――出発前
昨夜の事もあってか、アンバッスは護衛交代の可能性がありうる事を話しておいた良いと考えて朔耶を探していた。大型馬車の車室に居なかったので侍女たちの馬車を探すと、朝食の準備を手伝っている朔耶を見つけた。
普通、要人として護衛される対象がその侍女たちの仕事を手伝ったりはしないものだが、朔耶に関してはもうその辺りの区別については考えない事にしていた。
最初のうちは侍女たちも『仕えている主人に手伝わせるなどとんでもない』と手を出させなかったのだが、隙を見ては手伝おうとする朔耶に根負けしたようだった。一度など侍女の服を着て変装してまで作業場に潜り込んだ事がある。直ぐにバレてたが(当然だ)。
「サクヤ」
「あれ、アンバッスさんどうしたの? ご飯まだだよ?」
「話しておきたい事がある、少しいいか」
キョトンとした表情で野菜を刻む手を止めた朔耶は、気まずそうな顔をして少し俯き加減に頬を染めつつ、上目遣いからスッと目を逸らしてボソッと呟いた。
「ゆうべの事は……忘れて……」
途端、周りから作業の音が消え、侍女たちの視線がギンッという金属音でも聞こえそうな勢いでアンバッスに突き刺さる。
「……なんなら昨夜のことを事細かく話してやろうか?」
「あっあっ うそ! 嘘! やっぱオジサマにはこういうの通用しないね~」
パタパタと手を振り、慌ててアンバッスの背を押しながらこの場から離れていく朔耶だった。『オジサマ……オジサマか……』という熟年小隊長の呟きはとりあえず無視した。
「それで、どうしたの?」
「うむ……、次の街に着いてからの事なんだがな、もしかしたら我々と交代の護衛が来ているかもしれん」
「交代? 皆途中で帰っちゃうの?」
「それは分からん、王都までは一緒に行くかもしれんし、そもそも交代が来るかどうかも推測でしかないからな」
護衛の交代がなければ王都まで今まで通りだが、もし交代があった場合について注意しておきたい事があるとアンバッスは語った。
「王国騎士団は一応実力主義を採ってはいるんだが、基本的に王都の門閥貴族出の奴が多い。我々よりも身分もプライドも高い連中だから、俺たちのような付き合い方は難しいと考えてくれ。寧ろ親しげに接してくる奴には何らかの裏心があると思った方がいい」
ふと、レイスの事が浮かんで内心苦笑する朔耶。
「やっぱりレティ絡み?」
「王女にあそこまでさせる人物なのだからな、お前は。自覚があるなら良い、十分気をつけておいてくれ」
「は~い」
朔耶の子供っぽい返事に、むぅと顔を顰めるアンバッス。
「あははっ あたしアンバッスさんのその顔、好きだよ」
そう言って侍女たちの馬車に戻る朔耶を、虚を突かれたようにポカンとして見送ったアンバッスは『ふん……』と鼻を鳴らして護衛隊の馬車に戻っていった。護衛隊の馬車の前では若い騎士が何やら黒いオーラを背中に纏っていた。
相も変わらず草原が続く風景の中、街道を進む一行はそろそろ昼食の休憩を取ろうかと街道脇に馬車を停めた。
「あ~~~~何処までも草原! 何時までも草原! 寝ても覚めても草原~~!」
「なんの歌だそれは」
「草原の歌、『永遠の草原』」
適当な歌詞とタイトルをでっち上げながら朔耶は退屈音頭を踊っていた。何か作ろうにももう材料の魔力石が底をついてしまい、この草原には手頃な石が落ちていないので移動中ずっと手持ち無沙汰なのだ。
「あ~あ退屈だ~退屈だ~」
「わわっ あ、あのっ さ、サクヤ様……」
「今度は退屈の歌か? つーか放せ、部下で遊ぶな」
