ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
本編
26話:コースティン家の晩餐会【前】




 上流貴族区の一角に建つ豪邸、所々増改築された跡があり、比較的新しい建物部分に晩餐会の会場が設けられていた。
 広い敷地内には沢山の高級感溢れる馬車が並び、今日の晩餐会に参加する者の多さと質を表している。その中でも一際豪華で目立つ大きな白塗りの馬車から降り立った第一王女レティレスティアと、同伴者の朔耶。レティレスティアは白を基調とした金の刺繍入りという何時もの雰囲気を保ったドレス。朔耶は赤を基調とした装飾の少ないワンピース風のドレスという出で立ちだった。



「あ~やっぱ緊張するなぁ」
「大丈夫ですサクヤ、気を楽にして付いてきて下さい」

 流石に堂々とした、それでいて気品溢れる王女の立ち振る舞いでズンズン進んでいくレティレスティアの後を、内心おどおどしながら付いて行く朔耶。動き易さを重視したドレスにして貰ったので蹴躓いてズッコケるような事態にはならないでいた。


「レティレスティア第一王女様、並びに、サクヤ様、ご入場!」


 会場に入ると大きな丸テーブルの上に豪華な料理が盛り付けられた皿がひっきり無しに給仕達の手によって上げられ下げられ循環を繰り返し、見上げれば高い天井から巨大なシャンデリアが会場を照らし、華やかなドレスで着飾った令嬢たちと談笑する貴公子たちが会場を埋め尽くしていた。 最初に料理に目が行く所が朔耶らしいと言えばらしい。
 そんな会場の様子に、やっぱ止めときゃよかったかと早くも後悔の念を浮かべ掛けた朔耶だったが、レティレスティア様御来場の報を受けた会場の視線が一斉に此方を向いた事で思考が真っ白になった。

――サクヤ、サクヤ 落ち着いて、大丈夫よ……――

『レティ?』

 レティレスティアが交感で話し掛けてきて朔耶の意識に触れる。レティレスティアと交感で繋がる事によって、不安の感情を拡散させて緊張を和らげる効果を狙ったのだ。

『ありがとうレティ、楽になったよ』

 互いににこりと微笑を交し、出迎える紳士淑女達に向き直る。 親密な様子で微笑みを交わす二人を見た会場の人々は、『サクヤという娘と王女の親密ぶり』を直に確認した事でますます朔耶の存在に意識を向ける事になった。
 

「ようこそ おいで下さいました、レティレスティア様、サクヤ様」

 主催者であるコースティン家の当主、フエルト卿が人々の輪から出て来て歓迎の意を表する。

「お招き感謝いたしますわ、フエルト伯爵」
「こんばんはー」

 普段の調子を取り戻した朔耶は何時も通りの軽い挨拶をした。 それに気を害した様子も無く、フエルト卿は何処か造りモノめいた笑顔で二人を歓迎した。

「今宵はごゆるりとお楽しみ下さい」




 レティレスティアには早々に貴族のエライさん達が群がっている状態なので、朔耶は一人で会場の料理を物色していた。暫らくうろついていると、よく知った声に呼び止められる。

「よう」
「え、あ、アンバッスさん?」

 朔耶の見慣れた辺境騎士団の甲冑姿ではなく、貴族の礼服を少し窮屈そうにきっちり着込んだアンバッスがワイングラスのボウルの所を掴み、軽く持ち上げて挨拶を寄越す。

「アンバッスさんも来てたんだぁ?」 
「レイスが急用で遅れるからとかの代理でな、奴が来れば帰るし 来なければもう少し飲んで帰るつもりだ」

「わー、そういう格好するとなんか渋く感じるねー」
「ふん……」

「……ていうか、ワイングラスそんな持ち方したら味が変わるとかして駄目なんじゃなかった?」
「飲めりゃいい」

 アンバッスは明日にもクルストスに帰還する為に王都を発つ予定だと話し、『風にあたって来る』と言ってベランダに出て行った。
 朔耶はドレスの事を何も言われなかったのがちょっぴり寂しかったりするのだった。
 
