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本編
17話:魔法の盾




「ねぇ、まだ時間ある?」

 組みあがった盾を裏返したり傾けたりして出来栄えを確かめていた朔耶は、先程から考え込むようにして沈黙しているレイスに声を掛けた。一瞬だけ狼狽する表情を浮かべたレイスは、今日の残りの行程を思い浮かべながら答える。

「ええ、まだ少しは余裕がありますよ?」
「そっか、じゃあちょっと実験に付き合って?」

 
 ぞろぞろと朔耶の後ろに続く騎士二人と侍女一人は、途中で他の騎士とも合流して街道脇の開けた場所までやって来た。定位置の騎士は留守番である。
 かっぱらった盾が若い騎士の物だった事を聞かされた朔耶は、盾をその騎士に渡すと構えるように指示、アンバッスにその辺りに落ちてる棒切れで叩いてどの程度強度が上がっているか確かめる実験を提案した。

「だ、大丈夫ですかね……?」

 盾を構えている若い騎士は不安げに呟く。アンバッスは転がっていた適当な丸木を拾い上げて、ブンッと一振りし、これなら手頃だと盾を構える騎士の前に立っていた。

「まあ、元の性能が失われていなければ、この程度の打撃で壊れる事はないだろう」

 星三つクラスのキャリゴルの盾は、基礎となる盾型の中に薄く鞣した革と柔らかい厚みのある革、鉄糸を編みこんだ丈夫な布、それに薄く延ばした青銅の板を何重にも重ねて強度と軽量化を図りつつも刃を通さない粘り強さに衝撃を吸収する工夫が施された高級装備だ。
 今回朔耶が弄ったこの盾は中身の大部分が抜き取られていて、反発力ユニットの隙間を埋める為に穴を空けた革が何枚か戻されているが、青銅の板には穴を空けるのが『面倒』だったのでそれらは殆ど外されたままだった。
 テーブルの隅に放置された青銅の板を哀しげに撫でる若い騎士の哀愁漂う姿が、先程までの車室に見られていた。

「鞣した革となんだかよく分からない粒々を沢山並べてたみたいですが……型枠と革だけじゃ簡単に拉げちゃいますよ……」
「まあ、どんな仕掛けがあるのか試してみようじゃないか。行くぞ?」

 丸木を振りかぶったアンバッスに、若い騎士は覚悟を決めると腰を落として衝撃に備える防御の体勢を取った。そして盾に向かって薙ぎ払うように丸木を叩き付けたアンバッスは、そのままゴルフスイングのような体勢になりながら天高く丸木を掲げた。

「…………」
「あの……隊長?」
「……なんだ今のは」
「はい?」

 腰を痛そうに手で抑えながら、アンバッスは朔耶の方を振り返ると『今のはなんだ』と問い掛ける。見ていた他の者達にはその問い掛けの意味が分からなかった。

「あっはっはっ いや~跳ね返すか受け止めるかになるかなって思ってたんだけど、受け流しになったみたいだね~」

 反発力ユニットによる空気の膜のようなモノが盾の表面をコーティングしていて、丸木がぶつかる直前にその膜に弾かれ、盾の曲面にそって軌道を逸らされたのだと朔耶は説明した。
 どれ? とアンバッスが盾に手を触れようとすると、確かに何か空気の膜のような力に押し戻される。表面に触れる事が出来ないのだ。

「あんまり細いモノとか、点の衝撃は上手く弾けないかもね」

 と、この盾の機能の特徴を上げる。若い騎士は俄かに歓喜していた。今のような攻撃を受け流せるなどという現象は、強化の呪文を刻んで貰っても起こり得ないモノだ。
 呪文の強化で得られる効果といえば、代表的な所で軽量化か硬度の増加、少し値を張れば多少の対魔術効果が付与される。
 対魔術と言っても、正規の魔術士が放つ攻撃魔法を防げるような効果は無いが、何の防御対策も無しに直撃を受けるのに比べたらマシなぐらいの効果はある。
 元々魔術相手に剣と盾で正面から挑むという状況事態がまず有り得ないので、盾が防ぐのは相手の武器による物理的な破壊力だが、この盾は魔法の障壁のようにその物理的な攻撃を受け流せてしまえるのだ。
 先程のアンバッスのように、打ち付けたと思ったら滑って体制を崩される。近接戦闘において相手の攻撃を防ぐと同時に隙を奪える盾、正に魔法の盾、これほど優秀な盾は無い。

