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16話:緊張感




 護衛隊の人達を呼んで来るように朔耶から言い付かった侍女の連絡を受け、アンバッス達が川原に到着すると、小柄な黒髪の少女が倍程もありそうな大柄の男を投げ飛ばしている所だった。

 思い付きとあり合せの材料で作った『アンバッスさんの拳骨』こと『寸勁の篭手』は衝撃の反動で中の機構にゆがみが出て圧縮反発力が上手く発生しなくなったので、最後の一人は柔道技の一本背負いでぶん投げたのだ。

 エバンスの本部で独房に入れられた時に見た戦いを生業にしているプロの傭兵のような相手ならともかく、身体が大きいだけの酔っ払いなどは軽くあしらえる程度の体術は身につけていたりする朔耶なのであった。

「何をやっとるんだっ お前は!」
「あ! アンバッスさん遅いよっ すっごく怖かった!」
「うそつけ」
「てへっ」

 離れた場所で腹部を押さえて悶絶している二人と、背中から叩き落されて自重の威力で息が詰まっている男を護衛隊の騎士達が拘束していき、侍女たちがドーソンの手当てに回った。
 フレイはレイスに保護されて彼のマントで身体を覆っている。

「大丈夫か?」

 アンバッスが声を掛けると、彼女は小さく頷いた。

「僕は彼女を馬車まで送ってきます」
「ああ」
「……」

 レイスに促されて中継地に戻る途中、フレイは治療を受けているドーソンと目が合った。

「やは、無事で何よりですレディ……ってあいたたたたたっ そこ痛い痛い!」

 思ったより元気そうな様子にホッしながらお礼の言葉を口にする。

「すみません……ありがとう御座いました」
「いやなあに、女性を守るのは男として当然の……痛い!痛い! 君達ぃっワザとやってるんじゃないのかね!?」

 クスッと笑みを溢したフレイは、会釈してこの場を後にした。






 フレイの肩を抱くようにして歩くレイスは、徐に口を開く。

「少し、冷えているな」
「川の水は、まだ冷たいですから」

 馬車に戻る道程を歩きながら、二人は囁き合うように会話を交わす。それは決して甘い響きを持つ語らいなどではなく、上司と部下のような壁を感じさせるモノだった。

「しかし……サクヤの作る道具には驚かされる」
「ええ、私も驚きました……まるで衝撃の魔術のような力を発現していました」
「魔力計測器もそうだが、アレは……奴に仕掛ける時に使えるな」
「そうですね……、正確な個人の魔力を示す事が証明出来れば、『発掘品』の使用を暴けるかもしれません」

 将来の計画に備えての打ち合わせを兼ねたような会話は、今後の活動方針と事件の処理についてに及ぶ。 

「レイスさま、彼には新しい制服を支給してあげて下さい」
「そうだな……それくらいは報いてやってもいいだろう。サクヤにもそうした方がアピール出来る」

 そうして必要事項を確認し終えると、自分達に関する仕事の会話は終了する。

「……それはそうとフレイ、こんな夜更けに何の用で川原などに?」
「え! そ、それはその……」

 突然動揺し始めるフレイに、レイスは表情を硬くする。何か疚しい事でもあるのか、僕に隠し事でもあるのか、と。

「なんだ? 僕に言えない事か?」
「そ、その……レイスさまが……あんな所で、あの……なさるから……その」

 真っ赤になって俯くフレイのしどろもどろな言葉に、レイスも顔が熱くなって来る事を自覚した。なんの事は無い、自分の甘い自制心が原因だったのだ。

「す、すまない……」
「いえ……」

 そんな調子で微妙に顔を赤らめた二人は誰にも見られる事なく馬車に着くと、フレイはそそくさと中に入り、レイスは現場に戻る道を急いだ。






 件の三人を口頭の厳重注意で解放した後、アンバッスは護衛隊の馬車の中を漁っている朔耶を見つけて声を掛けた。

「こら、勝手に備品を持ち出すんじゃない」
「え~いいじゃん、あたしが許可するからさ」
「許可するなっ つうかお前、自分の立場を躊躇無く利用する気だな」
「権力は行使する為にあるのよ!」

