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異世界召喚モノです。

序話




 赤いジャケットを羽織った黒髪の小柄な少女が、傍らに置いた大荷物に背を預けながらポツンと立っている。

「まいったなぁ……」

 朔耶は人気の無い(さび)れたバス停留所でどうしたものかと独り立ち尽くしていた。ここまで乗ってきたバスは既に行ってしまった。停留所の錆びの浮いた時刻表を見ると、次の便は明日の朝8:00からになっている。

 連休も明けようかという週末、友人に誘われた河原(かわら)でのキャンプに偶にはそういうのも良いかと大荷物を背負ってやって来たのだが、降りるバス停を一つ間違えてしまい、今の状況に至っている。

「連絡のしようも無いし……」

 携帯は圏外なのでリュックの中。地図を取り出して現在地を割り出し、本来の目的地であるキャンプ場の方角を眺めると、見た目なだらかな小山がぐるりと周囲を囲んでいた。位置的には小山の向こう側にキャンプ場の河原がある。
 日はあまり高くは無いものの、夕暮れにはまだ余裕がありそうに思えた。

「この山を越えれば、向こうに合流出来るかな?」

 都合よくキャンプ場行きの車が通るとも思えず、幸い目の前の山は高さも丘のような程度で、大して険しくもなさそうだ。徒歩で山を越えて皆と合流した方が良いと判断した朔耶は、荷物を背負い直して歩き出した。




 山の入り口にはハイキングコースらしき絵が描かれた看板が立っており、コースの一つは山を越えた向こう側のキャンプ場に繋がっている。ルートは簡単、ただ道なりに登って行けば良い。

「良かった、思った通りだった」

 これで少なくとも夜までには到着出来る筈。降りるバス停を間違えた事は笑われそうだが、逆に話のネタにすればいい。朔耶はそんな事を思いながら、舗装(ほそう)されていないハイキングコースの山道を登り始める。

 そうして二十分くらいは経過したかという頃。まだ余裕があると思っていた日暮れは予想より早く訪れ、木々の合間から見える空はすっかり茜色に染まっていた。

 太陽はこの山の向こう側に沈んでいるので、完全に日が暮れる前に頂上まで登りきれば沈む夕日を二度見られるかもしれない。それはそれで面白そうだとペースを速める朔耶。急がなければ日が沈むと街灯もない山道は比喩(ひゆ)無しに真っ暗になる。

「?」

 その時、ふわりとした気配が一瞬、朔耶の身体を包み込んだ。

 暖かい空気の塊りにぶつかったような奇妙な感覚。ふと気付がつくと、目の前には草の壁。腰嵩(こしかさ)ほどもある蔓草(つるくさ)が行く手を阻み、立ち並ぶ木々の間には薄暗い闇が続いている。
 元々雑草も多く、殆ど獣道(けものみち)のような細い道だったので余所見をした隙に道から外れてしまったのかと、引き返す為に振り返る。

「あれ……?」

 何故かそこにも嵩高(かさたか)い草が茂っていた。
 ハイキングコースの道が無い。自分が立っている場所を、ぐるりと背の高い草で囲まれている。奇妙な事に、自身が歩いて来たであろう筈の痕跡(こんせき)が何処にも無かった。

「……なに、これ」

 朔耶はしばし呆然とし、状況を整理しようとするにつれて得体の知れない恐怖感が湧き上がる。自分は何処に居るのか? ここは何処なのか? 何時の間にか遭難(そうなん)してしまったのだろうか?

「待て待て、落ち着け……まずは状況確認でしょ」

 ゆっくり深く息を吐き、不安と驚きで悲鳴を上げ掛けている心を落ち着かせる。ざわざわと締め付けるような胸の感覚を解きほぐしながら、周囲の様子をゆっくり観察した。
 呼吸は意識して深く、強張った肩の力を抜き、軽く膝を曲げて震えを吸収させる。

「……?」

 何処からか水の流れる音が聞こえる。近くに沢でもあるのかもしれない。とりあえず川でも見つかれば、川沿いを辿って(ふもと)まで降りる事が出来る。突然知らない場所に立っていたという現象は不可解だが、町に降りられれば何とかなる。
 そう判断した朔耶は水音のする方向を目指して歩き出した。

 頭上を覆う枝葉(えだは)の間から差し込む陽光は、茜色(あかねいろ)から蒼暗(あおぐら)夕闇(ゆうやみ)の色に変わり始めていた。