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死神と彼女の30日と
作:田中太郎



――8月7日――


「判ってるとは思うけどドンキーとヨッシーは禁止な。よく訓練されたヨッシー使いとドンキー使いが戦場に1人いるだけで、うんざりする程場が冷めちまう」

「そうなのか? 私は2人以上で出来るゲームと言うのは楽以外とはあまりやった事がないから判らないのだが。
 ……まぁ良いさ。それならば私はいつも通りサムスを使うとしよう。COMのレベルは9で良いかな?」

「ただのレベル9じゃコンピューターが勝つ確率0になるからハンデもつけようぜ。俺と入間が4、コンピューター達が9位で妥当な所じゃねーか?」

「成る程……私は今までハンデキャップなんて言うのを使ったことも無かったから判らないのだが、この程度の差があると具体的にどれ位能力の差が出てくるのかな?」

「多分、普通のスマッシュじゃダメージ130程度は無いと飛ばないと思うぜ。サムスのマックス溜め撃ちなら80もあれば復帰不能なんじゃねーかな」

「了解した、それじゃぁ始めるとしよう。
 ステージはセオリー通りのハイラル城で良いかな? 私としては出来るだけ広いほうが良いのだけど、もしも異論があるのなら善処しない事もない」

「いや、俺もハイラル城が好きだからハイラル城にしようぜ。残機は10で、コンピューターのキャラは適当で良いだろ?」

「……OKだ。アイテムスイッチを弄くるなんていう愚行はする筈ないだろうし、それじゃぁ早速始めるとしよう」

「あぁ、じゃぁ取り合えず……」

『第1回、入間家大乱闘スマッシュブラザーズ最強トーナメントを始めたいと思います!!』


     ■


 事の成り行きは実に判り易い物で、昨日出口楽が持ってきた任天堂から発売された最新ゲーム機を何かに利用できない物かと眺めていると、入間がふと思いついた事が喉から出てきてしまったかのような気の抜けた声色でボソリとひと言呟いたのだった。

「……やはり、任天堂の対人ゲームと言えばスマブラが定番じゃないだろうか」

 そのひと言に、俺はまるで猫の様に目を丸く光らせて首を縦に振ったわけである。
 ――――スマブラ。正式名称を大乱闘スマッシュブラザーズと言う、任天堂が売り出したソフトの中ではポケモンの次位に世間に浸透しているシリーズ物のゲームである。
 今の時代は2007年の8月だという事は、つまり入間が言っているのはゲームキューブ版のスマブラの事を言っているのであろう。そう言えば某ゲーム機はゲームキューブのソフトも使えるらしいし、成る程確かにこれはおあつらえ向きと言わざるを得ない状況であろう。

「やろう、是非やろう!!
 へっへっへ、舐めるなよ入間。俺はその昔ネス使いの死神様、プリンク使いのしんちゃん、鎌を持たない死の神ガノンドルフと恐れられたしーさんだぜ! 入間みたいなまだ10数年しか生きていない若者、この老齢の死神の相手になると思ってか!!」

「いやしーさん、違うんだ。私達がやるのはスマブラDXじゃないんだ」

「……どういう事だ?」

 もしや俺が忘れてしまっているだけで、大乱闘スマッシュブラザーズ以外にもこの時代にはスマブラと略されるパーティーゲームがあったのだろうか。例えばマリオパーティーを捕まえて、いつも笑っている兄弟という意味でスマブラ、とか。
 両者の間に生じる見解の相違に首をひねていると、入間は俺にひと言声をかける事も無く居間へと向かっていった。ソコには小さめのテレビが1つあるだけで、小学校高学年の少年達に勝るとも劣らないゲームに対する情熱をたぎらせている俺の情熱を受け止めてくれる様なものはみあたらなかったのである。
 ふと、今まで存在感が殺されていた扉の前に入間が目を向けている事に気が付いた。ほこりが被っていて所々装飾の剥がれているあのドアは、場所や利用頻度の少なさから考えると恐らくは物置の類であろうか。
 そこからソフトを取り出すんだなと、今考えると恥ずかしくなる位のワクワクを隠しもしないでその扉を開こうとしている入間を眺めている俺とは対照的に、入間は実に冷ややかな様子で淡々とそこから両手で何とか持ち上げられてる程度の大きさの箱を取り出した。

