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ディラックの海から来た勇者

作者:川越敏司
「地球の守り人」というタイトルで、第53回講談社児童文学賞に応募、落選。

障害を持つ兄弟姉妹がいる子供たちが主人公のSF冒険小説です。重たいお話ではなく、恋あり、アクションありの楽しい小説です。

     一

「まただ!」
 いつものようにサッカーボールをかかえたぼくが公園にやってくると、子どもも大人もみんな、誰かを取り囲んでガヤガヤと何かささやきあっている。
 いやな予感がしたぼくが来た道を引き返そうと思っていたら、幼馴染で小学校でも同じクラスのマサトがぼくの姿を見つけて声をかけてきた。
「おおい、ヒロシ。こっちにきておまえも見てみろよ」
「いや、ぼくはいい」
「そう言うなよ、今度のはすごい傑作だぞ」
 マサトはぼくを無理やりひっぱり、人ごみをかきわけて、問題の場所へとぼくをみちびいた。
「フトシ……!」
 やっぱり予想どおりだった。ぼくの兄のフトシが公園の真ん中にある広場に腰を下ろして、アスファルトの地面いっぱいにチョークで何かを描いているのだ。
「あれってさ、ほら、前にテレビで見ただろ? ナスカの地上絵みたいじゃん?」
 そうマサトはぼくに同意をもとめてくる。
「えっ!」
 バスケットボールができるほど広いこの場所いっぱいにフトシが描いている模様は、地上から見る限りでは、いったいどんな模様なのかはっきりしない。ぼくはマサトにうながされるまま、そばにあったすべり台の上に登って上からながめてみた。
 たしかに言われてみればナスカの地上絵に見えないこともない。鳥だか恐竜だか、よくわからないような模様が描かれている。
 それにしても、自分の身長の何倍もあるこんな模様をいったいどうやったら描けるのだろう? あまりにも驚いたぼくは、フトシの描いた絵についつい感心してしまった。
 だめだ、だめだ! こんなの認めないぞ!
 ぼくはすべり台をおりると、さっきから興味深そうな目で取り囲んでいる人々の合間をぬって、フトシのいるところまで進んでいった。
「おい、フトシ! もうおしまいにしろ! 家に帰るぞ」
 そう言って、ぼくはフトシの腕をひっぱって立たせようとしたけど、フトシは必死に抵抗した。
「さあ、帰るぞ!」
 地面に座り込んだフトシの体重は重く、ぼくがいくらひっぱっても起き上がらせることはできなかった。ぼくは言うことを聞かないフトシにいらだって、ついその頭をはたいてしまった。
 とたんにフトシは大声で泣き叫びながら、駄々っ子のように地面の上にあおむけに寝っ転がり、手足をバタバタとさせた。
「ば、ばかっ! こんなところでそんな恥ずかしいマネすんなよ!」
 さすがに周囲の視線が痛く感じられたぼくは、フトシの両手をつかんで、そのまま地面を引きずるようにして運び出した。
 背中にじっとりといやな汗をかいて、ようやくみんなから離れた場所に移動すると、母さんがぼくたちを見つけて声をかけてきた。
「ヒロシ、ありがとね。フトシがおとなしくお絵描きしていたから、母さん、ちょっとそこで買い物していたのよ」
 ぼくはそんな母さんに腹を立てて言った。
「なんでフトシから目をはなしたんだよ! おかげでこっちは大恥かいたんだぞ! 母親なんだから、ちゃんとフトシの面倒みてろよ!」
 そう言うなり、ぼくはフトシから手を離してほおりだし、まだ泣き叫んでいるフトシと母さんをその場に残して、早足で家までの道のりを歩きだした。

 ぼくの兄、フトシは障害者だ。自閉症という発達障害なのだそうだ。フトシはぼくより二歳年上だけど、お医者さんの話では知能は二歳児くらいにしか発達していないそうだ。だから、ひらがなやカタカナもろくに読めない。
 だいたい、言葉もちゃんとしゃべれないんだ。いつも、アィーとかイイイィとか、わけのわからない言葉ばかりしか口にしないし、こっちが言っていることも全然わからないみたいなんだ。フトシはきっと空から落っこちてきた宇宙人なんだとぼくは思うようになっていた。
 母さんは、自分の身の回りのことをきちんとできないフトシのことばかり世話をして、ぼくのことなんか全然かまってはくれない。
 おまけにフトシときたら、偏食がひどくて毎日同じものしか食べないのに、身長も体重もぼくより大きいんだ。こんなの不公平だ! だから、ぼくはフトシが大嫌いだ。


