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10話:旅の始まり




 翌早朝――


 まだ薄暗い朝靄の中、朔耶は騎士達に連れられてアマガの村を後にした。

 出発前に混乱を招きたくないという騎士達の意向により、村人達が起き出して来る前に出る事になったのだ。結局まともにお別れの挨拶も出来なかったなぁとボヤく朔耶を荷台に押し込み、馬車は一先ずクルストスの街に入る。

 木や藁の混じった石造りの建物が並ぶクルストスの街は、フレグンスの衛星国家である小国の一つに属する国境の街だ。
 ここから出発して王都に辿り着くまでには、この国の首都を抜けて王都と隣り合う隣国の国境の街に入り、その国の首都を通ってまた王都との国境の街に入り、そこを越えればようやく王都に入る事が出来る。
 途中で馬車の交換や補給も必要となるので、主要な四つの街以外にも集落や村に立ち寄る事も想定している。

 初めてこの世界の街を目にする事になった朔耶は、物珍しそうに周囲の建物や露店に視線を向けていた。
 この世界に来た時の赤い光沢のあるジャケットにズボンという格好は目立つので、今はデイジーに貰った服を纏っている。その為、遠目には田舎から出てきた娘が『おのぼりさん』をやってるようにしか見えなかった。

 騎士の詰め所に到着すると、荷台に一緒に乗り込んでいた騎士達はさっさと降りて詰め所の中に入ってしまい。朔耶はこのまま馬車に残るように言われたので大人しく街の風景を眺めている。

 暫らくすると御車台に乗っていた昨日の二人の騎士、朔耶の見張り役を任されていたアンバッスとレイスが馬車の荷台に取り付ける幌を担いでやって来た。長旅に備えて幌を張るらしく、二人で手際よく取り付けていく。
 朔耶は手伝おうかとも思ったが、アンバッスに『じっとしているように』と言われて仕方なくポケ~っと作業を眺めていた。

「アンバッス・クルト小隊長、並びに、レイス・チル・アクレイアの両名に この者を王都まで護送する任務を与える」
「ハッ!」
「了解です」

 中隊長から任務を言い渡され、アンバッスはかっちりとした敬礼をし、レイスは優雅に崩した敬礼を返して任を賜った。

『強面のおじさんは小隊長さんかぁ~叩上げのベテランって感じだね。レイスは何と無くキャリアって感じするんだけどなぁ』

 馬車の幌の後ろから顔を覗かせて様子を見ていた朔耶は、これからお世話になるであろう二人を観察していた。


 荷物が積み込まれ、さあ出発かという時に何やら難しい顔をしたアンバッスが荷台の荷物の間に身体を押し込んでいる朔耶に近付いて来た。

「? 何ですか?」
「……捕虜の護送には枷を付ける決まりがある」

 そう言って手に下げていた鎖付きの輪っかを持ち上げた。以前森の中で見た事のある、レティレスティアが填められそうになったモノとよく似ている。

「捕虜っ! あたし捕虜なの?」
「先日の、帝国の襲撃者に関連した人物だと伝え聞いているが……、詳しい事は知らん」
「え~、じゃあ別に捕虜じゃないじゃん。あたし嫌だかんね、そんなの付けられるの」
「そうもいかん、護送する人間の立場をはっきりさせておかねば、各関所で面倒な事になる」

 そう言いつつも、アンバッスの表情からはあまり気が進まなさそうな胸の内を読み取れる。強面な顔だけに感情が表れ易いのかもしれない。

「詳しい事が分からないって言ってるのにハッキリさせておくって、おかしくない?」
「屁理屈を言うな、お前を護送する為に他にどんな立場がある」
「要人警護とか?」
「そんな怪しい要人が居るか」

 いくら襲撃に加担した疑いのある魔術士とはいえ、アンバッスからすれば朔耶はまだ子供にしか見えない。そんな少女に罪人の枷と変わりない術封じの枷を填める事に躊躇いがあり、その為こうしてぐずる朔耶の抵抗に付き合っている。
 魔術士相手に油断は禁物だが、力尽くを行使するにはアンバッスの良心が赦さない相手なので説得を試みているのだ。

「まあまあ、いいじゃないですか隊長。街に入る時に格好だけでも付けて貰えば」
「簡単に言うなレイス、道中で問題が起きてからでは遅い」

 二人のやりとりを、微妙にレイスを応援しながら眺めていた朔耶は、ふと、詰め所前に停まっている別の馬車に気付いた。荷馬車な此方の馬車と比べて、如何にも人を運ぶ為の馬車という感じのする黒塗りの豪華な馬車。その馬車に乗り込んでいたのは――

「あれ? ギャグキャラのドーソンだ」
「ん?」
「ギャクキャラ?」

 朔耶の不思議な言葉に首を傾げ、小さく指差した先にいるアマガ村の村長の子息を見て『ああ』と呟いたレイスが答える。

「彼は今回の功績で王都の大学院に推挙される事になったんですよ」
「今回って、あたしの事? あの人何かした?」
「貴女の居場所を我々に知らせてくれました」
「レイス、余計な事を言うな」

 二人の掛け合いを聞きながら『向こうの馬車の方が乗り心地良さそうだなぁ』等と思って見ているうちに、ドーソンを乗せた黒塗りの馬車はゆっくりと動き出し、街の大通りを抜けて走り去った。

「所でサクヤ、『ギャグキャラ』とはなんです?」
「ん~? 何をやっても最後は人に笑われる運命にある喜劇の人みたいな?」

 朔耶の説明にレイスは『ほうほう』と頷いて一見すると穏かな、しかし何を思っているのか分からない何時もの微笑を浮かべた。
 結局、朔耶に枷を付けるのは騎士達が駐在する大きな街に入る時だけという条件で、道中は比較的自由に振舞えるよう取り計らって貰える事に決まった。

「ありがと~~レイス」
「いえいえ、レディを大事に扱うのは騎士の務めですから」

 アンバッスはそんな会話を交わす二人を横目に、最早何も言うまいと大きな溜め息と共に御車台に上がった。




 クルストスの街を出発し、街道に沿って一路この国の中央都市に向う。ガタゴトと揺れる荷物を押し分け、御車台の後ろに陣取った朔耶は、二人の騎士の間から街道の風景を眺めていた。
 『おや?』と呟いたレイスが身体を横にずらし、ある方向指差した。

「サクヤ、ほら」
「ん? ……あっ!」

 レイスの指差す方向を見ると、そこには――

「サクヤーー!」
「サクヤさーーん!」

 弓を背負った狩人姿のクィスが、街道脇の土手の上に立っていた。隣にはデイジーの姿も見える。

「クィスーー! デイジーー!」

 身を乗り出して二人に手を振る朔耶。二人も朔耶に手を振り返している。狭い御車台に身を乗り出されて隣で煩わしそうな顔をしているアンバッスはしかし、少し馬車の速度を緩めていた。レイスが意味ありげな視線を送るが、アンバッスは無視した。

「二人とも元気でねーーーっ 行ってきまーーーす!」

 
 朔耶とクィス、デイジーの三人は互いの姿が見えなくなるまで、手を振り続けていた。