の儀でも自分が勝利出来る筈。そうすればこの先しばらくは宮廷魔術士の地位を維持しつつ、フレグンス国内での工作で帝国密偵に対する協力を継続して帝国の偉業に貢献出来る。利害は一致している筈だ、と。

 この四年の間にフエルト卿が派閥に引き込んだ門閥家や中流貴族達は、宮廷魔術士の権威あっての人事と口利きで交渉して得たモノだ。この権威を失えばアッサリ鞍替えする連中である事は卿自身が一番よく分かっている。只でさえ朔耶の存在と活動によって水面下ではじりじりとアクレイア家に押し返されている現状、ここで宮廷魔術士の地位を取り返されるような事態になれば、今度はコースティン家が没落する番だ。そうなれば帝国からもそっぽを向かれる事は必至である。

『なんとかせねば……なんとか……』


「フエルト様」
「おお、戻ったか! して、密偵とは連絡が付いたか?」

 帝国の密偵との連絡係りに向わせた部下が戻り、早速首尾を尋ねるフエルト卿に対して部下の魔術士は若干言い難そうに声を潜めると、密偵からの伝言を伝える。


「…………それは……いや、しかし……」
「既に帝国側ではその方向で決定しているそうで……、あとはフエルト様の決断のみかと」

 街灯設置事業により以前よりも活動を制限され始めた密偵達は、フエルト卿の依頼に次いでこの問題に対する指示も本国に問い合わせた結果、本国から一つの指令が下された。王都では選定の儀が行われる時期なのでフレグンス内の感心は皆其方に向いている。その隙を狙って実行せよという指令で、密偵はこの指令の実行にフエルト卿の協力を要請した。
 彼らが集めた情報から推測しても、コースティン家は今度の選定の儀を過ぎればフレグンス内で力を失う事は明白だった。それ故の協力要請、捨て身で帝国に仕える忠誠を示すか、フレグンスで静かに没落して消えるか、選択を突きつけたのだ。


「……そうだな…………もはや、この国に未練は無い」

 これから帝国との間に戦が始まれば、帝国の保有する正規軍と集めに集めた傭兵部隊の大戦力でフレグンスは瞬く間に陥落するだろう。なにせ背後からもサムズがクリューゲルに侵攻する計画が進んでいるのだ。フレグンス一国で帝国の大戦力と向き合いながらクリューゲルの防衛にも戦力を割かれる事になる。
 フレグンスが帝国領になった暁には、コースティン家は帝国貴族として迎えられる手筈になってはいたが、それが少しばかり前後するだけだとフエルト卿は覚悟を決めた。

「よし、ではその件の了承を伝えておいてくれ」
「わかりました……」

 部下は一礼して退室すると 密偵の協力要請に了承を伝える為、再び屋敷を後にした。

『決行は選定の儀の前日か……』

 選定の儀 当日は多くの騎士や貴族が集まり警備も強化される為、その前日が最も計画実行に適している。

「二度に渡って大きな計画を阻んだ貴女ですが……御自身がその対象となった場合はどうですかな?」

 フエルト卿は尽く計画を邪魔してくれた朔耶の黒髪と黒い瞳を思い浮かべながら、眠りの香を取り出して量を確かめた。








「だあああああ! やっと終わったああああ!!」

 一般区に設置する分の部品を造り終え、王都全域に設置する為に必要なランプを揃える段階まで漕ぎ着ける事が出来た朔耶は、何時もの如く雄叫び伸びをして作業終了の合図を出した。直ぐにフレイが適温のお茶を持って来てくれる。

「お疲れ様でしたサクヤ様、これで暫らくはゆっくり出来そうですね」
「だね~~、ここんトコずーーっと部品作りだったから 久しぶりに学院の模擬戦見物にでも行きたいな~」

 ズズーとお茶を啜りながら椅子の背凭れにだらしなくふやけている朔耶に、専属の職人たちが挨拶をして帰って行った。もう夕刻を過ぎている。

「残りの作業は職人さん達に任せておけば大丈夫だよね」
「そうですね、後はもう組み立てるだけですから」

 二人でお茶菓子をポリポリ齧りながら暫らく雑談に興じ、話題は明後日に控えた選定の儀に移った。当日はレイスの世話係としてフレイが付き人をする事になっている。選定の儀は一般公開はされていない為、城で要職に就く官僚の関係者しか観戦する事は出来ないが、それでもかなりの人数が集まると予想される。今回は特に、前回からのアクレイア家とコースティン家の確執も然ることながら、そのアクレイア家の子息がフエルト卿に挑むとあっては中々見逃せない対決であるというモノだ。
 水面下での中流貴族の取り込みや王家所縁の者との蜜月といい、近頃復興著しいアクレイア家だが、その立役者であるレイスが宮廷魔術士の座に就く事になれば、門閥家の派閥による力関係が引っ繰り返り、貴族内部の勢力図が一気に書き換わる。

