ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
???編
邪神の作戦




 "邪神ロリキラー"疑惑はさておき、臨時司令室となっている部屋へと案内された朔耶は、悠介からポルヴァーティアに対抗する為の力を貸して欲しいと持ち掛けられた。具体的にどんな協力を求めるのかはこれから話し合いたいとの事。

「協力はするけど、そういうのってエライ人達が集まってる場で議論とかして詰めていかなくちゃいけないんじゃないの?」
「偉い人ならここに二人ほどいるから問題なし」

 そう言ってこの場に同席しているガゼッタの里巫女アユウカスと、フォンクランクの王女ヴォレットを指す悠介本人も、対ポルヴァーティア戦略で重要な役割を任されている立場にある。

「今日の戦闘でやっぱり今のままじゃ持たないって事が分かってね、思いきった対策が必要になったんだ」
「前に言ってた、あたしが直接乗り込んで向こうの指導者を云々するって話?」

「いや、向こうの指導者はよっぽど問題が無い限りそのままにして置くというか、向こうの住人が最終的に決めるというか……」
「ほうほう」

 悠介達フォンクランク側が考えている戦略は融和政策を交えながらポルヴァーティア内部の反体制勢力に干渉する事で、内部崩壊に近い状況を作り出して共存体制に持っていくという、朔耶も考えていた内容に通じるモノがあった。

「元他大陸の人達に反乱呼びかけるとか?」
「というか、最初はそんな感じで考えてたんだけど――」


 ポルヴァーティア軍の侵攻を跳ね返してみせる事で自分達(カルツィオ)の武力を誇示し、執聖機関を交渉の席に引っ張り出す。
 そこで『カルツィオは不浄大陸ではなかった』という作られた"新たな事実"の受け入れを迫るのだ。ポルヴァーティア執聖機関の宗教上の立場を維持しつつ、カルツィオと共存していける体制作りを認めさせるというのが当初の目論みだった。

「その大前提が崩れちゃってさ」
「なるほどね。あたしも似たようなこと考えてたけど、そっか、武力が拮抗してないとそもそも交渉に応じて来ない問題があるのね」

 元他大陸の住人である下級市民層に働きかけて内紛を呼び起こした所で、カルツィオとの戦いに梃子摺っていなければ直ぐに鎮圧されて終わってしまう。下手に泥沼化すれば、徒に犠牲者を増やす事にもなり兼ねない。


「何かいい方法あるの?」
「一応考えてはいるんだけど、実際にそれが出来るかどうかを調べる為に向こうへ潜入したいんだ」

「ちょっとまて、ユースケ! まさかお前自ら乗り込むつもりなのか!?」
「ほう、中々大胆じゃのう。しかし――お主がここを離れれば、街の被害は計り知れんぞ?」

 先程から二人の話し合いを見守りながら静かに朔耶を観察していたヴォレットが悠介の"潜入したい"という言葉を聞いて驚きを露にし、アユウカスは悠介がサンクアディエットを離れた場合のリスクを投げかける。
 人員や物資の瞬間輸送、破損箇所の瞬間修復など、街全体を管理するカスタマイズ能力の恩恵を得られない状態で今日のような攻撃を受ければ、街は一日で瓦礫に沈むだろうと。

「うん。だから問題は俺が居ない間の攻撃をどうやって停止させるかだな」

 もし自分の考えている通りに事が運べば、向こうに潜入したその日の内にこの戦いを終わらせる事も出来る筈だと悠介は豪語する。

「一応聞くけど、幹部の暗殺とかじゃないよね?」
「ない。つーか基本的に誰も死ななくて済むし、多分怪我人も殆ど出ないと思う」

 上手くいけば、の話ではあるがと補足をつける悠介に、一体どんな妙案を思いついたのかと朔耶は興味を引かれた。ヴォレットやアユウカスも同じらしく、詳しく聞かせよと催促している。

