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本編
30話:多重構造

 
 

 突然の乱入者に慌てた剣を持つ二人組みは、咄嗟にドーソンとエルディネイアを人質にしようと一歩踏み込んだ瞬間、唸りを上げて横切る剣の一閃に思わずたじろいだ。

 どう見ても素人にしか見えず実際、剣に関しては素人のドーソンだが、この薙ぎ払いだけは矢鱈(やたら)と鋭い一撃を放つ。
 そうして躊躇した僅かな間は、突撃する近衛騎士が接敵するのに十分な隙となった。剣の二人組みは近衛の剣に合わせる間も無く一瞬で叩き伏せられ、近衛騎士はそのまま二人組みを昏倒させて無力化すると、黒いローブの魔術士と対峙する。
 学院警備兵はドーソンとエルディネイアを保護すると、長尺棒を構えて近衛騎士の後ろに下がった。そして朔耶は――

「うりゃうりゃー」

 負傷した男の治癒を終えて乱入者に対峙しようとしていたもう片方の魔術士にその辺の石を投げ巻くって足止めしていた。
 次々と放物線を描いて飛んで来る石に気を取られていると足元、脛や足の指辺りを正確に狙った石が時速115キロ程の勢いで投げつけられるので詠唱を行う暇も無く、魔術士は石飛礫を避けるのに精一杯だった。

「おのれ小娘がっ 調子に乗りおって! ――風よ集……のわあっ」

 投げる石が無くなったのか、背中を見せた朔耶に『勝機!』とばかりに詠唱を始めた魔術士だったが、井戸に被せてあった木の蓋がぶっ飛んで来たので思わず仰け反って身を躱す。木の蓋は治療を終えたばかりの男に直撃して、男は失神した。

 なんて物を投げつけて来るんだと振り返った魔術士の目前に、一気に距離を詰めて来た朔耶が飛び込んで来る。遠心力を使って井戸の蓋をぶん投げた朔耶はそれを追う様にダッシュを掛けていたのだ。紅い光沢のあるコートが翻り、黒髪が舞う。

「っ! ――か、風よ集いて……」
「い な ず ま――」

 魔術士の翳した手の表面に空気の渦が発生し、それが凝縮された風の塊となって撃ち出される前に。真っ白い閃光を纏った朔耶の右手が青白い軌跡を引いて弧を描いた。

「ビンターーーーー!!」

パカァアアン!!

「へぶぇ!!」

 打ち下ろしの稲妻ビンタを叩き込まれた魔術士は身体を半回転させながら地面に沈んだ。


「うわぁ……あれは痛いというか、暫らく後を引くんだよなぁ……」

 被験者ドーソンの呟きに、王の間で見た事のある近衛騎士の二人は『やっぱり凄い威力だ』と感嘆し、学院警備兵の二人は殆ど無詠唱で雷を発生させた朔耶の術に唖然として目を瞠っていた。
 雷を具現化する術は幾つかあるが、何れも複数の属性を織り交ぜるか、一つの属性でもかなり長い詠唱で魔力を捏ね繰り回す工程が必要な程難しい術なのだ。
 ただ一人、エルディネイアだけが別の事に気を取られてドーソンの横顔をポーーっと見上げていた。