     二

 フトシは家でも絵ばかり描いていた。画用紙やお絵かき帳、新聞広告の裏面はおろか、家じゅうの壁にクレヨンやマジックで落書きをしていた。
 母さんたちは、しばらくの間はフトシが壁に絵を描くたびにそれを消していたが、のれんに腕押しというか、焼け石に水というか、フトシの落書きのスピードにとても追い付けなくなって、最近はあきらめてしまったようだ。
「何だかシュールな壁画みたいじゃない?」なんて母さんは言うけど、ぼくは自分の部屋にこんな落書きはしてほしくない。だから、ぼくは絶対にフトシを自分の部屋には入れさせないんだ。
 それでも、ときどきフトシが絵を描く場所を求めてぼくの部屋をのぞくことがある。そんなときは、ぼくはフトシの顔にサッカーボールをぶつけて追い返すんだ。ザマミロ!
 以前に、宿題のプリントに落書きされたこともある。クレヨンで力いっぱいに書いてあるから、消しゴムでも消えないし、そのうちあちこちが破れてきて、仕方なくそのまま先生に出したら怒られた。ぼくのせいじゃないのに! 
 そんな日は、ぼくはフトシのために用意されているおやつまで食べてしまうんだ。おやつがないと暴れるフトシを見て、ザマミロって思う。全部おまえが悪いんだからな!
 フトシはぼくの学校とはちがうところへ通っている。特別支援学校というところだ。うちの親たちは養護学校って呼んでいる。どっちだっていいことだ。
 おかげで、ぼくは学校の友だちにフトシのことを知られずにすんでホッとしている。もしぼくにフトシみたいな兄弟がいると友だちに知られたら、ぼくまであんなマヌケじゃないかと思われてバカにされてしまうにちがいない。
 ただ、当然だけど、近所に住んでいる子たちはぼくとフトシが兄弟であることを知っている。マサトはそんなひとりだった。
 あと、ぼくとフトシとの関係を知っているのは、「きょうだいの会」の子どもたちだ。その会には、兄弟姉妹に障害者がいる子どもたちが参加している。その会では、みんなで一緒にゲームやスポーツをしたり、バーベキューをやったりするんだ。
 「きょうだいの会」に参加している子の兄弟姉妹には、フトシみたいな自閉症の子もいるし、目が見えない子や耳が聞こえない子、小児まひの子など、その障害の種類は様々だ。
 「きょうだいの会」では、みんなで楽しく遊んだ後、お互いに兄弟姉妹の悪口を言い合うときが一番心の休まるときだ。家では、フトシの悪口を言おうものなら父さんからきつく叱られる。
「誰もなりたくて障害者に生まれてくるんじゃない。おまえだって、けがや病気になれば人に看病してもらうし、歳をとって寝たきりになれば誰かの世話になるんだ。みんな同じだ。それに、フトシはおまえのお兄ちゃんなんだぞ。もっと大切にしなさい」
 だから、ぼくは家では言いたいことも言えずに我慢している。
でも、「きょうだいの会」のみんなの前ではそんな気兼ねをしなくてもいい。思い切り兄弟姉妹や親たちへの不満を言いあえるんだ。だから、月に一度のこの会への参加は、ぼくにはとても楽しみなんだ。
でも、ぼくがこの会に参加する理由はそれだけではなかった。

「このあいだは大変だったみたいね」
 みんなで一緒にアイスクリームを食べていると、ぼくのとなりに座ったユカさんが言った。
「えっ、このあいだのことって?」
 一瞬、なんのことかわからずに、ぼくはユカさんにたずね返した。
「ほら、フトシくんが公園の広場に描いた落書きのことよ」
「ああ、そうだね……」
 いやなことを思い出してしまった。あの事件のおかげで、たぶんこれまで以上にフトシとぼくとの関係が多くの人に知られてしまったのだ。
「やっぱり自閉症の子って大変よね、言葉が通じないから」
 ユカさんには目が見えないお兄さんがいる。でも、ユカさんは、この会でお兄さんの悪口を言うことはない。むしろ、小さい子の面倒を見たり、みんなの話の聞き役になって慰めたりしてくれている。
ユカさんはぼくより一歳年上で、この会に参加しているぼくたち仲良しグループの間では一番上のお姉さんだ。来年には中学生になるはずだった。
 ポニーテールを紺色の大きなリボンで結んでいるユカさんは、みんなと一緒に走り回ることの多いこの会では、白いパーカーにジーンズのズボンをはいていた。
 会も終わりに近づいて、ユカさんとお別れする時が来るのが、ぼくにとってはいつも一番つらい瞬間だった。なぜなら、ユカさんはとなり町の小学校に通っていて、こうして会って話ができるのは、「きょうだいの会」が開かれる月に一度だけのことだったからだ。
 もちろん、名簿にはユカさんの家の電話番号が記されている。でも、うちの電話はリビングにあって、電話でもしようものなら母さんたちにその会話を聞かれてしまう。そんなの絶対にいやだ!
携帯電話がほしいって言っても、母さんも父さんも、いったい何に使うんだと言って全然とりあってくれなかった。音楽をダウンロードするんだと嘘をついたら、そんな無駄遣いは許されないって余計に怒られた。
 だから、ぼくはまだ一度も大好きなユカさんに電話できずにいた。