「……ん?」

 ソフトを出すだけにしてはやけに大掛かりな箱を見て、いよいよ俺と入間の間に生じる認識の違いは確実な物だと確認させられた。先程までの童心に近い期待の火にはハイドロポンプを発射されてしまったらしく、炎どころかソレが灯っていた蝋燭ごと粉々に粉砕された気分である。
 冷め切った心を露にしながらも入間の持っている物に視線を向ける。そうして、俺は1瞬前に早合点してしまった自分に渾身の右ストレートを喰らわしてやりたくなった。
 入間はしてやったりという様な悪戯っぽい笑みを浮かべている。やられた、と眼を伏せながらも吊りあがる唇を止められない俺の前にいる彼女は、

「つまり、本当にスマブラをやろうという事なんだ。
 元祖スマッシュブラザーズ。ほら、このロクヨンなんて眼を潰されかねない位懐かしい」

 両手いっぱいに、被った埃による古臭さなんて物ともしない任天堂64の箱と2,3個のソフトを持っていた。
 砕かれた蝋燭の代わりに、今度は火炎放射器でも持ってこられたような気分だった。


     ■


「しかし、しーさんは本当に死神とかお化けらしくないな」

 入間が放ってきたホームランバットのスマッシュを緊急回避で避けると同時にスマッシュを放つ。硬球を金属バットの芯で捕らえた時のような小気味の良い金属音を鳴らすが、その軽快の音程の威力は期待できない。まぁそもそも言えばネスはハメ技と雷が魅力なのだから、そこまでの能力を求めるのは酷という物ではあるのだが。

「んー、今更どうした?」

 声に出してしまえばそれこそ入間の耳を潰しかねない程に燃えている心を隠すため、殺すような覚悟を持って自分の気持ちを抑え付ける。それと同時にサムスのマックスショットを吸収してダメージを回復するのであった。
 チッ、と舌打ちを1つ零して今度は投げ技を試みる。ソレをジャンプで避けて、同時にサンダーを自分に当てる事による最強レベルの体当たりを入間のサムスへとぶつける。蓄積ダメージは60程度。ステージに戻ろうという悪あがきすら出来ない程勢い良くサムスはステージ外へと吹っ飛ばされて、遂に此度の戦は終幕を迎えるたのであった。
 コチラの残機は3つ程。快勝と言うには些かインパクトの少ない勝利ではあったが、それでも数年振りにやったスマブラにしてはまずまずの成績である。

「こんなに対戦ゲームの強いのは、幽霊としてはあまり似つかわしくないと思うんだ」

 緊張がほぐれて、自分の喉の奥に溜め込んだ疲れを吐き出すように入間は溜息を1つ吐き出した。眼は疲労や悔しさといった色の感情は見て取れるのだが、不思議と意外や驚き等と言う感情は見当たらないのであった。
 おかしいなぁ。こんなにスマブラの強い死神、中々いないと思うんだけど。
 「大きなお世話だ」 と、いやらしい物でも見るかのような下品な笑いを浮かべながらそのひと言を切り伏せた。次の試合の為に残機制から時間性へと変えて、再びお互いのキャラクターを選びなおす。

「しーさんはルイージを使わないのか?」

「……よく判ったな。確かに俺が1番得意なのはルイージだけど、どうしてそんなマイナーキャラが持ちキャラだなんて判ったんだ?」

 そう言うと入間は別段慌てる風も無く、 「いや、しーさんはそういう奴かなと思っただけだ」 と言って話を終わらせてしまった。というかルイージが似合う奴ってどんな奴だ。それはつまり、その、他の誰かとキャラクターが被っているという事なんでしょうか?
 そんな素朴な疑問に脳みそをガンガン叩かれていると、俺の悶々とした心なんて省みてくれる事無く入間は試合を始めてしまう。入間はキャラクターの変更をする事無くコンピューターも変更をしなかったので、結果的にキャラクターを変更したのは俺だけとなってしまった。
 時間の流れは待ってくれる事はない。深くに沈んだ自分の自尊心なんてのは全て投げ打ってしまって、俺は目の前のゲームに集中するのだった。