そんな調子で賑やかなれど穏かな時を過ごしていた朔耶達だったが、真面目に見張りをしていた騎士の『何者か騎馬にて接近せり』の報で俄かに緊張が走った。護衛隊は朔耶と侍女たちを馬車内に避難させると、接近する騎馬に対する警戒態勢を取る。
やがて四騎の騎馬が護衛隊の前に現れた。
「王国騎士団?」
彼等の装備と紋章をみた若い騎士が呟く。その呟きに答えるように、馬から降りた騎士が顔全体を覆う兜を脱ぐと口上を述べる。
「道中ご苦労! 我等は王都より派遣されたクリューゲル方面カースティア駐在派遣騎士団ガリウス小隊である! 私は隊長のガリウス・ツィット・ジャバールだ」
そう名乗ったガリウスは三人の部下を紹介して身分を明らかにした後、軽薄な笑みを浮かべて言った。
「で、サクヤちゃんは何処だい?」
大型馬車の車室の中で昼食を摂り終えた朔耶はテーブルを挟んで向かい合った騎士達の甘ったるい熱視線に辟易していた。
正面に座るガリウス小隊長は端整な顔立ちはレイスとも似ているが体躯はしっかり鍛えられている感があり、目元がやや垂れ気味な所が長身の威圧感を緩和している。
その後ろに並び立つ三人は面長、ぽっちゃり、童顔といった感じで、何れも血筋が良いのかモデルさんや俳優さんのような顔立ちをしていた。
面長がクールな感じで、ぽっちゃりが癒し系な感じで、童顔が無邪気な感じで、そうして隊長は誑しな笑顔で其々朔耶に熱視線を浴びせているという状況だ。
『何処のビジュアル系アイドルグループですか?』
「え~と? それで、皆さんは追加の護衛をして下さると?」
「まあね、王都まであと少し、万が一があってもイケないからな」
「王都に近いんなら寧ろ今までより安全なのでは?」
「所がそうでもないんだなコレが、王都周辺の方が金持ちも多いから、それを狙った盗賊団も結構多いんだ」
このガリウスという騎士は口上の時のような厳格さを欠片も感じさせない軽さで朔耶と相対していた。
アンバッスに聞いていた話と随分違うというよりも、全員親しげに接して来るというのはどうよ? と流石に困惑を隠せない朔耶はレイスに視線を向けて助けを求めた。その視線の意味を正しく理解したレイスが口を開く。
「そろそろ出発したいと思いますので、皆さん護衛の配置に就いて貰えますか」
「おっと、もうそんな頃合か。じゃあな~サクヤちゃん、また後で」
素直に車室を後にするガリウスと部下の面々、三人の部下達もきっちりアピールを忘れない。クールに口の端を上げるだけの微笑と朗らかな笑みと愛くるしい笑顔が車室に余韻を残していった。
「だあぁぁ~~」
「ああいう手合いは苦手ですか?」
四人が外に出た途端、テーブルに突っ伏してぐた~っとなっている朔耶にレイスが気遣うように声を掛ける。隣室に控えていたフレイがお茶を持って来てくれた。
「苦手というか……疲れるというか……」
ズズズーーっと適温のお茶を啜って気力を回復した朔耶は、椅子の背凭れに身体を預けながら天井を見詰めるように言った。
「見極めが大切よね」
はっと目を瞠るレイス。朔耶の言動に目を瞠る思いをするのは何度目だろうか。この娘は今の応接の席でも只彼等の雰囲気に飲まれて圧倒されていただけでは無く、しっかり見定めようとしていたようだ。
ガリウスを初めとする四人は派遣騎士団に席を措いているが、王都では何れも劣らぬ門閥貴族の家系の者だ。其々次男や三男といった位置にいる。彼等の兄弟で家督を継ぐ者は王都の王国騎士団に所属している者が多い。
「信用出来そうな者は居ましたか?」
「ん~今の時点だと何とも」
「そうですか……」
「心配しなくても先約のレイスを優先してあげるわよ」
思わず目を丸くするレイスに、朔耶はいたずらっぽく微笑んで見せた。
「どう見る?」
「ガキだな、俺の好みじゃねー」
