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本編
11話:護送事情




 荷物の中の毛布を一箇所に纏めてそこに埋まり込むようにしながら眠る朔耶。これなら馬車の揺れも電車やバスの揺れの如く心地良い刺激となって良い眠りを満喫出来る。

「起きろ、休憩だ」
「ふにゃあ?」

 無粋な声に起こされて、朔耶は気の抜けたような威嚇するような奇妙な声を出した。盛大に顔を顰めるアンバッスを見たレイスが肩を震わせて笑っている。

「そろそろお昼になりますから、この辺りで休憩するんですよ」
「……ん~、ここ何処?」
「エバンス街道の中継地だ。ここからエバンスまではそう遠くは無い」

 まだボンヤリした眼でキョロキョロしている朔耶。

「エバンス……?」
「この国の首都の名ですよ、ちなみにこの国はサムズといいます」

 朔耶はなんとなく親指を立てて小首を傾げてみた。

「なんの手信号だそれは」

 意味が分からないというアンバッスの表情を見て、サムズアップは関係ないのかと朔耶は一人納得した。まだ思考が正常に働いていないようだ。そうしてモソモソと毛布の山から這い出て来ると、ぐぐっっと伸びをしながら愚痴る。 

「ふぁ~~――休憩なら寝かしておいてくれればいいのに……」
「お前な……自分の立場を弁えろ。枷も付けずに自由に振舞わせてやってるんだ、相応の働きをしろ」

 そう言って空の桶を手渡すアンバッス。軍用の丈夫な桶は朔耶の細腕には空でもずっしり重い。ふと見ると、レイスは馬車の脇で石と薪を重ねて食事の準備を進めている。

「水でも汲んで来いって事ね」
「川は向こうだ、流されるなよ」
「何それ、嫌味?」

 言葉の意図は兎も角、今の会話のやりとりで少し気持ちが軽くなった朔耶はアンバッスに対する印象を上方修正した。
 
『この人、良い人かもしれない。』

「いいからさっさと行ってこい」
「あ~ハイハイ 働かざる者、喰うべからずってね」
「ほう……! 良い格言だな、お前の国の言葉か? 込められた戒めの幅広さは中々に興味深い」
「うん? まあ、そんなとこ」

 なんだか急に饒舌になったアンバッスを訝しむ朔耶だったが、とりあえず水を汲んでこようと重い桶を持って川へと向かう。




「隊長は『賢者の言葉』を集めるのが趣味なんですよ」

 水汲みから帰って来て何気なくアンバッスの事を口にした朔耶に、レイスがそんな事を教えてくれた。元の世界でいう所の『諺』が、此方の世界の『賢者の言葉』と呼ばれる格言にあたるようだ。
 短い言葉の中に深い意味を込める、知的な言葉遊びとして貴族の紳士達が好んで嗜むらしい。

「格言マニアか……」

 何か他に知っている諺でもあれば教えてあげようかと、朔耶は覚えている諺を記憶から掘り出しに掛かったが、美味しそうな匂いが漂って来たので諺発掘はあっさり放棄された。

「ところで、肩は大丈夫ですか?」

 シャブシャブのように煮た薄肉を頬張っていた朔耶は、レイスに問われてはっと気付く。言われてみれば既に痛みも無く、肩に違和感もない。先程水を汲んで来た時も平気だった。

「もう治っちゃったみたい」
「そうですか、それは良かった」
「……昨日あれ程痛がっていたのは、演技か?」
「んな訳無いじゃないっ アレ無茶苦茶痛かったんだから、声も出なかったわよ」

 怪我の程度に不審を向けるアンバッスに憤慨して見せながらも、朔耶は内心自分でも傷の治りが早すぎるような気はしていた。
 実際、あの森の出来事からまだ五日程しか経っていない筈だ。いくら綺麗な傷口だからといっても、一週間も経たずに刺傷が完治するのは不自然だと思った。