 通常こういった社交的な晩餐の場には主催する家の派閥に組する者だけが招かれるモノなのだが、王族が出席する場合はその限りではなく、出来るだけ大勢の貴族を招待するのが習わしであり、その家の発言力の誇示にも繋がる力の象徴でもある。当然、普段対立する立場の相手も招待する事で家格を示すのだ。

 早速テーブルに並ぶ料理を『喰って』いた朔耶に、如何にして話しかけようかと声を掛けるタイミングを計っては同じ隙を狙って互いに牽制しあう、中流貴族の貴公子達が繰り広げる優雅かつ陰湿で静かな闘いを軽く無視して朔耶に気軽に声を掛ける紳士が一人。

「今晩はお嬢さん、楽しんでますか?」
「はい?」

 金髪碧眼長身に端整な顔立ちの大売出し会場にあっても、一際(ひときわ)存在感を感じさせる雰囲気を纏ったその紳士は自然に朔耶の隣に立つと、騎士の礼に似た挨拶を向けた。

「初めまして、私はアウサレス・ツィット・ジャバールと申します。 王都までの道中、愚弟が大変な失礼を働いたと聞き、兄として御詫び申し上げます」
「え、あ…… ガリウスのお兄さん、ですか」

 そういえば目元とか似てるかなぁとマジマジと見詰める朔耶に、アウサレスは爽やか微笑みを返す。周囲で様子を窺っていた令嬢たちが頬を染めて見惚れていた。

 ジャバール家は門閥貴族の中でも特に交流関係の広い家で、中流層の貴族ともよく婚姻を結んで血縁者を広げている。その為、上流層と交流を持ちたい家々はまずジャバール家をその入り口として、懇意にして貰おうと娘の居る家は積極的に奉公に差し出す。 そんな関係が何代も続いているので、ジャバール家には常に大勢の中流貴族家の令嬢が集まり、家督を継ぐ子息達の御眼がねに適おうと女を磨き、同じ境遇の令嬢達と(しのぎ)を削っているのだ。
 格式を重んじるフレグンスの古い門閥家からはあまり良く思われていないが、ジャバール家で開かれる晩餐会などは、集まった貴公子たちの婚約者探しの場と化す。


「しかし……失礼ながら、ガリウスが血迷うのも分かる気がします。 貴女は実に不思議な魅力に満ちていらっしゃる」

 そんな台詞を囁くように口にしながら、アウサレスは身を屈めるようにして朔耶の瞳を覗き込み、熱っぽい眼差しを向けた。顔が近い。
 思わず頬を染める朔耶に、割り込まれた中流貴族の貴公子たちは一様に肩を落とした。ジャバール家の子息が堕としに掛かったのだ、自分達が束になっても勝てる見込みが無い上に、家柄上それを邪魔立てする事も適わない。

 朔耶とジャバール家の子息の様子を離れた所から観察していたフエルト卿は、内心で満足気にほくそ笑んだ。朔耶の同伴を求めたのはこの晩餐の席で自分の派閥に組する家の者から朔耶の伴侶を出させるという策があったからだ。レティレスティア王女は配下の貴族達に相手をさせて朔耶から引き離してあるので、意図に気付いても後の祭りだ。アクレイア家への招待状には屋敷の修繕費を安く見積もってくれる建築技師を紹介しておいたので今頃は交渉を終えて此方に向かっている最中かもしれない。
 アクレイア家の当主がコースティン主催の晩餐の席に出る事は考えられないので、出席するのは後継ぎのレイスであろう。門閥家の当主が建築技師と修繕費の交渉に出向くなどという事は有り得ないので、そちらもレイスが行う事になる。結果、レイスは遅れて会場にやって来るであろうが、その時は全て手遅れというわけだ。

