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???編
異世界行脚




 撤退するアルシアを見送った後、朔耶は元の世界へ帰る前に改めて話をしておこうと悠介達に向き直る。

「えーと、改めまして、都築朔耶です。よろしくね」
「あ、こちらこそ、田神悠介をよろしく」

 どこぞの選挙候補者みたいな自己紹介を返す悠介にちょっと吹き出しそうになりつつ、朔耶は今日自分がここに来た目的を掻い摘んで話した。
 詳細はややこしい上に長いので省きつつ、ひょんな事から精霊と重なって世界を行き来できるようになった事。今、地球世界と異世界ではこの狭間世界での出来事に影響を受けている事。
 今後の影響を踏まえてこちらの世界で何が起きているのか、様子を見に来た事などなど。

「なるほど、そんな事になってたんですか……」

 一方、悠介からも彼が何故この世界に存在しているのかを掻い摘んで教えて貰った。何時ものように神社の境内でゲームの快適プレイを楽しんでいた彼は、突然"声"に喚ばれ、この世界に"邪神"として降臨したのだという。
 悠介の在り方については神社の精霊の解析と"邪神悠介"を構成する精霊から色々と情報を得ている為、本人以上に詳しい状態を知る朔耶は、直ぐに悠介の事情を把握した。

「いや、しかし、そっかぁ~……あれから一年近く経つのに、未だにあそこでゲームしてたか俺」

 今何やってるんだろう? などと元世界の自分や家族を気にしつつ頭をぽりぽり掻く悠介に、朔耶はそれとなく調べておきましょうか? と提案する。

「え、いいの? てか、そんなに簡単に世界渡れるんだ?」
「うん、もう二年近くあっちとこっちを行き来する生活してるからね」

 そうなるまでの約二ヶ月半はちょっと変わった強大且つささやかな力と、少しばかりの現代知識を持つただの女子高生だった朔耶。周りに良い人が多かったので色々と恵まれた環境に居られたが、余所の世界に一人迷い込んだ不安や孤独の寂しさは常に感じていた。

「あー、もしかしてそれであの娘(アルシア)の事を?」

 察しの良い悠介の言葉に、朔耶はこくりと頷いた。二人のやり取りに耳を傾けていた悠介の部下らしき赤髪の壮年男性が、ふむと納得したような表情を浮かべ、少し神経質そうに見える青髪の男性共々、朔耶に対する警戒を緩めたのが分かった。




 とりあえず、こちらの世界の事も大体分かったので今日は還る事を朔耶が告げると、悠介達もこれからサンクアディエットという街へ引き上げるとの事。

 砂で出来た彼等の陣地は光の粒が舞うだけで元の砂地に戻るので、後片付けの手間も掛からないようだ。
 一箇所に集められていた甲冑兵士、実は『人型戦闘突撃機』が正式名称で通称"機動甲冑"という乗り物らしいのだが、中の人も捕虜として連れて行く為、搭乗員が一人づつ機体から出されては拘束されている。
 アユウカスが激突した機体の搭乗員はかなり顔色が悪そうだ。恐らく間近でアレを見てしまったのだろう。

『くわばらくわばら』
クワバラ クワバラ

 神社の精霊と声を重ねてみたりする朔耶。そんな感じで、撤退準備を進めている悠介達"衛士隊"と呼ばれる彼等を観察していた朔耶に声を掛けて来る者が居た。

「サクヤさん、だったかな?」
「はい?」

 部隊の輪から一人離れた緑髪の男性。他の人達と少し纏う雰囲気の違う彼は、先程のアルシアとの戦闘前に敵機の接近を知らせてくれた人だ。どうにも掴み所の無い作り物めいた印象を受ける微笑を張り付かせている。

「いかがでしょう? 今後も是非、貴女の力を借りられれば、カルツィオの民として実に心強いのですが」

 彼は今後カルツィオがポルヴァーティアに対抗する上で、これからも朔耶の力を借りたいと訴える。朔耶としても同郷の者がいるカルツィオに肩入れする事にはやぶさかでは無いのだが、しかし――――

「ん~、一応、忠告しておくけどー」

 バシュッと噴き出すように漆黒の翼を纏った朔耶は、精霊のつむじ風など起こしながら一言、注意を促す。

「あたしにそういうの通用しないよ?」

 じろりと睨みながら、緑髪の男性が朔耶に試みていた催眠効果のある微風を吹き飛ばして見せた。彼が声を掛けてきた瞬間から神社の精霊が『コザイクヲ シカケテオルゾ』と警告を発していたのだ。特に悪意は無く、悪戯心が動機に近いらしい。
 朔耶を護る魔法障壁と精霊ガードはあらゆる害意、悪意を含めて物理的にも精神的にも鉄壁である。

 張り付かせていた微笑が一瞬消え、怯んだ様子を見せる緑髪の男性。

「自重しろ、森の人」
「森の民だってば。でも、今のは謝罪するよ」

 悠介にジト目で促されて頭を下げる彼は、レイフョルドと名乗った。他の人達と雰囲気が違うという印象通り、彼は特殊な任務などをこなす立場に身を置く者のようだ。

『なんかレイスとガリウスを混ぜたような人っぽいね』
ナカナカニ サクシノヨウダ

 悠介達にひらひらと手を振った朔耶は、『それじゃあまたね』と元の世界へ帰還した。




 大地が縦に繋がった壮大な狭間世界の風景が、静かで落ち着いた神社の境内に切り替わる。時刻はまだお昼前といった所か。

「あ」
「……っ!」

 直ぐ傍のベンチにさっきのゲーム機青年がいた。朔耶がいきなり現れる所を見たらしく、目を丸くしている。狭間世界から還って来た所を見られたのは普通なら都合が悪い所だが、今回は用事がある本人と早々に会えたのでこれ幸いと声を掛けた。

「えーと、二度目になるけど、田神悠介さん?」
「え、は、はい、そうですけど」

「初めまして。あたし、都築朔耶といいます」

 先ずは三度目の自己紹介から始める朔耶なのであった。




 ベンチに並んで座りながら近くのコンビニで買って来たアンパンなど頬張りつつ牛乳で流し込む。
 つい朝方、彼氏らしき男性と歩いていた見ず知らずの少女が、突然何もない空間から現れて話し掛けて来た事に面食らっていた悠介は、朔耶の人懐っこさに似た社交性と親近感に絆されて色々と会話を続ける内、一年ほど前にここで体験した心霊現象や最近よく見る夢について話してくれた。
 どうも双星が現れた時期から不思議な夢を見ているらしい。

