翌日からフレイは朔耶の専属警護を任せられる事になった。レイスが護衛隊の皆にフレイの事を話し、常に朔耶の警護に就いていられるよう取計らったのだ。
フレイが実は魔術士でレイスの個人的な部下にあたる者だったという事に、護衛隊の皆はアンバッスと定位置の騎士を除いて一様に驚いた様子を見せていたが、侍女たちは薄々察していた様子だった。
「そりゃあ……ちょくちょく二人でねぇ」
「夜中にこっそりとねぇ……」
と、色々しっかり目撃されていたようで、当のレイスはバツが悪そうに目を逸らし、フレイは真っ赤になって俯いていた。
アンバッスに『程々にしておけよ?』などと肩を叩かれたレイスが流石に赤面すると、朔耶は『珍しいもん見た!』と感嘆してみせるなど、昨夜の出来事を感じさせない賑やかな様子は、朔耶を心配していた護衛隊と侍女たちの心に幾許かの安堵を与えた。
もう一泊していっても構わないぞ? と朔耶を気遣うアンバッスに、早くレティレスティアの所に着いた方が良さそうだと判断した朔耶は予定通り直ぐに出発する事を選んだ。
一行は次の目的地であるフレグンス国内にある国境の街、カンタクルを目指してカースティアを出発した。
「どうしたもんかな~……」
「仕方ありません、時間が癒してくれるまで無理なさらない方が良いと思います」
相も変わらず工具と魔力石と木材が散乱し、すっかり作業台の様相を呈している車室備え付けのテーブルの上に置かれた上品なティーカップを取りながら、朔耶はフレイの助言に憂鬱な溜め息を吐いた。
出発前、若い騎士が昨日の内に街の石売りから買い集めた魔力石の詰まった袋を朔耶にプレゼントして、周りから冷やかされるという一幕があったのだが、『ありがとう』と受け取ろうとした朔耶は自分が一定距離から男性に近付けなくなっている事に気が付き、フレイにその事を相談していたのだ。
「アンバッスさんは平気なのになぁ」
「精神的なものだろうからな、大丈夫な相手と駄目な相手の対象は絞れるだろう。フレイの言う通り、時間が解決してくれるのを待つ以外あるまい」
そんな訳で、車室の中に詰める護衛役にはレイスに代わってアンバッスが就いていた。定位置の騎士は半ば彫像と化していたし、微動だにしない為か朔耶も怖いと感じなかったのでそのままだ。彼は最後までそのポジションをキープするつもりのようだ。
「やっぱり護身用の防犯グッズでも作っといた方がいいかも……フレイも手伝ってね?」
「勿論です」
若い騎士に貰った袋の中には手頃な大きさの魔力石が沢山入っていた。アマガの村近辺のような田舎ではその辺りを探せば簡単に手に入る魔力石だが、大きな街のように人口の集中するような場所では石の需要も高まり、道端を探しても生活に必要な量を揃えるのは難しくなってくる。そうすると需要には供給をと、そこに商売が成り立つ。
山間部や街外れまで出掛けて行って採取した石を街で売りさばく石売り業者が誕生する。元手が殆ど掛からず売れる商品となれば真似る者が当然現れ、価格競争や品質が問われるようになって来るのだ。袋に詰められていた石は何れも質の良い魔力石だった。
「形とか大きさも石寄せに合わせて大体統一されてるね~、これは削り易いかも」
「そういえば、サクヤ様は石を削る時はどのようにされてるのですか?」
「うん? 普通にこうガリガリと」
「いえ、その……削る時に使っている術の事です。あ、もし秘伝の術なのでしたら無理にとは……」
『んん?』と朔耶は以前アマガの村でクィスとの会話に感じたものと同じような会話の噛み合わない違和感を感じ、一つ一つ確かめるようにフレイに質問を重ねてみた。
その結果――
「なんで? どういうこと……?」
朔耶は石を削ってみたら割と簡単に削れたのでそういうモノだと思い込んでいたが、魔力石は特別加工し易い石という訳では無い。そこら辺りにある普通の石と同様、脆いモノもあれば硬いモノもあり、大半は鑿のような工具でそう簡単に削れる程軟くは無いのだ。
それが何故か朔耶には簡単に削れてしまう。テーブルに広げられた工具を使って同じ石を削ってみたが、サクヤが十秒程で削った溝と同じモノをフレイやアンバッスが削ろうとすると、表面に傷が入る程度の削れ具合からして半日近くは掛かってしまうかもしれない。
「無意識に魔術を行使していたという事か?」
「ううん、そうじゃなくて……あたしホントに魔術とか使えないんだってば、そんなの習っても無いし」
