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本編
23話:交感




「ごめんなさい、私ったらつい……」
「いや~あはははっ ちょっとびっくりしただけだから」

 城の正面口での騒ぎの後、城内の一室に場所を移したレティレスティアはしゅんとなって朔耶に非礼を詫びた。
 朔耶の事に関しては久しく行使されていなかった王家の勅令を王女個人の私的な理由で発令したり、神殿の水鏡では定期報告の席で下級騎士と直接言葉を交わすなどの異例事が続き、只でさえ王都の貴族達は王女が御執心の相手は如何なる者ぞ?と神経を尖らせていた所にアレである。朔耶はあらゆる方面から注目を集める重要人物として認識されてしまった。

 今この部屋にいるのは朔耶とレティレスティアの他に直接朔耶を護衛する任務を賜っていたアンバッスと部下のレイス、朔耶の専属警護という事で同室を許されたフレイと後は城の使用人である侍女たちだ。
 部屋の外では近衛騎士団長イーリス他、部下の近衛騎士達が警備に就いている。

 レティレスティアは脇に控えているアンバッスとレイスに向き直ると、労いの言葉を掛けた。

「貴方は水鏡で話したあの時の騎士ですね、よくぞここまでサクヤを送り届けてくれました、礼を言います」
「ハッ 勿体ないお言葉で」

 騎士の礼を取って畏まるアンバッスとレイス、その後ろに膝を付いて控えるフレイの三人。朔耶は畏まっているアンバッスをからかおうと視界に入るようにレティレスティアの後ろをうろちょろしていたが、侍女さん達に怪訝な目を向けられたので自重した。
 レティレスティアから褒賞が与えられる事になった時、アンバッスはクルストス支部への活動支援を要請し、レイスはやはり王都への転属を願い出た。
 
「分かりました、クルストス支部への特別報酬予算と騎士アンバッス・クルト小隊長の昇進を要請しておきましょう。 騎士レイス・チル・アクレイアには昇進と王都への転属に伴い、王国騎士団小隊長の枠を用意させます。 これでよろしいですね?」
「ハッ」
「ありがたき幸せ」


「アンバッスさんもこっちに残ればいいのになぁ……」

 侍女さんが淹れてくれたお茶を啜りながら朔耶がポツリと呟くと、アンバッスは何か言い掛けたが王女の御前である事を気にして口を噤んだ。
 そんな様子を見たレティレスティアは、今は無礼講で構わないからと促す。朔耶が不満そうにしているのが気になるらしい。アンバッスは少し逡巡しながらも、それならばと口を開いた。

「あ~、畏まった喋り方は苦手なもんで、口調は勘弁願いますよ?」
「うふふ、構いませんわ」
「畏まったアンバッスさんも見てて面白いんだけどね~」

 混ぜっ返そうとする朔耶を無視してアンバッスは話を進める。

「簡単に言えば、王家と縁の出来た人間が一人くらい向こうに居た方が都合が良いって事だな」
「それは…… サムズへの牽制という意味でしょうか?」
「まあ、それもありますがね」

 殆ど有って無いような状態の国境を接するクリューゲルと違い、サムズはフレグンスの衛星国家として在りつつもまだ明確に国境を誇示している。クリューゲルの要請に従って駐在する派遣騎士団と違って、サムズに駐在する辺境騎士団は言わば駐留軍のような位置付けにある。
 平和が続いているからこその、豊かなフレグンスからの恩恵もあって衛星国家として従ってはいるが、イザ有事の際にはどう動くか未だ油断ならない相手なのだ。
 フレグンス王家の勅令が疎かに扱われた事実を鑑みれば、国家としての忠誠度合いが測れるというモノだ。
 
「俺はクルストスの出身なもんで、向こうの治安を守りたいってのも理由にありますな」

 成る程と、頷いて理解を示すレティレスティア。

「アンバッスさんが向こうで偉くなったら、きっといい国になりそうだね」
「今でもそう悪くはないぞ?」
「そう? だって騎士団本部の独房で……」
「うおっほんっ!!」

 いきなり不自然な咳払いをかますアンバッスに、朔耶は慌てて口を噤んだ。レティレスティアの前でこれを言っちゃあいけないと。

「……本当に御免なさい、私……サクヤになんて事を……」

 少し遅かった。 決して彼女に責任がある訳ではないのだが、もっとしっかり確認を取るべきだったと盛大に落ち込むレティレスティアを宥め賺して落ち着かせつつ、朔耶はレティレスティアに会ったら訊こうと思っていた質問で話題の転換を図ろうとして……