「レイスが宮廷魔術士になったら、忙しくてフレイも寂しいんじゃないの?」
「それは……でも、レイスさまは絶対に宮廷魔術士の地位に就くと仰ってますから」

 大丈夫ですとレイスに対する信頼と期待を滲ませるフレイに、朔耶は久しく感じてなかった『何か』が勘に引っかかった。なので今回も感じるがままに口にして見る。

「レイスってなんで宮廷魔術士になりたいのかな?」
「え? それは……家の復興とか……コースティン家への雪辱とか……」
「それだけ? 本当に? まだ何かあるんじゃない? 何か隠してない? ねえ? どうなのよ?」
「あ、う、そ、その……わ、私は……あの……」

 何故か急に慌て始めるフレイ。その反応からやはり何か他にも理由があると見た朔耶はさらに追求を試みる。逃げられないように腰に手を回してがっしり密着すると、頬を撫で上げながら『ほ~ら言ってごらん』ってなノリで白状を迫る。

「はうあう~で、でもこれは……こ、公私混同になるので……内密に……」
「ほうほう? 公私混同とな?」

 『これ以上は許してください~』ともがくフレイに、『もっと言え~』と迫るサクヤ。

「そ、その……レイスさまが、宮廷魔術士になれば……」
「なれば?」

「き、宮廷魔術士の任命権で……」
「ふむふむ」


「……何をしているんです?」

 突然響いたレイスの声にはっとなった二人が顔を向けると、工房の入り口の所に扉を開けて入って来たレイスがそのままの体勢で怪訝な表情を向けていた。その視線に改めて自分達の状態を確認する朔耶とフレイ。
 並べた椅子の上に横たわるような体勢でもがくフレイの腰を抱き、伸し掛かるようにしながらフレイの頬を撫で顔を寄せている朔耶。傍から見れば朔耶が仕事場でフレイを押し倒しているようにも見える。思わず二人して顔を赤らめると、慌てて離れた。

「はあ……遂に手を出してきましたか……」
「ちっがーーーう!!」
「ご、誤解ですレイスさま!!」

 
 暫らくぎゃーぎゃーと大騒ぎした後、テーブル代わりの作業台に着いて並べられた夕食をつつく三人の姿。レイスのおでこには赤い痣が出来ていた。いつも朔耶にからかわれるので意趣返しにからかったと冗談めかして微笑みかけた所、褒美に稲妻デコピンスペシャルを賜ったという証である。

「で? 任命権で何をするつもりなの?」
「フレイを魔術士隊に組み込もうと思いまして」

 朔耶の執拗な追求に諦めたように話すレイス。

「うん? それの何処が公私混同なの? フレイってかなり優秀な魔術士なんでしょ?」

 選定の儀に選ばれた魔術士達の魔力計測により、正規の魔術士が持つ魔力は平均で六十石程だと分かった。フレイの持つ魔力は九十石以上、かなり突出した魔力の持ち主だと言える。実力が裏打ちされているならば、近しい者を召抱えても身内贔屓という事にもならないのでは?と問う朔耶に、レイスは少しバツが悪そうに説明する。

「魔術士隊に組み込む事で、フレイを貴族の身分に推し上げる事が出来るんですよ」

 フレイはアクレイア家に仕える使用人という身分にある。彼女の義父である故エイディルト・バーン氏はアクレイア家で魔術の指導を行っていた際、フレイも同伴させていた。フレイはエイディルトに魔術の才を見出され、後継者として孤児院から引き取り育てられていたのだ。
 エイディルトが老衰で亡くなった後、残されたフレイはアクレイア家が引き取る事にしたのだが、この当時既にアクレイア家は没落していた為、下手に娘養子として家に迎えれば『高名な魔術士の娘であり且つ由緒ある門閥家の令嬢』という事で圧力と共に縁談が持ちかけられるのは目に見えていた。

「家とフレイを護る為に、使用人として雇う形で家に迎えて今に至る訳です」
「ふーむ、じゃあ今なら養子に迎えても大丈夫って事?」
「いえいえ、養子に迎えれば僕と結婚出来ないじゃないですか」
「れ、レイスさま……」