「それと知らずに修学されていた、と言う事では?」
「ないない、それ根本的な所で違ってるって」
元々朔耶は『魔術士』であるという触れ込みだったので、石を簡単に削っている姿を見ても『そういう術を行使している』のだと認識されていた。
魔術に無知な所も、こういった特殊な技術に活かす術を専門に修学したのなら一般的な魔術に関する知識が無くとも別段おかしいとは思われなかったのだ。
結局この現象が朔耶に限った事なのか、他にも朔耶と同じ様な事が出来る人が居るのかは後々調べてみようという事になった。
『そういえば、木を削る時も思ったよりサクサク削れてるような気もするなぁ』
現状、石の加工は朔耶にしか出来ないのでフレイには木の型を削る手伝いと削った石の組み込みを任せる事にして、朔耶は一先ず自分の身体に起きている色々と不可思議な現象を思考の脇に追いやると、護身用具のアイデア捻り出しに没頭した。
最初は魔力石ライターの出力と機構を弄ってスタンガンのようなモノを作ろうかと考えたが、雷属性の石が手に入らないので却下した。魔力石の属性は上書きが可能で、例えば火属性の石を長く水に浸けておくと水属性になる。
雨季の時期などには自然の魔力石の殆どが水属性になってしまうのだ。自然石で雷属性の石を手に入れようと思えば、雷が落ちた場所に魔力石がある事が前提で、さらに雨が降る前に回収しなくてはならない。
魔術による属性付与も可能だが、雷属性の魔力石などという希少性はあっても使い道の無い石を態々作ろうとする術士はいないのが普通だ。精々がルッテンのような発明家を囲う好事家が『健康にイイ!』などと言って作らせる事があるくらいだ。
「フレイは火が専門でレイスは水系?だったよね~」
「はい、レイス様は風と水を修学されていますが雷の具現化までは難しいと思いますし、私は火を専攻してましたから……申し訳ありません」
「ああんもうっ そんな気にしなくていいから! こっちが悪い気になっちゃうよ」
「す、すみません」
恐縮スパイラルに入ってしまったフレイを宥めつつ、何か他に手頃なモノは無いものかと知恵を働かせていると、ふいにフレイが提案を申し出る。
「あの、魔術を習ってみるというのは如何ですか?」
「魔術か~……」
「はい、サクヤ様は護身の体術も身に付けていらっしゃるようですし、初歩の魔術でも十分な力になると思いますが」
「ん~~、興味はあるんだけど……」
魔術を扱うにはやはり相応の魔力を必要とするわけで、朔耶は魔力測定器を自分に向けた時の事を思い出しながらフレイの提案に難色を示した。
「サクヤ様の魔力はどのくらいあるのですか?」
「いや~それが……なんか測定器が誤作動起こしちゃってまともに測れないのよね」
腕を組んだまま苦笑を浮かべる朔耶に、アンバッスはテーブルの端に置いてあった測定器を手に取ると『どれ?』と徐に朔耶に向けてみる。すると針は右端にぴったり張り付いたままピクリとも動かなかった。
疑問に思ってフレイに向けてみると、真ん中付近で二つ並んだ印の右側を指した。左側はレイスの魔力を記したモノだ。ついでに自分に向けると左端の付近で大まかに付けられた印群の中を指した。もう一度朔耶に向けてみる。
「これは……どういう事だ?」
「だから誤作動だってば、多分……」
「どうして誤作動なのです? これを見る限りサクヤ様の魔力は……えっと、百三十石以上ですか?」
魔力石何個分という言い方だと長ったらしいので単位を石で略して一石二石で言い表す事にした朔耶に倣って、針の指す計測値を石単位で口にするフレイ。
朔耶に向けられた測定器が指し示す数値は、フレグンスでも有数の力を持つ術士の類に入るレイスやフレイを遙かに上回っている。計測器の針の様子からして右端に指す空間があれば、まだまだ右の先を指し示していそうだ。
「だってあたし、魔力とかそんなのある訳ないんだもん」
「何故そう言い切れる?」
「サクヤ様、ご自身の持つ力に気付かず過ごしていらっしゃる方の存在は、決して珍しい例ではありませんよ?」
「う~~ん何ていうか、そういうんじゃなくて。前にレイスにもちらっと話したんだけど……」
朔耶はここは説明をしておかないと有耶無耶に出来そうになく、話した所で今は特に問題は無いだろうと判断して自分がいま世界にいる理由を順序立てて話す事にした。
