19話:サクヤ式
朝食を部屋で済ませた朔耶はさあ今日も出発だぁとフレイと並んでロビーに下りると、朝から憩いの場に人だかりが出来ていた。
「あ! 『サクヤ式送風機』の発明者だ!」
と、昨日のルッテンマニアの片割れが朔耶を見つけて叫ぶ。
「何よ、サクヤ式ってのは……」
「いやぁ〜 嬢ちゃん凄げぇ発明家だな! もしかしてルッテン所縁の者だったりするのかい?」
「いや、欠片も関わりないから」
パタコンッパタコンッと大団扇を上下させている二機のルッテン式扇ぎ機に挟まれた位置で、ゴーーッと景気良く冷たい風を吐き出している送風機の前には朝の一般客が集まって温泉上がりの火照った身体を翳している。
中の石を火属性に変えれば熱風も出せるかもしれないなぁと、なんとなく冷暖房機の構想など練りながら朔耶は他の仲間達と合流して馬車に向った。
「いってらっしゃいませー」
支配人他宿の使用人一同のお見送りを受けて一行はバーリッカムの宿を後にする。
見送りの挨拶の言葉に、家族旅行で訪れた事のある有名な温泉ホテルの事を思い出した朔耶は、次にここを訪れる事があれば『お帰りなさいませ』で出迎えられるのかな?などと考えて笑みが零れた。『温泉街って異世界でも帰郷の町なんだなぁ』と。
ちなみに朔耶が残した送風機はルッテンマニアの二人が『サクヤ式』を連呼して広めた為、以後『サクヤ式送風機』が正式名称となり、朔耶の作った道具を現在の所二つ程所有している護衛隊もこの時の出来事が切っ掛けで改造された盾と篭手にそれぞれ『サクヤ式』をつけて呼ぶようになった。
バーリッカムを出発した朔耶達一行は途中一度の休憩を挟み、現在クリューゲルの首都カースティアに向けて『風の街道』を進んでいた。
カースティアとバーリッカムを繋ぐこの街道は、地平線まで広がる草原が延々と続く平原地帯だ。時折岩が鎮座している事で風景の変化が見られるというくらいに、何処までも草原が続いている。
「『サクヤ式アンバッスさんの拳骨』の調整の事だけどさぁ」
「……そっちを正式名称にするんですか?」
笑いを堪えながらレイスが問う。朔耶の作った道具に『サクヤ式』を付ける事が護衛隊内で定着したのはアンバッスが率先してそう呼び始めたからだ。
なので意趣返しのつもりも兼ねて『寸勁の篭手』は又の名であった『アンバッスさんの拳骨』を正式な名前に定めた。
「あれはやっぱりちゃんとした筒が無いと中が直ぐ歪んじゃってダメだわ」
「そうですか、では向こうに着いてから技師に型を作らせてみるのはどうです?」
「そだね、盾の方は元々の使い方に添ってたから上手く出来たしね」
そんな話をしながら、テーブルの上では石を削って木を削ってという作業が行われている。既に見慣れた光景、この要人専用大型馬車の車室はすっかり朔耶の工房になっていた。
「今度はどんな物を?」
「うん……試作したライターをね、ちょっと量産しようかなって」
「ライター……とは?」
「お手軽火付け石だとでも考えて」
折角ブランド名が付いたんだからついでに銘も入れてヤレなどと言いながら小さく削った石を整然と並べては計測器で測定するという作業を繰り返している朔耶の傍らで、削った木の型にそれらを組み込んでいくフレイの姿、こちらもすっかり助手役が定着していた。
「そういえば、今日は何処で一泊するの? 次の街も遠いんでしょ?」
「ええ、今日は途中で野宿になりますね」
「やったぁ! そっちの方が気楽で嬉しい」
「ふふ……サクヤは堅苦しいのは苦手なんですねぇ」
『庶民ですから』と答えながら護衛隊と侍女さん達とオマケのドーソンの人数分を組上げた朔耶は、早速ライターの表面に銘を彫り込む。
「これってさ、その人の家の紋章とか刻んで送ったら喜ばれるかな?」
「それは面白いかもしれませんね、サクヤの道具は只でさえ希少価値がありますから」
軽く言ってみた朔耶に、レイスも軽く答えた。 二人ともこの時は『ちょっとしたプレゼントにはなるだろう』くらいにしか考えていなかった。
