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本編
25話:迎えの儀



 
 王の間は謁見の間より一つ上の階にあり、ここに入れる者は王族と王族に許された極一部の関係者のみである。
 謁見の間より上の階は王族が住まう為の家のような位置付けになっており、ここは言わば王族の家の広間のような場所で、差し詰め謁見の間は玄関口と言える。
 この王の間に招かれた朔耶を客人として迎える式に立ち会っている人物は朔耶本人の他、王の一族と宰相、王家と血縁的な所縁もある門閥貴族の当主数名、宮廷魔術士、それに近衛騎士団長イーリスと副団長以下数名。

 朔耶は赤い光沢のあるコートとしてお馴染みのジャケットにズボン姿という、凡そ国王の御前に相応しくないハイキングGOGOな格好だったのだが、遠方の異国より参った魔術士であるとの王妃アルサレナによる事前説明もあってか、目立つ上に此方の世界には馴染みの無いデザインのジャケットは魔術士のイメージをよく表している様にも捉えられ、朔耶の外見的容姿とも相まって寧ろ民族衣装的な崇高さを醸し出し、貴族の礼服と遜色ない出で立ちとして認識された。
 朔耶本人だけが内心で自分の場違いっぷりに眩暈を起こす気分でいるのだった。

 そんな中、式は粛々と進められ……といっても朔耶を客人として迎えるようレティレスティアが王に進言し、王が如何なる理由を持ってかを問い、レティレスティアがそれに応え、王は王妃に相談、王妃は賛成、王は宰相に相談……という形式に則った手順を消化していくだけのモノで、朔耶は時折「はい」とか「有難う御座います」とか式の進行に従って合いの手ばりの言葉を口にするだけだった。
 朔耶が客人として迎えられる事は既に決定事項であり、これも仕来たり。王の間という舞台で決められた役をこなして行くだけの儀式なのだ。今のフレグンスの王はこういった形骸的な儀式も廃止して行きたい方向で考えているのだが、王家を支える古い門閥貴族の重鎮達は中々それに賛成出来ない立場をとっていた。


「では、異国より参った魔術士サクヤをフレグンスの客人として迎えよう」

 式は王の言葉で締め括られ、『やれやれ、やっと終わったか』と肩の力を抜いていた朔耶に、宰相が一つ質問を投げ掛けた。

「所で……貴女はこの国でどのように過される御つもりですかな?」

 衣食住は王室によって保障されているので、朔耶のすべき事は精霊術を学んで元の世界に還る為に強い力を持つ精霊を探し出し、契約する事。だが朔耶の事情については伏せられているので、朔耶の今の状態を知る者は王族でも王と王妃(アルサレナ)第一王女(レティレスティア)のみに限られている。他にはレイスやフレイ、アンバッスといった護衛隊の一部の人間も朔耶が異界の人間だと知る者もいるが、彼等は朔耶が精霊と重なっている事までは知らない。

「あたしは…… なにか人の役に立つ道具でも作りながら、後は適当に過そうかなと思ってます」

 朔耶は『適当に過します』と答えようとして、それではあんまりにも格好が付かないと思い直し、尤もらしい過し方(面倒でない方向で)は無いかと考えた結果、道具作りがあったと思い付いてそう答えた。
 その答えを聞いた貴族のエライさん達が何やらぼそぼそと囁きあう。宰相の朔耶に対する質問は単なる興味本位や気紛れの類ではなく、本人に直接質問する事が憚られる彼等門閥家の面々の為に向けられた質疑応答のようなモノだ。
 王家の客人にどの様に接していくか、どのような立場をとるのか、彼等の判断をある程度補佐する為にこうして朔耶の情報を提供する。

「ほう…… 工房をお開きになると? サクヤ殿は如何なる技師の技をお持ちで?」

 そんな大袈裟なものじゃないんだけどなぁと、朔耶は内心の苦笑を隠しながら何と答えるか逡巡し、そのまま答えるしかないという結論に至って答えた。
 
「魔力石を加工する技術です」

 宰相は『さぞ珍しい民芸品をお作りになるのでしょうなぁ』と社交辞令も交えて質問の終了を言外に示し、門閥家のエライさん達も頷き合って了承した。
 彼等は皆、一様に朔耶は異国の手工芸職人だろうと考えた。魔術士であるとも聞いていたが魔術自体は習えば誰でも修得出来るモノであるし、宰相の質問に対して魔術の修学に関する言も無かった事から、魔術士としての面には特に見るべきモノもあるまいと判断した。
 第一王女(レティレスティア)の詳言にある光の魔術で助けられたという話も、偶々上手く立ち回った結果であろうと推察する。大なり小なり、魔術にはそれを可能にするだけの力があるからだ。