「ちぃ……――風は集い土は舞う砂塵の壁となりて――」

 黒いローブの魔術士は素早い詠唱で土煙の煙幕を張ると館の中に逃げ込んだ。警戒している近衛騎士の傍に朔耶がやって来る。

「追いますか?」
「んー……今は止めとこうかな。先にルディ達の無事を知らせるから、あの人達をお願いね」

 朔耶は逃げた黒いローブの魔術士を追うのは止め、その存在と仲間の確保、此処で起きた出来事の報告を優先する選択をした。






「イーリス」

 城内を巡回していたレイスとフレイ、イーリスの所に、急ぎ足でやって来たレティレスティアが声を掛ける。

「レスティア姫、どうかされましたか?」
「サクヤから連絡がありました。 ネイアさんが見つかったそうです」

 その急報に、レイスも術に集中させていた意識を引き戻す。

「何者かが組織的に行った犯行だったようです。現場に複数の一味を捕らえてあるそうですから、近衛の団員数名を向わせました」

 レティレスティアの報告に、頷いて答えるイーリス。レイスは話を聞きながらも城内に仕掛けた術からの『音』にも耳を傾けていたので、受け答えは全てイーリスに任せる。

「令嬢にお怪我などは?」
「特に無いそうですわ。一緒にいた学院生が掠り傷を負ったそうですが、そちらも問題ないと聞きました」
「それは良かった。 首謀者は分かりますか?」
「現段階ではまだ何も。帝国の手の者なのか、内部の者なのか……」

 表情に影が差すレティレスティアを気遣うように、そっと肩に触れるイーリス。レティレスティア自身も十数日前に御者の裏切りで攫われ掛けたのだ。朔耶が現れなければ帝国に連れ去られていた。

「そうですか……一応、ランバルト公にもお伝えしておきましょう」

 レティレスティアは頷くと、朔耶からの報告の続きを語る。

「後、風と土を使う黒いローブの魔術士が一人逃走したそうです」
「分かりました、そちらは魔術士隊に動いて貰いましょう」
 
 幸い今日はフエルト卿が執務室に詰めていると話すイーリスに同意を返しつつ、レティレスティアは黙って術に集中するレイスの様子を窺った。その視線の意味に気付いたレイスは

「大丈夫ですよ、公私は弁えています」

 そう言って微笑んで見せた。






「お務めご苦労様です」

 駆け付けて来た近衛騎士達を労いの言葉で迎える朔耶。廃屋の門の前には数珠繋ぎに縛られた四人の男達が座らされている。その内の一人である魔術士には直ちに術封じの枷が填められた。

 朔耶と共に地下通路を通って来た近衛の二人は仲間の騎士に詳細を報告し、学院生のドーソンとエルディネイアは学院警備兵に護られながら学院から迎えの馬車が来るのを待っていた。

「ねえ~、あたしはどうーなんのよお?」

 もう一人、扇情的な薄い衣を纏った妙齢の女が退屈そうに声を掛ける。彼女はエルディネイアを誘拐した者達の一味ではなく、偶々彼等に買われた春売り、所謂娼婦との事だった。

「あ~っと、ヴィヴィアンさんだっけ? あなたにもあの連中の事で聞きたい事があるんで、騎士の人達と一緒に行って貰えるかな?」
「面倒ねぇ……あんた随分若いけど、何処かの令嬢?」

 朔耶に対する不遜な態度を注意しようとする近衛騎士を『いいからいいから』と下がらせた朔耶は、護送用の馬車が来るまでヴィヴィアンの話し相手をする事にした。

「あたしは別に貴族じゃないから令嬢ってのも変かな~、役職上身分はそれっぽいけど」
「へ? 貴族でも無い人間がどうして騎士達を指揮してんのさ? 役職っつっても、此処(フレグンス)じゃあキトの豪商だって只の平民扱いだよ?」
「一応、『王室特別査察官』って事になってます。 えっへん」

 何と無く胸を張ってみた朔耶に、『王室! 査察官!?』と素っ頓狂な声を上げて驚くヴィヴィアン。彼女は改めてマジマジと朔耶を観察する。

「……こんなお子様が城の官僚……しかも貴族でも無いだなんて、いったい如何したんだろうねこの国は」
「こらそこっ お子様言うな!」
「どう見たって子供じゃないのさ」
「そりゃまだ大人とは言えないけど……あたしだってもう十八になるんだから、子供じゃないっしょ」

 『ええええーー!!』という驚きの声が多重奏で響き渡った。ヴィヴィアンを始め居並ぶ近衛騎士に学院警備兵、ドーソンとエルディネイア、ついでに拘束されている男達まで混ざっていた。皆の驚き方に思わず引いてしまう朔耶。