「姫様、祈りの儀式の準備が出来ております」

 そっと寄って来た侍女がそう言って促すと、扉の所で待っていた初老の神官が丁寧にお辞儀をする。

「まあ、もうそんな時間? ごめんなさいサクヤ、私 これから儀式に出なければならないの」
 
 レティレスティアは申し訳無さそうにそう言って後の事を案内役に任せると、御付の神官と近衛の護衛をぞろぞろ連れて慌しく午後の祈りの儀式に出向いて行った。
 この王城の敷地内には定期報告にも使われる貴族専用の神殿が建てられているが、それとは別に王族だけが入る事の許された精霊神殿が城内に存在する。
 精霊術士である王族は代々その神殿で祈りの儀式を行い、精霊との交感能力を高める修練を積む事を義務付けられていた。レティレスティアも精霊術に目覚めた歳から毎日のように、朝と夕方に神殿に入り、祈りの儀式を行っている。

「あああ…… 聞きたい事とか、話したい事とか、殆ど話せなかったよー……」
「仕方あるまい、そう急く事はないさ」
「あまりノンビリもしていられませんけどね」

 案内を仰せ付かった執事っぽい服装の初老の男性が一つ礼をして朔耶を部屋へと案内する。
 アンバッスはこれからクルストスに帰還する旅の準備に入るし、レイスも一度実家に戻って報告をしたりと色々準備があって、朔耶の招待はまた後日という事になった。どの道レティレスティアの意向で今日は城に泊まる事になっていたのだ。
 朔耶がレティレスティアから聞いた話では 明日、正式に客人として『王の間』で迎える事になるらしい。今日は顔合わせだ。

「それではサクヤ様、私も一度レイスさまの所に戻りますので、また明日」
「うん、お疲れ~」

 部活動の帰りのような軽い挨拶をしてフレイと別れた朔耶は、案内人に連れられて一つ下の階にやって来た。この階には沢山の部屋があって、殆どの部屋が客間として使われている。外国からの来賓などもここに宿泊する。
 長屋のように連なった部屋と違い、一部屋ずつ廊下で区切られているので、ちょっとした迷路のようなフロアになっている。扉の形や色も様々だ。朔耶はその内の上部がアーチ上になった扉の部屋に案内された。
 扉を開けると、部屋の中は薄い若草色の壁に淡い光を灯す魔術式ランプが据え付けられ、壁際に小さな机があり、奥にはでんっと天蓋付きベッドが鎮座している。窓は無い。
 カースティアの高級宿に比べると若干落ち着いた雰囲気の部屋だが、高級感は此方の方が感じられた。案内人は後で侍女を寄越すので湯浴みの際には申し付けて下さいと言って礼をした後、通路の奥へ消えた。

「あっ あたしの荷物!」

 朔耶はベッド脇に見覚えのあるでかいリュックを見つけて駆け寄った。

「あ~なんか懐かしい…… ちゃんと預かってくれてたんだ~」

 早速どりゃどりゃ?と中身を確認すると、あの川岸で最後に中を漁った時のままだった。中に仕舞われていたフラッシュライトはスイッチが入ったままになっていて、電池が切れていたので予備の電池に入れ替えておく。
 お弁当はもう駄目だ。『開けちゃ駄目だ、開けちゃ駄目だ』と呟きながらブルーのゴミ袋に入れてグルグル巻きにしてガムテープで補強して、『何処かに埋めようか、それとも燃やそうか』と処分方法を検討する朔耶だった。


「懐中電灯の代わりとか作れないかな~、光属性の魔力石とか……は、ある訳ないか」

 そんなモノがあれば昼の内に魔力石が全て光属性になって、夜になると大地の彼方此方で光が見えるなんて状態になる。朔耶は自分がまだまだ此方の常識に疎い事を実感しながら、レティレスティアに訊いておきたい事を今の内に纏める事にした。


 身体の事。傷の治りが異常に早かった事に関して、疎通の加護や精霊石の指輪に副次的な効果があったりするのかどうか。それに関連して魔力石を簡単に加工出来てしまう現象の事。
 朔耶自身の魔力については質問すべき部分も良く分からないので保留。そして一番重要な事が、『元の世界に帰る事が出来るのか否か』。これ如何によって、この世界での生き方を考えなくてはならない。

 いずれ帰る事が出来るのなら、或いはもう帰る事が出来ないのなら、それ相応の生活の仕方を考える必要がある。

「…………あたし、帰れるのかな……」

 精霊の声が応える事はなかった。






 城の地下に設けられた湯浴み場で身体を清めたレティレスティアは、儀式用の薄いベールのような衣を纏って更に地下にある精霊神殿にやって来た。何時もの交感による祈りの儀式だが、今日は少し神殿の空気が違っているような気配を感じていた。