山を登っていた事、突然しらない場所にいた事、レティレスティアに出会った事、疎通の加護を受けた事、それによって精霊に『喚ばれ』たと理解した事。
「別の世界か……よく分からんが、余所の国とか大陸という意味じゃあ無いんだな?」
「うん、あたしの世界にフレグンスなんて国は無いし、魔術は手品かインチキか架空のモノだし、とにかくこことは全然違うの」
あまり事細かに元の世界との文明の差異について話しても上手く説明できる自信が無く、イメージ通り伝わるかも怪しい。
理解して貰えるかも分からないので、最低限の部分だけ伝えて自分がこの世界にとって異質な存在である事を説明する。そうして、それが測定器の誤作動や石の加工が容易な理由に関係しているかもしれないと朔耶は自分の推測も交えて話した。
「サクヤ様の世界には魔術の代わりにサクヤ様がお作りになるような道具が普通に使われていると、いうわけですか?」
「ん~厳密にはちょっと違うんだけど、概ねそんな感じかな」
元の世界に戻れるのかどうかも含めて今はレティレスティアと再会し、精霊について彼女に聞いてみるしか無いと話を締め括る。
左手の草原の遠くに山脈、右手の草原の遠くに湖が見える街道脇で一行は昼の休憩を取っていた。朔耶は相変わらず侍女たちに混じって食事の準備を手伝っている。
「こういう時って中々いいアイデアが浮ばないモノよね~」
「すみません、私がサクヤ様にお話ばかりさせて邪魔をしてしまいました……」
「またフレイはそういう事を言うし~~割と内罰的な性格?」
「う……以前、レイス様にも言われました……」
『やっぱりね~』と笑って流す朔耶は、また恐縮スパイラルに入りかけてるフレイを引き戻して強制談笑に持っていく。そして、どうせなら何かの参考になるかもしれないという事で初歩の魔術の扱い方について少し聞いてみる事にした。
「出来るかどうかわかんないけど、まあ駄目元で。出来たら出来たで儲けモノだし」
「分かりました、殆どはイメージと魔力の流れを感じ取ってそれを具現化する為に融合させるような感じで、詠唱はその工程の道標として補助のように考えてください」
「適当でいいの?」
「一応定石はありますが、それは大多数の人がイメージし易いように練られたものですから、自分にとってイメージし易い言葉であれば何でも」
朔耶は『ふむ』と、野菜を鍋に落としながら適当なイメージとそれを一番連想しやすい言葉を思い浮かべる。やはり最初に作ろうと思ったスタンガンのイメージで電撃。その電撃を一番イメージし易い言葉はないか、せっせと料理を作りながら考える。
料理をしながら魔術のイメージと詠唱を考えるというのもまた、この世界の魔術の修学態度としてはどうかと思われるような行為なのだが、それを指摘する者はココには居ない。そして――
「…………稲妻ビンタ」
「はい?」
「アーアーアー! 何でもないっ何でもない!」
朔耶は思い付いたというよりも、うっかり思い出してしまったというべき忌まわしい技の名前を呟いてしまい、慌ててそれを打ち消した。確かにアレなら魔術で無くとも強力だとは思うが、中学まではマトモだった兄をオタの道に目覚めさせる切っ掛けになったとも言える曰く付きの技だ。あんまり思い出したくないし、そんなモンを護身用魔術のベースにしたくない。
『あー……でもあの呼吸法と気を集中する感覚ってのは、そのまま魔力の集中とかに使えないかな……』
朔耶の現『萌えオタ兄』は中学最後の年まではバリバリの硬派で、今なら格闘オタと揶揄出来る程強さに拘る格闘好き少年だった。
理屈屋な弟はそんな兄に対抗心持ってはいたが力の差は体格からして歴然とし過ぎていた為、小学生当時から理屈っぽかった弟は理論から入って『小柄な体格でも大柄な相手に勝てる技』とか『僅かな動作で相手を倒す技』とか、そっち系で対抗しようとしていた。
実力がその理論に追いついた例は無かったが。
二人の間にいる朔耶は、兄からは実戦型の格闘技を教えられ、弟の提唱する匠の技に魅せられという環境で当時すくすく育っていた。そんな三人と親しく付き合っていた近所の男の子、朔耶の幼馴染だが、彼はミリタリーオタになる前身の頃は護身用グッズを趣味で集めていて、よく特殊警棒やフラッシュライト等を持って来ては自慢していたのだが、ある時彼がスタンガンを持ってやって来た。
