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本編
13話:力の形




 一夜明けて、朝から豪華なモーニングティーに豪華な朝食に豪華なデザートに豪華な――

「あ~~もうっ 肩凝る!」

 普通の(というには少々濃い家族に囲まれていたが)一般人だった朔耶にとってこのVIP待遇は窮屈に感じてしまい、次の街に向けてすぐに出発すると聞いた時は内心ホッとしていた。

 沢山のメイドさんや整列した騎士達に見送られ、宿の正面に着けてあった大きな馬車に乗り込む朔耶。今日からはこの要人専用の大型馬車で移動する事になる。

 周囲を護衛の騎士が固め、身の回りの世話をする侍女達も別の馬車で付いて来る。
 朔耶は『待遇良過ぎ、というか大げさ過ぎ』と言って遠慮したかったのだが、王女の恩人でもある客人に護衛も侍女も付かないなど有り得ない事であるし、国の威信に懸けても有ってはならない事だと諌められ、渋々承諾した。

 要人専用大型馬車というだけあって馬車の中は結構広く、テーブルやソファー、寝台まで完備されてあり、ちょっとした個室並みの設備があった。この中で会談や執務も行えるように造られている。

「うわ~すっごいね、バネ付きだから殆ど揺れないし、なんだか部屋ごと移動してるみたい」
「最新式の要人馬車ですからね、この型でバネを使用しているのはこれと王都にある国王専用車ぐらいですよ」
 
 サスペンションの機構はまだ実用化されて間もないらしく、揺れない車室を実現したバネ付きの馬車というのは画期的な乗り物として、実の伴う高貴な人々しか乗れない代物のようだった。同じ貴族でもお金が無い貧乏貴族には手が出せない。

「アンバッスさんもこっちに乗ればいいのに」
「ふふ……流石に勘弁してあげて下さい、隊長はあの通り真面目な人ですから」

 朔耶が乗っているこの馬車にはレイスと他に護衛の騎士が一名が同室し、侍女一名が隣の部屋に控えている。アンバッスは先頭を行く護衛隊馬車の御車台に乗っていた。

 平民一兵卒からの叩上げである彼はあまり高貴な身分の人物と行動を共にする機会がなく、本人も社交場などで有力貴族にコネを作るといった『売り込み』に興味が無かった為、ひたすら寡黙に職務に励む経験豊富な古強者の騎士であるにも拘らず、未だに辺境騎士団の小隊長の身分に甘んじていた。

 そんな彼だからこそ、昨夜の精霊神殿で水鏡越しとはいえ王女相手に自分から質問を投げ掛けるような、他の騎士や貴族なら絶対にやらないであろう事をやってのけたと言える。
 故に、朔耶のような今や身分は雲の上に在りながら、やたら下々の者とでも親しく接しようとする相手とは不敬をやらかす危険が有り過ぎてとても同席など出来ない、という本人の希望での配置異動だった。


 アンバッスと交代したエバンスからの騎士は、緊張した面持ちで扉前の定位置に立ち、出発の時から微動だにしない。よって、朔耶の話し相手はレイスしか居ないのだ。

「な~んか、前以上に息が詰まるような……」
「僕が相手では、不服でしたか?」
「いや、そうは言わないけどさぁ」

 『退屈だぁ』と行儀悪くテーブルの上に腕を投げ出して伸びている朔耶を、レイスは微笑ましく眺めながら『困りましたねぇ』等と相槌を打っている。そんな調子で隣国クリューゲルの国境の街、バーリッカムに向う街道を進んでいた。




 座り心地の良いソファーでウトウトとし始めた頃、馬車がゆっくりと停まる気配がしたので、朔耶は眠りに落ちかけていた意識を引っ張り上げて窓を覗き込んだ。
 少し開けた更地にエバンス街道の中継地で見た商隊の馬車とよく似た型の馬車や、幌馬車等が数台停まっていて、其々の馬車の近くでは焚き木を囲って食事をしたり、談笑している人達の姿が見える。

「もしかしてここも中継地? 休憩にはいるの?」
「ええ、ここはバーリ街道の第二中継地です。エバンス街道と比べると旅人の数も多いですから、店を出している商隊もいますね」

