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今回はちょっと雰囲気を変えてみました。
本編
18話:異界の発明家




 フレグンスとあって無いような国境を接する隣国クリューゲル、その更に隣国であるサムズとの国境に位置する街バーリッカム。
 街のいたる所から蒸気が吹き出す温泉の街でもあるここは、大陸中から年中絶える事なく観光客が集まっている。キトに次いで春売りの多い街でもあった。

「すっごい蒸気……遠くが見えないじゃん」
「この街は温泉が沢山ありますからね、サクヤの好きな湯浴みも存分に楽しめますよ?」
「うん、それは楽しみ。でもなんだか蒸し暑~い」

 レイスと一定の距離まで打ち解けあった朔耶は、『様付け禁止』を突きつけて今は普通に呼ばせている。フレイは侍女という立場上、どうしても譲れないとの事だったので妥協した。
 夕刻過ぎに到着した一行は予め連絡を通しておいた騎士団にバーリッカムで一番大きい温泉宿へと先導された。
 湿気の多い環境の為か、この街の建物の窓は大きく幅をとってあり、風通しの穴も壁の天井際などに空けられている。常に温泉水が流れる水路が街中に通っている特徴的な街並みだ。
 
「ようこそいらっしゃいました」

 宿の支配人らしき人物を中心に涼しげなデザインの薄布な服を纏った使用人達がずらりと並んで朔耶達を出迎える。
 長々とした挨拶を嫌った朔耶は支配人の社交辞令を早々に聞き流し、返しの挨拶では『朔耶です、よろしく! 以下略』で終わらせて狼狽させたりしながら今晩泊まる事になる部屋に案内して貰った。
 二階の部屋を確認して早速一階ホールの憩いの場に下りてくると、護衛隊の皆と何故か侍女さんたちも揃っている。

  きりきりきり……パタコンッ   きりきりきり……パタコンッ

「あれ? みんな揃ってどうしたの?」
「やあ、君も降りてきたのかい? やはり皆、温泉には興味があるようだねぇ」
「あ、ドーソン居たの? 馬車で寝るのかと思った」
「!っ」

 すっかり隊の一員として馴染んでいるドーソンをいぢめつつ、朔耶は皆の顔ぶれを見渡す。

  きりきりきり……パタコンッ   きりきりきり……パタコンッ

「今は一般客用に開放されていてな、団体客も多くて入れないんだ」
「もう少ししたら要人の客層専用に開放されるので、皆で待っているんですよ」
「サクヤ様の部屋には個人用の温泉があったと思いますが……」
「うん、あったけど……どうせなら大きい方がいいかなって。みんなと入るほうが楽しいし」

  きりきりきり……パタコンッ   きりきりきり……パタコンッ

 温泉の順番待ちみたいな雰囲気に、朔耶は庶民的な旅行気分を感じられて少し楽しい気分になっていた。
 道中の中継地や集落のような場所での一泊は気楽だが、街に入ってこういうキチンとした場所の宿泊となると、何かと堅苦しい扱いを受けるので、折角の温泉街でも息苦しくなってしまう。やはり皆でわいわいしている方がいいと思える朔耶だった。

  きりきりきり……パタコンッ   きりきりきり……パタコンッ

「ねえ……さっきから気になってたんだけど、あれ何?」

 朔耶は先程から気の抜ける音を立てる壁際の奇妙な機械を指して尋ねた。
 高さ一.五メートル、幅一メートル、奥行き四十センチ位の木箱が壁に張り付くように置かれ、箱の両脇添いに空いた縦長の溝から腕のように伸びた棒の先に、丸い布を張った大きな団扇のようなモノが一対。
 きりきりきり……と持ち上がり、パタコンッと降りるを繰り返している。

「ああ、『ルッテン式扇ぎ機』だな、発明家の『ルッテン・バッス・エリチェルスー』の名が刻んであったぞ」
「キトの好事家大貴族『アリテリス・コールディン・フランバッハ』お抱えの発明家、でしたね確か」

 アンバッスとレイスが説明してくれた。結構有名な発明家で、彼方此方の街に色んな発明品を残しているそうだ。朔耶は眩暈にも似た感覚を伴いながらその『ルッテン式扇ぎ機』を観察した。