 つまり、門閥家の子息として貴族の身分に無い者を娶るような事は身分に厳しいフレグンスではありえない事なので、その問題を解消する為にフレイを宮廷魔術士の権限で持って魔術士隊に任命し、貴族の身分に推し上げる。それが一応公私混同に当るという事らしい。職場を同じにする事で一緒にいられる時間も確保しているとも言えるので言い過ぎという訳でもない。

「つまりそれって……レイスが今までやって来たあたしの獲り込みの謀とか、家の復興で動き回ってる事とか、宮廷魔術士になりたい事とかの理由は全部、フレイと結婚したかったからって事?」
「まあ、そうなりますね」

 ポリポリと照れるように頭を掻くレイスに、頬を染めて俯くフレイ。何というかご馳走様な気分にさせられる朔耶だった。

「ドーソンといいレイスといい、この国の男は一途なのが多いね~」








 ――翌日――

 フレイは明日の選定の儀に備えてレイスの傍に付く事になり、朔耶は一人で工房の作業を見回りながら職人達にお茶を淹れて恐縮させた後、昼食を摂りに城に向かった。今日はレティレスティアに御呼ばれしているのだ。選定の儀が終わるまでの間、フレイの代わりに警護に付く騎士とも顔合わせがある。

「城までよろしくねー」

 工房脇に停めてある馬車に乗り込み、御者さんに声を掛ける。馬車が走り出して直ぐ、朔耶は奇妙な感覚に眉を寄せた。その感覚は以前エルディネイアが学院で行方不明になったと聞いた時に感じたモノに似ていた。

「なんだろう……?」

 あの時は自分の中の精霊に語り掛けて誘拐事件の断片を掴んだのだが、今回も何か掴めるかもしれないと思いつつも揺れる馬車の中では集中し辛いので、城に付くまで待つ事にする。そうしてふと窓の外の景色を見て違和感を感じた。

「あれ? 何時もと違う道じゃない?」
「ううん、こっちで合ってるわよ? 子猫ちゃん」

 朔耶の問いに答えたのは御者台で振り返った妙齢の女性。御者の格好をして帽子を被っているがその顔立ちには見覚えがあった。

「え!? ヴィヴィアンさん? なんで?」

 ヴィヴィアンは赤い唇に妖しげな笑みを浮かべるとスイッと腕を振るい、御者台から糸のようなモノを使って馬車の扉を開けた。途端、琥珀色の煙が生き物のように車内に飛び込んで来て朔耶に纏わり付く。

「わっ! 何これっ けほっ 息が……」

 煙を吸い込んだ朔耶は高い所から落下するような感覚を味わいながら急速に意識が遠退いて行くのを感じ、やがて深い眠りに落ちた。煙は四散して跡形も無く消え失せ、馬車の扉が閉じられる。

「さってと、これから帝国へご招待ね」

 馬車は一般開放区の外れにある古い工房跡地が並ぶ廃墟に入って行くと、既に出立の準備を整えて待っていたヴィヴィアンの仲間達が手際よく馬車から朔耶を運び出して布切れや葉の付いた小枝でカモフラージュされた敷地一杯に鎮座している巨大な『籠』の中に運び込む。少し遅れてやってきたフエルト卿とその従者が揃った所で全員が『籠』に乗り込み、彼らを率いる隊長が竜笛を吹いた。

 周囲の廃墟の地下に其々身を隠して世話を受けていた四頭の飛竜が竜笛に応えて空に舞う。竜たちは『籠』の傍に降り立って籠から伸びる鎖の金具を自身の身体に装着してあるベルトに繋ぐと、四頭の息を合わせて飛び上がった。竜が多く生息する帝国でよく見受けられる『竜籠』その中でも四頭立ての竜が引く高さ三メートル、幅五メートル、全長十二メートルにも及ぶ『超大型竜籠』である。

 一般開放区から飛び上がった四頭の竜が引く大型竜籠の姿は一般区からも数人が目撃していた。竜籠はどんどん上昇を続けながら北西の空へと消えていった。








「イーリス、サクヤを見掛けませんでしたか?」

 約束していた昼食に現れず、交感による連絡も無い事に心配したレティレスティアは、朔耶を探しているうちに明日の警備に関して城内を回っているイーリスを見つけ、声を掛けた。