「あ~、向こうの悠介君の体験とかの記憶が流れ込んできてるのかも」
「うーん、俄かに信じ難い話だけど……確かに夢の中の自分と同じだよ、それ」

 この頃テレビや雑誌は勿論、インターネットや口コミも通じて世間を賑わしている謎の双星と怪現象。
 一年前に切り離されたもう一人の自分が異世界で活躍している、などという何処の新興宗教の勧誘かと思えるような内容の話だが、朔耶の現れ方や最近見る夢の内容との一致など、信ずるに値する要素が重なる。
 そういった冒険ロマンに憧れる気持ちも有る悠介としてはとても惹かれる話だった。何よりも決定的だったのが、朔耶の携帯カメラに収められた特撮映画の一コマのような、垂直に繋がった大地を背景に写る"邪神・田神悠介"と彼の部下達の姿であった。

「それで、向こうの悠介君にこっちの近況とか家族の写真とか持って行ってあげたいんだけど」
「分かった、用意しておくよ」

 そのままクレジットカードの暗証番号も答えそうな勢いで了承する悠介。こちらの悠介からのメッセージや近況を記したノートと、家族の写真などを受け取る約束を取り付け、朔耶はこの神社を後にする。


「あ、お兄ちゃん? あたし今から電車で帰るんで迎えはいいから。――うん、うん、じゃあねー」

 兄に電話を入れて駅に向かいながら、朔耶はこれからの行動予定を思案するのだった。




 夕刻頃。都築家の居間にて。

「なにこれ凄い」
「でしょー」

 垂直大陸の写真を見て感想を述べる弟、孝文。向こうの人の話では数日掛けて平行になるのだろうとの事だった。
 他にも携帯に収められた狭間世界の写真画像をチェックしていく弟は、甲冑かと思ったら実は乗り物だったという人型戦闘兵器に興味を示していた。

 テレビでは相変わらず超常現象特集が流れており、タレント霊能者が『天界で二大勢力の対立が起きている』などと発言しては何時もの教授とやり合い、会場のお客さんが信じる信じないのボタンを押すというお馴染みの展開が繰り広げられている。

「だいたいあってる」
「まじで?」

 狭間世界での体験を語る朔耶は、弟の答えを半ば予想しつつも、双方の戦いに干渉する事について相談してみた。朔耶としては同郷の人間もいるカルツィオ側に味方しつつ、ポルヴァーティア側の考えも確かめておきたい。
 アルシアの意思から読み取れた情報だけでは色々と判断しきれない部分がある。

「そのポルヴァーティアって方の侵攻にどういう理由があるかってとこか」
「うん、ただ単に領土拡大ーって意味でならただの侵略だし、カルツィオに味方しちゃおうかなーって思ってるんだけど」

 弟は『関わらない事が一番望ましい』としながらも、確かにそれを知っておく事は大事かもしれないと考える。まだ詳しい事は分かっていないが、狭間世界で大陸同士が融合するような出来事はそうそう頻繁に起きる事ではないらしい。
 にも拘わらず、ポルヴァーティア側は他大陸との融合を前提にした軍港も用意しており、意図して融合を早めるような術を持っているのは確実なのだそうな。

「他の大陸と融合しなくちゃいけない理由があって来てるのか、融合させられる力があるから奪いに来てるのか」

 自国領ごと動かして余所の土地を取りに行くとは、何とも豪快な覇権主義国だなと皮肉る弟。
 そんな話をしている所へ、兄が仕事から帰宅した。兄にもあれからの事や、神社にいたあの青年が狭間世界に複製召喚されていた事などを話し、携帯に収めた狭間世界の風景を披露する。

「なにこれ凄い」
「それはもう俺がやった」

 自分と同じリアクションを取る兄に弟のツッコミが入る。

「明日また昼頃に家族の写真とか受け取りに行くんだけど、時間あったら送ってくれない?」
「あ~悪い、明日は外回りだから昼は無理だ。このちっこいパープルホワイトロングな子は?」

「うん? ああ、その人はねぇ――」

 闇神隊メンバーと一緒に映っているアユウカスについて説明する朔耶。今年で3005歳になるらしい不死身の少女。

「ロリババァ最高!」
「はいはい、言うと思った」

 誰も観ていないBGM状態なテレビでは、世界各地で巨大犬や巨大コウモリ、巨大ネズミなどが発見され、異様に大きいハサミムシが日本でも発見されたなどの未確認生物特集が流れていた。






 夜、夕食も終えてお風呂に入ろうかと着替えを取りに部屋まで戻って来た朔耶は、小脇に抱えていた上着のコートを壁に掛けようとしてポケットに不自然な膨らみを見つける。

「なにこれ?」

 手にとってみれば灰色の塊。石ころのように見えるが手触りは鉄のそれだ。

サクヤガ クダイタ ドンキデハ ナイノカ?
『ああっ アレの欠片ね』

 アルシアが振り回していた巨大メイスの欠片。どうやら"お願い"して砕けて貰った時に欠片が一つ紛れ込んでいたらしい。

『ね、これ辿ってアルシアちゃんの所に行けたりしないのかな?』
カノウダ

 欠片にはアルシアから発せられた"勇者の力"が染み付いており、それを目印として半精霊化しているアルシアへの道しるべにすれば、直接彼女の傍に転移する事が可能だという。

ユクノカ?
『うん、ちょっと様子でも見に行こうかな』

 コートを纏い直した朔耶は部屋を出て庭に向かった。




「あれ? 朔姉、風呂入るんじゃなかったの?」
「ちょっと寄る所ができたから、後で入るー」

 そう言って居間から庭に出た朔耶は円の中に入って転移の態勢に入った。

『そんじゃ、アルシアちゃんの所へ』
ウム

 自宅庭の転移陣(ただの丸印)から狭間の世界へと転移する朔耶。地球世界から消えて狭間世界のポルヴァーティア大陸に転移した直後から魔法障壁を張り、"精霊術的なステルスモード"で姿を隠す。

「?」

 一瞬の気配と空気の揺らぎを感じ取ったアルシアがハテナ顔で振り返った。飾り気の少ない無機質でシンプルな長方形の部屋が二つ、半分壁で仕切られた部屋の片方は寝室で、もう片方は通常の生活空間として椅子やテーブルが置かれている。
 朔耶が転移した場所はポルヴァーティアに栄える神聖都市、聖都カーストパレスの大聖堂にあるアルシアの自室であった。

「こんばんはー」
「…………うわああああああああ!」

 ステルスモードを解除した朔耶が姿を現すと、これから休む所だったのか普段着の服を半脱ぎ状態のまま固まる事数秒、悲鳴を上げたアルシアはベッド脇の壁にびたっと張り付く。

