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今回はちょっとややこしい説明が大部分を占めてます。
本編
24話:異界の魔術士




「な、なんかエロくない? この格好……」

 地下の精霊神殿に案内された朔耶は、身体が薄っすらと透けて見えるベールのように薄い儀式用の衣を気にした。
 湯浴み場でいきなり王妃アルサレナと対面した事に慌てた朔耶だったが、粛々と清めを勧めるアルサレナに手取り足取り裸の付き合いでお清めの仕方を教わり、『では、参りましょう』と渡された儀式用の衣を纏った頃にはすっかり落ち着きを取り戻していた。

「私はもう慣れましたわ」

 神殿の儀式で朔耶と一緒に居られる事が嬉しいらしいレティレスティアは、可憐に綻ばせた顔を見せながら朔耶の手を取って神殿の奥へ誘った。

「じー……」
「? サクヤ? どうかしましたか?」
「いやぁ、結構大きいんだなぁと思って」
「え? あ……、きゃあっ」

 朔耶の視線から言葉の意味を理解したレティレスティアは慌てて胸元を隠しながら頬を染めた。
 今までこの場所で儀式をする際、傍に居たのは常に母アルサレナだけだったので、薄い儀式用の衣も透けて見える身体も慣れてしまえば特に何も思う所は無かったのだが、こうも分かり易く他者の視線を浴びると羞恥の念が蘇える。

「レスティア、サクヤ、神聖な場ですよ。 戯れは余所でなさい」
「す、すみません……」
「ご、ごめんなさい……」


 神殿の奥にある儀式の間は広い円形のホールになっていて、中央に一段高くなった精霊石の祭壇があり、周りは膝辺りまでの地下水で満たされている。
 アルサレナに促されて祭壇の中央までやって来た三人は車座に向かいあって座った。そしてレティレスティアと朔耶の顔を見渡したアルサレナは徐に口を開いた。

「さて、サクヤ……貴方は自分が今どのような状態に在るか、分かっていますか?」
「いえ…… 精霊が重なってるって、どういう事ですか?」

 朔耶の答えに一つ頷いたアルサレナは、すっと手を振り何かを唱えた。すると周囲を満たしている水の一部が盛り上がり、一個の水球を形作って空中に浮ぶ。
 水球は車座に座る朔耶達の間にふわふわ移動して来ると、そこに留まった。朔耶は『おお〜』と珍しそうにそれを観察している。

「まず、この水球を世界を満たす『精霊という存在そのもの』と仮定しましょう」

 精霊はあらゆる場所、あらゆる物に宿り、それは一瞬の雷鳴や雨粒の一粒にまで及び、世界は『精霊という存在そのもの』の中に在ると言っても過言ではない。
 世界を満たす『精霊という存在そのもの』は只、存在しているのみで、そこに特定の意思は無いとされている。しかし大きな一定の方向性があり、それが世界の姿を大きく変容させる事無く維持させている。それを『大いなる意思』と呼ぶ。
 
「私達が交感する精霊とは、この『精霊という存在そのもの』と同質で在りながら個の意識を持ち、『精霊という存在そのもの』の中に在りながら別の存在として在る精霊を指します」

 アルサレナは指をすいっと動かし、水球の中に氷の粒を作って見せた。水球が『精霊という存在そのもの』で氷粒が『個の精霊』を表している。

「先程、精霊はあらゆるモノに宿ると言いましたが、実際には『宿っている』と言った方が正しいでしょう。あらゆるモノがそこに存在を始める前から、既にそこは精霊に満たされている訳ですから」

 そう言ってまた指を動かすと、祭壇の脇の水の底に沈んでいた砂粒がまるで時間を逆回ししたように空中を上って来て水球の中に流れ込むと、その中で街を形作った。朔耶はそれらの現象に感嘆しながら見惚れている。

「簡単ではありますが、世界と精霊の関係はこのような状態であるとまずは理解して下さい」

 こくりと頷く朔耶を見て『よろしい』と満足げに微笑んだアルサレナは、水球の中に作った無数の氷粒をぐるぐると動かしながら次の説明にはいる。

「このように個の精霊は『精霊という存在そのもの』の中で個別の存在となって、ある者は水を司り、ある者は風を司り、交感者と意思を交わす事で様々な恩恵を与えてくれます。彼等は只、求められた事を与えてくれる存在とも言えます。精霊は人の善悪など超越した所にいる存在なので、交感者が善人であろうと悪人であろうと、訳隔てなく恩恵を与えてくれます」