  きりきりきり……パタコンッ   きりきりきり……パタコンッ

「ダサい……というか、ちゃちい……。そもそも全然風来ないし……もうちょいマシなモノ作れなかったの!」
「な、何で怒ってるんだお前は」
「発明家舐めんなーー!」

 朔耶はその『ルッテン式扇ぎ機』のあまりのちゃちさに何だか無性に腹が立った。有名な発明家という部分で何故だか馬鹿にされてる気分になったのだ。

「おいおい嬢ちゃん、ルッテン式を馬鹿にしちゃあいけないよ」
「彼は稀代の発明家で色んな発明品を残してるんだ」

 憩いの場にいた客らしき二人組みが朔耶の雄叫びを聞きつけて声を掛けて来た。護衛隊の騎士達は一瞬警戒の目を向けるが、只の客だと分かると警戒を解いてリラックスする。

「コレの何処に稀代の発明家を感じろというのよ……」
「分かって無いなぁ、いいかい嬢ちゃん? このルッテン式扇ぎ機は一切の魔術を使わずに風を起こす機械なんだ」
「魔術と相性の悪い魔力石を使うって所も痺れるねぇ」
「魔力石使ってるの? 何処に?」

 と、興味を持った朔耶はルッテン式扇ぎ機の木箱部分を弄ると蓋の開閉部分を見つけたので開いてみる。中に水の入った桶が二つ並べてあり、その中に魔力石らしきものが沈んでいた。ひんやりした空気を感じたのでこの水桶が箱の中の空気を冷やし、団扇の腕部分の溝穴からその空気を垂れ流しながら扇ぐという仕組みなのだろう。

「ああっ! 下手に弄っちゃ駄目だよ嬢ちゃん! 複雑な構造してるんだから」
「この扇ぎ機はまだ簡単な方だけどね、水車船や馬無し馬車の仕掛けは素人には理解できない世界さ」

 『これの何処か複雑な構造かーー!』と再び怒れる文明人モードに入る朔耶。
 ルッテン式扇ぎ機は壁の向こう側を流れる水路に設置した水車を動力にしている。水車の軸の先に横棒が取り付けられ、両脇に支点を前後にずらした止め具に団扇に繋がる棒が伸びている。

 水車が回って軸が回転する事で軸の先に付けられた横棒が両脇の団扇に延びる棒の先に掛かり、片方は支点の内側、片方は外側を其々押し下げ、押し上げる事で団扇がきりきりきり……と持ち上がり、掛かっていた軸の横棒が団扇に繋がる棒から外れる事で持ち上がった団扇がパタコンッと降りて風を起こす、という構造になっていた。

 ちなみに水属性の魔力石が入った水桶だが、水属性の魔力石をそのまま並べても湿気が増えるだけで冷たい空気が得られるわけではない。水の中に入れて石寄せで効果を上げる事で石の温度が下がって行き、水を冷たくする事が出来る。

 余程寒い環境でもなければ凍り付くような事は無い。床に縦横の溝を引いて水を流し込み、そこに水属性の魔力石を詰める事で常に部屋の温度を低く保つなどの使い方もあるが、何れも庶民が暑い季節に涼む時などに使われたりする程度で、食料などの保管庫として使える程の冷却効果は得られず、そういった事には触媒型の魔術が使われる。

「発想に腕が着いて行ってないのか、目指したモノに発想が追いつかなかったのか……」

 これなら軸に直接風車でも付けた方がまだマシな風量を得られるだろうにと、朔耶があえて扇ぐ機構にしたルッテンの意図を測り兼ねていると――

「フウシャ……とはなんだ?」
「え? 風車は風車だけど……もしかして無いの? 風車(かざぐるま)とかも? こう、羽が付いてて風を受けて回るやつ」

 身振り手振りの説明と問いに首を傾げるアンバッス達、件の二人組みも『はて?』という顔をしているのを見て、『水車があるのに風車はないんかいっ』と世界に突っ込みを入れる朔耶。

 実際にはパドル式の風車のようなモノはあるものの、これは単に『風を受けてくるくる回ってる物体』として認識されており、観察して風の強さを確認する程度にしか使われていない。

 水が人々の生きて行く上で欠かせない要素であるが故に、水を御する為の知恵が水の引き込みに足踏み式の水車等を生み出し、身近なモノになる事でそこからさらなる便利な使い方という工夫と改良が成されて行ったのに対し、風はそこまで生活に重要視される要素でもなかった。

 自然の風の力を利用して何かを成すという概念は帆走船を動かすというものが普通で、『風車』に風を受けてその力で何かを成すという機構はまだ確立されていないのだ。故に、『風車』という呼び名は一般的には普及していない。
 精霊術、魔術の基本中の基本がまず風を起こすというモノであった事も、自然の風を利用するという発想が遠ざけられた原因かもしれない。




 そんな感じで騒ぎながら温泉の開放待ちをしていた憩いの場に、温泉から上がった一般の団体客が涼みにやって来た。壁に三機程並べて設置されているルッテン式扇ぎ機の前に座って、あるのかないのか分からない風を受けている。
 お子様達にはこのパタコンッが割と人気のようだ。 