「な、あ、なあっ なぜ……!」
「まあまあ、ちょっと落ち着いて」

 とりあえず、朔耶は放り出された服を拾って綺麗に畳むと、椅子の上に置いてみたりする。朔耶の行動を凝視していたアルシアは早まった動悸はそのままに、理性はどうにか落ち着いてきたようだ。

「な、何故ここへ来たっ というか、どうやってここに来られたっ 何をしに来た!」
「アルシアちゃんの事が気になったから、アルシアちゃんの気配を追って、アルシアちゃんとお話しようかなと思って」

 すらすらっと答えた朔耶は一つ、アルシアの気を惹けそうな話題を振ってみた。

「あたしね、割と自由に世界を渡れるの。この世界とはまた別の世界にも行けるし、あたしが住んでる世界はそことはまた別なのよ」
「……? どういう意味だ」

 怪訝な表情になるアルシア。壁には張り付いたままだが、少し緊張が解れたのか疲れたのか、肩の角度が下がっている。

「言葉のままだよ。アルシアちゃんってさ、別の世界からこの世界に喚ばれて来たんでしょ?」
「そ、そうだが……お前もそうではないのか? 混沌の使者として不浄大陸に――」

 ノンノンと指をふりふり首を振った朔耶は、まずその部分から話そうと寝室の床に転がっている適当なクッションを拾って腰掛けた。朔耶が座った事で大幅に緊張を緩和されたアルシアも、張り付いていたベッド脇の壁を背にずるずると座り込む。

「まず、お互いの認識の整理から始めましょう」
「あ、ああ……」

 警戒は残しながらも、すっかり毒気を抜かれた様子のアルシアは、ようやく朔耶の声に耳を傾けるのだった。




 大聖堂の下位宿舎や一般信徒宿舎では既に就寝時間となっている夜も半ば頃。上層階の高官用宿舎でも一番上にある勇者の部屋では、不法侵入中の朔耶とアルシアが真剣な対話を続けていた。偶に乙女の会話も混じる。

「な~んだ、意中の人って訳じゃないのかぁ」
「か、カナンさんは別にそういう相手ではないっ 尊敬はしているが、恋愛とかそういうのとは違う」

「でもま、これでアルシアちゃんの事情は大体分かったよ」

 朔耶自身、ある日突然異世界に放り出された経験者なので、心細さや孤独の寂しさは理解できる。
 悠介から聞いた話にもあった内容で、召喚された折、自分がこの世界に存在する事に対してどこか納得する気持ちがあった事など、アルシアが何故ポルヴァーティア(ここ)の人間の言う事を信じて受け入れたのかも概ね理解できた。

 『人間の罪の意識に対する究極の言い訳なんだ、良心さえ欺く程のな』――以前、弟がそんな事を言っていた。信仰の力というものは本当はとても厄介で、人を簡単に纏め易い反面、容易く争いへと駆り立てる。
 信仰心は時に、善良で気弱な人間だった者を無慈悲な殺戮者に仕立て上げてしまう。信仰が日々の生活をより良く過ごす為の心得となっている場合はまだ良いが、心の拠り所となった場合は特に危険だと。

 アルシアはこのポルヴァーティアに勇者として生きて行く上で、教え込まれた教義にしか縋れるモノがなかったのだ。


「多分さあ、アルシアちゃんは利用されてると思う」
「……それは」

 実はアルシアも薄々感じてはいた事ではあるが、それは考えられない事でもあった。例え良いように利用されているのだとしても、自分は今この世界に生きているのだ。
 ポルヴァーティアの隅々まで支配する執聖機関と対立したとて、自分の居場所がなくなるだけである。

「カルツィオでならそんな事にはならなさそうだよ? 今回の大陸融合で状況が変わるかもね」
「……向こうは、そんなにいい所なのか?」

「さー、それはどうだか分からないけど」
「なっ ちょっと待て、今さっきサクヤが言った事だぞ」

 憤るアルシアに、朔耶はカルツィオが良い所かどうかは分からないが、少なくとも個人が自分の心に従った行動をして、それで何処にも居場所が無くなるような事は無い筈だと説明する。

「そりゃあアルシアちゃんがよっぽど多くの人を不幸にしちゃうような人だったらその限りじゃないと思うけど」
「わ、私は……」

「アルシアちゃんは、自分以外は不幸になっても良いなんて思わないでしょ?」
「当然だ、私は人々の幸せの為に戦う。勿論、それは自分の為でもあるが……」

 うんうんと頷いた朔耶は、このポルヴァーティアとカルツィオの戦いで誰に味方すべきかを決めた。これから両大陸の本格的な戦いが展開されるかもしれないが、ここぞという時には協力してねとお願いする。

「私に、ポルヴァーティアを裏切れというのか」
「自分を都合よく利用している人達の手から飛び出す事が裏切りっていうなら、そうかもね?」

「むう……」

 明け透けな物言いに唸るアルシア。甘言という取り繕いをしない朔耶の言葉は、だからこそアルシアも戯言をと斬り捨てられない。
 朔耶はこれからも時々顔を出しに来るという。具体的に何時どうやって何をするのかは決まっていないが、アルシアは戸惑いながらも『協力する事』を受け入れた。

「サクヤは、カルツィオの人間では無いのだよな……向こうの様子を調べたりとかは――」
「うん。一応、悠介君の所にも行くつもりだよ」

 "悠介"の名を聞いてアルシアは少しムスッとした顔を見せる。散々からかわれた相手と思っているようだ。これはこれで"和解フラグ"ではないのかと内心でチェックを入れてみたりする朔耶。

「その……捕虜になっているカナンさん達の事が心配なのだが……」
「分かった、ちゃんとあの人達の事も調べておくから」

 『そろそろ御暇(おいとま)するねー』と立ち上がった朔耶は、ひらひらっと手を振って元の世界へと帰還した。お風呂に入らなくてはならないのだ。

 唐突に消えた朔耶に驚いたアルシアはしかし、確かに今までここに朔耶が居たという気配を感じ取って安堵を覚える。アルシアはこの冷たい大聖堂の中で、秘密の友人が出来た事に少し気持ちにも余裕が出来たのだった。






 翌日。朝からオルドリアへと転移した朔耶は、お茶を嗜みながら向かい合うレティレスティアに例の双星、今は一つの凶星となっている世界に行って来た事を話すと、狭間世界の出来事がこちらに影響を及ぼしていないかを訊ねる。