馬車を退出したガリウス隊は護衛隊に預けてある自分達の愛馬に向かいながら王女の客人について評しあっていた。
面長騎士の質問につまらなそうに答えたのは誑し顔の騎士、ガリウス隊長である。そんなガリウスの返答に童顔の騎士が子犬のような笑顔を向けながら言った。
「でも食べちゃうんでしょ?」
「まあ、ガキでも女だしな。レスティア姫と懇意っつー旨味は捨て難い」
特に親しい間柄でも無いのに略称で王族の名を口にする辺りに、彼等の品性と王家に対する忠誠の度合いが表れている。
「お前らも遠慮しなくていいぞ? フラン、お前がいってみるか?」
「え~僕は仲良くなれればそれで良いかなぁ、あのコ可愛い感じするし」
「フランはああいう娘が好みなんだねぇ」
ガリウスの嗾けに肩を竦めて遠慮するフランと呼ばれた童顔騎士と、細い目を更に細めてそれを冷やかす癒し系ぽっちゃり。彼等のやり取りを無視して面長の騎士が戒心を促がすように口を開く。
「一緒に居た騎士、奴は確かアクレイア家の後継ぎだ」
「問題ねえよ、没落した魔術士の家系なんぞ気にする事ぁねぇさ」
「向こうも色々手を打ってそうだがな」
真面目な話しに童顔もぽっちゃりも表情を改めて先程の応接で感じた私見を述べた。
「さっきの様子でも結構仲良さそうだったよね」
「ここまでの道中でそれなりに動いてると思うなぁ」
それは十分に考えられる事だとガリウスも念頭に置いている。アクレイア家とコースティン家の確執と宮廷魔術士選考の顛末についてはフレグンスの騎士なら誰もが知っている事だ。
アクレイア家の跡取りが家格の復興にあの娘と王女の懇意を利用しようと画策する事を、想定しない方がおかしい。
「なんにせよ、街に着いてからだ。行軍中は大した事も出来ねえだろ」
そう言って愛馬に跨る。ガリウスの部下に対する呟きを耳にした護衛隊の熟年騎士が怪訝な表情を見せたが、ガリウスはニヤリと笑みを返して護衛の位置に就いた。
先頭を行く護衛隊馬車の後ろに続く大型馬車と更にその後ろを行く侍女たちの馬車の左右に其々二騎ずつが就き、次の街に向けて出発した。
フレグンスの隣国クリューゲル。その首都であるカースティアの街に到着したのは、日が暮れて少し経った頃だった。
日が暮れると月の明るい夜でもない限り、地平線まで伸びる草原は空との境目まで闇が広がる大地となって夜間に進む事を躊躇わせるが、一行はその先に見えるカースティアの灯りを認めながら走り続ける事で、日を跨がずに街に入る事が出来た。
ガリウス隊に先導されて街で一番大きな高級宿に案内されると、これまで同様に宿の支配人と使用人一同が整列して出迎えた。
「はぁ~~やっと休める……」
流石にエバンスの時のように偉いさんが挨拶に来たりはしなかったのでホッとしながら、朔耶は夕食もそこそこに宛がわれた部屋で一息ついていた。ベッドに転がって今日の事を振り返ってみる。
アンバッスが懸念していた護衛の交代要員は用意されなかったようだが、ここからはガリウス隊が付き添う事になる。宿に入る時もやたらフレンドリーに接してくるガリウス隊に、護衛隊の面々も侍女さん達も少し戸惑いの色が見えていた。
護衛隊の人たちはガリウス隊の彼等が只の護衛目的だけで来たわけでは無い事を、やはり騎士という国の機関に属する立場上分かってしまうし、侍女さん達にとってもその辺りの事情は分からない事ではない。
ただ、余りにもあからさま過ぎて途惑ってしまうという感じだった。ドーソンが唯一ふむふむ言いながら何かの参考にしていたようだが。
「隠しても仕方のない事だから、ぶっちゃけちゃったのかもしれないなぁ……」
