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本編
15話:アンバッスさんの拳骨




「思い立ったら即、行動! うちの家訓なのよね」

 車室に備わっている寝台で横になっていた朔耶は浮かんだアイデアを具現化する為に起き出すと、テーブルの端に纏めてある魔力石と工具を手に取った。

 思い浮かんだのはついさっき夢の中に出てきたオタ兄が『フタエノキワミアー!』とか叫びながらサンドバックを叩いているシーンと、理屈弟が浸透勁(しんとうけい)がどうのこうの語っている所。それにミリタリーオタの幼馴染が自慢気に見せびらかしていた軍採用品のごつい防刃グローブ。

 計測器を作る過程で特定の周波数のように魔力の高さを複合させた流し方をすると反発し合ったり引き合ったりする効果が高まる事を見つけ、何かに使えないかと考えていたのだが、暗い車室の窓から見える焚き木の光を眺めていてレティレスティアと出会ったあの森での出来事を思い出し、一つ身を守る道具でも考案してみようかと思い至ったのだ。

「サクヤ様……どうかなさいましたか?」 
「あ、起こしちゃった? ごめんね五月蝿くしちゃって」

 材料が足りないので何かないかとゴソゴソしていると、物音に気付いた侍女が起き出してきた。朔耶の気遣う言葉に恐縮しながら一緒に材料を探し、作業を再開する朔耶にお茶を淹れてくれる。
 休んでても良いという朔耶に、主が起きているのに仕えている自分が休んでいる訳にはいきませんと仕事人の気概を見せる侍女さん。朔耶は『悪いなぁ』と思いつつも、イメージが消えないうちに基礎を組上げる作業を続行する事にした。

「そういえば、フレイは?」
「彼女は私と交代で休んでいるようですよ?」

 アイデアを捻り出しながらの没頭状態で無い場合は割と思考が暇になるので、雑談しながらの作業に勤しむ。この侍女さんは結構お喋り好きらしく、話に乗ってくれるので朔耶は作業を進めながら会話を楽しんだ。

 そのうち話題が騎士達の事に移ると、侍女さんは目を輝かせて朔耶が親しげに話すアンバッスの事を尋ねたり、レイスの魔力を測った時の事を話したりした。

「レイス様は魔術士の家系の方ですし、元々は魔術士として修学なさってましたからね」 
「へぇ~詳しいんだね?」
「王都では高名なアクレイア家の方ですから、知らない方のほうが少ないと思いますよ?」
「あ、レイスってやっぱり良いトコの坊っちゃんなんだ?」

 その言い様がおかしかったのか、侍女さんはクスクス笑いながらレイスの家の事について語ってくれた。
 フレグンスがまだ近隣国と刃を交えていた戦乱の時代、その末期頃からアクレイア家は卓越した戦闘魔術でフレグンスに勝利をもたらす常勝の将として武勲を打ちたて、一介の魔術士から大貴族の仲間入りを果たした所謂(いわゆる)成り上がりの家系だった。

 戦乱の時代が終わりをつげ、各国々が戦争の傷跡を残しながら復興していく最中もアクレイア家の威光は近隣国への牽制となり、敢えて矛を向けようとする者の存在を抑え込む事で国の復興を助けていた。

 情勢が安定し、平和が訪れると、アクレイア家と共に武勲で伸し上がった仲間の家々も他の貴族達と交流を図り、門閥貴族の仲間入りを果たして行くが、アクレイア家は魔術士の家系という性質上、魔術が盛んではないフレグンスにおいて中々血縁関係を結べる相手が居なかった為、時代の流れに置いて行かれるように衰退していく。

「ふ~む、じゃあレイスの家って没落貴族って事かぁ」
「そ、そんなズバリと……」

 侍女さんは朔耶の歯に衣着せぬ言いっぷりに思わず周囲を気にした。

「大丈夫、誰も聞いてないって」
「……サクヤ様は、レイス様とは余り親しくなさらないのですね?」
「あ、やっぱそう見える?」

 肩を竦めながら問う侍女さんの言葉に、自覚がある事を口にしながらついでに質問を加える。

「レイスってさ、女の人には誰にでも優しいの?」
「う~ん……、特にそんな事はないと思いますけど……普通に紳士的だとは思いますよ?」
「ふむ……例えばさぁ、相手が女の子だって理由だけで他の騎士の人達が厳しく接してる罪人の子にも優しく丁寧に扱うとか」
「それは無いと思いますよ? レイス様も頼りなげに見えて騎士としての矜持はしっかり持ってらっしゃいますから」

 『やっぱ頼りなくみえるんだ?』と苦笑する朔耶に『今のは内緒で!』と焦って懇願する侍女さんに微笑ましい気分を感じながら、朔耶は自分の勘が告げていたレイスへの警戒感が輪郭を成して行くのを自覚した。

「じゃあさ、レイスが王都じゃなくて辺境の騎士団にいるのって没落したからなのかな?」
「ああ~それは……」

 ここだけの話ですよ?と声を潜めて念押ししてから王都で噂されている代々宮廷魔術士を勤めていたアクレイア家が対立する家にその座を奪われた逸話と、その後の顛末を聞かせてくれた。