「な、何よ……」

「十八ですって!?」
「き、君は僕より年上だったのかね?」
「てっきり十五~六だとばかり……」
「一体何食ってりゃそんな若さを保てるんだい!?」

 口々に見た目と実年齢が合わないと言う皆の指摘に、朔耶は『東洋人が若く見られるのは異世界でも通じるんだぁ~』と変な感心の仕方をしていた。約一名、お肌の曲がり角が気になる女性の真剣な追求があったが……。


 やがて護送用の馬車と学院の馬車がやって来たので其々分かれて乗り込むと、近衛騎士は城の兵舎に、学院の馬車は王都大学院に向かって出発する。
朔耶は護送用の馬車に乗るつもりだったのだが、騎士達に『王女の大事な客人かつ王室特別査察官殿を罪人と一緒の檻に押し込める訳には行かないからと』、近衛騎士の馬に乗るよう勧められた。

 確かに、王都内で使われる罪人護送用の馬車は荷台に檻を乗せたような造りになっていたので、その中に入るのは憚られるとして朔耶は勧めに従った。

「でも馬とか乗った事無いんだよね……」
「大丈夫っすよ、俺が支えてあげますから」

 そう言って学院から一緒に来た近衛騎士の若い方が、仲間に引いて来て貰った自分の愛馬を撫でながら手を差し伸べる。足を掛ける場所や順番を教わりながら何とか馬に跨った朔耶の後ろに若い近衛騎士も騎乗した。

「これって間違えて後ろ向きに乗ったら恥ずかしいね」
「ははは、偶にいるっすよ? そういう人も」

 朔耶は『目線たかっ』などと言いながら、初めての乗馬に恐々としつつも興味津々な様子で鞍の金具等を弄っていた。
 先を行く護送馬車とその周りを固める近衛の騎馬を追って朔耶を乗せた馬も走り出す。最初は揺れに身を硬くしていた朔耶だったが、コツを掴むとリラックスして後ろから支える騎士と話す余裕も出てきた。

「どうです?サクヤ様、風を切って駆ける馬の背も中々良いモノでしょう?」

 朔耶の気さくさを知って気楽に話し掛ける若い騎士に、まだ朔耶とコミュニケーションを取った事の無い他の騎士達は『分を弁えろ』という視線を送るが、若い騎士は気付かない振りをして寧ろ朔耶との親密さをアピールするかのように振舞った。

 王の間での一件以来、朔耶は『イーリス団長に膝を付かせた少女』として近衛騎士団の中でも噂で持ちきりだったりする。
 近衛という王族直衛の任に就く彼等は特に人間関係にも気を使う立場にあり、団員には既婚者が多く、未婚の者も間諜に付け入られないように街での女遊び等も硬く禁じられている。

 その為、王家に身元を保障をされた接触を許される年頃の女性という存在は未婚の騎士達にはとても貴重で、誰もがお近付きになりたいという想いを持っていたりするのだ。
 密着している為か、そんな近衛騎士達の胸の内を『なんとなく』で気配に感じた朔耶は、何時ものからかい癖を発揮した。

「……う、うん。 風も気持ちいいんだけど、その……こんな風に男の人に抱かれてるのは、恥ずかしくて」

 もじもじと、背後から支える騎士に凭れ掛かるようにしながら俯き加減で言い淀む。
 地下通路での迫力ある叱責や不逞魔術士を張り倒す勇ましい場面を見ているだけに、この乙女モード朔耶のギャップは騎士の男心を直撃した。若い騎士の頬がかぁ~と赤くなる。
 周囲から向けられていた『分を弁えろ』視線は、『何抜け駆けしてんだこら』視線に変わっていた。




 学院に戻る馬車の中で、ドーソンは頬杖を付いて窓から一般区の景色を眺め、エルディネイアはそんなドーソンにちらちらと視線を向けては内心で不安や焦燥に駆られていた。

『やっぱり別人かしら……でも、サクヤはアマガ村って言っていたし』

 廃屋での騒ぎが収束した頃、エルディネイアは治療を受けるドーソンを横目にこっそり朔耶から色々聞き出していた。
 眉を顰めるような話もあったが、『アマガ村の村長の息子なんだってさ』そう聞いた時は、今朝の夢やあの日の約束を思い出した事が全て繋がったようで気分が高揚したのだが。