「いえ、今日はまだ見ておりませんが……工房に詰めているのでは?」
「それが、工房から戻った侍女たちはお昼前には工房を出たと」

 イーリスも朔耶の人となりを理解している為、連絡も寄越さず寄り道をしているとは考え難いと判断し、外回りの騎士に尋ねてみると言って兵舎の方に向かった。王女であるレティレスティアは軽々しく兵舎に顔を出すような事は出来ない為、こういう時は婚約者候補の立場にあるイーリスを頼るしか無い。
 例え相手が近衛であっても他の騎士とはあまり親しく接する事は憚れる。朔耶との接し方に慣れると窮屈に感じられる関係だが、それがフレグンスの王族としてのけじめというモノだった。 
 イーリスを見送った後、レティレスティアは交感を試みて意識の糸を城全体にまで伸ばしてみるが、やはり朔耶は見つからなかった。




 
 四頭の竜が引く巨大な竜籠が飛び立って行く所を目撃したと言う街の住人達の証言により、付近を捜索した騎士達から朔耶が工房と城を行き来する為に与えられている馬車が見つかったという報告が届いたのは、夕刻が過ぎて連絡を受けたレイスやフレイも捜索に加わった頃だった。

「竜籠は帝国でよく利用される乗り物ですが……四頭立てという程のモノとなると」
「まさか! サクヤはバルティア帝に……」

 レティレスティアが顔色を失う。 其処に更なる急報が入った。

「申し上げます! コースティン家の使用人がサクヤ様の馬車の御者と名乗る者を保護しているとの連絡が入りました!」
「御者の話ではサクヤ様の工房前で待機していた所を何者かに拉致されたとの事ですが、コースティン家の地下に拘束されている所を使用人が発見した様です」

 王国騎士団からの報告にレイスの眼が厳しくなり、フレイも表情を硬くしている。そして魔術士隊の執務からフエルト卿と連絡が付かない為、業務が滞っているとの苦情が寄せられ、朝方からフエルト卿の行方が分からなくなっている事が判明した事でレティレスティアは王女の権限を使って近衛にコースティン家の捜索を命じた。

  


 コースティン家から帝国との繋がりを示す証拠の品や書類が見つかった事は、フレグンスの貴族層に大きな衝撃を与えた。そして、それと知りながらコースティン家に組していたと思わしき貴族の名も見つかった書類に記されていたが、これはフエルト卿がフレグンスを混乱に陥れる為に態と残したのだろうというレイスの進言により、慎重に検証される事になった。

 朔耶が帝国に連れ去られた事で特に心労を心配されたレティレスティアは。

「必ず取り戻します」

 そう一言だけ告げると、祈りの儀式に出向いて行った。気丈に振舞っている事は一目瞭然だったが、朔耶との触れ合いで芯の強さが表に出るようになったのだろうと受け止められた。
 選定の儀は予定通り行われる事になり、レイスは普段の微笑を消して鬼気迫る雰囲気を纏いながら儀に挑む事を父ルィバンスに報告した。

「近く帝国から何らかの動きがあるかも知れませんからね……サクヤを取り返す算段を付けて措かねばなりませんから」

 フレイは自分が警護を外れた隙を付かれた事を気に病み、レイスの世話係をする所か逆にレイスから気を使われる程落ち込んでいた為、暫らく屋敷で休ませる事にしていた。実力的に見てもレイスならば一人で選定の儀を勝ち抜けるだけの経験も力もある。朔耶を取り返す為にも、フレイには早く立ち直って貰う必要があった。


 コースティン家の裏切りによる帝国の朔耶誘拐の報は、朔耶を個人的に知る者やサクヤ式を通じてその恩恵に与っていた多くの民の心を動かし、揃わなかった近隣国との対帝国政策の足並みを揃える切っ掛けとなった。 尤も、それを邪魔していた人物であるフエルト卿がいなくなった事も結束を早めた結果に繋がっている。








 ――少し前
 近衛騎士団がコースティン家の捜索に出動した刻、雲の上を行く四頭の飛竜に引かれた超大型竜籠の貨物室。

「さむっ」

 朔耶は全身を覆う寒さと急激に肌を襲った冷たい空気に目を覚ました。薄暗い天井を覆うように立つ目の前の人影が、朔耶のジャケットの前を開いてシャツを捲り上げようとしていた。冷たい空気を感じたのはこのせいだ。