 水球の中でくるくると動き回り、現れては消えるを繰り返す氷粒の中に、幾つかじっとその場から動かない氷粒があり、それは徐々に他の氷粒よりも大きくなっていった。

「そして長く世界に留まった精霊の中には、他の精霊達よりも若干意思の育った状態の者も居ます。彼等とはより明確な意思の疎通が可能となり、また僅かながら感情の類が見られるようにもなります。そういった古い精霊とは契約を交す事で繋がりを持ち、常に共に在る事が出来るようにもなります」

 砂が集まって人を形作り、その周りに大きめの氷粒が集まる。そして氷粒から糸のような細い氷の線が砂人形に繋がった。

「個の精霊の力はその精霊の意思によって働くと考えられます。その力の源は『精霊という存在そのもの』にあります。個の精霊の意思が強ければ強い程、『精霊という存在そのもの』から引き出せる力も強くなると考えれば分かり易いでしょう」

 個の精霊の意思は人のそれと比べると遙かに薄弱で希薄なモノだ。なので交感者の求めに応じて発現させる現象もその精霊の意思の強さに比例する。交感者の交感能力が高ければ、より広範囲に、より意思の強い精霊に求めを乞う事が出来るようになる。

「さて、そこでサクヤの今の状態ですが、どういう理由でなのかは分かりませんが、サクヤには個の精霊が交感状態で結びついています」

 人を模った砂の塊に氷粒が融ける様に入り込み、半分凍ったまま一体化した。

「それって……あたしの身体の中に個の精霊が居るって事ですか?」
「そうです、もっと正確に言えば、貴方の魂と絡み合っている状態ですね」

 通常、交感状態に入るという事は精霊と心を通わせる為に自ら心を開いて精霊と触れ合う行為である為、その状態を維持するには少なからず集中を続ける必要がある。
 精霊との交感を深める修練を積む事で、その感覚を覚え、磨き、通常時に僅かな祈りで精霊に呼びかけて力をかして貰えるようになる。それが精霊術の基本でもある。今の朔耶は心の奥で精霊と深く繋がったまま普通に過ごしている状態にあるという。

「さらに、これは…… 素晴らしい事、とも言えますが…… 寧ろ危険な状態でもあるのです。何しろ貴方と深く繋がっている事で貴方の意思がそのまま貴方の中の精霊を通して『精霊という存在そのもの』の力を発現させている状態でもあるのですから」

 アルサレナが視た朔耶の状態は、朔耶の意思がそのまま精霊の意思として発現している状態。
 朔耶の中にいる精霊の意思も確認は出来るが、やはりより強い意志として在る朔耶の意思に()かれる様に、朔耶の意思を精霊の力に乗せて発現させている。つまり、朔耶自身が自らの意思で精霊の加護などの力を発現させる事が出来るのだ。

「あ…… じゃあ、もしかして石が簡単に削れるのも 稲妻ビンタで電撃が出たのも……」
「イナズマビンタ?」

 朔耶は魔力石の加工の事や『稲妻ビンタ』で発生した電撃の事など、自身の身に起きている不可思議な現象について話した。
 他にも傷の回復が異常に早かったり、意識の奥に聞こえる謎の声の事、そして自分がこの世界とは違う別の世界から精霊によって喚ばれたという事も説明した。

「そう、だったのですか……」
「成る程、興味深い話ですね……」

 レティレスティアは自分を助ける為に、自分の声に応えた精霊によって朔耶が喚ばれたという事に少なからずショックを受け、その後の顛末を想うと申し訳なさが込み上げて来て朔耶の顔をまともに見られなくなり、俯いてしまった。
 アルサレナは異界から喚ばれたという部分に着目し、何故朔耶と精霊が重なるに至ったのか、アルサレナ成りの推論を立てた。