「ええっ あの島星まで行って来たのですか!?」
「うん。それでね、いま向こうは戦争とか起きてるんだけど、こっちで何か不穏な動きとかない?」

「あ……実は――」

 昨日の夜、『西方の地に魔王の出現』を注意する"精霊の知らせ"があったのだという。魔王に関して言えば、発掘品などの力を得て勘違いした"自称魔王"なら今までにも沢山存在した。

 何れも精霊が知らせる程では無い"魔王かぶれの魔術士"程度が殆どだったが、今回は精霊が態々注意を促して来た程なので、放置すれば危険な存在になる"魔王"なのかもしれない。


「西方かぁ」

 朔耶は一昨日辺りにブラハミルトから聞いた話を思い出す。凶星の影響を調べにティルファの様子を見に行った際、ブラハミルトの私室にある作業台の上に、魔力集積装置と並べて置いてあった見慣れない何か。

『これ何ですか?』
『ああ、それは舶来品の魔術式装置なんですよ』

 聞けば海の向こう、遥か西方にあるフラキウル大陸には非常に魔導技術の進んだ国があり、そこで作られた"魔導器"という品で、フラキウル大陸にて普及している魔術式製品の心臓部なのだとか。

 この魔導器は型落ちの中古品だがキトの商人経由でようやく手に入り、これから研究しようと思っていた矢先に凶星の影響で壊れてしまったのだそうな。どうにか直せないものかと、構造など調べる予定らしい。

 キトの交易商人にはフラキウル大陸にある大国の商会と取引をしている者達がいる。ティルファはそういった冒険者商人と専属契約を取り交わし、交易資金の提供など行いながら色々と珍しい品を仕入れたりしているのだ。

 ただ、何れも高価な上に扱いもメンテナンス面に問題が残るので、せいぜいが嗜好品の取引と、オルドリアでも扱えそうな魔術式の道具を僅かに売り買いする程度。嘘か真か、その国には空を飛ぶ船などもあるらしい。

『へー。でもそんなのあるんなら、こっちまで飛んで来そうなもんだけど』
『航続距離などに問題があるのかもしれません』

 たとえ来られたとしても、片道の燃料となる魔術の触媒や水、医薬品、食料その他などの費用が交易での稼ぎを上回ってしまうようでは意味が無い。
 空を飛ぶ船やそれに関連する魔導製品はその国が軍属として管理しているそうなので、キトの豪商も売ってもらえなかったらしい。

 国の中枢にいる人間に冒険家のような者がいれば、採算は取れずとも勇名を轟かせる誇りや名誉の為にオルドリアまで飛行して来る、なんて事もあるかもしれないとブラハミルトは語る。

『冒険家かぁ、オルドリアじゃあんまり聞かないよね』
『この地は今や未開の地さえも開拓されて始めていますからね』

 一昔前ならまだまだ前人未到の地を探索に行く冒険者風の者も居たようだが、今は護衛の仕事が主要となりつつある傭兵家業か、古代遺跡の発掘を専門にしている学者グループが目立つ。

『最近はアーサリム地方の魔物も少なくなって来たようで、討伐を生業にしていた者達が西方(フラキウル)大陸に進出しているそうですよ』
『へ~』

 フラキウル大陸には"魔導技士"という魔術式製品を専門に作る魔術士の技術者がいるという。この"魔導器"を作ったのも彼等だ。
 オルドリアではあまり馴染みのない"呪術士"や"祈祷士"などといった様々な専門系の職種があり、トレジャーハンターな冒険家業が成り立つダンジョン(地下迷宮)も多いらしい。逆に精霊術を使う者は希少なのだとか。

 同じ世界でも場所が変われば文化も変わるものなのだなぁと、関心を懐いた朔耶であった。


「――ってな話をこの前ティルファで聞いたんだけどね」

「そんな事があったのですか……でも、それほど魔導技術の進んだ国なら、今回の騒ぎで相当な影響を受けているかもしれませんね」
「だよね、あたしも同じこと思ったよ」

 "精霊の知らせ"が告げる"魔王の出現"にも関係しているかもしれない。

「今度"夢内異世界旅行"に入れたら、意識して探ってみようかな」
「私も、夢の中でサクヤの世界に行ってみたいです」

 黒の精霊と世界を跨いだ形で契約している朔耶と違い、レティレスティアは擬似的に重なった精霊が二体ともこちらの世界に在るので、朔耶が見る"夢内異世界旅行"のような現象は起きないのだ。

 フラキウル大陸の魔王に関しては何れ調べてみるという事で予定を立てた朔耶は、また新たな"精霊の知らせ"でもあれば教えて欲しいと伝えてお茶の残りを飲み干し席を立つ。

「今日はもう帰るのですか?」
「うん、狭間世界絡みで色々と予定が出来ちゃってるのよ」

 バタバタしててごめんね~とウィンク一つ、ひらりと手を振った朔耶は何時もの如く唐突に消えた。

「私にも、サクヤのお手伝いが出来ればいいのに……」

 ふぅ――と眉尻を下げて呟くレティレスティアは、珍しく残ったお茶菓子のクッキーをぽいっと朔耶の真似をして口に放り込むのだった。






 フレグンス城のテラスから自宅庭に帰還した朔耶は時間を確かめると、用意しておいた荷物を持って駅に向かうべく家を出た。今日は悠介の本体に会って家族の写真や近況を記した手紙などを受け取る約束をしている。

 電車に揺られること小一時間、目的の駅に降りて待ち合わせ場所の駅前公園に向かうと、神社の境内で見た時より多少めかし込んだ様子の悠介が、何時もの肩掛け鞄と手提げ袋な荷物を片手にベンチの所で待っていた。

 公園の出入り口付近に屯しているナンパ師達が朔耶を見るなり上玉発見とばかりに動くのが分かったので、先手を打って手をふりふり悠介に声を掛ける朔耶。

「悠介くーん」
「あ、ども」

 手提げ袋を受け取り、簡単に中身を確認し合う。昨日撮影した家族の写真に、悠介本体からのメッセージがしたためられた近況を記す手紙。

「はい、確かにお預かりしましたっ」
「よ、宜しくお願いします?」

 朔耶のノリにちゃんとついて来る悠介。周囲のさり気無く様子を窺っている視線が『なんだ、カップルじゃないのか?』という訝しむモノに変わる。もしや水商売の人かと意外そうな、しかし珍しくはないという雰囲気で観察を向けているナンパ師達。