「ナニやってんのよ!」
「ぐっ……」

 咄嗟に蹴りを放つと、グニャリとした嫌な感触が靴底の裏から感じ取れた。変なもん蹴っちゃったと足を引っ込め、半分捲り上げられたシャツを直す朔耶。その時、自分の腕に鎖の付いた枷が填められている事に気付いた。以前王都までの旅路でエバンスの街に着いた時に見た術封じの枷と良く似ている。
 くぐもった声を漏らして蹲っていた人影は、睨みつけるような眼で顔を上げた。

「あ! 黒いローブの人!」

 エルディネイアの事件で取り逃がした黒いローブの魔術士。今は普通の服を纏っているが、痩けた頬や窪んだ眼の陰鬱とした雰囲気は黒いローブ姿の時と変わらない不気味さを醸し出している。

「ていうか、ここ何処よ」

 キョロキョロと周囲を見渡して現状を確認する。薄暗いガランとした物置のような木張りの部屋で、隅に木箱や毛布らしきモノが積んであり、天井には申し訳程度の明かりを放つランプが一つ揺れている。そしてやけに寒い。

「クク……ここは既にティルファの上空辺りだろう、お前に逃げ場は無いぞ? 異国の娘」 

 そう言って手を翳した魔術士に、立ち上がった朔耶は身構えて警戒した。朔耶は自分が誘拐された事は最後の記憶からして明らかだと理解していたが、ティルファの上空という意味が分からないでいた。

「――風は集い荒れ狂う渦となりて――」
「!」

 魔術士の詠唱により巻き起こった突風が朔耶の身体を吹き飛ばし、背後の壁に叩きつける。しかし魔術士も自身が放った魔術の反動でよろめいていた。

「ク…… 流石は『発掘品』、凄まじい増幅力だ」
「……は、発掘品?」

 ケホッと咳き込みながら身体を起こした朔耶は聞き覚えのあるキーワードに言葉を返す。魔術士はニヤリと口の端を上げると、袖を巻くって二の腕に装着された腕輪のようなモノを見せた。

「古代魔法文明の遺跡より発掘された増幅器、コレがあれば私にもこれ程の力が振るえるのだ」
「それが無きゃショボイって事じゃない」

 朔耶の挑発に再び手を翳す魔術士。詠唱に入ると同時に斜めに走りこんだ朔耶は突風を躱して懐に飛び込み、一撃入れようと振りかぶる。

「増幅器の便利な所は増幅した魔力と素の魔力とで別々に術を行使出来る所にあってな」

 素の魔力で別に発現させていた風の塊が朔耶の身体を弾き飛ばした。転がった朔耶はそのまま反動を利用して起き上がった瞬間、横から襲い掛かった突風に軽々と吹き飛ばされて再び壁に叩きつけられた。

「くは……っ」

 増幅器を使った魔術の運用には素の魔力に増幅した分の魔力を上乗せした魔術の行使と、増幅した分の魔力と素の魔力を別途で交互に扱う点にある。これによって魔術の連続行使が可能になり、詠唱の隙を埋める事が出来る。

 よろめきながらも足を踏ん張って耐えた朔耶の背後に風の塊がぶつけられ、押し出されて体勢を崩した所に上から襲って来た突風によって床に叩きつけられる。

「んん? もう終わりか?」

 倒れたまま動かなくなった朔耶に風の塊をぶつけて様子を見る。無防備に横たわる朔耶の身体が風の塊を受けて跳ねた。魔術士は人形のようにぐったりとして反応を返さない朔耶を確認すると、念の為に風の塊を発現させてからゆっくり近付いて行く。