「恐らく、レスティアを助けようとした精霊はサクヤを此方の世界に渡す為に、サクヤの世界に遍在する自らの精霊自身を重ねたのでしょう」

 精霊術の中にも高等な術として転移術があり、精霊に包まれて精霊の中に溶け込み、遠く離れた場所で再び身体を構成して遠方へ僅かな時で移動する事が出来る。
 通常の補正術や移動術を行える精霊とは比べ物にならない程の強い力を持つ精霊との契約が必須で、力の足りない精霊ではそもそも術の行使から不可能だが、中途半端に力のある精霊や契約で繋がっていない精霊に求めたりすると、身体の一部だけが転移したり、転移の途中で別の交感者に呼ばれるなどして術者の命に関わる事故が発生する事も起きうる危険な術でもある。

「げっ! それじゃあ、あたし下手したら身体バラバラでこっちの世界に放り出されてたかもしれないって事?」

 思わず青くなる朔耶。レティレスティアも想像したのか蒼白な顔をして自らの肩を抱く。しかしアルサレナは首を振ると、その可能性を否定した。

「精霊が人を……いえ、人に限らず世界に生きる者を精霊自らの意思で死に至らしめるような行為を行う事はありません。求められない限りは……。サクヤを喚んだ精霊は喚ぶ事に危険は無いと判断したのでしょう」

 朔耶からすれば事前の承諾も選択の余地も無しに喚ばれたのはかなり強引なやり方と捉えられるが、精霊にとっては『ちょっと世界の位置を合わせただけ』で、その後の行動は朔耶の意思に従っている。
 最初に協力を求めた森の動物たちや木々、植物たちへの対応と大差無い事なのだ。何故重なったままなのかは世界を移動した弊害なのか、川の中で叫んだ朔耶の呼びかけに従って朔耶の身体を保護し続けた結果なのかは不明だ。

「レスティアが疎通の加護を使った時にサクヤが聞こえたという声が、サクヤに重なっている精霊の声でしょう」

 精霊の意思もちゃんと自己の形態は保っているので、朔耶の意識に語りかける謎の声もその精霊のモノだろうとアルサレナは推測し、朔耶もそれには納得した。
 石の加工が容易なのは、朔耶の『石を削ろう』という意思が精霊を通して石に伝わり、石自体が自らを削り易くしているのだろうとの事だった。
 それに関しては朔耶も心当りがあって、石に限らず木材も思ったより削り易かったし、硬いだろうと思った石は硬かったが、削ろうと思えば削れていたのだ。細かい部分を整える時など、爪でかりかり削っていたのだから。


「しかし……魔力測定器とはまた非常に興味深い道具ですね、サクヤの魔力が異常に高く示されたというのはある種当然の事と言えます。魔力もまた『精霊という存在そのもの』から精製されている力と言えるからです」

 精霊術は精霊に求めて精霊の力で『精霊という存在そのもの』から様々な現象を発現させる。魔術は人が現象をイメージし、呪文の詠唱と魔力によってそれを具現化する。
 その魔力の源は人が体内に、正確には魂に取り込んだ世界を満たす『精霊という存在そのもの』が原料と言える。結局発現方法が違うだけで、精霊術も魔術も素は同じモノなのだ。

「魂と繋がった精霊を通して『精霊という存在そのもの』に触れているサクヤは、言わば魔力の原液の出口と化している訳ですから」

 百三十石以上どころの話では無いという事だ。魔術として行使するならほぼ無限に精製される魔力、精霊術として行使するなら精霊に求めなくとも自分の意思が直ちに発現される。
 但し工程や手順というモノはある訳で、魔法の無い世界から来た朔耶は魔術の使い方も精霊の力の事も知らないが故に、無意識下での欲求に対して繋がっている精霊が応える形で『稲妻ビンタ』に電撃を発現させたり、傷の回復を早めたりしていたのだ。

「では……その力を使えば、サクヤは元の世界に還る事が出来るという事ですか?」
「精霊の力を使いこなせる事が出来れば、或いは可能性もあるでしょう」
「うん? あたしの中の精霊に頼んで還して貰う訳にはいかないの?」 
「サクヤの世界に還すよう、精霊に呼び掛けてみた事は?」
 
 朔耶は森でレティと出会い、帝国の手の者から逃れた時から呼び掛けていたが、特に返答らしきモノは無かった事を伝える。アルサレナは少し考え込み、何度か視線を彷徨わせた後『もしかしたら……』と徐に自分の考えを口にした。