 ちなみに、バーリッカムの庶民の間で噂されるサクヤ式送風機の事などは彼等門閥家のエライさん達にまで伝わっていない。身分の厳格さは噂の出所に対する印象や信用度にも根深く影響している為、下賎の者の噂などを当主の耳に入れるような真似をすれば、自分の首が飛ぶ諜報役の者達が報告を上げていなかった。


「それでは、これにて迎えの式を閉じるとしようか」
「父様、少しお待ちを」

 式を締めようとした王に、レティレスティアが待ったを掛けた。僅かに怪訝な表情を見せる王や宰相、門閥家の面々。朔耶も『なんだろう?』という表情をしていたが、王妃(アルサレナ)はレティレスティアの意図に気付いたのか、困ったような呆れた表情を浮かべていた。そんな中、レティレスティアは近衛騎士団の控える一角に声を掛ける。

「イーリス」
「ハッ」

 レティレスティアに呼ばれた若き近衛騎士団長が、その表情に若干の緊張と戸惑いの色を滲ませながら歩み出て来る。周囲の人々は一体何事が始まるのかと困惑気味の者もいれば、詳しい経緯を知っている者がそれを囁き合い、小さなざわめきの中に『正式な婚約発表では無かったか』とか『では、断罪か?』などの声が混じっている。
 朔耶もここに至ってレティレスティアの意図を理解したが、困惑と猜疑心と納得が心中で渦を巻いていた。

『何で態々こんな公の場で? もしかして態と? それともやっぱり天然?』

 レティレスティアの前まで歩み出たイーリスが膝を付いて礼を取る。

「イーリス、サクヤは貴方の罪を赦して下さるそうです。 条件は昨日お話した通り、異存はありませんね?」
「はい」

 また一つ小さなざわめきが起きる中、イーリスが立ち上がって朔耶の前に立った。

「近衛騎士団長イーリス・エルグランディです。 あの時、浅はかにも確認を怠り、貴女を傷付けた事を深く御詫びします」
「さあサクヤ、約束です。 遠慮なくどうぞ」

 やっちゃって下さいと言わんばかりのレティレスティアに、朔耶は『やっぱり天然だったか』と乾いた笑みを浮かべた。一発殴って赦すというような蛮行とも言える取引はこんな公式の場で交わされて良い類のモノでは無い筈なのだが、イーリスが赦される事と朔耶との約束を果たす事で頭が一杯のレティレスティアは、式が終わってから自分達だけでという方法に考えが至らなかったようだ。

 大勢の人の前で男性を殴るという行為を躊躇わせ、有耶無耶の内にイーリスを赦した事実を多くの証人と共に勝ち取る。といった策を仕掛けて来たのならレティレスティアに対する見方を変える必要があるのだが、『ありえないわね』と朔耶は画策説を一蹴した。王妃やイーリス当人の様子からしても、そういった意図を隠してレティレスティアに口添えをした様子も無い。

『やっぱり教育の必要があるわね……』

 何処と無く黒いオーラを漂わせた雰囲気の朔耶に視線を向けられたレティレスティアは、ビクッと肩を震わせながらも自分が今何に脅威を感じたのか分からずキョトンとしていた。その仕草が可愛かったので『よし赦そう』と、レティレスティアの天然については流す事にした朔耶は、改めてイーリスに向き直った。

「あ〜…… レティの天然はおいとくとして、一応約束だから」
「ええ、分かっています」

 イーリスも朔耶と同じような結論を導き出したのか表情から戸惑いと緊張の色は消え、寧ろリラックスしているようにも感じられた。

「言っとくケド、手は抜かないから 本気で行くわよ?」
「ええ、どうぞ。例え手を傷めても直ぐにレスティア様が癒してくれますから、安心して思いっきり殴って結構ですよ」

 このやり取りでこれから何が始まるのかを理解した周囲の人々は、呆れ半分、微笑ましさ半分という面持ちで事の成り行きを見守った。呆れ組みは宰相を始めとする門閥家のエライさん組、中には好意的に見る武闘派の者も居たが……。微笑ましい視線を向けているのは王や近衛騎士団の騎士達だった。

 遠い何処かの地からやって来たという黒髪に黒い瞳、見た目も小柄で華奢な身体つきをした異国の少女。近衛の甲冑を着込んだイーリスと向かい合えば頭一つ分以上の身長差があり、体躯からして大人と子供が向き合っているように見える。そんな団長を相手に勇ましく凛と見上げる朔耶の姿に微笑ましさを感じてしまうのも致し方ない事だった。

 のだが…… 呆れる視線も、微笑ましさを感じさせる視線も、イーリスの朔耶を労わる言葉も、『(あなど)られてる?』と感じた朔耶の負けん気を刺激する燃料として、その闘志に火を点けてしまった。