『どうして何も言わないの……? それとも、もう忘れてしまっているのかしら……』

 自分自身、あの夢を見るまでは殆ど思い出す事も無くなっていた遠い過去の出来事。
 子供時代の思い出だと諦めていた部分もあったのだから。そんな風に思っては哀しいような切ないような気持ちになって俯くエルディネイアだった。

「僕はね……」
「え!」

 唐突に話し掛けられ、エルディネイアは思わず声を上擦らせた。ドーソンは相変わらず頬杖を付いて窓の外を向いたまま、独り言を呟くように続ける。

「僕は、貴族になりたかったんだ」


 子供の頃、突然家に紹介状が届き、王都の平民学校に通える事になったドーソンは村長である父の勧めもあって、当時クルストスまで遠征して来ていたフレングンス騎士団の馬車に同乗させて貰い、王都にやって来た。

 平民学校の寮に住み込みで通っていたドーソンは、やがて卒業を迎えて村へ帰る日が来る。
 学校は卒業式の為半日で終わり、村へのお土産等を買いに街に下りようと寮を出た。そこで偶然、一般開放区を行く豪華な馬車の中に見知った女の子の姿を見つけた。

 村の近くで出会い、クルストスの街まで一緒に歩いた貴族の女の子。魔術士に魔術で吹き飛ばされた時、庇ってくれた女の子。また会おうと約束した女の子。
 
 その馬車を追って走るドーソンだったが、馬車が門を潜るとそこから先は追うことが出来なかった。門番が通してくれなかったのだ。

 『ここから先は貴族の身分に無い者が入る事は出来ん』
 『どうすれば貴族になれるの?』

 門番は笑うだけで教えてくれなかった。

「どうすれば貴族になれるのか分からなかった。だから、平民学校で見た貴族の子達の真似をするようにしたんだ」

 ドーソンは頬杖を付いたまま、窓から空を見上げる。

「そうしていれば、いつか貴族になれるかもって思ったんだ」

 そして貴族になれば、あの門の向こう側に行けるようになる。そうすれば、もう一度あの子に会える。子供心にそう決心したドーソンは、以後、村で誰に何と言われようと『貴族かぶれ』を止める事はなかった。
 朔耶達の馬車に乗せて貰って再び王都に訪れた日、一緒に門の向こうへ行かなかったのは、ドーソンなりの意地だった。

「もう一度、エルに会いたかったんだ……」

 ドーソンが頬杖から顔を上げてエルディネイアの方を向いた。エルディネイアは心臓の鼓動が激しくなって行くのを自覚しつつも、心の中で大騒ぎしていた。

『エルって呼びましたわっ! 今、私の事エルって! やっぱり、やっぱりあの時の男の子だったんだわ!』

 そうして沈みかけていた気持ちが一気に高揚していくエルディネイア。そこへ憂いを帯びた表情から一転、軽い雰囲気に戻ったドーソンから会心の一撃が飛ぶ。

「いやぁ名前を聞くまで気付かなかったよ。 あの時も凄く可愛い女の子だなぁって思ったけど、こんなに綺麗になってるんだもんなぁ」

 冴えない筈の男の爽やかスマイルは、エルディネイアの心を鷲掴みにした。これもある意味、冴えない田舎者男だと思っていたら意外に知恵が働いて勇敢で頼れて健気に一途で、オマケに美しい思い出まで付与されて、というかなり落差の激しいギャップ効果であった。

『あああっ でも、駄目よ! 彼は平民、公爵家の私とじゃ釣り合いが取れなさ過ぎるわっ きっと不幸な結果しか招かないわ……せめて最下層でも良いから貴族なら……貴族…………貴族じゃ無いなら、貴族にしちゃえばいいのよ……』

 誰かと良く似た思考的結論を導き出すエルディネイアだった。






「それじゃ、あたしレティのとこ行くねー」

 兵舎に向う護送馬車と近衛騎士達に、城門を潜った所で降ろして貰った朔耶は手を振って城の玄関口に走って行った。
 朔耶を乗せて来た騎士はポーー……とした様子で手を振り返していたが、仲間に小突かれて我に返ると取り繕うように咳払いして護送馬車の後に続いた。