「ユースケのことじゃから、また突拍子もない事を考えてそうじゃな」
「んー、それほど目新しいやり方でもないんだけどね。前に一度似たような事やってるし」


 そう言って簡単に説明された作戦の概要に、朔耶は『本当にそんな事できるの!?』と驚く。"前に一度やった事"を知っているらしいヴォレットとアユウカスは『なるほど、あれをやるのか』と納得していた。

「あれだけ大きな街なら十分足りると思うんだ」
「うーん、それが出来るんなら……向こうの街の詳しい情報とか必要よね?」

「どの辺りにどんな施設があるのかさえ分かれば、詳細は分からなくてもOK」

 ポルヴァーティアの街に関する情報は捕虜達から聴き出す予定だという。凡その部分さえ分かれば、後は現地で直接確かめられる。この作戦を進めるに当たって問題は二つ。

「一つは俺が居ない間の街の防衛。もう一つはそもそもどうやって向こうの街に潜入するかってとこかな」
「ふむふむ、そこであたしに協力を求めたってわけね」

 空を飛ぶ事が出来て"精霊術的なステルスモード"で姿も消せる朔耶なら、悠介を抱えて直接飛んで行くという手もある。攻撃の停止についてはアルシアに協力を求めてみようと提案する朔耶。

「アルシアに?」
「そ、これからちょっと届け物に行くんだけどね。その時に相談してみるよ」

 フラキウル大陸にいる"見習い剣士アルシア"から預かって来た小物とメッセージを届けに行くのだと、腰につけたポーチを見せる。するとアユウカスが思い出したように"勇者アルシア"について語った。

「んん? あの娘なら確か今はポルヴァーティアの地上部隊と共にこちらへ来ておる筈じゃが」
「あれ? そうなんですか?」

 話を聞いてみれば、地上からの砲撃を食い止める為にシンハ達がポルヴァーティア軍の拠点を叩きに行った際、そこでアルシアの姿を確認したのだという。
 それならこの後そちらを訪ねてみるという事で、朔耶はポルヴァーティア軍が拠点を構築した凡その位置を教えて貰った。とりあえず互いの事情も確認し合ったので、また明日から細かい段取りを話し合う事になる。


「ところで、悠介君さぁ」
「うん?」

 どうにも先程から感じる僅かな違和感に、朔耶はずずいと顔を寄せて悠介の表情を観察してみた。『なんだろう?』と小首を傾げている悠介の反応を見て、徐に尋ねる。

「なんかちょっと雰囲気変わった?」

 別に悪い印象という訳ではないのだが、先日までに比べてやけに距離が近いというか、悠介の朔耶に対する態度に余裕が感じられるような気がするのだ。
 単に"初見の相手"から"顔見知り"となり、さらに"知り合い"という所まで親しくなった相手に"慣れた"というような距離感とは微妙に違う。もっと根本的な部分から少し変化しているような感覚。

「あ、それはわらわも感じておった」
「ワシも気付いておったぞ」

「……」

 『昨日までとは何かが違う』とアユウカスやヴォレットにも口を揃えられ、ぽりぽりと頭を掻きながら『なんと答えれば良いモノか』と悩む素振りを見せる悠介なのであった。






 漆黒の翼がカルツィオの夜空を舞う。臨時司令室を後にした朔耶は教えて貰った地点を目指してステルスモードで飛行を続け、ポルヴァーティア軍の拠点を捜索。やがて復旧作業中らしきそれらの施設が見つかった。

『箱型の飛行機も見えるし、ここがそうみたい。あの倒れてるクレーンみたいなのが砲台なのかな?』
ミナ カナリ ケイカイシテオル ヨウダ 

 拠点の敷地内には一部焼け落ちた跡もあり、ここで激しい戦闘があった事を物語っている。ざっと意識の糸レーダーで探ってみたところ、居住区らしきテントの並ぶ一角にアルシアの存在を確認。