「精霊と共に異世界で邪神の勤めを果たしている貴方の元へ必ず届けます」
「お、俺もこっちの世界から応援してるとお伝え下さい」

 このやり取りを聞いて『関わってはイケナイ類の相手だ』と判断したナンパ師達は、そそくさと立ち去った。

「よし、計画通り!」
「ははは……」

 こちらの世界の悠介と別れた後、とんぼ返りで帰宅した朔耶は軽い昼食を済ませて昼過ぎ頃にカルツィオへと転移する。


「やほー。こんにちは、悠介君」
「……レイフョルド以上に唐突っすね」

 自室らしき部屋で椅子に腰掛け、光の枠を出して何やら操作をしていた黒尽くめの悠介が、いきなり現れた朔耶にそんな感想を述べた。

 普通の悠介から預かってきた手提げ袋を邪神な悠介に渡してミッションコンプリート。カルツィオでも一般的な飲み物である『ララの絞り実ジュース』などご馳走に与かりながらアルシアの事情を話し、捕虜について訊ねてみたりする。

「あーなるほどなぁ……って――本人の所まで行ってきたんですか!?」
「うん。彼女の部屋に出たから騒ぎにもならなかったし、落ち着いて話せたよ?」

「なにその出鱈目な能力……」

 朔耶の世界を跨いだ神出鬼没っぷりに感嘆する悠介。ともあれ、捕虜の様子について教えてくれた悠介によると、カナン達は健康そのもので特に問題も起きていないらしい。

 捕虜の尋問からポルヴァーティアの体制について得た情報によれば、一神教を掲げた強い信仰教育による一種の洗脳統治で纏まっているポルヴァーティアは、トップを動かせない限りカルツィオとの交渉の席に着かせるのは難しいだろうという事が分かった。
 だが同時に、彼等が決して一枚岩ではないらしい事も分かっている。

 上級市民として扱われる二等市民や三等市民といった、嘗てポルヴァーティアに融合された他大陸の民が混じる層は、一等市民である純粋なポルヴァーティア人に比べると信仰教育も然程浸透している訳ではないという。
 他大陸の民全般で構成されるポルヴァーティア人の血が混じらない下級市民ともなれば言わずもがな、執聖機関への信徒としての奉仕は実質、神聖軍による監視の下で労働を強いられているようなモノだ。

「アルシアの例を聞いた限り、これでハッキリしたって感じかな」
「そっか~、だからアルシアちゃんもカナンさんって人達と親しくなったのかもねぇ」

 なるほどね~と納得する朔耶。

「ところで、向こうにも自由にいけるんなら、都築さんが向こうの指導者を直接どうこうするってのは――」
「うわっ なんて邪悪な事を――ってのは冗談だけど、あっちの指導者の事はまだよく分からないから、それも調べてみないとね」

 経験上、覇権主義の独裁者かと思っていた皇帝が民想いの寂しがりやな傀儡皇帝だったという前例があるので、ポルヴァーティア側の指導者についてもしっかり調べてから説得するなりビンタかますなり考えると、朔耶は自分のスタンスを伝えた。

「ああー、あの光るビンタですか」

 苦笑しながら納得する悠介であった。


「さて、それじゃあそろそろ御暇するね。ジュースありがとう」
「いえいえ、お疲れさんでした」

 ヒラリと一振り手を揺らし、それじゃあね~と朔耶は元の世界へ帰還する。悠介の自室から夕暮れの自宅の庭に風景が切り替わる瞬間、『ユースケは居るかー』という元気な声と共に扉が開いて赤いツーテールを揺らす少女の姿が見えた。


『今の子って?』
ウム アノクニノ ヒメギミノヨウダ

 中々の大器を感じさせるモノを持っているようだと、神社の精霊は狭間の世界で"炎の姫君"と称される少女の事を評したのだった。




「ヤンデレ勇者萌え~」
「お兄ちゃんが言うとホントにそうなりそうだから不穏なキャラ認定禁止!」

 居間に飯台をならべて夕食を取る都築兄弟。おでんの鍋などつつきながら今日の成果報告をする朔耶は、相変わらずな兄にツッコミを入れておく。大根をさくり。

「しかし魔王とはまたファンタジーだな」
「そっちの事も調べなくちゃなのよねー」

「オルドリアから結構遠い場所での事だろ? わざわざ朔姉が調べる必要あるのか?」
「何とかしたいと思って、何とか出来る力があるから、何とかする。それだけだよ」

 自らの意志でオルドリアに行く事を選んだ時に決めた事。今もその行動方針は変わらないと答える朔耶。フレグンスの精霊術士達に"精霊の知らせ"が告げられた以上、オルドリアにも害が及ぶ可能性はある。
 遠い地の出来事だからと放っておく訳にはいかないのだ。




 夕食後、お風呂も早めに済ませた朔耶は昨日と同じくらいの時間を見計らって庭に出ると、アルシアの部屋へと転移した。

「こんばんはー」
「うわっ ……ああ、サクヤか」

 一瞬びっくりした表情を見せたアルシアは直ぐにすまし顔へと戻ったが、昨日に比べて随分と纏う雰囲気が柔らかい。朔耶は早速、悠介から聞いてきたカナン達捕虜の様子について、特に問題はないらしい事を伝えた。

「そ、そうか……皆無事なのだな。よかった」

 ベッド脇の小さなテーブルを挟んでお茶など飲みながら向かい合う二人。態々お茶とカップまで用意していたのは歓迎の意なのか。
 こうして朔耶と話をする事を何処か楽しみにしていたかのようにも感じるアルシアのリラックスした様子に、朔耶は少し突っ込んだ話題を振って見る。

「その人達って、必ずしもポルヴァーティアの方針に賛成してる訳じゃないみたいだね」
「ん――カナンさん達は、二等市民という事もあるからな。あまり信仰に熱心ではないようだが……」

「ふーん。ねえ、ポリヴァーティアの指導者ってどんな人?」
「ポ()ヴァーティアだ。大神官か? うーん……指導者として聡明で、包容力があって――」

 父のような存在だと答えるアルシア。この前の戦いの時にも、アルシアの意識から大神官に対する信頼のような想いが感じられたが、どこか自分にそう言い聞かせている節があるようにも感じた朔耶は、その"大神官"について色々と話を聞いてみた。

「その人が余所の大陸を攻めるように指揮してるの?」
「いや、浄伏はポルヴァの民の使命だと教義にあるからで……」

「その教義って経典みたいなのがあるの?」
「ああ、神の書として信仰教育にも使われているものだ」

 神の書には"大地神ポルヴァ"がこの世界に大地を創り、人々を創造した大神であると記されているらしい。
 世界を漂う不浄の大地は、嘗て神に与えられし楽園から追放された堕落の民がこの世を混沌に導く悪魔の力を借りて大地を砕き、勢力の拡大を狙って世界を漂う不浄の地に棲まい、悪魔を崇拝する民を増やしている。
 ポルヴァの民と執聖機関は世界の崩壊を防ぐ為、バラバラになった神聖な大地を再び元の姿に戻す事を使命としているのだ。――というのが概ねの内容となっているそうな。