どうせ下心バレバレなのだから、下手に隠して紳士を気取らず、気楽に正面から『彼女に取り入る心算? だからどうした!』というノリなのかも知れないと朔耶は考える。
「まあ、それならそれで、根は正直でイイ人って事にもなるけど……」
『さてさて、どう対応しましょうかね~』と適当に悩みつつ、朔耶は湯浴みに行く為ベッドから降りた。やはり街に着いたならお風呂に入りたい。
バーリッカムの温泉のような場所は例外だが、通常、貴族の湯浴み用の浴槽は深さが膝くらいまでしかなく、基本的に湯に浸かるという習慣は無いようで、普通は足首くらいまで浸かって身体を洗う程度だとフレイから教わった。
エバンスの宿で湯浴みをした時も浴場は広かったが、座っても腰の辺りまでしかか浸かれず、お湯が湧き出ている場所だけ深くなっていたので態々そこに身体を押し込んで温まったくらいだ。
「横になるってみるのもいいかも」
広さは十二分にあるので、どうせ誰も見ていないなら縁部分を枕に寝そべっちゃえと、そのまま眠てしまわないように気をつけつつ朔耶は横になった。
「ふんふ~ん」
思いのほか心地良かった『寝そべり風呂』を満喫した朔耶は、ご機嫌な調子で鼻歌など歌いながら部屋に戻って来た。寝衣に着替えてベッドの上に放り出しておいた小物入れと、草原で退屈音頭を踊った後暇つぶしに弄っていた道具をベッド脇に除ける。
さあ、後は寝るだけだと枕をぽふぽふしたその時、ふいにベッドが軋んで柔らかいマットが沈み込み、その拍子にバランスを崩して沈み込んだ方向に倒れ込む。
「うひゃっ」
「おおっと」
朔耶を背中から抱きとめたのは甲冑を脱いでラフな格好になったガリウスだった。
「へっ? え! ガリウスさん!? なんでっ?」
慌ててガリウスから離れようと身体を起こした瞬間、そのまま押し倒されてしまった。『一体何事ーー!』と焦って真っ赤になりながら暴れる朔耶の振り回される手足を手馴れたように捌くと、両手を頭上で交差させて拘束する。
必死にもがく朔耶だったが片手でかるく抑え込まれてしまう。ラフな格好をしているガリウスは袖無しの薄手のシャツから見える二の腕の太さや胸板の厚さなど、その鍛え上げられた体躯がよく分かる。
「ちょ、ちょっと! なんのつもりよ!」
「おや? 中々気丈だなぁ。心配しなくても優しくしてやるって」
「ふ ざ け ん な っ !!」
「おおう~ガラ悪りぃ」
『はーーなーーせーー』と尚も暴れる朔耶に、ガリウスはこういうじゃじゃ馬を馴らすのも面白いと笑みを浮かべると、自然な動作で朔耶の寝衣に手を掛けた。ビクリと肩を震わせる様子を満足げに観察しながら寝衣の胸元の結び紐を解いていく。
「……あんた、本気?」
「ん? 俺は何時だって本気だぜ?」
軽薄な笑みを浮かべながら解いた紐を伸ばしてみせるガリウス。三段に結ばれていたリボン状の胸元の結び紐は全て解かれてしまった。後は少し寝衣をずらしてやれば胸元が露わになる、という所まできて急に大人しくなった朔耶の顔を覗き込むと――
「…………明かり、消してよ……」
観念したように眼を逸らしながらそう言った。
「いいぜ、ちょっと待ってな」
結構あっさり観念したようだがこの位の歳の娘ならまあこんな所だろうと、ガリウスは拘束していた手を離し、天井から下がるシャンデリアのような照明に向かって手を拍つと明かりが消えた。
こういう高級宿に使われている明かりは魔術式を使っているのが殆どで、特定のキーワードで点灯、消灯を行える高価なモノだ。実際には消えているというより限りなく出力が抑えられている状態に入る。
真っ暗とまではいかない薄暗くなった部屋で、ベッドに横たわる朔耶に馬乗りになっているガリウスは『最後の抵抗を見せるか?』と朔耶の様子を窺ったが、顔を背けたまま大人しくしている少女に少々拍子抜けした。
