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本編
12話:王女の客人




「神殿の水鏡を使用したいのだが」
 
 一階の受付カウンターにやって来たアンバッスは、書類の積まれた机に向かっている神経質そうな男に用件を伝えた。
 フレグンスに属する国の首都には王室の寄付金で建てられた精霊神殿があり、遠方の神殿と連絡を取る事の出来る水鏡が設置されている。
 精霊の力を使ったこの伝送具は、精霊との交感能力のある神官にしか扱えない為、定期連絡以外の使用には前もって許可が必要だった。

「この時間にですか?」
「そうだ、大至急確かめたい事がある。王都に繋いで欲しい」
「しかし……今からですと定期連絡の報告とかち合いますが?」
「構わんっ 大至急だ!」

 アンバッスの剣幕に押され、渋々という感じで定期連絡の合間に使用する予定を組み込んだ書類を作ると、サインを入れてアンバッスに渡す。

「報告の合間ですから、あまり時間は取らないでくださいよー?」

 受付の男の声を背中に受けながら、アンバッスは早速本部を出て神殿に足を向けた。






「今日も行かれるのですか?」

 彼は本日の事務仕事を終えて神殿に寄せられる定期連絡を受け取りに向う途中、同じく神殿に向う見慣れた後姿に声を掛けた。 

「ええ」

 彼女は振り返らずに短く答えた。本当は振り返って声を掛けた彼の顔を見たい、彼と話をしたい、胸の内を聞いて欲しいと思っているのだが、彼女自身が自分に課した戒めとして『サクヤ』が見つかるまでは、無事に再会出来るまでは、恋人と語らう事を自らに禁じていた。
 今日も神殿に向かい、各街の神殿から届く周辺国に駐在する騎士団からの報告に耳を傾ける。記録を取るのも、その報告を受けて活かすのも、彼女の仕事ではないけれど。
 彼女、レティレスティアは『サクヤ』が見つかったという報告が届くのを、毎日神殿に通って待ち続けていた。

 神殿に入ると、既に各担当の騎士や官僚達が配置に付き、精霊神官によって水鏡が開かれるのを待っている。レティレスティアは定位置となった神官席の隅に腰を降ろし、イーリスは騎士達が座る席の中央にある団長席に座った。

 そして神官の祈りによって開かれた水鏡から各街の騎士団による報告が始まる。報告内容は各街の住人の様子、帝国の動向に関するモノから農作物の収穫量、犯罪数等で、地域によっては魔物の目撃件数や被害件数なども上がってくる。
 一通り王都周辺の領地と隣国からの報告が終わり、辺境国の報告に入った。


 今日もサクヤに関する情報はないのかと、レティレスティアは落胆する。サクヤと出会ったあの森はティルファとの国境に近い森で、その周辺国やティルファの大使にも協力を呼び掛けておいたが、今の所そちらからの連絡は無かった。
 辺境国方面にも手を廻しておいたものの、あちらは街の官僚にも余り良い噂を聞かない。

『父様に無理を言って出して貰った私名義の勅令も、何処まで効果を果たせているか――』

 報告がなされて行く様子をボンヤリと見詰めながら、レティレスティアはサクヤと出会った夜に想いを馳せる。暗い森の中に現れた光の魔術士、流れる川のほとりを風のように駆けた開放感。彼女から伝わってくる不思議な広がりを持つ心の波動。

『もう一度会いたい……』

 その陶酔しそうな心地良さを想っていたその時。不意に起きた周囲のざわつく声に、意識が引き戻された。水鏡には獰猛な熊を思わせる顔の武張った印象を持つ一人の騎士が映っていた。サムズ国の定期報告中に割り込んだとかで揉めているようだ。

「クルストスの報告はエバンスの後に定めてあるだろう!」
「この通り許可はとってあります。大至急確認したい事がございます」
「そんな辺境国の端街の者が、一体何の確認を取りたいと言うかね?」
「姫様の勅令について、サクヤという娘の事で確認したい事があるのです」

 ガタンッと音を立ててレティレスティアが立ち上がった。議場に詰めていた官僚達が何事かとそちらに視線を向ける。イーリスもハッとした表情で一度王女を見やり、水鏡に視線を戻す。




 隣で迷惑そうにしているエバンスの騎士を無視して水鏡の前に立ち、鏡の向こうに映る王都の官僚達と、騎士達の中央に座る近衛騎士団長に向かって勅令の内容とサクヤについて質問を繰り出そうとした時、鏡の奥から声が上がった。
 聞き覚えのある透き通るような高いソプラノ。鏡の向こう側で、官僚達が慌てている。