 密かに会場中から注目を集めているテーブルにはアウサレスに薦められたデザートを四苦八苦しながらも楽しそうに食べている朔耶の姿。
 どうやらあの異国の娘を手中にするのはジャバール家のようだと、中流貴族の貴公子、令嬢方も含めて諦めムード半分に 然もありなんという納得じみた溜め息が吐かれる中、新たに会場入りした門閥貴族の名が呼ばれた。


「レイス・チル・アクレイア様、並びに、フィレイヤ・バーン様、ご入場!」
 

 一瞬、ざわりと会場がざわめき、視線が入り口に集中する。晩餐用の控えめな礼服に身を包んだレイスは向けられる視線を意に返さず普段の微笑で入場し、その後ろに魔術士の出で立ちをしたフレイが続く。
 会場内は直ぐに喧騒を取り戻す。が、先程までと比べてやはり何処か余所余所しい空気が流れ、皆がアクレイア家子息の動向を気にしている事が窺えた。
 レイスは会場を見渡して朔耶の姿を探す。例の赤いジャケット姿で無くとも朔耶の黒髪は目立つので直ぐに見つかった。朔耶は果物類の盛られたテーブルで複雑な形に分けられたデザートと格闘している。その朔耶の傍に寄り添うように立つジャバール家の長男が軽くグラスを上げて挨拶の笑みを向ける。人当たりの良さそうな笑みだが、その眼は敗者を見るような嘲りを含んでいるのが分かった。
 
 軽く礼を返したレイスは相変わらずの微笑を崩さず、真っ直ぐにそのテーブルに向う。控えめだった喧騒が更に静まってざわめきに変わり始めた。俄かに緊張感が高まり始めたその時――

「あれー? レイスじゃん、何時来たの?」

 まるで緊張感の無い声で、ついでに気品や優雅さの欠片も何処かに放置して来たかのように食べ掛けのデザートから顔を上げた朔耶は、何時の間にかそこに居たレイスに目を丸くした。

「つい今し方ですよ」
「サクヤ様、ほっぺに粒が……」

 フレイに指摘されて頬からデザートの粒を駆逐しながら『全然気付かなかったよー』と笑って誤魔化した朔耶は、二人にアウサレスを紹介した。

「この人、ガリウスのお兄さんだって」
「ええ、存じてますよ」
「あ、そうだったんだ? そういえばガリウスの事も知ってたよね」

 『そっかそっか』と納得した朔耶はナプキンで口周りを拭き取り、スプーンを置く。美味しい料理やデザートを十分に食べられたので大満足だ。そして、あまりに親しく話す朔耶とレイスの様子に途惑っていたアウサレスに向き直ると

「デザート美味しかったです。 ありがとね、アウサレスさん」

 と礼を言ってあっさり傍らから離れていった。それを呆然と見送るアウサレスに、レイスは相変わらずの微笑を変える事無く軽く礼をすると、朔耶を連れてテーブルを後にした。

 朔耶はこの晩餐会場に入った時からレティレスティアと交感での繋がりを維持したままだったので、離れていても会話は続いていたのだ。レティレスティアからジャバール家の内情については聞いていたし、朔耶の中の精霊がアウサレスに対する警戒を呼びかけていたので頃合を見計らって距離を取るつもりでいた。
 デザートに夢中になってレイスの入場に気付かなかったのは演技『ではない』のだが、そこは無理に明かす必要も無い。
 朔耶が精霊を通じて感じたアウサレスという人物像は、『あれは相当数の女の子泣かしてるな』であった。ガリウスはまだ分かり易かったが、アウサレスは意図しなければ表面に一切の悪意を感じさせない、ガリウスよりも有能で性質が悪い。