 スッと腰を落として半身の姿勢をとり、左手をヘソの下辺りに水平に降ろして右手は斜め横に流しながら水面を滑らせるようにゆっくりと円を描き、息を吐ききり自然に吸い込む所で、大樹の根が養分を吸い上げるように踵から大地の気を身体中に吸い上げるというイメージの呼吸法を使って右手に力を収束させていく。

 そんな朔耶の様子に『何か体術の心得があるようだ』と、小柄な少女の放つ異国の体術に興味を示す微笑まし組の面々。やっぱり微笑ましい視線は変わらない。何せ相手はあの近衛騎士団長イーリスである。

 十九歳という若さで近衛騎士団長に任命されたのは、家格による序列で巡って来ただけではない。卓越した槍捌きの技は他の団員の追随を許さず、王国騎士団長や辺境騎士団長にも試合で打ち勝った事がある。若さゆえの判断に甘い部分もあるが、その実力は折り紙つきだ。

 あの小柄な少女の渾身の一撃を受けて涼しい微笑みを返し、少女がその黒い瞳を瞠って唖然とする様が思い浮かんで自然と頬が緩む。団長の事だからあの少女の手を傷めない様に上手く衝撃を吸収する体術を使うのだろうなぁと、近衛騎士団副団長以下この場に控える騎士達は団長の体裁きの技を見逃すまいとその瞬間に注目した。


「い な ず ま ――――」

 朔耶の右手が青白く発光し始め、周囲のざわめきがどよめきに変わる。
 やがて光は強い白色の閃光を瞬かせながら青白い軌跡が弧を描いて――――

「びんたーーーーー!!」

 パカアアァァン!!

 閃光が落雷のような轟音を響かせながらイーリスの左頬に突き刺さった。
 朔耶はビンタを振りぬいた体勢で残心中。

 一瞬にして静まり返った王の間で、頬から白い煙をゆらゆらと燻らせたイーリスの身体がゆっくりと傾いて行き、そのまま倒れ込み掛けた所で朔耶に支えられてガシャリと膝を付いた。イーリスは目の焦点が合っておらず、『稲妻ビンタ』の衝撃で脳が揺さぶられて脳震盪を起こしていた。

「レティ!レティ! 早く治療してあげて」
「あ…… は、はい!」

 自分でやっておきながらも心配そうにイーリスの身体を支えている朔耶の姿に、近衛騎士達は『団長に膝を付かせた!』と驚嘆し、エライさん組は目を丸くしながら『やはり魔術士が本分なのか』と朔耶に対する認識を修正するに至った。

 こうして朔耶を客人として迎える式は、最後に朔耶の強烈な印象を植えつける余興を持って幕を閉じた。





 式を終えた朔耶は一旦与えられている部屋に戻ると、荷物を纏めて何時でも移動出来る準備を整えていた。
 王室による衣食住の保障で朔耶の住む家が一般開放区画に建てられる事になっており、家が建つまでは城内に生活の部屋を用意してくれるとの事だったので、部屋の準備が整い次第、そちらに移る。

 本来なら家が建つまでの間は街で宿を取らせるなどするのが普通で、貴族の身分に無い朔耶が一時とはいえ城に住まう事を許されるというのは前例の無い余りに異例の待遇だったのだが、第一王女(レティレスティア)だけではなく、王妃(アルサレナ)とも懇意になっているらしいという話を聞いた門閥家の面々も『それならば致し方あるまい』と不満の矛を下げた。

 そこまで王家との関わりを深くしている人物を現段階で城の外に置く事の方に問題がある。あの娘はまだ何れの家とも交流を持っていない、唯一クルストスから護衛の任に就いて来たアクレイア家が引き込みに動きそうだが、没落しているとは言えアクレイア家は由緒あるフレグンスの大貴族なので、これを機に家の復興を目指すのも良い。

 だが上流貴族入りを狙っている血筋も浅い中流の成り上がり貴族達が、あの娘を通じて王家に取り入ろうとするのは面白くない。街に置けば門閥家の自分達より中流貴族達の方が手を出し易いし動きも早いだろう。

 そんな思惑も働き、朔耶が城に住まう間の生活支援を申し出る家もあった。今の内に自分達との繋がりを見せておけば、一般開放区に下りた後も下手に手出し出来ないよう釘を刺す事が出来る、と。


 元々少ない荷物は直ぐに纏まり、部屋で手持ち無沙汰になった朔耶はベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせながら王の間での事を思い出していた。国王様と王妃様、宰相や門閥貴族のオジサマ達、レティレスティアとイーリス、近衛騎士団の騎士達、そして……