「じゃあその神様って何処にいるの?」
「このポルヴァーティアの大地と共にあると言われているな。実際、私もこうして召喚されている訳だし」

 教義の説明をする時は少し自信なさ気に答えていたアルシアは、自分が今ここにいるという覆しようの無い事実を挙げて堂々と答えた。教義の内容に関する真偽はともかく、この地に自身を喚び寄せた神たる存在がいるのは確かだと。

「そうすると、アルシアちゃんを喚んだ存在が、ポルヴァーティアの神様って認識でいいのね?」
「あ、ああ。そうなるな」

「確認するけど、それって大神官もそう言ってるの?」
「そう、言ってたと思うぞ? 私の事を……神に喚ばれたのだからって……励ましてくれたし」

 自分が"神に喚ばれた"という部分に若干照れながら答えるアルシア。ここまでの対話で執聖機関というポルヴァーティアを統治する機構の姿が見えてきた朔耶は、最終確認として素朴な疑問で且つ重要な意味を含む質問を投げかけた。

「大神官って人、別に神様と話したり出来るって訳じゃないのよね? その人も経典の教義に従ってるだけで」
「いや、お告げとか色々と神の声を聞いたりはしているそうだぞ? 経典を監修しているのは大神官だと聞いたが」

 それを聞いた朔耶はなるほどと頷き、今の質問で一つ確実になった事を挙げる。

「もしそうだったら、その人嘘吐いてる事になるよ?」
「……どういう意味だ」

 声のトーンに少し警戒を混じらせるアルシアに、朔耶は遠回しな言い方をせずストレートに答えた。

「ポルヴァーティアの神様――この大陸を司る精霊だけど、その精霊はアルシアちゃん達が言うような使命とか与えてないよ?」

 教義や経典にあるような世界の崩壊、楽園、堕落の民、不浄の大地、混沌に導く悪魔。そんなものは元々存在していない。
 全ては人の意思によって想像された架空の存在であり、教義を掲げる人達によって特定の現象や場所、民族が教義のどれそれに該当していると、一方的な定義付けをされているに過ぎないのだと。

「なぜそんな事が言い切れる!」
「だってあたし精霊とお話できるもん」

 ポルヴァーティアの精霊本人に(神社の精霊を通してだが)聞いているのだから間違いない。アルシアを勇者として召喚しているが、別に世界を崩壊の危機から救えとか、不浄大陸を浄伏しろとかの使命は持たせていないとキッパリ言い切る朔耶。
 一瞬反論の言葉を失ったアルシアは、『精霊と話が出来る』という言葉に反応する。

「精霊と……サクヤは精霊術士なのか?」
「あれ? 精霊術知ってるの?」

「いや、東方にある大陸に精霊と心を通わせて様々な力を使う術士達がいるという話を聞いた事があるだけで、詳しい事までは」

 祈祷士以上の交感力を持ち、精霊の力で治癒や戦闘を行うという珍しい術士の話は、冒険者になろうとしている者なら大抵どこかで耳にする話だという。

「あ、東方といっても前に住んでいた世界の話だから……」

 "前に住んでいた世界"というキーワードを口にして急に元気がなくなるアルシア。
 ポルヴァの信徒にとっては自分達の存在理由そのものであるポルヴァーティアの教義を真っ向から否定されたにも関わらず、抗議や強い憤りも見せないのは、アルシア自身がポルヴァーティア人ではなく、ポルヴァの信徒でもない事を現していた。
 彼女は異世界から召喚されたポルヴァーティアの"勇者"なのだ。

「……教義の真偽など、どうでも良かったのかもな……」
「さっき自分で言ってたもんね」

「はぁ……結局私は、自分の居場所を護る為に戦っていたのかもしれない」

 "人々の幸せの為"など、ただの詭弁だったのだと達観めいた溜め息を吐き、ちょっと投げやり気味にも思える情緒不安定一歩手前な状態のアルシアに、朔耶は敢えてアルシアの元居た世界、彼女の故郷の話題を振る事で気力の回復を狙った励ましを試みる。

「アルシアちゃんの住んでた世界ってどんな所? 冒険者を目指してたって?」
「ああ……エパティタという小国の首都に住んでいたのだが――」

 冒険者になる事を目指して隣の大国、グランダールという国にある国境の街を目指していた途中でこちらに召喚されたのだそうだ。
 アルシアの居た世界では多くの冒険者が世界を巡り、各地に点在する地下迷宮を探索したり、地上にも徘徊する魔物を討伐したりして富や名声を得られる仕組みが成り立っていたらしい。

「最初は、グランダールの王都に来てしまったのかと思ったよ。あそこも凄く魔導文明の進んだ大国だったからな」
「へ~、あたしの知ってる世界だと冒険者とかはあんまり居ない感じなんだよね。あたしがよく行く国周りでは、だけど」

 自身の事も交えながら故郷の話が出来た事で、少し元気が戻った様子のアルシアとしばらく談笑を続けた朔耶は、切っ掛けさえあればアルシアの居た世界にも行ける筈だと話し、機会があれば元の世界にいるアルシアの様子を見て来ようかと持ち掛ける。

「わ、私の……?」
「うん、悠介君の本体とも会った事あるし。多分、アルシアちゃんのいた世界に行けば、アルシアちゃんの本体が居ると思うから」

「ユースケ……そうか、アイツも私と同じ、という話だったな」
「ぷぷっ またムッスりしてる」

 指摘されて少し頬を赤らめながら呻くアルシア。ポルヴァーティアの教義の事。大神官の事。
 アルシアの現在の立場や境遇など色々と問題は多いが、朔耶の強行突破に近い体当たり交流で半分近く心を開いたアルシアとの対話は、和やかな空気でお開きとなった。




 すっかり暗くなった自宅の庭に帰還する朔耶。家の明かりがガラス窓の模様を映し出す縁側に上がると、居間では父と母がビールで晩酌などしながらコタツに転がってテレビを見ていた。
 朔耶に気付いた母が『お・か・え・りー』と口パクを向けてきたので、朔耶も『た・だ・い・まー』と口パクを返す。そのまま二階の自室に上がってパジャマに着替えた朔耶は、ベッドにスライディングインして目を閉じた。

『は~、今日は色々充実した日だったわ』
ヒサシブリニ バタバタシタヒビデモ アルナ

 カースティア観光事業や魔族組織との戦いを展開していた頃のような忙しさ。凶星騒ぎが治まれば、またノンビリした何時もの日常に戻るのだろう。顔を出す世界が一つ増えた事で、今まで以上に楽しい日々の訪れを期待する朔耶。