『アルシアちゃん見っけ』

 ステルスモードのまま拠点に降り立った朔耶は、早速アルシアのテントへと足を運んだ。




 昼間の襲撃で敵部隊の撹乱に翻弄されて投擲砲を護れなかったアルシアは、復旧作業に加えて貰えない事を憂鬱に思いながら浅い溜め息を吐く。"浄伏"の旗印でもある"勇者様"を『作業現場で働かせるなどとんでもない!』という事である。

 自分の力を使えば重い資材なども楽に運べて作業効率もあがると思うのだが――と、元々庶民の娘だった為か、何事も無駄なく効率よく使えるモノは使わなければ勿体ないと考えるその辺りの思考の根がなかなか抜けないアルシア。

「み〜つ〜け〜た〜」
「わああっ! ……サクヤか」

 突然背後からひたりと首筋に手を当てられ、一瞬飛びあがったアルシアはしかし直ぐに落ち着いてみせる。

「あら、なんと立ち直りの早い」
「私にこんな事するのはお前しかいない」

 丁度暇を持て余していた所だったので会いに来てくれて嬉しいと、アルシアは自然な笑みを浮かべてみせた。なんとなく、兄がよく遊んでいるゲームの攻略をしているような気分になってくる朔耶。――どこからか好感度アップのチャイムが鳴ったような気がした。


 "アルシアルート突入"疑惑もさておき、まずは剣士見習いのアルシアから預かってきた小物とメッセージを渡す。

「これは……エパティタの御守り」
「そういえば故郷の品だって言ってたね」

 ペンダント型の細工物を懐かしそうに見入っているアルシア。向こうのアルシアは訓練学校で修業を果たしており、今年卒業するらしいという事も伝える。講師の人達と仕事をしていたという話に、アルシアは自分の事だけに嬉しそうな恥ずかしそうな顔を見せた。

 少しゆったりとした時間。せっかくのほのぼのムードを壊すのは惜しかったが、のんびりとばかりもしていられない。朔耶は今後カルツィオに本格的な協力をする事になったと伝えると、例の話を切り出した。
 なるべく双方が直接戦わなくても済むという悠介の作戦について触れる。

「そんな事が……本当に可能なのか?」
「あたしも聞いた時はびっくりしたけどね、なんか前にも似たような事やって戦いを終わらせた事があるんだって」

 悠介の使う能力は朔耶から見ても摩訶不思議な現象を起こすモノで、作戦の規模は壮大だがあの力でなら確かに不可能ではないとも思えた。

「ふむ――作戦の概要は分かった。しかし、攻撃を中断させるのは難しいな。私に軍の指揮権は与えられていないのだ」
「あれ? そうなんだ?」
 
 アルシアは神聖軍で特別な立場にこそ在るものの、基本的に信仰と力の象徴としての旗印なので、同行した部隊や軍の作戦に干渉する権限はないのだという。
 ――実はこれらは執聖機関が勇者の取り扱いで研究と経験を重ねて導き出した"勇者に戦力という力を与えてはいけない"という教訓を軸にした処置だったりする。

「だが、私なら大神官に直接進言する事ができる。何か攻撃を遅らせる手を考えてみよう」
「よろしくねー」

 明日の夕方頃にまた会おうと約束をして、朔耶は自宅庭へと帰還した。






 翌日。朝からフレグンス城に出向いて魔王出現に関する追加報告を行った朔耶は、その後の情報を集めにフラキウル大陸へと飛ぶ事を伝えて早々(はやばや)とお茶の席を立つ。

「あ、それから暫くは狭間世界で活動する事になるかもしれないから、何か動きがあったら報せに来るね」
「いつも本当にご苦労様です。私にも何か手伝える事があれば、言ってくださいね?」

 バタバタと忙しなくあちこち飛び回っている朔耶を、レティレスティアは羨望も混じった労いの言葉で送り出した。
 今のレティレスティアならば危険な"精霊の転移術"の使用も難しくはないので、父王カイゼルや王妃アルサレナの許しがあればフラキウル大陸に転移する事だってできる。もし朔耶が魔王の軍勢と戦うような事態になれば、助太刀に行く事も可能なのだ。