 思わぬ展開に会場では『アウサレス様がお振られになった!』とか『やはりアクレイア家が取り込んで……』などの囁きがざわめきと喧騒の中に交わされる。

「それにしても、随分来るの遅かったね? 何してたの?」
「ええ、ちょっと急用が入りまして……」

 何と無く言い渋るような気配を読んだ朔耶は、勘に引っかかるモノを感じたので、その感覚を信じて追求してみる事にした。

「フレイ、急用ってなんだったの?」
「え! あ、あの……」
「なにかな~? あたしに言えないコトかな~?」
「い、いえそんなっ 屋敷の修繕費の交渉で……」

 小さい針で刺されたように頬を引き攣らせるレイスに、フレイはあわあわと両手で口を塞いで慌てたがもう遅い。周囲から失笑に似た気配が上がる。普通、門閥家と並び称される大貴族が屋敷の修繕費を『交渉』するなどはあり得ない。恥とさえ考えられる。職人に要求された費用を服に付いた糸屑を掃うが如くポンと払えるのが門閥貴族としての敬われる姿だ。
 事ここに至ってアクレイア家の没落振りが明確に晒された形となった。しかし朔耶は尚も追求の手を緩めない。
 
「へぇー何処か安い所見つかった?」

 レイスは朔耶の意図を測りかねて途惑った。プライベートな空間での会話ならこういう話にも問題は無いが、コレだけの貴族が集まった公衆の面前で話す内容ではない。この話題はアクレイアの家名に傷を付けるモノだ、朔耶にもそれは分かる筈だ、と。
 抗議と自重を促す気持ちを込めて朔耶の眼を見たレイスは、その黒い瞳に宿る『気配』を纏った光に息を呑んだ。

『何か、策があるのか……?』

「ええ……、実は招待状の中に良い建築技師の紹介状がありまして」
「そうだったんだぁ? じゃあそれってフエルトさんが紹介してくれたって事?」

 そう言って振り返り、離れた場所から此方の様子を観察していたフエルト卿に視線を向ける。視界の外に居た筈なのに迷い無く自分の方を向いた朔耶に、フエルト卿は一瞬たじろいだが、取り繕うように愛想笑いを浮かべてお辞儀して見せた。

「ええ、そのようです」
「そっかぁ、良かったじゃん」

 会話に聞き耳を立てていた……というか、会場にいるほぼ全員が朔耶とレイスの会話に耳を傾けていたのだが、今の話ではフエルト卿がアクレイア家を支援したような意味になり、それはアクレイア家がコースティン家の門に下った事を感じさせた。レイスもそういう意味に取られるであろう事を危惧して黙っているつもりだったのだが、朔耶のやけに押しの強い追求に乗って話してしまった。

『さっきの貴女の瞳……、僕の単なる思い違いなのか、或いはどんな策でこの状況からアクレイア家を立てる事が出来るのか』

「でもさ、そんな状況で大丈夫なの? あたしの工房作ってくれるって言ったけど」
「いやあ……それは、なんとかしますよ」

 もうここまで来るとレイスに会話の内容をコントロールする事は出来ない。出来ても今更、取り繕うには手遅れだ。なので朔耶に問われるがまま答える事にした。

「あたしとしては、家が建つまでには欲しい所なんだけどね~工房、流石に衣食住頼っちゃってるレティにこれ以上は甘えられないし」

 そんな事を言いながら、飲み物を取りに近くのテーブルに歩いて行く。数人の貴公子と令嬢が思わず道を開けると、朔耶はにっこり笑って礼を言った。そして気楽に話しかける。

「これ、お酒とかじゃないですよね? あたし飲んで大丈夫かな……?」
「え……あ、あの、それは一応お酒ですから……飲み物でしたらこちらの果物を搾ったモノとか如何でしょう」
「これ?」

 勧められたグラスを取って口を付けると、果物の甘酸っぱい味が広がる。

「ん……おいし」

 王家と関わり深い異国の客人、何処か異質な雰囲気を纏う少女に中々声を掛け難かった中流貴族の貴公子達から、緊張と近寄り難さを感じていた意識の壁が取り払われ、遂に彼等の方から接触が試みられる。