そして兄はその彼が持ってくる護身用グッズを尽く自分で試してみるというのが定着していて、スタンガンの威力を自分に試して前のめりに倒れながら『こりゃ凄い!』とのたまっていた。
弟の兄に対する対抗心は、兄に自分に対して関心を持って貰いたいという気持ちがあった。兄が幼馴染のスタンガンの威力を褒め称えている事に『嫉妬』するかのように、朔耶に教えた『気を纏わせた掌底』というのを試すよう促した。
また兄もそういう『新必殺技』を聞くと『よっしゃ来ーい!』の人なので朔耶に『その技カモーン』を促し、朔耶もサンドバッグ相手にはいい感じに叩けたので試してみたかった。
そして試した。兄は失神した。そのあまりの威力に、兄は朔耶の『気を纏わせた掌底』をまるでスタンガンのようなビンタと評し、『稲妻ビンタ』と名付けた。
『それにしても、女子のビンタは……なんか良いな』
その時の兄の台詞である。高校に入ってからは学校の友人にパソコンのゲームを勧められたのを切っ掛けにして、急激にそっち方向へ猛進して行った兄。
朔耶が一見したところ格闘技オタの兄とはまったく接点を持ちそうにない雰囲気のその友人と知り合ったのが、『美少女にびんたされてぇ』とかいう彼の呟きが兄の耳に入ったのが切っ掛けだと聞き、朔耶は『稲妻ビンタ』を封印した。そんな曰く付きの技である。
『呼吸法の感覚は忘れてないし、無意識にしてる事もあるくらいだしね……』
一度深く息を吐き、吐ききってから自然に吸い込む時に足の踵から背中を通して頭の天辺まで気を吸い上げ、額から鼻筋、顎、喉、鳩尾を通して丹田に収める。関節は緩め、腰を軽く落とし、丹田に溜めた気を捻じりながら肩、腕、肘を通して掌に集める……。
と、気を纏うイメージを膨らませていた朔耶は突然に背後から声を掛けられた。料理をしながらイメージに集中などとやっていた為、人の接近する気配に対して散漫になっていたようだ。
「護衛隊に持って行く分は出来たかい?」
ドーソンだった。彼は何時も通り侍女たちの仕事の手伝いで、仕上がった料理を運ぶ為に調理場へとやって来たのだが、位置が朔耶に近過ぎた。振り向いた朔耶は『目の前に居る男』に恐怖を感じ、一瞬で恐慌状態に陥った。
気付いたフレイが慌てて朔耶に駆け寄ろうとした、その時。
「いやああああああああああああああ!!」
それは、『バチーン』とか『びたーん』とかいう可愛い音ではなく――
パカアアァァン!!
「ぶげらぁっ!!」
乾いた音と共に青白い閃光が瞬き、ドーソンの身体が一瞬浮いて錐揉み状に半回転し、どさっと倒れて動かなくなった。
「……はっ! ああっ!! ドーソンごめん!! 大丈夫!?」
一瞬の静寂の後、我に返った朔耶の慌てた声が響く。
「おいっどうした! さっきの悲鳴はなんだ!」
何事かと護衛隊の面々もやって来たが、朔耶の男性恐怖症の事があるので調理場の外から声を掛けた。
「あ、アンバッスさんっ ごめん! ドーソン伸しちゃったのっ 誰か手当てしてあげて!」
「凄いですサクヤ様! 詠唱も無しに雷を纏う事が出来るなんて、やっぱり才能がお有りなんですよ!」
「いや、そんな事よりドーソン診てあげないと……あたしもびっくりしたけどさ」
「そんな事だなんてっ 本当に凄い事ですよ!」
泡を吹きながら失神したドーソン、白目を向いているドーソンに慌てる朔耶、朔耶の才能に感嘆して周りの状況が見えてないフレイ、調理場はまさに阿鼻叫喚といった空間に陥り、救急具を持った護衛隊が調理場に突入するまで騒ぎは続いた。
朔耶の男性恐怖症はこの一発で諸共吹き飛んだようだった。『雷』が発生した理由は『きっとそういう世界だからだろう』という、深く考えない方針で棚上げした。
「も、申し訳ありません……私ったら、本当に……」
「あ~もう、そんなに落ち込まないの」
「いやぁ彼には感謝しなくてはいけませんね、御蔭でまたこうしてサクヤと一緒に居られます」
「だからフレイが誤解するような言い方するんじゃない!」
そんな感じでワイワイ言いながら出発した一行は、夕暮れ頃にはフレグンスの国境の街カンタクルに入るのだった。
一方、朔耶の『稲妻ビンタ』をその封印と共に男性恐怖症諸共受け止めたドーソンは、使用人の馬車で介抱されながら同情した侍女たちが何時もより優しく接してくれるので嬉しそうにしていたという。
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