「やっぱり凶星の影響でレティの凶暴性がっ」
「ち、ちがいます! もうサクヤったらっ」

「あっはっはっ いや〜でもレティも随分積極性が出てきたね。イーリスとあんな事やこんな事して色々大人になっちゃった?」
「あわわわわ――」

 『なんて事をー』と周囲の耳を気にするレティレスティア。今日もからかわれて顔を赤くしているお姫様に笑顔で手を振り世界を渡る。割と深刻な問題に関わっていても、朔耶のライフスタイルは変わらずマイペースなのであった。




 アルシアに届け物を済ませた事の報告も兼ねて、朔耶はバラッセの街へと転移した。ダンジョンの出入り口である高い鉄柵に囲まれた祠が視界に入る。なだらかに傾斜した芝生の広がる長閑なダンジョン前公園。
 道脇のベンチでは今日も杖をついた大柄な老人が日向ぼっこを楽しんでいる。

「さてと、まずは訓練学校の方から回ろうかな」

 その後は冒険者協会に立ち寄って魔王に関する情報を集めようと予定を立てた朔耶は、街の大通りに足を向けた。


「ニャー」
「あ、ネコちゃん。やほー」

 訓練学校の校舎前に来ると、この前の校舎猫が門の上に陣取っていた。朔耶の挨拶に『ニャ』と答えて目を細める。
 校舎内はまだ授業開始前なのか多くの生徒達が廊下を行き来し、所々にグループを作って屯している様子が窺えた。その中に知った顔を見つけたので徐に近付いていく。

「あっ サクヤさん」
「やほー、ニーナちゃん」

 先日ここで知り合って色々とこの大陸の事を教えて貰った初心者クラスのニーナが、朔耶の姿に気付いて駆け寄ってきた。彼女にもアルシアに会えた事や、その後の顛末などを報告する。
 その会話の中で、『コウ少年は既に王都へ発った』という話をニーナから聞けたのは予想外だった。

「コウちゃんはダンジョンで沢山の人を助けてくれたり、ゴーレムになってこの街を護った事もあるんですよ」
「へぇ、コウ君って中々幅広く活動してたんだねー」

 彼女自身も助けられた事があり、ニーナはコウ少年や講師のエルメール達とも割と親しい間柄なのだそうな。
 訓練学校に半ば住み着いている校舎猫には以前コウが憑依していた事や、"巨大蛇の捕食ショー"の檻にいる大蛇も、学校行事である合同訓練で強化合宿会場となった山の麓に現れた所を、コウが憑依して安全に捕獲された等の逸話を教えてくれた。

 ニーナの案内で訓練学校の上位クラスにやって来た朔耶は、程なく見つけたアルシアに届け物完了の報告を済ませる。

「向こうのアルシアちゃん、懐かしそうにしてたよ」
「あはは、実は夢で見ましたっ あの日は早寝したんですよ〜」

 流石は上位クラスに居るだけあってか、適応力というか応用力が高い。勇者アルシアと朔耶が会う事を見越して早めの就寝に着くことで、意図的に故郷の御守りが渡される場面を見届けようとしたらしい。

「異世界の夢が見られるなんてチャンス! 何時まで続くか分からないのに逃す手はないじゃないですかー」
「なんという行動力」

 最近は早寝早起きになったという実に前向きなアルシアに感心する朔耶なのであった。




 ニーナやアルシアと別れ、訓練学校を後にした朔耶はその足で冒険者協会へと向かう。
 魔王騒ぎへの対処として各国から討伐隊が組織される事になったらしく、なるべく稼げる枠に入ろうとする者や、安全におこぼれが拾えるタイミングで参加しようとする者達が情報収集に励んでいる。