     三

「おおい、ヒロシ。おまえに電話だぞ」
 父さんがリビングから二階にいるぼくに声をかけた。
 学校から帰宅後、部屋にこもっていたぼくは、あわててやりかけのゲームをセーブして、ドタドタと階段を駆け降りた。
 誰だろう? マサトが今日の宿題の箇所を教えてくれと電話してきたのだろうか?
「もしもし?」
 受話器をとって耳に当てると、たちまちそこから熱湯がふき出したみたいにぼくの顔は真っ赤になった。
「もしもし、本条ユカです。『きょうだいの会』でいつも一緒の」
 そ、そんなこと言わなくても、ちゃんと声でわかるよ、ユカさん!
 でも、いったいユカさんがぼくに何の用だろう? もしかして、デートの誘いとかだったりして? そ、そんな、急に告白されても、ぼくはまだ心の準備ができていないし。ああ、どうしよう。
 ぼくはひとりで舞い上がって、電話機の前でソワソワしていた。そんなぼくを不思議そうに見つめる両親の視線が鏡越しに見えて、ぼくは余計に赤くなった。
「ねえ、ヒロシくん。わたしの話、聞いてる?」
あわてて我に返ったぼくに、ユカさんがちょっと大きな声で話しかけた。
「あ、いや、その。ごめん、いま足元に犬がじゃれついてきたんで、集中して聞いてなかったんだ」
 ぼくは苦しまぎれの言い訳をした。
「ヒロシくんの家って、犬を飼ってたっけ?」
 ドキッ! 
「あ、いや。おばさんたちが旅行するからって、一時的に預かったんだ」
「そう」
 ああ、ドキドキした! 
「あのね、それで話の続きなんだけど。三日前にね、ほら、『きょうだいの会』でいつも一緒のカナちゃんからわたしのところに電話があってね。あっちの学校で飼っているウサギとかニワトリが消えてしまったんですって。それでね、一昨日になって動物たちは飼育小屋の中で見つかったんだけど、みんな死んでしまっていたそうなの。しかもね、引き取りに来た保健所の人の話だと、みんな全身から血が抜き取られていたっていうのよ!」
「それって、イタチか何かに襲われたってことじゃないの?」
 そうぼくはたずねてみた。
「それがね、飼育小屋にはちゃんと外から鍵がかかっていたそうなの。鍵は用務員のおじさんがきちんと管理しているから、誰も飼育小屋に入れないはずだったのよ」
「ふ~ん、不思議な話だね。密室からの消失に殺人だなんて、まるで推理小説みたいだ」
 シャーロック・ホームズや名探偵コナンなどが大好きなぼくは、だんだんとユカさんが話してくれる事件に興奮してきた。
「でもね、話はこれで終わりじゃないの。あたしも飼育係をしてるんだけどね、うちの学校の動物たちも一昨日いなくなったのよ。そして、昨日飼育小屋で死んでいるのが見つかったの」
「それで、やっぱり全身の血が抜き取られていたの?」
「そうなの」
「しかも、鍵は外からちゃんとかけられていた?」
「その通りなの」
 連続動物誘拐殺人事件ってわけだ!
「それでね、次に狙われるのは……」
「ぼくの学校かもしれないと?」
「ええ、そうかもしれない。近隣の小学校で飼育小屋があるのは、あとはヒロシくんの学校だけだから」
 ぼくたちはそのまましばらく沈黙していた。
最初にその沈黙を破ったのはユカさんのほうだった。
「あたし、これ以上動物たちがむやみに殺されるのを見たくないの」
「今夜あたり、動きがありそうだね」
 ぼくはすっかり名探偵気どりだった。
「ねえ、ヒロシくん」
 ぼくにはユカさんの考えていることがわかった。ぼくも同じ思いだった。ぼくは親に聞かれないように小声でささやいた。
「今夜、ぼくは学校に忍び込んで飼育小屋を見張るよ。そして、犯人を現行犯で取り押さえてみせる!」
「わたしも一緒に行っていい?」
 ぼくの心臓がドキンと大きな音を立てて飛び出しそうになった。今晩、一晩中ユカさんと二人きりになれるなんて! ぼくは天にも昇る気持ちになった。
「も、もちろんだよ! 大歓迎さ。でも、怖い目に会うかもしれないから用心するんだよ」
「ええ、わかってるわ。それにわたし、ヒロシくんよりもお姉さんなのよ」
 ユカさんの言葉は、怒っているというよりは、むしろ甘えているようにぼくには思えた。
いずれにせよ、ユカさんはぼくのことを頼って電話してきてくれたんだ。それだけでもぼくはうれしかった。
 ぼくたちは待ち合わせの時間を決めて、今夜ぼくの学校で落ち合うことにした。


    四

 夜の十一時。
 ぼくは早くユカさんに会いたくて、約束の時間よりも早く学校に来ていた。
すっかり灯りの消えた学校はどこか不気味な雰囲気だった。遠くで犬がほえる声が聞こえる。ぼくの身体は小刻みに震えはじめた
 不安な気持ちになったぼくは、ユカさんを待っている間、もってきたサッカーボールを蹴り上げて怖さをまぎらわせていた。
 風に吹かれて飛ばされたのか、ふいに近くで空き缶の転がる音がした。驚きのあまり、ぼくはビクッとして飛び上がった。心臓がバクバクと激しく鼓動している。
「ヒロシく~ん」
 ちょうどそのとき、ユカさんがぼくに呼びかける声がしたので、ぼくはあわてて深呼吸して心を落ち着かせた。
 見ると、ユカさんはピンク色のパーカーに、ジーンズのミニスカート姿。いつもと違って髪はしばらないで全部下ろしている。お風呂上がりのシャンプーの甘い香りが風に乗って運ばれてきて、ぼくの鼻をくすぐった。
 ユカさんは、「きょうだいの会」で会う時はどちらかというとスポーティな感じだったが、いま目の前にいるユカさんはとっても女の子っぽくてかわいらしく、ぼくの心はさっきとは違う意味でドキドキしてきた。
 街灯が一つしかないこの暗闇で、赤くなった顔を見られずにすんで本当によかったとぼくは思った。
「今日はよろしくね、名探偵さん」
 あれ? そう声をかけてきたのはカナ? こいつ、ユカさんの後ろに隠れていたのか!
「これで犯人をしばりあげてやろうね!」
 カナはもってきたなわとびのヒモを見せた。
カナはぼくよりも一つ年下だ。カナのお兄さんは小児まひで、ずっと寝たきりの生活をしている。カナの家もうちと同じで、両親は障害を持ったお兄さんの世話にかかりきりで、カナはいつもさみしい思いをさせられているんだ。
 だからカナは、「きょうだいの会」では境遇が一番近いぼくにいつも色々と愚痴をぶちまけに来るのだけど、愚痴を言いたいのはこっちの方だということに全然気づいていない。それにぼくはユカさんともっとお話がしたいのに、いつもカナが間に割って入ってくるので迷惑していた。
 しかも、今日はユカさんと二人きりの初デートのはずだったのに、なんでカナまでついてくるんだよ! ぼくはつい意地悪になって言った。
「おい、カナ。子どもは家に帰って寝る時間だぞ」
「ヒロシ、それはあんただって一緒でしょ?」
 く、くそっ! ほんと、生意気なやつだ。
「ねえ、ヒロシくん。カナちゃんも飼育係として、動物たちを死なせた犯人のことが許せないのよ。ね、一緒にいさせてあげて」
 そう言って、ユカさんが上目遣いでぼくにお願いした。そのしぐさがとってもかわいくて、ぼくの胸がキューンとなった。
「ユ、ユカさんがそう言うなら、仕方ないな」
 ぼくはようやくのことでそう言うと、カナが威勢よく声を上げた。
「それじゃあ、犯人逮捕にレッツゴー!」