「これも私の推測でしか無いのですが、もしかしたらサクヤの世界に遍在していた精霊がサクヤと重なる事で此方に来てしまっているのかも知れませんね……」

 朔耶と重なったままの状態でいるのは、朔耶という存在がこの世界においては異界そのものであり、元々朔耶の居た世界に遍在していた精霊はその異界に存在する精霊なので、異界そのものである朔耶の中から出られないか、此方の世界では個の精霊として在る事が出来ないのかもしれない、朔耶の中でしか存在出来ないのかもしれない、と。
 そして此方の世界に遍在していた精霊を再構成の座標として転移した為、此方の世界の精霊もその場から動く事が出来ない。
 
 つまり、朔耶の中には此方の世界の精霊と同質の朔耶の世界の精霊とが、朔耶という存在を触媒として遍在している。朔耶という存在に縛られているという見方も出来る。

「え、え〜と…… なんか、こんがらがって来たんですけど……」
「つまり、サクヤはサクヤの世界の精霊ごと此方に来ているので、サクヤの世界には召還の目標となる精霊が居ない為、精霊も還すに還せない状態にあるのでは?という事です」
「……つまり、もう帰れないって、事ですか?」
「可能性としては、サクヤを此方に喚び寄せた精霊と同格の力を持つ別の精霊の遍在に手伝って貰う事で還るという方法が考えられますね」

 この場合、元の世界に戻れば朔耶の世界に居た精霊は朔耶から離れる事が出来るようになり、座標となった精霊も元々その世界の精霊なので転移後も自由に動く事が出来る。
 此方の世界の精霊は転移の起点として移動する事無くその場に居られるので、朔耶を此方に運んだ精霊のように世界を移動してしまう事もない。

「その、あたしの中の精霊と同格の精霊って、直ぐ見付かると思います?」
「……難しいでしょうね」
「あ、やっぱり……」
「サクヤ……」

 レティレスティアが心配そうに朔耶の顔を窺うと、朔耶はニコッと微笑んで返し、空中に浮ぶ水球に目をやった。

「でも、どっかに居るには居るんですよね」
「そうですね、世界には古くから沢山の精霊達が存在してますし、今も新たな個の精霊が生まれている事でしょう」

 水球の中には氷粒が次々と生まれては消え、幾つかは大きく成長して行く。

「……うん、それなら 元の世界に帰るのを手伝ってくれる精霊が見付かるまで、こっちで頑張って生きて行かなくちゃね」
「私にも手伝わせて下さい! サクヤがこの世界で生きて行く為に、私に出来る事なら何でもします」
「ん、ありがと レティ」


 そんな二人を見て優しい微笑を浮かべたアルサレナは、サクヤの前向きな姿勢を好ましく思った。しかし直ぐに表情を引き締めると、もう一つ言っておかなくてはならない大事な事を伝えるべく口を開いた。

「最後に一つ、これは非常に重要な事ですが…… 先も言ったとおり、サクヤの状態はかなり危険な状態でもあるのです」

 それは主に朔耶が危険に晒されているというよりも、朔耶自身が危険な存在である状態という意味だとアルサレナは説明する。何やら不穏な話の雰囲気に朔耶もレティレスティアも姿勢を正して真剣に耳を傾けた。

「先程サクヤの異常魔力について、魔力の原液の出口になっていると表現しましたが、これは言うなればサクヤ自身が魔力そのものになっているようなモノなのです」

 世界を満たす『精霊という存在そのもの』の力と直結している状態であり、これは世界を丸ごとその手に収めているような状態だとアルサレナは語った。
 余りに話が大げさ過ぎて朔耶もレティレスティアも今一つピンと来ていない様子だったが、アルサレナもそれは想定済みだったので水球を使って解説する。

「通常はこのように人と精霊と世界が別れています」

 水球を世界として、砂人形を人、氷粒を個の精霊と表し、水球の中には石の欠片が新たに組み込まれて街を形作っていた。小石の街の中を砂人形がひょこひょこ歩き、その周囲を氷粒が飛び交っている。
 そして砂人形が腕を振るうと、氷粒からさらに小さい粒が飛び出し、小石の街の一角にぶつかってそこが崩れ落ちた。まるで街の中で人が術を行使し、建物の一部を破壊したような光景。