「サクヤ様は工房をお開きになりたいと先程聞き及びましたが」
「うん、でもねー肝心のレイスがねー」

 じと目で視線を向ける朔耶に、向けられたレイスはもはや恐々とするしか無く肩を竦めて見せる。そうして何も言い返せない、没落した大貴族からの自分達への牽制や睨みが無いと分かった彼等は一気に攻勢に出た。ここで朔耶の信頼を得る事が出来れば、王女を通じて王家への心象も上がるというモノだ。

「で、でしたら我が家が支援致しましょう。家は職人を雇った工房を開いているので、直ぐにでもご用意できますよ」
「サクヤ様は民芸品をお作りになるとか、私の家は一般区に店を幾つか持っていますのでサクヤ様の作品を棚に置く事も出来ますよ」
「工房をお開きになるのでしたら材料の仕入れ先を探さねばならないでしょう、家はキトの業者にコネがあります、是非家を頼って下さい」

 次々と売り込みを掛ける中流貴族の貴公子達、同じ中流貴族でも彼等のように工房関係や自前の店など、商売に関する事業を手掛けていない家の者達は売り込めるモノが無い為、指を咥えて見ている事しか出来ずに歯噛みする。この状況で談笑にて親睦を深めようなどというアウサレスの二の舞を踏む行いを選択出来る程の愚か者はいなかった。

「本当? うわー助かるなぁ、でもあたし通商の事とかこの国の工房事情とかよく分からないから……レイス、任せてもいい?」

 はっとしたレイスは、剥がれそうになった微笑を維持したまま頷き、それを承諾した。

「ん、それじゃあ……あたしの工房はちょっと特殊なものになると思うので、詳しい事は全部レイスに任せます、彼を通じて支援を宜しくお願いしますね」

 そう言って軽く頭を下げた。しばしポカンとしていた売り込み組みの貴公子達は、我に返ると一斉に青褪めた。『やられた!』と。
 これでは結局サクヤの工房造りはアクレイア家主導で行われ、アクレイア家は朔耶の工房関連を名目に彼等の家に資金を要求する事が出来る。断れば『自分から持ちかけておいて金を出さない信用に値しない者』として、レイスから朔耶へ、朔耶から王女へと伝わる事で王家からの心象は最悪なモノになる。財布の紐をアクレイア家に握られてしまったのだ。
 出せばその資金でアクレイア家の復興を助ける事になり、そうするとコースティン家から目を付けられる事に。派閥からは弾かれる事になるだろう。『終わった……』と、将来の展望が閉ざされた事に絶望を感じていた彼等の耳に、朔耶とレイスの会話が入る。

「レイスの家が全部取り仕切ってれば『あたし』の作った道具を『独占』出来たのに、惜しかったねー」
「いやあ、ままならないものです」

 『サクヤ』の『独占』、絶望の淵に立たされていた彼等はそこから希望の光を見た。『そうだ、これはアクレイア家の独占を防いだ事になるじゃないか!』そう考え、改めて自分達の立ち位置を冷静に考える。
 アクレイア家は第一王女(レティレスティア)王妃(アルサレナ)とも懇意の関係にあるサクヤとかなり親密である事は、先程のやり取りでも明らかだ。そうなると経済的な問題さえ乗り越えればアクレイア家の復興は約束されているも同然。いくらコースティン家が宮廷魔術士長の座に就いていようと、第一王女と王妃による王への口添え効果に比べれば一介の魔術士長に出来る事など知れている。
 アクレイア家が彼女を独占するという事は、第一王女と王妃への進言権を常に独占的な形で有するという事だ。それは王室の権威にすら触れていると言っても良い。そこに自分達は割り込んだのだ。サクヤ本人から宜しくお願いされているのだから、それに応える限り第一王女と王妃の心象も良くなる筈。そして自分達も彼女を通じての進言が行えるのだ。
 
