料理も殆ど平らげられ、そろそろお開きにしようかという頃、それはやってきた。
複数の馬の蹄の音が近づいてきたかと思うと、馬に乗って甲冑に身を包んだ集団が広場に集まる村人達を取り囲むように飛び込んで来た。突然の事に右往左往しながら騒ぐ村人達に、集団の代表らしき人が声を張り上げる。
「静まれぇーー! 我等はクルストス駐在のフレグンス辺境騎士団だ! 姫様の勅令により ある人物の捜索に参った!」
襲撃の類では無いと分かり、次第に落ち着きを取り戻した村人達は皆 不安げに身を寄せ合った。馬上からぐるりと一望し、騒ぎが収まった事を確認した集団の代表が一つ頷いて仲間に合図を送る。
すると包囲の一角が解かれてそこから一頭の馬がゆっくり輪の中に歩み出た。 その馬に乗っている人物を見てクィスが叫ぶ。
「ドーソン!」
朔耶はクィスの隣でデイジーの震える肩を抱いて宥めながら、辺りの様子を窺っていた。その姿を見つけたドーソンは、ニヤリと笑みを浮かべてクィスの方に向き直る。
「やあ、クィス それに皆も、なんだか楽しい事をしていたようだね」
「ドーソン! これは何事だ!」
「クィス、使えな奴だな君は……昨日街でちゃんと騎士達に話を聞いていれば、僕がこんな苦労をしなくて済んだってのに……」
やれやれと気障っぽく前髪をかき上げながら首を振って見せるドーソンの姿に、朔耶は内心でギャグキャラに認定した。 2秒で。
クィスは騎士達と共にドーソンが現れた時点で、昨日立ち聞きした騎士達の話しが彼に伝わったのだと確信していた。
騎士達がサクヤを捕らえに来た事は明白だ。その騎士達の隊長は勿体ぶったドーソンの態度に痺れを切らし、会話に割り込む。
「ドーソン殿、娘は何処か?」
「ふふふ、ご心配なく中隊長殿 あそこに居る黒髪の娘がお探しの娘ですよ」
皆の視線を受けて肩を竦める朔耶。視線から守るように朔耶の前に立って庇うクィスは、この状況をどうすれば切り抜けられるのか必死で考えた。
包囲の向こう側に遅れて到着した馬車が停まり、御車台に乗っている二人の騎士のうち一人が降り立った。さらに荷台から四人の騎士が降りて包囲の方にやって来ると、馬上の中隊長に敬礼する。中隊長は頷いて応え、朔耶の方を眼で指して指示を出した。
「あの娘だ」
「はっ!」
対象は魔術士であると聞いている騎士達は慎重に油断無く朔耶の元に歩み寄る。甲冑を着けた体格の良い騎士が四人も並んで警戒を滲ませながら近付く様は、見る者に威圧感を感じさせた。
朔耶は彼等が飛び込んで来た時に驚きはしたが、口上を聞いて大体の事情を察していた。レティレスティアが自分を探している、と。 しかし迎えにしては随分と物々しいこの雰囲気は――
『また何か、誤解されてるような……?』
「あのー」
口を開いた朔耶に騎士達がピタリと動きを止める。緊張の面持ちで見ていた周囲の人々も、何事が起きるのかと息を殺して見守っている。そんな重苦しい空気に居心地の悪さを覚えながら、朔耶は一つ提案した。
「王都に行くんですよね? それには応じますから、明日まで待って貰えません?」
その言葉に、中隊長は訝しむような表情を向けた。四人の騎士達も途惑うように隊長に指示を窺う素振を見せている。
「まだ村の皆さんにお世話になったお礼も言って無いし、アレももう少しで完成するから」
そう言って振り返り、見上げる朔耶の視線の先には 完成間近の水道橋と繋がる給水塔があった。もう九割方完成していて、後は各戸への支水管と水量の微調整だけだった。
シャワーは間に合わなかったが、湯沸かし器の造り方は教えておけば村人達だけでも造れそうな程シンプルな構造だ。
中隊長は村の隅に立つ櫓のような木造の塔と、それに連なる高く組まれた柵上の建造物を見上げる。『あれは一体なんだ?』騎士達全員が浮かべた疑問だった。