「じゃあ次、レイスにやって貰おう~。なんか魔法撃ってみて?」
「え?」

 盾が思いもよらず強化されて戻って来た事に感動していた若い騎士は、朔耶のその言葉に固まった。レイスは騎士の中でも魔術を主体とする珍しいタイプの騎士だという事が知られている。
 しかも、戦闘魔術に関してはフレグンスで並ぶ者無しと言われたあのアクレイア家の子息である。色々事情があって魔術士の道から騎士に転向したと聞く。つまり、魔術の腕は正規の魔術士と変わり無い。

「サクヤ、それは無茶だ」
「サクヤ様、僕の魔術は攻撃用が殆どなので、当てれば彼が無事で済みませんよ」

 諌めようとするアンバッスとレイスに内心応援を送りつつ、若い騎士もうんうん頷く。
 
「ん~? そんな無茶苦茶強力なヤツじゃなくて、普通のでいいよ?」
「普通のって……お前、攻撃魔術の威力を見たことが無いのか?」
「うん、ない」

 キッパリ答える朔耶。ああ……と脱力しながら額を手で覆うアンバッス達。

「そんなに危ないんなら……あの岩の辺りに盾だけ置いて当ててみれば良いんじゃない?」

 あくまでも魔術を使わせようとする朔耶に理由を尋ねてみると。

「実際にどの位まで耐えてどの位で壊れるか、しっかり検証したいのよ」
「何故だ? 魔術の威力を知らんのはまあいいとして、何故そこまで拘る?」

 アンバッスは朔耶の作る道具の威力とその意味について、多少の推測を立てていた。帝国との開戦が現実のモノとなりつつある今の情勢、準備も足並みも今ひとつ揃わない近隣国。
 傭兵や魔術士をどんどん雇って囲い込んでいるとされる帝国に対し、此方には有効な対抗の手立てが殆ど無い。騎士団の士気や錬度に問題は無いが、魔術士や攻城戦の大型兵器の技師に関しては完全に出遅れている。
 そんな中に現れた奇抜な技と発想で驚異的な力を秘めた道具を創り出す不思議な少女。『サクヤはこの国で何をしようとしている?』そんな想いを篭めて尋ねたアンバッスに、朔耶は答えた。

「あたしの知的好奇心を満たす為よ!」

 盛大に顔を顰めたアンバッスが無言で合図を送ると、がっくりと項垂れる若い騎士がノロノロと盾を指定された岩に立てかける。
 『考え過ぎか』というアンバッスの呟きは誰の耳にも届かなかった。レイスは、至高の一品となって戻った盾との再会も束の間、喜びから一転絶望の別れへと突き落とされた若い騎士に哀れみの視線を送りつつ構えた。

「では、いきます。――風よ水よ集いて凍て付く刃となり――」

 詠唱によってレイスの掲げた両手の間に氷の塊のようなモノが出現し、見る見る大きくなっていく。

「わっ 凄い……氷が出てきたよ?」
「ふ……あれは、本当に氷があるわけじゃない、レイスの魔力がああいう現象を具現化させている一種のまやかしのようなモノだ」

 『威力は本物だがな』と、見慣れているアンバッスが、隣でポカンと口をあけて見惚れている朔耶に説明してやる。
 朔耶はナルホド~などと呟いて懐から魔力測定器を取り出すと、狙いを定めているレイスの横からそーっと手を伸ばして氷の塊に向け、攻撃魔術の魔力測定を行った。

「魔力石三十個分くらい」

 そう言ってひょいっと引っ込む。『危ないことすんな』とアンバッスに叱られているそんな朔耶に、クスリと笑みを浮かべるレイス。自身の攻撃魔術の威力を具体的な数値で告げられるなど、思いも寄らない事だった。
 実際、個人の魔力の高さや魔術の威力を計測されたのはレイスがこの世界では初めての被験者である。朔耶はレイスが使う魔術は凍結系が多いと聞いて、独房で感じたあの時の空気の冷たさは、レイスが臨戦態勢に入っていた為だったのかもとか考えていた。

 狙いを定め、具現化した力を一気に放つ。哀れな若い騎士には悪いが、せめて未練が残らないよう一撃で粉々に粉砕してみせようと。
 パアァァンと乾いた音が周囲に響く。白い冷気の軌跡を残しながら一直線に飛んでいった氷の塊は、盾にぶつかった瞬間、弾け跳んで四散した。盾は無傷な様子でそこに立て掛けられたままだ。