しかしまあやる事は変わらないとばかりに、紐の解けた寝衣の胸元を開けようと手を伸ばした瞬間、朔耶はその腕を取って引き寄せた。結果、ガリウスは朔耶に覆いかぶさるような状態になった。
「おいおい、急に積極的だな」
「うん、こうした方が確実だから」
なにがだ? と疑問の声を上げようとしたガリウスの脇腹に、何かが押し当てられる。
「発動しなかったら、あたしの負けだね」
「ん? なんのこ……――」
ドムッ という肉の詰まった袋を棒で力一杯叩いたような音がして、ガリウスの身体が真横に吹き飛んだ。そして床に叩きつけられたガリウスは、脇腹を押さえて苦痛に悶絶する。
「!っ……ガ…ハァ……ハァ……いっ……たい……な、……なに……を………」
一体何が起きたのかと、ガリウスは訳も分からず脇腹の重い激痛と床に叩きつけられたショックで朦朧とする意識が飛びそうになるのを抑え込んでいた。朔耶はむくりと身を起こすと天井に向かって手を柏ち、明かりを灯す。
ベッドには拉げてバラバラになった辺境騎士団の篭手の残骸が散らばっていた。きょろきょろと部屋の中を見渡し、ベッド脇に立っていたライトスタンドのヘッド部分を外した朔耶は、徐にスタンド部分を両手で握って振り上げる。
「お……い……ま、まじ……かよ……」
未だ激痛で動けないガリウスに向かって、朔耶は目に涙を浮かべながら振り下ろした。
「この……、オンナのてきぃーーーーー!!」
――少し前
アンバッスは明日以降の護衛の打ち合わせをする為にガリウスの姿を探していた。護衛が増えると言う事は必要な食料の量も増えるし、緊急時の連携等も考えておかねばならない。
ガリウス隊が宿泊している部屋に向おうとする途中、その部下達の姿を廊下の奥に見つけたので後を追う。
「あれ? 隊長、護衛の打ち合わせに行ったのでは?」
「レイスか、その肝心のガリウス隊長が捕まらなくてな、丁度部下を見つけたんで追いかける所だ」
そう言って廊下の奥を指すと、レイスが怪訝な表情をした。
「向こうは要人専用棟で、今日はサクヤしか泊まっていない筈ですが……」
「……連中がサクヤに用向きか?」
昼間からの事があるだけに、不安が募る。とにかく行ってみようと、アンバッスはレイスを連れて彼等の去った廊下の奥へと向かった。
廊下の奥の角を曲がると、この先は要人専用の客室で数部屋分の扉しか無い。一番奥の部屋が朔耶に宛がわれた部屋だが、その部屋に向う廊下の前に件の三人が何をするでもなく立っていた。
そしてアンバッスとレイスの姿を認めると、壁に凭れていた面長が童顔とぽっちゃりに目配せして廊下を塞ぐように立つ。そんな彼等にアンバッスが声を掛けた。
「お前達ここで何をしてる、ガリウス隊長を見掛けなかったか?」
「……見ての通り、俺達は自主的にサクヤ様の警護をしている。ガリウスは……どっかその辺りをぶらついてるんじゃないか?」
「隊長は風来坊だもんね」
「時々ふらっといなくなるんだよねぇ」
アンバッスは三人の表情を注意深く探った。面長は特に変化は無く、昼間見た無表情なままだ。ぽっちゃりは表情の変化が読み難い、目が細過ぎるせいかもしれない。
童顔は一見変わり無い様に見えるが、これは多少の興奮状態、緊張状態が見られる。所謂『きょどっている』状態だ。
「そうか、じゃあ後にするか」
そう言うと、あからさまにホッとする変化が表情に見られた。なのでアンバッスはこう続けた。
「サクヤの用事を先に済ませるとしよう」