『良い結果に繋ぐ為にも、精一杯やんなきゃね』
ヨイ ココロガケダ

 神社の精霊のうむうむと頷く気配を感じながら、ゆっくり眠りにつく朔耶なのであった。




『…………って、あれ? 風の街道だ』

 丁度入りたいと思っていた夢内異世界旅行。少しづつ意識して入れるようになって来た感がある。
 昼間レティレスティアから聞いた『西方の地に魔王が出現する』という"精霊の知らせ"について、西方(フラキウル)大陸を調べてみようと思うのだが、具体的な場所などが思い浮かばない。オルドリアのある世界で朔耶が知っている大陸は実質、オルドリアだけなのだ。

『うーん、何かヒントは……――そうだ、ブラハミルトさんの所にあった魔導器!』

 それを思い浮かべた瞬間、ティルファの中央研究塔最上階にある所長室、ブラハミルトの私室に視点が移動。作業台の上に置かれている壊れた魔導器を見下ろす位置に定まった。

『これが作られた場所をイメージすれば、西方の大陸まで行けるかな?』

 半分蓋が開いて分解されている魔導器を包み込むようにしながら、製作された場所へとイメージを向けると、薄暗い部屋から沢山の明かりが見える何処かの街の上空へと景色が切り替わる。 

『うわっ すご……』

 岩山の間に造られた三重の防壁を持つ城塞都市。フレグンスの一般開放区くらいまでありそうな広さだが、なんというか密度が違う。まるで地球世界の近代都市を切り取って持って来たかのような凝縮された建物群。街明かりも現代の町と見まがわんばかりだ。

 空飛ぶ船らしき乗り物も確認できたが、今は凶星の影響で飛べないらしい。街上空を飛行中に落ちたのか、民家の屋根にめり込んでいる船体が何隻か見える。

 街の状態もどうにか混乱が治まった所といった雰囲気で、至る所にクレーンのような大型機械が設置されている様子は、ティルファの復興風景と重なる。街の空にはピーちゃん達のような飛竜の姿もあった。オルドリアの飛竜に比べて一回りほど小柄だ。

 夜でも人通りの多い街路から少し外れた場所にある公園っぽい開けた空間に下りた朔耶は、この街に転移できるようしっかりと場所を記憶する。見た目のインパクトが強かったので大丈夫だろう。

 その後、街の様子も見ておこうかと通りに出て人ごみの中をうろうろしている内に眠りが深くなったらしく、意識は自然に夢から離れて深い眠りの闇へと落ちていった。






 翌朝。朔耶は起き抜けにまず昨夜(ゆうべ)の夢内異世界旅行で訪れた街の事を思い起こす。

「魔導器、ぎゅうぎゅう詰めの明るい街、岩山と繋がったおっきい防壁、屋根に落ちてた船――よしっ 覚えてる」
ズイブント ニギヤカナマチデ アッタナ

 あれだけ特徴的な魔力の集中する場所なら問題なく転移出来ると、神社の精霊からもお墨付きが出た。午前中はフラキウル大陸の街に行ってみる事に決めた朔耶は朝食後、早速庭に出て円に入る。

「朝から忙しないな、また隣町まで行くなら送るぞ?」
「んー、今日は多分向こうでの活動がメインになると思う」

 今日はこちらの世界のノーマル悠介と会う予定も無いので、昼から狭間の世界に邪神悠介の様子を見に行く以外は昨夜の夢内異世界旅行で訪れた大きな街にて"魔王"に関する情報集めが中心となる。

「それじゃ、行ってきまーす」
「いてらー、新しい異世界美女の写真もよろー」

 凛々しくも美しい聖騎士な弟子と良い関係になってもオタ気質は変わらない兄殿なのであった。




 そんなこんなで転移した朔耶が降り立った場所は、建物と建物の間を走る路地のような空間。夢の中で見た公園っぽい場所を狙ったのだが、中々思うようには行かないようだ。

『さーて、まずは昨日の大通りに出てみようかな』
ヒトノ アツマル バショニハ ジョウホウモ アツマル

 意識の糸レーダーで周囲の地形を把握しつつ、大きな通りのある方向へと狭い路地を抜けて行く。
 街の至る所に魔導器の組み込まれた仕掛けがあり、街灯は勿論、ほぼ全ての建物に上下水道も完備されている。オルドリアの帝国やフレグンス、ティルファと比べても随分と進んだ街であるという印象を受けた。

 街中に設置されてる魔導器は中身がブラハミルトの私室で見た"型落ちの魔導器"と比べて随分と違った構造になっていて、何処か魔力石ライターの構造にも似ている気がする。

『これって、凶星の影響を受けない作りになってるのかな?』
イズレモ ゴクサイキン ツクラレタモノノ ヨウダ

 墜落したのであろう空飛ぶ船らしきそれが民家の屋根にめり込んでいる姿を見る限り、この街でも凶星の影響による混乱は起きたものと思われる。
 街中に設置されている魔導器は丁度その時期に作られたモノらしいという事から、魔力の乱れに対応した新型なのかもしれない。

『凄いねー、それって混乱が起きてから一日や二日で対応しちゃったって事よね』

 もし、自分がオルドリア大陸ではなくフラキウル大陸に召喚されていたなら、或いはオルドリアの魔術式技術がこちらほど進んでいれば、サクヤ式は生まれなかったかもしれない。
 そんな事をつらつらと思いつつ大通りに出た朔耶は、意識の糸で通行人から情報を読み取る方法も交えつつ、活動を始めた。




 まだお昼には早い朝を少し過ぎた頃。単体で見れば結構目立つ格好をしているのだが、堂々とした余裕のある佇まいと人ごみに紛れている事ですっかり現地に溶け込んでいる朔耶は、ぶらぶらと歩きながら集めた情報の整理をしていた。

 この街の名は王都トルトリュス。ブラハミルトとの会話にも出てきたキトの交易商人達が取り引きをしているという大国の商会、"通商協会"の本店がある街で、魔導文明大国として知られるグランダールの首都であった。
 商業全般を取り仕切る"通商協会"の他にも、"冒険者協会"という冒険者達の活動を支援する機関の本部もあり、あらゆる情報がそこに集まる。
 "魔物"に関する情報は驚くほど沢山、そこ等辺にいるのが当たり前といった感じで多くの情報が揃っていたが、"魔王"というキーワードに関してはさっぱりだった。まだそれらしい存在は出現していないようだ。