「よう、サクヤ嬢ちゃん」
「こんにちはー」

 偶々建物内に居た防衛隊のガシェに声を掛けられ、挨拶を交わして立ち話など始める朔耶。ガシェ達は立場上、街の防衛を優先するので討伐には参加しないが、バラッセからも正式に討伐隊が出るという。
 例の魔獣犬はバラッセの街軍で軍用犬として使われる事になったそうな。

「アイツも魔王に操られちゃ困るってんで居残り組みだ」
「そっか、魔獣は集合意識の影響受けるんだっけ」

 ちなみにコウ少年は現在の所属がナッハトーム帝国なので、恐らく帝国側から討伐隊に参加するのではないかという事だった。

「グランダールもナッハトームも魔力の乱れが原因で魔導船やら戦車やらが使えない状態だからなぁ」

 万全の状態なら魔物の軍勢も魔王も魔導兵器と機械化兵器の威力で簡単に蹴散らす事が出来たであろうが、現状ではエイオアの首都奪還にも時間が掛かるだろうと多くの冒険者達も推測しているようだ。

「それって、凶星の混乱さえ治まれば魔王騒ぎも治まるってこと?」
「まあ、そんなとこだなぁ。件の魔王ってのがよっぽどの化け物とかでもない限り、制圧に三日と掛からねぇと思うぜ」

 今回の魔王騒ぎは確かに魔物を操って首都を占拠するなどという過去数百年の記録にも見ない大事件ではあるが、あくまでも凶星の影響下という異常事態の中で起きた特異なケースでもある。
 エイオアでも魔導技術を使った武具の類は研究されているし、魔法の力が込められた武器や防具を装備している冒険者もゴロゴロいた筈なので、それらが正常に機能する日常の環境であったならば、ここまで被害が膨らむ事はなかっただろうとガシェは語る。

「なるほど……という事は、カルツィオとポルヴァーティアの融合が終われば、魔力の乱れも治まって全部解決するのかな」
「ん? 昨日言ってた狭間の世界ってやつの事か?」

「うんそう。多分あと二、三日くらいで向こうの大地の融合が終わるみたいだから、こっちでも魔力の乱れが治まるかもね」
「へぇ、そいつあ良い知らせだ」

 その後、ガシェからグランダールの王都トルトリュスに住む天才魔導技師の事や、機械化技術の進んだナッハトーム帝国についてなど、コウ少年絡みのエピソードも交えて色々とフラキウル大陸の事を教えて貰った朔耶は、昼過ぎ頃には自宅庭へと帰還した。




「さて、次は狭間世界かな」

 遅い昼食をとりつつ夕方からの予定を考える。弟はまだ学校から帰っておらず、兄も父も仕事で家に居ない。母は買い物に出掛けているようだ。
 狭間世界でカルツィオに本格的な協力をすると決めたからには、今更ではあるが危険な事にも首を突っ込むことになるので、兄や弟にも事前に相談なり報告なりをしておいた方がよかったかなと、ご飯を咀嚼しながら神社の精霊と語らう朔耶。

『タカ君にはまた色々言われそうだけど……』
タカフミドノモ サクヤヲ シンパイシテノ コトダ

 勿論それは分かっていると頷き、お茶を一口。今回は緊急性が高く、状況の変化も速いのでじっくり話し合って行動方針を決める暇もなかった。事後報告になるかもしれないが、後悔のないように自分らしく行動しようと気持ちも新たにキンピラを一切れ。

……カンガエテ オルコトハ リッパナコトデハ アルノダガ

 お茶碗を片手に細切りのゴボウをもぐもぐしながら決意を示されても少々威厳に欠けるのではないかと、微妙〜な感情を送る神社の精霊。しかし、それもまた朔耶の在り方である事に理解も示す。
 