 アクレイア家によるサクヤ独占を阻止したという名目でコースティン家にも面目が立つし、経済支援でアクレイア家へに恩を売る事も出来る。そのままアクレイア家が復興を果たせば、それを助けた自分達に対するサクヤの覚えも良くなるだろう。どちらに転んでも損は無い。
 そこまで思い至って、支援の約束をした中流貴族の貴公子達はようやく引いた血の気を取り戻した。

「あ、侍女さーん。ちょっとあたしの袋持ってきて」

 朔耶は城からこの屋敷まで一緒にやって来た侍女さんが会場の入り口の隅っこに控えていたので声を掛け、馬車の中に置いてきた荷物を持ってきて貰う。袋の中身は城でレティレスティアがドレスを持って部屋に来るまで暇つぶしで作っていた魔力石ライターだ。石が簡単に削れる理由が分かってからは、以前よりも更に自在な削り出しが出来るようになったので、粘土をこねるが如くの勢いで十数個は組上げた。品質チェックも済んでいる。それを持って支援の約束を取り付けた貴公子達の所に行くと――

「これ、お近付きの印にどうぞ」

 そう言ってサクヤ印の魔力石ライターを渡した。魔術式ランプに慣れ親しんでいる貴族にとっても、これほど小型で色々と使い道がありそうな珍しい道具は有難い贈り物だ。貴公子達は喜んで受け取った。

「それにしても良く出来た魔術式ですな、ここまで小型でこれだけの火を灯せるとなると、触媒は一体何を使っているのやら……」

 魔術式の日用品を扱う店を持っている家の貴公子が物珍しげに魔力石ライターの触媒を推測していると、彼等にとっては思いも寄らない答えが朔耶によって告げられる。

「それ、魔術式じゃなくて魔力石を使ってるんですよ ほら」

 袋の中のライターの一つをパカっと開いて中を見せる。そこには細かく色々な形に削り出された石が整然と並んでいて、朔耶が其々の箇所を指しながら丸く削り出された魔力を溜めて置く部分や、同じ形の細く短く削られた楔型の石が何段も重なり、その部分で火属性の効果がどの位まで引き上げられているかなどの説明をすると、この道具が如何に希少性の高いモノかを理解し、そんな希少品を渡される事への意味を考えて緊張で再び血の気が引いて行く貴公子達。まさか暇潰しで作られたとは思わない。

「あ、あの コレを与えられるという事は……もしやレイス殿にもコレを?」
「我々の他にも、与えられている者が?」

「うん? 護衛隊のみんなとか侍女さん達とか、勿論レイスも持ってるよね?」
「ええ、ちゃんと持ってますよ」

 懐からライターを出し、火を灯して見せるレイス。そして……

「一応、信頼できる人とかに渡してあるから」

 それは特に深い意味があった訳でも無く、単に言葉そのままの意味で言った『だけ』だったのだが。朔耶の言葉にライターを貰った貴公子を初め、周囲の人々の視線は小さな火を灯すライターに釘付けになった。
 
 ――信頼する者だけに与えられる――

 つまり、アレを与えられた者は王家から異例の待遇を受け続ける程に第一王女、王妃と懇意の者から信頼出来ると認定された者。
 アレを与えられるという事は、第一王女、王妃からも信頼を得うる、王家からの『信頼の証』だ。……と、言われたも同然の効果があった。

 『しまった、手土産くらい用意すべきだった』『なんて事だ、何の準備もしてこなかったぞ』『まだあの道具は用意されているようだし、枠は残ってる筈だ……』

 会場の喧騒は三度、空気の違ったざわめきに包まれていた。最初はサクヤを手中に収める家は何処か、次はアクレイア家の子息の動向。そして三度目、残りの『信頼の証』を与えられる者は居るのか、それは誰になるのか。 ……ぶっちゃけ、大誤解である。


 そんな探り合いにも似た空気を漂わせたまま、晩餐会は夜の部へと移っていく――







+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。