「今の一連の表現では砂人形は精霊術を使った事になりますが、あれを魔術と表現しても同じ意味になります。個の精霊が『精霊という存在そのもの』から様々な現象を発現させる工程を解明し、人が自らの力で精霊と同じような現象を起こせるように編み出した術が魔術だと言われていますから。 ……ここまではいいですね?」

 こくこくと頷いて理解した事を示す朔耶とレティレスティア。

「よろしい、ではこの砂人形の持つ力の大きさを氷粒と考えましょう」

 砂人形がぶんぶんと手を振ると、氷粒がそれに合わせて上下する。砂人形が氷粒という力を振り回しているように見える。そうすると、近くにあった小石の建物や他の氷粒が弾き飛ばされたり、巻き起こった水流に煽られてゆらゆらと揺れはじめた。

「これが、通常の術を使える人を表しています。 何かの拍子に力を暴走させると、こんな風に周囲に被害が及びますね」

 個人の扱える力と、その力の危険度を現してると説明されると、朔耶も朧気ながらアルサレナの言わんとする事が分かってきた。水球の中の砂人形の力は氷粒だ。それが普通の人の状態である。
 朔耶の状態は『精霊という存在そのもの』の力と直結している。つまりこの水球で繰り広げられる解説でいうなれば、朔耶の力はこの水球そのものだ。その意味に気付いたレティレスティアも思わず両手で口元を覆う。

 万が一、朔耶がこの砂人形のように力を暴走させるような事が起きれば――

「こうなります」

 砂人形が手を振った。その瞬間、水球が上下に揺れて水球の中は滅茶苦茶になった。
 『成る程、それは危険だ』と朔耶は納得した。実感は今一湧かなかったが、そういう危険が起こり得る可能性を否定できない状態であるというアルサレナの伝えたい事は理解出来た。
 
「とはいえ、余程の無茶をしない限り力の暴走といった事故も早々起きるモノではありません。心に留めておく程度で十分ですので、注意はしておいて下さい」
「分かりました。 うーん、やっぱ魔術とかは使わない方がいいのかなぁ……」
「そんなっ サクヤならきっと上手く扱えますわ」

 どの道、朔耶が元の世界に還る為には強い力を持つ精霊と契約を交さなくてはならないので、精霊術は学んでおく必要があった。
 朔耶の場合は精霊と同じ力を発現させる工程を自身と重なる精霊から学ぶ方法もあるので、交感の仕方さえしっかり教われば、他は大部分省く事が出来るのだが。
 そして魔術は精霊の力の発現を人が自らの意思で行えるように編み出したモノならば、精霊と同じ力を振るえる朔耶は魔術の源流とも言える力を扱える事になる。

「ふ〜む、精霊の力のメカニズムを理解するって意味では魔術の工程から逆アプローチを仕掛けて覚えるって手もありかもね」

 レティレスティアは朔耶の言葉の意味は半分も理解出来なかったが、朔耶がやる気になった事だけは分かったので嬉しくなった。

『サクヤから感じる何処までも広がっていくような不思議な感覚は……この世界と繋がっている感覚だったのね』

 




 神殿から出た朔耶達は湯浴み場で汗を流すと、アルサレナは王族の自室へと戻り、朔耶とレティレスティアは連れ立って朔耶の通された部屋にやって来た。

「荷物ちゃんと受け取ったよ、預かっててくれてありがとね」
「いえ、当然の事ですわ。 あ、そういえばあの光を放つ道具ですが……」

 レティレスティアは朔耶が落としていった強烈な閃光を放つ魔術式らしきランプを大きな袋に収める時、光の抑え方が分からずそのまま袋に収めた為、城に戻る最中も袋の中から光を放ち続ける道具の魔力が切れてしまわないかと心配だったという。

「ああ、あれね。 電池は切れてたけど予備があるから、ほら」
「まぁ!」

 朔耶がフラッシュライトを取り出してスイッチを入れて見せると、白い強烈な光が部屋の壁を照らし出す。
 そのまま光度や照射角を変えて見せたりしてレティレスティアを感嘆させた。そうして暫らく光で遊んでいたが、ふいに神妙な顔付きになったレティレスティアがゆっくりと息を吐くようにきり出した。