「まあ、治ったんだからいっか」

 不自然だが別段困るわけではないので問題なし、と朔耶は片付ける事にした。順応性が高く無ければ濃い兄弟に挟まれた家庭環境ではやっていけないのだ。




 中継地というだけあって、他にもここで休憩をとっている人達が何組か見受けられる。
 
 水汲み場で挨拶をして来た朔耶に、最初は警戒の態度を見せていた商隊のグループは、フレグンスの騎士と一緒に行動している姿を見て彼女は騎士達の従者なのだろうと認識した。

 この辺りは比較的安全な地域だとはいえ、盗賊が出る事も決して珍しくは無い。傭兵の護衛を雇えばそれなりの安全を図る事が出来るものの、相応に結構な金が掛かる。だが、騎士ならいわば公僕なのでタダで済む。
 居るだけで盗賊達に襲撃を躊躇わせる存在。正規の騎士と道中を共に出来るなら正に願ったり適ったりなのだ。

 そんなわけで、ここは商人根性の出し所とばかりに『エバンスまでの道中を共にしましょう』と、先ほど朔耶が美味しそうに食べていた薄肉をお近付きの印にと分けてくれた商隊の人達は、朔耶達の出発に合わせて中継地を後にする。

「まったく、お前は人身掌握の術でも使っているのか?」
「んな訳ないじゃん、大体あの人達はアンバッスさん達を当てにしてるんでしょ?」  

 後ろにゾロゾロと続く商隊の馬車を、顰め面で眺めながらこぼすアンバッスに朔耶が返す。朔耶の護送が任務とはいえ、彼等がもし襲撃などを受ければ守る為に剣を振るわなくてはならない。
 領民を危険から守るのは騎士としての基本的な在り方なので、余程の他を切り捨てても優先すべき任務に就いてでもなければ捨て置くわけには行かない。
 とは言え、それを行う騎士達の内心が皆勤勉で正義と奉仕の精神に燃えているかと言えばそんな訳もなく、こんな場合は体よく利用される事に対する面倒事への不満タラタラなのだ。

「まあ、いいじゃない。お肉も貰ったし」
「喰ったのはお前だ」
「二人とも食べないんだもん~」
「我々は予め用意した食材以外を無闇に口にしたりはせんのだ」

 こんな調子で会話を続ける朔耶とアンバッスを、レイスはニコニコと微笑を浮かべて眺めていた。






 道中何事も無く、夕暮れ頃にはサムズの首都エバンスに到着した。この街の騎士団本部で一泊した後、次は隣国の国境の街バーリッカムに向う事になる。

「……サクヤ」
「はいはい、分かってるわよ~」

 ほいっと両手を出した朔耶の華奢な手首に鎖の付いた術封じの枷が填められる。本来は首と足首にも輪が付くのだが、そこまでは必要ないだろうとアンバッスが金具から外して手首のみの手枷となっていた。

 エバンスの辺境騎士団本部はクルストスのものより大きく、中々立派な造りの建物だった。クルストスの支部がプレハブ二階建て駐在所だとすると、此方は鉄筋三階建ての警察署という感じだ。
 勿論この世界に『警察』という職種や『プレハブ』や『鉄筋構造』等は存在しないので、目の前に建つ建物は石造りのエバンス駐在フレグンス辺境騎士団サムズ方面本部である。
 
「結構大きいね」
「クルストスの支部はまだ仮舎ですからね、ここは本部なので施設も一通り揃ってます」
「レイス……」

 余計な事は言うなとまではもう面倒になったのか省略したアンバッスが詰め所前に馬車を停めて、出迎えの騎士と敬礼を交わす。

「クルストスのアンバッス小隊長とレイスだ、王都までの護送の任務で立ち寄った」
「窺っております。ようこそエバンスへ、こちらへどうぞ」

 御車台を降り、荷台に回って朔耶を降ろすと、前をアンバッス、後ろにレイスが付いて建物内に入って行く。
 この本部にはフレグンスから派遣されている辺境騎士団だけでなく、サムズ在住の傭兵からなる自警団も詰めていた。建物の中には宿舎の他に訓練場や遊戯施設、独房等も完備されている。