 やがて先頭の護衛隊馬車が停まると、並ぶように朔耶の乗った大型馬車も停止した。中継地に居た人々はエバンス方面からやってきた騎士の護衛の付き大型馬車が珍しいのか、皆、好奇の視線を向けている。
 一体何処の大貴族が乗っているのやらと噂話を始める者や、『あの型式の馬車はこの近辺の国には二台しか無い筈だ』と博識ぶったりする者もいた。

 そんな中、後ろに続いていた馬車からティーセットや日除けの天蓋やテーブルや椅子を持った侍女達がぞろぞろ降りてきて、瞬く間に憩いの空間を作り上げる。

「うわ~……プロフェッショナルだなぁ」
「さあ、行きましょうサクヤ様」
「様はやめてよ……ていうか、あそこに行くの? あたしが?」
「貴女の為に用意された舞台ですよ?」

 と、優雅に礼をしながら中継地の人々から注目の視線を集めている憩いの空間に誘うレイスに、朔耶はゲンナリしながら『う”ぇ~~……』と麗しき乙女にあるまじき呻き声を上げるのだった。




 大型馬車から御付きの者らしき若い騎士に手を引かれて降りてきたのは、光沢のある赤いコートを羽織ったズボン姿の、まだ顔立ちに幼さを残した黒髪の少女だった。
 侍女達が控える日除けの天蓋の下に入ると、護衛の騎士が素早く周囲の壁となって人々の視線から隠す。


「どうしました? サクヤ様」
「……落ち着かない――全っ然! 落ち着かないって、コレ」

 貴族のお嬢様方はこんなので優雅な気分になれるのだろうかと、別の意味で畏敬の念を懐いてみたりする。
 これではかえって疲れてしまうからと、侍女さん達には申し訳なく思いながらも早々に片付けて貰い、馬車に戻った朔耶は護衛の騎士にも『暫らく入ってこないで』と念を押して、車室から追い出した。
 そうして馬車の中でデイジーに貰った服に着替えて村娘になると、侍女さんが出入りする別の出入り口からこそっと出して貰った。

 一応、お忍び扱いでとレイスに頼んで、護衛の騎士達には其々休憩を装って中継地に散らばり、こっそり見守るという護衛の仕方をして貰う事にした。
 騎士達はそういう特殊な要人警護の経験は無かったものの、対象にぴったり張りついての鯱張った護衛に比べて適度に緊張感を持ちながら息抜も兼ねたこの方法は好評だった。
 常に傍で守る騎士はレイス一人なので、傍から見れば休憩する騎士が従者の少女に付き合って歩き回っているようにも見える。
 遠目にチラッと見ただけの、この世界ではかなり目立つ格好だった『赤いコートを着た黒髪の令嬢』と『村娘風の黒髪の少女』が同一人物と気付く者は居なかった。

「アンバッスさ~ん」
「!っ」

 ギクリと肩を震わせ、のろのろと振り返ったアンバッスの視線の先には、何故か村娘の格好をした朔耶がニコニコ顔で立っていた。彼女の背後に控えるレイスに視線で問い質すも、何時もの微笑を浮かべているだけだ。

「やほ」
「…………なにを、す……していらっしゃるので?」
「あ、今噛んだ」
「……」

 盛大に顔を顰めたアンバッスは、大きく溜め息を吐く。

「……何をやっとるんだ、お前は」
「アハ! 元に戻ったね、やっぱりそっちの方がホッとするよ」

 呆れた様に吐き出された呟きに、朔耶は嬉しそうに笑って言った。

「で……?」
「ん?」
「用があって来たんじゃないのか?」
「うん、からかいに来ました」
「かえれ」

 昨日の荷馬車の御車台で交わしていたような掛け合いを始める二人を、レイスはやはり何時もの微笑で眺めていた。




 ひとしきりアンバッスで遊んで気が済んだのか、朔耶は更地の外側に転がる石を弄り始めた。

「何かお探しですか?」
「ん~、馬車の中で暇だから何か作ろうかな~って思ったんだけど……」

 平べったい石をそ~っと持ち上げ、裏を覗き込んでそ~っと伏せた。

「なんか一杯居た……」
「害はありませんが、女性が好んで見るモノではありませんからねぇ」

 苦笑を浮かべながら『見た目は不気味ですがあれでも益虫なんですよ』と教えてくれるレイス。裏にびっしり張り付いていた虫にぞぞぞっと肩を震わしながら、朔耶は一つ困った事に直面していた。