 ぼくたちは、飼育小屋の様子がうかがえるように、校舎の影に隠れた。いまのところ、動物たちはみんな無事だった。
「なあ、カナ。おまえの学校の飼育小屋だけどさ、どこか周りに穴を掘った跡とかはなかったのか?」
 ぼくは飼育小屋への監視の目をゆるめることなく、疑問に思っていたことをカナにたずねてみた。
「イタチかなにかが穴を掘って侵入したんじゃないかって疑ってるの? 先生やあたしたちもそう考えて調べてみたけど、どこにもそんな穴はなかったよ」
 ユカさんの答えも同様だった。
「ええ、うちの学校でも周りに穴がないか調べてみたんだけど、そんな形跡はなかったの」
 入口には鍵がかかっているし、下から侵入したのでもないとするなら、後は上から侵入したとしか考えられないが、どうやったら飼育小屋の屋根をひきはがすことができるのか、その方法は全然わからなかった。
 クレーン車やショベルカーで屋根を引っ張り上げることも考えられたが、そんなことをすれば、屋根が壊れてしまうだろう。もちろん、屋根は壊されていなかったのだ。
 ぼくたちがそんなことを思案していると、ヒューヒューと何か耳障りな音が聞こえてきた。その音は、ぼくたちの頭上から聞こえてくるようだった。
 見上げると、闇に包まれてハッキリとしないが、頭上に何か大きな物体が存在するような気配がした。あれって、まさかUFO?
 ぼくたちがあっけにとられてじっと見ていると、UFOの中央部から細い光が漏れだした。その光はだんだんと太くなっていき、やがて飼育小屋全体を包み込んだ。あまりのまぶしさにぼくたちは目を細め、顔の前に手をかざしながら、これから何が起こるのかを見とどけようとした。
 すると、なんと光に包まれた飼育小屋全体が何かに引き寄せられるように宙に浮かび上がったのだ!
それから、飼育小屋の中でまるで眠っているかのようにおとなしくしていた動物たちが、UFOの中央に開いた穴に吸い込まれていった。その後、飼育小屋だけがもとの場所に戻された。
 動物たちの血が抜き取られていたのは、宇宙人のしわざだったのか? たしか、キャトルなんとかって、このあいだ見たテレビで言ってたっけ。
 ぼくは思わず校舎の影から飛び出していた。カナもユカさんも、ぼくの上着のすそをつかみながらぼくの後についてきていた。ぼくたちが下からUFOを見上げていると、今度はあの光がぼくたちの上に注がれた。
 しまった! そう思った時にはすでに遅かった。
 ぼくたち三人は、ふわっと宙に浮いたかと思うと、グーンと一直線にUFOの中央に開いた穴へと吸い込まれてしまったのだ。


    五

 ぼくたちはどれくらいの間眠っていたのだろう? 
 目が覚めると、ぼくのそばでカナとユカさんが眠っているのが見えた。部屋には小さな灯りがいくつか点いているだけで、薄暗い感じだ。
「カナ、ユカさん。起きて!」
 ぼくは二人の肩をゆすぶった。
「ここは、どこ?」
 寝ぼけまなこでカナがぼくにたずねる。
「ぼくにわかるわけないだろ? たぶん、あのUFOの中だよ」
「みんな、どこも怪我してない?」
 心配そうな顔でユカさんがぼくとカナにたずねた。
「大丈夫!」
 期せずしてぼくとカナが同時に同じ言葉で返事をした。
 カナは浮かれて「あたしたちって相性バッチリだね!」なんて言ったけど、ぼくは全然うれしくなかった。
 ユカさんが立ち上がってドアに手をかけた。
「開かないわ」
「じゃあ、ぼくが試してみるよ」
 こんなときこそ、ぼくがサッカーで鍛えているところを見せつけなくっちゃな。そう思って、力いっぱい押したり引いたりしてみたが、ドアはピクリとも動かなかった。
「完全に閉じ込められちゃったね」
 それほど焦っている様子でもなくカナが言った。
 ぼくたちはこれからどうしたらいいだろう? 床に座り込んだぼくたち三人は、しばらくの間、互いに沈黙したままじっとしていた。
 そうして座っていると、反対側のドアが開くのが見えた。ドアは透明だったので、薄暗い中でも向こう側の様子が見えるのだ。ぼくたちはもっとよく見ようと思って、腰を上げてドアに近付いた。
 向こうのドアから入って来たのは、鳥のような恐竜のような、そのどっちともとれるような格好をした二人の宇宙人だった。
 それは、まるでフトシが公園で書いていたあのナスカの地上絵がみたいなのがそのまま立体になったかのようだった。まさかフトシがあの絵でみんなに警告を発していたってことはないよな? 
 ぼくがそんなことを考えていると、カナが無邪気にたずねた。
「あいつら、宇宙人かな?」
「まあな。UFOに乗ってやってくるんだから、宇宙人だろう、ふつう」
 ぼくは、そんなこともわかんないのかって感じで素っ気なく答えた。
 その宇宙人たちが部屋の中央までくると、床の真ん中が開いて、大きなテーブルがせり上がってきた。 そのテーブルの上には、ぼくたちの学校の飼育小屋にいた動物たちが載せられていた。
 宇宙人たちが互いに何かを話しあっている声が聞こえたが、ぼくたちの知らない星の言葉だったので、あいつらが何を言っているのかは全然理解できなかった。
 仕方なくその様子を見守っているしかなかったぼくたちの目の前で、宇宙人たちはテーブルの端から何かチューブのようなものを取り出して、動物たちのからだに差し込んだ。すると、その管を通して動物たちから赤い血が吸い出されていくのが見えた。
 その作業が終わると、今度はテーブルの端から赤い液体がつまった試験管のようなものを取り出し、反対の壁にある何かの機械に差し込んだ。宇宙人がスイッチを入れると、機械がチカチカと目まぐるしい点滅を開始して、試験管の中の液体がかき混ぜられた。
 その機械の画面に映し出された、見たこともないおかしな格好の文字を見て、宇宙人たちはまた互いに何かを議論しているようだったが、やがて先ほどのテーブルに戻ってくると、いくつかのボタンを押した。すると、テーブルの上に載っていた動物たちが再びテーブルの下にしまいこまれた。それを見届けると、宇宙人たちは部屋を出て行った。