 城に入った朔耶は階段を上りながらレティレスティアに交感を繋げようとして、レティレスティアの方から意識の糸を寄せて来たのを感じ取った。

――サクヤ、戻りましたか?――
『レティ、うん 今二階に向かってるとこ……ん、二階に着いた』

 レティレスティアはレイス達と皆で五階に居る事を告げ、朔耶は直ぐに行くと答えて階段をひょいひょい上っていく。そして五階に付くと、フレイが迎えに立っていた。

「サクヤ様っ よくご無事で」
「えっへへー 何か悪っぽいの一人張っ倒して来たよ」

 危ない事は控えて下さいと心配するフレイを宥めながら、朔耶は皆の待つ部屋に案内された。


「お帰りなさい サクヤ」
「やほー ただいま、レティ」 

 幾つか並ぶ応接室の一室にはレティレスティアの他レイスとイーリス、それにランバルト公が其々広いソファーで寛いでいた。
 ランバルト公は朔耶を認めると立ち上がって歩み寄り、手を取って口付けを落とした。手の甲に口付けされるなどの経験の無い朔耶は思わず赤くなる。

「まずは礼を言わせて欲しいサクヤ殿。 娘を助けて頂き、感謝の言葉もない」
「あわわ……あ、あたしは偶々だから、その……あたし達が駆け付けるまでルディを護ってたのはドーソンって人ですから、彼も労ってあげて下さい」

 慣れない宮廷流な挨拶にドキドキしながら、朔耶は自分の見て来た事件の詳細を皆に話して聞かせた。既にレティレスティアから大体の話を聞いていたので、細かい部分の説明も交えてかなりスムーズに伝わった。

「なるほど……、では拘束した連中については近衛からの報告が上がるのを待つとして、逃げた魔術士の方だが」
「フエルト卿の選出した魔術士が既に王都の各地へ向かっていますが、確保は困難かもしれませんね……」

 ランバルト公の問いにイーリスが答えるも、内容は余り芳しくないモノだった。
 王国騎士団による帝国間者の洗い出しも成果が上がらず、今回などは公爵家令嬢の誘拐にランバルト公への暗殺命令という脅迫状まで送り付けられる始末。これがフレグンスの現状かと気の滅入る様子が窺える。

「お城の偉い人の中に帝国と通じてる人でも居るんじゃないの?」
「サクヤ様、滅多な事を言うものではありませんよ」

 不穏な発言を諌めるイーリスに、朔耶は肩を竦めて見せる。しかし、この場の誰もがその可能性を考えていた。
 事件のあらましを纏める為、ランバルト公に送りつけられた脅迫状とナイフに付いての話に及ぶと、ランバルト公は懐に仕舞っていた黒い帝国の紋章入りナイフをテーブルに置いて見せる。

「おおう、黒いナイフだぁ ドンピシャじゃん」

 朔耶は『あたしスゲー』とかいいながらナイフを手にとって弄っている。怪我をしやしないかとフレイがハラハラしていたが、朔耶は割と手馴れた感じで扱っていた。

 朔耶の幼馴染にはこういうモノを集める趣味の持ち主がいるので、手入れや切れ味の試し斬り等を手伝う事もあって扱いには慣れているのだ。

「毒や呪いの類は掛かっていなかったと?」
「うむ、普通の暗殺用ナイフのようだ」
「敵は……公の腕を持ってすれば、とでも考えたのでしょうか」

 ナイフを弄っている朔耶の姿を横目に、ランバルト公はレイスとイーリスを交えて敵の狙いについての考察を行った。
 そうして宮廷魔術士であるフエルト卿の暗殺に只のナイフで挑ませる事自体、双方への暗殺の意味があるのではないかという話に纏まって行った。

「どちらにしてもフレグンスの上層は手痛い打撃を受ける事になるし、各指揮系統にも支障を来たす事になっていただろう」
「やはりそういう狙いだったと考えるのが妥当でしょうか」