 艶のある黒髪が床に広がり、苦しげに閉じられた眼がゆっくりと開かれた。その黒い瞳が自身を覗き込む魔術士の姿を捉えると、恐怖の色を浮かべて見開かれる。

「い、嫌!」

 自らの肩を抱いて身を縮めながら這う様に後退り、壁に背をつけて震える姿は、もはや只の無力な少女でしかなかった。

「どうした? 私にはまだまだ余力が残っているぞ? んん?」
「いや……酷い事……しないで」

 魔術士はニヤリと笑みを浮かべると壁際で震える朔耶の姿に満足と興奮を覚えた。『この娘の心は折れた、もはや抵抗はすまい』と邪魔になった風の塊を四散させる。

「こ……や……と……………ね」
「んん? なんだ? よく聞こえんぞ?」

 ボソボソと呟く朔耶に顔を寄せる魔術士。幼げな顔立ちの怯えた表情が非常に加虐心をそそられる。魔術士は朔耶の両腕を拘束する枷の鎖を掴んで引き寄せた。

「あっ……」
「なんだ? はっきり言ってみよ」

 ジャラっと鎖の擦れる重い音が鳴り、魔術士の腕の中に引き寄せられた朔耶は小さく、しかしはっきりと通る声で言った。

「こうやって怯えて見せると、小さい奴程よく引っかかるのよね」

 ゴンッ と鈍い音が響き、魔術士が顔を仰け反らせた。至近距離からの頭突きという『無力な少女の反撃』と呼ぶには聊か無理のある奇襲攻撃、だが威力は絶大だ。そして今度はしっかり狙って『変なもん』を蹴り上げる。
 魔術士が手を翳す動きを見せた瞬間、朔耶はすかさずその腕を蹴って方向を逸らせた。元々曖昧な狙いのまま放たれようとしていた突風は魔術士の身体を反動で押し返し、意図せず朔耶から距離を取る事になった。そこに走り込みながら両腕を振り被る朔耶。

「い な ず ま ――」
「馬鹿め! 術封じの枷を忘れたか!! ――風よ集いて……――」

 朔耶の右手が白い閃光を放つ。術封じの枷に刻まれた呪文はその効果を発現している証として仄かな光を放っている、にも拘らず雷を纏う朔耶に魔術士は一瞬狼狽して詠唱が止まった。次の瞬間、魔術士の中断された詠唱は頬から突き抜ける衝撃に消し飛ばされる。

「ショートレンジびんたーーーー!!」

 スパアアァン!!

「往復稲妻ーーーー!!」

 カパアアァン!!

 威力控えめな稲妻ビンタの連撃で朦朧となって膝を付いた魔術士に、朔耶は両手を組んで振り上げ、トドメの一撃を見舞った。

「トールハンマーーーー!!」

 ゴシャッ



「たく……変態め~」
「中々やるじゃな~い」

 床に沈んだ魔術士を見下ろし、息を切らしながら『どうしてくれようか』と考えていた朔耶に軽い調子の声が掛けられる。

「それにしても、男を乗せるの上手いわねぇ~」

 奥の扉から四人の知らない男と一人の見知った女性、ヴィヴィアンが現れる。もう一人知っている顔、フエルト卿が扉の向こうに居るのが見えた。

「見てたんなら助けてよ!」
「あなたがどうするのか確かめたかったのよ、これも任務なのよね」

 自分達の姿を見ても さして慌てた様子を見せない朔耶に内心若干の戸惑いを覚えながらも、表面には一切それを出さずに会話を続けるヴィヴィアン。まずは今の出来事について確かめておく事が一つ。

「所で、サクヤちゃんさぁ――今、電撃使ってたけど、それ魔術じゃないでしょ? 何か特別な道具?」
 
 術封じの枷は魔術を行使する者が呼吸のように循環させている魔力の放出を結界にて塞ぐ事で術の行使を封じている。精霊術士相手でも結界で精霊との交感を封じる事は可能だ。朔耶はほぼ無詠唱で雷を纏う事や、朔耶が作る高度な道具から推測して、密偵達はあれも発掘品のような道具を使った力なのではと睨んでいた。

「あれは気合よ」
「……う~ん、あたしとしては穏便に本当の事教えて欲しいんだけどな~」

 言外に『力尽くで聞き出す事も出来るのよ~』と含ませた尋問に、朔耶は溜め息を付いて何処まで話すべきかと考える。
 そしてふと、朔耶は自分の能力について物にお願いして言う事を聞いてもらえる事を思い出し、枷に意識の糸を絡めるようにして――

『枷さん枷さん……えーと、……壊れて?(はーと)』

 朔耶が両手で鎖を握ってピンと引っ張ると、バラバラバラ……と粉々に崩れ落ちる術封じの枷。それを見たヴィヴィンアンを始め密偵達は一斉に顔を引き攣らせる。『今何をした?』そんな疑問が空気の凍りついた貨物室に渦巻いた。
 術封じの枷を破るには枷の持つ結界以上の魔力を持って術を行使する方法がある。枷の結界が耐え切れなくなって触媒である枷に刻まれた呪文が消し飛ぶか、枷そのものが砕ける場合もあるが、まったく無詠唱で鎖ごと粉々にというのは在り得ない。

 密偵達の隊長は威圧効果も狙って全員で観察と尋問に出向いたのだが、姿を晒したのは軽率だったかと、この得体の知れない力を使う少女に畏怖の念を懐いた。そんな密偵達に振り返った朔耶は、自由になった両手をプラプラさせながら

「とりあえず、お腹空いた」

 と、ご飯を要求するのだった。







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