「何かの動物実験でもしているのかしら?」
 はじめに口を開いたのはユカさんだった。
「動物たちから血を取って何かの検査をしているようだったわね」
「あの動物たちは、このあと地上に返されるんだろうけど、あたしたちはどうなるのかな?」
 今度はカナが、みんなが不安になるようなことを平気で口にした。
「そんなの、ぼくにわかるわけないだろ!」
「もう、ヒロシったら、さっきからそればっかりじゃない! ここからどうやって脱出するのか、ちょっとは考えてみたらどうなの?」
 ぼくはカナのその言い方についムカッとして言い返した。
「ぼくだって、ここからどうやって出ればいいか、必死に考えているさ!」
 そうこうしているうちに、あの宇宙人たちが再びもどってきた。今度はまっすぐぼくたちの方に向かってきた。
 いったいこれから何がはじまるんだろう? 
 ぼくたち三人が不安にかられながら身を寄せあっていると、宇宙人たちがぼくたちのいる部屋のドアを開けた。
 顔の横についた赤くて丸い目で宇宙人がぼくたち三人をジロジロと見回すと、一人がもう一人の宇宙人に合図をした。すると、そいつはつかつかとぼくたちに近寄ってきて、カナの手をグイとつかんだ。
「キャー! やめて、離してよ!」
 カナは必死に叫んで暴れたが、宇宙人はかまわずカナひとりだけを部屋の外に連れ出した。
「ヒロシ! お願い、助けてよ!」
 ぼくは怖くて怖くてたまらなかった。身体中がブルブル震えて、ひざがガクガクと音を立てていた。あまりの恐怖に気絶しそうだったので、ぼくは爪が皮膚に食い込むくらい両手のこぶしを力いっぱい握りしめ、グッと歯を食いしばってその場でふんばっていた。
 ユカさんも、震えるその両腕でぼくの左腕をつかんでギューっと抱きしめている。
 どうしよう。このままではカナは宇宙人に連れていかれて人体実験の材料にされてしまう。
 あのときサッカーボールを手放さなければよかった。あれがあれば、ぼくの稲妻シュートであいつらをやっつけられたかもしれないのに。だけど、いまは何の武器もないから、ぼくひとりで二人の宇宙人を相手に戦ってもとうてい勝ち目はないし、そんなことをすれば、むざむざと殺されるのが落ちだ。
 ぼくはまだユカさんに自分の気持ちさえ伝えていないんだぞ! こんなところで死ぬのは絶対いやだ!
でも、このまま友だちを見捨ててもいいのか? そんなことをすれば、ユカさんに一生軽蔑されてしまうかもしれないぞ。
 ぼくがそんな風に迷っていると、宇宙人がカナをつれて向こうのドアから出て行こうとするところだった。恐怖に怯えたカナが、涙を流してこっちを見ているのが見えた。
 もうだめだ!
「ちくしょう!」
 ぼくは勢いよく飛び出して、カナを連れて行こうとしている宇宙人に思い切り体当たりした。ふいをつかれた宇宙人は、そのままドアの向こうにぶっ倒れた。その拍子にカナが宇宙人の腕から放り出された。
「カナ、ユカさん! 早くここから逃げて!」
 ぼくはカナのそばに駆け寄り、その手を引いて起き上がらせると、出口のドアに向かって押し出した。
「い、いやよ。ヒロシも一緒じゃなきゃ、あたし絶対いや!」
「ばかやろう! なに言ってるんだ、カナ! このままじゃ、みんな殺されちゃうだろ」
 そうこうしているうちに、倒れた宇宙人が起き上がった。また、もう一人の宇宙人も手に何か光線銃のようなものを手にしてぼくたちに近付いてきた。
 ちくしょう! 
 ドアの前で再び身を寄せ合ったぼくたち三人は、絶体絶命のピンチに追い込まれた。