「ねえ、レイス。魔力石ってこの辺りにも落ちてるのかな?」
「魔力石、ですか?」

 クィスの家には集められた魔力石があったし、そこら辺りに落ちていると聞いていたので深く考えていなかったが、朔耶にはどれが魔力石でどれが普通の石なのか見分けが付かない。
 火属性の石も、持ってみて何と無く温かいと分かる程度の差異だったので、この辺りに落ちている石を手に取ってみても特に変わった感じは無く、判別のしようが無い事に気付いたのだ。

「これは魔力石ですよ、そっちの白いのは既に魔力を失ってますね、こっちのは只の石です」
「分かるの!?」
「ええ、少しは見分けられますよ」
「やったぁっ じゃあちょっと集めるの手伝って?」

 レイスは朔耶が魔力石で何をするつもりなのかは分からなかったが、彼女がご所望なら気の済むまで集めるまでだと思った。アマガ村の狩人の青年の家で見た『湯沸かし器』のような、好事家が喜びそうなモノでも作るつもりなのかもしれない、と。






「ん~~~~」

 休憩が終わり、バーリ街道第二中継地を後にした朔耶達は、一路バーリッカムに向けて馬車を走らせていた。次の停車予定地は第一中継地だ。
 揺れない事に定評のある新式大型馬車の車室の中、備え付けのテーブルの上に侍女さんの馬車や護衛隊の馬車に積んであったものから借りてきた工具を並べ、様々な形に削り出した魔力石の欠片を弄りながら唸っている朔耶。

 その真剣な様子に、レイスも定位置で動かない騎士も声を掛けることが(はばから)れて静かに見守っていたが、朔耶が何をしているのかはサッパリ分からないでいた。
 時折、石と一緒に持ち込んだ薪を『ちょっとここ削って』とか『ここ押さえといて』と言って手伝わされていたが、何かの『前衛芸術の工芸品だろうか?』と首を傾げるばかりであった。

「う~ん、やっぱり摩擦が……ベアリングとか無いし……方位磁石の軸でいいかな……」

 と、意味の理解出来ない言葉や、知っている道具の名前やらをぶつぶつと呟いている。
 そんな調子でゴトゴトと響く馬車の車輪の音と、石を削ったり道具を持ち替えるカタン、コトン、という音に混じって朔耶の呟く独り言だけが、広い車室に響いていた。




「出来た!」

 日も暮れ始め、各馬車のランタンに火が灯される頃、朔耶の感慨の混じった声が車室内に響く。車室の中も薄暗くなり始めていたので、控えている侍女が室内のランプを灯して回っていた所だった。

「お疲れ様でした。それで、何が出来上がったんです?」
「えっへっへ~ 魔力測定器ー!」

 じゃ~んという謎の掛け声と共に掲げられたのは、両手分程の大きさの長方形をした木の箱で、片方の狭い面から二本の突起が出ている。広い面の片方は丸く削り取られた穴があり、真ん中に小さな丸い皿を返したような部分があって、その皿の部分に細く削った木の針が一本乗っている。
 ゆらゆら揺れている事から、この皿の部分は丸く削り取った面の内側にある突起に乗せている事が分かった。最近ティルファで開発されて出回り始めた無水式の方位磁石のようにも見えるが、針が木製なので方位を示す事はないだろう。

「魔力……、測定器?」
「うん、あたし魔力石の見分けつけられないからさ、だったら見分けを付けられる道具から作ればイイやって思って」

 言いながら並べた魔力石にその道具の突起が出ている部分を近づけると、不安定に揺れる針がスッと動いて一定の方向を指した。見た事も無い道具と、よく分からない現象を訝しむレイス。

「ねえレイス、この石、魔力の強い順に並べられる?」
「え、ええ」

 拾ってきた魔力石は雨に晒されるなどして水属性が付き、すぐ隣で同じ属性が付いた石との共鳴効果により魔力の自然放出をして枯渇しかかっている物から、まだ無属性で十分に溜め込んでいる物など様々だ。
 多少なりとも魔術の修学をした者なら石の発する魔力を正確に感じ取る事が出来る。レイスは枯渇しかかっている物から順に、魔力が最も強く残っている物までを並べた。

