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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

短篇集

赤い髪飾りの女

作者:
よく分からない話を書いてみたかった。
泉鏡花の『凱旋祭』という短篇をイメージしてます。多分全然違うけど(何)
 その日少年は、母親に手を引かれ、足場の悪い砂利道を歩いていた。
 ご先祖様に逢いに行くのだとかどうたらと言われ、理解力に乏しい幼子の頭の作りさえも考慮されず、ともかく着いて来いとばかりに連れてこられた。
 生温い風に、じっとりと汗がにじむ。気持ちが悪く泣きそうになるが、先を行く母親の様子を伺いながらひたすら辛抱に徹することにした。
 ふ、と鼻を掠めた線香の香り。
 少年が振り返ったまさにその時、一人の女が彼らの横を追い抜くようにして通り過ぎていくのが見えた。

 眩しいほどに真白の着物。印象に残りづらく、よく見ないと分からないくらいの薄化粧が施された(かんばせ)
 伏せられた睫毛の間から見え隠れする、憂いを帯びた硝子玉の瞳。胸元に抱かれた、色とりどりの花。
 そして。
 結われた黒髪にぽつりと映える――全体的に淡泊な印象の彼女にはおおよそ似つかわしくないほどに、鮮烈(ヴィヴィッド)な、赤。

 目的地に着いたらしく、少年の手を離した母親が、墓の――おそらく先祖とやらが眠る場所だろう――前にひざまずいた。動き通り従順にちらつく影さえも、ざ、と砂利の鳴る音さえも煩わしい。
 お前も倣えと咎める声に耳を貸さず、少年は立ち尽くしたまま、遠くに映る光景をじっと見ていた。
 誰かの墓の前に座り込み、うつむいたまま肩を震わせ続けている女。垂れた黒髪を束ねる赤い髪飾りが、自然と目に飛び込んでくる。
 供えられている花はまだ真新しいようだが、早くも傍らに替えと思しき花が包まれて置かれている。女はもしかしたらこの場に、毎日訪れているのかもしれない。
 ――それほどまでに大切な人なのか。
 少年にはまだ、強く想う人間を喪った経験がなかった。けれど遠目に見る女の小さな姿から、その悲哀はひしひしと伝わってくる。

 やがて女はふらりと立ち上がり、危なげな足取りで歩きだした。自然と目で追う。隣では母親が墓の掃除をしているようだが、少年にとっては些末なことであった。
 礼節に即して自分のことなどもう映っていない様子の、母親の目を盗むように、自然と足が動いていた。ちらつく白い姿を追いかける。
 ――否。女の方こそ、もはや何も目に映っていないようだった。着いてくる少年に気付くことなく、ただひたすらに歩を進めていく。
 元来た足場の悪い砂利道を、転びそうで転ばない絶妙な姿勢で抜け、やがて墓場を出た女は、歩を緩めることなく公道へと飛び出した。

 ――きぃっ、

 計算され尽くしたのではないかと疑うほどに、それは絶好のタイミングで。
 勢いをつけて走ってきたトラックの大きな車体に、女の身体はいとも容易く撥ね飛ばされた。
 目を見開き固まりかけた少年は、それでも何かに突き動かされるように、空を舞うしなやかな肢体を追う。
 『それ』は遥か離れた場所へ、骨がぶつかり折れるような鈍く硬い音を立てて落下した。

 眩しいほどに真白の着物。印象に残りづらく、よく見ないと分からないくらいの薄化粧が施された顔。
 閉じられた瞳。口元に浮かぶ、うっすらとした笑み。
 無残に砕かれた、髪飾り。
 アスファルトに投げ出された、日焼けを知らない華奢な手。乱れた布から覗く、曲がり得ない方向に曲がった足。
 そして、くたりと横たわって動かない彼女を包み込むように飛び散る、鮮烈な――……。

 ――大人になった今でも、ふとした拍子にこの時のことを思い出す。
 あの後、我が子の姿が見えないことに気付いたのか、慌てて追いかけてきた母親に後ろから抱きすくめられ、それでもなお、目の前の光景から目を離すことができなかった……そんなことまで鮮明に覚えている。
 今ではそれなりに人生経験を積み、大切だと思う人もできた。
 けれどもまだ、あの時の女の気持ちに寄り添えはしない。
 どれだけ時が経とうとも、きっとずっと、彼女は遠い場所にいるままで。
 近づくことさえ許されもせず、ただあの日のように自分は何もできぬまま、眺めて佇むだけなのだ。

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