「宮廷魔術士…… あの人がコースティン家のフエルトさんか」

 朔耶が思い出した印象では、見た感じ三十台半ばのひょろっとした痩せ型で のっぺり顔、生え際の後退かおでこが広い。神経質そうな雰囲気を纏っていて、式の間も殆ど喋っていなかった。旅の途中で侍女さんから聞いたアクレイア家とコースティン家の確執の話では、コースティン家の代表がインチキをしたという話だった。

「魔力測定器、持って行っとけばよかったかな?」

 ごろりとベッドに転がり、朔耶はベッドの天蓋の裏に描かれている宗教画っぽい絵を眺めながら、これからの事を想って眼を閉じた。
 
『レイスと話して、手伝えそうなら家の復興に協力する……。レティや王妃様が味方についててくれるから、そんなに危険は無いと思うし、難しい所はアドバイスを求めて…… あたしはあたしの出来る事をする。 後はレイスの頑張り次第だよね』

 ふいに、レティレスティアの気配を感じて身体を起こした朔耶は、静かに扉の前に立った。 コンコン、と控えめなノックがされる。

「いらっしゃい」
「きゃっ」

 ノックした瞬間に扉を開けると、ノックした体勢のまま小さく悲鳴を上げて飛び上がるレティレスティア。古典的な驚かし方に理想的な引っかかり方をしてくれる。レティレスティアの気配を感じ取れたのは昨夜の交感が原因だろうと、朔耶は意識の奥から湧き出して来る別の意識を感じ取り、それを理解できた。

「あははは もう、レティは可愛いなぁ」
「さ、サクヤ…… 酷いです」

 『サクヤって実はいじわるなんですか?』と拗ねるレティレスティアを宥めながら部屋に招きいれる。

「イーリスは大丈夫だった?」
「はい、特に外傷もありませんでしたし、丈夫な人ですから」
「そっか」
「近衛の人達が皆驚いてましたよ?」

 コロコロと笑いながら楽しそうに話すレティレスティアの様子に、朔耶は本当に問題無さそうだと安心した。




「実は、サクヤに相談がありまして……」

 レティレスティアは部屋に尋ねてきた理由を話す。それによると――

「晩餐会ねぇ」
「はい、サクヤにも是非出席をとの事でしたので、こうして伺いに来たのですけれど」

 王族に課せられた責務の中で、レティレスティアの日課の一つに晩餐会の招待に断りを入れる務めがある。
 毎日、門閥家から送られて来る晩餐会への招待状に断りの返事を書くという、王家を支える其々の家とバランスよく距離を保つ為の、これも一種の仕来たりのようなモノだ。

 招待を受ける場合は予め順番が決まっており、最も勢力のある家から順に受ける事になる。また状況に応じてその家が何らかの功績を果たした場合や、逆に何らかの失態を犯した場合等にも、王家からのその家に対する信頼を示したり、寛大に処理するというサインを示す為に招待に応じる事がある。

 招待状を送れる家は上流貴族区に住む極一部の大貴族だけで、中流貴族達は彼等の派閥に属する事で晩餐に招いて貰い、他の家と交流を深めたり、王家への売り込みに勤しむのだ。
 そして今日は招待を受ける日で、その相手はコースティン家だった。

「態々あたしを呼ぶって事は、やっぱり政治的な駆引きでって意味なんだろうねぇ」
「ええ、そうだと思います…… サクヤの同伴は断りましょうか?」
「……相手はコースティン家なんだよね?」
「はい、この国の宮廷魔術士を務めている家ですわ」

 朔耶は考える。レイスのアクレイア家と相対するコースティン家からのお誘い。恐らく……というか十中八九、アクレイア家に対する牽制の意味もあるのだろう。

「敵情視察ってのもいいかもね……」
「はい?」

 『別に敵じゃないけど』と思いつつ、首を傾げているレティレスティアに参加する事を告げた。

「よろしいのですか?」
「うん、あーでも あたしテーブルマナーとか全然駄目だわ、ダンスとかも踊れないし」
「ふふっ 立食パーティーですから大丈夫ですわ。 あ、そうだわ! サクヤのドレスを準備させないと」
「ドレスかぁ……」

 ぽんっと胸の前で手を合わせて『どんなのがいいかしら』と朔耶に似合いそうなドレスを頭の中でコーディネイトするレティレスティアの傍らで、朔耶は自分のドレス姿を想像しようとして何故か少女戦隊モノの衣装が思い浮かび、だめだこりゃとレティレスティアに丸投げするのだった。



 その後、レティレスティアが大量のドレスを持った侍女たちを引き連れて朔耶の元にやって来たのは、昼食を終えて晩餐会への迎えが来るまでの暇つぶしに魔力石ライターの制作をしている時だった。

「さあ! 試着してみましょう!」
「それ、全部試すの……?」







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