途端に頬を引き攣らせる。ここまで来るとこれ以上の探りを入れる必要もない。サクヤに直接声を掛けて不審な事は無いか尋ねれば良いのだ。
「まて、こんな夜更けに女性の部屋を尋ねるなぞ、失礼だとは思わないのか」
「お、王女様の客人だもんね」
「変な噂が立っても不味いしねぇ」
三人が顔色を変えて引きとめようとするので、アンバッスは確信を深めた。ガリウスはサクヤの部屋に居る、と。
「どけ、扉越しに声を掛ければ済む話だ」
「分からん奴だな、不敬な騎士だとは聞いていたがこの程度の分別すらつかないとは」
面長の挑発を無視し、彼等の制止を振り切ろうと揉み合いになったその時、部屋から朔耶の叫び声が響いた。
「……オンナのてきぃーーーーー!!」
一瞬、この場の全員の動きが固まる。直ぐに硬直から回復したのはアンバッスだった。
「サクヤ! どうしたっ!」
「あ、アンバッスさん! たすけてぇーーー!!」
瞬間、ドゴッ という音がして面長の身体が廊下の壁に叩きつけられた。アンバッスに強烈なボディブローを叩き込まれた彼はそのままズルズルと崩れ落ち、膝を付く。アンバッスはそれに見向きもせず扉に突進していった。
「うわわっ クランドルが一発で!」
「ああっ あの人部屋に行っちゃうよ、隊長に怒られる」
捨て置かれた二人はアンバッスを追うかこの場から逃げ出すかという選択肢を選ぼうとして、冷たい空気に囚われた。
「……何処へ行くおつもりで?」
抑揚の無い声で尋ねるレイスの周囲から発生する冷気が、辺り一体を包み込んで壁や床に霜を降らせている。パキンッと音がしてレイスの翳した手の表面に氷粒が現れ、それらは渦を巻きながら集まって行き、やがて氷塊となって慌てる二人を威嚇した。
「ちょ、ちょっと君! こんな場所で魔術使う気!?」
「あ、危ないよおっ 落ち着こうよう!」
廊下の三人をレイスに任せて朔耶の部屋に踏み込んだアンバッスは。寝衣を乱し、顔を涙でくしゃくしゃにした朔耶がライトスタンドの棒を握り締めて、床に沈んでいるガリウスを叩きのめしている光景に再び固まった。
「ふぇえええっ アンバッスさ~ん! 襲われたーーー!」
「……で、返り討ちにして叩きのめしたのか」
胸に飛び込んで来た朔耶を優しく抱き止めながらも、完全に伸びているガリウスのボロボロな姿に思わず溜め息をこぼすアンバッスだった。
その後、騒ぎに駆けつけたフレイが朔耶を宥め、今夜は彼女が付きっきりで過ごす事になり、宿の支配人に新しい部屋を用意させて二人をその部屋で休ませた。
アンバッスはボロボロになったガリウスを部屋から引き摺り出すと、そのまま氷浸けにされ掛かっていた三人共々派遣騎士団本部に引っ張って行き、派遣騎士団長に厳重抗議を申し出て宿に戻った。
派遣騎士団長は護衛任務は彼等の独断であり、今回の不祥事は派遣騎士団では無く彼等個人にあると抗議に反論していたが、それに対してはレイスが――
「……では、レティレスティア様にそのように御注進なさる事です」
と言って切り捨てた。
「大丈夫ですか? サクヤ様」
「うん……なんとか」
今頃になって襲われた恐怖が込み上げ、震えが止まらない朔耶を包み込むようにフレイが労わる。
「はぁ~~……、ほんとに危なかったよ……アンバッスさんの拳骨が作動しなかったら、あたし……」
「サクヤ様、今後は私が常にお傍で御守りします。サクヤ様に害を成す者は、私が焼き尽くしてご覧に入れましょう」
本当に憤慨している様子のフレイに、朔耶はなんだか吹き出しそうになりながら安心した。
この日はフレイに抱きすくめられたまま眠りに就く朔耶だった。
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