『きっとサクヤに会えて私の気分が高揚しているのね』

 レティレスティアは神殿に感じる何時もと違う気配は自らの高揚した気分が原因だろうと判断した。交感の深度を上げる為に気持ちを落ち着かせて精霊の声に意識を向け、心を開く事に集中する。

「……?」

 交感に何か引っかかる存在を感じたレティレスティアは、その存在に意識を向けて呼び掛けた。精霊の声というものをまだハッキリとは認識した事のない彼女は、精霊の意思を感覚で感じ取る事に集中する。

 …………レティ?

「えっ?」

 ふいに、レティレスティアは自らの心の中に響いた問い掛けるような意識に驚き、声を漏らした。深い交感状態が解け、眠りから覚めるように意識が浮上する。傍で精霊術の指導をしてくれている母、王妃アルサレナが『集中するように』と眼で叱責する。
 『今のは精霊の声なのでは?』と、レティレスティアは高揚する気持ちを落ち着かせると、再び深い交感状態に入っていく。

『精霊よ……私の声に応えてください……』

 ……わっ やっぱりレティだぁ! びっくりしたぁ

「ええっ! さ、サクヤ!?」

 
 レティレスティアの精霊術を指導する師でもある王妃アルサレナは、娘が驚きの声を上げる姿を怪訝な表情で観察した。精霊との交感が進む事で様々な現象を意識で体験したり、精霊の見るモノを感じ取ったりする事は間々ある事だが、この反応はおかしい。
 今日のレティレスティアは朝から妙に落ち着かなかったり儀式に遅れて来たりと、気を散らしている原因の元は分かっていたが、交感の最中に何故その人物の名が出てくるのか。

「レスティア? あなたのお友達がどうかしましたか?」
「あ、か、母様っ サクヤが…… 交感でサクヤと繋がってしまいました!」
「? ……何を言っているのです?」

 娘の言動を訝しく思いながらも、レティレスティアの『状態』を『視る』為、アルサレナは精霊術を行使した。

「――精霊よこの者の有り様を正しく我に示し給え――」

 精霊の力が働いてレティレスティアの状態が視得て来ると、レティレスティアは確かに精霊との交感状態にあるのが分かった。
 彼女の胸の辺りを中心に魂の枠が広がり、肉体の外側まで溢れて世界と溶け合っている。この状態で世界のあらゆる場所、時間に遍在する精霊を感じ、特定の個を成した精霊と交流を図ったり、特に親しみを持った個の精霊とは契約を交わしたりといった事が出来るのだが――

『レスティアが交感している精霊は個であって個ではない? 個を維持しつつも全てとの繋がりが垣間見えている…… 少し、危険かもしれない』

 アルサレナはレティレスティアの状態を見極めながら、自身が契約して使役している六体の精霊に結界を張る準備を伝えると、レティレスティアに交感解除を呼びかけた。

「レスティア、交感を解きなさい」
「え? は、はい母様…… サクヤ、また後で」

 レティレスティアの魂の枠が肉体の内側まで戻ったのを確認して、アルサレナは神殿内に結界を張った。これでアルサレナの許しを得ていない者は人であっても精霊であってもここには近寄れない。 筈であった。

 ……あれぇ? レティ~? お~い

「あ、サクヤの声が……」
「っ!?」

 その『声』は神殿の空間に染み込むようにアルサレナの結界を越えてきた。精霊の結界を越えられる存在があるとすれば、『個の精霊』を超越した『精霊という存在そのモノ』に他ならない。
 精霊の結界自体が個の精霊自身で作られた言わば精霊の身体の壁なので、個の精霊を構成する精霊の元のような世界を余す事無く満たす『精霊という存在そのモノ』ならば世界の何処にだって存在する事が出来る(している)故に、そこに結界があろうと無かろうと関係なく『在る』事が出来る。
 しかし、その存在は個のような特定の意識など持たない。ましてや人格など持つ筈が無い。そんな事が起きれば世界はその意思が想った瞬間に姿を変えるなどして、とても人や動物が生きていられるような状態に留まらないだろう。
 
 アルサレナが得体の知れない存在に畏怖を感じながらもその正体を見極めようとしていた時、レティレスティアに異変が起きた。アルサレナが沈黙していた為、指示を待たずに『声』に対して交感を働きかけたのだ。

「あっ…… くぅ…… サ、サク……ヤ ……少し……きつい、です…… んぁああ……」
「レスティア! いけませんっ 交感を解きなさい!」

 ガクガクと震えながら身を捩るレティレスティアの意識を呼び戻しながら、アルサレナは意を決してレティレスティアがサクヤと呼ぶ存在に交感を仕掛けた。

『私はアルサレナ・クラヴァルト・フィリス・フレグンス。この地の精霊と契約せし血の一族の者です。サクヤと名乗る存在よ、レスティアとの繋がりを緩めては頂けませんか? このままでは娘の精神が持ちません』

 ……え! レティのお母さん!? ど、どうすればいいの?