 本来であれば、アンバッスとレイスは宿舎に案内され、護送の対象である朔耶はエバンスの騎士に拘禁を任されるのだが、まず朔耶の処遇を見届けてからだと主張するアンバッス達に促されて、怪訝な様子を見せながらも案内を言い遣った騎士が三人を通した先は地下の独房だった。

「え~~あたしココで寝るのぉ~~?」

 嫌っそうに言う朔耶に、ありったけ毛布を用意してやるからと宥めるアンバッス達を、エバンスの騎士は『囚人相手に何故?』と不可解に思いながらも、要求された毛布を集めに走った。
 案内人が戻って来るまでの間、朔耶が入れられた独房の前でアンバッスとレイスはどちらが先に番をするかと相談していた。

「? ねえ、なんの相談?」
「ここの見張りに立つ順番ですよ」
「へ? 見張りって……何? 脱走でもすると思ってんの?」
「……んな事が出来るなら、とっくに俺達から逃げ出してるだろう」

 そりゃそうだ、と合いの手を打ちながら首を傾げる朔耶。アンバッスは言い難そうに顔を顰めながらしぶしぶ理由を口にする。
 王都の騎士団本部のような規律のしっかり通っている場所なら兎も角、地方の支部やここのように混合体制の組織内では必ずしも規律が守られているわけではなく、度々罪人への虐待が問題になるという。
 まして朔耶のような年端の行かない娘が独房に居るとなると……。と、いう事らしい。その意味を理解した朔耶は赤くなるやら青くなるやらで、自らの肩を抱いて隅っこで小さくなってしまった。

「ら、乱暴されるかもって事? シャレになんないよそれは~……」
「だから我々が交代で見張るのだ」
「大丈夫ですよ、そういう不埒な輩は僕等が追い払いますから。サクヤには指一本触れさせません」
「よ、よろしくね?」

 不安を滲ませた表情で素直に警護を頼る朔耶。その腕に填められた枷が余計に痛々しく見えて、アンバッスは視線を逸らせた。

「はぁ~……レティもどんな命令で捜索出したんだろう? 丁重に~とか強調しておいてくれたら良かったのに……」

 朔耶の独り言のような愚痴に、アンバッスは以前から感じていた違和感を無視できなくなって来ていた。
 ここまでの道中、割と口達者な朔耶のお喋りに付き合わされているうち、なんどか彼女の口から『レティ』という言葉が出ていたが、それがレティレスティア王女を指している事はもはや疑いない。
 あまり気安く呼ぶなと注意すると、『だってレティがそう呼べって言ったんだも~ん』と躱された。

 本当にこの娘は襲撃事件に加担した者なのか? という疑問が膨れ上がる。
 クルストスに回ってきた手配書の内容は娘の特徴(顔立ちや格好等)と推測される状況(怪我の有無等)に、見つけ次第王都へ連れて来る事、例え死んでいても王都に運ぶ事、だ。 
 そこに襲撃事件の話が絡んで来ていたので、事件の関係者らしいという憶測も混ざってはいたが。

「サクヤ、前から気になっていたのだが……お前は姫様とはどういう関係なのだ? 事件と係わり合いはあるのか」
「今更それを聞くかなぁ~」

 確かに今更だったが、以前までなら容疑者の、ましてや魔術士と称される者の言など、惑わしの言として耳を貸す事は無かっただろう。しかし、ここまで疑問が膨れ上がった状態ではこの先、任務を遂行する上で迷いが生じかねない。
 一度きちんと聞いておいた方が良い、アンバッスはそう判断した。

「ん~、ちょっと色々あって、レティが攫われそうになってた所を成り行き上、助けたって所かな?」
「……なんだと?」

 困惑の表情を浮かべるアンバッスに、朔耶は『ホントに成り行きでだけどね』と肩を竦めて見せながら付け加えた。

「……レイス、少し頼む」
「ええ、良いですよ」
「何処か行くの?」

 踵を返して出口に向うアンバッスの背中に声を掛ける朔耶。アンバッスは肩越しに首を向けると

「少し……確かめてくる」

 そう言って独房から出て行った。







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