 アンバッスの『賢者の言葉マニア』な琴線に触れるような事を言いながら何時もの掛け合いをしつつ道具作りの材料をせしめた朔耶は、足取り軽く自分の馬車に戻っていく。
 持ち出したのは護衛隊の馬車の中に置いてあった見栄えのいい盾だった。明日の出発から街に着くまでの間に弄って暇を潰すのだ。改造した篭手はとりあえずの威力は分かったので、後日機会があればきちんとした物を作る予定で放置した。




 ――翌朝

 第一中継地を出発した一行は次の目的地、バーリッカムに向けて移動を開始した。

 出発前にありったけの魔力石を拾い集めておいた朔耶は、馬車の中で朝食を済ませた後はずっとテーブルに向って石を削り、道具作りに没頭していた。
 アンバッスは相変わらず護衛隊の馬車の御車台に座っており、レイスは定位置の騎士共々大型馬車の車室で朔耶の作業を見守っている。ちなみにドーソンは侍女たちの馬車に同乗して王都まで連れて行って貰える事になった。
 色々と雑用を任されているようだが、女性ばかりの侍女の馬車内で働くのは満更でもないようだ。


 護衛隊の馬車内で若い騎士が首を傾げながら荷物を引っくり返している。

「おっかしぃな~、ここに置いといたのに……何処に片付けたんだろう?」
「何を探している?」
「あ、隊長。自分の盾知りませんか? キャリゴルの銘入りのやつですけど」
「ああ、あれならサクヤがかっぱらっていった」

 目を丸くしている若い騎士に同情の視線を向けながら、アンバッスは慰めの言葉を与える『諦めろ』と。
 
 『キャリゴル』というのは武具の製造工房を運営している技師の略称で『キャリゴル・フリッペ・スティンス・ジストー』という長い名前の高名な武具制作技師だ。

 武器にも防具にも其々ランク付けがなされていて、無名の技師や鍛冶屋が作った一般の店に売りに出されている武具は大体が『星一つ』から『星二つ』のランクとなっている。
 高名な技師は『星三つ』から『星五つ』まであり、『星三つ』から上のランクの武具には其々一人の銘しか入らない。

 『星三つ』には『キャリゴル・フリッペ・スティンス・ジストー』の『キャリゴル』
 『星四つ』には『オールグレン・プルセイ・ゲリ・バウアー』の『オールグレン』
 『星五つ』には『シュベルコー・スティップ・ラップ・ラルゴー』の『シュベルコー』

 キャリゴルクラスの武具なら一介の騎士にもどうにか手が届く程度の高級装備だが、シュベルコークラスの武具になると、剣一本でも王都に屋敷が一軒買える程の値段が付く。

「えええ! かっぱらったって……あの盾、魔術士に呪文刻んで貰おうと思ってやっと買ったんですよ!?」

 装備を強化する為に魔術士に呪文を刻んで貰うには、最低でも星三つクラスの武具からになる。
 これは別に武具の性能が星三つクラス以上でなければ呪文を刻めないという訳ではなく、単に魔術士達が魔術を侮られたく無い事と、自分の力を高く売る為に安い武具には刻んでくれないのだ。
 また、安い武具を強化する事で高い武具が売れ難くなるからという市場の思惑もあると裏では囁かれている。

「そんな大事なら見せびらかすような場所に置いておくな、まあ上手くすれば呪文強化より強力な盾になるかもしれんぞ?」
「……サクヤ様の、アレですか?」
「そう、アレだ」

 護衛隊馬車の中に放置されている奇妙な改造が施された篭手。今は壊れていて使えないようだが、小柄な少女が大の男を片手で軽々吹き飛ばせる程の衝撃を生む機能が備わっている。

「アンバッスさんの拳骨ですか……」
「……その名前はやめろ」

 なんでそんな名前をつけたんだ、よりによって拳骨か、なんで俺なんだ、と理不尽な思いに苛まれているアンバッスを余所に、なけなしの貯金で買った盾を持っていかれた若い騎士は、無事に手元に戻って来ますようにと祈っていた。