「こんな感じですね、こちらの石が殆ど空で そちらの石は一杯に詰まってます」
「ん、ありがと」

 礼を言って並べられた石に道具を順番に当てて行く。
 すると、枯渇しかかった石では左端を指していた針が僅かに揺れただけだったが、一杯に詰まっている石では明らかに最初の位置からは針一本分程右側を指していた。

「これは一体……」
「ん~~、魔力石のガス欠と満タンの差ってこんなもんなのか~」

 ふむふむとその道具の針の指した部分に印を入れながら、ふいに朔耶は質問を口にした。

「そういえば、レイスは魔術に詳しいの?」
「え、ええまあ……僕は元々魔術士の修学を受けていましたから」
「へぇ~そうなんだ、じゃあ何か魔法とか使える?」
「一応使えますよ? 僕の場合、騎士の任務も剣より魔術でこなす方が多いくらいですから」

 『あまり例の無いスタイルなんですけどね』と付け加える。

「成る程、だから選ばれてたわけね」

 何がです? と問おうとしてその意味に気付き、ハッとする。正統派の剣騎士であるアンバッスと魔術に精通する騎士である自分が朔耶の護送(今は護衛だが)に選ばれた理由は、朔耶が魔術士であるとされていたからだ。
 今となっては取り越し苦労もいい所な適材人選だったわけだが、そんな人選の意図にこんな些細な会話から辿り着く朔耶の洞察力に驚いた。

「という事は~」

 と、朔耶が測定器をレイスに向ける。

「わっ 凄っ」

 測定器の針が真ん中より少し前辺りまで振れていた。『魔力石七十個分くらいあるね~』とまた印を付けて、その上に見た事の無い文字らしき模様を書いていく。

「つまり、それが僕の魔力を表していると……いう事ですか?」
「うん、そんな感じ?」

 朔耶はあくまで軽かった。レイスは『この子は自分が一体何を作ったのか理解しているのだろうか』と、普段の微笑を忘れる程愕然としていた。

 魔力の強さを示す術は存在する。しかし、それは特定の魔術を行使し、その効果の強さや結果を見て測られるモノだ。当然、自身の実力を隠して過ごす者や、貴重な古代魔法文明の発掘品等を使って力の水増しをする者も居る。
 実力を隠す者は大抵、内諜が監査の為に組織下層群に送り込んだ査察官だったり、或いは敵国の間諜にも言える事だ。剣や知識と同様、魔術も己の意思によってその力を隠蔽する事が出来る。

 がしかし、朔耶が作りだしたこの『魔力測定器』という道具を使えば、向けられた相手は自分の持つ魔力の強さを簡単に見破られてしまう。ごく普通の街人として振舞っている人間が正規の魔術士クラスの魔力を持っていたら、誰もが疑うだろう。

 そんな事を考えていた為、レイスは隣の部屋に控えていた侍女がお茶を淹れて部屋に入って来た事に気付くのが遅れた。しまったと思った時はもう遅かった。

「あれ? 侍女さんって魔術士さんなの?」
「えっ!?」

 侍女に測定器を向けている朔耶が意外そうに問う。測定器の針は真ん中を少し超えた場所を指している。侍女は動揺を抑えようとしつつも、顔色を失ってレイスの方を見た。

「彼女は侍女に扮した護衛の魔術士なんですよ、隠し玉なので誰にも言っちゃ駄目ですよ?」

 レイスは咄嗟にそう言って執り成し、ウィンクしてみせる。

「あ、そうだったんだ? へぇ~なんか格好いいね」
「お、恐れ入ります……」

 定位置の騎士も初耳だと言わんばかりの顔で見詰めていたが、レイスの説明に納得したのか黙って頷いた。ちなみに、定位置の騎士の魔力は魔力石五個分くらいだった。

「後でアンバッスさんのも測りに行こうっと」
「それはいいですねぇ」

 普段の微笑を浮かべたレイスは朔耶の案に同調しながら、退室する侍女に目配せをし、侍女は誰にも気づかれないタイミングで微かに頷いた。







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