     六

 そのときだ。
 宇宙人たちが入って来たドアの向こう側から黒い影が飛び出し、ふっとぼくたちの前を横切ったかと思うと、そいつが目の前の宇宙人に殴りかかったのだ!
 宇宙人は部屋の向こう側まで吹っ飛ばされて壁に叩きつけられ、壁にある機械が派手な火花を上げた。宇宙人はまるで感電したかのようにしばらくブルブルと全身を震わせていたが、やがて前のめりに床につっぷして、そのまま動かなくなった。
 もう一人の宇宙人があわてて自分の銃を引き抜いた。オレンジ色のまばゆい光が光線銃から発せられたが、先ほど宇宙人をやっつけたその男は、スイスイと身軽にそれをよけた。
 宇宙人はムキになってめくら滅法に光線銃をぶっ放した。流れ弾に当たってはかなわない。そう思ったぼくたちは、あわてて先ほどまでぼくらが閉じ込められていたドアの向こう側に身を隠した。そっとドア越しに眺めていると、さっきの男が宇宙人にとどめの一撃を食らわせるところだった。
 さっきと同じように男が鋭いパンチを繰り出すと、宇宙人は部屋の向こう側まで吹っ飛ばされて、今度はその体がそこの壁にめり込んだ。しばらくして、自分自身の重みで壁からはがれた宇宙人が、前のめりに床に倒れ込んだ。どちらの宇宙人も、もはやピクリとも動かなくなった。

「怪我はなかったかい?」
 そう言って振り返った男の顔を見たぼくらはビックリした。
「お兄ちゃん!」
 最初に声を上げたのはカナだった。
 そう、その男とは、カナのお兄さんのテツさんだった。テツさんは、いつもベッドに寝たきりで、顔の表情以外は自分では何も動かすことのできない小児まひという障害だったはずだ。
「どうして、そんなに自由に動けるの、お兄ちゃん?」
 テツさんはカナの肩に手を置いて言った。
「カナ、説明は後だ。いまはここから脱出することのほうが先決だ。ほら、仲間が来た」
 テツさんの見た方向に目をやると、出口のドアに二人の男たちが立っているのが見えた。
「兄さん!」
「フトシ!」
 ユカさんとぼくは二人同時に叫んでいた。そこに立っていたのは、ユカさんのお兄さんのカズマさんとフトシだった。
「さあ、われわれについてきて」
 カズマさんがそう言った。ぼくたちは何が何だかわからず混乱した頭で、ただうながされるままにその部屋を出た。
 廊下は真っ暗闇で一メートル先も見通すことはできなかった。
「あの宇宙人たちは夜行性だから、宇宙船の中では特に灯りは必要ないんだ。でも、大丈夫。この手をしっかり握ってついてくるんだよ、ユカ」
 カズマさんがそう言うと、ユカさんの手を引いて先頭に立った。そしてユカさんがぼくの手を引き、ぼくがカナの手を引く格好になった。あとの二人はその後を、周りを警戒しながらついてきた・
「カズマの目はこんな暗がりだってハッキリと見通すことができるんだ」
 そう説明してくれたのはテツさんだった。
 ぼくたちは真っ暗な闇の中をカズマさんに手を引かれながらひたすら歩いた。
 ときどき別の宇宙人と出くわして冷や冷やすることがあったが、そのたびにテツさんが目にもとまらぬ早業で次々とあいつらをコテンパンに打ち負かしていった。

「みんなおつかれさま。ここが終点だよ」
 そこはUFOの格納庫のようだった。そこには、ぼくたちが学校の上空で見たようなUFOが何台も並んでいた。
「よし、ここからはぼくの出番だな!」
 すると、今度はフトシが声を上げた。フトシは一番手前にあったUFOに乗り込んでいった。
「さあ、われわれも行こう」
 カズマさんにそううながされ、ぼくたちはぞろぞろとUFOに乗り込んでいった。
 UFOの奥まで進むと、様々な計器がチカチカと点滅している部屋に到達した。おそらく、そこがコックピットのようだ。フトシはすでに操縦席に腰をかけて、計器を色々といじっているようだった。
「おい、フトシ。おまえ、UFOの操縦なんかできるのかよ?」
 ぼくはいつのまにか、フトシがふつうに話せることを意識せずに会話している自分に気づいた。
「がってん! まかせてちょうだいよ」
 そう言って、フトシは右手でガッツポーズをした。
 だが、操縦席の画面には、あの見たこともないおかしな格好の文字が並んでいて、はたしてフトシは宇宙人の言葉を理解できるのだろうかとぼくは心配になった。そんなぼくの疑問に答えるかのように、カズマさんが説明してくれた。
「フトシくんはね、二五六種類の宇宙語を理解できる言葉の天才なんだ。それだけじゃない、ものすごく難しい計算も瞬時に暗算でやってのける、けた外れの計算能力ももっているんだ。だから、複雑な宇宙船の航路計算もお茶の子さいさいなのさ」
 ぼくがその説明を聞いてあ然としている間に、フトシはものすごいスピードで操縦席のキーボードをカチャカチャと叩き、UFOのエンジンを起動させた。
 ふわっとUFOが浮かび上がると、宇宙人の母船のハッチが開かれた。それから、ぼくたちの乗ったUFOは猛スピードで宇宙空間へと飛び出した。
 あまりに急な勢いで飛び出したので、ぼくたちは慌てて座席の背につかまって自分たちのからだを支えないといけなかった。
「シートベルト着用お願いしま~す」
 フトシが今頃になって、やけに陽気に言った。
「そういうことは発進する前に言えよ!」
 ぼくはそんなフトシの頭を後ろからはたいた。