「サクヤが見つかったのですか!?」

 その声の主が鏡に映り、アンバッスは驚愕で思わず声を上げそうになった。いや、アンバッスだけでなく、この水鏡の間にいる騎士や官僚達全員が驚きに眼を瞠った。

 王女自らが水鏡に姿を現して一介の騎士と直接言葉を交えるなど、前代未聞の事態だ。鏡の向こうでは近衛騎士団長が慌てて王女の隣に駆け寄り、自重を促している。

 アンバッスはこのまま答えて良いものか大いに迷ったが、向こうもこちらも混乱状態にある。収集がついてからではまた時間が掛かってしまうだろう。この際、多少の不敬には眼を瞑って貰おうと言葉を続けた。

「か、彼女は現在、我々が王都に護送中であります」
「無事なのですか?」
「ハッ 怪我も完治しており、健康に異常は見受けられません」
「そう……よかった、サクヤ……」

 心底安堵した表情を見せる王女の麗しき姿に、水鏡の間にいるエバンスの若い騎士や官僚達が恍惚の表情で見惚れているが、アンバッスはそれ所ではなかった。

 王女はサクヤの身を案じ、無事を喜んでいる。その意味する所を考え、冷や汗が湧いてきて背筋に冷たいモノが走った。だがまだ話は終わっていない。確認しておくべき事が残っている。

「その……、姫様の出された勅令の内容と、サクヤは何者であるのかを御聞かせ頂きたく……」

 恐れ多くも自分から王女に質問を投げ掛けるアンバッスに周りから非難の視線を浴びせられるが、レティレスティアは驚いた表情で答える。

「伝わっていないのですか? サクヤは私の命の恩人です。私が帝国の手の者達に連れ去られそうになった時、その御力で助けて頂いたのです。サクヤが居なければ、私は今頃、帝国の手に落ちていた事でしょう」

 アンバッスは今度こそ倒れそうになった、しかし気を遠くしている場合ではない。しっかり踏ん張って王女の語るサクヤの話を頭に叩き込む。

「……不幸な意思の行き違いにより、サクヤは近衛の槍を受けて川に流されてしまいました……私はどうしても、もう一度サクヤに会いたいのです。会って謝罪とお礼をしなくては」

 予想以上の返答に、アンバッスは冷や汗が止まらないでいた。 

「勅令の内容は、私、レティレスティア・フィリス・フォルティシス・フレグンスの名において、サクヤと名乗る黒髪に黒い瞳の、年の頃は十五~十七にみられる異国の装いをした少女を見つけ次第丁重に保護し、負傷その他病気等を患っている場合は無条件でこれに治療を施し、十分な回復を持って王都にお連れするように。尚、発見した場合は直ちに王都へ連絡すべし。また、以上の人物と思わしき遺体を発見した場合も、直ちに連絡し、確認次第王都に移送すべし、異国の装いについては光沢のある赤い…………――」

 アンバッスは勅令内容を直接本人から口頭で聞かされるという異例のオンパレードを経験しながら、深く頭を垂れて騎士の礼を取った。取りながら内心で騎士団上層部に悪態を付き捲っていた。

『まったく正確に伝わっておらん! 団の上層は何をやっていたのだ!』

「姫様……そろそろ……」
「……わかりました。 クルストスの騎士殿」
「ハッ!」
「サクヤを宜しく頼みます」
「ハッ! 必ずや王都にお連れします」

 近衛騎士団長に促された王女は、最後にサクヤの事をこの報を届けた騎士に託すると、鏡の前から退いた。

 礼を解き、ゆらりと立ち上がったアンバッスは一先ず、定期報告を続けるこの間を後にして報告を済ませた騎士や官僚の控え室となる礼拝堂に出た。
 そこに集まっていた者達から一斉に視線を向けられる。皆、先程までの水鏡の間でのやり取りを聞いていたので『王女と直接話した騎士』を何者ぞ? と訝しむ者と、アンバッスの事情を知っているが故に彼と同じ様に青い顔をしている騎士もいる。
 そして、居並ぶ騎士、官僚の面々に向けてアンバッスは言葉を紡ぐ。

「宿だ……」

 シン……と静まり返った礼拝堂に、謎の呟きが響いて皆が注目した。次の瞬間、アンバッスの野太い怒声が響き渡った。

「宿だ! この街で一番良い部屋の宿を用意しろ!! サムズの代表を呼べ! 団長に連絡を付けろ!! さっきの話をクルストスとバーリッカムにも伝えろ!! 至急だっ! クリューゲルにも確認を取れ!!」