「はいこれ、使い方はこうやってここを開けて、この部分をぐっと押し上げるとこんな風に火が付くから」
日暮れと共に街道から少し脇に逸れた場所に馬車を停め、野宿の準備が進められる傍らで朔耶は量産したライターを皆に配って回っていた。ここまでの二日間で見た朔耶の作った他の道具と比べると聊か地味な道具ではあったが、それでも送られた彼等には十分驚嘆物の道具である。
魔術式のランプには幾つか種類があって、火を灯す従来の物から光そのものを発現させる物などがあるが、何れも触媒型の魔術を使った道具であり、通常、ランプの中には呪文の刻まれた光源の元になる触媒が仕込まれている。あまり小さな触媒ではランプとしての十分な光度を得られないので、それなりの大きさのモノが使われている。
この触媒には寿命があって魔力を失って呪文が消えると新しく呪文を刻み直すか交換しなくてはならない。寿命の長さは触媒になるモノの質や呪文を刻む魔術士の腕によって変わってくる。当然ランプの光度にも差がでる事になる。
一方、朔耶の魔力石ライターは魔術式のランプよりも遥かに小さく、それでいてしっかりとした火を灯し、火が小さくなったら火属性の魔力石の上に暫らく乗せておくだけで魔力が回復して何度でも使えるのだ。
「しかしこれは便利だな、色々使い道がありそうだ」
「凄いですよね、帰ったら隊の皆に自慢できますよ」
「お前は盾も貰ってるしな」
アンバッスと若い騎士は朔耶に貰ったライターをしげしげ眺めながら食事を摂っていた。クルストスから朔耶を運ぶ任務を受けていたアンバッスとレイスの他に、エバンスから護衛についた四人を合わせて総勢六人の騎士で編成されている護衛隊は、二人一組の交代で見張りと食事を行っている。レイスと定位置の騎士は常に朔耶の側に付いている役だ。
「王都まであと街二つですね、それまでにまたどんなモノを作ってくれるのか楽しみですよ」
「…………王都までか……、どうだかな」
ふいに難しい顔をして声のトーンを落としたアンバッスに、若い騎士は訝しげに首を傾げる。
「なんです?」
「うむ……、果たして王都まで我々が護衛を務めるのか否か……、だな」
「え? どういう事です? だって……」
「まあ、王都まで同行はする事になるかもしれんが……恐らく護衛の役はカースティアで交代って所だろう」
エバンスでの異例の一幕により朔耶の身元が明らかになった時は色々と場も混乱していたし、サムズは辺境国でもあったのでそのまま辺境騎士団に所属する自分達がここまで護送と護衛を通してきたが、クリューゲルの首都カースティアは比較的フレグンスの王都に近い街だ。
もうそろそろ、王権に取り入ろうと色々と画策する輩の手の届く範囲内に入ったと考えられる。対帝国政策で近隣国と足並みが揃わないのも実はそういった連中の足の引っ張り合いが関係している事も少なくないと、アンバッスは渋面で語った。
「え、じゃあ…… 王国騎士団辺りが出張ってくるかもって事ですか?」
「場合によっちゃ近衛かもな、王国騎士団の連中は国内の間諜洗い出しに忙しいだろうし、こんな時期に態々出張って来れる奴なんかロクなもんじゃない。が、それでも出張って来る奴は普通にいるさ」
「……それってやっぱ、上(王宮)周りでやり合ってる偉いさんの息が掛かってるような奴等ですかね?」
「だと思うぞ? 近衛が来りゃあそうとも言えないが、良家の次男やら三男やらが混じってたら間違いなく俺達は外されるな」
げ〜〜と、そういう連中が来た場合の事を想像した若い騎士が呻き声をあげる。
彼等にとっても権力闘争というものは人事では無いのだが、王宮に入るの入らないのという雲の上の闘争とは殆ど無縁な下級貴族出の辺境騎士である彼にとって、そういう所に居る御仁達と行動を共にする事になるかも知れないと思うと気が滅入って来るのである。