「イーリスの、事なのですが……」
「あー…… うん」

 レティレスティアの雰囲気から凡その察しを付けていた朔耶は『あの事か〜』と、槍に突かれて川に流された時の事を思い出し、無意識に肩に手をやりそうになってそれを(とど)める。

「彼の事、赦してあげて下さい」
「いいよ」

 空気が止まる。何処と無く悲壮感を漂わせていたレティレスティアはそのまま数秒間口をパクパクさせた状態で固まり、我に返ってシドロモドロになりながら朔耶の答えを確認した。

「え、あの…… ええと…… よ、よろしいのですか……?」
「駄目って言われたらどうしてたの?」

 レティレスティアの慌てる姿が面白かった朔耶は、クスリと笑いつつ何時ものノリでいじわるな質問を投げ掛けてみた。

「それは…… サクヤの望む事を、何でもして差し上げてでも……」
「あたしの望む事って?」

 朔耶はちょっといじわる過ぎかな〜などと思いながらも、レティレスティアが何と答えるのか興味が沸いたのでそのまま質問を続けてみる。
 レティレスティアはおどおどと困ったように視線を彷徨わせていたが、はっと何かに気付いたように顔を上げると、少し逡巡しながら徐に立ち上がった。

「わ、私を……差し上げてでも……」

 顔を真っ赤にしながら服を脱ぎ始めるレティレスティア。

「まていっ!」
「きゃんっ」

 思わず突っ込みを入れてしまい、『王女様の頭叩(はた)いちゃった!』と慌てた朔耶だったが、両手で頭を抑えながら涙目で見上げてくるレティレスティアの可愛さに思わず抱き締めてしまい、有耶無耶にする事に成功した。

「さ、サクヤっ あの、出来れば優しく! 乱暴にされるのはあまり……」
「……もう一発突っ込むべきか」

 とりあえずレティレスティアを落ち着かせて、自分も落ち着かせた朔耶はレティレスティアの行動について『何故そういう結論に至ったか』と話を聞くと。

「あの……、神殿でサクヤが私の身体に興味を示していたようでしたので…… 私、何か間違えましたか?」
「いや、その……なんというか」

 しゅんとなっているレティレスティアに『もっと自分を大事にして!』というのも変な話だなぁと、何処から突っ込んでいいのやら困り果てた朔耶は――

「とりあえず、アレはそういう意味じゃないから」

 と、無難な説明から入る事にした。
 

 齢十六歳となるレティレスティアは、これまで王族の精霊術士として王城で育てられて来た為、歳の近い友達といった存在が殆ど居なかった。
 身分の厳格なフレグンスでは王女の遊び相手になれるのも相応の家の子供でなくてはならず、またそういう子供達との遊戯もまったく子供らしからぬ貴族然としたモノだった為、ぶっちゃけた話『世間知らずの箱入り王女様』なのだ。
 ただ、それでも噂好きな侍女たちから色々と話を聞く機会はある訳で、彼女達の間で囁かれる噂といえば、大概は男女関係の話に終始する。

「これは……色々と教育が必要なようね」
「き、教育ですか」

 ビクリと肩を竦ませるレティレスティアは、なんというか無闇矢鱈と加虐心を煽る。朔耶は『自分を見失ってはいけない!』と自己叱責しながらレティレスティアに世間一般の付き合い方を教える心算を整えていた。
 同時に、自分自身もこの世界の一般教養が必要である事も思い出し、魔術の指導を受ける傍らレティレスティアも一緒にフレイと交流出来れば、色々と上手く行きそうな気がしていた。
 
『レイスの家の事もあるね……』

「では、イーリスの罪を赦して下さるのですか?」
「一発殴らせてくれればそれでいいよ」

 軽く笑いながら言う漢気溢れる朔耶の条件に、レティレスティアも笑みを返して『わかりました』と頷いた。

「彼にそう伝えておきます。 それでは明日、王の間で」
「うん、おやすみー」 

 
 こうして王都に着いた朔耶の初日は、濃く、慌しい一日として過ぎていった。







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