 クルストス駐在騎士団の小隊長でしかないアンバッスにはこの街での指揮権など無いのだが、皆この時ばかりは彼の指示に従った。神殿の重厚な扉を叩き割らんばかりの勢いで押し開き、外に飛び出したアンバッスは、本部に向かって全速力で駆け出した。



 
「何かご用ですか?」

 朔耶が入っている独房の前に立つレイスは、何時もの微笑を浮かべたまま抑揚の無い声で来訪者に声を掛けた。
 不揃いの革鎧を身につけた二人組みの男、恐らくはここの自警団に所属する傭兵だろう。鉄格子越しに朔耶の姿を見つけると、下卑た笑いを浮かべて近付いて来る。
 
 二人の傭兵は如何にも御貴族様な容姿と雰囲気を纏った優男風で丸腰の若い騎士など眼中に入れず、鉄格子の向こうで不安気に身を縮めている黒髪の少女を観察した。
 まだ幼げな容姿だが出る所は出ているし少し細ぎすな気もするが引っ込む所は引っ込んでいる。術封じの枷が填められていることから魔術士の見習い辺りかもしれないと当たりを付ける。
 舐るような不躾な視線を浴びせられて身を竦ませる姿がまたそそる。と気分を高揚させていると、優男の騎士が遮るように立ちはだかった。

「あん? 何の真似だ? 騎士様よお」
「用が無いのでしたらお引取りを」

 傭兵の挑発的な物言いを無視して、相変わらず微笑を浮かべたまま抑揚の無い声で言い放つレイス。その態度を傭兵風情への侮りと感じたのか、男は革鎧の隙間から素早く抜き出したナイフを突きつける。

「!っ」

 と、朔耶が息を呑んだ。

 この本部内では一部施設を除いて基本的に武器の携帯は禁じられている為、帯剣して歩いている者はいない。
 が、やはり規律を守らない者は何処にでもいるわけで、特に傭兵業をやっている彼等は様々な武器の扱いにも長け、常に暗器を忍ばせている者は普通に居る。

「なぁ騎士さんよぉ、俺たちゃ別に囚人殺しに来たわけじゃねぇんだよ……」
「ちょっと楽しみに来ただけだろぉ? おめぇ等だって道中楽しんで来たんだろうが」

 まるで聞き分けの無い子供を諭すような口調で囁き掛けながらナイフで脅す、あくまで同意させようとする辺り、手馴れた感がある。

「仰ってる意味が分かりませんね、重ねて言いますが、お引取りを。それから訓練所以外での武器の携帯は禁じられていますので、入り口の者に預けて下さい」

 レイスは傭兵達の戯言を無視して、やはり微笑を浮かべたまま抑揚の無い声で言い放った。二人の傭兵の空気が変わる。互いに目配せをすると、スッと身を退いて一定の距離を取り、もう片方の男もリストバンドの中から細い長針を取り出した。

「何処に捨てる?」
「二番通りのスラムでいいだろう、娼館の裏にでも放り出しとこう」

 そんな言葉を交わして殺気を放つ。死体の遺棄場所を決める相談から入る所などは、こういった事は一度や二度では無い事を感じさせる。

 これから何が起きようとしているのか、素人にも分かる程の空気の冷たさに朔耶は後退って震えた。レイスは丸腰だ、殺されてしまうかもしれない。いや、彼等は殺す事を前提にしたような会話をしていた。もしそんな事になれば、次は――

『あたし……どうなっちゃうわけ……?』

 じり……、と暗器を構えた二人組みが間合いを詰めようとしたその時。

「レイス!」

 入り口の階段を転げ落ちるように飛び込んで来たアンバッスが怒鳴る。朔耶は思わず叫んでいた。

「アンバッスさん!」
「レイス! 房を開けろ!」

 しかしアンバッスは独房前の状況にまるで気付いていないかのように、レイスに指示を出しながら走り寄って来た。

「今すぐここを開けろ!」
「どうしたんです? そんなに慌てて」
「話は後だ! とにかくここを開けろ!」
「それは構いませんが……」

 ちらりと二人の傭兵に視線を向けるレイス。それにつられて振り向き、アンバッスはようやく二人組みに気付いた。彼等は既に武器を仕舞い込み、突然の乱入者に対して不遜な態度を向けている。
 