雲の上の御仁という事であれば朔耶も今やその範疇にあるのだが……。
食事を摂り終え、見張りの交代に馬車を横切った時、中から朔耶の笑い声が聞こえて来た。楽しそうにお喋りをしている最中のようだ。相手はレイスか、この前の川原での一件辺りから随分仲の良くなった赤毛の侍女かと推察する。
「まったく、気楽なもんだ」
「そこがサクヤ様の良い所じゃないですか」
『ふん……』と肯定とも否定とも付かない返答を鼻で返し、アンバッスは見張りの位置に就いた。
――深夜
「アンバッスさ〜ん 起きてる?」
「見張り中だ、寝ろ」
「つれないねぇ〜 相変わらず」
朔耶は馬車の間に立つアンバッスの隣によいしょと腰を下ろす。
丁度反対側に居る若い騎士が、朔耶を気にしてかチラチラ視線を向けていたのでニコ〜と笑って小さく手を振ると、赤くなって会釈した。
「任務に集中しろ」
「は、はいっ」
アンバッスの怒声に慌てて背を向ける若い騎士。『怒んなくてもいいのに〜』と非難の目を向けていた朔耶は、徐に息を吐くと普段の調子で話しかけた。
「次は『カースティア』? だっけ?」
「ああ、クリューゲルの首都だ 中々大きい街だぞ」
「その次は?」
「カンタクル、国境の街だ そこからはフレグンス国内になる」
『そっか〜』とあまり興味なさ気に答えると、膝を抱えて座りながら爪先で遊ぶ。 口調は普段通りだが何かが違う雰囲気を纏わせる朔耶の様子に、アンバッスは怪訝な顔を向ける。少し俯いた朔耶の横顔は漆黒の髪がカーテンの様に遮り、その表情を窺う事は出来ない。
「どうした?」
「うん…… ちょっとね……」
急に影が差したように元気を無くした様子の朔耶に、アンバッスは心配になって腰を下ろすと優しい口調で問いかけた。
「なにか悩み事か?」
「…………」
「俺に出来る事なら、言ってみろ」
俯き加減だった朔耶は、ちらっと顔を上げてアンバッスの顔を覗き込むと、再び俯いてしまう。 そして僅かな沈黙後……
「ちょっと、甘えさせて」
そう言ってアンバッスの身体にその身を預けるように凭れ掛かった。ふわりと浮いた黒髪がアンバッスの頬を撫で、香水のような甘い香りが鼻腔を擽る。
突然の事に一瞬硬直した彼だったが、そこは年の功というべきか、すぐさま動揺から立ち直って朔耶の様子を窺った。
『酔ってるわけでもないし、ふざけてる訳でもない、か……』
「なんだ? 寂しくなったのか?」
「うん……」
思いのほか素直な返事が返ってきて驚く。
「……レイスにでも甘えればいいだろうに」
「あの人はダメ、甘えたらそれだけで済まなくなっちゃうから」
「俺はいいのか?」
「お父さんみたいな人じゃなきゃダメなの……」
『お父さんと来たか』と、アンバッスは苦笑する。 レイスの評し方にも笑ってしまったが、父親代わりにされる自分が一番笑えるなぁと。
物怖じしないし妙に勘が鋭いし、中途半端にガサツな所もあるし、魔術士顔負けのとんでもない道具を作る何処か不思議な空気を纏う異国の少女。
『何処から来たのか分からんが、この年頃の娘が異国の地に一人でいるのは……やはり寂しいものなんだろうな』
俺で代わりになるなら父親くらいやってやるさと、アンバッスは自分の胸に凭れ掛かっている小柄な少女の黒髪を、優しく撫でてやるのだった。
「……え〜と、ありがとねっ おやすみ!」
暫らくアンバッスの腕の中で過ごしていたが、気が済んだのか身体を起こした朔耶は照れたようにそう言うと、馬車に戻って行った。
やれやれと、緩んだ表情でそれを見送って立ち上がり、見張りの任に就くアンバッスだった。
「た〜〜い〜〜ちょ〜〜〜〜〜」
「な、何だっ!?」
「ぬ〜〜け〜〜が〜〜け〜〜だ〜〜〜〜」
「違うっ 何を言っとる! あれはサクヤが甘えて来ただけだ」
幽鬼のようなオーラを纏わせた若い騎士に責め立てられるアンバッスの姿という光景がしばし繰り広げられるのだった。
「ぬ〜〜け〜〜が〜〜け〜〜」
「ええいっ 鬱陶しい!」