     七

 これがぼくたちの住む地球か!
 UFOの窓から外をながめたぼくは、その美しい景色に思わずうっとりとした。吸い込まれるような真黒な闇の中に浮かぶ青く輝く宝石。その周りをエメラルド色の大地が彩りを添え、白い雲の渦が取り巻く。
「きれい!」
 いつのまにか、ユカさんがぼくのとなりに来て、その目を輝かせた。ぼくはその美しい景色とユカさんのどちらに目を向ければよいのか真剣に迷った。
 ぼくたちがこの素晴らしい眺めに見とれていると、カナがその感動に水を差すような疑問を口にした。
「ねえ、あの宇宙人たち、また地球にやってきて、あたしたちを襲ったりしないかな?」
「もしまた、あいつらがおまえたちを襲うようなことがあれば、オレたちがしっかり守ってやるから安心しろ!」
 そう言ってテツさんは胸を張った。
「でも、お兄ちゃんは……」
「地上では小児まひの障害者だから、頼りにならないって言いたいんだろ?」
 カナがこくりとうなずいた。そんなカナの頭をなでながら、テツさんは言った。
「でも、それは違うんだ。オレたちはな、この地球を守るために派遣されている宇宙防衛軍のサイボーグ戦士なんだ。オレたちはそれぞれに強力な能力を与えられている。オレには高速に移動できる脚力と鉄をも砕く強力なパンチが備わっている。カズマは暗闇の中でも遠くまで見通せる赤外線のような目をもっている。透視だってできるんだ。そして、フトシはものすごい計算能力とたくさんの宇宙語を理解する能力をもっている。でも、これらの能力は、ふだんはディラックの海に隠されたオレたちの宇宙船にしまいこまれているんだ。それで、地球人に危機が訪れると、すぐに出動するよう命令が下るんだ。今回のようにな」
「でも、どうして? そんなにすごい能力があるんだったら、ふだんから使えばいいじゃない?」
 カナのその問いに対して、テツさんは首を横に振った。
「オレたちの持っている能力は、いまの地球の科学技術をはるかに超えたものなんだ。だから、オレたちの能力にみんなが気づいてみろ、それこそ色々な国の間で奪いあいになって、戦争になってしまうかもしれないだろ。だから、オレたちの能力は誰にも知られないよう、秘密にしておく決まりなんだ。」
「ふ~ん、なんだかよくわかんないけど、そんなもんかなあ」
「あの、ディラックの海って何ですか?」
 ぼくはさっきから気になっていたことをたずねてみた。
「ああ、それはね、ぼくが答えてあげましょう」
 そう言って割り込んできたのはフトシだった。
「ディラックの海ってのはね、虚数空間に負のエネルギーがぎっしりと詰まった状態のことでね、その空孔には正のエネルギーをもった反粒子が……」
「量子力学や相対性理論も知らない小学生にそんな説明、わかるわけないだろ!」
 ウキウキしながら意味不明なことを語るフトシに、テツさんがツッコミを入れる。その後をカズマさんが引き取った
「要するにですね、キミたちの住む世界からは観測不可能な異次元のような場所にわれわれの宇宙船が隠してあるんだよ。そして、われわれの能力のもとになる身体のパーツも普段はそこに隠してあるので、キミたちの住む世界では、われわれの特殊能力は見えなくなっているんだ」
 ようやくぼくにも理解できてきた。
「だから、ぼくたちの世界では、カズマさんは目が見えない人のように見えて、テツさんは手足が不自由な人に見えて、そしてフトシは言葉を理解できず、知恵も遅れているように見えるってわけですか?」
「まさにその通りだよ、ヒロシくん」
 ぼくはあらためてフトシのことを見た。こいつがそんなにすごい能力を秘めたサイボーグ戦士だったなんてなあ!
 ぼくがそんな思いにとらわれていると、カナがつかつかとテツさんに近づいていった。キッとテツさんのことをにらみつけたと思った次の瞬間、カナはテツさんの胸をグーで殴りつけた。
「バカッ! お兄ちゃんのバカバカッ!」
 カナは何度も何度もテツさんの胸を殴りつけた。テツさんは両手を上げて困ったような表情をしていたが、黙ってなすがままにされていた。
「お、お兄ちゃんが、こんなすごい能力を持った人だってこと、なんでカナにもっと早く教えてくれなかったのよ! あたし、ずっとずっとさみしかったんだよ。友だちはみんな兄弟で仲よく遊んでいるのに、カナだけひとりぼっちで。友だちが兄弟のことを自慢して話しているときだって、あたしひとりだけ仲間はずれで……」
 だんだんとカナの殴りつける力が弱まっていったかと思うと、カナの頬がいつのまにか涙で濡れていた。ユカさんがカナの肩をそっと抱いて、その頭をなでた。カナはユカさんの胸に顔をうずめて大声で泣いた。
「もうさみしくないよね? だって、テツさんがこんな立派な人だってわかったんだもん」
 ユカさんがそう言うと、テツさんたちが互いに顔を見合わせて、ちょっと困ったような顔をした。
「あの、もしかして……」
 ぼくはいやな予感がした。その予感は的中した。カズマさんが三人を代表して言った。
「みんなごめんね。われわれのことはみんなに内緒にしておかないといけないんだ。キミたちの家族にも、そして」カズマさんはそこで言葉を切った。「キミたちの記憶も消さないといけないんだ」
 その言葉を聞いて、ぼくたち三人は互いに顔を見合わせた。
「そんな!」
 そう叫んだのはユカさんだった。きっと、カナのことを思ってのことだろう。ユカさんは、カズマさんに障害があろうとなかろうと、そんなことは全然気にかけていなかったから。
 すると、テツさんがカナに近づいてその頭に手を置いた。
「カナ、さっきはすごく強烈なパンチだったな! さすがオレの妹だ。おまえなら、きっとひとりでがんばっていけるさ!」
 そうして、テツさんは右手の親指を立ててガッツポーズをした。
「お兄ちゃん!」
 カナはそんなテツさんの胸に飛び込み、また大声で泣いた。そんなカナをテツさんは力いっぱい両手で抱きしめていた。
「ユカはさみしくないのかい?」とカズマさんがユカさんにたずねた。
「ううん。わたしには、頼りになる弟のようなヒロシくんやカナちゃんがいるから」
 その言葉を聞いたぼくはひどくがっかりした。ぼくはユカさんにとって弟みたいな存在でしかなかったのか! 失恋して落ち込んでいるぼくにフトシが言った。
「もうすぐ着陸だから、これでサヨナラだ」
 目を上げると、カズマさんたちがカナやユカさんの首に何かを注射するのが見えた。次の瞬間、ぼくの首にもチクッとする感触がしたと思ったら、急に眠気がしてぼくもその場に倒れ込んだ。