「こいつらは?」
「サクヤを狙って来……」

 ゴシャッという鈍い音が響いて、二人組みの片方が身体を床と水平にしながら吹っ飛んだ。

「……たようです。せめて最後まで聞いてから殴りませんか?」
「時間の無駄だ。おい貴様っ 片付けておけ。レイス、早くここを開けろ」

 呆然と立ち尽した二人組みの片割れに壁際の後始末を言いつけたアンバッスは、そう言ってレイスを急かした。朔耶は『アンバッスさんつえー』とか思いながら、ぽかんとその様子を眺めていたが。

「そういえば、急にどうしたの?」

 独房の扉が開けられると、狭い出入り口に滑り込むように巨体を潜らせたアンバッスが入って来た。その鬼気迫る雰囲気に、朔耶は思わず一歩下がる。

「な、なんか怖いよ? アンバッスさん……」
「手を……」

 腰の退けている朔耶に向き直ったアンバッスは膝を付いて手を伸ばし、呟いた。

「手を……」

 もう一度繰り返す。朔耶は恐る恐る枷が填められている両手を差し出すと、枷は手早く丁寧に外された。
 そうして、『なんで?』という顔をしている朔耶から膝立ちのまま数歩下がったアンバッスは両手を付き、額を石畳に押し付けるようにして言った。

「申し訳ありませんでした! サクヤ様」

「…………は?」
「おやおや……」

 成り行きを見ていたレイスも土下座の姿勢で動かないアンバッスの隣で膝を付き、騎士の礼を取った。

「え……ちょっと、何? ……何かの罰ゲーム?」

 突然の事に混乱する朔耶を余所に、アンバッスはその姿勢のまま謝罪の意を述べる。

「この度は、我々騎士団の怠慢により大変無礼且つ愚劣な行いで御身御心に多大な不快と御迷惑をお掛け致しました事を深く心よりお詫び申し上げる」






 その後は目まぐるしい勢いで朔耶の周囲は変化していった。

 まず、独房を出るとそのまま宿舎の部屋で『ドレスの用意が出来ていないから』と朔耶の持ってきた向こうの服、所謂ジャケットにズボン姿に着替えさせられた。
 そして騎士達数人に周囲を護られた状態で豪華な要人用の客車に乗せられ、何処かの豪華ででっかい屋敷に案内される。

 客車を降りると正装らしいマントを着けた騎士達がズラーーっと整列していて、その向こうにはメイドさんな格好をした人達がやっぱりズラーーっと並んでいて、彼等の前を道なりに進むとドミノ倒しのような礼で迎えられた。
 やっと建物の中に入ると、何処の高級ホテルかと思うくらいの広々とした赤絨毯のロビーに、外に居た騎士達より一段と豪華な甲冑に勲章をつけた熟年の騎士と並んで、少々小太りの派手で素材の良さそうな、でもセンスは悪そうな服を纏った中年の男が待っており、汗を拭き拭き何やら口上を述べ始めた。

「ご、ご機嫌麗しゅうサクヤ様。私、サムズの統治者代表をしておりますエイブムと申します、以後お見知りおきを……。その……此度の件に付きましては、レティレスティア様の勅令書を管理していた部署の者が…………」

 要するに『勅令内容が正しく伝わらなかったのは秘書のせい』というアレだった。
 
 ここに至ってようやく朔耶の置いて行かれていた精神も状況に追い付き、落ち着いて周りが見られるようになっていた。
 連れて来られた場所はエバンスで一番の高級宿で、目の前で口上を述べている小太りのおじさんがこの国の統治者代表の人、豪華な甲冑に勲章を一杯つけたロマンスグレーなおじさんは辺境騎士団の団長さんだった。

「……ようするに自分は悪くないから責任問わないでねって事ね?」
「!!っ――――っ」

 エイブムは硬直してしまった。朔耶は内容は只管同じで長いだけの話に少しうんざりしながら内容確認で要約したダケだったのだが、エイブムには『そんな言い訳が通用すると思うなよ?』に聞こえて震え上がってしまったのだった。
 サムズの代表が沈黙したので、次に朔耶の前に立ったのはロマンスグレーな団長さん。

「フレグンス辺境騎士団長クレイギンス・ノーツ・バーアルトと申します。伝達不備により我が団員が大変失礼を致しました。 アマガ村で貴女に暴行を振るった者に対しましては此方で処分を検討しています故、何卒お怒りを静められますよう」
「うん? 別に怒ってませんよ?」