「ふ…………次の構想が決まったわ……」
「おや、また何か作るんですか?」
「あんなへッポコ発明品に憩いの場を独占させておくのが我慢ならないのよ!」

 ――朔耶、異界の発明家に挑む!――てな感じに負けず嫌いな気性を発揮して道具集めと人員確保に動き出した。
 一つの事に夢中になり、没頭すると行動が大胆になる朔耶の特性が遺憾なく発揮され、既に一度アマガの村で水道施設建設という大規模工事(実際は大した規模でも無かったが)を指揮した経験で慣れたのか、集まった宿の使用人達に指示を出して必要な材料と道具を集めさせると、作業場を確保する為ロビーの一角を敷居で囲って場所を作らせた。

「う~む、見事な指揮ぶりだな……」
「活き活きしてますねぇ」
「サクヤ様は人の上に御立ちになる方だったのですね……」

 約一名、炎の使い手に誤解が生じていたが、使用人達を使って何やら大掛かりなモノを造り始めた朔耶に、護衛の騎士達は交代で温泉に入りながら作業を見守った。

「ドーソン! それこっちに取り付けて!」
「ぼ、僕は何時温泉に入れるのかね?」

 何故かドーソンも扱き使われていた。


 朔耶はまず風を送り出す為のファンの制作から入った。直径二十センチ程の円柱を輪切りにして表面に斜めの切り込みを入れ、十五センチ程の薄い板を羽部分として取り付けて行く。
 この辺りの作業は使用人達の腕では難しいと判断した支配人が急遽街の大工職人や土産物を作る彫り師など、工芸の腕を持つ職人達を呼んで参加させた。

 突然呼び出されて王都要人とやらの作業に駆り出された彼等は、最初この作業を指揮する朔耶を見て、小娘の遊びに付き合っていられるかと憤慨していたが、朔耶が発明家ルッテンに挑む若き天才発明家であると聞かされ(某熟年騎士による流言)、ルッテン式扇ぎ機を越えるモノを作る作業だと説明されると(某優男騎士による流言)、そんな大事ならと渋々承諾した。

 そうして作業に従事していく内、朔耶から要求される道具や部品部分の洗練された内容に職人魂が刺激され、求めに応じた非常に精度の高い部品を作り出して行った。
 職人たちが最高の仕事して出来の良い細かい部品を作り、使用人達が朔耶の指示の下、それらを組上げて行く。夕食の時間になっても作業は続けられた為、温泉から上がった侍女たちも作業員に食事の配膳を行ったりして作業を手伝った。




「できた……」

 夜も更けようかという頃、それは遂に完成した。高さ二メートル、幅一.五メートル、奥行き四十五センチ程の木箱の中に、滑車を組み合わせた機構で三段に並べた九枚のファンを回転させて風を生む。
 動力はルッテンの水車をそのまま拝借し、三機あるルッテン式の一機を外してそこに設置した。

 歯車を使わなかったのは騒音対策で、なるべく静かな駆動音に抑える為だ。径の大きい滑車と小さい滑車を丈夫な革紐で繋ぎ、大きい滑車が一回転する間に小さい滑車が十数回転する。
 そこに取り付けられたプロペラ式風車の仕組みは、説明されれば成る程と理解できるものの、羽を斜めに取り付けた円形の物体にそんな効果があるとは、見ただけで理解出来る者は居なかったので、最初に朔耶が軽く回して風を発生させると『魔術じゃないか』と疑われたりした。

 木箱の下部には簡単に開けられる扉を付け、ここから魔力石入りの水桶を出し入れ出来るようにしてある。機械の前面部分は格子状にして風通しを良くし、ついでに格子の間につけた羽も左右に振って風を満遍なく送れるよう凝った作りにしてあった。
 この部分にはクランクを使っているのだが、このクランクシャフトを使った回転運動を往復運動に変換する機構で風を送る方向を自動的に変える仕掛けは職人達を唸らせた。


「こ、これは……!」
「凄い! 冷たい風がこれほどにっ まるで詠唱魔術で起こす風のようじゃないか!」

 驚き、称賛の声を上げるルッテンマニアの二人組みに、朔耶は返って空しい気分になった。
 何せ夜も遅いので温泉客達は皆寝静まっているか帰宅しており、憩いの場に居るのは護衛隊の面々と侍女さんズ、おまけのドーソンだ。宿の使用人達は仕事に戻ったし、職人さん達も『良い仕事が出来た』と満足気に帰っていった。


「ふ……勝者はいつも空しいものね」

 と、一仕事終えて冷静になってみると何を剥きになっていたのかと恥ずかしくなって来たので誤魔化すように呟いて温泉に向う朔耶。

「サクヤ様……お供します」

 完全なる勝利への喜びより、戦いの空しさを憂う朔耶の姿に(盛大な勘違い)感動したフレイが従者として付き従うのだった。






「や、やっと温泉に入れるのかね……」

 ドーソンもふらふらと深夜の温泉に向かったが、お約束の温泉トラブルは起きなかったそうだ。







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