     八

 その日、夜通し見張りをしていたぼくたちの目の前に現れたのは、まるでニワトリのようにひょこひょこと首を前後に動かして歩く、白衣を着たメガネの男だった。男はポケットからドライバーを取り出すと、飼育小屋のドアのちょうつがいのネジをはずし、ドアを横に取りのけて中に入っていった。
 ぼくたちが音をたてないように近づいていくと、その男は注射器のようなものを取り出して、恐怖におびえる動物たちに注射をしているのが見えた。しばらくすると、動物たちは死んだように動かなくなった。それを見とどけると、男はもってきたボックスを開けて、そこに動物たちを詰め込んだ。
 男が飼育小屋から出てくるのを見計らって、ぼくは手にしていたサッカーボールを思い切り蹴っ飛ばした。きれいなカーブを描いたボールは、ねらいどおり男の頭を直撃した。
「やった!」
 カナが歓声を上げた。ぼくたちは走りよって男を取り押さえた。ぼくとカナがもってきたなわとびのヒモで男をしばりあげている間に、ユカさんが携帯電話で一一〇に通報した。
 やがて近くの警察署からやってきたおまわりさんたちが男をパトカーに押し込んだ。おまわりさんはぼくたちの手柄をほめてくれる一方で、小学生が夜中に出歩いていることをきつく叱った。それからぼくたちもおまわりさんたちに同行して警察署へと向かった。
 警察署で事情聴取が行われた。供述によるとその男は大学生で、試験に落第したことを恨みに思って、黒魔術で先生を呪い殺そうと計画し、その生贄として学校の動物たちの血を採取していたということだった。
 おまわりさんが自宅に連絡したので、父さんがぼくを迎えにきた。家に着いたのは夜明け前だった。帰宅すると母さんが目を真っ赤にして玄関で待っていた。
「こんな時間まで、いったいどこをほっつき歩いていたの、あんたは!」
 そう言って母さんはぼくの頬をつねった。あまりの痛さに涙が出そうになったけど、見ると母さんのほうがボロボロと涙を流していた。
「母さん……心配かけて、ごめんなさい」
 そう言うと、母さんはぼくのことを痛いくらいに抱きしめた。
「ねえ、ちょっと苦しいよ」
「母さん、心配で死にそうだったんだからね!」
 こんな風に母さんに抱きしめられるのは久しぶりな気がした。ぼくはうれしくて、いつまでもこの温もりを味わっていたいと思った。
「ウォッ? アィー」
 この声はフトシだ。もう起きてきたのか。相変わらず早起きだな。
「フトシの朝ごはん、作ってあげなくちゃ」
 そう言って涙をぬぐった母さんは、台所にすっと姿を消した。いつもなら「ぼくの朝ごはんは?」などと言って、フトシの世話ばかりする母さんを困らせるけど、今日はなぜかそんな気分じゃなかった。
 居間に入ると、フトシがいつものテレビ番組を見ていた。ぼくはフトシの背後に立って、しばらく一緒にテレビを見ていた。
 ふいに、ぼくはわけのわからない衝動にかられて、フトシの背中に抱きついた。
「イイィー!」
 フトシはいつものように意味不明の奇声を上げた。
「おまえはほんとうに宇宙人みたいだな」
 ぼくは、いやがるフトシをそのままじっと抱きしめていた。

(了)
 自分には、自閉症という障害を持つ息子(弟)と健常者の娘(姉)がいます。その関係で、多くの障害者家族とお知り合いになりました。障害当事者やその家族に焦点を当てた小説は多いと思いますが、そうした障害者を兄弟姉妹に持つ子供たちを描いたものは、それほど多くはないかもしれません。
 早くから障害のある兄弟姉妹を受け入れて、将来は福祉の道に進む子もいますが、いつまでも折り合いが付けられず、障害を持つ兄弟姉妹を疎ましく思ったり、つらく当たったりする子もいます。そんな子供たちの姿を正直に描き、その成長を願って書いたのがこの作品です。
 また、国連障害者の権利条約や我が国の障害者差別解消法のベースになっている「障害の社会モデル」という考え方も、さりげなく盛り込みました。「目が見えない」という身体機能の欠損が障害でるという「医学モデル」に対し、社会モデルでは、障害者の置かれている社会的環境が「目が見えない」ことを障害にしてしまっている、と考えます。暗闇の中では、目が見えない人の方がまっすぐに進むことができ、むしろ目が見える健常者の方が立ちすくむ「障害者」になるのです。
 児童文学・童話という設定ですが、上記のようなことを伝えようと考えながらこの作品を書いてみました。どこか心に残るところがあれば、うれしいです。

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