 宮廷魔術士長を決めるのは四年に一度くらいの周期で、最も魔術の才覚が高い者が選ばれる。
 その選考方法は分かり易く、特定の魔術のみを使った試合の勝敗によって決定されるのだが、今から四年前に行われた選考試合でアクレイア家代表だったレイスの父『ルィバンス・チル・アクレイア』は、対立するコースティン家の『フエルト・バルト・コースティン』に敗れ、戦乱時代以後続いていたアクレイア家の宮廷魔術士長という地位を明け渡す事になった。

 しかし試合が行われた直後、ルィバンスはこの試合にコースティン家の不正を叫んだ。対立する両家なだけに、ルィバンスはこれまでに何度も手合わせをしてきた相手であるフエルトの実力を正確に把握していた。

 にも拘らず、この試合ではフエルトの放つ魔術の威力や持続力が異常に高く感じられ、しかも魔術を放っている本人もそれに翻弄されている様相があったと主張した。

 だが証拠は見つからず、結局不正の証明は出来なかった為、この件はアクレイア家がコースティン家に不義の糾弾を行った事に謝罪する形で決着がなされた。
 
「当時十六歳だったレイス様はルィバンス様の師でもあられた魔術士エイディルト・バーン様の元で魔術の修行をしてらっしゃったのですが、そのまま魔術士の道を歩むという事は宮廷魔術士長となったフエルト様に仕える事になるからと……魔術士の修学をやめて騎士団に入られたのですわ」
「わ~……な~んか複雑だね~……」
「しかも、それだけでは終わらなかったんです!」

 侍女さん達にとってはこういう貴族達の裏話噂話が、深く関わる事は危険でありながらも最大の娯楽でもある為、彼等の身の回りの世話をする彼女等の情報網と伝達速度、正確さには侮り難いものがある。

 そうして溜め込んだ情報は普段仲間内で囁きあって想像に耽るくらいで吐き出す機会が無い為、朔耶のように何も知らない上に聞き上手な相手を前にすると止め処も無く溢れてしまうのだ。

「王都の騎士団候補生の中にはコースティン家の派閥に属する方が沢山在籍していらっしゃってて……」
「あー、なんか先が読めた……その派閥関係で辺境に飛ばされたってとこね?」
「ええ、それも一番の成績を残しながら。対立派閥の御子息の方々を片っ端から叩きのめしたとかで、半ば懲罰的に辺境騎士団送りにされたとか」
「へぇ~……そこはちょっと意外かも」

 『クールに見えて案外熱い人なのかもしれないなぁ』などと呟きながら、朔耶は削った石の組み込みに入った。

「あの……ところで、それは何をしていらっしゃるのですか?」
「これはねぇ~、ん~……なんて言おうか」

 作業の手は止めず、少し考えてから朔耶はいいこと思いついたと言わんばかりの顔で言った。

「アンバッスさんの拳骨!」
「…………はい?」

 
 まるでそこに空気の膜でも出来ているかのような反発力を生む配置に組み合わせた複数の魔力石の固まりを一個のユニットとし、これを護衛隊の馬車からくすねて来た辺境騎士団の甲冑の篭手を分解して中に組み込んだ即興の道具。
 反発力ユニットが生み出す魔力の反発力を向かい合わせて圧縮させ、一気に放出する『殴り系』の武器だ。

「まあ、思いつきで作っただけだから実際に使えるかどうか分かんないんだけどね、ちょっと実験」
「はあ……、一体どんな効果があるんですか?」

 侍女を伴って馬車の裏口から降り、手頃な的は無いかと辺りを見渡す。周囲の人々は皆寝静まっているのであまり大きな音は立てられない。
 それなら水汲み場の川原はどうですかと言う侍女の助言で川原に向う事にした。






 乱れた侍女服を整える前に身体の火照りを治めなければと、フレイは川原で水浴びに勤しんでいた。
 まだ風も冷たい季節なうえに深夜であるからして、川の水はそれこそ刺す様な冷たさだったが、炎を操る魔術を得意とする彼女は掬った水を温かくして身体に流した。
 それでも直ぐに冷めてしまうので手早く済ませて馬車に戻ろうと浅瀬に足首まで浸かって身体を洗う。 

「こりゃあ良いもんが見られたなぁ」
「な? 言った通りだろ?」
「へぇ~、貴族の使用人も中々のもんだなぁ」

 唐突に響いた男の声に驚いて振り返ったフレイは、岩の近くに三人の男の姿を見つけて慌てて水の中に身体を沈ませた。水の冷たさよりも知らない男達に裸を見られた事に対する羞恥で耳まで赤くする。