「!? ばかな!」

 幾らなんでもそれは無い、とレイスは思わず声を上げた。アンバッスや他の騎士達も信じられないモノを見たと目を瞠っている。そして一斉に朔耶の方へ視線を向けた。朔耶はキョトンとして『どうしたの?』という顔をしている。

「あ、あのなサクヤ……あの盾は、一体どういう仕組みになってるんだ?」
「どうって、魔力石を使った魔力の反発力を内側から放射して表面に膜を被せてるような感じだけど」
「魔力の反発力……あの空気の膜は、まさか魔力そのものだったのですか?」
「? だからそう言ってたじゃん、最初から」

 てっきり魔力の作用で空気の膜を生み出していると思っていた面々、特に魔術に詳しいレイスやフレイは、それがどれ程とんでもない事かを理解しており、故に言葉を失った。
 魔力そのものを膜として展開する、それは防御魔法の魔法障壁そのものだ。物理攻撃は勿論の事、魔法攻撃を防ぐには同じ魔力で作った壁を要いるしか方法は無い。そして魔力の壁を維持するには常に詠唱を続ける必要がある。

「ちょっと待ってね、状態調べるから」

 驚愕に打ちひしがれている彼等を尻目に、朔耶は盾を拾い上げて表面を押さえながら測定器で調べると、ふむふむ言いながら今の一撃で反発力の殆どが失われた事を告げた。

「すると、もうその盾は普通の盾なのか?」
「ん~このままだと多分、元の盾より弱いと思うよ」

 朔耶はしゃがみ歩きをしながら測定器を足元で動かして反応のある石を探し、それを手に取る。
 
「てい!」

 平べったい少し大きめのその石を地面に投げ落として砕くと、そこから反応の高い欠片を拾い集めた。そうして盾の裏側を弄って取り付けていた蓋を開け、中から薄い幅広の木箱を取り出す。

「それは?」
「魔力石のカートリッジ、魔力を溜めておく為の入れ物だとでも考えて」

 そう言って木箱を開いて引っくり返す。すると中から小さい石の欠片がバラバラと零れ落ちた。そして今さっき拾った欠片を新たに詰め込み、箱を閉じて盾の裏側に戻す。

「これでよし」
「! あ、表面の膜が……」

 盾の魔力が充填されて反発力が戻った。

「カートリッジは今の所これ一つしかないけど、同じものを幾つか作って持っておけば直ぐに交換して反発力の回復もできると思うのよね」

 『はいこれ』と盾を若い騎士に返す。攻撃魔術を防ぐなどという、シュベルコークラスでも有り得ないそれこそ神話に出てくる宝具のような性能を持った盾を渡され、若い騎士はオタオタしながら周りを見渡す。

「え……あの……これ……」
「大事に使ってね」

 哀愁から歓喜、そこからまた絶望に落とされた若い騎士は、最後に歓天喜地の喜悦に卒倒しそうな勢いで感謝の言葉を紡いでいた。


 出発の時、護衛隊の馬車の中では改造された予備の甲冑の篭手の持ち主を誰にするかで少し揉めた。

「俺のに決まってるだろ」
「隊長それはズルい!」
「あんなに嫌がってた癖に!」






「……」

 レイスは馬車の窓から流れる景色を眺めつつ、先程の出来事を思い出していた。任務の時にも使う事のある十分に威力の乗った氷撃だったにも拘らず、あの盾には傷一つ付いていなかった。
 あれ以上の威力の魔術を放とうと思えば、実戦レベルでは使えない程の詠唱と集中の時間が必要になる。それは戦争のような大規模な戦闘で仲間に守られながら後方からの一撃という使い方をする大魔術だ。
 小競り合いや少数、或いは個人レベルでの戦闘で使えるモノではない。そして魔術の攻撃はその性質上そうそう連発出来るモノではない。つまりあの盾は魔術士と正面からやりあえるような武具なのだ。