     ■


 それから5時間程、俺達はいい加減小学生でもしないような時間ゲームに熱中するのだった。終わった後に今まで目を晒し続けてきた現実とけいと向き合った時、余りの驚きに首から下が木っ端微塵に炸裂したような錯覚を覚える程である。
 意外な事に勝率は5分5分で、残機戦の時は俺の勝利、時間性の時は入間の勝利と言った具合だった。因みに、途中で余りのコンピューターの勝率の低さから最終的にハンデを2まで下げたのだが、結局コンピューターが勝利を掴む事は無いのであった。
 途中ハンデ1のプリンでハンデ、レベル9のドンキーをタッグ戦でボコボコにしたりと、スマブラ直属世代の実力を見せ付けたとは言えども、この5時間の間1度も退屈をしなかったのは奇跡と言えるだろう。

「……しかし、結局入間はサムスしか使わなかったな」

「そうは言うけど、しーさんだってハンデ2にしてからはルイージしか使わなかったじゃないか」

「良いだろ。どうせさ、何処かの誰かとキャラクターの被っている俺には類似がお似合いなんだよ!!」

 ヨヨヨと涙を隠す動作をしてみるのだけど、入間の反応が今一よろしく無い。初めて因数分解に手を付け始めた中学生みたいに、こちらの言っている事が判らないというように目を丸くしている。

「すまない、しーさんの言っている事がよく判らないのだが、それはどういう事なのだろうか?」

 その表情に嘘や悪戯の様な暗い心情は見えてこず、静かな驚きだけで埋め尽くされている。どうやら入間が俺に言った言葉は本気で他意なんてものは無かったらしく、ただ何となく俺はルイージを使いそうだなぁ等と言う根拠の無い確証を胸に秘めて口にしただけらしい。
 そんな事は路地裏でひっそりとやっている手相占いのおばさんだって吃驚だという物だ。一体入間は何を考えてそんな事を言ったというのだろうか。

「……まぁお前に他意が無いのなら良いけどさ。
 ソレよりそろそろ飯なんじゃないのか? そろそろ準備しないと、遅くなると思うんだが」

 時間はそろそろ陽も沈みかねない6時過ぎ。食事の準備に1時間程度掛かるとして、今から作り始めたとしても出来上がるのは7時程度であろう。夜遅くの食事は太りやすいだろうから、入間としてはよろしくないんじゃないだろうか。

「あぁ、そろそろ食事の準備もしないとまずいな。ソレが終わったらもう8時ごろか。
 ……参ったな。あと20日しか無いって言うのに、こんなに無駄な事で1日を終わらせてしまった」

 はぁっと自己嫌悪の溜息を漏らしながらも、きっちりと食事を作り始めようとキッチンへと向かう入間をぼうっと見送りながら、俺は感じる筈の無い疲労に突き動かされて横になった。おもむろに天井についている染みを数えるなんていう愚行をしながら、今日1日を振り返ってみたりするのであった。
 入間の言うとおり、確かに無駄な1日だったかもしれない。1日中2人でゲームをしていただなんて最近では小学生でもしない自堕落な1日だったが、それでもガス抜きとか息抜きとか言うものは必要な訳でして、イベント続きの毎日じゃ体が持たないと思うのである。
 肩入れをするだなんて今までの自分らしくないな、なんていう言葉を思い浮かべて自重気味に笑い出してみる。思えば昨日から自分らしくない行動が過ぎている。そうもっと具体的に言えば、あの飛び降りの夢の後から――――

「――いや、それは別に良いとしてだ」

 とにかく、俺は今日がいらない1日だったなんて思いはしないのである。俺は有益無益より、何を置いても自分が楽しいと言うのが第1条件としてくるのだから。
 目を瞑って今日1日を思い返す。思い出す事といえば2人で座りながらゲームをしていたという事以外にないけれど、それが本来の平凡な1日なのである。無くした時間を悔いても先は無いのだから、手放した時間の代わりに手元に飛んできた物の大事さを誇る事にしよう。
 そうして、何もない1日は終わっていく。当然の如く食後に何か面白い事がある訳ではなく、ロクヨンを片付けるのが面倒だなんていうダメ人間思考のせいで再びスマブラを始めてしまったのは、また別の話である。







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