 今後も同様の謀を仕掛けられる事が考えられるだけに他の貴族達にも注意を呼びかけ、とにかく王都内の警備強化と間諜の洗い出しに力を注ぐしかないという結論に達しようとした時、ナイフを弄っていた朔耶が声を掛けてきた。

「ねえ、これって呪文か何か?」

 そう言って朔耶が見せたナイフは、どうやったのか柄の部分が縦に割られて二つに分割されていた。
 ちょっと目を離した隙に分解しようとしていたらしく、幾つかの部品がテーブルの上に転がっている。その縦に割れた柄の内側に文字のような記号が刻まれている。それを見たレイスは眼を細めた。

「これは……確かに呪文のようですが、内容が途中で切れていますね……発現部分が無い」
「どういう事?」
「分かり易く言えば、弓と矢はあるのに弦が無いような状態です。呪文自体はしっかりしたモノですが、これでは術は発現しません」
「呪文の内容は?」
 
 レイスの説明と朔耶の質問に、皆が耳を傾ける。そして――

「束縛の術……足止め等の罠に使われる触媒魔術ですよ、このナイフの場合なら持つ者の動きを暫らく止める効果がありますね」

 術の効果を聞いて怪訝な表情を浮かべる応接室の面々。術を発現させる部分を刻み忘れたとも考え難く、刻まれていた場合もナイフを握った時点で術が発現するのでランバルト公は自宅で束縛の術を受け、そして暫らく後に術が解けて終わりだ。
 
 その間に公を狙うという計画にも無理がある。束縛の術という罠付きのナイフを作ろうとして途中で放棄したモノを暗殺に使わせる為に用意したというのも何だか奇妙な話だが、偶々帝国製のナイフがこれしか無かった等という理由も考えられなくは無い。
 どうにも腑に落ちないという空気に包まれた応接室に、朔耶の飄々とした声が響く。

「それって、後で付け足して発現は出来ないの?」

 朔耶の質問にレイスは少し考え、色々な可能性を思い浮かべる。もし、このナイフの柄の中に仕込まれていた呪文に意味があるとするならば、その意味に辿り着く為に朔耶の予言染みた直感に頼ってみるのも悪くないと考えた。

「一応、特殊なやり方でなら出来なくもないですよ。一つの呪文を刻んだ触媒を二つに分けて、合わせる事で発現させたり。詠唱魔術で擬似的に二つの触媒を繋いで発現させたり……」
「ソレなんじゃないの?」
「ソレ……とは?」
「だからぁ、例えば――」

 朔耶が思いついた可能性では、ランバルト公がフエルト卿の暗殺にナイフを取り出した時、近くでナイフに仕込まれた術を発現させる触媒を持った人間が術を発現させ、束縛状態になったランバルト公を『フエルト卿を暗殺しようとした!』として殺害する、というモノだった。
 それを聞いた面々はハッとした表情になり、レイスは何時もの微笑を消して冷たい空気を纏い始めた。

「……なるほど、それなら暗殺の標的に選ばれたフエルト卿は真っ先に疑いの矛先から逸らされますね……それが狙いというわけか」
「え? それって?」
「この事件、フエルト卿が怪しいかもしれない、という事ですよ」
「ちょっと待ちたまえレイス殿、それは幾ら何でも短絡的じゃないか?」

 レイスの推理にイーリスが待ったを掛けた。アクレイア家とコースティン家の対立は知っているが、今この問題に両家の確執を持ち込まれては困ると。しかし、その言に対しては朔耶が口を挟んだ。

「レイスはそんなに単純じゃないと思う。 なんか理由があるんでしょ?」

 そう問い質す朔耶に、レイスは何時もの微笑を浮かべて頷いた。

「サクヤは、僕の家とコースティン家が何故 対立しているか、知っていますか?」
「ん~……見解の相違とか?」

 中々鋭い所を突いて来ますねとレイスは苦笑し、アクレイア家とコースティン家が対立する理由を話し始めた。







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