バーリ街道第一中継地に到着したのは完全に日も暮れて夜の帳が降りようとする頃だった。第二中継地より街に近い分、多くの旅人の姿が見受けられる。
ここで商売をする為に態々街から訪れている商人達もいる程で、その殆どは露店馬車を並べた旅商人達だが、ぽつぽつと店舗を構えて中継地に住み着く者も居て、もう数年も経てばこの辺りも宿場街になるのではと見られている。
街灯など無いこの世界、沢山の馬車と露店のカンテラや、所々に組まれた焚き木の炎が灯りとなって中継地近辺を照らしている。この灯りの届く範囲から一歩外に出れば、そこには暗闇の大地が何処までも広がっていた。
朔耶は『夜は護衛の観点から目立った方が返って安全』というレイスの忠告に従い、赤いジャケット姿でアンバッスの居る護衛隊馬車の焚き木の前に来ていた。ここに来る前に侍女達の馬車にも立ち寄り、全員の魔力測定を済ませてある。
アンバッス他、護衛の騎士達の魔力も測定して一般人の魔力の平均を割り出して測定器の針の淵にメモリを書き足していく。 アンバッスの魔力は魔力石七個分位はあった。
「やっぱり魔術士の人と普通の人の差って大きいんだねぇ……」
結局、レイスや侍女に扮した護衛の魔術士のように魔力石七十個分近い魔力を表す騎士や侍女はいなかった。
朔耶が人に道具を向けては針の指した部分に印を付けていたのを見ていたアンバッスは、左端の方に偏った印群が一般人の持つ魔力を指している事は読み取れた。そうすると二つ、やけに離れた場所に付けられた印が気になる。
「その上の印は?」
「これ? こっちはレイスので、その隣が魔術士さんの」
「レイスは分かるが……魔術士だと?」
この隊に魔術士など居ない筈だが? と疑問を口にすると、朔耶は少し首を傾げてから答えた。
「さっきこっちに来る途中で如何にもそれっぽい人が居たからこっそり測ったの」
「ああ……、魔術士連中は分かり易い格好しているからな」
特に不審に思わなかったアンバッスはそれで納得した。そのうち食事の準備が出来たのでと呼びに来た侍女と共に朔耶は馬車に戻る事にする。
「また後で来るね~」
「来んでいい、馬車で大人しくしていろ」
そんなアンバッスの返答にあかんべ~をして去って行く朔耶を、アンバッスは厳つい顔を崩して苦笑しながら見送った。周りの他の騎士達は、王女の客人である朔耶とそんなじゃれあいを見せる彼を不敬者と誹る者もいれば尊敬と憧憬を向ける者もいた。
「そういえば、侍女さんの名前は?」
「フレイと申します、サクヤ様」
『様はやめようよぉ~』と相変わらず慣れない朔耶は測定器を弄りながら自分達の馬車までの道程をフレイと並んで歩いて行く。
朔耶の持つ測定器にちらちらと視線を向けていたフレイは、突然背後から声を掛けられて驚いた。測定器に気を取られ過ぎて周囲の気配に対する注意力が散漫になっていたようだ。自身を叱責しながら警戒しつつ朔耶を庇うように振り返る。
「今晩はお嬢さん、こんな夜中に女性二人で歩くのは危険ですよ? 僕が送って行って差し上げましょう」
そこに立っていたのは紳士を振舞うには聊か垢抜けない、身に纏っているパリッとした雰囲気の王都大学院の制服も服に着られている感じがする若い一人の青年。
「あ、ギャグキャラのドーソン!」
と、朔耶に指を差されるアマガ村の村長の馬鹿息子こと、ドーソンだった。
「んん! な、何故君がここに居る!?」
「あんたこそ途中で全然見なかったのに、街についてたんじゃないの?」
「ぼ、僕は急いで王都に行こうと飛ばし過ぎたらここに来て馬車が……って違う! 何故君がこんな所を歩き回っている!」
「そりゃあ今日はあたしもここで一泊するんだもん」
ドーソンはクルストスの騎士団に朔耶を引渡した後、直ぐに王都行きの馬車を手配させて旅支度もそこそこに出発したので、朔耶が王都に護送される話は聞いていなかった。当然その後の騒ぎなど知る由もない。
王都の大学院には学生寮があり、そこに入れば大抵の生活用品は支給される。辺境騎士団の推挙で入る事になるドーソンは学費も一部免除されるので、金が掛かるのは王都までの旅費と寮に入るまでの滞在費だった。
コツコツ貯めて来たとはいえ辺境の片田舎と王都では物価も違うし、貯金など直ぐに底をつく、その為とにかく一刻も早く王都入りして寮に入れてもらう必要があったのだ。
「あんたの乗ってた馬車って割と豪華だったけど、あの中で寝るのは窮屈そうだね」
「そうなんだ、オマケに車輪が壊れてここで足止めに……いや、そうじゃなくて!」
「はっは~ん――あんたさては、侍女さんなフレイに親切を装って近付いて、お礼に泊めて貰おうとか考えてたわね?」
「ぐっ! そ……それはっ」
侍女を連れた貴族が旅をしているなら使用人用の馬車と貴族用の馬車に別れているか、或いは同じ馬車に同乗している場合は中型から大型の馬車になる。その場合主人は馬車の中で、使用人達は外にテントを張って見張りもこなしながら休む。