『クロちゃん共々、サポートよろしくね』
マカセテオケ チャメナ ワガ アルジヨ

 黒の精霊も世界の向こうから契約の糸を通じて同意の念を送って来た。






 夕刻前。まだ陽の明るい内に自宅庭へと出た朔耶は、いつもの円から狭間世界へと転移する。

『じゃあアルシアちゃんの所へ』
ココロエタ

 カルツィオの大地に構築されたポルヴァーティア軍の拠点敷地内、テントが並ぶ居住区の一角に現れる朔耶。丁度アルシアのテント前に出たのでステルスモードのままお邪魔すると、テント内では難しい顔で腕組みをしたアルシアがうろうろと歩き回っていた。


 ふと、気配を感じてテントの入り口に視線を向けるアルシア。特に何も変わった様子はなかったのだが、もしやと思い声を掛ける。

「サクヤか?」
「あら、分かっちゃった?」

 ステルスモードを解除して姿を現した朔耶に、アルシアはパッと顔を綻ばせた。が、直ぐに深刻な表情を浮かべると"悪い知らせ"を告げた。

「不味いことになった」


 今朝、アルシアがこれからの戦略について話したい事があるという名目で大神官と連絡をとってみた所、明日から大攻勢に出る作戦を聞かされたという。その前哨戦として、今夜からは夜間爆撃も行われるらしい。
 既に水軍も出撃準備が整っており、海が平行になるタイミングで一斉に地上部隊を輸送する手筈になっている。とてもじゃないが二、三日攻撃を止める進言など出来なかったと言って、アルシアは力になれなかった事を詫びた。

「……それは、不味いね。ちょっと悠介君の所へ行ってくる」
「すまない、サクヤ……」

「ううん、そんなに気に病まないで。アルシアちゃんは協力してくれた上にこんな大事な情報も教えてくれたんだから」

 "大攻勢"は明日からという話だし、夜間爆撃の開始は暗くなってから。まだ時間はある。とりあえず、アルシアには何時でも動けるよう待機しておいて貰うよう頼んだ朔耶は、漆黒の翼を纏ってカルツィオの空へと舞い上がった。 
 
『悠介君のいる街まで超特急で!』
マカセヨ

 精霊術的ステルスモードで姿を隠しながらも、空間に残される魔力の軌跡を引きながらサンクアディエットを目指して空を翔る。時間と距離を大幅に短縮できる"裏技"を使わないのは、拠点から街まで然程離れていない事と、力を温存する為だ。
 やがて薄いベージュ色をした山のような街に到着すると、ステルスモードを解除して中央に建つ宮殿へと降下して行く。

 最初、宮殿前を護る衛士達が漆黒の翼を広げて降り立つ朔耶に何事かと驚いて警戒の誰何を向けてきたが、闇神隊長の関係者である事を知る赤い隊服の宮殿衛士が執り成してくれた。

「随分急いでるみたいだが、緊急の用件かい?」
「うん、ちょっと大変な事になってるの」

 悠介の居る臨時司令室まで案内してくれた彼は『僕は上に報告してくるよ』と言って廊下を去って行った。その背に礼を言って踵を返した朔耶は、どことなく和やかな雰囲気の会話が聞こえる臨時司令室に飛び込んだ。




 砲台を担当する衛士達の熟達により、この日の爆撃は投下される石柱爆弾を殆ど撃ち落とす事に成功したらしく、地上まで到達した石柱爆弾の数も両手で数える程にまで抑えられていた。

「これなら完封できるかも」
「そうじゃな、しかし今日の結果に喜んでばかりもいられまい。余裕が出来た今の内に、例の作戦を進めるのが良いじゃろうな」

「そうですね」

 今日の戦闘で昼間の爆撃に対してはカスタマイズによる管理が無くても対処できる事が分かったので、潜入作戦は夜間に決行しようかという話をしている悠介とアユウカス。そこへ駆け込んで来た朔耶が声を掛ける。