 余りにも人間味あふれる反応を返すその存在に面食らいながらも、アルサレナは手順のイメージを送る。レティレスティアの意識を捉えるように絡まっていた気配が緩んで行き、レティレスティアの状態も安定した。

「はぁ……はぁ…… サクヤ……」

 ……ご、ごめんね 大丈夫?

「はい…… 私は……大丈夫……です」


 レティレスティアに対する敵意や害意は無いと確認したアルサレナは一つ安堵の息を吐くと、もはや意味を成していない結界を解いてサクヤと名乗る存在に向かいあった。

『貴方はレスティアの語っていたサクヤという娘なのですか?』

 ……えと、はいそうです

 なんだか畏まった気配が伝わって来たので、アルサレナは可笑しくなってしまった。先程はその得体の知れなさに畏怖さえ感じていた相手の筈なのに、交感から伝わってくる気配は少し変わった普通の年頃の娘だった。

『サクヤ、貴方はまだ交感という手段に不慣れのようですので、直接お話を窺いたいのですが、宜しいですか?』

 ……はい是非、あたしも色々聞きたい事ありますし

『分かりました、今は部屋に居るのですか?』

 ……はい、部屋の中です

『では其方に迎えの者を遣りましょう』


 交感を解いたアルサレナはレティレスティアの体調を調べて問題無しと判断すると、神殿の入り口を護っている近衛に朔耶を案内して来るように申し付けた。

「レスティア、先程の交感のような危険には十分気を付けなさい」
「ご、御免なさい母様……」

 交感は精霊と心を触れ合わせる行為でもある為、精霊のように自己意識が希薄で人格も個の維持に必要な程度しか持たない存在なら、余程深く繋がったりしなければそれほどの危険は無い。
 しかし人間の意識並に自己を持った相手となると、相手の意識に囚われて飲み込まれてしまう危険性が高まる。

 先程のレティレスティアの状態は、レティレスティアの意識を探して近付いて来た朔耶の意識が、触れて来たレティレスティアの意識を掴んで引き寄せた為、レティレスティアの意識が心ごと持って行かれ掛けた状態だ。
 サクヤ本人にその意図が無くとも、例えば人間が小さな虫を指でそっと摘んだつもりなのに潰してしまうような事故が起きかねない。

「例え貴方が信頼を寄せる相手だとしても、意図せず貴方を傷付ける場合もあります。そうなれば結果的に相手も傷付ける事になるのですよ?」
「はい……以後気をつけます」 

 しゅんとなったレティレスティアを優しく抱きしめて慰めたアルサレナは、休憩所で一休みするよう促して神殿を後にし、その足で湯浴み場に向かった。
 神殿に入るには湯浴み場で身体を清める必要があるので、まずそこで一度サクヤと名乗る娘に会っておこうと考えたのだ。
 湯浴み場には数人の侍女が入り口で所在無さ気に集まっていた。

「貴方たち、何をしているのです?」
「ア、アルサレナ様!」
「あの……サクヤ様が一人で入るからと……それで」 
「追い出されてしまいまして……」

 成る程、とアルサレナは理解を示した。他人に肌を晒さない風習のある国の者かもしれない。

「貴方たちは休憩所に控えていなさい、サクヤの清めは私が行います」
「アルサレナ様自らですか!?」
「わ、分かりました……失礼します」
 
 侍女たちを下がらせ、アルサレナは湯浴み場に足を踏み入れた。儀式用の衣を脱ぐと自然の洞窟のような造りになっている湯浴み場の岩肌の上を歩いて行く。
 壁に埋め込まれた淡い光を放つ魔術式ランプの灯りがボンヤリとした光で湯気を浮かび上がらせ、アルサレナの歩みで巻き起こった空気の揺れにうねりを見せる。 

「だれ?」

 湯気の向こうに、華奢な身体付きで黒髪に黒い瞳を持った少女の姿が浮かび上がる。アルサレナはその姿を見て眼を見張った。
 

『精霊と、重なっている……?』







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