近く囁かれている帝国との戦に備えて防壁を造っているにしては幅が無く、位置もおかしい。櫓の上半分に組まれた箱状の部分も見張りが入るには深過ぎるし、内側から登るようには出来ていない造りなので、やはりアレは箱なのだろう。
しかし何の為に櫓の上部に縦長の大きい木箱が付けられているのかサッパリだ。視線を娘に戻すと、黒髪に黒い瞳の小柄な少女は、成る程、顔立ちの造型が少し違っていて異国人の雰囲気を持っている。
朔耶の今の格好はデイジーから母のお古を貰って、普通に庶民の女性が着る衣服を纏っていたので、この場にいる他の村人達と変わりない身形をしていたが、朔耶自身の持つ異質な雰囲気はやはり目立つ。
中隊長から指示が出ない為、騎士の一人が娘の申し出を黙殺したと解釈して朔耶の身柄確保に動く。朔耶を庇うように立つクィスを押し退けようとしたが、クィスはその場に踏ん張って動かなかった。
クィスにはこの事態をどうする事も出来ない、これは無力感に対して意地によるせめてもの抵抗だ。頑としてその場を動かないクィスに怪訝な視線を向けた騎士だったが――
「ふん……」
鼻で笑って少し特殊な押し退け方をした。見た目はさっきと同じ様に手で脇に払っただけに見えるが。多少なりとも武道を嗜んでいた朔耶にはその動きの意味が手に取るように分かった。
『あ……、崩し技だ……』
踏ん張っていた身体の軸を押し上げられてずらされ、体勢を崩されたクィスはあっさり尻餅をついた。
「クィス!」
朔耶は隣で震えているデイジーから離れるのを一瞬躊躇ったが、クィスを助け起こそうと一歩前に踏み出した所で左肩を騎士に掴まれ、思わず苦痛の悲鳴をこぼした。身を退こうとしたが、がっちり掴まれていて余計に痛い。
『痛たたたた! 痛いってばっ』
身を捩って逃れようとする朔耶に、騎士は逃亡の意思を感じたのか拘束を強める。
「ちょ……ッ 肩……痛っ 放して……!」
「娘! 抵抗するな、逃げられはせん」
激痛でまともに声が出せない朔耶に苦悶の表情を見たクィスが弾かれたように立ち上がり、激晃して騎士に飛び掛ろうとする寸前。
「やめて下さい! サクヤさんは怪我をしてるんです!」
デイジーがその騎士の腕に飛びついた。騒然とする村人達。クィスの激晃に触発された若い衆が威嚇するように身構える。周囲の不穏な空気を感じ取った騎士達が一斉に剣に手を掛けた所で、中隊長の怒声が響いた。
「やめんか馬鹿者っ! ヴィンス、手を離してやれ。 村の者は代表者を残して家に戻れ! ブラタ、野営の準備だ」
「明日まで待つのですか?」
「こんな夜更けに動くより朝を待って出た方が良い、ニーケスとケイリスは先に戻って報告をしておけ」
「はっ!」
「ハッ!」
一触即発だった場を即座に収めて素早く指示を出し、命令を受けた部下達がきびきびと動く。気勢を削がれた若い衆も拳を下ろし、他の村人達も戸惑いを残しつつ其々自分達の家に戻って行った。
肩を押さえて座り込んだ朔耶の傍にデイジーが寄り添い、二人を護るように未だ警戒を解かないクィスが仁王立ちしていた。
「この焚き火は使えるな、ここで夜を明かすぞ。娘の見張りにはアンバッスとレイスが付け」
呼ばれて馬車の御車台に居た二人の騎士が朔耶達の前に歩み出る。年配の寡黙な印象を受ける強面の騎士と、優男ふうに見える若い騎士の二人を、クィスはじっと睨みつけていたが
「やあ、僕はレイス。そんなに睨まないで欲しいなぁ、僕はヴィンスと違って女性の扱いは心得てるからさ」
「レイス、余計な事は言うな」
見た目から対照的な二人は、性格も対照的なようだった。
「なんか、急なお別れになっちゃったな~」
部屋に戻り、傷口が開いていないかデイジーに診て貰った後、問題無しという事で一息ついた。夜も遅いのでデイジーは家に帰らせ、朔耶は明日に備えて自分の荷物を纏めていた。
荷物といっても、朔耶が着ていた服とデイジーに貰った服、それに試作魔力石ライターくらいなのだが。
部屋を出ると、リビングには仏頂面をしたクィスが二人の騎士とテーブルを挟んで向かい合っていた。