「あ、いたいたっ 悠介君!」
「あれ、都築さん」

「大変大変っ アルシアちゃんから聞いたんだけど、明日から大攻勢が掛かるって!」

 朔耶はアルシアから聞いたポルヴァーティア軍の総攻撃について説明した。
 今夜からは夜通し爆撃が行われる予定という話に、地上からの攻撃さえなければ昼間にしか来ない爆撃には十分に対応できると楽観ムードだった悠介達は冷や水を浴びせられたような反応を示す。

「げっ マジすか!?」
「マジっぽい」

 地上の拠点には攻撃目標の正確な座標を割り出す役割もあったらしく、昨日と今日で位置を記録したので今後は昼夜を問わず爆撃の波状攻撃による攻勢が掛かる。

「海からも部隊を送る準備してるって」
「うわ〜……」

 最悪だとでも言いたそうに呻く悠介。参謀役らしき赤毛の壮年衛士が砲台担当の衛士達に警戒を促すよう、伝令に指示を出している。今ここにいる面々の中では一番落ち着いて見えるアユウカスが、悠介に行動を促した。

「ユースケや、例の作戦を仕掛けるなら今夜しかないぞ」
「でも、爆撃があるって……」

 慣れない夜間爆撃に昼間ほどの迎撃率は期待できない。カスタマイズ管理の補佐無しでは一晩でサンクアディエットを瓦礫の山にされるかもしれない事を思えば、街から離れられないと躊躇する悠介。
 しかし、このまま防衛に留まって大攻勢が始まると、ポルヴァーティアに潜入するチャンスも失われてしまう。どうするべきかと迷っている様子の悠介を前に、朔耶はこの事態への介入と対処法を神社の精霊と共に模索する。

『ここはお兄ちゃんの問題解決思考法で――どうなればいいか、街が護られる事は大前提よね』


 サンクアディエットを一晩護るくらいならば、朔耶が協力する事で対処は可能だ。しかし、朔耶が防衛で街に留まった場合、悠介をポルヴァーティア大陸へと潜入させる手段が無くなってしまう。

『今夜中に悠介君をポルヴァーティアへ潜入させられる方法――』
ヒコウキカイハ ツカエヌノカ?

『ポルヴァーティアの箱型飛行機で潜入させる? 運ぶ人は――』
アルシアジョウハ ドウダ?

 確かに今ならアルシアも協力してくれそうだが、一つ問題がある。アルシアは例の飛行機械を操縦できない。これはアルシアとの会話の中で彼女が機械類の操作を苦手としているという話題から把握済みだ。

『飛行機の操縦ができて、アルシアちゃんと悠介君に協力してくれそうな人――――』

 朔耶の脳裏に、ある人物が浮かび上がる。飛行機の操縦が出来て、アルシアと親しく、ポルヴァーティアの信仰教育にも染まりきっていない為、カルツィオ側に協力してくれそうな人物。


「分かった、街はあたしが護る」
「え?」

 一つの解決法として挙げられる朔耶の提案。他に良い案もなく、時間もない悠介達はそれで行こうと行動を開始した。






 ヴォレット王女と里巫女アユウカスが国王達への報告と説明を引き受けて宮殿上層まで赴いている間、悠介の案内で捕虜収容所へとやって来た朔耶は、ポルヴァーティア神聖空軍偵察部隊長のカナンに面会して協力を求めた。

「悠介君をポルヴァーティアまで運んで欲しいの、アルシアちゃんにも協力を取り付けてあるけど、飛行機の操縦が出来ないから」
「アルシアが……?」

 戦闘機パイロットであるカナンの協力を得て、地上のポルヴァーティア軍拠点からアルシア達と一緒にポルヴァーティアへ渡る。悠介の安全はアルシアに護って貰うという中々に大胆な作戦だ。

 既にポルヴァーティア軍の部隊服を着て変装している悠介は、何時もの光の枠を出して指先でごそごそしている。朔耶の説得が済み次第、移動できるよう準備しているらしい。

 突然の訪問と協力要請に困惑気味だったカナンは、アルシアの事情や両国の状況について話を聞く内、朔耶達の考えに理解を示した。カナン自身、ポルヴァーティア執聖機関の在り方には常々欺瞞を感じていた事もあり、朔耶の説得を受け入れた。