 昼頃になって、一行は街道の宿場街(といっても規模は小さい集落だが)に立ち寄り、昼食と休憩に入った。
 朔耶は作業に没頭しているので近くに食べ易く纏めたサンドイッチのようなパンに肉を挟んだ食べ物を置くと、作業を続けながらひょいぱくと食べていく。
 行儀は悪いがそれを指摘するような人物はここには居ない。朔耶は快適な環境で制作を楽しんでいた。

 出発までまだ暫らく時間があったので、盾の状態が気になった若い騎士は朔耶が詰める大型馬車の車室を尋ねた。護衛の騎士が私用で王女の客人を訪ねるなど、通常なら不敬の誹りを受ける行為だが、既にそんな事を気にする者はこの隊にはいない。
 何せその客人本人が初日から休憩時間になる度に護衛隊の馬車にやって来ては入り浸って遊んで行くものだから、皆いいかげん慣れてしまったのだ。

「あの~……」
「うん? 何か用かい?」
「いえその……自分の盾の事なんですけど」
「ああ、アレかな……」

 と、レイスが視線を向けた先には、……分解されてバラバラになった盾の残骸がテーブルの上に散らばっていた。

『~~~~~~~!』

 声に出せない悲鳴を上げながらムンクな顔になっている若い騎士に、レイスは気遣うような言葉を掛けた『ご愁傷様』と。


 朔耶は地味ながら手は抜けない反発力ユニットを作る作業をようやく終えて、分解した盾の中身の部分、半円形の鉄型の上に並べていく作業に入っていた。
 結構大き目の盾なので、全面を覆う為には三百個以上のユニットが必要だった。朝からずっとそれを制作し続けて今はそれ並べている状態。

「フレイ~、手伝って~」
「あ、はい」

 フレイはちらりとレイスに視線を向けてからテーブルに向かうと、中身が剥き出しになっている嘗て『キャリゴルの盾』だったモノの上に朔耶が作った反発力ユニットを朔耶が並べるのを見ながら同じ様に並べて行く。
 単純作業に入って思考が暇になったのか、朔耶は雑談調でレイスに声を掛けた。

「レイスってさ~、実家は王都にあるんだって? ご両親は?」
「僕の家ですか? 父が健在ですよ、屋敷はもう随分古くなってしまいましたが」
「ふ~ん、ちゃんとお父さんと連絡取ってる? 親って子供が幾つになっても心配するんだよね」

 何気無い会話、朔耶も兄弟と両親がいるが、今は遠く離れていて連絡も出来ないからきっと色々心配しているんだろうなぁと、距離どころか世界レベルで離れてしまっている朔耶はその事は口にせずとも、遠い異国の地に来て家族と会えない寂しさを感じさせるような雰囲気を纏って言った。

「ふふ、ご心配なく。ちゃんと二日に一度は手紙のやりとりで近況の報告はしてますよ」
「そうなんだ~。じゃあ、王都で何かあっても直ぐ分かるね」

 『ええ、そうですね』と答えようとして、声が出なかった。レイスの背中に冷たいものが走る。朔耶は作業をしている盾から目を離す事なく、淡々としていた。

「ん? フレイ、香水付けてるんだ?」
「え? あ、す、すみません」
「別に謝る事じゃないと思うけど……」

 『いい匂いだねー』と苦笑しながら、朔耶は香水の香る条件を何気無く口にする。

「香水って体温上がったり発汗作用があると急に香るよね、フレイ今体温上がった?」
「い、いえ……私は……」
「あ、そこ向き逆ね」
「はっ す、すいません!」

 急に空気が重くなったような違和感を感じ、若い騎士は首を傾げる。定位置の騎士の方を見ると、彼もなんだか奇妙な雰囲気を感じているようだ。
 その後は暫らく静かに地味な作業の音が続いていたが、最後の一個を並べ終えた朔耶は立ち上がって伸びをした。

「んだあああああっ やっと並べ終えた~~~! さて、後は蓋して組み立てよう」

 麗しき乙女にあるまじき雄叫びを伸びに乗せ、身体が解れた朔耶は分解した盾の組み立てに入るのだった。