というか睨み合っているような感じだった。 尤も、睨んでいるのはクィスだけで年配の騎士は腕を組んで眼を閉じているし、レイスと名乗った優男ふうの騎士はニコニコと微笑を浮かべてクィスの『ガン飛ばし』を涼しげに流している。
朔耶は苦笑を浮かべながら間に入った。
「も~クィスってば、そんな睨まないの」
「サクヤ……」
「さっきはありがとね、庇ってくれて」
「いや……俺は……」
言外に何も出来なかったと悔やむ様子を感じ取り、朔耶はその先を言わせないように言葉を被せる。
「ほんとに、危ない事しないでね? クィスに何かあったら、あたし……」
「ご、ごめん……」
誤解を招きかねない朔耶の『あたしあなたの事が心配なの』攻撃(朔耶兄による具体的な指導有り)に顔を赤らめるクィス。そんな二人の様子を、レイスは表情を変えずニコニコ眺めていた。朔耶はその微笑に『観察の意』を感じ取っていたが……。
「さて、それじゃあ寝る前に水道施設の最終調整の事を話しておくね、あと湯沸かし器の造り方も」
テーブルの上に広げた布の上に図解で描かれた簡易湯沸かし器の仕組みと、給水塔からの支水管の張り方を説明する。クィスは言葉の一句を聞き漏らすまいと真剣に記憶し、二人の騎士はその内容に興味を引かれたのか、黙って図解を見詰めていた。
湯沸かし器の仕組みは発想の逆転という、クィス達にとっては青天の霹靂とも言えるようなアイデアだった。
鉄鍋に水を入れるのでは無く、鉄鍋に火属性の魔力石を入れて、それを常に水が流れ込む小水槽に並べて入れる事で短時間で湯を沸かし続ける事が出来る、常時大量のお湯が使えるという装置だった。
コレも水道があってこその装置だが。
一通り説明もし終えて、クィスも質問する事が無くなり、部屋に沈黙が降りた。
「さーて、それじゃあ明日に備えて寝よっか」
「サクヤ……」
「うん?」
「その……俺……」
しばらく逡巡するように何かを言いたげだったクィスは、結局『なんでもない』と寂しげな微笑を浮かべた。小首を傾げる朔耶だったが、『ん、そっか』と軽く頷いて返した。
「おやすみクィス」
「おやすみ、サクヤ」
クィスが自分の部屋に戻るのを見届け、朔耶はテーブルに向かっている二人の騎士に声を掛ける。
「お二人は?」
「僕らは見張りですから、朝まで徹夜なんですよ 交代で仮眠してますけどね」
「レイス、余計な事は言わんでいい」
アンバッスの煩わしそうな突込みに肩を竦めて見せるレイス。朔耶は分かったと頷き返して部屋に戻った。
『ふぅ~、しっかし……絶対あたし何か誤解されてるよね』
レティレスティアが自分の事を探させているのは分かったが、この扱いはまるで犯罪者だ。
この世界の伝達技術如何ではレティレスティアから発せられた命令が末端の部下に届くまでに色々抜け落ちたり余計なモノがくっ付いたりして変質して伝わっている可能性も否定できない。
『勅令とか言ってたけど、命令書とかは無いのかなぁ』
文面に記されているなら正確に命令が伝わる筈だが、あのレティレスティアが自分を犯罪者のように扱うとはどうしても思えなかった。それにこの辺りは王都からは随分離れているようだし、遠ければ遠いほど、情報は正しく伝わり難い。
自分が発見された事はレティレスティアにも伝わるだろうし、とにかく王都に行って彼女に会えばまた精霊の声も聞けるかもしれない。そこから元の世界に戻る手立ても分かるかも知れない。
騎士団が連れて行ってくれるのだから旅費の心配も無く、道中の安全は保障されてるようなモノだ。
「なんだ、ラッキーじゃん」
旅費を稼ぐ必要も護衛を雇う必要も、旅の知識を身に付ける手間も省けて一石三鳥じゃん、ちょっと痛かったけど。と、急角度で前向きになった朔耶は短い期間とはいえ、この村で過ごした時間を思い浮かべながら眠りに付いた。
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