「ポルヴァーティアを滅ぼさずに変えてくれるんなら、協力する」
「ありがとう」


 夜間攻撃が何時始まるのか分からない。話が付いたならば善は急げとばかりに、カナンにポルヴァーティア軍の隊服一式や備品などを返還した悠介がこの場から"シフトムーブ"を行使する。
 地下の収容施設から夜の平原へ、舞い消える光の粒を残して周囲の景色が瞬時に切り替わった。

「驚いたな……今のがアンタの力なのか」
「いや〜実際に体験してみるとびっくりするね」

 カナンはただただ驚いた様子で少々顔色を青褪めさせている。世界渡りで景色が変わる瞬間には慣れている朔耶も、自分のタイミング以外でそれが起きるとびっくりするモノなのだなぁと実感するのだった。


「とりあえず、ここからは動力車でポルヴァーティア軍の拠点まで近付く事になるけど、都築さん」
「ん、任せて。ステルスモードで気付かれないようにするよ」

 ところで動力車とは何ぞや? と思っていた朔耶の目の前に現れる自動車そのものな乗り物。光の枠を出して何やら操作していた悠介がここから遠く離れた場所にある資材を使って組み上げたらしい。外観はティルファの機械車に雰囲気が似ている。
 悠介の能力は物質に干渉して形を変化させたり特殊な効果を付与したりする能力であると理解していたが、こんな使い方もできるのかと改めて驚くやら感心するやらな朔耶。

 ハンドルを握る悠介の隣に座り、動力車を丸ごと精霊術的ステルスモードで周囲から隠す。拠点の近くまで移動する間、後部座席で自分の軍服に着替えているカナンに作戦の詳しい概要が説明された。
 カナンの役割は拠点に置いてある飛行機械を操縦してアルシアと悠介をポルヴァーティア大陸の基地まで運ぶ事だ。




 中々乗り心地も悪くない動力車で夜の平野を走ること暫く、拠点の灯りが見え始めた所からは動力車を降りて徒歩で移動。
 精霊術的ステルスモードで不可視な状態にある三人は出入り口に立つ警備兵の前を堂々と歩いて通過すると、奥に並んでいる居住施設テントの一つに潜入した。

「あっ 男性陣、回れ右」
「うおっ」
「おおっと」

「ん?」

 故郷の御守りを首に下げて着替えのシャツを頭に被ったアルシアが、ふいに聞こえた声に振り返る。

「やほー」
「サクヤ……って、後ろに居るのは――カナンさん!?」

「よ、よう」

 背中を向けたカナンがひょいと片手を挙げて挨拶すると、アルシアは顔を赤くしながら慌ててシャツを下ろした。これは一体どういう事なのかという視線を向けて来るアルシアに、朔耶はもう一人重要人物を紹介する。

「実は悠介君も居ます」
「えーと、こんばんは?」
「っ!」

 最早声も出せない程に驚いた様子で目を見開き、耳まで染まった赤面は着替えを見られた事に対する羞恥か、怒りか、口をぱくぱくさせながらカナンと悠介と朔耶の間に目まぐるしく視線を行き来させる少々混乱気味なアルシア。

 『話は通してあったんじゃないのか?』と耳打ちで訊ねるカナンに、朔耶は二人をここへ連れて来るという作戦は急遽立てられたモノなので、協力は取り付けてあったが具体的に何をするかまでは決めていなかった事を説明する。




「とりあえず"勇者の力"で突っ込むのは無しな」
「ぐぬぬ……」

 光を纏いつつ拳を握っている"勇者"アルシアに、"戦女神"朔耶を盾にしながら牽制する"邪神"悠介という構図が垣間見られたのだった。







+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。