 三人の男は酔っ払っているらしく、酒瓶を回し飲みしながらフレイが岩陰に脱ぎ置いていた侍女服を摘み上げては眺めている。そのうち腰巻を見つけて馬鹿笑いを始めた。

「おう~コレを巻いてるんだなぁ?」
「うっはっはっ!」
「ちょっと俺にも貸せよ」

 魔術で追い払おうにも距離のある相手に使える自分の魔術は何れも強力な攻撃用なので、下手に当てれば三人とも消し炭にしてしまうし、服も燃えてしまう。近接戦闘用の術もあるが、素っ裸で彼等の前に立つ勇気は無い。
 川から出るに出られず、『どうしようどうしよう』と焦っているフレイの耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。

「き、君たち! レディが困ってるじゃないか、服を置いて直ぐに去りたまえへ!」

 先刻、朔耶が馬車への帰り道で拾ったドーソンだった。
 夜中に喉が渇いて起き出したドーソンは、敷居の向こうで寝ている侍女達に茶を淹れて貰うわけにもいかず、水を飲みに川まで降りて来た所で馬鹿騒ぎしている酔っ払いの男達と、川の中に裸でしゃがみ込んでいるフレイの姿を見つけ、男達が侍女の服を玩んでいるのをみて状況を理解した。

 『既に弄した策』は事後承諾。『打った手』は見当違いに導かれる。貴族被れの馬鹿息子と誹られるドーソンだが、被れているのは貴族ばった気取る部分ばかりでは無い。
 か弱き女性は守らねばならぬという騎士道精神にも一応は被れている。いい格好しぃな所も普通に持っているのだ。

「ああん? ガキはお寝んねの時間だぜ~?」
「レディだとよっ ククッ レディだとよ! おい聞いたか」
「おい、その腰巻俺にも貸せよー」

 舐められている、当然だ、相手は三人で年も自分より上だろう、しかし酔っ払いだ、なんとかなるかもしれない、そうすればあの麗しき侍女殿が僕にお礼を……。

 そんな事を頭の中でぐるぐるさせながら、ドーソンは何か武器になるものは無いかと足元を見渡し、見つけた棒切れを構えて近付いて行った。

「さ、さあ! 立ち去るなら今の内だぞ!」

 腰が退けながらも棒切れを構えてにじり寄るドーソンを、三人は急に黙ってじーっと見詰め始めた。沈黙と静寂が怖い。怖いので何かを叫ぼうとドーソンが口を開きかけた瞬間。唐突に男の一人が酒瓶をぶん投げた。

「うわあ!」

 顔面目掛けて飛んで来た酒瓶を、咄嗟に棒切れで打ち払ったので直撃は免れたが割れたビンから飛び散った酒がドーソンの視界を奪う。慌てて服の袖で拭おうとした所で蹴り飛ばされて川原の上に転がった。

「ガキがナニ粋がってんだ! あぁ?こらぁ!」
「レディってか!? レディってか!? ぎゃっはっは!」
「…………」

 罵り哂い、或いは無言で三人は無様に転がるドーソンを蹴りまくった。

「おいっ 何とか言ってみろガキ!」
「犬の真似しろ犬のっ ワンつってたろ?お前 ぷっくくく」
「……っ」

 転がって蹴りの包囲網を何とか抜け出し、フラフラと立ち上がったドーソンは握り締めた拳を突き出した。が、あっさり避けられると横から蹴られて再び転がる。
 堪らず制止の声を上げるフレイ。

「やめて下さい! もうヤメテ!」

 フレイは助けを呼びたかったがこの姿では人を呼ぶ事は憚られる、服は男達が掴んだままだったのでやはり川から上がる事が出来ず、ドーソンを蹴り続ける男達に懇願の声を上げるしか出来なかった。
 強力な魔術を使えるフレイだが、その強力さ故に迂闊に行使出来ないという部分でまだ未熟でもあるのだ。

 その時、中継地の方から現れた小さい人影が素早く駆け寄って来ると、三人のうち無言でいる男の脇腹に腕を押し付けた。
 次の瞬間。ドムッ という硬い棒で肉の詰まった袋を強打したような鈍い音が響き、無言の男は身体をくの字にして横に跳んだ。そして着地出来ずゴロゴロと転がると、嘔吐(えづ)きながら胃の中身をぶちまけた。

 突然の事にこの場の空気が固まり、跳んで行った場所で吐いている仲間をポカンと見ていた哂う男の下腹に篭手のようなモノが押し当てられる。
 なんだろう? と視線を降ろした瞬間、男は身体をくの字に曲げて吹っ飛び、背中から川原に叩きつけられながら腹を押さえて悶絶した。

「な……っ! へ……? ……あ?」

「う~ん結構使えるかも、でもちょっと反動がキツイかな~」

 混乱する残った一人を尻目に、朔耶は篭手の使い心地について一人呟く。急に攻撃が無くなり、聞き覚えのある声が聞こえてドーソンは傷だらけの顔を上げる。

「…………サ…………ク……ヤ……?」
「ちょっと見直したよ、ドーソン」

 月影を背に黒髪を靡かせる少女。にっこり微笑む朔耶が、騎士の甲冑の腕部分を右手に装備して見下ろしていた。







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