『グランダールって、何処かで聞き覚えがあるなーって思ったら……』
アルシアジョウノ ハナシニデテキタ クニナデアルナ

 冒険者になろうとする彼女が目指していた街の属する大国の名。

『確か、アルシアちゃんが向かっていた街は――』


「コウは今バラッセに向かってるらしいですね」
「ああ、あそこのダンジョンにも古代遺跡の祭壇があるらしい」

「あ~あ、コウちゃんだっこしたかったのになぁ」
「入れ違いになっちゃいましたね」

 賑やかな通りを行く冒険者風な格好をした一団からそんな会話が聞こえてきた事で、朔耶は『そうそう、バラッセの街』と内心でポンと手を叩く。

『アルシアちゃんってこの世界出身だったのね。これはこっちのアルシアちゃんにも案外早く会えるかも』

 バラッセの街にあるらしい訓練学校に向かっていたのが三年前という事なので、無事に通っているならまだ在校している筈。"魔王"に関する情報集めは行き詰まっている事だし、ちょっと行って見ようかと予定を見直す朔耶。

『さっきの人達にバラッセまでの行き方とか聞いても大丈夫かな?』
トクニ モンダイハ ナイヨウダ

 朔耶は神社の精霊が危険や脅威をもたらせるような悪意は持っていないと判定した集団に、道を尋ねるべく声を掛けた。






 漆黒の翼を広げた朔耶がフラキウル大陸の空を行く。

 バラッセまでの道のりを聞いたついで、試しに空から行く場合はと尋ねてみると、空飛ぶ船がある街だからなのかその冒険者集団は特に怪訝な様子も見せず、トルトリュスから発つ場合の方角、上空から見たバラッセの街の特徴や、途中にある大きな街の事などを教えてくれた。
 『ただし、今はあの通り"魔導船"が使えないけどな』と、民家の屋根にめり込んでいた船と同じ型の船がやぐら状になった建物の下で囲いに覆われ、船体を傾けている姿を指し示したリーダー格の男が、馬車を使うなら早くても十日は掛かると言っていた。

『全力で飛べばお昼頃には着くかな? 方向は合ってる?』
モンダイナイ チジョウニミエル ミチニソッテトベバ ヨイヨウダ

 眼下に見える街道は結構曲がりくねってはいるが、概ね東南方向に伸びており、その先には主要な街が連なっている。バラッセの街までに通過する街道上の大きな街は二つ。高高度を飛行する朔耶は丁度今その一つ目の街上空を通過した。

 通過する予定の街はほぼ等間隔の位置にあるそうなので、このまま少しペースを上げれば四十分もしない内に次の街の上空に差し掛かるだろう。数百メートルほど低い所を同じ方角に向かって飛んでいる一羽の鳥を追い越し、朔耶はバラッセに翼を向けた。




 腕時計のデジタルパネルが『11:50』を指す頃。地平線の両端に海の青が混じり、半島の入り口らしき付近に見えて来る小さな街。
 アルシアの故国、エパティタに属する国境の街パルス。朔耶はそのパルスと徒歩で約二日分程の距離を置いてほぼ直線の街道で隣接するグランダール側の国境の街、バラッセの上空にいた。あまり大きな街ではないが、人々の姿も多く活気はあるようだ。

『着いたね。丁度お昼か~』
シラベテ ユクカ?

『ん~、今日はここまででいいかな』

 高い鉄柵に囲まれた祠のような建物がある緑の広場。歩道脇に設置されているベンチに杖を付いた大柄な老人が座っている。
 とりあえず"精霊術的ステルスモード"で街の公園らしき開けた場所へと着地した朔耶は、この場所のチェックだけ済ませて帰還する事にした。午後からはカルツィオに悠介達の様子を見に行く予定なのだ。






 昼過ぎ。しっかり昼食を済ませて庭に出た朔耶は、カルツィオに転移すべく円に入る。

『それじゃ、カルツィオまでよろしく』
ココロエタ

 
 カルツィオの大国フォンクランク。人工の岩山が如く巨大な首都の街サンクアディエットと、その中心に聳えるヴォルアンス宮殿。朔耶は宮殿の屋内訓練場に設けられている特別仕様に改装された一角に現れた。
 ずらっと並べられた長テーブルの上に、大型ボウガンのような形をした兵器らしき機械が沢山鎮座している。

「あ、いたいた。悠介君、やほー」
「なんという狙ったようなタイミング」

「うん?」
「いや、こっちの話」

 突然現れた黒い髪を持つ少女に作業をしていた衛士たちが驚くが、闇神隊長(ゆうすけ)と親しげに接している姿を見て皆納得すると、資材や機械の運搬作業に戻った。今ここは防衛兵器の複製量産場として使われているそうな。

「これって武器よね? あの箱型飛行機とかについてたやつ?」
「そう、その強化改良版」

 汎用戦闘機や機動甲冑に搭載されていた光撃弓と光撃連弓を解析改造し、威力やら射程やらを一通り強化して量産しているのだとか。対空砲として街中に設置する計画らしい。

「こういう兵器って今までカルツィオに無かったモノだから、後々問題が出るかもしれないけどね」

 とりあえず今はポルヴァーティアに対抗すべく、ありったけの対空砲を作ってカルツィオの主要な街に設置する方向で防衛構想を進めているそうだ。強力な武器の製造に関しては後々の弊害を考えて躊躇があるという悠介に、共感を(いだ)く朔耶。

 しかし、割と広大なカルツィオの大地。主要な街の数も多そうだが、武器の配布や生産自体が果たして間に合うのか。
 このサンクアディエットを防衛する為に必要な数を揃えるだけでも、数日掛かってしまうのでは? という朔耶の疑問に対し、それは問題ないと答える悠介。

「ガゼッタとアユウカスさんも協力してくれたお影で材料は十分揃ってるし、運搬もシフトムーブを使うから纏めて運べるし」

 条件さえ揃っていれば、邪神悠介に宿る"カスタマイズ・クリエート能力"を駆使する事でカルツィオの端から端まで、例え数百トンもある荷物であろうと一瞬で運べるという。

 ここに並んでいる大型ボウガンっぽい"対空光撃連弓・改"も、材料さえ揃っていれば寸分違わないモノが一瞬で出来上がるので、一時間もあれば7000門ほど生産、というより複製できるのだとか。

「なにその出鱈目な能力!」
「いやいやいや」

 あなたがそれを言いますかと突っ込まれる朔耶。

『反発力ユニットとかランプの細かい部分とか、魔力石と一緒に持って来て悠介君に量産して貰おうか……』

 最高の一品を作って量産してもらえば、楽に大儲け出来る? 等と密かに邪神の有効利用について考えを巡らせてみたりする商人モードな朔耶なのであった。







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