『しかもその材料が在り合わせの……』

「レイス?」
「!っ ……どうか、しましたか?」

 朔耶に声を掛けられ、一瞬肩を震わせながらも普段どおりに振舞おうとするレイスだったが、流石に無理があった。

「いや、それこっちの台詞だから」
「はは……、そうですね。ちょっとさっきの事で驚いてしまいまして」
「そういや皆凄く驚いてたね」

「…………貴女は……何者なんです?」

 あくまでも軽く答える朔耶に、レイスはついぞ耐え切れなくなって疑問の言葉を口にした。満足の行く返答が貰える事は期待していないが、どうしても気になってしまう。
 魔術の事も知らないのに魔術のような道具を作り出し、見た目相応の子供っぽい面を見せたかと思えば、貴族の社交場で交わされる腹の探り合いのような問答を自然な動作で仕掛けて来る。
 独房で見せた無頼漢に怯える無力な少女、川原で暴漢を果敢に打ちのめす勇猛な少女、護衛隊の騎士達とじゃれる無邪気な少女、謀略の糸を掴みながら、それを玩ぶように突付いて見せる少女。『この娘は一体何者だ?』

「あたしは朔耶、ただの女子高生……としか言い様がないなぁ」
「貴女が作る道具は、何れも常軌を逸しているとしか思えない…………何処でそれ程の技と知識を……?」

 朔耶の返答が聞こえていないのか、独り言のようにレイスは続ける。朔耶も返答への反応は気にせず、その呟きの質問にただ答えた。

「あたしの世界の常識をちょこっとこの世界に持ち込んだだけ」
「?」
「あたし、この世界の人間じゃないんだわ……だからこっちの人があたしの道具に驚く理由もよく理解出来ないし実感も湧かない」
「……」
「とりあえず何か自分に出来る事で自分を表現出来る事をやってないとさ、押しつぶされちゃいそうなんだよね」

 口調は何時もの軽いまま、だがその表情はとても寂しさを感じさせる憂いを帯びていた。それを見てレイスは、ようやくボンヤリしていた意識が覚醒した。そっと近付いて朔耶の顔を覗き込む。朔耶はそんなレイスをじっと黙って見上げていた。

「貴女は……」

 艶のある滑らかな黒髪が揺れ、憂いを含んだ黒い瞳が儚げな光を宿して見つめている。異国人を感じさせる特徴のある彫りの浅い顔立ちは幼げな雰囲気を醸し出す。
 何かが違う、この少女の持つ異質さはその言動故に神秘的とも捉えさせ、活発な普段の印象故に寂しげに向けられた瞳を見つめていると惹き込まれてしまいそうになる。
 華奢な両肩に手を掛けると、両手に感じる体温と共にその細さを実感して改めて小さな女の子なのだなと認識し――

「何するつもりかな?」
「!っ」

 普段の口調で問われてレイスはハッと正気に返った。

「す、すみません……つい」
「ほっほう~、レイスは『つい』でキスしようとするのかね? ん?」

 おどけたようにそんな事をいう朔耶に、レイスも動揺を収めて普段の調子を取り戻す。

「いやぁ~、サクヤ様があんまり魅力的だったので、惹き込まれてしまいました」
「あたしを引き込みたかったわけね」

 唐突に真実を突かれてレイスは絶句する。

「意味はわかんなくてもさ、あたしは自分の本当の事を言ったよ?」
「……」
「だから聞くけどさ、レイスは初めて村で会った時、レティの勅令内容知ってたでしょ?」
「……ええ」

 やっぱりね! と人差し指を立てながらウィンクしてみせる朔耶。

「で、あたしを……どうしたいわけ?」
「それは……」

 少し逡巡した後、諦めたように微笑みながら言った。

「僕の家の復興の為に、力になって欲しいと思ってます」
「いいよ」

 目を瞠るレイス。予め用意していたかのような僅かな躊躇の素振も無い即答に、逆に途惑った。

「なぜ……?」
「ん~別に、深い理由は無いけど。あたしが話聞いた限りじゃあレイスはそんなに悪い人じゃ無いと思ったから、かな」
「そんなに……ですか?」
「うん、少しは警戒してるよ? いきなりキスしようとしたりするし~」

 ここまでサバサバとした態度に出られると、レイスもどう対応して良いものやら困ってしまった。もうこの少女に演技や謀は通用しそうに無いとすら思えてくる。

「ま、王都に着いてレティに会って、色々ごそごそして落ち着いてからね、ゆっくり話しよう」
「ふふ……分かりました、そうさせてもらいます」

 お互いに微笑みあって意思の疎通を果たすと、朔耶は扉の方を振り返り、さっきから必死で彫像になりきろうとしている定位置の騎士に釘を刺しておく。

「他言無用、ね?」
「ハッ!」

 この車室で初めて声を発した定位置の騎士だった。






「レイスさま……」
「いや、違うんだフレイっ さっきのは……」
「ニヤニヤニヤ」
「…………」

 数刻後、こんな光景が車室で繰り広げられた。







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