ドーソンはつい先刻、護衛隊を連れた大型馬車が中継地に入ってくるのを見ていたので、あれならば後ろに続いていた使用人の乗る馬車の一隅にでも泊めて貰えるかもしれないと、声を掛ける機会を窺っていたのだ。
「あっはっはっ 流石ギャグキャラ! いい落とし方するわ~」
「む……言葉の意味はわからんが、なんだか凄く馬鹿にされた気分だ……」
「あの……サクヤ様? この者を……」
「ああ、大丈夫だよ。知ってる人だから」
「……そう、ですか」
朔耶とフレイのやりとり見て、ドーソンはようやく違和感に気付いた。
「も、もしかして、彼女は君の侍女なのかね……?」
「うん、一応~そんな感じ?」
「一応ではなく、サクヤ様の侍女で御座います」
「な、何故……?」
クルストスで騎士団に身柄を拘束されている筈の朔耶が何故、侍女まで連れてあんな超高級大型馬車に乗っているのか、ドーソンは混乱していた。
「まあ、それはおいといてさ、泊めて欲しいんでしょ?」
「む? ……そ、そうなのだが」
素直に白状するドーソンに、朔耶は吹き出しそうになった。
ドーソンを根本的には悪人ではないと認識した朔耶は此方の世界ではまだ見付けていない弄られ役の気配を感じ取り、少し意地悪を言ってからかって見る。
「そうねぇ……犬の真似でもして頼むなら泊めてあげても良くってよ?」
ふふんっ と見下ろすように腕を組み、つんと斜めに構えた値踏みるような視線を向ける。まるで高慢な貴族の令嬢が下男を挑発するかのような色香を放っていたと、この時の事をフレイは後に語った。
「泊めてくださいワン」
「プライド無いんかあんたーー!」
思わずスパコーンと突っ込みを入れる朔耶。素直にしてもストレート過ぎだろうと憤慨したが、叩かれたドーソンにすれば理不尽以外の何ものでも無い。
「き、君がやれと言ったんじゃないか!」
「ホントにやるとは思わないわよっ 恥ずかしいでしょうが!」
周りには何時の間にか野次馬の人垣が出来ていた。何せ人の多い第一中継地である。
「ああもう! お腹空いたから早く戻るわよっ フレイ、彼にどっか寝床貸してあげて?」
「畏まりました」
まだ疑問が解消されていないのだがと首を傾げながらも、彼女等の後に付いていくドーソンだった。
夜更け――
中継地の整地された区画より少し離れた岩場の影に、人目を忍ぶように身を潜める女の姿があった。やがて待ち人の接近を察知したのか、岩陰から身を晒し、その名を呼ぶ。
「レイスさま」
「待たせたね、サクヤは?」
「他の侍女に任せてきました、よく御眠りのようです」
「そうか」
レイスは侍女姿に扮したフレイの傍まで歩み寄ると、そっと彼女の身体を抱き寄せた。頬を赤らめて身を預けるフレイは身体中の力が抜けていくに任せて吐息を漏らした。
「もうすぐだ、フレイ……あの娘の立場を上手く利用すれば、我がアクレイア家の再興もそう遠くは無い」
「…………はい」
「フレイ……?」
レイスの腕に抱かれて恍惚としながらも、フレイはサクヤを利用する事に良心の呵責を感じていた。
「そんな顔をするな、別に彼女に危害が及ぶわけではない」
「そうですが……あの方は、優しすぎます」
確かにな、とレイスは思う。夕食に戻って来た時、あの村の村長の息子を連れ帰って来たのを見た時は流石に言葉を失った。村で結果的に暴行を働いた同僚のヴィンスに対する処分も、随分甘いものだったと聞いている。
あれでは王女と謁見した後は王権に取り入る事しか能の無い私欲の権化共が、蜜に群がる蟻の如く押し寄せるのが目に見えている。そうなれば没落したアクレイア家ではどうやっても彼女の獲り込みに競り負けてしまうだろう。
王都に辿り着くまでの直接護衛の任務に就いていられる今が最もアドバンテージの高い状況だ。今の内に彼女の信頼を得ておく必要があった。
「サクヤから王女に、王女から王に口添えを通して貰えれば、我々の派閥にいた他の門閥家も再び戻って来よう」
「ですが……、彼等は信用なりません」
「信用などいらぬ。奴等が我々に付く、その事実だけで良い」
レイスは自分達と対立する派閥に日和見で擦り寄って行った貴族達を鼻で笑いながら、元より仲間意識など持つつもりの無い事を仄めかした。
魔術が盛んではないフレグンスにおいて、魔術士の家系であるアクレイア家は戦功によってその地位を伸し上げていた。平和が続き、武勲を上げる機会を失うに従って戦闘魔術に特化したアクレイア家の力は衰退していった。
対立していた門閥家に宮廷魔術士長の座を奪われるとその求心力は一気に失われ、日和見の貴族達が派閥を抜けた事から遂には没落するに至った。
「フィレイヤ……僕は辺鄙な地に追いやられたまま一生を終えるつもりは無い」
「レイス、さま……」
レイスはフレイのファーストネームを囁き、彼女の唇に口付けを落とした。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。