 朔耶が答えると、クレイギンス団長は深々とお辞儀をして次にこう続けた。

「サクヤ殿のご慈悲に感謝します。では、団に示しをつける意味でも、サクヤ殿から何らかの罰を与えて頂ければ幸いかと……」

 『んん?』と勘に引っかかるモノを感じ、朔耶は首を捻る。さっきの人と違って、この人は非を詫び責任を取ろうとしている、が……何かが引っかかる。
 何が引っかかるんだろうと考えていると、沈黙するサクヤにもう一押しと思ったのか、クレイギンス団長の本音の部分が混じって言葉に出ていた。

「サクヤ殿より直接咎を頂ければ、あの者もかの地で猛省し、一層職務に勤める事が出来るかと……」

 その言葉でピンと来た。

「もしかして、レティにバレたら首になるからあたしが決着つけた事にしておきたいって所?」

 思わず眼を瞠るクレイギンス団長。まさか見抜かれるとは思っていなかった為うっかり表情に出してしまい、それが肯定を示していた。詰まる所、この謝罪と咎を求める申し出は、粗相をやらかした部下を守る為の策なのだ。
 相手を小娘と侮った事を大いに悔やみながら、只々深く頭を垂れるクレイギンス団長だったが――

「いいよ、じゃああの人にはアマガ村の水道施設建設の手伝いをするように言いつけといて?」

 そんな朔耶の返答にはっと顔を上げ、そして今度は恭しく騎士の礼を取った。






 お偉いさん二人との謁見が終わり、今日はお疲れでしょうという事で部屋に案内される事になった。湯浴みの準備も出来ていると聞き、朔耶は『お風呂に入れる~』と喜んで湯浴み場に案内して貰う。

 ここでも一騒動起きて、大きな浴場にウキウキとしながら服を脱ごうとしたら四人ほどのメイドさんが現れて脱衣を手伝おうとするので、人に脱がせて貰うとか洗って貰うとか等の行為には全く慣れて居ない朔耶は断ろうとしたが、王族所縁の要人をお世話するという使命に燃えるメイドさん達にあれよあれよという間に脱がされてしまった。
 そのまま今度は浴場で洗われかねない状況に羞恥と危機感を覚えた朔耶は、少し強めに――

「あたしの国では無闇に他人に肌を見せたり触らせたりしないの!」

 と、文化の違い攻撃で躱そうとしたのだが、それを聞いたメイドさん達が蒼白になって泣きながら謝罪を始めてしまい。知らせを聞いて飛んで来たメイド長が謝罪と懇願を始めた。

「此度は無知なる行いにてご無礼を働き大変申し訳なく、この上は如何なる裁きもお受け致します故、どうかこの娘たちのお命ばかりは……」
「何処の暴君だあたしはーー!」

 風習風土、宗教等による文化の違いという問題は、実は結構大きな問題事だったりする。民族間や国家間で争いが起きる時は、この風習や宗教観の違いが原因になる事が多い。
 その為、フレグンスは領内でもこの辺りの問題に対する民衆の対立には常に眼を光らせているのだ。結局『お咎め無しにするから御風呂は一人で入らせてね』で決着をつけて、無駄に増えた疲れを癒すため長風呂をする朔耶だった。




「わ~~、ふかふか~~~~」

 三人ぐらい並んで寝られる程の広い天蓋付きのベッドにボフッと埋まり込み、やたら手触りの良い寝衣の感触を全身で感じる。ほんの数刻前までのじめっとした石畳の独房とはエライ違いだ。

 この宿までの道中でアンバッスに説明された内容や統治者代表の話から、どうもお役人の怠慢で勅令内容が正確に伝わって居なかったらしい事が分かったが、何処の世界でもそういうのはあるんだなぁと、しみじみ思う。

「でも……」

 罪人扱いは嫌だったけど、道中は割と楽しかったと今日の馬車の旅を思い出す。
 
「明日からは……今日みたいな気楽な旅は出来なくなるのかなぁ?」

 アンバッスの態度があんな風になってしまうと、少し寂しい。憎まれ口の応酬や掛け合いが出来ないのは残念だった。

「あの人、頑固そうだもんなぁ……」

 仕事と立場に忠実に振舞い、何か問い掛けても話し掛けても、すんごい軍隊調でキビキビ返ってきそうだ。

「……いや、それはそれで面白い……かも?」

 レイスの態度は最初から丁重だったからあまり変わらないけれど、彼とはあまり馴染まない。悪い人ではない事は感じ取っているのだが、勘が告げているのだ。『気をつけろ』と。

「……はて?」

 なんだか自分の心に別の存在が勘という形で語りかけているような、僅かな違和感を感じながら、朔耶はゆっくりと眠りに付いたのだった。







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